ビックリ台湾!?
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
Re: 中型バス
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/16 16:12 投稿番号: [2585 / 3149]
自動車工業は総合産業なので、その製造は一級の工業国でなければできないという先入観がありますが、ボディだけを金型プレスで製作すれば、あとの部品はすべて輸入で事足ります。その典型がフィリッピン製ジープ。ウィルスMB、あるいはフォードGPWのボディ金型はフランス、フィリッピン、そして一説には台湾に渡ったとかで、以前、比国では組み立てたボディにトヨタカローラの3K型エンジンを載せて比国内で販売していました。輸出ができなかったのは「保安基準」がなきに等しく、サイドブレーキまで省略されていたからです。これにはステンレスのボディまであって、25年ほど前の邦貨との換算で60万円でしたから、いま、その価格が変わらないとすればおよそ20万円という計算になります。知り合いに、そのステンレスボディだけを輸入して三菱やウィリスのジープに換装すれば四駆マニアに需要があると見込んで相談にきた人がいましたが、結局、話だけにおわりました。昔は、商品はあっても販路がないとして輸入をあきらめる人が多かったのですが、いまはインターネットで販売できるので、品物さえ確かならだれでも「小売り商人」になれますね。まあ、それでも大抵は損をして引き下がるのが普通ですが…。
これは メッセージ 2582 (monogusa_ummo さん)への返信です.
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Re: 赤峰街
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/16 12:01 投稿番号: [2584 / 3149]
栄枯盛衰は世の習いと言いますが、30年前の赤峰街、クルマに関しては何でもござれと、それぞれの専門店がひしめき合って大変な賑わいでした。いまストリートビューで見ると、すっかり寂れて昔の面影はありませんね。
日本でも師走になると大会社の正面玄関には松竹梅の立派な「松飾」を出しますが、鳶職が一般向けに正月飾りなどを売る街の露店も見かけなくなり、よほどの金持ちでも玄関前の本格的な松飾などはまず出さなくなりました。このご時世、正月の注連縄や松飾は縁起物で値段も安くないのが一因でしょうか。ところが、これがなんと最近では「100円ショップ」に並ぶようになりました。これでは丸太を高く組んだとび職の露天も太刀打ちできません。ただ、ちょっと手の込んだ松飾はさすがに100円ではなくて、300円の値が付いています。とは言ってもチャチな玩具のようなもので、手にとると案の定、中国製でした。一応は藁の注連飾りも付いていて、それらしくはなっていますが、なにしろ、伝統文化の違う場所で作っているので、注連縄の巻き方も緩く、随分だらしない正月飾りになっています。日本の正月、そんな安っぽいものじゃなかったはずですが、衰弱一方のご時世ではいかんともしがたいのでしょうか。
これは メッセージ 2583 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 赤峰街
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/12/16 03:03 投稿番号: [2583 / 3149]
赤峰街は知っているが中に自動車部分品店があったということは思いだせない。幼稚園があった。
これは メッセージ 2581 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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中型バス
投稿者: monogusa_ummo 投稿日時: 2011/12/15 20:52 投稿番号: [2582 / 3149]
嘉義縣の頂菜園という所に古いキャブオーバーバスの保存車両があるそうです。これも見てくる予定です。キャブオーバーバスというと日本ではもうレントゲン車や中継車ぐらいでしか見られませんが、台湾には結構いたようです。タイでは今も活躍していると聞きました。
バスというと、ボディとエンジン、シャーシは別の所で作る場合が多く、日本からエンジン、シャーシを輸出して台湾で架装したというのも考えられます。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 赤峰街
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/15 09:41 投稿番号: [2581 / 3149]
その赤峰街、ジープを扱っている解体業者の店に案内されて話をしたところ、すでに日本人やフィリッピンの業者が入り込んでいて値段が折り合わず、わたしも面倒な商売をする気もなくて、結局、なにも買えませんでした。いまでは三菱ジープそのものが消えて、ジープの改造も見られなくなりました。
日本に「農民車」があったとはまったく知りませんでしたが、いやはや、農民の生活力というものは逞しくも頼もしいものです。写真にある台湾の青いオート三輪はなかなか本格的なもので、小なりと言え、ちゃんとしたメーカーが製造したものではないかと思いますが、わたしが今でも知りたいのは、20数年ほど前まで台北などの都市に大量に走っていた中型の乗り合いバスです。鉤型プレスのボディが特徴ですが、どう見ても日本製とは思えず、どんなメーカーが造っていたのか興味があります。
これは メッセージ 2580 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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赤峰街
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/14 23:20 投稿番号: [2580 / 3149]
台北の双連駅近くに赤峰街という細い通りがあって、そこは自動車のパーツ屋が何十軒も集まっていました。当時の台湾ははまだ、日本のように純正部品の供給がスムーズではなく、どの店にもいわゆる「社外品」「解体部品」などが山のように置いてありました。いま、ストリートビューで見ると、撮影の時間帯によるのかとも思いますが、昔日の賑わいはないようです。30数年前、わたしがそこに足を踏み入れたのは米軍払い下げのウィリス・ジープのパーツを探すためでした。戦後、台湾の軍隊は大量のジープを保有していたのですが、さすがに製造から30年以上も経つとウィリスMBなどは退役してスクラップにまわされていたのです。ところが、日本では一部のマニアの間でジープの部品が随分、高値で取引されていました。たとえば、フロントグリル、ウィンドシールドなどは10万円もしたのです。ハンドルでさえ3万円です。というのも、当時、三菱ジープを改造して「かっこいい」ウィリスに改造するのがマニアの間に流行していて、そのために本物のグリルやウィンドシールドがもて囃されていたわけです。以下、明日以降に続きます。
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Re: 屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: monogusa_ummo 投稿日時: 2011/12/14 22:07 投稿番号: [2579 / 3149]
> オート三輪の探索に台湾へお出掛けとは大変な趣味人ですなぁ。
単なる物好きです。いや、過去に台湾には鉄道旅行したりしたのですが、さて、その内容をアップしようと思うと、他の方々と内容が重なるし、写真も文章も下手だし、なんか自分なりの何かをやりたいと思っただけの事です。
> やはり、予め、ストリートビューで探したほうが効率がよかろうと思います。
はい、屏東縣の車城郷あたりは何箇所かみて確認しております。実は屏東縣を調べたのは、下記の方のブログの画像がきっかけでした。
http://blogs.yahoo.co.jp/otoya_ane165/archive/2011/6/1
これ、でかいですよね。高知でトラックを改造して作られたトクサン号もかくやという姿。しかもくたびれていない。現役。興奮してしまいました。
4、5台、すこしずつ形が違う車両を確認しました。全部は無理でもいくつかは見ることができるでしょう。もっとも農閑期は動いていないかもしれません。
> 台北の晴光市場の一角に一台写っていました。
情報ありがとうございます。たしかどこかの夜市の近くでも日本のミゼットくらいの大きさのものを実見しておりますので、見てこようかと思います。
これは メッセージ 2574 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: monogusa_ummo 投稿日時: 2011/12/14 21:44 投稿番号: [2578 / 3149]
>トラックの前面バンパーの上にヤンマーのエンジンを
>載せていたのを、よく見ましたが今でも見た事有りますか?
これは、台湾での事ですよね。私は見たことはありませんが、今でもあるようです。下のURLの中に画像があります。
http://ee.tcc.edu.tw/08community/taan/htm/2-1.htm
この画像の場所以外に、台南の農村で見たという人の話も聞いたことがあります。農家の人が畑に通ったり、収穫したものを持ち帰ったりするのに使われるようですね。
台湾ではこのようなでっち上げトラック(笑)や、町工場で作られたオート三輪、四輪駆動のトラックをまとめて「鉄牛車」と呼ぶのだと最近知りました。
日本ではこのような車両は「農民車」と呼ばれ、淡路島や和歌山のみかん農家で見たという人の話も聞きました。広島、岡山あたりにも今はどうかわかりませんが、過去には存在したようです。
淡路島の農民車については詳しいWEBページがありました。
http://www.page.sannet.ne.jp/tkn203/
これは メッセージ 2575 (pinglong1 さん)への返信です.
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Re: 屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/14 11:59 投稿番号: [2577 / 3149]
その、一介の職工だった本田宗一郎のつくった会社が、いまでは世界的な大会社になっていますが、戦後、浜松で一式陸攻など爆撃機の発電用2サイクルエンジンが焼け残って放置されていたのを拾ってきて、自分の奥方用にそれを自転車につけてベルト駆動で走らせたのがホンダの始まりとか。いまではまったく夢のような話ですね。
これは メッセージ 2576 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/14 11:49 投稿番号: [2576 / 3149]
>
トラックの前面バンパーの上にヤンマーのエンジンを載せていたのを、よく見ましたが今でも見た事有りますか?。
そういうトラックは見たことはありません。何のためにバンパーの上にエンジンを載せるのか見当もつきません。
いまでは、どんないいエンジンでもクルマの廃車とともにスクラップになりますが、昔のエンジンは再生のためにオーバーサイズの数種のピストン、ピストンリング必ず用意されていて、それに合わせてシリンダを研磨してから新ピストンを組み付けることができました。これで、エンジンの「圧縮」が回復するわけです。戦前から昭和20年代はまではそうした専業のエンジン再生工場がいくらもあったそうで、本田宗一郎が昭和初期に東京の虎ノ門で職工として働いていた「アート商会」もそうした工場でした。ボーリングまでは行わず、バルブを研磨して「当たり」を出し、ピストンリングだけを取り替える比較的簡単な作業でも「圧縮」はかなり回復したそうです。昔のエンジンは、材質や冶金技術が良くないためとにかく磨耗が早かったといいます。
これは メッセージ 2575 (pinglong1 さん)への返信です.
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Re: 屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: pinglong1 投稿日時: 2011/12/14 11:07 投稿番号: [2575 / 3149]
トラックの前面バンパーの上にヤンマーのエンジンを
載せていたのを、よく見ましたが今でも見た事有りますか?
これは メッセージ 2574 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/14 09:58 投稿番号: [2574 / 3149]
オート三輪の探索に台湾へお出掛けとは大変な趣味人ですなぁ。日本統治時代の家屋、建物ならいくらも残っていますが、オート三輪に出会うのはなかなか難しいのでは…。やはり、予め、ストリートビューで探したほうが効率がよかろうと思います。台北の晴光市場の一角に一台写っていました。
これは メッセージ 2572 (monogusa_ummo さん)への返信です.
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Re: 討ち入り前の腹ごしらえ
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/14 09:05 投稿番号: [2573 / 3149]
>わしは日本の食物も台湾の食物もあまり知らない。
これはご冗談を仰います。蕎麦は温かいものもあります。戦前、台湾の人々が蕎麦や素麺を食べる日本人を見て「あんなものに栄養があるのか」と思っていたようです。たしかに、あれでは…。
新暦、旧暦の違いはありますが、今のこの時間は四十七士が吉良の首級を高輪泉岳寺に持ち込んだあたりかと思います。吉良邸から泉岳寺までは直線距離で6キロ程度ですから、徒歩で2時間ほどでしょうか。
これは メッセージ 2571 (unhoo さん)への返信です.
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屏東縣にはまだきれいなのが
投稿者: monogusa_ummo 投稿日時: 2011/12/14 05:51 投稿番号: [2572 / 3149]
台湾のオート三輪、気になる存在でした。
屏東縣の方で見かけたという話を聞いて、あちこちストリートビューで見たのですが、車城郷のあたりで何台か確認できました。
現役かはわかりませんが比較的きれいな状態です。
正月休み(もちろん日本の)に見てきます。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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討ち入り前の腹ごしらえ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/12/14 02:15 投稿番号: [2571 / 3149]
わしは日本の食物も台湾の食物もあまり知らない。日本の蕎麦は、茹でたの
をザルに盛って、「つゆ」というたいへん味のいい液にちょっと浸して食う。
これで腹ごしらえは出来るが、旧暦12月13日、新暦で1月上旬の寒夜では、
たいへん寒い食事だ、日本には冬の暖かい食べ物はなかったのかな。
これは メッセージ 2570 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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もうすぐ討ち入り
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/13 23:20 投稿番号: [2570 / 3149]
「何用でこうお集まりと蕎麦屋いい」。14日未明が赤穂浪士の討ち入りだから、蕎麦屋に集まったのは13日の晩ということになる。映画では、武具の目利き講などという理由をつけているものもあるが、史実としては蕎麦屋などではなく、江戸に家作を持っていた堀部安兵衛宅など三箇所とされている。わたしの英語の個人教授だったアメリカ婦人が「47RONIN」という小説を持っていて、その感想を聞いたら「Beautiful」だという。
「いかさま憎ていな顔と和尚いい」古川柳が好きな人なら、これだけで、この和尚が泉岳寺の住職だとわかる。
これは メッセージ 2568 (pinglong1 さん)への返信です.
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関渡
投稿者: tefteftw 投稿日時: 2011/12/11 19:22 投稿番号: [2569 / 3149]
いつも楽しく見させてもらっています。そこで物知りの皆様に質問させていただきたく投稿します。
関渡から紅樹林のサイクリングロードが好きで時々サイクリングするのですが、先日関渡は日本時代江頭と言われ、河が始まる場所という意味だったそうですが1946年に改名したとあります。その後40数年前河をスムーズに流すため国連の技術者職員の忠告を受け入れ、淡水河のどこかを壊したことでそれまで潮が上らなかったのに上がるようになり、恐らく今の三重市等を始め全て?の台北の農地が潮の被害で全滅したと聞きました。
それは事実でしょうか?そしてそうだとすればどこを壊したのでしょうか?今の関渡橋あたりでしょうか?どう調べたらよろしいでしょうか?
ぶしつけな質問ですが、よろしくお願いします。
私は今淡水に住んでます。
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Re: もうすぐ月食
投稿者: pinglong1 投稿日時: 2011/12/11 10:54 投稿番号: [2568 / 3149]
10時40分になったら雲が出てきて見えず
撮影を諦めました。
これは メッセージ 2567 (unhoo さん)への返信です.
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Re: もうすぐ月食
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/12/10 23:15 投稿番号: [2567 / 3149]
月食は皆既食に入った時刻だが、台北は重く曇って見えない。
これは メッセージ 2566 (unhoo さん)への返信です.
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もうすぐ月食
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/12/10 22:05 投稿番号: [2566 / 3149]
台北で曇って月が見えない。
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Re: 姑息
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/08 12:43 投稿番号: [2565 / 3149]
「けふ、大詔奉戴日」なんて言ったって判る人はごく少ない。70年目なのだが、ニュースでもほとんど取り上げない。敗戦の8月15日は喧しいが、この日ばかりは何ごともなく過ぎていく。
これは メッセージ 2564 (unhoo さん)への返信です.
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姑息
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/12/08 10:59 投稿番号: [2564 / 3149]
姑息という二字熟語の本来の意味は「一時しのぎ」である。姑は「しばら
く」、息は「やすむ」。この二字熟語は支那製と思う。支那や台湾でもよく
使う。
しかるに日本で「姑息」は「ひきょう」という意味である。これは明らかに
誤用だが、日本ではこの誤用が通用している。
日本人は「おまえはバカだ」と言われてもへらへら笑って居られるが、「お
まえはひきょうだ」と言われたら怒らないわけにはいかない。だから「おま
えは姑息だ」と言われたらやはり怒るだろう。
日本人が台湾へ来て、台湾人から「そんなやりかたは姑息です」と言われた
場合怒ってはいけない。台湾人は「そんなやりかたは一時しのぎです(根本
解決にならない)」とアドバイスしたのである。
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Re: 反日
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/06 14:07 投稿番号: [2563 / 3149]
ひと頃、日本が中華人民共和国との国交を「回復」した前後、さかんに「二つの中国」という言葉が聞かれた。これは大体、台湾との断交を憂慮する日本の財界や保守層、とくに右よりの政治評論家などはたいてい「二つの中国」論者で、「現に二つあるじゃないか」というのが彼らの決まり文句だった。もちろん、中共は「反中国の陰謀」としてこれに激しく反発したが、一方の当事者である台湾からはなんの声も聞かれなかった。「正当政府」を自認する当時の国民党政権としては口が曲がってもそれは言えなかったのだろうが、このややこしい言葉、いまではすっかり死語となってまったく聞かれない。ただ、形の上だろうがなんだろうが、「現に二つある」という事実はいまだに消えておらず、日本人の穏やかな見方としては「中国が二つある、というのはなんとなく不自然な気がするし、台湾の国民政府が中国本体を支配しているわけではない。といって台湾まで北京政府の施政権が及んでいないから、ひとつの中国、ひとつの台湾でいいじゃないか」というあたりがまず一般的といったところか。なにしろ、台湾が「中華民国」だと知らない日本人がかなりいて、日本の郵便局で「台湾は中華民国って言うんですか?」と真顔で聞かれたのも一度や二度ではない。もっとも、「台湾は中華民国」というのも正確ではないのだが、郵便局の姉さん方に阿片戦争以後の中国近代史を縷々説明するヒマはない。
で、「反日」である。そもそも「反日」とはなんなのか。これを「政財官」癒着構造とその紛うことなき弊害である恐るべき国民の格差、差別。さらには際限もない対米従属、戦前回帰のイデオロギー強制とそれをもたらした長年の自民党政治に反対するものを言うのであれば、このわたしも、心ならずも「反日」と呼ばれるほかはない。現に、ある有名な宗教団体の方から「売国奴」といわれたことがあるが、いまでは、それはむしろ誉れ高い賞賛の言葉だありがたく思っている。
これは メッセージ 2561 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 反日
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/12/06 05:06 投稿番号: [2561 / 3149]
世界のうちで日本を憎むことを国策とする国は支那、南北朝鮮しかない。そ
れ以外の国はすべて日本に敬意乃至友情をいだいている。台湾で反日ドラマ
を作っている者は、創作能力がないため、過去に作られたドラマのストーリ
ーを踏襲しているのである。
これは メッセージ 2559 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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中国製
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/05 20:14 投稿番号: [2560 / 3149]
先日買ったソニーの3Dブラビア、3D付き40インチで10万円ならいいかと思ったが音質が貧弱である。昔のソニーならそんなことは絶対になかったが、買ってしまったものは仕方がないから、今日、2.1チャンネル・スピーカーセットを買った。中国製の安物だったが、それでもCAVは外付けオーディオの専業メーカーで、どう間違えてもソニーの内蔵スピーカーよりマシだろうとは思ったが、やはり良くない。こんなものだったら買う必要はなかった。ヤマハなどの外付けスピーカーだとすぐに3万は超えるし、これも高級品ならその倍の値段だ。それはいいとして、このスピーカーセット、じつに厭なことがある。センタースピーカーのフロントパネルにインジケーター(電光表示板)があり、六ヶ所のLED点灯で「選択」が示される。それはいい。わからないのはSTAND-BYのランプがあって、リモコンで電源をオフにすると点滅するのである。要するに、「待機中」だというわけだが、使っていない状態で「待機中」の点滅はいらない。要らないどころか、これは余計なもので、気になってしょうがない。もちろん、コンセントのプラグを抜けば消えるが、いったい、こういうものが中国人の悪趣味といえるだろう。中国人はなんでも賑やかなほうがいいらしいのだ。この「余計な親切」が「無神経」だということに大陸の人は気がつかないのである。
これは メッセージ 2559 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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反日
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/04 22:09 投稿番号: [2559 / 3149]
NHKがいま、司馬遼太郎の「坂の上の雲」をやっている。日露戦争が主要テーマだが、さすがにNHKだからやたらにカネを掛けていて、野戦のシーンもチャチなものではない。が、戦争ドラマというもの、どういうわけか見ていても面白くない。砲弾が炸裂して何人もの兵隊が倒れるシーンをみても「作り物」という思いが消えないからだろう。だいいち、重砲の砲弾の炸裂はあんなヤワなものではない。それはそうと、これが日露戦争だからNHKも「安心して」放映できるのだが、昭和の日中戦争になればそうはいかないだろう。そんなものを制作すれば、中国が、そして日本の各層が「ああでもない、こうでもない」と文句をつけて喧々諤々の騒ぎになり、そうでなくとも政治的にギクシャクしている日中間にむずかしい歴史「認識」問題が惹起するのは目に見えている。それに南京陥落などをはさんだら大変なことになるのはバカでもわかるだろう。司馬遼太郎自身、戦車兵として満州に赴いた経験はあるが、どういうわけか、この歴史小説家は日中戦争を描いた小説は書いていない。ただ、抗戦8年におよんだ戦争の映画は、中国では腐るほど作られていて、中国人は子供のときからテレビで「侵華日軍」の蛮行をいやというほど見せられているので骨の髄から「反日」になるのはあたりまえだろう。香港のテレビでも昔からそれはやっていて、香港人の対日心情は大陸と変わらない。香港人が日本人になんとなく余所余所しいのはそうした理由がある。韓国は言うに及ばないが、台湾のテレビはどうだろうか。何度か見たが、蒋介石委員長が指導する大陸での抗日戦争では日本兵はもちろん暴虐な敵兵としか描かれていない。当然といえば当然で、いまだ国民党が支配する台湾のテレビでは、打ち振られる日の丸の小旗のなか、台北の「勅使通り」を行進する日本の兵隊などは間違っても出てこないのである。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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配線
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/12/03 12:19 投稿番号: [2558 / 3149]
「ストリートビュー」を見ていて、今更ながら台湾の都市には電柱がないことに気がついた。人間、「ない」ものにはなかなか気がつかないものである。日本でもビジネス街などの中心部では電線の地下埋設が進んでいるが、住宅地までは及んでいない。台湾の戦後は蒋政権が出来もしない「光復大陸」に夢中で内政を顧みず、インフラ(公共施設)がすすんでいないと聞いていたが、莫大な費用が掛かるはずの電線地下敷設はいつごろ完成したのだろう。ひょっとして、日本統治時代からかと思い、「you tube」にあった牧野周一ナレーターの「南進台湾」を探してみたが、すでに削除されていて確認できなかった。台湾の住宅地、たしかに電柱はないが、家の外壁や軒下を這う電線、電纜などの配線がひどい。これが日本なら、(などと、「上から目線」で台湾と比較するのは厭だが)電気工事士がクランプなどの保持器具を使って見映えよく張るところだが、台湾のはもう「配線」などと呼べるものではなく、早い話が「ぐちゃぐちゃ」で、ほかになんとも表現のしようがない。もちろん、そんな「見た目」より、都市生活の利便性が確保されていればそれでよいと反論されれば返す言葉はない。
これは メッセージ 2557 (pinglong1 さん)への返信です.
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固有名詞
投稿者: pinglong1 投稿日時: 2011/11/30 13:30 投稿番号: [2557 / 3149]
固有名詞
(人名)に限っては、どんな漢字でも読み方は
自由です。最近は必ず、漢字名の上にカタカナかひらがなで
書くようになっている。姓名では日本語が一番厄介で
難しい。姓は、2〜〜3万ぐらい有ると言う。
日本人でも読めない姓名は沢山あり・・文化とは言い難い。
これは メッセージ 2556 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 力士の下がり
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/30 13:05 投稿番号: [2556 / 3149]
「漢学もなにもありゃしません」とは書いたが、なに、習字は飽きずにやっているものの、わたしにだって漢文の素養などは、これっぱかりもありません。習字はあと何年かかるかわからないけれども、「いずれ、そのうち」という気持ちで、ともかく毛筆で多少なりとも人様に見せられる楷書が書けるようになりたいと願うばかりです。
ストリートビューで台北の三重市を逍遥していたら、すばらしい行書で「書法教授」と書かれた大きな看板が目に留まりました。「ああ、こんな塾に通ってみたいな」なんて思ってはみたものの、いま、どうにかなるというわけではありません。しかし、この三重市、台北とは河ひとつ挟んでいるだけですが、華やかな台北の裏方という感じの街で、くすんだ古い町並みが取り残されたように並んでいますね。
これは メッセージ 2555 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 力士の下がり
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/30 10:01 投稿番号: [2555 / 3149]
「下がり」とは随分そっけない名前ですが、ほかに正式名はないようです。把琉都は「バルト」と読みますが、名付け親が漢字を適当に並べただけのもので、漢学もなにもありゃしません。いま、若い親たちがこうした「当て字」で子供に浅薄な名前をつけるのが流行していますが、これもその一環でしょうか。
これは メッセージ 2554 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 力士の下がり
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/11/30 00:47 投稿番号: [2554 / 3149]
tokyo_cachito3 さんが「下がり」と書いたので、それが名称なのかなあと思
っているが、わしが以前に読んだ記事では「相撲取りのまわしの下に垂れて
いる暖簾のようなものは、あれがあると男前が上がると言われている」とあ
って、記事を書いた人も名称を知らない。
しかし名称が無いはずはなく、下がりが正しい名称であるならそれでよいわ
けだ。
ところで最後の一戦で力闘して白鵬をはたきおとした把琉都はパルトなの
か、ハルトなのかよくわからない。日本人は昔からパ行の発音を卑しい発音
として嫌ったが、ペキン語ではパ行の発音が最も重要な発音となっている。
明代までの中国語には、パ行の発音があったかどうか疑問で、漢字を日本の
漢音で読むとき、パ行で読む字はみつからない。日本で漢音と言っているの
は実際は唐代の長安の読み方である。ペキン語は発音、文法ともに満州族
(清族)の言語の影響を強く受けて出来上がった言語で、パ行の重視は満州
族の伝統であるとわしは思う・
これは メッセージ 2553 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 力士の下がり
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/27 12:46 投稿番号: [2553 / 3149]
関取の正装は「まわし姿」で、皇族が観覧するさいの玄関での「お迎え」も「化粧まわし」などは着けない。この「お迎え」は協会役員と横綱などの上位力士だけなのだが、このとき、「下がり」はつけていなかった記憶があるかどうだったか。
中国の正装は孫文以来の「中山服」で、日本ではこれを昔から「人民服」などと呼んで共産中国の象徴だったが、これが人民中国の「正装」だと知っている人は少なかった。昔、胡耀邦だかが国賓として来日した時、着用していたのはこの「中山服」だった。もちろん、特別仕立てのウール100%に違いないが、それまで、中国要人が来日したときは背広服だったので週刊サンケイのお兄さん方が「人民服とは無礼千万」とこれに噛み付いた。もちろん、無礼なのはサンケイのほうで、かれらは近代中国史にまるで無知だったことを曝け出しただけだった。ところで、この中山服、本来なら国民党の服のはずで、もちろん、蒋総統以下の国民党幹部も着ているし、なにより、わたし自身が数十年前の台北で初老の男性がこれを着ていたのを目撃している。国民革命の領袖蒋介石にしてみれば孫文とはなんの縁もゆかりもない「ソ連の手先」「流賊集団」の中国共産党幹部が「断りもなく」これを着こんでいるのは面白くなかったに違いない。もちろん、中共にも言い分があって、「われらこそ、孫文先生による連ソ・容共・労農扶助の革命的三民主義の正統な継承者なり」と無言で示したかったのだろう。日本の降伏後にアメリカのハーレー大使の斡旋で重慶会談が行われた際、初対面の蒋介石、毛沢東はともに中山服だったが、そのときの互いの心境はどうだったろうか。
これは メッセージ 2552 (unhoo さん)への返信です.
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力士の下がり
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/11/26 22:24 投稿番号: [2552 / 3149]
あれがあったほうが男前がいいのだという記事を読んだことがある。たしか
にあれがあると土俵に上がってくるとき格好がよろしい。
これは メッセージ 2551 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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力士
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/26 15:12 投稿番号: [2551 / 3149]
大相撲九州場所は無敵白鳳が優勝を決めた。さすがに大横綱で土俵上の貫禄が違う。新入幕の碧山〔あおいやま〕が二桁の10勝をあげ、大物ぶりを示した。琴欧洲と同じブルガリア出身で東欧スラブ人らしい堂々たる体躯だが、押し出しばかりで技のキレのない相撲は見ていても面白くない。チェコ出身の小兵、隆の山は十両には落ちたものの昨日までに八勝の勝ち越し。相撲には向かない百キロそこそこの「太らない体質」ながら苦節十年、一度も郷里に帰らず幕内まで上ったのは判官贔屓、浪花節好きの日本人には好まれるだろう。
相撲は日本の「国技」とされてはいるが、相撲協会が勝手にそう言っているだけでむろん法的根拠などはない。外国人力士は部屋ごとに一人と決まっているから大相撲が外国勢に占拠される心配はないが、こと、ここに至っては、外国人制限などは完全に撤廃したらどうか。横綱、大関、関脇には外国人力士が五人もいるが、それで何かしらの不都合があるようにも思えない。
張さんがテレビで力士の「下がり」を見て、「これは何?」と指を差した。こちらも由来などは知らないから「飾り」と答えるほかはなかったが、あの「下がり」があって力士の褌姿もサマになっている。
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Re: ラスベガスは楽しいところ?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/25 13:01 投稿番号: [2550 / 3149]
ラスベガスには行ったことがありませんが、聞くところでは、それはもう愉快なところらしいです。なにしろ、ネバダ砂漠のなかにギャンブルだけのために拓かれた人工都市ですし、近頃は、さまざまなアトラクションの催しがあるそうです。
あの製紙会社の若旦那、そこらへんの「ぼんぼん」と違って、東大法学部卒業というのが凄い。こればかりは巨万のカネを積んだところで、銀杏のバッヂをつけてあの赤門をくぐることはできない。それが創業者の直孫、しかも長男で仕事もできるとなれば、周囲の者は誰一人としてアタマが上がらず、絶対服従のほかはないのだが、さてさて、カジノ経営者にとってはこうした人物こそ絶好のカモだった。カジノではVIPクラスの客が負けて帰り支度を始めてもそのまま帰すようなヘタなまねはしない。だまって高額のチップ〔札〕を貸してくれるから、これで「深み」に嵌らないほうがムリというもの。これから実刑を喰らって麦メシを食うのも得がたい人生経験だろう
これは メッセージ 2548 (unhoo さん)への返信です.
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ラスベガスは楽しいところ?
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/11/25 10:36 投稿番号: [2548 / 3149]
実際は普通の小都市にすぎないが、人々は楽しい所だと信じている。俺は今
楽しいところに来たのだ、楽しい楽しいと自分に言い聞かせて、楽しそうな
顔をしている。
これは メッセージ 2547 (unhoo さん)への返信です.
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ラスベガス
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/11/24 21:36 投稿番号: [2547 / 3149]
ラスベガスへ3回行った。コインを入れてハンドルを引くと、当ればコイン
が出てくる機械がある。あれで一番小額の5セントコインを入れるやつをや
ってみたら、忽ちコインが数十枚たまった。やがて溜まったコインが減り始
めて零になったから、財布から5セントコインを取り出して続けていたら、
財布のなかの5セントコインが全部なくなった。それでわしの賭博はおしま
いになった。自分にばくち運がないことはわしがよく知っている。
別の所では大きな銀貨を沢山用意して豪賭している男が居った。見ていると
どんどん損をしていたようだが、平気で賭博を続けていた。
これは メッセージ 2546 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 賭博
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/24 12:58 投稿番号: [2546 / 3149]
韓国ソウルのウォーカーヒルホテル地階に大きなカジノがあって、20年ほど前、ここで日本円にして1万円が15万円ほどになった。ウォンの札束を数えているとき、これしきのカネで足がガクガク震えたのは我ながら情けなかったが、ただの観光客にとっては大金である。もちろんキレイに使ってきた。
観光客を呼ぶのにカジノは強力な吸引力になるはずだが、実利の台湾ではカジノ談義がないのだろうか。「外貨は腐るほどあるからカジノなどは必要ない」とでも言っているのだろうか。これが比国ではあまりにも物騒でお話にならないが、南国台湾の夜は「飲む、打つ、買う」の華やかさがあってこそだと思うし、なにもマカオやシンガポールに客を取られて黙って見ている必要はなかろう。もちろん。「内国人立ち入り禁止」にして、これによる特別税収の大半を貧窮の福祉予算にすれば反対する者はいないと思うのだが。四つ星以上のホテルは申請があり次第、カジノ認可となればホテルは大喜び、千客万来の観光客は引きも切らずということにならないか。もたもたしていればいずれ上海がやりそうだ。
これは メッセージ 2543 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 賭博
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/23 17:48 投稿番号: [2545 / 3149]
> 無職者のエネルギーを発散する手段として社会安定の効果…
*****************
さて、それはどうでしょうか。博打にのめり込んで自他共によい結果があろうとも思われません。賭博で儲かるのは胴元ばかりだとは判りきったことですが、人間に欲と業(ごう)がある以上、この地上から賭博、あるいは、「宝くじ」などを一掃するのもできない相談です。もっとも、「人生も博打と同じ」などという俗説もあって、だれにも運、不運は繰り返し巡ってくるものです。
わたしも、かれこれ35年前、得意先の社員旅行に便乗して台湾に行かなければ…、一人でホテルに残らず、皆と日月譚に行っていれば…、台中駅近くの日本レストランに入らなければ…、ほかのテーブルに座っていれば…、今日に至るまでの台湾との深い関わりはなかっただろうと思います。
これは メッセージ 2544 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 賭博
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/11/23 13:45 投稿番号: [2544 / 3149]
台湾で街頭賭博が盛んにおこなわれていた時代があったが、今ではもう見ら
れない。今やったらすぐ警察に引っ張られてしまうのだろう。しかし街をう
ろついている無職者のエネルギーを発散する手段して社会安定の効果があっ
たのではないかと思う。
賭博の方法は、大きなどんぶりにさいころ4個を投げ込んで、いちばん大き
な数を出した者が勝者である。さいころを台の上に投げると、どこかへ転が
って行くから、大どんぶりの中に投げるのである。さいころ4個のうち2個
が同じ数が出たら、あと2個の数の合計がその人の得点である。4個のうち2
個同数になるまで投げる。
わしは見ていただけではどうやって勝負をきめるのかわからなかったが、知
り合いに知っている人があって。教えてくれた。
これは メッセージ 2543 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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