李承晩

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チャイナタウン 追加

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/12/01 13:42 投稿番号: [80 / 2701]
ソウルで世界華商大会

  ソウル大会の開催は、韓国と華僑・華人・中華圏の結びつきを意味する象徴的な出来事だ。現在、中国では韓流ブームだが、一方、韓国でも中国ブームに沸いている。02年には対中投資額が対米投資を抜いてトップになり、03年には対中輸出も対米輸出を超えた。昨年の韓国の中国への投資額は日本を上回っている。
  現在、中国における韓国人留学生の数は全体の4割以上を占めており、日本の倍以上。9・11以後は、留学先の主流は米国から中国へと移った。また、01年からは大学入試で中国語が外国語教科として導入され、高校や大学では中国語コースの新設も相次いでいる。韓国人の華僑学校への入学希望者も増加の一途だ。
  こうした中韓両国の良好な関係が、韓国企業の中国市場進出を支えている。日中関係が「政冷経熱」(政治関係は冷え込んでいるが、経済関係は熱い)から「政冷経涼」(経済関係も伸び悩む)といわれているのと対照的である。
  中韓の経済的な緊密化や韓国社会の中国ブームとともに、最近、長らく韓国の地を離れていた華僑が再び戻ってきている。世界華商大会のソウル開催は、こうした流れを加速させることになるだろう。

中国との緊密化とともに韓国のチャイナタウンが復活

  華僑・華人の数は世界で4000万人とも5000万人ともいわれているが、なかでもチャイナタウン(中華街)は彼らの生活や文化、ビジネスの拠点である。
  チャイナタウンは世界中に存在しているが、地理的にも文化的にも中国にもっとも近いにもかかわらず、長らく韓国は世界でも珍しい「チャイナタウンがない国」と呼ばれて、韓国社会の閉鎖性と排他性を示す代表例とされてきた。
  かつては朝鮮半島にも多くの華僑が居住していた。朝鮮半島における華僑の歴史は、日清戦争の原因ともなった1882年の「壬午軍乱」の際、半島に進駐した清国の商人に始まるといわれる。 彼らはソウルの明洞(ミョンドン)、小公洞(ソゴンドン)や仁川(インチョン)などに定着した。ソウルの代表的な繁華街として知られる明洞は華僑がつくった街なのである。1930年代には、韓国に居住する華僑は12万人を超えていたとされる。
  しかし、45年の独立以降、華僑社会は大きく衰退していった。韓国のチャイナタウンは、仁川など一部の街で細々と命脈をつないできたに過ぎなかった。
  李承晩、朴正煕両大統領が華僑抑圧政策をとったのである。抑圧政策の背景には、幼年時代に経験した中国の支配に伴う屈辱感があったとされている。
  朴政権時代は中国食堂は米飯を売ってはならないという法律を作り、このため華僑が経営する食堂ではチャーハンなどが作れなくなった。また、他の物価が上がっても、ジャージャー麺だけは値上げが認められなかったという。こうして70年代以降、華僑の多くが韓国を離れ、1万人以上の華僑が居住した仁川のチャイナタウンなどが姿を消していった。92年の中韓国交樹立では、台湾国籍だった華僑の多くが韓国の地から去って行った。
  しかし、最近の中韓関係の経済的緊密化とともに、華僑が戻って来ており、韓国のチャイナタウンは再び活気づき始めている。昨年には韓国中華総商会と仁川市が永宗島(ヨンジョンド)に大規模なチャイナタウンを建設することで合意。華僑資本の誘致に積極的になっている韓国政府も後押ししている。
  すでに仁川の中華街は街並みも新しくなり、新しい店も続々と開店、孔子像などの整備も進んでいる。横浜の中華街と比べると、まだまだ規模は小さいが、仁川や明洞のチャイナタウンは今後の発展が期待されている。
  韓国におけるチャイナタウンの復活は社会の開放と国際化を意味するが、米国の影響力が圧倒的だった韓国に中国パワーが押し寄せつつあることの象徴かもしれない。
  国民の多くも華僑に対して好感をもって受け入れつつあるようだ。ある調査によると、韓国人の9割以上がチャイナタウン建設に賛成しているという。現在、「韓国人にとって中国は、韓国の未来を開く希望の国として受け入れられている」(韓国紙)。
  経済発展を背景に自信を取り戻した韓国が、勃興する中国をどのように受け入れるのか。チャイナタウンの今後を見れば明らかになるかもしれない。中韓の緊密化は日本にも大きな影響を与えることになる。
  なお、ソウル大会に次ぐ07年の世界華商大会の開催地は神戸に決定しており、日本でも開催準備に入っている。この頃には日中関係は好転しているだろうか。(『経済界』2005年7月5号掲載)

>ソウルの代表的な繁華街として知られる明洞は華僑がつくった街なのである。

>李承晩、朴正煕両大統領が華僑抑圧政策をとったのである。

日本のパチンコと同じか・・・

宗主国サマに

投稿者: kaiyouminzoku333 投稿日時: 2006/12/01 07:09 投稿番号: [79 / 2701]
楯突いていたことがバレた朝鮮人が
火病を起こしていますが、
皆様は無視してください。

タケシマよ、
お前、ここに出入り禁止。

皆様におかれましても、
こいつを相手にしないよう、
お願い申し上げます。

Re: チャイナタウン

投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/12/01 06:41 投稿番号: [78 / 2701]
どっからのコピペなんだ、このヤロ〜!
出所を示せ、このタコ!

仏教徒を

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/12/01 06:24 投稿番号: [77 / 2701]
弾圧したという話もあるのですが、
なかなか証拠が見つからない。

皆様も探して下さい。
お願いします。

昭和28年の委員会5

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/29 06:23 投稿番号: [76 / 2701]
○中野委員   これは国民感情に照らしても、それから一般の遺族の人にとつても、重大な関心を払わなければならない問題なんです。従つてこれが間違つておつたらなぜ訂正なさらないか、一地方版なんかに出たのならばないがしろにしてもしんぼうするとしても、いやしくも天下の大新聞である朝日新聞が堂々と、しかもトツプではないか、一面にこのような大きな記事を扱つておつて、援護庁長官ともあろうものがこれを見て、そしてただちにこれに訂正を申し込む――今の厚生大臣の車中談においてもそうです、県庁において話されたかどこにおいて話されたか知りませんけれども、一般の大新聞が筆をそろえて書いておる限りにおいては、間違つた点があつたら訂正させるべき必要があり責任がある。そうでなければ一般の遺族の人たちは大いにたよるのであります。私が地方に行つていろいろ聞いてみますと、山県さんの評判はこれによつて非常にいいのです。悪い言葉かしらないが神や仏のように伏し拝んでいる。にもかかわらずあなたが当時はこういう心境であつたと言つて、新聞発表を訂正しないでおいて、無責任に今の言葉を言うならば、遺族の人に与える影響は非常に大きいのです。私ども遺族の気持になつてここで論じておるのです。なぜあなた方はこういう悪い面があつたら訂正しないか。年金だから間違うという問題じやないのです、これは大問題じやないですか。私はそういうような処置をなすつたかどうか、さらに援護庁長官に聞いておきたいのです。
○山縣国務大臣   今御答弁を求められておりませんが、私に関するお話でございましたから一言釈明申し上げます。
  私はこの問題に対して、はなはだ失礼でございまするが、ただいま中野先生からかようなお言葉をちようだいするとは思わなかつたのであります。新聞記事の訂正等もございまするが、これがいわゆる車中談というようなことでありますなれば、私は訂正いたしたでありましよう。しかし事遺族の人々に対して厚生大臣が何とかしたい――その書き方はどうであろうが、私も実は先ほど来申し上げておるように、東京の新聞に載つたものは地方版とは違いますから、これはわかりません、でありますからただいまこのことを承知いたすのでありますか、少くとも遺族の方々に何とかしたい、しかも新聞は大蔵大臣も見ておりましよう、閣内の人も見ておりましよう、いろいろな方法でもつて、たとえば国民健康保険の国庫負担給付もしかり、そういうふうにして認識を深くする――私が責任をとれというならば責任をとりますが、そういうふうにして認識を深めて、誠心誠意やつておるというこれが将来の実現のやはり一端になる、そういう意味でやつておることなんであつて、遺族のためにおしかりを受けることになれば責任をとりますが、さようではなくして、先ほど来申し上げておるように、言葉の端にあらずして――あるいは悪者になつてもよろしゆうございますけれども、初めから法律化してこれを推進したいという熱意に燃えてのことでありますから、この委員会においてもしもおしかりを受けるということになりますれば、これは別の方法をとりますけれども、さにあらずして、野党の諸君といえども与党の諸君といえども、また遺族の諸君といえども、閣内も一致してこの問題を推進いたしたいという熱意を申し上げておるのであります。でありますから、事のさまつの点はお見捨て願つて、そして大目的に御同様推進するようにお願いいたしたいと私は熱願いたすものであります。


改めて「トンデモナイ国」だと実感。

昭和28年の委員会4

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/29 06:14 投稿番号: [75 / 2701]
○山縣国務大臣   たびたび申し上げておりまする通り、よく大臣はいわゆる車中談をいたしますが、車中談というのは、たいてい一定の構想のもとに、ときにはプリントに書いて、そうして随行の記者にそれを話しますとか、渡すとかするのが車中談であります。私はそういう車中談はいたしたことはないのであります。たしか旅行先において、当該の県庁でありましたか何かに行つたときに、たまたま弔慰金の問題が出ていろいろ先方から話が出たときに、現在裁定に漏れておる人がおるが、これはどういうふうに考えておるかという問に対して、私は、それは今の法律ではできないけれども、今後何とかして救いたいと思つている。しからばそれはいつから救うのかという話でありましたから、それはわからぬけれども、今後予算折衝が残つておるから、実は年末までに何とか案を立てて折衝したい、こう申したのであります。でありますから、一定のプリントによりますとか、一定のものによつてやりましたら、それは責任を持ちますけれども、これは聞く人によつて違いますし、またそれはたいてい地方の新聞から東京の方に電報が入つておるのでありまして、この問題についてもしも的確に一定の表現をもつていたしたのであれば、私も国会議員もいたしておりまするし、また大臣をいたして参つておつて、予算の折衝の経過、あるいは閣議決定等のことも承知しておりますから、そうつじつまの合わないことをいうはずはないのであります。私の気持は、いろいろの質問のうち、そういう漏れたものに対してどうするかということに対して、それは何とかして救うように研究して行きたい。しからばそれをいつやるか。できるだけ早く研究して、そうして折衝したいと思つておる、こう申したのであります。でありますから、これはその通りであります。ただ先ほどから申しておりまする通り、従つて私の今申しますのも、今予算折衝を終えたとかいうことは言うべきじやなく、また昭和二十八年度補正予算あるいは来年度の本予算に出すか、それが確定する前に閣僚の一人として確言できるはずもないし、また現在大蔵省といたしましても、災害予算の折衝でも御承知の通りの経過でありますから、昭和二十八年度の第二次補正予算に対して予算の確答を大蔵大臣がいたすはずもございません。でありますから、この間この問題について閣内で話しておりましても、大蔵大臣が確言をいたすはずもない。但しこの問題については、できるだけ認識を閣内では推進いたしたいという努力をいたしておる。そういう程度でございまするから、予算措置に対して、年末までに必ずやるということを、私が今かりにこの委員会において言いたくても言えないことであります。ただ今後努力をいたしてそういうふうにいたしたい、こう思つておることだけでございますから、この点は御了承願いたいと思います。
○田邊政府委員   八月二十九日の新聞の記事でございますが、これは年金というふうに出ておる点から申しましても、必ずしも正確な記事ではないと思います。立法化に着手したという意味は、政府の方針がそういうふつうに決定いたしまして、立法化に着手したというふうにおとりになるのは間違いでございます。もちろんそういうことは大臣からもお話がございました通り、われわれもそういう意図のもとに研究はいたしております。研究をしておるということを、立法化に着手したというふうに書いたものでありますれば、それは少し行き過ぎではないかと思います。


朝日が・・・

昭和28年の委員会3

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/29 06:12 投稿番号: [74 / 2701]
○中野委員   さつきからの厚生大臣の答弁を聞いておると、どうもはつきりしない点があるのですが、近ごろ大臣というのは汽車に乗ると車中談、宿へ着くとホテル談というものをやる傾向がある。私は山県さんの人柄を見て以来、そういう人でないということをかたく信じておる一人なんです。今あなたの御答弁を聞いていると、この車中談によつて公務死外の人にも相当金を差上げたいという気持においてはよくわかります。しかし一体やれるのか、やれないのか、やれそうなのか、この点がよくわからないのです。どうも答弁上手というのですか、聞き下手というのですか、もう少しはつきりしておいてもらいたいと思うのです。そこでやれそうなのなら大体やれそうなという大臣の答弁だけでけつこうなんです。特に私は援護庁長官に伺つておきたいのですが、八月二十九日付の新聞に発表した覚えはないとおつしやるけれども、この中では、「公務死外死亡にも年金、援護庁立案、遺族援護法の改正」、これによると、去る二十八日引揚援護庁では立案に着手した。同庁案によると、恩恵を受けるものは約十万で、死因によほどの無理のない限り国債で三万円ないし五万円を受取れるようにしたい、ということを明らかにしておるのであります。発表はあつたかないか知りませんけれども、ちようど新聞発表に続いて厚生大臣が関西へ旅行されて、関西の一地方の新聞にこれが載せられたというなら私は了承いたしますが、大新聞といわれるものが、筆をそろえて全部同一歩調に従つて、厚生大臣は年末までに三万円ないし五万円を公務死外の者にも今審査中の者にもやるということを言明されたというので、全国のこれに該当する遺族の人人は非常に大きな期待を持つておるのでありまして、今日の答弁を伺つただけでは、非常に期待を持つただけにがつかりする度合いも大きいと思う。私はこれは政治の妙ですから、こういう点に関しては、委員会を通じて一体やれるのか、またやれないのか、やれそうなのか、この点について厚生大臣と援護庁長官の両方から答弁を伺いたい。


4に続きます。

昭和28年の委員会2

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/29 05:56 投稿番号: [73 / 2701]
○長谷川(保)委員   船主等に対しましては今の農林関係の方法で大体方法がつくということもありましようけれども、抑留されました漁夫の家族に対しましては、簡単な方法は農林関係ではないと思う。ことに今のお話の通り、生活保護法をかけられるということが、生活保護法の線が順次最初の立法の趣旨からはずれまして、何だか国からただ物をもらうというような非常にまずい考え方に一般国民の感情が向いているときでありますから、ただいまお話のように、生活保護を受けられることをきらう面があるようであります。さればこそ、むしろ一歩を進めて留守家族援護法の特例をつくるなり、あるいは法律改正をいたすなりいたしまして、十分な手を打つてあげるべきではないか。数もそうたくさんな数でもないのでありますから、そう大きな金を食うというわけでもありませんから、そういう方針をとつたらどうか。そういうことができますれば、おそらく漁民諸君は、大きな打撃の中にも国の援護につきまして相当大きな喜びを持つだろうと思います。安心するだろうと思います。そういう今後の方針についてもう一歩進められる御意思はないか、重ねてお伺いいたします。
○山縣国務大臣   先ほど申し上げましたのと別に新たなることはございませんですが、援護法によります際には、かりによるといたしましても、それだけでは私は済まぬと思うのは、援護法によりますと、月々の差上げる金は大体二千数百円にとどまるのであります。その他扶養家族等がありますけれども、とうていそれだけでは今の事態から申しまして解決できる問題でないので、これはやはり先ほど来申しておりますような方法によつて、両々相まつてやらざるを得ないのじやないか、援護法がせめてもう少し金が出ておりますればよろしいのでありますが、これは御承知の通りの金額であります。そうすると、やはりその他の方法によるものが主になりますので、何とかしてその他の援護の方策を早く立てて、その間は生活保護等によつてこれを補つて行くということにいたしたいと考えております。もちろんこの問題は今後の推移によることでございますから、十分研究はいたしたいと考えております。


3に続きます。

昭和28年の委員会1

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/29 05:41 投稿番号: [72 / 2701]
  次にリラインの抑留者等の関係でありますか、このリライン問題は御承知のように全国民注視の的であります。ことに抑留者、その関係者にとりましては非常な大きな問題でございます。もともとリライン問題は、これはずつと前からわかつた、大体想像のついたことであつて、これに対して政府が十分な手を打たなかつた。ことにさばの漁期がいつになるかということはもうわかり切つたことでありますから、前もつて十分な手を打たなかつたということは、政府の大きな責任である。そしてこの気の毒な被害者たちは、決して個人的な責任においてこういうことが起つたわけではないと考えなければならぬ。そういたしますれば、当然これに対しまして、単なる生活困窮者にだけ手を延ばすということでなしに、政府がこれらの方々の、ことに生活の問題につきましては、十分な責任を持たなければならぬ。そこで大臣に伺いたいのでありますが、それはリライン問題が早急に解決するようには見えませんから、この際例の留守家族援護伝の特例をつくるなり、あるいは法律の一部改正をするなりいたしまして、この抑留者の家族のために十分な措置をつくる御方針はないか、その点をお伺いいたしたいのであります。
○山縣国務大臣   このリラインの問題については、先ほど来申し上げておりますように、われわれといたしましても頭を痛める問題であります。それに対して留守家族援護法等の何らか適用の道を考えて云々というお話かございましたが、もしもさようなことができればけつこうでありますが、しかし留守家族援護法の対象になる留守家族と、今回のいわゆる抑留されておる漁業従事者との間には、おのずからそこに本質的な差が多少ありますので、まずもつてこの際は漁業保険、あるいはその他の一連の渡来対策をもつてして、これらの人々に対する援護を考えるのがまず順序でなかろうか。それに対して農林省も今せつかく考慮中でありますから、しかもそれによつて、これはもう別に政策を待たずして現実に生活にその日その日お困りの方がありますから、当然に生活保護法において援護して行く、これが一応考えられるべき線ではないかと思うのであります。お示しのようなことも今後の情勢いかんによつては、あるいはまた検討すべきこともあろうと思いますが、ただいまのところは、これは今申しましたような二段構えでもつて行きますのが適当であり、ことにまたそれらの方々にとつても、最近農林大臣の話を聞きましても、たとえば生活保護なんかをかけられるのはいやだと言つておられる方も立場上おありのようであります。でありますから、それはそういうふうなことに至らぬまでに、もしも措置がとれるならばこれが一番よかろう。しかしそんなことを言つておりましても、現実にお困りの方もありましようから、それは生活保護でやつて行く、この点はよく農林大臣とも折衝いたしまして研究をいたしたいと思つております。


2に続きます。

チャイナタウン

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/28 11:39 投稿番号: [71 / 2701]
反中国の歴史から見るチャイナタウン

韓国にチャイナタウンを建設する問題が活発に論議されている。最近、駐韓中国大使館が韓国政府に送った公文書を通じて「仁川市が敷地を提供すれば中国が資本を投資して大規模なチャイナタウンを建設する」と明らかにした。中国大使の名で出された公文書によると、チャイナタウンには中国文化体験館と中国対外文化交流協会のような中国政府機関や、韓中友好協会、展示館、留学相談室などが入る予定だ。もちろん、ホテルとレストランは、チャイナタウンを構成する最も重要な部分になる。韓国政府は中国政府の要請に肯定的な立場を見せている。

チャイナタウンをめぐる論議は韓国が持つ閉鎖性と外国人に対する差別に言及する時、必ず登場する韓国人のタブーの1つだ。チャイナタウンは全世界のどこにでもある世界共通の文化でありビジネスだ。しかし、地理的にも文化的にも中国にもっとも近いにも関わらず、韓国にはまだチャイナタウンがない。
人権問題に注目する人々は「中国人は韓国で差別を受けているから、チャイナタウンさえない」と非難する。チャイナタウン建設論議では人権問題と、さらに国際化にからみ華僑の経済力が、いっそう注目されている。「華僑資本を引き入れるためにも一日も早くチャイナタウンが必要だ」という論理だ。

歴史的に見ると、チャイナタウンは、アジア全体同様、朝鮮半島のどこにでも見られた風景だった。しかし、この風景は韓国が近代化を始めた1945年の独立以後、急速に変わった。変化の立役者は韓国の初代大統領である李承晩と、満洲軍官学校出身である朴正煕大統領だった。2人の大統領は、チャイナタウンと華僑をどのようにすれば抑圧できるのかに注目した。特に朴正煕大統領は1970年代、「外国人土地取得と管理に関する法」を制定し、華僑たちの財産権を合法的に制限した。チャイナタウンの中心として、1万人以上の華僑が居住した仁川公園周辺の中国食堂と街並が門を閉じたのは、30年前に制定された差別悪法のためであった。差別悪法は、当時、中国食堂は韓国食堂と区別して、米飯を売ることができないという珍しい法であった。粉食奨励運動という大義名分が掲げられたが、中国食堂の代名詞でもある焼飯は「法の名のもとで」影をひそめなければならなかった。

李承晩と朴正煕の2人の大統領が巧みに華僑を弾圧したという事実には疑問はないが、どうして2人は中国人を弾圧したのだろうか。
理由は簡単だ。彼らは幼年時代に経験した屈辱をありありと憶えていたからである。李承晩大統領は在任期間中、駅周辺の中国飯屋を鉄道周辺施設開発という名目で国有化した。朝鮮半島の歴史をよく見ると、商業の中心である駅の周辺はいつも華僑が占めた。華僑は人々が集まる駅の周辺で飯屋と建物賃貸業、高利貸金業を経営し、誰も無視することができない富力と権力を育てた。

華僑が朝鮮の人にとってどんな意味を持っているかは、1920年代に活躍した韓国の著名なリアリズム作家である金東仁の短編小説「じゃがいも」を読むとよくわかる。小説の中の主人公「福女」が野菜畑で、じゃがいもを密かに盗んだ時に現れるのは、畑の主人で「王」という名字の中国人である。王は貧民窟出身の福女に罰を与える代わりに、お金を払って、彼女と寝る。王は、その気になれば何でもできる、当時の支配階級であり、お金と権力の象徴だ。その後、王は100ウォンで若い朝鮮娘を買って結婚し、嫉妬する福女を殺害する。さらに、王は完全犯罪のために福女の夫を買収し、脳溢血死を偽装する。王が人妻である福女をお金で買い、ひいては完全犯罪を可能にした理由は、王の背景にある中国は朝鮮を絶対的に支配する存在だったからだ。

1876年、日本が朝鮮へ開化を要求した江華島条約の第1条には「朝鮮は独立国である」とある。朝鮮は中国の干渉から離れ、自由な国として動くことができる、という条項に対して、当時の朝鮮人たちは両手を挙げて歓迎した。後に、江華島条約は日本の朝鮮半島植民地化の始まりとなるが、当時の朝鮮人の反中感情を背景に作られた条約といっていいだろう。当時の朝鮮人の首を押さえ付けた勢力の1つは、朝鮮全土に暮した約3万人の中国人だった。アメリカで教育を受けた李承晩初代大統領と、日本で教育を受けた朴正煕大統領はお互いに全く違った背景にもかかわらず、反中感情については一致した。2人にとって、中国人が集まるチャイナタウンは近代化に失敗した朝鮮人が、お金のため妻子まで捧げなければならない悪魔の城であった。


李承晩がチャイナタウン消滅の元凶だったのか。

やはりそうか・・・

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/28 06:57 投稿番号: [70 / 2701]
拾い物です。

日本でも昔の宮家の邸宅がホテルになっている所がありますが、韓国でも済州島にあるパラダイス・ホテルは、李承晩大統領の別荘だった所として知られています。

ただし昔の建物がそのまま使われているかというとそうではありません。
でも、ホテル内には和楽園という、李承晩大統領夫妻の記念館があります。

ここには李大統領の遺品などが、各種資料とともに展示されています。
そしてホテルの宿泊客でなくとも記念館への入場は自由ですから済州島を訪れることがあれば、ぜひ一度立ち寄ってみてください。

それではここで、李大統領の夫人、フランチェスカ女史と関連した逸話をご紹介しましょう。

***
フランチェスカ    秘書官、秘書官!!
          人々が私のことを、
          「ホジュテク、ホジュテク」と呼んでいるけど
          あれはどういう意味?
          新しいニックネームかしら・・・

秘書官        申し訳ありません
          実は韓国では女性のことを
          その出身地の地名で呼ぶことがあります
          釜山出身なら釜山宅(テク)、ソウルならソウル宅です

フランチェスカ    それで私を「ホジュテク」。
          ホジュってどこ?

秘書官        実・・・それが・・・
          ホジュとは豪州のことで
          奥様のお国、オーストリアと
          オーストラリアを区別できない民衆が多く
          奥様のことを豪州宅と呼んでおりまして・・・

フランチェスカ    オー・マイ・ゴッド!!


(婦人の写真アリ)

http://rki.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=169

やはり「ヘン」な人でした

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/27 06:03 投稿番号: [69 / 2701]
この人↓を日本語の救世主としています。
(光州事件のさい、「来日」した人だそうで。)

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0026490/top.html#01

こんな活動をしている人もいる・・

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/25 18:15 投稿番号: [68 / 2701]
20年後の<春の日>に 藤井たけし

先日、<春の日>という演劇を見た。イム・チョル(績旦酔)の同名の小説を原作者自身も加わって舞台化したものだが、その名からも推察できるように光州事件を扱ったものだ。

原作は光州を舞台に西暦1980年5月17日から26日までの十日間を描いた全5巻の長編小説で、複数の登場人物と複数の舞台を同時並行的に描くことで立体感ある叙述に成功している。しかし舞台はそれをわずか3時間弱の時間に収めているため、あらすじだけを見せられているような感がなくはなかった。とはいえ、光州事件の具体的な過程を国立中央劇場で一般の観客に見せることができるということ一つを取っても大きな意味があるだろう。もちろん今や光州事件に関する本や資料集も多くあり関心のある人にしてみれば今更のような内容ではあったろうが、これが韓国社会の変化を示しているものであることは確かだ。

内容的にとりわけ考えさせられたのは、国軍に包囲されるなかでいわば「死へと向かう共同体」が作られていく過程だ。昨年出版されたチェ・ジョンウン(置舛錘)の『5月の社会科学』という、言説分析を通して光州事件に新たな光を投げかけた画期的な本でも「絶対共同体」という概念を用いて論じられていたが、空挺部隊の圧倒的な暴力を前に「共に死のう」というスローガンが現れ、そして実際に多くの人が武装解除を拒否し死へと向かって行ったのである。そしてさらに注意すべきは(少なくとも舞台上では)最後の抗戦へと進むことができたのは男性のみだったという点だ。女性はその意志に関わらず、最後の抗戦から排除された。ここに「絶対共同体」の持つ男性的均質性(homosociality)を読み取ることは極めてたやすいだろう。

民主化の進展は、当然その過程をも批判の対象とせずにはおかない。「5・18」といえば軍部独裁に文字どおり命を懸けて抵抗した、民主化運動の<聖域>にも等しい存在だったわけだが、「民主対独裁」という構図を離れて観察することのできる状況が今、生まれつつあるのだろう。そしてそれは同時に光州事件の犠牲者を一方的に聖化し彼岸の存在へと追いやってしまうことなく、その後の20年間を捉えかえすことの重要性を示唆するものでもある(ほぼ同時期に公開されていた映画<はっか飴>も光州事件によって人生を踏み誤った一人の人物を描いていた)。

包囲下で発せられた「我々は死んでいっているのに、ソウル!ソウルは何をしているんだ!釜山、仁川はなぜこんなにも静まりかえっているんだ!」という叫びは、同時に東京は、大阪は、そして小学生だったわたしが暮らしていた三重の片田舎は何をしていたのかを問うている。

今この叫びにいかに応えることができるのか。これは20年という時間を飛び越えてしまうのでなく、しかし20年前の春の日と現在とをつなげる作業とならなければならないだろう。


「藤井たけし」さんって、どんな方?

れRe: 映画

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/11/25 00:27 投稿番号: [67 / 2701]
>民謡歌手の父親が男と女の子供(多分養子)を連れて歩き〜
「西便制」ですね。真ん中辺りにある、つづら折の道でパンソリを奏でながら
歩くロングショットは、凄い!   しかも長回しのFixだし(誰が映画用語を分かるか?)。
名作です。映画ファンなら、一度は観るべきです(題材が題材なので、二度以上
とは言いませんが)。
私の好きな映画のベスト10内に入っています(1位は「ブレードランナー」)。


>「怪物」の主役がレスラ−になる話。
「反則王」ですね。これは実話を基にしたコメディ。まぁ可もなく不可もなく、
って作品です。

李承晩〜朴正熈時代の映画の主流って、当然ですが「防共(反共)」映画でしたね。
資料でしか知りませんが。

Re: 映画

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2006/11/24 17:58 投稿番号: [66 / 2701]
殆ど観た事が無いから、記憶に残らないのだと思う。

"DEATH NOTE"の海砂は、かわいいから、観るように!!

Re: 映画

投稿者: suyongsaram 投稿日時: 2006/11/24 17:46 投稿番号: [65 / 2701]
私は記憶に残る日本の映画が全くない。
殆ど観た事もないです。

Re: 映画

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/24 17:42 投稿番号: [64 / 2701]
私が見たかの国の映画で、唯一記憶にあるのが、
民謡歌手の父親が男と女の子供(多分養子)を連れて歩き、
男の子の方は反発して離れて行き、
女の子は留まるのですが、
父親が「眼が見えない方が歌唱力が上がる」と考え、
食べ物で眼を見えなくする。
時は流れて、弟が姉を探し出す、という話。
(題名は忘れた。)

あと、ちょっと覚えているのが、
「怪物」の主役がレスラ−になる話。

かの国の「格闘」系映画は好きではないのです。

れ: こんな映画もあるんですね

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/11/24 14:14 投稿番号: [63 / 2701]
>物語展開読んで、「もう充分」

いやぁ監督が「西便制」「春香伝」の林権澤ですからあなどれないですよ。

ハッキリ言って、「寒流」なんかと一緒にしてもらっては、困ります(私は怒る)。

でも公開してたんだぁ。知らなかったので見損ねた…。

こんな映画もあるんですね

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/24 09:18 投稿番号: [62 / 2701]
http://cinema.kansai.com/C0000509


物語展開読んで、「もう充分」

あの時期、日本では多くの名作が出たけどな・・・

オ−ストリアをどう読むか

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/23 17:17 投稿番号: [61 / 2701]
この国名から、
真っ先に「コイツ」の再婚相手を思い出した。

ありがとうございます 追加

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/23 07:35 投稿番号: [60 / 2701]
大怪獣サマは行ったことないようで。

彼はどっちかというと朴派ですが、
李承晩についてはどう思っているのかな?

NOが国を滅ぼす、とは何度も公言しています。

ありがとうございます

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/22 13:46 投稿番号: [59 / 2701]
質問ぶつけた大怪獣サマは、
今それどころじゃないようで。(笑)

助かりました。

れ: こんなものがあるのか・・・

投稿者: kermit_tanaka 投稿日時: 2006/11/22 13:35 投稿番号: [58 / 2701]
http://www.subway.busan.kr/index.html?page=information/route

釜山地下鉄の路線図ですが、109番のトソン洞という駅が最寄だそうです。
地図もあったのですが、アドレスの最後がハングルなので載せられません。
駅から割りと近いみたい。釜山駅から地下鉄1号線シンピョン方向に乗れば、
10分かからないくらいですかねぇ。

こんなものがあるのか・・・

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/22 06:54 投稿番号: [57 / 2701]
http://www.platon.co.jp/~kei/korea/musum/rinji/index.html

釜山かあ・・・
大怪獣サマ、行ったことがあるか聞いてみよ。

愚かなブログ

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/21 14:25 投稿番号: [56 / 2701]
「ハゲタカの饗宴   /   終局」・・朝鮮戦争

日本に改良型スカッドが着弾したところで、いったい日本以外のどの国が困るというのだ。

日本が、戦後の目覚しい経済復興をあげるきっかけ(朝鮮特需)となった、1950〜53年の「朝鮮戦争」に関わった米英中ソの動きを簡単に振り返る。

1945年・日本の降伏で統治から脱した朝鮮は、その時すでに北にソビエト連邦軍が駐留、南にアメリカ合衆国軍が進駐(ソは関東軍を、米は朝鮮軍を武装解除する名目)し、北緯38度線で分割された。

その後モスクワ会談で「米英中ソ」による5年間の半島信託統治を決定するも、米ソの意見衝突で座礁する。

やがて北ではソの後見で抗日パルチザン出身の金日成を主席とする朝鮮人民共和国が成立、南では、日本統治時代にアメリカ亡命をしていた李承晩が米に迫って、大韓民国の成立を宣言した。

米ソは半島での直接対決を望まず各軍は撤退、それを待っていたように金日成は祖国統一民主主義戦線を結成し、李承晩を倒すため南への武力侵攻を目指す。

その頃大陸では、米の支援が滞った蒋介石の国民党に代わって毛沢東の中国共産党が台頭し、中華人民共和国が成立する。

スターリンは毛沢東をたき付け、金日成率いる朝鮮人民軍の南侵の援助を取り付ける。

その時、李承晩の抗日思想や北進を抑えるため、米は大韓民国と米韓軍事協定を結んでいた。

1950年・北の奇襲攻撃・開戦。2日後、安保理で「北朝鮮弾劾決議」採択。拒否権を持つソ連は理事会をボイコット(中国政府認証に抗議中のため)。

米軍・国連軍・中国の人民解放軍が参戦。米ソによる史上初のジェット戦闘機空中戦。

その後二転三転の進退を繰り返して膠着状態となり、1953年・李承晩欠席の中、板門店で北・中国と国連軍の間で休戦協定。

400万人の犠牲者を出した「朝鮮戦争」一旦休戦で終結。南北往来断絶のまま、双方が独裁政権を再び始める。

結局、「朝鮮戦争」で潤ったのは戦後復興を遂げた日本だけである。今、貧困で疲れ果て、麻薬で犯された北朝鮮が日本に「間違ってしまった」と言ってミサイルを落としたとして、以前に学び、そして各国の「国益事情」が複雑に絡んでいる時、すぐに軍事行動を起こし北朝鮮を攻める国が本当にあるのだろうか。確信が持てない。


「朝鮮戦争が日本の復興の母親だ」と主張している段階で「残念でしたね」です。

天声人語から

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/21 07:05 投稿番号: [55 / 2701]
「朝日新聞   天声人語」   1963年9月28日

李ライン海域で日本漁船がまた捕獲された。韓国警備艇の武装した隊員が乗り移り三十四人の日本人船員を連行している。同じ二十七日の朝、別の漁船も追われ十人の船員は海に飛びこんで逃げ、船長は一時重体だったという。冷たい海中をいのちがけの避難だ。李ラインでの無法がまたはげしくなった。

この海域はいま、アジ、サバの盛漁期で、五、六百隻の日本漁船が出漁している。そこをねらって韓国警備艇は不意打ちをかける。ライトを消し、島陰づたいに近寄り、銃撃をあびせたりする。日本側も巡視船を増やし、厳戒警報を出しているが、捕獲は防ぎきれず、今年になってすでに十六隻。昨年一年中に捕獲された数よりも多い。
李ラインを越したという理由だけで、これまでに多数の船員が釜山の刑務所に入れられ、船はとりあげられている。優秀船だとそれが韓国警備艇に早変わりして、日本漁船を追ってくる。海の狼のような韓国警備艇の仕業だ。

そもそも李ラインというのは昭和二十七年(1952)一月に韓国大統領の李承晩氏が、国防上の要請によるとして、設定を宣言したものだがそれは公海上に一方的に設定したもので、国際法上不当なものだ。日本政府はこのラインを認めていないが、過去十年間に韓国は勝手に実力を行使して、約三百隻の日本漁船を抑留、数多くの乗組員や家族を泣かせている。

九月にはいって、韓国側がさかんに捕獲を開始したのは、大統領選挙と関係があるらしい。韓国の漁業界、漁民の票を得るために、朴政権は海洋警察隊に日本漁船捕獲を命じたとも見られる。選挙の術策として隣国の漁船捕獲をはげしくするというやり方が、国際常識からも許されるかどうか。

韓国漁民の間に、日本漁業の技術に対する恐れと警戒の気持ちがあるのかもしれぬが、資源の保護や漁業協力について日韓交渉で、双方とも誠意をつくして話し合えばよい。漁民票をねらった強引な捕獲はこれまでの交渉での双方の努力を無にしはせぬか。

韓国は李ラインを"平和ライン"と呼ぶが、現状は不法ラインてある。公海上で日本漁船員を捕まえるこの理不尽は黙って見過ごせるものではない。


>選挙の術策として隣国の漁船捕獲をはげしくするというやり方が、国際常識からも許されるかどうか。

やっていること、何年たっても変わらないなあ。

Re: 必ずあるからな。

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/21 05:09 投稿番号: [54 / 2701]
お前さん、朝鮮人そのものだね。

朝鮮新聞日本版の記事は間違いだらけだよ。

探す手間なんかいらない。

探さなければ判らないお前さんだから、

日本語の授業はろくに受けていないだろうと言うの。


これ以降、お前さんにレスしない。

じゃ、SAYONARA。

Re: 愚か者・・・

投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/11/20 21:46 投稿番号: [53 / 2701]
お前は通り魔か。

ヒマそうだから、お前、毎日、
中央、朝鮮のイルボンマル版の記事を
2,3個読んで、イルボンマルとして不自然なとこ
指摘し正しく直してみろ。必ずあるからな。

愚か者・・・

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/20 05:49 投稿番号: [52 / 2701]
文をよく読めば「回答」がはっきり書いてある。

まあ私は、この人物とは交流しないが。

潰瘍ミンジョクめ!

投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/11/19 22:12 投稿番号: [51 / 2701]
>日本の小学校の1年からの教科書を揃え勉強しなさい

ススメ、ヘイタイサン・・・
昔、勉強したんだが、なにか?

で、オレの質問には答えられねえのか。
大野晋の本でも読んで、
ニホンゴを客観的に見れる眼を養え、カス。

9ヶ月前の記事ですが

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/19 18:09 投稿番号: [50 / 2701]
いつの間にか再評価されているんですね・・・


記事入力 : 2006/02/11 18:27

【歴史】韓国左派修正主義史観に挑む
朴枝香・李栄蟬教授ら、『解放前後史の再認識』発刊

  1979年、初巻が出て以来、6巻まで発刊され、韓国現代史に対する左派修正主義史観を学界と一般人に広めた『解放前後史の認識』(以下『解・前・史』)。この本の“誤りと偏向性を指摘する”本が今月8日出版された。

  ソウル大学の朴枝香(パク・ジヒャン/西洋史)、李栄蟬(イ・ヨンフン/経済史) 、延世(ヨンセ)大学の金哲(キム・チョル/国文学)、成均館(ソンギュングァン)大学の金一栄(キム・イルヨン/政治学)教授ら4人が責任編集を務め、28人の学者が執筆した『解放前後史の再認識』(全2巻・出版元「本世界」/以下『再認識』)だ。およそ20年間の研究成果を集大成したこの歴史書の出版で、一時小康状態にあった現代史の主要争点をめぐる左右陣営の学術論争も活発化する見通しだ。

  まず、『解・前・史』は、民族至上主義と民衆革命論という70年代韓国左派知識人たちのイデオロギーに歩調を合わせ、韓国の現代史に対する認識を集大成した本だ。80年代の386(60年代に生まれ80年代に大学に通った人)世代の左派の必読書であり、80年代末の社会主義崩壊以降も代表的な現代史教養書として位置付けられた。40代になって社会運動に飛び込んだ盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が、80年代初め、この本を読んで「血が逆流するような気持ちだった」と感想を述べた本でもある。

  『再認識』の第1巻は、日帝時代と北朝鮮の親日派清算の実状に改めて焦点を合わせる。日帝時代の朝鮮人の生き方のさまざまな側面にスポットを当て、独立運動家対親日派という2分化では到底理解することができない多数の民衆の生き方を見せることに焦点が合わせている。一方、自己利益を積極的に追求する反面、朝鮮人という宿命に挫折するしかなかった二重性が、大多数の住民の実状だったという。

  『再認識』は現在、数々の左派陣営で進められている「親日清算」についても批判の矛先を向ける。李栄薫教授は、「現在の基準で30%から40%を超える高利に悩まされていた朝鮮の農民たちに7〜8%の低利の融資を提供する業務を行った殖産銀行に勤務したことだけで、親日派と決め付ける内容の法ではまともに施行できるはずもない」と述べる。

  「北朝鮮は親日清算を完璧に行った」という一般の認識も、『解・前・史』からはじまった。これに対して、『再認識』は、それは「作られた歴史に過ぎない」と反論する。北朝鮮の場合、親日派でも社会主義に同調する場合は問題視せず、しかも、見過ごす形で地主・資本家階級を大挙して南側に行かせて「完璧な親日清算」という虚像を創ったという。

  『解・前・史』に比べて『再認識』が目立って異なる点は、1950年代の李承晩(イ・スンマン)時代に対する前向きな解釈だ。

  編集責任者の朴枝香教授さえ、「私も李承晩といえば、不正選挙と4.19(1960年4月19日、独裁政権に立ち向かって学生と市民が中心になって起こした蜂起)だけを思い浮かべたが、今回の作業を通じて、李元大統領が政治的に韓米相互防衛条約を締結したうえ、経済的には米国のドルを流入させ輸入代替化産業を興し、社会的には民主主義に対する訓練と国民の教育に大きな貢献をしたことが知って驚いた」と打ち明けた。

  また『再認識』は、李光洙(イ・グァンス)に対する新しい解釈、親日派清算問題、分断の責任問題、農地改革の成功、左派労組の朝鮮労働組合全国評議会の失敗原因、釜山政治波紋の背景などをめぐる新しい資料と解釈を出してさまざまな論争を呼び起こすものと見られる。

  今回の『再認識』は単に左寄りの『解・前・史』に対する右派の反撃という意味を超えている。何よりも国内外の著名な学者が大挙して参加している。

  朴枝香教授をはじめとする編集スタッフは、今後60年代以降、韓国現代史に対する「再認識」シリーズを今後も続けていく計画だ。

朝鮮日報


本当に・・・・

再度竹島へ

投稿者: kaiyouminzoku333 投稿日時: 2006/11/19 05:45 投稿番号: [49 / 2701]
君の日本語能力不足の原因は教材にあるね。

芸能ニュ−スに頼るのは良くない。

日本の小学校の1年からの教科書を揃え勉強しなさい。


それとね、神田うのは「帰国子女」だ。

まあ、日本語が外国語の君よりは条件が良いがね。

Re: 暗殺なら

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/19 03:27 投稿番号: [48 / 2701]
>李承晩の方も負けていないと聞きますが、
(正規?の虐殺は除く)
どんなものなんでしょうね?

日本の敗戦(光復)直後は、右派左派中道派あらゆる連中がテロ合戦をしていましたからねぇ。
李承晩がからんでいそうな(確証はないとされていますが)のは、有名どころでは金九暗殺でしょうか。実行犯の安斗煕陸軍少尉は、朝鮮戦争のどさくさにまぎれて釈放され軍御用達の商人になったといいます(96年に金九崇拝者を名乗る男に暗殺されたそうです)。

Re: イスンマン?

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/19 03:14 投稿番号: [47 / 2701]
第1話   太宗の末裔、登場
第2話   培材学堂
第3話   結成!独立教会
第4話   高宗退位作戦
第5話   獄中の入信
第6話   栄光への飛翔
第7話   美国に光を求めて
第8話   学士サマの地位
第9話   電光石火博士号取得
第10話   ウリナラへの帰還
第11話   寺内を撃て!
第12話   日帝強占地帯からの脱出
第13話   光復戦士、誕生!
第14話   謎の上海臨時政府
第15話   苦難の道のり(総集編Ⅰ)
第16話   ウリナラから来た金九
第17話   果てること無き党争
第18話   失脚、そして美国へ
第19話   欧州一周光復闘争
第20話   列強の無視
第21話   美国の勝利を待て!
第22話   武力無き闘争、あるいは口先だけ
第23話   光復、そしてウリナラへ
第24話   美国機に乗って
第25話   主導権奪取指令
第26話   玉座のありか
第27話   親日派粛清大作戦
第28話   対馬を奪還せよ
第29話   大統領への道(総集編Ⅱ)
第30話   ソウル脱出   あの橋を爆破せよ
第31話   大田の誓い   美軍への指揮権譲渡
第32話   決戦!第2次平壌侵攻
第33話   見知らぬ休戦協定
第34話   恐怖の平和線
第35話   独島愚連隊、東海へ!
第36話   春窮無能地帯
第37話   アボジの叫び
第38話   さらばウリナラ!
第39話   ハワイ残照

Re: 竹島君へ

投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/11/18 23:22 投稿番号: [46 / 2701]
>日本語勉強しようよ。

そんな君に質問!
神田うのの「かねてよりお付き合いしてきました××さんと・・・」って
日本語、おかしくね?
「かねてよりお付き合いしております××さんと・・・」の方が正しいのでは?どう?

Re: イスンマン?

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2006/11/18 19:29 投稿番号: [45 / 2701]
第1話   ウリナラ作戦第一号
第2話   侵略者を撃て
第3話   独島警備隊出撃せよ
第4話   大火病五秒前
第5話   プロパガンダの秘密
第6話   独島警備命令
第7話   イルクージの赤い玉
第8話   大怪獣無能地帯
第9話   電光火病作戦
第10話   謎の恐竜基地
第11話   共和国から来た暴れん坊
第12話   キムチの叫び
第13話   アガシSOS
第14話   真珠貝防衛指令
第15話   恐怖の平和線
第16話   独島防衛隊宇宙へ
第17話   無期限へのパスポート
第18話   共和国から来た兄弟
   [中略]
第39話   さらばインスマン

Re: イスンマン?

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/18 18:31 投稿番号: [44 / 2701]
いしいひさいちの「業務用ロボット」の漫画で
出来損ないのロノットが事務でミスを連発し、
「エライスマンコッテ」
といつも詫びていたのを思い出しました。

イスンマン?

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2006/11/18 18:21 投稿番号: [43 / 2701]
韓国のヒーロ??

竹島君へ

投稿者: kaiyouminzoku333 投稿日時: 2006/11/18 17:48 投稿番号: [42 / 2701]
日本語勉強しようよ。

読め!嫌韓ガキども。君子のお言葉だ。

投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/11/18 12:08 投稿番号: [41 / 2701]
中国は共産主義独裁政権の国で民主国家ではありませんから、そこに中華思想も入り込んでいて、一種の帝国のようなものになっている。中国のいうことと韓国のいうことをいっしょにして、両国ともに邪魔者として扱っては日本の将来を誤ることになります。政治的には本当にアジアで孤立します。(経済的には日本なしにやっていけない産業が多いですから中韓ですぐ緊迫するようなことはないと思いますが。)
日本のシーレーンだって危うくなります。韓国を中華圏に取り込まれてしまうのは日本のためにならないのです。
日韓併合だってそういう面があって日本が半島を支配しなければということで起こったことなのですから。(日本のほうが強かったんですから韓国側からみりゃ侵略と思われても仕方ないとは思いますよ)
日本にとっていつの時代もそうですが半島戦略は重要なのです。さらに日本の外交は情けないほど中国に対抗できていないように見えますし。
ロシアも大国意識はありアメリカへの対抗意識なのか中国寄りですし、政治的に不透明なところはあります。元ソ連の国への干渉は強いですし。でもソ連時代のような脅威は感じませんが。
韓国については、その民族意識というのは日本統治時代ぐらいからできたんじゃないかという見方があります。それまではひとつの民族であるという意識はなかったという見解です。韓国の研究者が言っていることなんですが。
あと韓国の反日感情に関し見逃していけないのはイスンマンです。この初代大統領は上海に亡命韓国政府をつくり日本に対して宣戦布告した人物です。韓国が日本領の時代に韓国から抜け出し民族独立運動をした人物です。イスンマンにとって見れば、日本と戦争し、日本に勝ったんです。戦後この大統領がまずやったのが徹底した戦前批判と反日教育です。そういう歴史背景があるのです。
日本だって似たようなもんで敗戦後徹底して戦前を暗黒時代として、戦前否定日韓併合から大東亜戦争、太平洋戦争を否定し、原爆おとされても仕方がないとまで思わされるほどの教育をうけた歪みはいまでも残っています。
戦中派の人たちも若いときに価値観の大逆転を経験し、それぞれに複雑な歴史解釈をしながら生きています。戦前派の人というのはだいぶ残り少なくなってしまいました。日本の場合は自分は悪いといわれてきたがそれは本当かという思いがもたげてきて、その反動なのか、ちょっと最近は偏った人が特にネット上でみると多くなってきました。反動の振り子というのは大きくふれやすいものですから。
それに乗じるマスコミもいっぱいいて煽りあって大きくなりやすい時代なんです。
韓国のほうは自分たちが悪いことをしていない、正しいということを教え込まれてきたのですから、逆に悪いとか、日本に与えられたという風に考える人が多く現れるようになるほうが不自然といえば不自然だと思いませんか。韓国でも歴史見直しは起こり始めているのですが、それは主にイスンマンのやった対共政策についてのもののようです。
教育の力とか育つ環境の力というのは大きいです。民族の特性みたいな民族主義的なことをいう人がいますが、民族というのは多分に後天的なものではないでしょうか。日本人だって外国で育つとだいぶ性格もやり方も変わります。中学高校ぐらいの時期に帰国すると日本になじめなかったりもする。(日本になじめないというより、日本人側がなじまないといったほうがよいかもしれませんが)

ブログランキングみても韓国を批判することに乗る人が多いのは憂慮すべきことだと思います。中央日報の記事の意見書き込み欄なんか見ても、日本人の品性ってこんなもんかという感じの書き込みが多い。(以下省略、全部読め!)


http://maki6544.seesaa.net/article/11919931.html
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