韓国のパンフレット(2頁め)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/26 01:16 投稿番号: [18039 / 18519]
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于山武陵二島在縣正東海中二島相去不遠風日芿明則可望見
ですが、私は話者の主体をどこに置くかであると思っています。とすれば、この一文だけを取り出して解釈することは無意味です。
世宗実録地理誌の書き方が検討されるべきでしょう。この地理誌の該当部分の土台になった『慶尚道地理誌』の主体は陸地(本土)にあります。つまり、陸地からどれだけ離れているか、が原則です。
陸地を主体として考えれば、普通に本土から鬱陵島の眺めを書いたものとなります。木の一本を見るのではなく、林で、あるいは森の広さから文章を解釈すべきかという考えです。
こうした解釈は私だけでなく『東国輿地勝覧』もそうであり、南九萬もそうであり、対馬藩の阿比留氏らもそうでした。
次は写真について。
竹島が鬱陵島から見えるか見えないか、というのは、物理的に言えば、見えます。ただし、1年に数日というのが現実ではないでしょうか。老人のインタビューを引用されていましたが、インタビューは基本的に2次的資料であると私は理解しています。信じないとはいいませんが、過大に表現される傾向が否定はできません。
というか、私はそんなことはどうでもよろしいと思っています。問題にしたいのは、鬱陵島から撮った写真を載せるのはいいのですが、400mmのズームでしかもフォトショップで加工した写真を、何の説明もなしにそのままに載せている姿勢です。
これは肉眼でこのように見える、という一種の印象操作といわれても仕方がないものです。この姿勢が「恥ずかしい」と申し上げている次第です。
これは メッセージ 18036 (ararenotomo1 さん)への返信です.
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