日韓歴史論争

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せんえつながら。

投稿者: toseinin_isaq 投稿日時: 2010/08/21 13:29 投稿番号: [6135 / 6952]
倭国・日本国が通交の対象としてきたのは一貫して中原の王朝です。
以下は私の公開サイトから抜粋して引っぱりました。

●3本足カラス、ヒキガエル、北斗七星、四神
聖武天皇の肖像画は、赤地の服の両袖に竜の刺繍をつけた袞竜衣を身につけ、頭には冕を被っている。袞竜衣の向かって右肩には日輪の中に三本足のカラス、左肩には月輪の中にヒキガエル。背には北斗七星、両袖には龍が金糸で配されている。称徳天皇の儀礼用衣装もまた同じであり、孝明天皇の袞竜衣も残っているらしいと聞いた。 さらに、 明治天皇の即位礼に使用された袞竜衣もまったく同じで、3本足のカラス、ヒキガエル、3本爪の龍、北斗の星と四神が描かれている。「明治天皇御即位式図屏風」にも、日輪の中に三本足のカラスを描いた日像幢(のぼり)と、月輪の中にカエルを描いた月像幢が見える。

●籍田の儀
天皇家では現在でも、籍田という稲田を設けて宮中祭祀に用いる稲をつくる。籍田では、天皇自ら耕し・田植えをして・刈り取る儀礼が行なわれる。資料で判明してるかぎりでは、奈良時代に行なわれた「親耕の儀礼」が最も古いようである。ここで収穫した米が新嘗祭に使われる。新嘗祭とは、その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す祭祀である。古くは「毎年の大嘗」と称した。大嘗祭の儀式の形が定まったのは、7世紀の皇極天皇の頃とされる。
この籍田の儀礼そのものが農耕民の儀礼であり、そもそもは古代中国の天子の儀礼である。騎馬民族が国家祭祀に稲を使ったり、田を耕して田植えをした事実はない。(皇室では、祭祀に用いる稲をつくる田を全国から選択するが、牛の爪を使った占卜ではなく中国式の亀卜によって決める)。

●『日本書紀』の記録
天皇の即位にあたって法統(皇位継承・王権神授)の証しとして「印璽」や「璽」を授受したり、天皇が将軍を任命する時に印綬を与えたり斧鉞を与えたり。土の下から出る馬型埴輪は、申し合わせたかのように鞍と鐙をつけている。むろん、武器を代表する刀も中国渡りの直刀ばかりである。高塚式墳墓(円墳・方墳)のルーツも中国、古墳に装飾画を施す習慣も中国、そこに描かれた「すもう図」の原点も中国にある。

このように、日本列島の古代王家・王国の人びとは、誕生以来一貫して中原の中央集権国家体勢とその文物文化・精神文化に倣ってきたのである。ある人の言を借りれば、「単なる模倣ではなく本物がきたのだ」というべきだろう。

●その他
武器は素環頭太刀や直刀である。
武具は全国統一的といえるほど同一デザインの短甲である。
馬型埴輪の圧倒的大多数は、硬質の鞍と鐙をつけている。
銅鏡に象徴される葬送儀礼や宗教的精神性は初期道教文化である。
鏡・剣・玉(または印璽)を三種の神器とする精神性も道教文化である。
これらはみな中国の文化である。とくに支配層の祭祀儀礼は民族的アデンティティの核といえる重要なファクターである。

渡来人による倭国政権を標榜する傾向もあるようだが、仮にも、弥生以降の倭国政権が渡来人によるものだとすれば、その渡来人とは間違いなく中国人だと断言できる。

こんなところです。
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