日韓歴史論争

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>>有事法制通過、失望だ

投稿者: onbinni710 投稿日時: 2003/06/07 16:52 投稿番号: [476 / 6952]
いやーぁ何処の国より真っ先に関係あるからじゃないですか?
なんせ不法占拠中ですからねぇ

>>>だから強制ってなによ?

投稿者: kusuo1 投稿日時: 2003/06/07 16:07 投稿番号: [475 / 6952]
<韓国の百科事典の出典は、文定典『軍国日本朝鮮強占36年史』ですね。
1   学校への入学・進級拒否
2   創氏しない児童を日本人教師が理由なく叱責、殴打。父母へ哀訴させる。
3   総督府関係機関に非採用、現職者も罷免。
4   行政機関で事務取り扱い拒否。
5   非国民、不逞鮮人と断定、警察手帳に記入、査察・尾行。優先的に労務徴用の対象とし、食料・物資の配給対象から除外。
6   鉄道局、配送店で、荷物取り扱い拒否。

当時から法治国家だった日本で、創氏をしないからと云ってこんな差別が出来る訳がない。
こんなことしたら訴えられて、差別した者が罰せられる。
完全な捏造ですね。

>有事法制通過、失望だ。

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2003/06/07 15:25 投稿番号: [474 / 6952]
  韓国にはなーんにも関係ない法律なんですが。

  まあ、韓国が日本に侵攻するつもりなら別ですがね。

韓国のロイヤル・ファミリー

投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/07 11:42 投稿番号: [473 / 6952]
ノムヒョンが来日して宮中晩餐会に出席したので、日本の皇族とも関わりのある韓国のロイヤル・ファミリーについて調べてみた。姜在彦の「ソウル」が比較的詳しい。

高宗には正室・ミン妃のと間に韓国のラスト・エンペラーになった純宗を儲けている。純宗には正室・尹妃がいたが、子はなく、純宗は1926年に52歳で亡くなっている。

子のない純宗の皇太子となったのが、高宗と側室・厳妃との間に生まれた李垠(イ・ウン)だった。李垠は幼くして日本に連れてこられ、韓国併合と同時に李王世子として殿下の称号を賜り、日本の皇族の礼を以って待遇された。1917年に日本の陸軍士官学校を卒業、翌年日本の皇族梨本宮守正の第一王女、方子と結婚した。李垠夫妻は1947年に臣籍降下し、日本国籍も離脱したが、韓国に帰国できたのは1963年のことだった。この二人の間に長男・李晋(イ・ジン)が生まれたが、8ヶ月で急死、次男・李玖(イ・ク)が生存している。李玖は戦後、アメリカのマサチューセッツ工科大学に留学し、米人女性ジュリアと結婚、1970年代に韓国に定住し、大学建築学講師をしたり、航空測量会社や新韓航空を設立した。しかし新韓航空が1979年に倒産すると、日本で彷徨を続け、1982年にはジュリアとも離婚した。子はない模様である。

高宗は側室・張夫人との間に義親王・李カン(土偏に岡)も儲けている。李カンも日本で皇族待遇を受け、長男・李鍵(イ・コン)は日本人女性と結婚した。李鍵は戦後臣籍降下して日本に帰化し、桃山虔一と改名したが、商売に失敗して、桃子夫人とは離婚した。なお李鍵の弟は広島で爆死している。

高宗の側室の子としてはさらに梁貴人との間に生まれた徳恵姫がいる。彼女も1925年10歳の時に日本の学習院に留学させられたが、精神障害を起こした。その後、19歳で元対馬藩主の宗氏と結婚したが、精神病が再発して離婚され、廃人同様の生涯を送った。

清譜と濁譜

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/07 11:16 投稿番号: [472 / 6952]
  族譜学者の間で、1910年以前の族譜は「清譜」と呼ばれ、以後は「濁譜」と呼ばれる。濁譜という理由は、それまで姓氏無しに暮らしていた奴婢たちに、日帝が一律に姓氏を付与したため、1910年以後のわが国の族譜は混濁したというわけだ。
  日帝は戸籍を作り、戸税を徴収するための行政上の便宜のために、奴婢たちにも姓を付与したのだ。逆に見れば、濁譜の出現は、階級なき時代の到来を告げる資料でもある。

http://weekly.chosun.com/wdata/html/news/200209/20020923000016.html

週刊朝鮮2002.09.26. 1722号チョ・ヨンホン・ウォングァン大教授「韓国人の姓氏」

>>>>苗字(氏)のない国

投稿者: chungmongjoon 投稿日時: 2003/06/07 09:52 投稿番号: [471 / 6952]
七天大神さん(でいいのかな?)、

>マレーシアでは銀行に預金口座を開きに行ったとき窓口でお呼びする時には名前のどこを呼べばいいかアンダーラインをつけろと言われ、

同じく他民族国家のアメリカの場合はどうなんでしょうね。ムスリムは無理やり親父の名前で呼ばれるんでしょうかねぇ。嫌だろうなぁ(笑)

>>>苗字(氏)のない国

投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2003/06/07 08:19 投稿番号: [470 / 6952]
>オリンピックに出場した選手たちは,自分たちの名が決して呼ばれず,その都度,父親,あるいは母親の名が世界じゅうに ので,その当惑は大きなものであろう

これ全くおなじ話をマレーシアから東京オリンピックに出場した人から聞きました。なんで親父の名前がコールされるのか初めは不思議に思ったそうです。

マレーシアでは銀行に預金口座を開きに行ったとき窓口でお呼びする時には名前のどこを呼べばいいかアンダーラインをつけろと言われ、現地での生活の日が浅かった頃で???と思ったものです。後になってあの国では中国人のように姓はあっても夫婦で異なるもの、ムスリムのように親父の名前を後ろにつけるもの、インドネシアからの労働者で己の名前一つしかないもの、またインド系は西洋式とムスリム式と交じっていてどーなっているのかよくわからんのが一緒に住でいるのでこうやっているのかと納得したものです。
因に捨て子があった場合はどうなるか。ムスリムが国教なので自働的にムスリムとなり親父の名前の部分はAhmadになるという事でした。

話は日本になりますが私の母の里は村(今は町になっていますが)のその集落全部同じ苗字です。明治維新の時、名主かお寺さんがズボラしたのではないかと思います。区別がつかないので丸二の○○、桶の○○とか呼んでいます。

Mr, Miss, Mrs.をfirst nameに

投稿者: kuuboakagi123 投稿日時: 2003/06/07 07:26 投稿番号: [469 / 6952]
つけると、結構違和感がある。

氏がないのだから、適当につければいいとおもっているところがる。

空港やホテルで、山田春彦さんも、Mr.   Haruhikoとよびだされる。

>>苗字(氏)のない国

投稿者: chungmongjoon 投稿日時: 2003/06/07 06:07 投稿番号: [468 / 6952]
>オリンピックに出場した選手たちは,自分たちの名が決して呼ばれず,その都度,父親,あるいは母親の名が世界じゅうに放送されるので,その当惑は大きなものであろう

もう随分昔のことですが、パキスタンで憲兵に連行されて尋問を受けたことがあります。理由は簡単で、カメラを首から下げたまま軍の施設があるところを、それと知らずに散歩していたからです。

そこでのこと、尋問にあたった係官はしきりに私の親父の名前を聞いてきたのです。変なことを聞くなぁ、と思ったものでした。そういえば、ムスリムの国々で名前を聞かれる時に、必ず父親の名前も聞かれたものです。

何でも、後で聞いた話によると、ムスリムには姓も氏もなく、名前の後ろに付くのは父親の名前なのだそうです。だから、この場合「変な」のは私の方だったというわけです。

したがって、例えばサダム・フセインというのは「フセインの息子のサダム」という意味で、彼をフセイン(元)大統領と呼ぶのは間違いってことになりますね。本人ではなく親父を「(元)大統領」にしてしまうわけですから。

>自分たちの名が決して呼ばれず,その都度,父親,あるいは母親の名が世界じゅうに放送されるので

には、久々に笑わせてもらいました。

>有事法制通過、失望だ。

投稿者: roh_moo_hyun 投稿日時: 2003/06/07 05:48 投稿番号: [467 / 6952]
>日本国会の有事法制通過、失望だ。

「軍靴の音」でも聞こえてきますたすか?

>それも大韓民国の大統領の日本訪問一時間前にその法を通過してもっと失望した。(-_-;;

そぉだよねぇ。一時間前じゃぁ、大韓民主主義人民共和国の「のむピョン」も訪問取りやめにできないものね♪

すでに有事

投稿者: toni777jp 投稿日時: 2003/06/07 05:16 投稿番号: [466 / 6952]
ちょんが竹島を侵略している以上すでに有事です。
ちょんがあせるのはそのことを理解してるからでしょう。

こう云う場合、

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/06/07 01:34 投稿番号: [465 / 6952]
>どうせ傀儡でしょうに。

傀儡っちゅうて、言うかぁ〜(笑

ま、抗日パルチザンを県知事には、任命せんでっしゃろ。

>失礼な奴だよなブッシュって。

そりゃ、おフランス人に「恥と恨」を抱いちょるちゅうことでんがな!??

>会談時間もノムヒョン並みの30分だぜ(爆

原爆落とされんかったんやから、良しとしなはれ、、(核爆

>有事法制通過、失望だ。

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/06/07 01:20 投稿番号: [464 / 6952]
そーぉ!??

あっしは有事法制の条文は、よう知らんのですが、、これの事ですよね。(笑
http://www.nhk.or.jp/kdns/_wakaran/03/0510.html



なんで、失望したのか教えて下さいませませ、、

大韓民国の大統領の日本訪問と何の関係があるのか、殆ど理解できませんがな、、

親父がえらいと、それを氏みたいに

投稿者: kuuboakagi123 投稿日時: 2003/06/07 00:53 投稿番号: [463 / 6952]
することはあっても、あくまでもそれは借用。

スカルノはスカルノで、一切なにもつかないし。スハルトはスハルトでいっさいつかない(ただし、この名前も一種表意文字的で、スハルトは、金持ち、財産とか言う意味。貧乏だった親の気持ちがあらわれている.ただ氏全部が表意的であるのではなく、ただ単にphoneticな意味しかもたない場合も多い)

そのこどもたちは、Megawati Sukarnoputri (スカルノの娘メガワティ)、Tommy   Suharto.

氏がないゆえに、出生証明書制度はあるけど、戸籍制度はない。ただし、戸籍制度がないのはアメリカ等も同じだから、戸籍制度がないから名前のみともいえない。やはり、文化的な要素の方が強そう。

>有事法制通過、失望だ。

投稿者: totalx3 投稿日時: 2003/06/07 00:30 投稿番号: [462 / 6952]
>日本国会の有事法制通過、失望だ。それも大韓民国の大統領の
>日本訪問一時間前にその法を通過してもっと失望した。(-_-;;

法律の条文を実際に読んでの感想ですか?

日本は捕虜の扱いの規定も無いので国際刑事裁判所(ICC)設立条約の
批准もできないのですよ。

どこが、どのように失望と感じたか書いていただけなければ
読んでいないと判断させていただきます。




ノムヒョンさんが帰って1週間後の成立ならば
「友好を語った口が、有事法制を」
というような見出しの記事がでるでしょう。同じようなもんです。

仕方ねーわいな

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/06/07 00:27 投稿番号: [461 / 6952]
>大韓民国の大統領の日本訪問一時間前にその法を通過してもっと失望した。(-_-;;

皇土をバカ核から護らにゃならんしな。
いいかい? 社稷を絶やさないって、そういう事さ。
隣の半島が危険地帯だからなあ。

>>姓と氏の区別

投稿者: umaretanoha1958nen 投稿日時: 2003/06/07 00:20 投稿番号: [460 / 6952]
日韓とも偏った意見の多い中、久々に「なるほど」と納得のいく意見を拝見しました。今後もご意見よろしくお願いします。

>苗字(氏)のない国

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/07 00:06 投稿番号: [459 / 6952]
たとえばモンゴルね。

またまた過去レスで恐縮ですが。

田中宇氏のチョンボ
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2000年9月09日 午後 1時21分
メッセージ: 423 / 439

田中克彦『名前と人間』(岩波新書,1996)によれば,

「モンゴル人には本人の名前だけしかなく,姓氏はない。このことをはじめて知る外国人は信じられないという顔をする。私はモンゴルから多くの留学生を迎えたが,かれらが学生として登録し,学生証を発行してもらうときなど,学務課の職員は当惑してしまうのである。いくら氏をたずねても,ないものは出てこないからである」
「かれらは必要なばあいにはそれぞれ,自分の名の上に父親(いないばあいは母親)の名をつけて区別している」
「オリンピックに出場した選手たちは,自分たちの名が決して呼ばれず,その都度,父親,あるいは母親の名が世界じゅうに放送されるので,その当惑は大きなものであろう」

しかし

「外国との交流が深まるにつれて,呼び名もまた「国際規格」の圧力に押され,自主的な「創氏」がすでに始まっている」

となっています。

また,帝政ロシア時代には,ロシア式に「名前・父称・氏」と,氏以外に父称まで創った場合があり,著名な学者ツィベンが,父のジャムサランをロシア的に活用させてジャムツァラノヴィチとし,ついでに全く存在しなかった氏を,やはり父の名を使ってジャムツァラノー」と「創氏」し,「ツィベン・ジャムツァラノヴィチ・ジャムツァラノー」とした例を挙げています。

「日本が朝鮮を支配した時代に,朝鮮人にも日本人と同様の名前のパターン「氏・名」を与えようとして,新しく氏を設け,さらに名前を日本式に改めたことを「創氏改名」と呼びならわしているが,ロシアでは氏のみならず,父称まで創りだしたのである。帝政ロシア時代,名はまだブリヤート・モンゴル名であったが,ソビエト時代には名前そのものが,セルゲイだのカテリーナだののロシア名になった」

田中宇氏の「ソ連が1925年にモンゴルの苗字の使用を禁止し,1991年にモンゴル政府が取り戻した」というのとは正反対ですね。
事実は,モンゴルにもともとなかった苗字をロシア・ソ連が「創氏」し,ソ連崩壊後それを捨てた。しかし,国際化の潮流に合わせて,いままた「創氏」しようとしている,といったところかな。

田中克彦はモンゴル語を専門とし,国家権力と言語政策の関係を主要研究テーマとする社会言語学者ですから,信頼性は高いと思います。梅棹も遊牧社会が主要研究テーマだし,井上靖は中央アジア物がライフワークであり,その時代考証には定評がある。モンゴル人には古来から姓氏がない,というのは間違いないところでしょう。

たぶん,田中宇氏が翻訳した英文記事がいい加減だったみたい。英文記事を翻訳して解説をちょっとつけて一丁あがりというのは,危険ですね。
彼はこれをまとめて本にするつもりらしいから,だれか指摘してあげたほうが親切かも。

有事法制通過、失望だ。

投稿者: okcheon89 投稿日時: 2003/06/07 00:05 投稿番号: [458 / 6952]
日本国会の有事法制通過、失望だ。それも大韓民国の大統領の日本訪問一時間前にその法を通過してもっと失望した。(-_-;;

ま、少しは工夫しろということだ

投稿者: kuuboakagi123 投稿日時: 2003/06/06 23:57 投稿番号: [457 / 6952]
かんがえてみりゃ、Bushだって、薮原さんだろう。

ま、苗字(氏)のない国もあるがな。

>残念ながら

投稿者: subsky707 投稿日時: 2003/06/06 23:44 投稿番号: [456 / 6952]
田中、鈴木もそうです。

”文字”は、別として。

>>だから強制ってなによ?

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/06 23:37 投稿番号: [455 / 6952]
>各級学校に入学させない、各級公的機関に採用させない、各級行政官庁はそういう者の事務を取り扱わない、食糧をはじめすべての配給対象から除外する、労務徴用を最優先的に適用 − 国史大辞典/吉川弘文館

それの出典は、たぶん定典『軍国日本朝鮮強占36年史』だろうけど……、

>真相は
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2001年10月12日 午前 1時06分
メッセージ: 179 / 224

韓国の百科事典の出典は、文定典『軍国日本朝鮮強占36年史』ですね。
1   学校への入学・進級拒否
2   創氏しない児童を日本人教師が理由なく叱責、殴打。父母へ哀訴させる。
3   総督府関係機関に非採用、現職者も罷免。
4   行政機関で事務取り扱い拒否。
5   非国民、不逞鮮人と断定、警察手帳に記入、査察・尾行。優先的に労務徴用の対象とし、食料・物資の配給対象から除外。
6   鉄道局、配送店で、荷物取り扱い拒否。

でも、裏付けがあるのは少ないみたい。
上のうち、2について、宮田節子は、『高等外事月報』に「今春朝鮮人にして小学校に入学せんとする者は、創氏をなしたる者にあらざれば、入学出来ざる由なるが、もし事実なりとせば、相当紛議を醸すべし」とあることから、そのような流言が広まっていたことは確かだが、実際にそのようなことがあったのかどうかは未確認としている。

また、在日の研究者、金英達は宮田との対談で、創氏改名に反発して「犬糞食衛(いぬ・くそくらえ)」とか、総督、南次郎の上をいく「南太郎」とか、「田農丙下(でんのう・へいか)」などとつけたという話があるが、実際に申請されたとか、受理されたとか、そのために弾圧・制裁を受けたとかいう資料は一つもないと語っている。
また、宮田によれば、不敬な名をつけたゆえに、弾圧されたり、映画のように(梶山季之「族譜」)殴られたり、留置場に入れられたという記録は発見できなかったとのこと。

京城帝国大学教授鈴木武雄『朝鮮統治の性格と実績―反省と反批判』にある、
「……心なき末端行政機関によって、例えば創氏せざる者に対しては日本内地への渡航許可を与えないというような強制が行われたことは返す返すも残念であり……」
などは、具体事例の数少ない資料です。



こんなのもある。

在日韓国青年会のアンケート調査「アボジ聞かせてあの日のことを」(1988年   対象者1,058人)

〈創氏改名への態度〉
自発的に   17.1%
強制されて   80.0
不明   2.9

〈そのときの感情〉
うれしかった   0.4%
当然のことだと思った   2.9
何とも思わなかった   23.1
やむをえないことだと思った   45.6
屈辱感をいだいた   14.6
憤りを感じた   11.3
不明   2.2

屈辱感、憤りが意外に少ない。



呉善花『生活者の日本統治時代』によると、

韓国人の証言1
「法律的には希望者にかぎるとなっていても、無言の圧力がありました。……変えないからといって迫害を受けるようなことは見たことはありませんが、警察官が各面などの地域を訪ねてはすすめていました。改名しない者は「不逞鮮人」だという決り文句があったんです。

韓国人の証言2
強制ではなくても、しないわけにはいかないような状況だったんです。……とくに官庁では、名前を変えないと「不逞鮮人」と目をつけられて、就職もさせてくれなかったんです。

韓国人の証言3
非公式な強制だったといえるでしょうね。しかし、官庁に勤める人でも、変えないからといって首になるようなことはありませんでした。

>李朝時代の姓名について

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/06 23:23 投稿番号: [454 / 6952]
>李朝時代、朝鮮の国民は両班、中人、常人、奴卑、などに分けられていたそうですが、この中で姓名を持っていたのはどの階層まででしょうか。

  私、別に専門家じゃないので,確かなところはわかりませんが,ものの本によると…。

  朝鮮において,姓というのは,父系血統制と同姓(同本)不婚という儒教の鉄則を守るために非常に重要なものですね。これを破ると人倫に悖る,禽獣の営みということになっちゃいますから,大変。
  ですから,こういう儒教思想が庶民のレベルにまで浸透した朝鮮時代中期以降は,ほとんどの人が姓を持っていた(創った)と思われます。両班,中人,常人はみんな持っていたでしょう。
  問題はその下の賤民。
  賤民には,公私の奴婢以外に七賤と呼ばれる人々がいましたが,儒教思想の枠外にいた人々にとって,姓はあまり重要じゃなかった。結婚をしない僧侶や,宦官,男寺党(男色の芸人)など。
  妓生は,いろいろな階層の出身から容色の優れた娘が集まったので,もともとの姓はあったはずだけど,夜の相手は姓を知るのを嫌った(同姓同本だと性欲が失せちゃう!)ので,名乗らなかったらしい。
  巫堂も儒教の枠外にあったけれども,基本的に世襲制で,姓をもっている人が多かったようです。
  白丁は,差別があって「姓はあっても,それを自称したり,人前で名乗ることもできない。それでも姓のあるのは良い方であって,大部分は姓すらないのが普通で,たとえ姓を持っていても,本貫の地を知らない場合が多かった」(林鍾国『ソウル城下に漢江は流れる』)。

  賤民のうち,もっとも人口が多かった奴婢(宮嶋博史によれば朝鮮時代を通じて総人口の約30%)も,姓はなかったはず。特に私奴婢は,主人(両班)によって,家畜のように繁殖させられ,売買され,生殺与奪の権利を握られていました。その所有権は,「従母法」(奴婢の所有権はその母(=婢)の所有者に属する)にしたがい,儒教の婚姻制とは無縁なので,姓をもつ意味がありませんでした。

  甲午改革で奴婢が解放されると,みな思い思いの姓をつけましたが,何にしようかと考えたとき,やっぱり寄らば大樹ということで,金・李・朴などの,いわゆる名門の姓を選んだ人が多かった。これが,金海金とか全州李みたいな巨大門中がある所以です。

  ただ、賤民みたいなあまり名誉ではない歴史については、韓国では研究しようとする人がほとんどいないので、調べようとしてもよくわからない。

  専門家のかた、間違っていたら、ご指摘を。

可能性無し

投稿者: kuuboakagi123 投稿日時: 2003/06/06 21:16 投稿番号: [453 / 6952]
陛下の訪韓の可能性
2003/ 6/ 6 21:06
メッセージ: 134007 / 134012

投稿者: Baka_Chon_hunter (35歳/男性/Imperial Japan)
本日ノムヒョンと会談した際、ノムヒョンが訪韓を要請したのに対して、陛下は「日本政府が決める事」と一言だけ述べられました。私はこれを聞いて当分の間は訪韓は無いと確信しました。いかに陛下とはいえ、陛下ご自身の御意見を述べられていない事が私には異例に映りました。

ノムヒョン来日

投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/06 21:06 投稿番号: [452 / 6952]
宮中晩餐会でのスピーチは未来志向とやらで植民地支配の過去には触れなかった。
天皇にソウルに来てくれといっているそうだ。

http://search.news.yahoo.com/search/news/?ei=UTF-8&p=korean%20president&c=news_photos

残念ながら

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/06/06 20:49 投稿番号: [451 / 6952]
金とか朴とかは中国からいただいたモンじゃね−んだなこれが。

>だから強制ってなによ?

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/06/06 20:40 投稿番号: [450 / 6952]
って、こういうのよ(笑

各級学校に入学させない、各級公的機関に採用させない、各級行政官庁はそういう者の事務を取り扱わない、食糧をはじめすべての配給対象から除外する、労務徴用を最優先的に適用 − 国史大辞典/吉川弘文館

これでも強制でなければただの陰湿な任意政策か?(爆

あとは犬鍋さん、サルティンさんのレスに書いてあるよな。



>これは現在の話か?

そうそう。

>日本は「害国籍である朝鮮民族(特に国交のない北朝鮮人まで)に、
帰化することなく永住する権利」を与え、

そりゃ敗戦国だからしょ−がね−だろ?やってたことの責任とらんと(笑
フランスでもアルジェリア人には特例があるぜ。

>「帰化してない人間が日本名の通名を使用すること」を許可している、

プッ、笑わせんなよ。これも暗に強いたモンだろが?許可じゃなくてお勧めなんだよ。70年代まで役所の奴等は今みたいにニコニコしてたと思うか?そうせざるえない雰囲気作っといて「許可」してるってかぁ?(爆

あと80年代に本名で帰化しようとしてはっきり断られた人ら何人もいるぜ。
ラモスだのサントスだのが帰化するようになって初めて本名でも帰化できるようになったんだよ、知ってっか?ガイジンさんにゃ腰弱いんだよな(爆
ヤフ−の孫さん、彼はどうやって本名で帰化できたか知ってるか?

>非常に寛容な国ですが?

表向きはな(爆

>>論点のずれ (典型的…)

投稿者: quicksilver_pollution 投稿日時: 2003/06/06 19:33 投稿番号: [449 / 6952]
>ヒマな奴だ。
糞でもこいて寝てろ。

===============

*ホーマー・ハルバート「朝鮮亡滅」

  「朝鮮人は本当に怒ると、正気を失うといえるかもしれない。自分の生命などどうなってもいいとぃった状態になり、牙のある動物になってしまう。口のまわりにあぶくがたまり、いよいよ獣めいた顔つきになる。遺憾なことだが、この怒りの衝動にわれを忘れるといった悪弊は、男だけの独占ではない。

  女は立ち上がってひどい大声でわめくので、しまいには喉から声が出なくなり、つぎには強烈に嘔吐する。精神錯乱に陥るこうした女たちを見るたびに私は、どうして脳卒中で倒れずにすんだのかと不思議に思う。どうも朝鮮人は幼少のときから自分の気分を制御する術を学ぶことがないらしい。子どもも親をみならって、自分の気に入らないことがあると、まるで気が狂ったように大暴れして、結局、我意を通すか、それとも長くかかって鎮静にもどるか、そのいずれに落ち着く。」

ホーマー・ハルバート 「朝鮮亡滅」

李朝時代の姓名について

投稿者: ATimmunohistochemistry 投稿日時: 2003/06/06 19:19 投稿番号: [448 / 6952]
普段ROMしている者です。創氏改名に少し関連するのですが、bosintang氏に質問があります。
李朝時代、朝鮮の国民は両班、中人、常人、奴卑、などに分けられていたそうですが、この中で
姓名を持っていたのはどの階層まででしょうか。もしお分かりでしたら教えて下さい。
「韓国人です。質問ありますか?」のトピで質問しましたが答えがなかったので。

>>>オーストリア併合

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2003/06/06 18:37 投稿番号: [447 / 6952]
>誰も日韓併合が違法だとは言っていない。言いもしていないことをむきになって反論するのはチンドン屋だ。

  合法だと分かってるならいいんです。

>大義名分があったからではなく、すべては取引にすぎない。

  大義名分って言葉の意味がわかってないですね。
  とりあえず形式的な理由をくっつけることができれば「大義名分」といえますよ。
  あなたもこういってるじゃないですか。↓

>形式的合法性は具備している。

  これで大義名分がないとはいえませんな。
  自己矛盾に気付かれていないとか?

  で、国際法的に日韓併合は合法で、大義名分もあるとなると、一体日韓併合の何がいけないと、あなたは主張してるわけですかね??

>しかし嫌がる他国政府を力で屈服させた侵略行為であることは変らない。

  まあ、朝鮮人で嫌がる人はいたかもしれませんが、だからといって侵略にはなりません。
  日韓両政府が合意して条約に調印しているのですから。
  結局、あなたは日韓併合が面白くないから、侵略だ侵略だと言っているだけ、という理解でよろしいかな?

>>>創氏改名の方は

投稿者: chaoticblue93 投稿日時: 2003/06/06 17:45 投稿番号: [446 / 6952]
>仮に希望者だけにしたとしても、小役人の点数稼ぎや何やらで、同じように「変えないとまずい雰囲気」になったんじゃないですかねぇ。

  そういう雰囲気の中で、暴動も反乱もなく、易々と改名してしまったことが、トラウマになっているんじゃないですかね?
抗日史観と、あまりにも懸け離れちゃいますし。

> >オーストリア併合

投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/06 17:42 投稿番号: [445 / 6952]
>この併合に至る経緯は、当時の国際法で、自国防衛のための適切な軍事力行使、外交政策として合法です。

誰も日韓併合が違法だとは言っていない。言いもしていないことをむきになって反論するのはチンドン屋だ。

ドイツのオーストリアの併合でさえ、嫌がるオーストリア首相をヒットラーが怒鳴りつけ、威圧して併合条約に調印さえたのだから、国際法上の形式的合法性は具備している。日本の朝鮮併合もハーグ密使事件を起こした高宗は退位させ、お頭の足りない純宗を騙して調印させたものだから、形式的合法性は具備している。しかし嫌がる他国政府を力で屈服させた侵略行為であることは変らない。

日英同盟があったから国際的な非難が起こらなかっただけだ。アメリカは自国のフィリピン領有と引き換えに日本の朝鮮領有を認めた。大義名分があったからではなく、すべては取引にすぎない。

ええ

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/06/06 17:25 投稿番号: [444 / 6952]
>このことは中川のいっていることなんだよね。


これのパクリです   笑

自己レス

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/06/06 17:24 投稿番号: [443 / 6952]
>皇紀2600年

昭和5年だから、ズレてるか。
なんの記念だったかなぁ?   笑

犬鍋氏の資料

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/06/06 17:22 投稿番号: [442 / 6952]
どうやら落ちたっぽいです   (涙

なんのトピだったんだろう・・↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a4a4a4a4a4aba42a4sa4ka47a4mffckdcbfm &sid=1835396&mid=238


>で、愚策かどうかだけれども、日本語強制にしろ、創氏改名にしろ、皇民化にしろ、目的ははっきりしていて、「徴兵制」です。

当初から、それ目的だったんでしょうか?
一部のお調子者の進言に、「朝鮮人がこぞって臣民になりました」という
皇紀2600年の総督府の記念イベントが便乗したイメージがあったんですが   (笑

創始改名についてのデータ

投稿者: jack_soul_of_japan 投稿日時: 2003/06/06 17:11 投稿番号: [441 / 6952]
こんな投稿がありました。

問題となっている創始改名については、麻生氏が述べている通りであり、これについて異論を唱える韓国政府こそが、歴史に対する冒涜に当たると思います。
  まず問題になっている創始改名ですが、実際には当時、創始改名を望んだのは朝鮮人自身であり、一番の問題点は朝鮮人自身の事大主義的民族性にある。
  朝鮮が日本へ併合されると同時に、満州へ移住する朝鮮人が増加した。
  昭和6(1931)年の満州事変の頃に満州に移住していた朝鮮人は100万人ほどおり、彼らのほとんどは移住と共に日本人名へと密かに改名したものが多かった。
  古来、朝鮮は中国の属国であり、支那人は朝鮮人を見下げる風潮があった。
  ところが、日本に併合されると途端に朝鮮人が威張るようになり、中国人とのいさかいが頻発した。
  その代表的な例が1931年7月2日に、長春郊外の万宝山付近に入植した朝鮮人と中国人農民との間で水田用水路工事をめぐって武力衝突が起きた事件である。
  この時、仁川、京城(ソウル)、元山、平壌など朝鮮各地で中国人に対する報復暴動が発生した。
  当時の朝鮮人は、中国人に見下される風潮に対し、併合された日本の日本人名を名乗る事で、中国人に対して対抗する風潮があった。
  その時に日本名を勝手に名乗る風潮が生まれ、日本内地や朝鮮内地でも起きた。
  そのため、昭和15(1940)年2月になって朝鮮総督府は、勝手に日本名を名乗っていた人等に、日本名式氏名を名乗る方法を講じてやろうというはからいから「6ヶ月以内に届けた者に限って認める」とした。
  その結果届け出た者は79パーセントに達している。
  強制でなく自由意志にしたのだが、その頃朝鮮では「内鮮一体」の掛け声が強かったので、末端組織では、改姓率の競争をするような雰囲気が生まれた。
  某小学校校長ごときは「改姓しなければ、子供を学校へ来させない!」とまで言ったものもいた。
  その為、ヘキ・チンエイという両班(ヤンバン=昔で言う朝鮮の支配階級)は、井戸に飛び込んで抗議の自殺をするという悲劇が起こった。
  この創始改名が日本国による強制であったと主張する者もいるが、全くのウソ!
  なぜなら洪思翊という人などは、改姓しなくても日本陸軍中将までなっている。
  その他にも当時、朝鮮名で平然と名乗っていた人たちは、山ほど存在している。
  創始改名は明白に自由意志であったのである。
  「創始改名が日本による強制であった」と主張する韓国人は、当時便乗して改姓した事が恥ずかしい余り、それを隠す為に、日本に責任を押し付けているのでは無いか?
  今回の韓国大統領発言を聞いて、つくづく韓国のデタラメさには呆れ果てる。
  こんな国と未来永劫付き合っていけるのだろうか?と疑問に感じるのは私だけではあるまい。
  麻生発言を云々するより、自国の歴史を勉強しなおせ!と日本政府が忠告すべきであろう。

  だってさ。

やはり

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/06/06 17:07 投稿番号: [440 / 6952]
ですね。(憐憫)

>愚策

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/06 16:52 投稿番号: [439 / 6952]
で、愚策かどうかだけれども、日本語強制にしろ、創氏改名にしろ、皇民化にしろ、目的ははっきりしていて、「徴兵制」です。

軍隊で日本語が通じなくて命令が誤って伝わったらえらいことだし、朝鮮名は覚えにくいし、天皇への忠誠が不充分だとやっぱりまずい。

朝鮮人を徴兵するためにはどれも不可欠の政策だったんでしょう。

ただ、あの長い35年間の、最後の5年の戦時という異常な時代における出来事だからねえ。

韓国人のなかには、上記の政策があたかも日帝時代を通してずっと行われたかのように誤解している人が多いので、困っちゃう。

論破されてひらきなおるのは

投稿者: kuuboakagi123 投稿日時: 2003/06/06 16:43 投稿番号: [438 / 6952]
やはりだな

>姓と氏の区別

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/06 16:43 投稿番号: [437 / 6952]
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル)
2000年9月07日 午前10時41分
メッセージ: 320 / 439

「創氏」と「改姓」の混同は当時もあったようです。原因は、日本人自身がその違いをよくわかっていなかったから。
創氏改名を発表した1939年11月10日の京城日報は見出しに

「半島人に家の創立と姓変更の自由を付与」

と、あたかも「創氏」が「改姓」であるかのように書きました。そのため、朝鮮の民衆は動揺し(「姓を変える奴」というのは最高度の侮蔑語)、総督府はこの「誤報」を訂正するのに躍起になりました。
次は、政府系の雑誌39年12月号の一節。

問:「氏」制度の創設によって「姓」はなくなるのでしょうか。最近、新聞が「姓の変更」と書き立てていますので。

答:「姓」が消滅するとか、「改姓」になるとかいうのは、とんでもない誤解だ。従来、家に称号がなかったから、今度新たにつけることになっただけで、姓には何の影響もないのです。

けれども、創氏は改姓ではないかとの誤解は根強く、それが当初の創氏届け出率の不調の一因だったのでしょう。
「大部分の朝鮮人は、当初は「姓がなくなる」「姓が変わる」という噂に驚き、やがて当局側の「氏をつけるだけだ。姓も本貫も残る。族譜にも何の影響もない」というすかし文句に半ば納得し、しかし名前の呼び方が変わることに反発したが、最後には「渡航許可を出さない、官吏に採用しない」などのおどしにやむなく屈して、宗門こぞって同じ創氏をすることで妥協したものと思われる」
というのが金英達の分析。
創氏改名は極めて不愉快なことだったが、「自殺」するほどのことではなかったはず、ということでしょう。
ですから、『族譜』は戦後の想像力の産物かも。

ただ、創氏改名と同時に日本の家制度が導入されたのも事実。創氏の届け出を拒否し、「姓」が「氏」に流用された場合(法定創氏)でも、たとえば「金」家に嫁入りした李さんは、「金」という氏を名乗らなくてはならなくなり(戸籍上の「姓」は李のまま)、見かけ上、「改姓」となんらかわりない、という事態はあったでしょう。
朝鮮の家族制度の三大鉄則は、「姓不変」「同姓不婚」「異姓不養(同族以外は養子にしない。これが孤児輸出の多い理由)」ですから、朝鮮人にとっては耐えられないことだったかもしれません。
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