竹島
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一時的資料
投稿者: tinopure 投稿日時: 2010/03/27 08:50 投稿番号: [18066 / 18519]
これは メッセージ 18046 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 外国人が見た独島
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/27 03:16 投稿番号: [18065 / 18519]
>では、できないのはなぜですか?もう、結論は出ていますよ。
原因などについてはすでに前に記しているはずですが。それと結論は私はまだだと思っていますよ。国際法的に日本が正しいと判断するのであればそれを正面から訴え続けるべきでしょう。
しかし、国際司法裁判所に持っていっても、何の解決にもならないような気がしますよ。しこりを残すだけ。というか、紛争の存在すらも認定しないことでしょう。どうしたらいいとお考えですか?武力行使?
>現実に、日本人の被害は甚大です。そもそも、あなたにとっては竹島の帰属なんてどっちでもいいのでしょうね。パソコンの中だけじゃないんですかね。
日本人の被害については基本的なことは知っているつもりですよ。ただ、感情論に流されても利はない、と思っています。現実として、漁業に影響を及ぼさない限り、竹島の帰属は、どちらでもいいです。理があるほうに認められるべきでしょう。願わくば、禍根を残さぬ形で、話し合えばいい。
もちろん、現在、漁業に影響が出ていることも承知しています。竹島周辺海域の話です。事故に遭っても竹島には乗り入れできません。そういう状態です。このあたりは政府間で話し合ってもらうしかないですね。新漁業協定をちゃんと有効なものにさせるべきでしょう。
基本としては、まず、韓国人がもう少し学ぶことを期待するのみですね。それから竹島問題については、PCの中のみです。いけないことですか?
>綺麗事ならべても、何も解決しないですよ。ここでは、叩いても叩いても湧いてくる虫を根気よく除去しながら、少しでもよいから、正しい知識に触れさせ、自分の知識に疑問を抱かせるように仕向けることしかできないですけどね。
私は竹島問題については国際法において、あるいは歴史的な経緯においても日本側の主張が理があるかと思っているほうですが、かと言って、韓国の人たちを「虫」だとは思っていません。
それから、私も気が向いたときだけですが、竹島問題の資料を読んだり、このスレに顔を出したりしますが、正しい知識というのを、あいにく持っていません。正しい知識とは何でしょうか。歴史にはいつも疑問点や曖昧さ、判断に悩む場面があるものです。
正しい歴史。それは、あなたが嫌うであろう、まさに韓国でよく使われる言葉ですよ。私から言わせれば、そんなものはありません。解釈の多様性があるだけです。ただ、明らかに間違った解釈や恣意的な解釈と言うのはいただけません。
>じゃ、なんで急に独島って言い出したかって、それは、日本人が竹島の漁に欝陵島などの人夫を雇った経緯があったからじゃよ。
独島の名称の発祥についてはよく知りませんが、韓国が独島に触手を伸ばしたのは基本的には漁業的な権益が第一にあり、それと第二に領土的な欲望があったかと想像します。まぁ、帝国主義ですね。
カルト(韓国人の竹島認識は基本的にカルトの領域でしょう。国民の99%以上が竹島領有に疑問をもっていないのですから)に入っている人をそこから抜け出させるにはどうしたらいいと思いますか?
あなたのように「虫」扱いすること?それとも矛盾点を徹底して突いていくこと?いろいろ考え方はあるでしょうが、自分で目を覚ますときを待つ、それまで、メッセージは常に発信し(政府として、あるいは個人として)、学術的な裏づけもこちらでできる準備はしておく、というのが個人的にはいいように思いますよ。
私は私で、ただ、気が向いたときに勉強するだけのことです。
これは メッセージ 18063 (goodalgotsson さん)への返信です.
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世宗実録地理誌より太宗の現地調査
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/27 01:26 投稿番号: [18064 / 18519]
国際法では、名目より実質的なものを優先する。
先占が実効的でなければならないのは、名目的なものを排除するため。
また、間接的推定ではなく疑義のない具体的な証拠が必要。
そのパンフレットの2ページ目で一番の問題は当時の于山島で実質的かつ疑義のないもの、つまり金麟雨の于山島調査がネグられていることだろう。また、国際法上地理的な認識の証拠になる当時の地図において于山島が二重写しの鬱稜島でしかない事実も無視しているわね。
池内も指摘しているように、韓国の主張は「曖昧であること」が最大の根拠になっている。曖昧であればあるほど明確に否定はできない。しかし、それでは自分の主張も証明できない。これでは本末転倒だわね。
宗教と呼ばれないためには、国際法基準で語るべきではないのかね。
これは メッセージ 18036 (ararenotomo1 さん)への返信です.
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Re: 外国人が見た独島
投稿者: goodalgotsson 投稿日時: 2010/03/27 00:51 投稿番号: [18063 / 18519]
>話し合いで解決すべき問題であり、またそれが充分にできる問題でもあると思っています。
では、できないのはなぜですか?もう、結論は出ていますよ。
現実に、日本人の被害は甚大です。そもそも、あなたにとっては
竹島の帰属なんてどっちでもいいのでしょうね。パソコンの中だけ
じゃないんですかね。
綺麗事ならべても、何も解決しないですよ。ここでは、叩いても叩いても
湧いてくる虫を根気よく除去しながら、少しでもよいから、正しい知識に
触れさせ、自分の知識に疑問を抱かせるように仕向けることしかできない
ですけどね。
そもそも、彼らが独島と言い出したのは、1900年間近のあたりでね、
以前は名前すらない。独島に関する資料がまったくないからね。
じゃ、なんで急に独島って言い出したかって、それは、日本人が竹島の
漁に欝陵島などの人夫を雇った経緯があったからじゃよ。
これは メッセージ 18057 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: 韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/27 00:15 投稿番号: [18062 / 18519]
日本のパンフレットも僅かにずれていますね。初版はもっとずれていたのでしょうか。そのあたりよく知りませんが、そうだとすると、外務省は恥を知るべきでしょう。
ただ、現在の地図は、辛うじて許容範囲というところでしょうか。距離を記しているという点で。二つの地図のうち、上の地図はちゃんと直したほうがいいと思いますね。少しだけでも、やはりずれるべきではないと思います。
インタビューは様々です。しかし、基本は2次資料だと思います。
安龍福のインタビューは2次資料です。しかし王朝実録は1次資料です。一方で、大谷家の資料など関連資料は、文章としての記録であって1次資料です。大谷が○○を語った、という資料は発言そのものは2次資料、文書は1次資料だと思います。
特定団体がある人に行なうインタビューは2次資料です。裁判で行なわれる聞き取りや、会議に対して正式な手続きを踏んだ議事録などは「記録」として1次資料です。
慰安婦問題が分かりやすいかもしれません。本人の証言は2次資料としかいいようがありません。しかし、裁判記録として正式に陳述されたものは内容如何を問わず「記録」として1次資料です。
そもそも、1次資料とは何か、2次資料とは何か、と言われても別に私は規定を設けているわけではないので困りますがね。1次資料は基本的な資料であり、2次資料は参考段階の資料、という感じでしょうか。
老人が小学校のときにリャンコ島がよく見えた、というのは、私の感覚では2次資料です。慰安婦の証言と同じような位置づけです。しかし、これらの証言が「記録」としてまとめられたときは、内容はともかく「記録」としての1次資料になるかと思います。そして、資料批判がこれに加えられることになるかと思います。
>インタビューもちゃんとした一時的資料だもん。
一時的資料ではないとは思います。場合によっては、そうなることもあるかとは思いますが。というか、もしかしたら、的を射た表現かもしれませんね。
これは メッセージ 18046 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 23:54 投稿番号: [18061 / 18519]
誰もそんなことを言っていないのですが…。
ともあれ、お体にはお気をつけ下さい。
ちなみに、こういう歴史的な文献を見るときは、一方では現代からの
視野も必要ですが、当時の視角というのも想像力で
補う必要がありますよ。どうやら、そのあたりの認識が欠けた
お話のように見えますが、それ以前に、ご体調が心配です。ご自愛のほどを。
これは メッセージ 18045 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国のパンフレット(1頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 23:51 投稿番号: [18060 / 18519]
h369jpさん、どうされたのですか。どこか具合でも悪いのでしょうか。
どうかご自愛ください。
申し訳ないですが、何を仰りたいかよく分かりませんでした。
これは メッセージ 18042 (h369jp さん)への返信です.
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72km離れた島は付属島ではない。
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/26 21:53 投稿番号: [18059 / 18519]
ICJのSipadan島の判例。
鬱稜島という用語に竹島が含まれていたことの立証も困難。
地理的に鬱稜島の属島といえるのは竹嶼や観音島くらいでしょ。
The Court observes that these three islands are surrounded by many smaller islands that could be said to "belong" to them geographically. The Court, however, considers that this cannot apply to Ligitan and Sipadan, which are situated more than 40 nautical miles away from the three islands in question.
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Re: 外国人が見た独島
投稿者: baka_ja_naino 投稿日時: 2010/03/26 20:17 投稿番号: [18058 / 18519]
韓国人は永遠に覚醒しない。というか覚醒した韓国人は国内で生きられないので国を捨てて海外移住する。だから無駄な期待はしないほうがいい。
これは メッセージ 18057 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: 外国人が見た独島
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 19:48 投稿番号: [18057 / 18519]
個人的には、私はこれは話し合いで解決すべき問題であり、またそれが充分にできる問題でもあると思っています。たとえば、慰安婦問題は、以前ほどに韓国では強行ではありません。学問的にそれを考え直す人たちが出てきたことが大きいでしょう。
時間が経てば、ちゃんとした学問として竹島を論ずる人も韓国で出てこないとは限りません。その時代を待つしかなさそうです。そして、そのときには対話の可能性も出て来ないとも限りません。今は無理でしょうし、領土問題であるだけに相当に難しいですが。
基本的に、共同管理でいいのです。または、管理をしないのがいいのだと思います。「自然のために。」朴裕河さんの言っていることで、このあたりは私は同意しますね。
知識として、どちらの国に本来属するべきものであるか。それは国際法に任せればいい部分であり、正直、国際法では日本に属するとしか考えようがないのではないかという印象がありますが、私としては、個人的には、日韓の相互の理解と交流のために、共同管理がベストの方法だと思っています。あるいは真ん中に線を引いて領土を分割してもいい。そして、共同で和解の象徴の地とする。
ただ、願わくば、自然のままがいいですね。今の不法占拠の状態は、最悪の状態でしょう。あらゆる面で。単に韓国人の自尊心形成や政治的アイテムとして、竹島が利用されているに過ぎません。
これは メッセージ 18055 (niponn201001001 さん)への返信です.
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Re: 世宗実録と東國輿地勝覧は同一編者
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 19:34 投稿番号: [18056 / 18519]
お久しぶりです。地理誌の読み方には議論があるのは百も承知ですが、おそらくは、過去の朝鮮王朝での理解(南九萬がそうでしょうか。紛争にあたって陸地から鬱陵島までの間と説明していますね)でさしあたりよろしいのではないかと考えています。
また、文章としても、それで違和感はありません。逆に于山島と武陵島の二島の間のことを書いていると読んでも違和感はないのですが、文章の書き方を全体的に見ると、陸地から二島の間を指すと考えるのがよさそうに思います。
于山武陵二島、在縣正東海中、(二島相去不遠、風日芿明、則可望見、新羅時、稱于山國、一云鬱陵島、地方百里、恃險不服、智證王十二年、異斯夫爲何瑟羅州軍主謂于山人愚悍、〜以下省略)
点は、韓国パンフレットの3ページ、『世宗実録』地理誌(1432年)をクリックすると出てくる、1454年本に則りました。
そこで気づくことは、地理誌が、タイトルとしては「于山武陵二島」の二島説をとりながら、説明は「一云鬱陵島、地方百里」と一島説に則った形をとっていることです。過去の資料などを総合して参考にしながら文章を作ったのでしょう。
なお「相去不遠」ですが、「相」があるからと言って、必ずしも対象が二つ示されなければならないのではありません。原則的には「○○與○○」とか、「○○及○○」のあとに「相去不遠」が使われる用例が多いようですが、いつもそうなるわけでもありません。以下、一例。
傳曰「近來, 久不拜昌陵、敬陵, 擇日以行。寒食日(三月〔初〕七日〔也〕。)似可, 而初六日乃生員、進士放榜, 初七日則謝恩, 勢不可行也。 十日後則文、武科會試開場, 臺諫必皆入試場, 不可無臺諫, 而有擧動也。 來初三日乃祭祀日, 欲於是日拜陵, 其言于禮曹。 且路無橋梁構結處, 但修治道路, 務令無弊。 且相去不遠, 還宮必不至夜。 植炬亦勿爲之事, 竝下諭于京畿觀察使。」
これは、宮と陵の間が「相去不遠」としたものでしょうが、文章として宮という主体は明示されていません。主体は必ずしも明示されないこともある、あるいは○○與○○でないこともあるということです。
二島相去不遠は、二島が陸地から遠くないとも読めますし、二島がそれぞれに離れていないとも読める、曖昧な形になっているように読めます。まぁ、文章の全体で理解したらよいのではないでしょうか。
竹嶼に比する必要もないと思います。資料をいくつか総合して、ある意味で観念として作られた文章であって、実際の測量に基づくものではなさそうです。于山島と鬱稜島が地図や文献としてある。一島か二島か分からない。そういう理解が反映された資料ではないでしょうか。
これは メッセージ 18047 (husenoyaji さん)への返信です.
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Re: 外国人が見た独島
投稿者: niponn201001001 投稿日時: 2010/03/26 19:16 投稿番号: [18055 / 18519]
>病身倭人たちは東海地図を広げておいて独島が果して韓国と倭国どの国にもっと近いのかよくよく見なさい
私も、距離も関係があると思う。竹島があることは、日韓ともかなり昔から知っていたわけである。それを、無主地先占とか言って1905年の宣言を正当化するのはおかしいと思う。
竹島は、人が住めない島である。だから、排他的経済水域は設定しないというのが正しい。であるならば、どちらの領土であっても大して変わりはしない。
竹島は、共同で管理するというのでもいいし、排他的経済水域を設定しないなら、韓国に譲ってもいいと思う。
これは メッセージ 18052 (youjie1004 さん)への返信です.
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対馬から韓国
投稿者: niponn201001001 投稿日時: 2010/03/26 19:03 投稿番号: [18054 / 18519]
秋から冬にかけて、見晴らしがいい日に見えるということだ。これは、冬の西高東低と光の屈折が関係しているということだ。
だから、これは竹島と欝陵島についても言えることである。欝陵島から竹島が見える写真は、11月に撮ったものである。
対馬から韓国の場合は、距離が50kmであり、朝鮮半島は巨大である。だから、竹島の場合よりずっと条件がいい。
竹島の場合は、距離が離れているから、かなり高いところから見ないと見えない。見えても、ぼんやりしていて小さい。また、対馬に比べると見えた日数は少ないはずである。昔の欝陵島に住んでいた人は、ほとんど注目して見なかったと思う。
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Re: だそうですって。。。
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 18:59 投稿番号: [18053 / 18519]
>しかしながら
新増東国輿地勝覧、世宗実録
いずれも一云武陵一云羽陵二島在縣正東海中・・・に関しては見えないのに見えると「噂」を書いたわけでこれら資料には何の価値もないと言うことですね。
意味不明ですが、あなたにとっては理解するのが難しい歴史書ですので
あなたには何の価値もないと私も思います。
>私的には
この資料に一銭の価値のないことが分かったのが収穫でした。
すごい収穫でしたね。よかったですね(^^)。
>この資料を基に竹島を当時の朝鮮王朝が把握していたと主張できないと言うことになります
体に毒ですので
あまりそのようなことを考えないほうが良いと思います。
なにはともあれもう十分な収穫があったわけですから
どうぞごゆっくりお休みください。
よかったですね、収穫があって。
おめでとうございました。
これは メッセージ 18051 (tinopure さん)への返信です.
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外国人が見た独島
投稿者: youjie1004 投稿日時: 2010/03/26 18:54 投稿番号: [18052 / 18519]
独島が倭国の領土と主張する外国人 ,外国の政府及び公式認証書をまだ一度も見たことがない.
病身倭人たちは東海地図を広げておいて独島が果して韓国と倭国どの国にもっと近いのかよくよく見なさい
この方法は幼稚院生たちもできる独島領有権に対する一番確かな解法だ.
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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Re: だそうですって。。。
投稿者: tinopure 投稿日時: 2010/03/26 18:43 投稿番号: [18051 / 18519]
私も実際に
朝鮮半島→鬱陵島
鬱陵島→竹島
を
見たわけではないですが。
しかしながら
新増東国輿地勝覧、世宗実録
いずれも
一云武陵一云羽陵二島在縣正東海中・・・
に関しては見えないのに見えると「噂」を書いたわけで
これら資料には何の価値もないと言うことですね。
価値のない資料であるので
どうでも良いことになってしまうのかも知れませんが
フォーマットに従えば、文章の解釈としては
半島から鬱陵島が見えたという意味の記述で良いでしょう。
私的には
この資料に一銭の価値のないことが分かったのが収穫でした。
この資料を基に竹島を当時の朝鮮王朝が把握していた
と主張できないと言うことになります。
これは メッセージ 18050 (h369jp さん)への返信です.
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Re: だそうですって。。。
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 18:14 投稿番号: [18050 / 18519]
>見えないそうです。
内陸から鬱陵島は100キロ以上離れています。常識的には樹木も渚も見えません。
ところが「だそうです」氏は
一云武陵一云羽陵二島在縣正東海中三峰岌南峯稍卑風日清明則峯頭樹木及山根沙渚
という記述を根拠に世宗実録地理誌にある二島のうち一島が独島であることを否定しています。
樹木や渚が見えないから・・・・・だそうです。
樹木や渚が見えないということを根拠にするなら
内陸から100キロ以上離れている鬱陵島の樹木や渚も常識的には見えないので否定するはずですが、“だそうです”氏は独島だけを否定されているので
もしかして彼には見えるのかと思って質問してみました。
“だそうです”さん
どうなんですか?
もしかして…
見えるの?
これは メッセージ 18049 (tinopure さん)への返信です.
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Re: だそうですって。。。
投稿者: tinopure 投稿日時: 2010/03/26 17:50 投稿番号: [18049 / 18519]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8E%E5%B1%B1%E5%B3%B6
から引用
「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。」という一文がある。韓国では、この一文を竹島(独島)から見た鬱陵島だと主張しており、日本では朝鮮本土から見た鬱陵島であるとする説もある。しかし、どちらも実際には快晴であっても山頂の樹木や山麓の海岸を歴々見ることはできない。そのため、これは過去の『高麗史』や『世宗実録』を参考に、鬱陵島の西にあるとされる鬱陵島から見た于山島の噂をそのまま加筆記載したものと考えられている。
引用以上
見えないそうです。
これは メッセージ 18048 (h369jp さん)への返信です.
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だそうですって。。。
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 16:09 投稿番号: [18048 / 18519]
>また輿地勝覧では風日清明であれば樹木や渚が歴々可見であると書かれています。この記述を重視するなら、独島であるはずがありません。
風日清明であれば内陸から鬱陵島や竹嶼の樹木や渚は歴々可見なんですか?
これは メッセージ 18047 (husenoyaji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18048.html
世宗実録と東國輿地勝覧は同一編者
投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2010/03/26 15:09 投稿番号: [18047 / 18519]
だそうです。
みなさんお久しぶりです。
相当以前にここに書き込んでいた時期にAhoさんから教えていただいたような記憶があります。
同一編者ということは、実録のほうも、同じ起点で書かれていると推測できます。
また輿地勝覧では風日清明であれば樹木や渚が歴々可見であると書かれています。
この記述を重視するなら、独島であるはずがありません。双眼鏡で見てもそんなものは見えませんから。
実録を単独で読めばフォーマットにしたがって半島からです。
編者が一緒なので輿地勝覧と同一意味とするなら、やはりチクドなど、
近傍の小島です。
なにより、古地図ではそこに于山島が書いてあるんだからしょうがないですね。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18047.html
Re: 韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 09:33 投稿番号: [18046 / 18519]
>この姿勢が「恥ずかしい」と申し上げている次第です。
日本外務省の掲載している地図を見てください。立派な地図でしょ。エッヘン!
みなさんが理解しやすいように改訂版を使用しました。初版を使わなかったのはみなさんのことを考えてのことで決して意図的なものではありませんよ。
ぜんぜん恥ずかしい行為ではありません。
だって恥ずかしくないもん。
ちゃんと地図の下に小さく(地図を見る人の邪魔にならないように)製作年を入れてるもん。
恥ずかしくないもん。
ふつー
だし〜!
インタビューもちゃんとした一時的資料だもん。
それ
ふつー
だもん。
これは メッセージ 18039 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18046.html
Re: 韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 09:28 投稿番号: [18045 / 18519]
于山武陵二島在縣正東海中二島相去不遠風日芿明則可望見
>陸地を主体として考えれば、普通に本土から鬱陵島の眺めを書いたものとなります。
于山、武陵の二島の距離はそれほど遠くなく
風清らかな日には内陸の海岸より見ることが出来ます。
つまり昔の朝鮮国の人たちは内陸から鬱陵島はもちろん独島も見えたのです。
だって世宗実録地理誌の書き方がそうなんだもん。見えるって書いてあるから見えたんですよ。
大日本国民だって竹やりで米国戦闘機を撃墜したんだもんね、エッヘン!
内陸から独島が見えるってことにするくらい
軽い、軽い!
はい、内陸から鬱陵島はもちろん
そのはるか向こうの独島も穏やかな晴天の日なら見えるってことで
よろしく!
これは メッセージ 18039 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18045.html
で
投稿者: lxrmltyds 投稿日時: 2010/03/26 09:24 投稿番号: [18044 / 18519]
で
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18044.html
Re: 韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 09:20 投稿番号: [18043 / 18519]
>老人のインタビューを引用されていましたが、インタビューは基本的に2次的資料であると私は理解しています。
インタビューでも
大谷・村川家のインタビューは別ですよ。彼らへのインタビューは一次的資料として大日本外務省も採用してますからね!
エッヘン!
日本に都合の悪いインタビューなんてのは
そりゃ二次的資料ですよ(^_^)。
話になりませんな。
これは メッセージ 18039 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: 韓国のパンフレット(1頁め)
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/26 09:17 投稿番号: [18042 / 18519]
>これは、鬱陵島と竹島の位置が明確にずれたものであり、私は政府機関が
出すパンフレットとしては不誠実であると考えます。
しかも陸地と海の区別が付いていない。国際的に見てもこのような陸地と海の区別をつけない“地図”はありえない。これが政府機関の出す“地図”だとは!
朝鮮半島の海岸線もすごく滑らかに表示されています。こんな海岸線であろうはずかない!
しかも
どうみても陸地が大きく描かれている!
私もスケールで図ってみましたが確実に何ミリかは大きく描かれている。
人工衛星が飛び交い、手元のパソコンでも世界中の明確な地図が閲覧できる今日において
このような不正確な“地図”を政府機関のパンフレットに掲載するとは!
なにより日本が描かれていない!
これは明らかに韓国政府の意図的なものと言わざるを得ません!
日本が、大日本列島が描かれていないのですよ!
そんな“地図”を地図として認めるわけにはいきません。
えっ?
なに?
これは地図ではなく“イラスト”つまりイメージだと?
おやおや、またまた言い訳ですか?
これはだれがどうみても地図ですよ。
ぜったいに地図なんだもん。
じゃないと困るもん。
地図だもん。
これは メッセージ 18038 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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韓国のパンフレット(4頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 01:49 投稿番号: [18041 / 18519]
この頁は批判にちょっと時間がかかるかもしれませんし、議論もでてくるかもしれません。ともあれ、提示していることは二つ。
1.安龍福が拉致されることによる交渉で日本が鬱陵島を放棄。したがって竹島も放棄した。
2.太政官の「外一島」判断。
さしあたり、1はあとにして、2から行きましょう。せっかくお話をいただいた部分なので。2は私は2006年には、14780あたり、あるいは14831で、すでに個人的な結論を出しています。
**************************
1867年
勝海舟「大日本国沿海略図」(アルゴノート・ダジュレーが竹島・松島)
1875年
陸軍参謀局「朝鮮全図」(鬱陵島が二つに分かれて竹島・松島)
1877年
文部省「日本全図」(鬱陵島が二つに分かれて竹島・松島)
1877年
太政官判断。
1878年
外務省、鬱陵島=松島。(竹島言及なし)
1880年
同上
1881年
内務省地理局「大日本府県分轄図」(アルゴノート・ダジュレーが竹島・松島)
1881年
内務省が外務省に鬱陵島照会。外一島資料添付。反応なし。
1882年
鬱陵島への日本人渡航について朝鮮政府から抗議。
1883年
鬱陵島渡航禁止
1883年
太政大臣三条実美、同上令において「北緯37度30分、東経130度49分に位置する日本称する松島、一名竹島、朝鮮称する鬱陵島」と記録。
**************************
この流れの中で太政官の判断をとらえています。つまり、竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーという地理認識であり、幕府として放棄したのは鬱陵島に過ぎない、ということです。
島根県が資料を提出した。これに対し太政官が「外一島」を判図外とした。だから、リアンクール岩を放棄した、という論理は私はあまり正しいとは思いません。
竹島・松島を放棄した。これは私も認めています。しかし、太政官が考えた竹島・松島は、島根県が提出した資料にのみ拘束されるのではなく、政府の複数の資料によって検討、放棄されたのであり、その視角は島根県の提示している地図そのものを指すのではなく、当時の政府(内務省・太政官)の認識した竹島・松島と考えるのが妥当であると考える次第です。
>内務省と太政官はこれらの文書から「竹島外一島本邦関係無之」と判断しました。従って、竹島外一島は竹島=欝陵島と松島=現竹島であることは明らかです。
内務省と太政官が島根県提出の地図だけによって、外一島を規定したという根拠を教えていただけないでしょうか。
私は島根県の資料は島根県の報告・参考資料に過ぎず、判断は、別途、内務省と太政官側で島根県の報告に拘束されることなく下されたと考えます。根拠は、上記の年表に記したような、一貫した流れです。
内務省を含め、すべての政府機関で竹島・松島をアルゴノート・ダジュレーと判断していたと考えていたと見て、過言ではないものと思われます。
例えて言えば、あるとき、沖縄県が台湾という島の帰属について政府に問い合わせたとします。沖縄県は台湾のことを非常に詳しく説明しています。しかし、政府はさらに詳しい資料をもって精査・判断を下し、台湾は沖縄県に属さない、という返答をします。
この場合、政府は沖縄県の資料だけで判断を下すわけではありませんし、沖縄県のつける資料も参考資料にとどまります。これと全く同じ話です。
というわけで、一切の当時の資料を無視して、島根県提出の文書だけに拘束されなければならない理由を教えていただければ幸いです。半月城さんも同じ考えだったのですが、結局教えていただけませんでした。というか、理解さえしていただけませんでした。ご教授いただければ幸いです。
これは メッセージ 18036 (ararenotomo1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18041.html
韓国のパンフレット(3頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 01:18 投稿番号: [18040 / 18519]
正直、何を書いてあるのか、理解に苦しみます。
コメントのしようがない頁だと思います。
これは メッセージ 18036 (ararenotomo1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18040.html
韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 01:16 投稿番号: [18039 / 18519]
2ページ目
于山武陵二島在縣正東海中二島相去不遠風日芿明則可望見
ですが、私は話者の主体をどこに置くかであると思っています。とすれば、この一文だけを取り出して解釈することは無意味です。
世宗実録地理誌の書き方が検討されるべきでしょう。この地理誌の該当部分の土台になった『慶尚道地理誌』の主体は陸地(本土)にあります。つまり、陸地からどれだけ離れているか、が原則です。
陸地を主体として考えれば、普通に本土から鬱陵島の眺めを書いたものとなります。木の一本を見るのではなく、林で、あるいは森の広さから文章を解釈すべきかという考えです。
こうした解釈は私だけでなく『東国輿地勝覧』もそうであり、南九萬もそうであり、対馬藩の阿比留氏らもそうでした。
次は写真について。
竹島が鬱陵島から見えるか見えないか、というのは、物理的に言えば、見えます。ただし、1年に数日というのが現実ではないでしょうか。老人のインタビューを引用されていましたが、インタビューは基本的に2次的資料であると私は理解しています。信じないとはいいませんが、過大に表現される傾向が否定はできません。
というか、私はそんなことはどうでもよろしいと思っています。問題にしたいのは、鬱陵島から撮った写真を載せるのはいいのですが、400mmのズームでしかもフォトショップで加工した写真を、何の説明もなしにそのままに載せている姿勢です。
これは肉眼でこのように見える、という一種の印象操作といわれても仕方がないものです。この姿勢が「恥ずかしい」と申し上げている次第です。
これは メッセージ 18036 (ararenotomo1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18039.html
韓国のパンフレット(1頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 00:53 投稿番号: [18038 / 18519]
ご意見を有難う御座います。話がだいぶ広がってしまうようです。
ページごとに検討しませんか。
なお、ページは、PDFのページではなく、原文下部に出ているページを
私は使用しています。
まず、ページが出ていませんが、1ページ目。
これは、鬱陵島と竹島の位置が明確にずれたものであり、私は政府機関が
出すパンフレットとしては不誠実であると考えます。
そして意図的な操作であると、ほぼ、確信しています。
この点、どうお考えでしょうか。
これは メッセージ 18036 (ararenotomo1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18038.html
Re: 松島西望楼完成 & 登記簿と竹島
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 00:03 投稿番号: [18037 / 18519]
>待風坎は何と発音しますでしょうか?
テプンガム(tae-pung-gam)
>赤色道路に挟まれた2文字は何と発音し漢字はどう書きますか?
ヒョンポ(hyeon-po) 玄圃
>その真上の港は(同上)
ヒョンポハン(hyeon-po-hang) 玄圃港
>老人峯は何と発音しますでしょうか?
ノインボン(no-in-bong)
>605.6mの山は何と発音し漢字はどう書きますか?
ソンゴッサン(song-got-san)ソンゴッに漢字はないと思います。錐山、と言ったところでしょうか。
>チュクドの対岸のハングル3文字は(同上)
ワダルリ(wa-dal-ri) 漢字は分かりません。
これは メッセージ 18033 (senkaku_islands さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18037.html
Re: 韓国のパンフレット
投稿者: ararenotomo1 投稿日時: 2010/03/25 23:32 投稿番号: [18036 / 18519]
ahirutousagi2様
http://www.mofat.go.kr/mofat/popup/2008_dokdo/lang/jpn.pdfこの韓国のパンフレットはなかなか良くできていると思います。
ahirutousagi2様は2(3?)ページ目の世宗実録地理誌を「これ、普通に読めば、本土から鬱陵島までの眺めを描いたものでしょう(議論は様々ですがね)。」と述べられました。
しかし、『世宗実録』地理志の「于山武陵二島在縣正東海中二島相去不遠風日芿明則可望見」は普通に読めば、于山(獨島)と武陵(鬱陵島)の二島は(蔚珍)縣正東の海中に在り、「二つの島は互いにそれほど離れておらず、天気のいい日には眺めることができる」と読めます。従ってどうして、「本土から鬱陵島までの眺めを描いたもの」と読めるのか、私にはどうもよく理解できません。
竹島が見える写真は条件の良い日にはこのように見えるのでしょう。本掲示板No.17894で示した「三角形が二つ見えた」との証言に一致します。
「3(4)ページ目は于山島の名前さえ出てこれば何でもいいって感じですね。」には同感です。『東国文献備考』(1770年) や『萬機要覧』(1808年) は、一民間人の行動を公的文書でオーソライズしたものですね。次ページの明治政府の対応とは全く対照的です。
5ページ目に韓国は太政官指令を出してきましたね。「明治時代に、最高行政機関であった太政官は島根県の地籍編纂に関する内務省からの稟議をもとに、竹島外一島、即ち鬱陵島と獨島が日本とは関係がないことを心得るよう指令(1877年)を発した。」
この太政官指令に関しては、日本の外務省は議論を避け、「Web竹島問題研究所」の下條正男氏が専ら反論に努めています。
下條正男氏は、Web竹島問題研究所の「実事求是第22回」で竹島外一島について、「明治14年(1881年)8月、外務省の命を奉じて調査した北澤正誠が「外一島」にあたる松島を欝陵島と断定し、それが明治政府の見解となった」とし、「1877年、太政官指令で「竹島外一島本邦関係これなし」とされた松島は、1881年には欝陵島であったことが確認され、今日の竹島は太政官指令とは「関係これなし」だったのである。」と述べました。
しかし、これは全く事実に反します。島根県が内務省に提出した「原由の大畧」は、最初に「磯竹島一ニ竹島ト稱ス隠岐國ノ乾位一百二拾里許ニ在リ周囲凡十里許・・」と竹島の概要と産物を詳述し、「次ニ一島アリ松島ト呼フ周回三十町許竹島ト同一線路ニ在リ隠岐ヲ距ル八拾里許樹竹稀ナリ亦魚(島根県保存文書では鳥)獸ヲ産ス」と松島を記述しています。内務省と太政官はこれらの文書から「竹島外一島本邦関係無之」と判断しました。従って、竹島外一島は竹島=欝陵島と松島=現竹島であることは明らかです(Nos.17531, 17638, 17667)。これについては下記のブログでも議論しました。
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2009/11/4the-22nd-column-seeking-truth-based.htm
l 幕末から明治初期には、日本海西部沿岸地方の人々は、「竹島松島」を日本領或いは無主の地と信じ渡航していました(Nos.15679, 15815)。1873年ウイン万国博に出陳した『Carte de l'empire du Japon』は、Matsou I.とTake I.を日本領として描いているように見えます(No.15816)。この地図の説明書である官撰地誌『日本地誌提要』は松島・竹島を隠岐国条に配しました(No.15715)。民間では、大屋緂(がい)こう(合の右に攵)『本朝國盡』(1874)(No.17450)や河井庫太郎『日本地學辭書』(1881)は、松島・竹島を日本領と考えていたようです。後者に至っては、両島を隠岐國穩地郡に所属させました(No.17552)。
しかし、平和を希求する明治政府は、民間からの「開拓願」を「竹島外一島本邦関係無之」として尽く却下しました。
これは メッセージ 17990 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18036.html
結局、韓国ってブーメランなんだよな
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/25 23:16 投稿番号: [18035 / 18519]
安を根拠にしようとしたら、罪人として裁いて公式に公的性格を否定した過去があった。
鬱稜島の竹島を含めようにも、鬱稜島とは別個に竹島を挿入させようとした過去があった。根拠にしているSCAPINも鬱稜島と竹島は別個の扱い。
自爆が好きなんだろう。
これは メッセージ 18034 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18035.html
Re: 済州島、巨文島及び欝陵島
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/25 23:11 投稿番号: [18034 / 18519]
そうです。東グリーンランドの判例において「グリーンランド」という地理的用語に「東グリーンランド」が含まれるかというのが争点になっています。
鬱稜島という用語の中に竹島が含まれるかということですが、SCAPIN等の種々の資料で鬱稜島とは別個に竹島を記述していること。韓国自体が鬱稜島の表記とは別に竹島を挿入させようとしたことでアウトでしょうね。
これは メッセージ 18025 (baka_ja_naino さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18034.html
松島西望楼完成 & 登記簿と竹島
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2010/03/25 22:34 投稿番号: [18033 / 18519]
これは メッセージ 18002 (senkaku_islands さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18033.html
Re: 済州島、巨文島及び欝陵島
投稿者: muduxx3525 投稿日時: 2010/03/25 22:19 投稿番号: [18032 / 18519]
ご丁寧にありがとうございます。
昨日まで、韓国には島は済州島と巨文島と欝陵島の三つしかないと思っていました。地図を見てみると、たくさんあるようです。
これは メッセージ 18030 (chaamiey さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18032.html
済州島、巨文島及び欝陵島
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2010/03/25 20:45 投稿番号: [18030 / 18519]
日本から朝鮮を分離する上では「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮」という表現で必要かつ十分であるから、そのように書かれたのです。
済州島の南にある二つの島は、その大きさと済州島との距離の近さから、条約に表現しなくとも所属に疑問が生じる余地はありません。鬱陵島も同じで、鬱陵島の東側には人も住める大きさの竹島(チュクト)という島があり、それは条約に書いてないですが、その大きさと鬱陵島との距離の近さから、日韓どちらのものかという問題は生じません。
「巨文島の南には10島ある」という御指摘については、ネットの地図よりも書籍として発行されている地図の方が正確なようだとお答えしておきます。ヤフーの地図では、どうも居金島(コグムド)の位置に「巨文島」と表示してあるようですね。
で、繰り返しますが、竹島は日本が放棄すべき「済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮」には含まれていません。
これは メッセージ 18024 (muduxx3525 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18030.html
独島と言う名前
投稿者: dai6bundanin 投稿日時: 2010/03/25 16:36 投稿番号: [18029 / 18519]
には疑問を感じます。
竹島(独島)の形状が判っていたなら、独島とは付けなかったと思います。
付けるとしたら双島とか両島でしょうから。
竹島(独島)のことを良く知らなかったと言う証拠だと思います。
尤も、この論理でいけば、竹も無いのに竹島と言う名前もおかしいですね。これは旧竹島(鬱陵島)の名前をそのまま付けると言う愚かなことを日本がしたのがいけないのですが…。
もし、私が名前を付ける担当だとしたら、当時、リャンコ島とも呼ばれていたので龍虎島(西を龍、東を虎)と付けたんだけど…。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18029.html
Re: 済州島、巨文島及び欝陵島
投稿者: dai6bundanin 投稿日時: 2010/03/25 15:26 投稿番号: [18028 / 18519]
>巨文島自体が、半島の属島である。たった数kmしか離れてない。属島は記されてないというのは、おかしい。
と言うことは、竹島(独島)は(欝陵島の)属島では無いと言うことですね。
本島から数km位なら属島と言って良いが、約120kmも離れていたら確実に単独の島ですね。私もそう思います。
これはこじつけですが、韓国自体も独島(単独の島)と言ってますよ(笑)。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18028.html
Re: 済州島、巨文島及び欝陵島
投稿者: muduxx3525 投稿日時: 2010/03/25 08:29 投稿番号: [18027 / 18519]
>要するにこの議論は竹島(独島)は欝陵島の「附属島嶼」であるかという論点に収束する。
巨文島自体が、半島の属島である。たった数kmしか離れてない。属島は記されてないというのは、おかしい。
これは メッセージ 18025 (baka_ja_naino さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18027.html
Re: 済州島、巨文島及び欝陵島
投稿者: muduxx3525 投稿日時: 2010/03/25 04:30 投稿番号: [18026 / 18519]
>それはいわゆる「附属島嶼」というもので要するにこの議論は竹島(独島)は欝陵島の「附属島嶼」であるかという論点に収束する。
「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権」となっている。この文章を見ると、三島は例示しているようにも読める。
なぜ、わかりやすく書かなかったのだろうか。竹島は、取り合いになっていただけに。
これは メッセージ 18025 (baka_ja_naino さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18026.html
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