日韓歴史論争

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>李朝時代の姓名について

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/06 23:23 投稿番号: [454 / 6952]
>李朝時代、朝鮮の国民は両班、中人、常人、奴卑、などに分けられていたそうですが、この中で姓名を持っていたのはどの階層まででしょうか。

  私、別に専門家じゃないので,確かなところはわかりませんが,ものの本によると…。

  朝鮮において,姓というのは,父系血統制と同姓(同本)不婚という儒教の鉄則を守るために非常に重要なものですね。これを破ると人倫に悖る,禽獣の営みということになっちゃいますから,大変。
  ですから,こういう儒教思想が庶民のレベルにまで浸透した朝鮮時代中期以降は,ほとんどの人が姓を持っていた(創った)と思われます。両班,中人,常人はみんな持っていたでしょう。
  問題はその下の賤民。
  賤民には,公私の奴婢以外に七賤と呼ばれる人々がいましたが,儒教思想の枠外にいた人々にとって,姓はあまり重要じゃなかった。結婚をしない僧侶や,宦官,男寺党(男色の芸人)など。
  妓生は,いろいろな階層の出身から容色の優れた娘が集まったので,もともとの姓はあったはずだけど,夜の相手は姓を知るのを嫌った(同姓同本だと性欲が失せちゃう!)ので,名乗らなかったらしい。
  巫堂も儒教の枠外にあったけれども,基本的に世襲制で,姓をもっている人が多かったようです。
  白丁は,差別があって「姓はあっても,それを自称したり,人前で名乗ることもできない。それでも姓のあるのは良い方であって,大部分は姓すらないのが普通で,たとえ姓を持っていても,本貫の地を知らない場合が多かった」(林鍾国『ソウル城下に漢江は流れる』)。

  賤民のうち,もっとも人口が多かった奴婢(宮嶋博史によれば朝鮮時代を通じて総人口の約30%)も,姓はなかったはず。特に私奴婢は,主人(両班)によって,家畜のように繁殖させられ,売買され,生殺与奪の権利を握られていました。その所有権は,「従母法」(奴婢の所有権はその母(=婢)の所有者に属する)にしたがい,儒教の婚姻制とは無縁なので,姓をもつ意味がありませんでした。

  甲午改革で奴婢が解放されると,みな思い思いの姓をつけましたが,何にしようかと考えたとき,やっぱり寄らば大樹ということで,金・李・朴などの,いわゆる名門の姓を選んだ人が多かった。これが,金海金とか全州李みたいな巨大門中がある所以です。

  ただ、賤民みたいなあまり名誉ではない歴史については、韓国では研究しようとする人がほとんどいないので、調べようとしてもよくわからない。

  専門家のかた、間違っていたら、ご指摘を。
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