日韓歴史論争
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大笑い韓国のパクリ守護神
投稿者: freefigh 投稿日時: 2010/08/21 13:54 投稿番号: [6138 / 6952]
マジンガーZのパクリである「テコンV」が韓国政府によって独島(日本領の竹島)の守護神に祭り上げられていると朝日新聞にありましたが、もしテコンVに心があるなら、正義の味方として、竹島を韓国から日本のために奪い返すでしょうね。
70年代には政策により「マジンガーZ」「黄金バット」「鉄人28号」などが朝鮮語に吹き返られ、「韓国製」として放映されていたそうで、まさに国家を挙げて詐欺行為を働いていた。こんなことを平然と出来るのは世界広しといえども、韓国だけ(中国もかな)。
それをパクったテコンをこれまた日本からパクった竹島の守護神にするなど、どこまで恥知らずな民族なのか。皆さんどう思います?
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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熊襲の末裔を自称する私としては。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/21 13:50 投稿番号: [6137 / 6952]
隣の鹿児島県人とは似ているようで違うような面があります。
どこかで少しずつ違う民族が九州にやってきたんでしょうね。
私個人的には、熊本人の剛毅さと頑固さは楚人、鹿児島人の剽悍さは呉越人というところでしょうか。中国の大河ドラマ「越王勾践」のDVDを取り寄せたところ。呉王夫差が率いた一団に、日本の忍者みたいな動きと働きをする一団が登場していました。呉は、春秋時代には名刀の産地としても全土に知られていました。
卑弥呼という女性については、論証しようのない推論に頼る面が多く何とも断言できません。ただ、国人(国士)たちによって女王に立てられて支障なくその座に収まり、国家祭祀を執行したということは、支配層につながる人だったことは事実です。
というのも、氏族世襲による武力支配時代の祭祀は、王とその一族の女性、豪族の場合は首長とその一族の女性がとり仕切っていました。つまり、市井の庶民が祭祀儀礼を習得できる環境ではなかったわけです。ということから類推すると、卑弥呼(臺與の場合は卑弥呼の一族の女性)も支配層の女性として、祭祀の作法を習得していたものと考えられるからです。
琉球。
徳之島の知人から聞いた範囲では、「島で祀る神はどこからかやってきた」のだということでした。その彼は薩摩からきたと考えていたようです。そこで私が、(ニライカナイといいましたか)その祭りはどっちを向いてやるかと質問したところ、「西の海を向いてやる」という返事でした。意外な思いがしたものです。
自然崇拝、精霊信仰。
自然のあらわるものに神や精霊が宿るとするアミニズムは、人間が弓と矢を同時多発的に考案したのと同じで、人類共通の現象でしょう。神とはいわず「神々」というのは、個人的には好きですね。
これは メッセージ 6134 (satoruba03 さん)への返信です.
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話しをまとめると
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/21 13:38 投稿番号: [6136 / 6952]
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せんえつながら。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/21 13:29 投稿番号: [6135 / 6952]
倭国・日本国が通交の対象としてきたのは一貫して中原の王朝です。
以下は私の公開サイトから抜粋して引っぱりました。
●3本足カラス、ヒキガエル、北斗七星、四神
聖武天皇の肖像画は、赤地の服の両袖に竜の刺繍をつけた袞竜衣を身につけ、頭には冕を被っている。袞竜衣の向かって右肩には日輪の中に三本足のカラス、左肩には月輪の中にヒキガエル。背には北斗七星、両袖には龍が金糸で配されている。称徳天皇の儀礼用衣装もまた同じであり、孝明天皇の袞竜衣も残っているらしいと聞いた。 さらに、 明治天皇の即位礼に使用された袞竜衣もまったく同じで、3本足のカラス、ヒキガエル、3本爪の龍、北斗の星と四神が描かれている。「明治天皇御即位式図屏風」にも、日輪の中に三本足のカラスを描いた日像幢(のぼり)と、月輪の中にカエルを描いた月像幢が見える。
●籍田の儀
天皇家では現在でも、籍田という稲田を設けて宮中祭祀に用いる稲をつくる。籍田では、天皇自ら耕し・田植えをして・刈り取る儀礼が行なわれる。資料で判明してるかぎりでは、奈良時代に行なわれた「親耕の儀礼」が最も古いようである。ここで収穫した米が新嘗祭に使われる。新嘗祭とは、その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す祭祀である。古くは「毎年の大嘗」と称した。大嘗祭の儀式の形が定まったのは、7世紀の皇極天皇の頃とされる。
この籍田の儀礼そのものが農耕民の儀礼であり、そもそもは古代中国の天子の儀礼である。騎馬民族が国家祭祀に稲を使ったり、田を耕して田植えをした事実はない。(皇室では、祭祀に用いる稲をつくる田を全国から選択するが、牛の爪を使った占卜ではなく中国式の亀卜によって決める)。
●『日本書紀』の記録
天皇の即位にあたって法統(皇位継承・王権神授)の証しとして「印璽」や「璽」を授受したり、天皇が将軍を任命する時に印綬を与えたり斧鉞を与えたり。土の下から出る馬型埴輪は、申し合わせたかのように鞍と鐙をつけている。むろん、武器を代表する刀も中国渡りの直刀ばかりである。高塚式墳墓(円墳・方墳)のルーツも中国、古墳に装飾画を施す習慣も中国、そこに描かれた「すもう図」の原点も中国にある。
このように、日本列島の古代王家・王国の人びとは、誕生以来一貫して中原の中央集権国家体勢とその文物文化・精神文化に倣ってきたのである。ある人の言を借りれば、「単なる模倣ではなく本物がきたのだ」というべきだろう。
●その他
武器は素環頭太刀や直刀である。
武具は全国統一的といえるほど同一デザインの短甲である。
馬型埴輪の圧倒的大多数は、硬質の鞍と鐙をつけている。
銅鏡に象徴される葬送儀礼や宗教的精神性は初期道教文化である。
鏡・剣・玉(または印璽)を三種の神器とする精神性も道教文化である。
これらはみな中国の文化である。とくに支配層の祭祀儀礼は民族的アデンティティの核といえる重要なファクターである。
渡来人による倭国政権を標榜する傾向もあるようだが、仮にも、弥生以降の倭国政権が渡来人によるものだとすれば、その渡来人とは間違いなく中国人だと断言できる。
こんなところです。
これは メッセージ 6133 (heisinokumaarasi さん)への返信です.
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Re: おはようです。
投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/21 11:44 投稿番号: [6134 / 6952]
朝鮮とは離れた話ですが、
卑弥呼が縄文系であろうという提案ですが、
そのように思いついた理由は何でしょうか?
私の頭では、戦によって他の部族を配下に置いたことなど、
やはり思想的にも武力的にも強かった長江人系ではないかと
思うのですが・・・
その思想や考えの違いで熊襲や隼人は相いれなかった・・
琉球の風習と鹿児島(隼人)、熊本(熊襲)が同じだったか
不明ですが、琉球の嶽(うたき)風習、巫女を様々な決めごとに
活用した風習、さらには刺青の風習、これらが東南アジアから来たのか、
あるいは九州から黒潮文化で南下したのか、どうなんでしょうかね。
東南アジアにも自然崇拝、精霊信仰がありますが、このような信仰
は自然発生的にどこでも起こるのか、どうかもですね。
ケルトも縄文に近い信仰や風習を持っているようなので、自然発生か?
暑い日のうわごとですが。
これは メッセージ 6131 (toseinin_isaq さん)への返信です.
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有識者の方さん教えてください。
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/21 10:48 投稿番号: [6133 / 6952]
いま手元に「日本人のしきたり」青春出版
とう本が手元にあるのやけど
この本をよんでいたら
いっぱい「中国の〜〜〜」と言う記述が出てくるやんけ〜
でも、ちっとも「韓国の〜〜〜」と言うのは皆無ですが
これは何を意味するのでしょうか?
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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韓国は日本に負けたのです。
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/21 10:43 投稿番号: [6132 / 6952]
負けた国の人間が子供みたいに騒いでも意味がないことです。
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おはようです。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/21 10:14 投稿番号: [6131 / 6952]
>何やら日本も朝鮮も長江系と黄河系とのせめぎあいだったような歴史ですね。
朝鮮半島は色んな民族・勢力の出入りが激ししいところでしたね。
日本の皇室・貴族には「お歯黒」の風習がありました。
(現在のところ古墳時代の遺物に確認できるようです)
日本の庶民には文身の習俗がありました。
これらはみな、南方の少数民族の習俗でしょう。
古くから、中国に出向いた倭人は「呉の太伯の末裔だ」と称したといいます。
中国の文献は、史実の把握と記録と伝承を王朝の文化事業ととらえ、史実の記録に時には命をかけた史官がいた歴史をもっています。私たちが資料とする『三国志』は、そのよき伝統が息づいていた最後の歴史書です。『後漢書』から、いささかその原則論が怪しくなりますが。
というわけで、現代の地図でみた視覚的距離関係から、何でもかんでも半島経由と考えられてきましたが、実は、半島経由で黄河文化や遼河文化が入ってくるにはタイムラグがあります。たぶん、半島から九州への渡海が比較的確実にできるようになるまで待たねばならないようです。
造作した歴史の政治利用は、冷静な学術的議論で解決します。
歴史的背景を持たないを暴論は、それで出る幕をなくすはずです。
これは メッセージ 6130 (satoruba03 さん)への返信です.
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Re: まだあるアンタッチャブルの世界。
投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/21 08:15 投稿番号: [6130 / 6952]
興味深いお話ありがとうございます。
私は福岡に単身赴任したことがあって、その時に九州内のさまざま
な歴史遺跡を見たりして歴史ロマンに思いを馳せたことがあります。
勿論、邪馬台国(九州王朝)は九州にあったと思っています。
磐井の乱は卑弥呼王朝の末裔と大和朝廷との争いという話もありますね。
また争いの場になった高良山周辺(山門郡)に邪馬台国があったとも。
それとは別に日向の西都原古墳ですが、ここにも有力な部族が住んでいた。
ここの古墳も以前は邪馬台国とはかぶらない時代と思われていたが、
最近はもっと古いのではないかという話もあります。
神武東征、出雲系子孫を日向で見つけて大和に呼び寄せたなど、
歴史遺跡的にも史実(神話)的にも日向周辺には何かありそうですね。
また、邪馬台国は冬でも暖かいという魏書の記述から、それが九州南部に
あるのではという話もあります。
いずれにしても倭国王朝は九州にあって、朝鮮半島南部も含め
その勢力範囲にあったと私は思います。
ですから、貴殿のおっしゃるように、長江文明圏からダイレクトに
九州に人と文化が移動したことにも賛成します。
縄文人以降に、まずは長江文明人が入って稲作を広め、
さらには縄文人と混血していった。
その後、半島経由で黄河文明人とツングース系が渡来して、
大和朝廷を形成し、かつ混血した。
もちろんその大半は朝鮮半島南部に居た長江系倭人と混血して、
渡来したことになります。
(私は不勉強ですが、長江系は青銅器が中心で、後から渡来した黄河系は鉄器か?
7世紀前後の半島からの渡来民・王族は黄河系・ツングース系であるので、
彼らの編纂した歴史は彼らに都合の良い内容となった)
何やら日本も朝鮮も長江系と黄河系とのせめぎあいだったような歴史ですね。
これは メッセージ 6129 (toseinin_isaq さん)への返信です.
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まだあるアンタッチャブルの世界。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/20 23:10 投稿番号: [6129 / 6952]
3世紀半ば。馬韓諸国と辰韓諸国には王はおらず各国に渠帥がいたとあります。馬韓をたばねた王がいた雰囲気もありません。(馬韓の月支国の渠帥が、無償貸しの辰韓を管理する辰王を務めています)。そのせいか統治機構が未発達で、バラバラで十分にいきわたっていなかったと述べています。
馬韓などは「帯方郡から近いところの者はいくらか礼儀をわきまえているが、遠くなると奴婢か犯罪者集団のようだ」と述べています。高句麗などは「好んで略奪を働く」ですよ。
一方、弁辰(弁韓)の12国には、それぞれ王がいたと書いています王がいた弁韓12国は「法俗特厳峻」で、かなり統治が徹底していたようです。たぶん、倭人の息のかかった地域だったからではないでしょうか。三韓それぞれに、国情も体制もかなり違っていたことがうかがえます。
倭国のほうは、「俗は淫らならず、盗窃せず争訟少なし」です。官吏を派遣した厳粛な法制国家であり、庶民の生活モラルも他の東アジア諸国とは段違いです。戦争や洪水のたびに、たくさんの移民がやってきたことでしょう。新天地へ向かう人間は、必ず穀物を持参します。稲作は煮炊きする必要から土器文化も発展します。考古学のいう弥生の人口数値など遥かに超えた人口がいたものと私はみています。(人間は米だけ食べて生きていたわけではありません。稲作というものは、畑作・漁業とのバランスが国力・民力となるのですからね。そこまで俯瞰しないと正確なことは分かりません)。
>朝廷側は熊襲、隼人を制圧するために
ほかにも熊鷹・土蜘蛛などと呼ばれた、似てはいるが少しずつ異なる色んな民族がいたようです。むろん、河川民族や山岳民族など、まさに雲南省の少数民族のあり方の「縮図」があったはずです。
それから。一つの部族でも、体制におもねるもの・土地を捨てて移動するもの・徹底的に反抗するもの、色々です。隼人とて、意思統一の徹底した単一部族だったわけではありません。しかも、自分たちが服属してきた系統とは異なる者が王になれば、従わないのが隼人であり熊襲の頑固さです。
継体天皇が(女王を立てるほどもなく候補にあがった)傍流だったことで、磐井が反抗したと考えることも必要でしょう。磐井とて「〜の君(天皇家から分かれた地方豪族の呼称)」を名乗っているし、彼の墓は装飾古墳です。装飾古墳そのものも中国で前漢代からみられるし、装飾古墳の図柄も長江流域の新石器時代に特徴的にみられる文様です。
…………この部分もアンタッチャブルの世界でしょうけど。
>長江文明が、縄文にも通じるものなのですね。
縄文倭人も弥生倭人も、多くは長江流域の少数民族です。確かな証拠とともに確信をもって断言できます。
>殷の文化も日本に影響していそうという話も聞いたことがありますが、
殷以前の夏王朝の時代にはすでに長江文化を取り込んでいます。禹がつくった法統の証したる九鼎も、長江流域の文様文化で「とうてつ」が描かれています。
日本の稲作文化も、大陸北上で半島経由よりも、長江河口からストレートにきているはずですし、半島南部の「九州と類似する文化」も、九州から渡ったものと、長江河口から五島列島をそれて半島南部に漂着したものがあると思います。その証拠に、新石器時代の黄河文明を代表する三足土器と鼎が、例外的少数を除けば半島南部にも列島にも伝わっていません。(遼寧文化とされる青銅器・松菊里型住居もやってきてはいます。楽浪土器などもきてはいます。だが、弥生後期のそれと共存しているし絶対数的には少数派だし、分布エリアも九州北部中心で限定的です。これらとて、倭人の船が運んだのでしょう)。
一方、長江流域の新石器時代の土器文化・文様文化は東北だけではなく北海道にまで到達しています。大事なことは、その土地に根付いて、その土地の文化となっていることです。
これまではどの研究者も論者も、九州説者ですら筑肥山地から南へは意識的踏み込もうとしなかった。倭人伝の記録を無視してまで、九州北部だけで古代史をかたづけようとしてきたのです。しかも、8世紀に日本書紀を書いた百済からの帰化漢人たちは、倭人伝をみて邪馬台国が日向にあったと読んだらしい。これが、「何でも日向スタート」になっている主因です。
ともかく、従来の「何でも半島由来」という、漠然とした観念論は見直す必要があります。今回は、これまでとさせていただきます。
これは メッセージ 6127 (satoruba03 さん)への返信です.
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Re: アンタッチャブルの世界。
投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/20 21:31 投稿番号: [6127 / 6952]
面白いお話とご意見、ありがとうございます。
卑弥呼は隼人と見られる狗奴国と戦争していたので、
違った血筋と思うのが一般的なので大胆な意見ですね。
ということは縄文系に近い人であったと。
話は外れますが、朝廷側は熊襲、隼人を制圧するために
大宰府を置いて何度も攻めたし、土地を奪って圧力をかけた。
薩摩川内周辺が朝廷側との境界で、渡来系の人々を意図的に入植させた
ようですね。
埋葬方法もここで変化するそうです。
そう言えば、川内出身の小西真奈美はどう見ても弥生系。
なお、朝廷が隼人を警護や儀式(叫び声、弓音?)に使ったのは
隼人の戦に勝利して配下に置いてからという認識です。
彼らの異様な外見や霊力を利用したようですが・・・
確かに眼力が強そう。
>私の見立てでは、縄文人も弥生人も、新石器時代から断続的に長江流域からやってきた人たちです。
縄文人はインドから東南アジアを経由してインドネシア、フィリピン
経由、つまり黒潮によって琉球弧→日本列島→北海道に伝播したと
思っていたのですが、確かに中国経由かも知れませんね。
というのは、沖縄ではやはり巫女的な神者がいるのですが、あの
風習はどちらかといえば北方のものです。
人も風習も九州から南下したのかも知れません。
台湾には縄文系のDNAが無いのもそれを肯定しますし。
長江文明については私は良く知りませんが、縄文にも通じるものなのですね。
殷の文化も日本に影響していそうという話も聞いたことがありますが、
長江河口から何度も何度も人が移住してきたのでしょうね。
古い中国では日本は平和な理想郷だったようですし。
徐福伝説、蓬莱山・・・もですね。
これは メッセージ 6125 (toseinin_isaq さん)への返信です.
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要するに朝鮮人は無関係ちゅうことやぁ
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/20 21:02 投稿番号: [6126 / 6952]
朝鮮半島は、ストローにすぎないと言う事です。
文化文明の無いところから
文化大国の日本が取り入れるもんはなにも無いのですから
当然といえば当然ですね。
これは メッセージ 6125 (toseinin_isaq さん)への返信です.
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アンタッチャブルの世界。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/20 20:50 投稿番号: [6125 / 6952]
無責任な学者たちが熊襲とも隼人ともいう狗奴国の男王・卑弥弓呼は卑弥呼と血縁関係でしょう。その理由は二つ。
●◯◯彦、◯◯姫とは、古代倭人の支配層が子女につける命名定番の一つであること。
●倭人伝が二人は「素より不和」と書いていること。倭人伝は、「もともと」「昔から」というときは、本、舊という文字づかいをしています。素とは、もっと根源的な部分、私の場合は「素が同じだからこその不和」とみています。
隼人という社会部族は、日本書紀も皇族の系統だとしている通りです。寸鉄を帯びずが鉄則の宮城内にあって。武器を所持して貴人の身辺警護をしてきたし、渡来人集落の内側に張り付くように集落を構えて都を警護していました。途中で征服した異民族支配者の身辺警護なんてしません。むしろ隙をみて寝首をかきます。私は熊本の出自ですが、その私がいうのだから間違いありません。
古今東西を問わず、王族の身辺警護を努めてきたのは、最も信頼のおける親近血族です。王族から臣籍降下した者が親衛隊・近衛隊を構成します。これはいわゆる軍隊・軍人とは別格の軍事貴族です。平氏・源氏がそうです。物部もそうした出自の者が開祖でしょう。
で・私の結論からいえば。
卑弥呼は熊襲・隼人といわれた勢力の出自である可能性。(このあたりが、アンタッチャブルの部分です。誰も触れようとはしたがらない)。もう一つ、彼女の宮城にいた男は通訳だった風情があるから、彼女は倭人語が話せない新来の渡来人だった可能性。両方が考えられます。私は前者だとみています。(誰もが納得する後継者がいれば紛議にはならないわけで、苦肉の策として有力者の合議で立てられた二人の女王はあくまでもリリーフ投手です)。
>彼女は非縄文人だから、長江人の末裔か、
私の見立てでは、縄文人も弥生人も、新石器時代から断続的に長江流域からやってきた人たちです。長江河口からは黒潮に乗れば1日で五島列島か天草に漂着します。同様に、九州から朝鮮半島へ行くのは簡単だが、逆に朝鮮半島から九州へはその数倍も困難です。しかも、畑作農耕民で海人ではなかった半島人が、海に乗り出したという記録はほとんどみません。列島にやってきた半島渡りの人やものは、ほとんど倭人が帯同してきたものだと私は見ています。
というわけで、長江河口から九州への渡海は、半島から九州への渡海よりみ確実で容易だったのです。さらには、呉越地方の船舶技術と操船技術は他の比ではなかった。
事実、縄文土偶(遮光器土偶)にも火焔土器にも、銅鐸にも弥生土器にも、彼ら長江流域の信仰的精神性を象徴する文様文化で満ちています。これは「民族の指紋」ともいえるソフトの痕跡です。
>亡命白人の血筋だろうと思います。
かんべんしてください。
これは メッセージ 6123 (satoruba03 さん)への返信です.
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韓国人はなぜ天皇にお礼をいわないのか?
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/20 20:08 投稿番号: [6124 / 6952]
韓国人がお願いして併合してあげたお礼を天皇陛下に
なぜ言わないのでしょうか?
すごく礼を欠き失礼だと思いませんか?
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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Re: 横のりチャリンコ。
投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/20 18:29 投稿番号: [6123 / 6952]
私には難解な内容なのですが、勉強になりました。
卑弥呼は天師道(鬼道と書かれた初期道教)をその祭祀の風習と
しているということでね。
また2種の神器であった。
ということは彼女自身の血筋はやはり中国にあるということですかね?
それとも初期道教を真似ただけ?
私は卑弥呼は九州(たぶん北部)に居たと思いますし、
半島南部にも彼女の支配地域があって、同じ種族が暮らしていたと
思っています。
彼女は非縄文人だから、長江人の末裔か、亡命白人の血筋だろうと思います。
これは メッセージ 6106 (toseinin_isaq さん)への返信です.
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Re:★大野晋氏,日本甕棺墓はインド白人甕
投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/20 18:04 投稿番号: [6122 / 6952]
そうですか。
甕棺の風習は白人(アーリア)由来のものですか!
ともあれ、日本には中国から渡った人々の風習でしょうか。
それが長江人か魏人かはわかりませんが。
また卑弥呼は白人とのこと。
いずれにしても中国から亡命した人々ですね。
もう少し興味をもっていろいろ学んでみたいと思います。
これは メッセージ 6104 (kundaikun さん)への返信です.
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Re: 韓国は日本に負けたのですよ。
投稿者: kuntakinte1929 投稿日時: 2010/08/20 16:26 投稿番号: [6121 / 6952]
ごめんごめん「韓国は日本に負けた」ね
読み間違いしてた。「韓国に日本は負けた」と。
下記レスでおかしいなと読み返したら気付いた。
これは メッセージ 6120 (heisinokumaarasi さん)への返信です.
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Re: 韓国は日本に負けたのですよ。
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/20 16:13 投稿番号: [6120 / 6952]
韓国は日本に負けたからこそ助けてあげるために
お願いされて併合したのですよ。
そんな事国際社会の常識ですよ。
まずは常識を身につけてから議論するようにお願いします。
これは メッセージ 6109 (kuntakinte1929 さん)への返信です.
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Re: 語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧
投稿者: kiyoakl 投稿日時: 2010/08/20 15:42 投稿番号: [6119 / 6952]
偽物は小泉を在日認定する
国益よりも小泉潰しを優先する偽愛国者には警戒しろ
これは メッセージ 6118 (kuntakinte1929 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6119.html
Re: 語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧
投稿者: kuntakinte1929 投稿日時: 2010/08/20 15:22 投稿番号: [6118 / 6952]
ごめん年のせいか理解力が無いのか意味が解りません。
>韓国の軍事政権を否定して北朝鮮を賛美した教育
これ反韓教育ですか?
それにこれって日本の学校でやってますか?(聞いたこと無いです。)
朝鮮学校は日本の学校で無いですよ。
>竹島不法占拠での嫌韓感情を利用して韓国たたきして拉致事件解決を遅らせた
竹島問題と言うからには割と新しい事例でしょうね。
韓国たたきしたらなぜ拉致事件解決が遅らせるんですか?
韓国は自国の拉致被害者1人も解決しておりませんね!
これ意図不明!
こんな教育も聞いたこと無い。
特異な例をあげ「ほらあった」なんて子供のする事ですよ。
まぁ、
>反韓教育ならやっていたよ
正確には日教祖による反軍事政権教育
に対し具体例をと言う事だったんで、特異な例でもやっていたんでしょう。
でも一般的ではないですよね!
僕の知る限り韓国なんか相手していないと言う感じですがね!
と言うか、反韓教育で無く、歴史的真実を伝える教育して欲しいですよね。
(どちらかと言うと特亜3国寄りの教育が多いと感じてますので)
>嫌韓には偽物が多い
?
僕嫌韓ですが偽物ってどういう意味ですか?
本当に、嫌韓になってますが・・・
これは メッセージ 6114 (kiyoakl さん)への返信です.
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マジンガーZの著作権料はどうなっている
投稿者: freefigh 投稿日時: 2010/08/20 15:16 投稿番号: [6117 / 6952]
今日の朝日新聞によると、朴政権下ではその反日政策から「マジンガーZ」が韓国製として放映され人気を博していたそうで、その折の著作権料とかはどうなっていたのか、是非とも知りたいところだ。
こんな風に国を挙げて平然と嘘を付ける民族性ですから、付ける薬が無いですな・・・。
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Re: 語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧その2
投稿者: kiyoakl 投稿日時: 2010/08/20 15:12 投稿番号: [6116 / 6952]
言うこと聞かないければいい
聞く奴をテロリストとみなし潰せ
媚びる奴の方が危険
これは メッセージ 6115 (freefigh さん)への返信です.
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語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧その2
投稿者: freefigh 投稿日時: 2010/08/20 15:08 投稿番号: [6115 / 6952]
問題は崔氏でした。
こんな人間に武器を持たせると、たちまち反対者を虐殺するんでしょうね。
朝鮮戦争では百万もの韓国民衆が「アカ」だ「北のスパイ」だ、とこじつけられて殺害されました。そんなことまで日本の責任にしようなんて仰天の詐欺傾向があの民族には有りますから、日本国民にも正確な隣国の歴史を教える必要が有るのです。
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Re: 語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧
投稿者: kiyoakl 投稿日時: 2010/08/20 15:04 投稿番号: [6114 / 6952]
韓国の軍事政権を否定して北朝鮮を賛美した教育
竹島不法占拠での嫌韓感情を利用して韓国たたきして拉致事件解決を遅らせた
嫌韓には偽物が多い
これは メッセージ 6113 (kuntakinte1929 さん)への返信です.
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Re: 語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧
投稿者: kuntakinte1929 投稿日時: 2010/08/20 14:49 投稿番号: [6113 / 6952]
反韓教育なんて聞いた事ありません。
出来れば具体的に教えてください。
>日教祖による反軍事政権教育
日教祖による行き過ぎた反軍事教育はあると思いますが、上記はそれの行き過ぎ番と言う事でしょうか?
であれば、それと反韓結びつかないんですが・・・(徴兵制ならアメリカが真っ先に上がるだろうし、軍と言う事なら中国だろう。
あんな弱っちい韓国などなんの例にもならない。)
これは メッセージ 6112 (kiyoakl さん)への返信です.
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Re: 語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧
投稿者: kiyoakl 投稿日時: 2010/08/20 14:35 投稿番号: [6112 / 6952]
反韓教育ならやっていたよ
正確には日教祖による反軍事政権教育
これは メッセージ 6111 (freefigh さん)への返信です.
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語るに堕ちた、崔氏の言論弾圧
投稿者: freefigh 投稿日時: 2010/08/20 14:28 投稿番号: [6111 / 6952]
どこの国でもまともな人間は3分の一ぐらいかな・・とNHKの調査を見たらいいです。
日本人の韓国好きの理由はキムチとスターですか・・・アホかこいつら。
韓国人の日本嫌いの根本には徹底した反日教育に有り、それに洗脳されたロボットが71パーセントも居るわけです。
日本の問題は国民に対して正確な歴史教育(反韓教育という意味ではない)がされていないという点で、まさに「歴史を語る資格」とか信念の無い馬鹿日本人を生み出している点で、反省の余地がある。
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詐欺だって10倍
投稿者: freefigh 投稿日時: 2010/08/20 14:15 投稿番号: [6110 / 6952]
基本的に小中華で見栄っ張りですからね。独自のものが無いからよけい嘘をつきます。
竹島の問題だって嘘からでた強盗です。世界中の人々にも騙されないように注意してあげましょう。
もちろん大中華の中国も嘘つきですから、気をつけましょう。
これは メッセージ 6088 (heisinokumaarasi さん)への返信です.
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Re: 韓国は日本に負けたのですよ。
投稿者: kuntakinte1929 投稿日時: 2010/08/20 13:47 投稿番号: [6109 / 6952]
はぁ?
歴史上一部のスポーツを除いて韓国に負けて歴史ありませんが?
あれば証拠立てて提示してください。
くれぐれも超汚染民族特有物語歴史で無く、世界で認識されている史実で!
これは メッセージ 6108 (heisinokumaarasi さん)への返信です.
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韓国は日本に負けたのですよ。
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/20 13:33 投稿番号: [6108 / 6952]
負けた国が文句を言う権利はありません。
そう思いませんか?
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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横のりチャリンコ。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/20 12:30 投稿番号: [6106 / 6952]
>ところで、卑弥呼は黄色人種(巫女、シャーマン)の風習だと思えるが彼女は白人?
>それとも百済と関係ある黄色人種??
体制側の歴史を記録した『三国志』が、体制外邪教として批判的に書いた鬼道とは、張陵という人物が開いた天師道といいます。これを継承した息子の張衡の死後、漢巴の地に古くからあった巫鬼道から天師道に鞍替えした巫鬼道の巫士・張脩が乗っ取りますが、この天師道と巫鬼道の折衷道が五斗米道といわれたものです。その後、張陵の孫の張魯が張脩を殺害して天師道を奪還します。(いぜんとして五斗米道と呼ばれた)。
この天師道(鬼道と書かれた初期道教)が、実は鏡と剣を二種の神宝としていました。日本の弥生時代以降の墓から、鏡と剣が初期道教の葬送儀礼にのっとった「配列」で副葬されている事実からすれば、卑弥呼も鏡と剣を二種の神宝としていたことは間違いないでしょう。
曹操の軍門にくだった張魯は曹操に厚遇され、生き延びた天師道は4世紀ごろに、体制内宗教として道教に昇華します。このとき儒教を取り込むのですが、儒教の神宝の玉(ぎょく)を加えて三種の神宝が成立します。ですから、道教が伝わる5世紀以前の墓から鏡と剣と勾玉だけをとりあげて三種の神器というのは間違いです。
本当の三種のタマは勾玉ではなく玉(ぎょく)でつくった印璽です。(戦国末に九鼎をなくしたあと始皇帝が玉璽を法統の品とした)。日本の歴史書にも法統の証しとして印璽・玉璽の授受シーンが何度も登場します。鏡と剣と勾玉を三種とするのは日本書紀の創作でしょう。だから、日本書紀自体が内部矛盾を見せています。
本題です。
卑弥呼が女王になる以前やっていたのは、張魯と同じ鬼道(天師道)の宗教儀礼と葬送儀礼と思われること。『三国志』東夷伝序文が、「俎豆の象(かたち)が存在する」、すなわち、中国天子の祭祀儀礼に準じた国家経営手法があると証言していること。
以上のことから、卑弥呼の出自や人種を測るのが正しいと思います。
(もれ聞くところでは、天師道と同根と思われる張角の太平道を率いた将軍クラスの大方(36方角になぞらえた称号をつけた)の一人である「巳の大方」の金印が富士地方から出ているとのことですから、これが事実ならば、後漢末のどさくさ当時も、長江河口部からかなりの人・ものがやってきているものとみられます)。
これは メッセージ 6096 (satoruba03 さん)への返信です.
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Re: つづき。
投稿者: akkambeh 投稿日時: 2010/08/20 12:15 投稿番号: [6105 / 6952]
>歴代の中国王朝が
中国の歴代の王朝で、現在の自称漢族が皇帝であった王朝は1・2に過ぎない。
殆どはトルコ・中央アジア(胡)系・モンゴル系、近くは満州系の民族から皇帝を輩出した。
このような状況を考えると今の中国共産党政権の論理で言えば、西トルキスタン諸国・モンゴル人が、現在中国共産党が支配する地域を自国の領土だと主張することと同じである。
あるいは、英国の植民地(英国国王or女王≒香港帝国の皇帝)であった香港が、英連邦は我々の領土だと主張しているのと同義で、現代世界の通念では認められない。
こういう主張を繰り消せば、世界に中国・中国人はやはり異質で、現状の均衡を破壊者と成るから排除しなければならない・・・となり、近い将来戦争の火種と成りかねない。
これは メッセージ 6100 (toseinin_isaq さん)への返信です.
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Re:★大野晋氏,日本甕棺墓はインド白人甕
投稿者: kundaikun 投稿日時: 2010/08/20 11:34 投稿番号: [6104 / 6952]
★エジプトの canopic jarは日本の甕棺墓
http://en.wikipedia.org/wiki/Canopic_jar★大野晋,日本の甕棺墓はインド甕棺墓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%95%E6%A3%BA%E5%A2%93日本の甕棺とエジプトの甕棺はまったく同じだ。
日本の甕棺墓は伽揶の白人,インド人白人,バビルロニアの白人,
エジプトの白人の甕棺墓文化だった。
エジプトの canopic jarは甕棺墓として死んだ人の死骸と内臓を保管した
墓だった。
絶対に黄色人だった大和百済の文化ではない。
>>また南方、東南アジア、インドなど海洋民の風習ともされる。
甕棺=長江人はOKだが、白人のものであるという確証は持てない・・・>>??
→それでは,白人の物ではないなら, 黄色人の大和百済人の物ですか?。。くすくす
甕棺墓はインド人,バビルロニア人,エジプト白人の甕棺だった証拠だ。
ヨーロッパのキリスト教の エッセネ派も朝ごとに太陽神を敬排したし, また伝統的に白い服を着たし甕棺墓を使った。
大野晋氏が主張した日本の甕棺はインド人の白人の甕棺だったということは正確な研究だった。
>>ところで、卑弥呼は黄色人種(巫女、シャーマン)の風習だと思えるが
彼女は白人?>>
親魏倭人。。彼女はインド人を征腹した白人のバビルロニア血統だ。
彼女の征腹した倭人はインド人ドラビダ族黒人の原住民だったということだ。
(巫女、シャーマン)??
白人の最高支配層だった バラモン階級の彼女が (巫女′シャマン)か? 爆笑
これは メッセージ 6096 (satoruba03 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6104.html
★エジプト白人のcanopic jar,日本の甕棺墓
投稿者: kundaikun 投稿日時: 2010/08/20 11:18 投稿番号: [6103 / 6952]
★エジプトの canopic jarは日本の甕棺墓
http://en.wikipedia.org/wiki/Canopic_jar日本の甕棺墓は伽揶の白人,インド人白人,バビルロニアの白人,
エジプトの白人の甕棺墓文化だった。
エジプトの canopic jarは甕棺墓として死んだ人の死骸と内臓を保管した
墓だった。
絶対に黄色人だった大和百済の文化ではない。
>>また南方、東南アジア、インドなど海洋民の風習ともされる。
甕棺=長江人はOKだが、白人のものであるという確証は持てない・・・>>??
→それでは,白人の物ではないなら, 黄色人の大和百済人の物ですか?。。くすくす
甕棺墓はインド人,バビルロニア人,エジプト白人の甕棺だった証拠だ。
ヨーロッパのキリスト教の エッセネ派も朝ごとに太陽神を敬排したし, また伝統的に白い服を着たし甕棺墓を使った。
大野晋氏が主張した日本の甕棺はインド人の白人の甕棺だったということは正確な研究だった。
これは メッセージ 6097 (satoruba03 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6103.html
ついしん。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/19 22:42 投稿番号: [6102 / 6952]
韓国人学者が、騎馬民族説を肯定する形で論を進めているらしいですが、
これもいささか危険な匂いがします。
何でも半島由来を唱える人たちにとって、騎馬民族説は極めて好都合でしょう。
その意味でも、騎馬民族説が恣意的な文献解釈で成り立っている事実を認識する必要があります。
これは メッセージ 6101 (kiyoakl さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6102.html
Re: 中国で「沖縄を返せ」の声。
投稿者: kiyoakl 投稿日時: 2010/08/19 22:33 投稿番号: [6101 / 6952]
本気で韓国を領土化しようとしている中国
これは メッセージ 6099 (toseinin_isaq さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6101.html
つづき。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/19 22:30 投稿番号: [6100 / 6952]
たとえば、57年当時の倭奴国が後漢朝の支配下にあって服属していたとすれば、東夷伝序文のいうように「時代を隔てて散発的に貢献した」では済まない。『三国志』韓伝には、衛満に滅ぼされた朝鮮王の話から続く韓の歴史の一文で、「漢代には楽浪郡の支配下に置かれ、季節のサイクルごとに役所に来て朝貢していた」とある。藩内にあって属国関係が存在すれば、このように何らかの朝貢が義務づけられる。それも、倭国のように50年や130年に一度ではなく、季節のサイクルごとにか年季ごとにである。
中国王朝に対して実質的な服属義務や貢献義務が存在したのは、中国自らが制定した九服制度に組み込まれた藩内の諸国である。むろん列島の倭国は「藩甸(はんでん)の外」すなわち藩外にあって、歴代の中国王朝から兵士の拠出や定期的な貢献といった義務を負わされた事実はない。むしろ、歴代の中国王朝が、倭人・倭国の朝貢を化外慕礼に位置づけてきたし、天子体制下にある属国とみなした言動はしていない。
むろん、毎日新聞の「沖縄は14世紀から19世紀まで当時の明、清の臣下、藩属国だった」は、中国王朝の支配に属さない藩外の沖縄が朝貢外交をしたことで「従属した」と拡大誤解している。わが国の古代史研究者も同様で、「倭国は中国に朝献して爵位をもらって冊封体制に組み込まれた」として、中国に臣従してきたという史観を開陳する人が少なくない。徐勇氏らは歴史学者だから、藩外諸国の朝貢外交の本質を分かっているはずなのだが、沖縄が中国と朝貢外交をしたことで「従属した」との新解釈を打ち出したものか、毎日新聞が見せたような日本人の誤解を逆手にとる戦略に出たものか。「沖縄がかつての琉球王国時代に中国との交易で栄え、中国に従属する地位にあった」を根拠にするかっこうである。
漏れ聞くところによると、「隋が琉求国を撃って数千人を捕虜として連れ帰った」という記録を理由に、沖縄の領有権を主張する向きもあるとか。(隋書のいう流求国が台湾か沖縄かは置いて)、占領して郡県下に置いて統治したわけでもないのに、一時的な「侵略と略奪」を理由に領有権を主張するわけだが、似たようなことを論拠に成り立っているのが江上波夫氏の「騎馬民族説」である。氏いわく。
「武が慕韓(馬韓)と秦韓(辰韓)の2カ国名を入れて要求したのは、かつて三韓時代に、その支配権を三韓全体に及ぼしていたという事実、ないしはそのような有力な伝承があって、倭国は南朝鮮のすべてを支配する歴史的根拠、潜在的権利を保有しているとの立場をとっていたのではないか。そのために、馬韓・辰韓の時代まで溯って、当時支配していた辰王家の子孫としてその宗主権を主張して、それを中国に認めるように要求した。そこで中国は、すでに独立を認めていた百済を除いて、三韓時代まで溯って宗主権を認めた」。
………時は、とったりとられたりの武力支配の真っただ中である。そんな時代に、すでに独立しているか第三者の支配下にある国に対して、何百年か昔の一時的な略奪支配を歴史的根拠にむし返し、宗主国としての潜在的権利を主張するほど国際感覚の欠落したトンチンカンはいない。それが通用するならば、かつて侵略した経験のある民族や国はみな、それを理由に領有権を主張することができる。
●古代史関係者は責任ある発言を
倭国は中国と冊封関係を結んで臣従してきた。
朝鮮半島南部の騎馬民族が倭国へやってきた支配した。
夫余族の辰王が任那からやってきて倭国の支配者になった。
半島渡りの渡来人が倭国を征服した。
こういう論をのたまう人こそ、いざ「対馬・壱岐は韓国の領土だ。日本は朝鮮人がつくった国だ」といわれても何もできないはずである。言論の自由とはいえ、自由には責任が伴う。何をいってもいいが、それがどういう結果をもたらすのか、今回の問題は、視界深度の浅い論説・言説を垂れる研究者には非常にいい戒めだろう。
中国や韓国という国は、何をいい出すか分からないものがあります。中国の横車を非難することも必要ですが、おかしな史観ばかりが目立ち・それらをもてはやす日本人もまた、予定調和的・安直史観を見直し、責任のもてる古代史を語らなければなりません。
これは メッセージ 6099 (toseinin_isaq さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6100.html
中国で「沖縄を返せ」の声。
投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/19 22:27 投稿番号: [6099 / 6952]
ややトピックずれですが、中国が不当な歴史的領有権を主張し続けているとのこと。
高名な学者が音頭をとっている所をみると、私たち日本人の古代論もゆるいことはいってられません。
「中国は沖縄に対する権利を放棄していない」。
最近、中国の歴史学者の間でこうした主張が有力になりつつある。(学者らの同様の論文は06年以降20本も出されている)。昨年12月、北京で中国人歴史研究者らによるシンポジウムが開かれ、「明治政府による琉球併合も、戦後の沖縄返還も国際法上の根拠はない」との主張が繰り返された。主催者の一人である徐勇・北京大教授は日中関係史が専門で、日中歴史共同研究の中国側委員も務めた有力研究者。徐勇氏らは、沖縄がかつての琉球王国時代に中国との交易で栄え、中国に従属する地位にあったことを根拠にしている。沖縄は14世紀から19世紀まで当時の明、清の臣下、藩属国だった。中国の一部歴史研究者らが「中国は沖縄に対する権利を放棄していない」という時、「権利」は当時の関係を下敷きにしている。(8月18日毎日新聞)
同紙は、米軍普天間飛行場の移設問題で日米同盟が揺らぎ、沖縄と日本政府の関係もぎくしゃくする中でのこの動きに注目しているが、中国の本当の狙いは同海域に眠る海底資源の問題や、潜水艦を含む中国軍船舶の太平洋への出入口確保の問題が潜んでいるようである。有力な歴史学者を担ぎ出しての「歴史的領有権の主張」というわけだが、そうなれば、古代史をかじる私たちにも多いに関係がある。
中国には冊封(さくほう)とか冊封体制という言葉はない。中国で封冊(ほうさく)といえば、中国国内(天子の支配に属する藩内)における政治手法として、天子が封冊(冊書=辞令)をもって藩内の諸王・諸侯に爵位を与えることである。
冊封とか冊封体制という言葉は日本人の西嶋定生氏が1962年に提唱した。その真意は、中国天子が天子の支配に属さない藩外の周辺諸国と「名目的な君臣関係を結ぶこと」で、これによって作られる国際秩序を指す。平たくいえば、中国を中心とした国際外交システムのことであり、そこに実施的な服属関係や臣従関係はない。
中国には化外慕礼(けがい・ぼれい)という言葉がある。これは、五服・九服の外にいる異民族が、天子や王朝を慕って朝貢することをいう。化外を翻訳すれば、藩外すなわち天子の徳育強化の及ぶ領域の外という意味である。藩外の周辺民族の朝献・朝貢が多いことは、天子への敬慕が強いこと意味することから、体面と尊厳にこだわる朝廷としては大変喜ばしいことである。必然的に、藩外の異民族の朝貢外交を歴代の王朝が歓迎することになる。 一方の周辺民族諸国からみれば、朝献・朝貢は中原との国際交流の手段である。先進の中国との交流・交易、情報・知識・技術の入手、安全保証など様ざまな下心があった。そのためのトップ外交の手法が朝献・朝貢であり、唯一の公式外交手段だったのである。
つづきますから。
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6099.html
これで論争に決着がつきます。
投稿者: heisinokumaarasi 投稿日時: 2010/08/19 16:52 投稿番号: [6098 / 6952]
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6098.html
Re: ★大野晋氏,日本甕棺墓はインド白人甕
投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/19 16:20 投稿番号: [6097 / 6952]
これは メッセージ 6096 (satoruba03 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/6097.html
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