Re: 力士の下がり
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/11/27 12:46 投稿番号: [2553 / 3149]
関取の正装は「まわし姿」で、皇族が観覧するさいの玄関での「お迎え」も「化粧まわし」などは着けない。この「お迎え」は協会役員と横綱などの上位力士だけなのだが、このとき、「下がり」はつけていなかった記憶があるかどうだったか。
中国の正装は孫文以来の「中山服」で、日本ではこれを昔から「人民服」などと呼んで共産中国の象徴だったが、これが人民中国の「正装」だと知っている人は少なかった。昔、胡耀邦だかが国賓として来日した時、着用していたのはこの「中山服」だった。もちろん、特別仕立てのウール100%に違いないが、それまで、中国要人が来日したときは背広服だったので週刊サンケイのお兄さん方が「人民服とは無礼千万」とこれに噛み付いた。もちろん、無礼なのはサンケイのほうで、かれらは近代中国史にまるで無知だったことを曝け出しただけだった。ところで、この中山服、本来なら国民党の服のはずで、もちろん、蒋総統以下の国民党幹部も着ているし、なにより、わたし自身が数十年前の台北で初老の男性がこれを着ていたのを目撃している。国民革命の領袖蒋介石にしてみれば孫文とはなんの縁もゆかりもない「ソ連の手先」「流賊集団」の中国共産党幹部が「断りもなく」これを着こんでいるのは面白くなかったに違いない。もちろん、中共にも言い分があって、「われらこそ、孫文先生による連ソ・容共・労農扶助の革命的三民主義の正統な継承者なり」と無言で示したかったのだろう。日本の降伏後にアメリカのハーレー大使の斡旋で重慶会談が行われた際、初対面の蒋介石、毛沢東はともに中山服だったが、そのときの互いの心境はどうだったろうか。
これは メッセージ 2552 (unhoo さん)への返信です.
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