李朝朝鮮

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クスリは

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/27 23:09 投稿番号: [231 / 1329]
朱子学でしょう。

今もまだ残ってる?!

れ: おはようございます

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/05/27 17:06 投稿番号: [230 / 1329]
>>李朝が何を産み出したか

産み出したわけではないが、
怠惰、堕落、怠慢を具現化させた、クスリもなしに。
「クスリなし」って、凄いと思いますが。

おはようございます

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/27 07:07 投稿番号: [229 / 1329]
>李朝が何を産み出したか

う〜ん、昨日NHKで放送されてた李朝時代の家具・陶磁器とか
ありますよね。

>膨大な量で

私もちゃんとパーフェクトに知らないかもしれないので、
白バラさんが教えてくださいな。

Re: あなたが知らないだけRe: 李朝朝鮮

投稿者: hikinikuya_nahaha 投稿日時: 2006/05/27 06:45 投稿番号: [228 / 1329]
無知ねえ?

なら、李朝が何を産み出したか具体的に言ってみ!

あなたが知らないだけRe: 李朝朝鮮

投稿者: whiterose20051 投稿日時: 2006/05/27 04:50 投稿番号: [227 / 1329]
なら教えてよ。
そんなもの膨大な量で自分で調べとかいえないね。
当然だよ。
無知から脱却するには自分で調べ勉強することだよ。

Re: 李朝朝鮮

投稿者: hikinikuya_nahaha 投稿日時: 2006/05/26 23:36 投稿番号: [226 / 1329]
これだけの歴史がありながら何も生み出さなかったということは凄いことですね(^^

NHK美の壷で李朝家具だった

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/26 23:14 投稿番号: [225 / 1329]
李朝家具を見るコツ

1・両班の感覚   清雅と簡潔(厳かにして潔い)

2・(様々な材質使用)適材適所の技を見る

なんだそうな。

併合時代   日本人の浅川さんがつくった李朝時代の美術館のお話も興味深いものでした。

李朝の清との関係は

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/26 18:42 投稿番号: [224 / 1329]
昔ジュワン君と話したね。

中国の「清」が欧米にどこまでが自分の領内か認めさせる件で、

属国と言う概念が通用できないので、台湾・朝鮮も領内と主張するつもりだったって。

李朝末期、欧米に対する朝鮮の外交権を握っていたのは「清」だったって。

Re: おっつ、ジュワン君(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/26 18:37 投稿番号: [223 / 1329]
>しかし、韓国の過去の歴史を皮肉くって何を得るの?

え、皮肉ってないけど。

なんか悪いこと言った?

>韓国の過去の歴史を皮肉る前に自分の歴史から反省するのが先だろう。

だって、ここは韓国カテで、李朝トピだよ。
韓国の李朝の話するのは当然でしょ。

反省とか言うなら、「日本は何故、反省しないのか?」トピに行けばいいじゃん。

Re: おっつ、ジュワン君(・∀・)ノ

投稿者: juwan_nim 投稿日時: 2006/05/26 18:28 投稿番号: [222 / 1329]
君が言っている事が全然間違えたとは言えない。
しかし、韓国の過去の歴史を皮肉くって何を得るの?

韓国の過去の歴史を皮肉る前に自分の歴史から反省するのが先だろう。

Re: おっつ、ジュワン君(・∀・)ノ

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/05/26 15:46 投稿番号: [221 / 1329]
>新しい国号を決める前に、その名前に『古』をつけて使ってたという

と言うよりも   明から「朝鮮」の国号をいただいたのですが   現代韓国にとってこれは許せない恥辱

なので「朝鮮」の語彙を過去にさかのぼって調べると箕氏朝鮮や衛氏朝鮮などの例があり
これに加えて   実在しない後付の壇君朝鮮を加上して「古朝鮮」としただけのことです

>>「新王朝は、国号を朝鮮と定めた。

「新王朝は」の部分は現代韓国から見てのことなのです

朝鮮の語彙自体は   かなり古い支那史書からも「潮仙」として見て取れますが
満州から北朝鮮付近の「潮仙」に位置する土地に住む   少数民族か集落民のことで
それより南の半島を後に支那では「朝鮮」と称した模様です

日韓歴史論争トピで先月末〜今月初め頃   議論されました

Re: おっつ、ジュワン君(・∀・)ノ

投稿者: saming17 投稿日時: 2006/05/26 15:35 投稿番号: [220 / 1329]
>「新王朝は、国号を朝鮮と定めた。
>『朝鮮』は、すなわち古朝鮮の伝統を受け継ぐという意味で

・・・・??
新しい国号を決める前に、その名前に『古』をつけて使ってたという
事でせうか??

Re: おっつ、ジュワン君(・∀・)ノ

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2006/05/26 15:17 投稿番号: [219 / 1329]
>韓国の教科書ではどうなってるんだろ。

明や清との属国関係を隠してます。

中学教科書の李氏朝鮮の建国の件です。

「新王朝は、国号を朝鮮と定めた。
『朝鮮』は、すなわち古朝鮮の伝統を受け継ぐという意味で、檀君に民族の独自性を求めるという意味が含まれている。だから朝鮮という国号には、悠久の伝統文化と民族意識が反映されており、民族史に対する主体的な自覚が含まれていた。
(中略)
朝鮮王朝は、外は明と親善関係を維持して国家の安定を図り、女真や日本に対しては、交隣政策をとって国際的な平和を維持した。

「朝鮮は朝貢を通して明の名分を立ててやり、使臣の往来を通して、経済的・文化的実利を得た。しかし後には、行き過ぎた親明政策に流れる傾向があらわれた。」(中学)

「国際的には明と日本に対して、実利追求の積極的外交関係を作った。」(高校)

http://toron.pepper.jp/jp/middle/syndr/inpei.html

おっつ、ジュワン君(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/26 15:03 投稿番号: [218 / 1329]
>うるる君が立てたトピですね。

見つけたね〜!いつここに来るかと思ってたよ。

>明に裁決を求めた

という部分に異論があるってこと?

でも、「大長吟」にたった一人の王の息子を世継として認めてもらうように明の使者を接待する場面があるけど、
李朝と明ってそういう関係だったんじゃないの?

韓国の教科書ではどうなってるんだろ。

Re: れRe: れ花札+麻雀

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/05/26 10:23 投稿番号: [217 / 1329]
>朝鮮時代に中国から半島へ流入した麻雀ですが、果たして当時、ウリジナルな役はあったのでしょうか。

ダディの友人の話によると
麻雀は支那から一端アメリカに渡り   その後明治期に日本に入り   それから半島へ流入した
とのことです
支那から直接半島に入ったのではないので
東亜師父の仰るような「アイゴー」とか   そう言った朝鮮ローカルのアガリは無いようです(爆)


「アイゴー」って   役は「半万…   もといハネ満」?

Re: 李朝朝鮮

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/26 10:19 投稿番号: [216 / 1329]
  最初から親明政策を標榜していた李成桂は、王位につくとただちに明国皇帝(太祖)に自分の即位の承認を要請した。
  このことは、王朝交代の承認を受けることによって、国内における王権の権威を確保しようという目的をもつものであった。そして李成桂はやがて国号を改める必要を感じて、明国に使臣を派遣し、国号として「朝鮮」・「和寧」(李成桂の誕生地)のうちいずれかを選択してくれるよう要請した。明の太祖は由緒深く優雅であるという理由で「朝鮮」という称号を定めてきた。(中略)しかし、明はこの朝鮮にたいして無理な朝貢の要求を行ない、また、流民の送還を要求してきたので、すでにこの頃から両国の関係は必ずしも順調とはいえないあいだがらとなっていた。明の太祖はそれを理由に即位を認める金印と誥命(明皇帝の暁諭文)とを送ってこなかったので、李成桂は最後まで明にたいして王号を用いることができず、権知高麗国事(権知は一時的に管掌するという意味)という称号を使用するよりほかなかった。
『韓国通史』   韓ユウ(シ右)欣著   平木實訳   学生社   1976年

あと、こういうのはどうですか?

http://ipcp.edunet4u.net/~koreannote/1/1-%EC%9D%B4%EC%84%B1%EA%B3%84.htm

http://blog.daum.net/_blog/BlogView.do?blogid=02GOz&articleno=7224654

http://www.im4u.co.kr/h_board/h_history/h_history_view.php?id=89&code=h_his_001&sel_key=&skey=&cpage=4&p_hakwon_cd=MN00000047

Re: 李朝朝鮮

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/05/26 10:19 投稿番号: [215 / 1329]
茶碗サマ

甲子園さんも仰ってますが   「朝鮮王朝実録(ジョソンワンジョシルロク)」に詳細に記録されているそうです

この「朝鮮王朝実録」は元々漢字で書かれていますが   ハングルに翻訳されてCD化された上で
韓国国内でも比較的安易に入手可能と聞いております

Re: れRe: れ花札+麻雀

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/26 10:14 投稿番号: [214 / 1329]
>チートイは日本の役だったんですか。リューイーソーは、アメリカで作られた役で、
確か、南北戦争に因んだ「ローカル役満」もありましたよね。

私もそう聞いたことがあります。
南北戦争は南北の暗刻と開戦年・終戦年をつくる役でした。

>朝鮮時代に中国から半島へ流入した麻雀ですが、果たして当時、ウリジナルな役はあったのでしょうか。
興味深いところですが、資料が出てくる可能性は、ほとんどないところが悲しいですね。

たしかに。
チーとポンのみであがる「アイゴー」とか、南北と一九牌のみでつくる「党争」(党争の派閥「南人」「北人」「少論」「老論」にちなむ)なんて役がほしいところです。

れRe: れ花札+麻雀

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/05/26 10:04 投稿番号: [213 / 1329]
>〜七対子は日本起原の役で緑一色は麻雀好きの欧米人が作った役〜

チートイは日本の役だったんですか。リューイーソーは、アメリカで作られた役で、
確か、南北戦争に因んだ「ローカル役満」もありましたよね。

朝鮮時代に中国から半島へ流入した麻雀ですが、果たして当時、ウリジナルな役はあったのでしょうか。
興味深いところですが、資料が出てくる可能性は、ほとんどないところが悲しいですね。

Re: 李朝朝鮮

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2006/05/26 10:02 投稿番号: [212 / 1329]
>>建国当初、国の名前を朝鮮(チョソン)とするか和寧(ホァリョン)とするかを明に裁決を求めたところ、明がこれに応え、翌1393年朝鮮を国号とすることができたが、李成桂を王とはせず、地位をを「権知朝鮮国事」に留めた

>ところで、↑の主張に根拠はありますか?
根拠があるなら出してください。

<国号の選択>
朝鮮王朝実録によれば、太祖・李成桂は使いを明に送って、国号として「朝鮮」と「和寧」という二つのうちのどちらかを採択することを請い、「朝鮮」を選んでもらった。

朝鮮王朝実録
1413年に太祖実録15巻を編纂したのを始め、歴代国王の実録を編修し、文禄・慶長の役以前までは実録をソウルの春秋館及び忠州、星州、全州の史庫に各1部ずつ保管していた。

Re: 李朝朝鮮

投稿者: juwan_nim 投稿日時: 2006/05/26 08:55 投稿番号: [211 / 1329]
うるる君が立てたトピですね。

>建国当初、国の名前を朝鮮(チョソン)とするか和寧(ホァリョン)とするかを明に裁決を求めたところ、明がこれに応え、翌1393年朝鮮を国号とすることができたが、李成桂を王とはせず、地位をを「権知朝鮮国事」に留めた

ところで、↑の主張に根拠はありますか?
根拠があるなら出してください。
しかし、日本の学者の主張は拒否します。

Re: れ花札+麻雀

投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2006/05/26 00:30 投稿番号: [210 / 1329]
麻雀を覚えたてのころに読んだ入門書に七対子は日本起原の役で緑一色は麻雀好きの欧米人が作った役とあったように記憶しています。本家には今もこう言う役は無いんでしょうか。

Re: れRe: 花札

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/25 22:55 投稿番号: [209 / 1329]
>因みに、花札は「ファトゥ」と呼ばれています。漢字は、たぶん「花闘」でしょう。

花を「ファ」と読むんですよね。
ゴミの埋め立て地が「ファの島」と呼ばれてる感覚は日本と一緒ですね。

Re: あら秋風さん

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/25 22:52 投稿番号: [208 / 1329]
外交>日韓関係トピでしたね。失礼いたしました。

朝日新聞のお話をしたことを覚えています。

新しくできたばかりの日韓関係トピより、こっちのカテの方が論客は多いです。私は支えていただいてる一方なんですが、

ここだけでなく、このカテの他のトピも面白いですよ。
ぜひケロヨンさんのご意見を拝見したいものです。

Re: あら秋風さん

投稿者: mattkanakeroyon 投稿日時: 2006/05/25 21:55 投稿番号: [207 / 1329]
>誰?どなた?どこのカテでお会いしましたかしら?

かなり前になりますが、海外か外交のカテでマスコミに関するトピを立てられてましたよね。

もう、落ちてしまってすけど。

その時に何度かお話させてもらったんですよ。

Re: れ花札+麻雀

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/25 17:07 投稿番号: [206 / 1329]
>東亜同務!   自分がよく読んでいないところのフォローをありがとうございました。

いえいえ。
私は「IMFルール」を見たときうれしくなりました。「韓国人にも、自分たちをネタにしたジョークはできるのだな」と。

で、麻雀ですが、

>近ごろ韓国で広く行なわれている麻雀は、シュイス(花牌のことか?)
36個を除いた104個の牌だけで行なわれている

これはスォゥズ、つまり索子(ソーズ)じゃないでしょうか。36個という数ですし。

>最も一般的な点数形態は、モンチェンチュモ(面前ツモ)とトォニャオ(タンヤオ)

お察しのとおり日本語の音訳ですね。面(門)前自摸も断幺も本来の漢字音からはありえないハングル表記になっています。

>その他、フニソ(?)・イッチトゥン
クァン(一致通カン<イッツー>)・チートゥイチュ(チートイツ)・サナンコ(三暗コウ)等

フニソはフンイーソーつまり「混一色(ホンイツ)」でしょうか。あとは訳されたとおり「一気通貫」「七対子」「三暗刻」だとおもいます。いずれも本来の漢字の韓国音から離れたハングル表記ですね。日本語を音訳した証拠でしょう。
あるいは、漢字に無頓着な階層にひろまったから、表記は関係なく役名の音がわかれば十分であった、という可能性も導けますね。

れRe: れ花札+麻雀

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/05/25 14:50 投稿番号: [205 / 1329]
>ゲームする場所も   卓をわざわざ設えなければならないと言うのも
>地面の上に直に接していた朝鮮庶民階級では   麻雀が広まらなかった理由として考えても良いように思うニダ
これは可能性が高いニダ!   すっかり頭の中から消えていたニダ。

駄菓子菓子、エト同務のご意見、
>両班階級でないと漢字が読めなかった
は、漢字はありますが、「絵」として捉えれば花札より楽ニダ!
http://imagesearch.naver.com/search.naver?where=idetail&query=%B8%B6%C0%DB%C6%D0&a=bli&r=5&u=http%3A%2F%2Fblog.naver.com%2Fmysticage.do%3FRedirect%3DLog%26logNo%3D30003120889

>紙に印刷すりゃいいだけの花札と違って〜
紙に印刷した麻雀牌は、日本にはあったニダ。単純に遊ぶには、紙でもいいニダ。

いや〜、繰り返しますが「卓」の問題は、すっかり忘れていたニダ。これから反省すろニダ。

Re: れ花札+麻雀

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2006/05/25 14:37 投稿番号: [204 / 1329]
麻雀というと   脱衣麻雀しか知らないウリニダが…

ズバリ

両班階級でないと漢字が読めなかった  

と言うような理由ではないニカ?


それと   紙に印刷すりゃいいだけの花札と違って   麻雀牌は象牙から高級木で作るなど   高級品なので庶民の手が出にくく

ゲームする場所も   卓をわざわざ設えなければならないと言うのも  

地面の上に直に接していた朝鮮庶民階級では   麻雀が広まらなかった理由として考えても良いように思うニダ

れ花札+麻雀

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/05/25 14:16 投稿番号: [203 / 1329]
東亜同務!   自分がよく読んでいないところのフォローをありがとうございました。

ところで、数ヶ月前、韓国人らとゲームの話をしたとき、私は「麻雀がすき」と言ったところ、
みな、「名前は知っているが実態は分からない」という感じでした。「ハテナ?」と思い、調べたところ…
http://k.daum.net/qna/kin/home/qdetail_view.html?boardid=M&qid=0AgDp&q=%B8%B6%C0%DB%C0%C7%20%BF%AA%BB%E7
↑韓国の麻雀に触れているものが、ようやく見つかりました。一番下の段落が「韓国の麻雀」です。

読んでると、最初は韓国に入ってきた状況から、ゲームの仕方でした。
「韓国に始めて麻雀が入ってきたのは、甲牛改革(1894年)前後、中国とを往来した人たちを
通じてのことと推測される。近ごろ韓国で広く行なわれている麻雀は、シュイス(花牌のことか?)
36個を除いた104個の牌だけで行なわれている(段落冒頭部訳)」(をを、李朝だ!)

最後の方に、いわゆる「役(上がりの型)の名」がでるのですが、それがどう読んでも「日本版の名前」に
思えます(中国語を知らぬので)。最後の方の文です。
「最も一般的な点数形態は、モンチェンチュモ(面前ツモ)とトォニャオ(タンヤオ)として各1パンが
認められ3パンに処理される(麻雀用語「バンバン」のことか?)。その他、フニソ(?)・イッチトゥン
クァン(一致通カン<イッツー>)・チートゥイチュ(チートイツ)・サナンコ(三暗コウ)等が広められた
(点数の高い)役だ」(カッコ内は日本での名称。推定です)

考えると色々と推測される(例えば、役の名は日帝時代に広まった、とか)部分が出てきますが、
それよりなぜ、韓国では一般化されなかったのでしょうか。4人集まると6つの派閥が出来るから?(ことわざの応用)
知と駆け引きのゲームだから?(考え易いが、花札も同じでは?)

Re: れRe: 花札

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/24 23:06 投稿番号: [202 / 1329]
>その次の段に、パクジョンヒが与えた賞のことが書かれていますが、何が行われたか、が分からないのでチンプンカンプンです。

朴正煕・崔圭夏・全斗煥・盧泰愚・金泳三・金大中・李会昌といった人名とIMFという単語が並んでいますが、ローカルルールらしいようです。
朴正煕ルールなら1位に大きな恩恵がゆくルールで、崔圭夏なら1位にうまみがない、とかそういう感じなのかも。

辛うじて最後の「IMF」は意味が取れました。資金が底をついた人は資金を貸してくれた人の指示に従ってゲームをしなければならない、というようです。

れRe: 花札

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/05/24 22:47 投稿番号: [201 / 1329]
>え〜ん、ハングルでわかりませ〜ん。
読んでいただこうと思って持ってきた資料ではないので、大丈夫です。「こんなのが、あるんだぁ」と思っていただければ…。

>娯楽が少なかったと解釈すべきか、花札にそれだけの魅力があったと解すべきか・・・(-ω-)
そういうことは書かれていません。そんなものに、記録なんか残ってないでしょう。
どれだけラフな資料化という証拠に、最後の一文を訳すと
「(花札は)韓国に来て急速に広まり、こんにち、もっとも大衆的な賭博の道具となりました」
になります。こんな大雑把な内容の連なりです。

その次の段に、パクジョンヒが与えた賞のことが書かれていますが、何が行われたか、が分からないのでチンプンカンプンです。

因みに、花札は「ファトゥ」と呼ばれています。漢字は、たぶん「花闘」でしょう。

Re: 李朝時代では無いですが・・・

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/24 22:47 投稿番号: [200 / 1329]
いつも応援ありがとうございます。

しかし、内容的なものから見て「百済トピ」がふさわしいかも。
最近元気が無いようなので、燃料になると思います。

>現存する朝鮮半島最古の写経とされる韓国の国宝「新羅白紙墨書大方広仏華厳経」(755年)とほぼ同時期。筆跡の特徴から、さらに古い可能性もあるという。

しかし、これが本当なら素晴らしいですね。
韓国にはどれだけの仏教関係の遺物が残ってるんでしょう。
頭がない仏像がごろごろしてましたから、かなり経典も失ったと思いますが。

Re: 茶母3

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/24 22:40 投稿番号: [199 / 1329]
これを読むと、やっぱチャングムって、

結局のところ王様の愛人だったんじゃなかな〜。

周囲からは一応医女として尊敬され、王が寵愛する優れた女性だけのことはあると思われてたストーリーも
それはそれで十分素晴らしいと思いますけど。

>食事を担当する蔬酒房、飲み物及びお菓子などを作る生果房、洗濯と服の手入れを引き受けた洗踏房はそれより地位が低かった。

なるほど、だから両班出身のチャングム母等は子供時代貧乏だったんですね。
裕福な両班の女性なら宮廷女官にはならなかったのでしょう。

Re: あら秋風さん

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/24 22:33 投稿番号: [198 / 1329]
あら、mattkanakeroyon(待ったかなケロヨン)さん
お久しぶりじゃないの〜(o^∇^o)ノ

・・・と言いたいところですけど、

誰?どなた?どこのカテでお会いしましたかしら?

今年になっての新HNで別HNでお会いしたとか。

>なかなか論客揃いのトピですなあ。

トピ主に実力が無いので、みなさんに盛り上げていただいております。
よろしかったら、ケロヨンさんも今後ご贔屓に♪

Re: 花札

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/05/24 22:28 投稿番号: [197 / 1329]
え〜ん、ハングルでわかりませ〜ん。

翻訳機械通すしかないか。

>アッというまに広まった

娯楽が少なかったと解釈すべきか、花札にそれだけの魅力があったと解すべきか・・・(-ω-)

花札

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/05/24 03:02 投稿番号: [196 / 1329]
このゲームも日本から入りました。

http://blog.naver.com/s002king?Redirect=Log&logNo=140020691398

本文の三段目に「19」と「對馬島」の文字が見えますが、その辺りに書かれています。

ざっと訳すと
"19世紀ごろ、対馬と交易してるうちに上陸し、アッというまに広まった。"
とのことです。はっきりしたことは、分かってないそうです。

あら秋風さん

投稿者: mattkanakeroyon 投稿日時: 2006/05/24 00:14 投稿番号: [195 / 1329]
此処でご活躍のようですね。

なかなか論客揃いのトピですなあ。

李朝時代では無いですが・・・

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/05/23 22:06 投稿番号: [194 / 1329]
>朝鮮半島で写経した可能性が高いことが分かり、宮内庁正倉院事務所が23日、発表した。
>韓国の国宝「新羅白紙墨書大方広仏華厳経」(755年)とほぼ同時期。筆跡の特徴から、さらに古い可能性もあるという。

何が言いたいのかなこのニュースは・・・

>さらに古い可能性もあるという。
>さらに古い可能性もあるという。
>さらに古い可能性もあるという。

じゃあ、違うんじゃないの?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
統一新羅の写経伝来か   正倉院の華厳経

  奈良・正倉院の宝物「大方広仏華厳経」は、これまで日本で未確認だった統一新羅時代(677−826年)の朝鮮半島で写経した可能性が高いことが分かり、宮内庁正倉院事務所が23日、発表した。

  調査した山本信吉・元国立奈良博物館長(古代史)によると、現存する朝鮮半島最古の写経とされる韓国の国宝「新羅白紙墨書大方広仏華厳経」(755年)とほぼ同時期。筆跡の特徴から、さらに古い可能性もあるという。

  計55枚の紙をつなぎ合わせており、幅26センチ、長さ30・8メートル。当時の日本に使用例がないコウゾでつくった白い紙に、日本の官立写経所の写経には見られない力強い楷書(かいしょ)で書いていた。

http://www.iwate-np.co.jp/newspack/cgi-bin/newspack.cgi?culture+CN2006052301002366_ 1

茶母:日東壮遊歌

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/23 00:49 投稿番号: [193 / 1329]
>なお、通信使の中に、朝鮮国内の宿場に着くたびに美人の茶母を探させるハァハァ軍官がいて、それに著者金仁謙がいたずらを仕掛ける、という場面がありました。原文等詳しくは近日中にアップします。

これが本文です。

・・・・・・・
八月十一日   日程:幽谷駅→竜宮→水月楼→醴泉

翌日、雨も上がったので   永順川を渡り
竜宮で昼休み   支供に訪れていた比安県監と
水月楼で対面   大歓迎してくれる
従事官の兵房軍官は   色事に目のない男
ソウルを出て以来   各駅に着くたびに
その地の戸長に命じて   美人の茶母を捜させていたが
それでも飽き足らず   私の許に来て頼み込む
「醴泉は色里というではないか   私のために先に行き
一番の美人を選んで   おいてくれないか」
聞くにその言い草が憎く   一度騙してやろうと
うわべは快く返事をし   堅い約束を交わした
東亭子を通り過ぎ   急ぎ醴泉の町に入ると
すべての妓生を呼び集め   中でも容色最も劣り
年老いたあばた女を   選び出し
吏房に言いつけて   兵房付きの茶母に決めた
帳幕で待っていると   先導役として先に来て
使臣方の部屋に顔を出した後   私の許に小走りに駆け寄り
にたにたしながら言う   「頼んだ件はどうなったか」
仕草がお笑い草だが   こみ上げる笑いをこらえ
おもむろに答えた   「他ならぬ御同行のたっての頼み
どうして私がおろそかにしようか   この醴泉第一の美女を
やっとのことで捜し出し   貴殿の茶母に決めてある
急ぎ宿所に行き   呼んでみれば分かるだろう
西施、玉真といえども   あの女に及ぶまい
今宵をともにできるのは   私のお陰と思ってくれ」
それを聞いて笑う口許が   くり鉢ほどにも見える
(中略)
任キツ(山へんに乞)(兵房軍官の名前)の様子はと見れば   三つ重ねの敷物にどっかと坐り
両眼を穴の開くほど見開いて   じれったそうに待っていたが
女を一目見てがっかり   膝を浮かせて背を向ける
その落胆振りは   まさに竜大旗(王の外出時に先導が持った旗)が雨に打たれた有様
一座は手を打ち大爆笑   あちらこちらでからかわれ

・・・・・・・

なお、八月十五日に泊まった新寧では、騙した分の埋め合わせとして、官婢15人から美人を選んで任キツのもとに行かせております。

茶母・妓生の手配を要求してくるのは、往きはこの軍官くらいなんですが、帰りは、いろんな人が要求してきています。
詳細はまたあらためてアップします。

Re: 茶母2

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/22 10:34 投稿番号: [192 / 1329]
>ある時は捕盗庁の官吏の茶汲み飯盛りから体の要求まで
ある時は女性の魅力を生かしての捜査
またある時は女性犯罪者への捜査・逮捕と   実に忙しい職業と言えそうです

>鬼平の密偵以上ですか!

『日東壮遊歌』でも茶母は出てきます。なかなか忙しいようです。

なお、通信使の中に、朝鮮国内の宿場に着くたびに美人の茶母を探させるハァハァ軍官がいて、それに著者金仁謙がいたずらを仕掛ける、という場面がありました。原文等詳しくは近日中にアップします。
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