日韓歴史論争

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Re: まだあるアンタッチャブルの世界。

投稿者: satoruba03 投稿日時: 2010/08/21 08:15 投稿番号: [6130 / 6952]
興味深いお話ありがとうございます。
私は福岡に単身赴任したことがあって、その時に九州内のさまざま
な歴史遺跡を見たりして歴史ロマンに思いを馳せたことがあります。
勿論、邪馬台国(九州王朝)は九州にあったと思っています。

磐井の乱は卑弥呼王朝の末裔と大和朝廷との争いという話もありますね。
また争いの場になった高良山周辺(山門郡)に邪馬台国があったとも。

それとは別に日向の西都原古墳ですが、ここにも有力な部族が住んでいた。
ここの古墳も以前は邪馬台国とはかぶらない時代と思われていたが、
最近はもっと古いのではないかという話もあります。
神武東征、出雲系子孫を日向で見つけて大和に呼び寄せたなど、
歴史遺跡的にも史実(神話)的にも日向周辺には何かありそうですね。
また、邪馬台国は冬でも暖かいという魏書の記述から、それが九州南部に
あるのではという話もあります。
いずれにしても倭国王朝は九州にあって、朝鮮半島南部も含め
その勢力範囲にあったと私は思います。

ですから、貴殿のおっしゃるように、長江文明圏からダイレクトに
九州に人と文化が移動したことにも賛成します。
縄文人以降に、まずは長江文明人が入って稲作を広め、
さらには縄文人と混血していった。
その後、半島経由で黄河文明人とツングース系が渡来して、
大和朝廷を形成し、かつ混血した。
もちろんその大半は朝鮮半島南部に居た長江系倭人と混血して、
渡来したことになります。
(私は不勉強ですが、長江系は青銅器が中心で、後から渡来した黄河系は鉄器か?
7世紀前後の半島からの渡来民・王族は黄河系・ツングース系であるので、
彼らの編纂した歴史は彼らに都合の良い内容となった)

何やら日本も朝鮮も長江系と黄河系とのせめぎあいだったような歴史ですね。
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