日韓歴史論争

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>苗字(氏)のない国

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/07 00:06 投稿番号: [459 / 6952]
たとえばモンゴルね。

またまた過去レスで恐縮ですが。

田中宇氏のチョンボ
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2000年9月09日 午後 1時21分
メッセージ: 423 / 439

田中克彦『名前と人間』(岩波新書,1996)によれば,

「モンゴル人には本人の名前だけしかなく,姓氏はない。このことをはじめて知る外国人は信じられないという顔をする。私はモンゴルから多くの留学生を迎えたが,かれらが学生として登録し,学生証を発行してもらうときなど,学務課の職員は当惑してしまうのである。いくら氏をたずねても,ないものは出てこないからである」
「かれらは必要なばあいにはそれぞれ,自分の名の上に父親(いないばあいは母親)の名をつけて区別している」
「オリンピックに出場した選手たちは,自分たちの名が決して呼ばれず,その都度,父親,あるいは母親の名が世界じゅうに放送されるので,その当惑は大きなものであろう」

しかし

「外国との交流が深まるにつれて,呼び名もまた「国際規格」の圧力に押され,自主的な「創氏」がすでに始まっている」

となっています。

また,帝政ロシア時代には,ロシア式に「名前・父称・氏」と,氏以外に父称まで創った場合があり,著名な学者ツィベンが,父のジャムサランをロシア的に活用させてジャムツァラノヴィチとし,ついでに全く存在しなかった氏を,やはり父の名を使ってジャムツァラノー」と「創氏」し,「ツィベン・ジャムツァラノヴィチ・ジャムツァラノー」とした例を挙げています。

「日本が朝鮮を支配した時代に,朝鮮人にも日本人と同様の名前のパターン「氏・名」を与えようとして,新しく氏を設け,さらに名前を日本式に改めたことを「創氏改名」と呼びならわしているが,ロシアでは氏のみならず,父称まで創りだしたのである。帝政ロシア時代,名はまだブリヤート・モンゴル名であったが,ソビエト時代には名前そのものが,セルゲイだのカテリーナだののロシア名になった」

田中宇氏の「ソ連が1925年にモンゴルの苗字の使用を禁止し,1991年にモンゴル政府が取り戻した」というのとは正反対ですね。
事実は,モンゴルにもともとなかった苗字をロシア・ソ連が「創氏」し,ソ連崩壊後それを捨てた。しかし,国際化の潮流に合わせて,いままた「創氏」しようとしている,といったところかな。

田中克彦はモンゴル語を専門とし,国家権力と言語政策の関係を主要研究テーマとする社会言語学者ですから,信頼性は高いと思います。梅棹も遊牧社会が主要研究テーマだし,井上靖は中央アジア物がライフワークであり,その時代考証には定評がある。モンゴル人には古来から姓氏がない,というのは間違いないところでしょう。

たぶん,田中宇氏が翻訳した英文記事がいい加減だったみたい。英文記事を翻訳して解説をちょっとつけて一丁あがりというのは,危険ですね。
彼はこれをまとめて本にするつもりらしいから,だれか指摘してあげたほうが親切かも。
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