竹島

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Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/12 13:14 投稿番号: [17800 / 18519]
>日本から排除すべき島を明記し、明記されない島の完全なる日本の主権を認めるというのがSF条約の構成。

君がそう思っているだけであることは、年表を見てみれば明らかである。草案で、ずっと明記されていたのである。途中から竹島の名前が消えている。竹島がトラブルになることはわかっているのだから日本領と判断するなら明記する。

Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/12 09:12 投稿番号: [17799 / 18519]
>それで、現在の竹島の法的地位は無主地なのかい?

米国は、地図の上では韓国領としている。しかし、この問題については、米国は中立であることを表明している。

>日本の同意が必要だけど

それは、日本領の場合だ。意味のない主張だ。それが通るぐらいなら、紛争にはならない。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/12 09:04 投稿番号: [17798 / 18519]
>日本の同意がないのに竹島が他国に継承されるのか?

  草案では、朝鮮領や日本領になっていたが、途中で消えたということは、もともとどちらの領土であったかが、わからなかったということだ。「日本の同意がないのに」ということは、日本領であることが前提とされているが、それは日本が言っているだけである。それこそが、問題になっていて、誰もわからないのだから。君の言っている論理はおかしいよ。

Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/12 08:50 投稿番号: [17797 / 18519]
>日本から排除すべき島を明記し、明記されない島の完全なる日本の主権を認めるというのがSF条約の構成。

君がそう思っているだけであることは、年表を見てみれば明らかである。草案で、ずっと明記されていたのである。

君もいい加減に、やめたら。ただ、強引に日本領にしようとしているだけじゃない。そういう無駄な労力は、もっと別のことに使ったほうがいい。短い人生なのだから。

Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/12 08:16 投稿番号: [17796 / 18519]
米英協議
Mr. Allison said that the American View was that our defining of the Japanese boundaries would have a bad psychological effect on the Japanese and emphasize the contraction of their country. The Americans would prefer a wording which emphasized the full sovereignty of Japan such territory as we should leave her and, exclude by name from her sovereignty and only such territory and islands as might be necessary to avoid confusion.

↓emphasized the full sovereigntyの条項
第一条(b)   連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。

↓we should leave her and, exclude by name from her sovereignty and only such territory and islands as might be necessary to avoid confusionの条項
第二条(a)   日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

日本から排除すべき島を明記し、明記されない島の完全なる日本の主権を認めるというのがSF条約の構成。

Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/12 07:54 投稿番号: [17795 / 18519]
>この条約で決定しなかったが、後は両国の交渉で決めてくれ、ということだ。

それで、現在の竹島の法的地位は無主地なのかい?日本の領域主権の継承(割譲)には、日本の同意が必要だけど。いつ、日本は竹島の権原を放棄して無主地になったんだい?

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/12 07:50 投稿番号: [17794 / 18519]
南京条約では、香港のイギリスへの割譲しか書かれていないが、それ以外の中国の島の主権は不明だったということか?下関条約も同様に台湾等の割譲しか書かれていないがそれ以外の島の主権は不明ということか?

日本の同意がないのに竹島が他国に継承されるのか?ww1以降、戦勝国が占領し自国領だと勝手に宣言してもそれは不法なものなんだけど。征服の権原が有効だとでも?

PRINCIPLES OF PUBLIC INTERNATIONAL LAW by Ian Brownlie
Much turns on the extent to which recognition and acquiescence may counteract any elements of illegality which may infect such procedures in some cases. Disposition of the kind normally are recognized by multilateral peace treaty or otherwise

Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/12 07:11 投稿番号: [17793 / 18519]
>ポツダム宣言において日本の放棄領土を決定できるのは連合国だけで、
韓国にいかなる権利も与えられてていない。

サンフランシスコ講和条約までは、そうだろう。この条約で決定しなかったが、後は両国の交渉で決めてくれ、ということだ。
米国は、日韓両国が、どさくさにまぎれて、領土を獲得することを危惧したであろう。だから、ラスク書簡のような内容になったのであろう。しかし、それが即日本領になるわけではない。米国も裁判官の役割はしない、という認識だっただろうから。講和条約の中に竹島が明記されなかったり、現在の米国政府が中立であることを表明していることは、そのことを示唆している。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/12 06:28 投稿番号: [17792 / 18519]
>古い草案にどのような法的拘束力が?

私がどこでそんなことを言った。
その年表を見てみると、草案の中に竹島が記載されていたのに、途中から消えといる。講和条約では、竹島については判断していない、ということだ。

Re: 竹島はあきらめるべき

投稿者: maddux766 投稿日時: 2010/03/12 06:20 投稿番号: [17791 / 18519]
>参政大臣は独島を韓国領と考えていなかったのです。

いくらそういうようなことを言っても駄目なの。
  相手がそれでは納得しない。
  軍事占領されて、第一次日韓協約から日韓併合条約まで、強引に結ばされた。単なる言い訳でしかない。
  戦後になってから、竹島が自国領だと言い出したのは、それまで言えなかったということを意味している。相手を納得させないと、交渉は意味がない。
  1905年の宣言は、するべきではなかった、と思う。対等な関係のとき、するべきだったのである。

Re: 結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/11 23:14 投稿番号: [17790 / 18519]
韓国にそのような権限はない。
ポツダム宣言において日本の放棄領土を決定できるのは連合国だけで、
韓国にいかなる権利も与えられてていない。
韓国が納得しようがしよまいが、竹島の法的地位とは無関係。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/11 23:11 投稿番号: [17789 / 18519]
東グリーンランドの判例でキール条約の解釈にあたり1次草案よりも2次草案が優先され、1次草案の記述は無視された。

んで、古い草案にどのような法的拘束力が?

Re: 竹島はあきらめるべき

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/03/11 21:30 投稿番号: [17788 / 18519]
  SF条約の解釈を述べた時のトーンと、全然違いますね。

  1906年に隠岐島司が鬱陵島郡守を訪ね、「竹島を島根県に編入した」と通告します。
  この時、島司の通告に対し、郡守は「独島は韓国領だ」と反発しませんでした。どうしてでしょうか。勅令41号が郡守を置いた趣旨に則れば、直ちに反発しなければならないでしょう。直ちに反発しなかった理由は、郡守が独島を韓国領と考えていなかったこと以外にその理由がありません。

  島司が通告してから、その情報が半島に届くのに一ヶ月を要しています。他国の侵略を受けたにしては、その情報の速度が遅すぎはしませんか。郡守が独島を韓国領と考えていなかったこと以外にその理由がありません。

  郡守の報告を受けた参政大臣は、「独島領地之説は全て無根に属す」の命令を発しました。しかし、「予メ日本政府ト協議スヘシ」を為した事実が認められません。「独島領地之説」が日本による島根県編入を意味するのであれば、それは「重要ナル外交案件」ですから、第一次日韓協約3条により「予メ日本政府ト協議スヘシ」なのです。この事から「独島領地之説」が「重要ナル外交案件」でないと分ります。参政大臣は独島を韓国領と考えていなかったのです。

アヒル氏6 & 日米同盟 12日(金)夜10時

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2010/03/11 21:24 投稿番号: [17787 / 18519]
保守主義者の中でも私は親米保守に属するのですが、今週末のNHKスペシャルは必ず見ます。そこで本日の尖閣掲示板エンディングテーマが決まりました。この大行進をNHK職員は見るべきです。


さて、掲題の件ですが、ahirutousagiさんにお願いですが、
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka69/ulleungdo/14.jpg
上記で
紫色と緑色道路の間にある4文字は何と発音し、漢字は何ですか?
その直ぐ下の4文字は(同上)
斜め左下の3文字(同上)
獅子岩は何と発音しますか?
獅子岩の右真横にある2文字は何と発音し、漢字は何ですか?
その直ぐ右の4文字は(同上)
更にその直ぐ右の4文字は(同上)
通口味川は何と発音しますか?
その右側、赤色道路の近くの5文字は何と発音し、漢字は何ですか?
茶色3文字は(同上)
まんじの3文字は(同上)
赤色道路に挟まれた2文字は(同上)
まんじの真東にある2文字は(同上)
海に浮かぶ島の4文字は(同上)

※ahirutousagiさん、5の翻訳ありがとう御座います。


next, coming up
■文章起しリスト
『尖閣油田の開発と真相』
『尖閣列島の油田開発について』
『台湾総督府報告』
■鬱陵島詳細図(竹島史料の文章起しとタイアップ)
http://www.tanaka-kunitaka.net/ulleungdo/map/
■不明文字●解析タイアップ資料
http://www.tanaka-kunitaka.net/ulleungdo/
※chaamieyさん、大変恐縮ですが、鬱陵島サイトにリンクしてある●の解析もお願いします。私一人だけですと、首が回りません(苦笑)。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1920-03-01.html
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1920-06-02.html
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1920-06-10.html
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1920-06-29.html
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1920-12-27.html
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1921-02-04.html
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/wreck-1919/1921-02-23.html



今日の尖閣掲示板エンディングテーマ
「日本の、これから   いま考えよう日米同盟」12日(金)夜10時
http://www.nhk.or.jp/korekara/
「日米同盟堅持で自由と平和を守ろう」平和行進
http://www.youtube.com/watch?v=PuIRJjUrA3g
http://www.youtube.com/watch?v=yCkX5ZZVPjg&feature=related

竹島はあきらめるべき

投稿者: maddux766 投稿日時: 2010/03/11 20:10 投稿番号: [17786 / 18519]
  1905年の宣言を根拠に挙げる者がいるが。
第一次日韓協約から日韓併合までの植民地化する過程での宣言だ。
韓国の言い分もわかる。
竹島はあきらめて、友好関係、経済関係を築いていったほうがいい。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/11 18:45 投稿番号: [17785 / 18519]
>すぐれたサイトかどうかはわからないが、信頼できるサイトである。中立的な立場で書かれている。
はじめから日本領と決めてかかっているあなたよりは、はるかに信頼できる。

中立的な立場というのが何のことか意味不明ですが、私がちらちらと見たところでは、つっこみどころ満載のサイトだと思いましたよ。私が見たところでは、信頼できる、というほどでもありません。

この人は大西氏の本に感銘を受けたようですが、大西氏の本は間違いが散見された記憶があります。大西氏の本を参考にこの掲示板で書き込んで、失敗したこともあります。明白な間違いだったので。まぁ、そのあたりは、ご自由にご判断されればいいでしょう。私は別に評価するほどのサイトとは思いません。

それから、これまた何を勘違いしているのか分かりませんが、私は竹島をはじめから日本領だと決めてかかったことなど一度もありませんよ。常に、結論は保留しているつもりです。むしろ、現実として共同管理が望ましいとも思っています。新漁業協商で、それは韓国側さえ心を開けば、いくらでも可能なのです。

ただ、一つ言えることはあります。調べても調べても、韓国領という明白な根拠が、出てこないということです。ないのです。それでも私は日本領だとは断言したことは一度もありません。この掲示板の古い方々に聞かれるといいでしょう。

私は客観的に資料がどうであるか、それにしか関心がないのです。新漁業協商さえちゃんと機能すればあとはどうでもいいのです。韓国は「不法占拠」をやめるべき、という立場は持っていますが。

これ、不法占拠ですから。国際法的にも歴史的にも、竹島が韓国領である正当な理由は一つとしてありません。不法占拠をやめましょう。日韓で話し合いましょう、と言っているのです。日本領である根拠はあるのか。これは講和条約をどう読むかにかかっていることでしょう。1905年までは無主地だったというのが私の今のところの個人的な見解です。あとは1945年までは日本領、それからあとはGHQの管理、そして韓国の不法占拠へといたると見ています。

現在、日本領であるかどうか。それは結論を出してはいません。確かなのは韓国の占拠には何の道理もないということだけです。

ところで、日本語にやや違和感があるのですが、海外の方ですか?いえ、それはどうでもよろしいことですが。文章がどうも気になりまして。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/11 18:41 投稿番号: [17784 / 18519]
>ラスク書簡ぐらいは目を通しておいていいと思いますよ。

With respect to request of the Korean Government that Article 2(a) of the draft be revised to provide that Japan "confirms that it renounced on August 9, 1945, all right, title and claim to Korea and the islands which were part of Korea prior to its annexation by Japan, including the islands Quelpart, Port Hamilton, Dagelet, Dokdo and Parangdo," the United States Government regrets that it is unable to concur in this proposed amendment. The United States Government does not feel that the Treaty should adopt the theory that Japan's acceptance of the Potsdam Declaration on August 9, 1945 constituted a formal or final renunciation of sovereignty by Japan over the areas dealt with in the Declaration. As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office of Shimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea. It is understood that the Korean Government's request that "Parangdo" be included among the islands named in the treaty as having been renounced by Japan has been withdrawn.

>韓国の竹島を日本が放棄する領土に含めることを断ることが、即日本領土として認める、とするのはかなり無理があると思う。だったら、日本領土であることを明記すればいい訳だから。そうでないということは、結局は米国政府は、竹島については棚上げした、ということだろう。

棚上げに関しては自由に判断してよいかと。ラスク書簡については当時の米国の考えを知る一つの重要資料として考えればそれでよいのではないでしょうか。また、私は「即日本領土として認める」などとは申し上げていません。ラスク書簡の内容をご理解ないようだったので、ご説明申し上げたのみです。ご自身で、勝手に私の考えを「作り上げる」ことはやめていただけませんか。

領土に関しては基本としては講和によって確定を見たと考えています。

>何度も同じことを言わないといけないのは、残念ですが。日本が放棄する領土の中に、竹島が入っている。韓国の領土と当時は考えていた、ということを示している。

行政権が及ばない範囲を示したSCAPIN677=「放棄する領土」とならないことぐらいは分かりませんか。さらにわざわざ「6   この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない」を引用した意味も、理解不能でしょうか。

>この年表は、そういうことを言っているわけではないことは明らか。その時点では、朝鮮領であると考えていた、ということです。

どこをどう解釈してもSCAPIN677からは、「その時点では、朝鮮領であると考えていた」という結論は出てきません。何か勘違いしていらっしゃるのではないですか。総体的な理解としてこの時期に米国がそう考えていた可能性があったと仮定してもSCAPIN677からそういう結論は導かれうる余地はありません。

>韓国政府と話し合っていくしかないだろう。

私は国際司法裁判所への付託は反対です。韓国政府との話し合いを希望するものですが(これはもう7〜8年ほど前からこの掲示板に書き込んでいます)、韓国政府の不法占拠と、学術的な検討以前の韓国人の感情的な対応を乗り越えないと、何ともならないだろう、とは思っています。

♪ 決まってる 竹島なんぞ 日の丸よ! 

投稿者: hujisannrokuni 投稿日時: 2010/03/11 17:20 投稿番号: [17783 / 18519]
竹島を巡って   チョンどもが   火病で怒り狂っている。ハハハハ!

もっと煽って   昇天させようぜ!!


ハハハハ!

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: takeshima_makoto_japan 投稿日時: 2010/03/11 13:15 投稿番号: [17782 / 18519]
isamu832423さんにひとつ確認しておきたいのですが、「ウィーン条約法条約」というのをご存知でしょうか?

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/11 07:08 投稿番号: [17781 / 18519]
>なお、ご提示のサイトは、お世辞にも、あまりすぐれたサイトであるとは思えません。

すぐれたサイトかどうかはわからないが、信頼できるサイトである。中立的な立場で書かれている。
はじめから日本領と決めてかかっているあなたよりは、はるかに信頼できる。

結局、サンフランシスコ講和条約では

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/11 06:35 投稿番号: [17780 / 18519]
  竹島の帰属先は、決まらなかったということだ。
  ラスク書簡を言う人がいるが、あれはあくまでも韓国政府への書簡だ。あれで、日本領だというのは無理だ。韓国は納得しないだろう。


  韓国政府と話し合っていくしかないだろう。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/11 06:05 投稿番号: [17779 / 18519]
>朝鮮領とされているなんてことは全くありませんよ。

何度も同じことを言わないといけないのは、残念ですが。
日本が放棄する領土の中に、竹島が入っている。韓国の領土と当時は考えていた、ということを示している。

>SCAPIN677をもって「朝鮮領」という根拠は、一切、かけらほどもないのです。

この年表は、そういうことを言っているわけではないことは明らか。その時点では、朝鮮領であると考えていた、ということです。

Re: 竹島問題に詳しい訳ではないが

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/11 05:47 投稿番号: [17778 / 18519]
>ラスク書簡を読んでないみたいですね。

直接は読んでないが、要旨は読んだ。だから、「詳しい訳ではないが」と言っている。

>言下に断ったのです。

韓国の竹島を日本が放棄する領土に含めることを断ることが、即日本領土として認める、とするのはかなり無理があると思う。だったら、日本領土であることを明記すればいい訳だから。そうでないということは、結局は米国政府は、竹島については棚上げした、ということだろう。自分(米国)の仕事ではありません、ということだ。だれだって、そうするであろう。私が米国の役人だったとしたら、やはりそうするだろう。

半月城様

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/11 00:59 投稿番号: [17777 / 18519]
面倒なので詳しいことは書きませんが、
竹島=独島とSCAPIN 677の解釈(1)
竹島=独島とSCAPIN 677の解釈(2)
は、そろそろ、期限切れではないですか。外務省のHPをご覧下さい。

ヤルタ協定への言及がないのもなんだかなぁ、という気がしないでもありません。

Re: ahiru氏5 & 池上線

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 23:39 投稿番号: [17776 / 18519]
>川にある三文字は何と発音し、漢字は何ですか?

サテガム(sa-tae-gam)漢字は不明です。

>南陽3里の左斜め下のハングルは何と発音し、漢字は何ですか?

ウットングミ(uttong-gu-mi)漢字は不明です。ウッは「上」の意味かと想像しますがあとは何とも。

>沙洞3里の川の上流にある三文字は何と発音し、漢字は何ですか?

ドゥリボン(duri-bong)ドゥリ峰(前の漢字は不明)

>赤色道路に挟まれている2文字は(同上)

オクチョン(ok-cheon)漢字は不明です。想像では玉川ではないかと思いますが、確実ではありません。

>赤色道路の右側の2文字は(同上)

サドン(sa-dong)沙洞

>防波堤の3文字は(同上)

サドンハン(sa-dong-hang)沙洞港

>マクドゥンの右下の赤色道路右にあるハングル4文字の発音・漢字は何ですか?

ソダンマウル(seo-dang-ma-eul)書堂村

>青色文字で「南陽川」と書かれてある所にあるハングル3文字(同上)

ソンムンドン(seok-mun-dong)漢字は不明です。石門洞あたりかもしれません。想像の域をでません。

Re: 竹島問題に詳しい訳ではないが

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 22:34 投稿番号: [17775 / 18519]
ラスク書簡を読んでないみたいですね。これ、韓国大使の修正要求に対する返答なんですが。「米国はラスク書簡では、日本領ではないか、というようなことを述べているが」という内容でもなければ、「韓国に、こういう考え方もある、ということを伝えて、相手の要求を断った」ということでもありません。

言下に断ったのです。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 22:24 投稿番号: [17774 / 18519]
まぜこぜにした、乱暴な年表に過ぎないばかりか、SCAPIN677、1033を根拠に竹島を朝鮮領にしてみたり、李ラインをマッカーサーラインの引継ぎとしてその正当性を認めたり、細かい所では意味不明の年表でしょう。

個人的には、米国の草案はばらしたほうがよかったと思いますね。つまり講和条約関連はまとめて別の一覧にして、一方で、現実として指令された文書や事件を別途一覧にしていたほうがよかったと思いますね。

全然、分かりやすくも何ともありません。混乱しかないページであると思います。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 22:19 投稿番号: [17773 / 18519]
朝鮮領とされているなんてことは全くありませんよ。

>6   この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。

は基本中の基本でしょう。677は日本の行政権の行使を定めただけで、上記の6を見る限り、領土問題とは関係がないのみならず、そもそも朝鮮という国がない時代でした。米軍政庁の時代です。

SCAPIN677をもって「朝鮮領」という根拠は、一切、かけらほどもないのです。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/10 22:12 投稿番号: [17772 / 18519]
>次に米国の平和条約草案を並べていらっしゃいますが、これは別途考えたほうがいい性質のものでしょう。なぜなら、これは連合国の正式の承認でもなければ講和や条約でもありません。

正式なものではないことは、わかりきったことである。米国などがどのように考えてきたか、その変遷がよくわかるのである。並べると。年表である。
この表を見ると、いろんな疑問がわいてくる。よくできた表である。

2009年の竹島の日

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 22:07 投稿番号: [17771 / 18519]
半月城さんのサイトにこんなのがありました。

http://www.kr-jp.net/sympo/sympo090527/park-res090527.pdf

この中に、以下の文章があります。
*********************************************
2009年2月22日、島根県で「竹島の日」の行事が開かれた。今回が4回目となるが、2009年も政府関係者の出席や祝電などが送られる行為などはなかった。
記念行事では「日本の領土を守るために行動するための連盟」会長である山谷えり子参議院議員が「領土問題と国政の現状」という主題で講演した。山谷は2008年、自身が訪問した対馬に関して「自衛隊基地のある隣国の土地を韓国資本が買いあさっているため、これについての法律の整備が緊要である」と述べ、「国家としてまず守らなければならないのは領土、領海である。竹島の日を政府が定めて、来年2009年まで新しく一歩前進しよう」と訴えている。

行事に出席した国会議員は島根県を自身の地盤とする国民新党の亀井久興幹事長と亀井亜紀子参議院議員のみであり、活気の感じられない集会であった。
山谷のあとに講演した島根県「Web竹島問題研究所」の下條正男所長は、国会議員らが退場するのを確認して「国家も国会議員も助けてはくれない」と批判し、「行事を行なっても韓国は動かない。来年2010年からは皆さんのもどかしい気持ちを国会議員たちに率直に見せる行事とするのがよい」と訴えた。彼らの焦りを感じることができた。(p.50)

世宗大   独島総合研究所開所式および国際学術セミナー(2009/5/27)
半月城氏のレジュメ
*********************************************

冒頭に出ているのですが、半月城さんともあろう方が、韓国で講演をするときに通訳をつけないといけないというのは意外でしたが、それはともかく、こういう部分が目に入りましたので引用してみました。

実際はどうだったのでしょうか。県の条例である上に、話し合いを前提として領土問題を解決しようとする政府としては積極的には動かないのはある程度、節度ある部分かとも思いますが(日本領であることを主張するなら、学術的な部分など、別のところで政府としては力を入れればいいわけで)、半月城さんには、どうやら「活気もなく」「焦り」の感じられるものだったようです。

私は参加していないので知りませんが、ちょっとブログなどを見てみました。

ttp://kuro-neko.iza.ne.jp/blog/entry/926500

こんなのがありました。外務省からは人が来ませんでしたし、活気がなかったのはそうなのかもしれませんが、ともあれ言えることは、半月城さんの韓国での報告とどうも合わないということ。このブログが正しいとすれば、竹下亘(財務副大臣)氏の祝電、細田博之氏(自民党幹事長)や青木幹雄氏の代理の出席などがあったわけで、「政府関係者の出席や祝電などが送られる行為などはなかった」というのは当てはまらなくなってしまいます。青木さんはこのときは役職はなかったかもしれませんが。

半月城さんのいつものレトリックがここでも発揮されているようです。正確に書くように努めて欲しいものです。あと、竹島の日に盛り上がる、というのもどうかと思いますね。韓国ではありませんので。独島の日を作れば大騒ぎして日の丸を焼いたりするのかもしれませんが、日本では粛々と抗議と学術的な積み重ねを行なっていき、式典は、厳粛でそれでいいのだと思いますよ。半月城さんは、もしかしたら盛り上がりがあるのが偉いと思っているのかもしれませんが。

あと、竹島の日には、個人的には、外務省と文部科学省から職員は参加してよいと思いますね。許容範囲でしょう。それと、竹島問題研究会の報告書はよくできていますので、これをしっかりとした単行本に、系列立ててまとめあげること、その簡易版をパンフレットとして配布、あるいはネットに掲載することが望ましいですね。

私は竹島は日本領でも韓国領でも、客観的な事実として正しければどちらでもいいのですが、知れば知るほどに、韓国領の根拠は、砂の城のように崩れ去って行くばかりですね。何かいい韓国領の根拠はないでしょうか。刺激がなくて何かないものかなぁ、と思う次第です。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/10 21:56 投稿番号: [17770 / 18519]
>SCAPIN677では竹島が「朝鮮領」と規定されたことは全くありません。


SCAPIN677では、下のように述べられている。平和条約草案の中で、竹島が朝鮮領とされていることも併せて考えると、朝鮮領とされているのと同じじゃないです。

日本の範囲から除かれる地域として
  (a)欝陵島、竹島、済州島。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 21:48 投稿番号: [17769 / 18519]
次に、ご紹介のサイトについて。ご紹介のページだけについてみてみましょう。ほかのページまで論じるときりがありませんので。

>平和条約が締結され、まだ、発効していない、1952年1月18日、韓国政府は李ラインを設定し、事実上、竹島を韓国の領土とした。このときは、平和条約が発効していないため、日本政府は竹島に対する施政権を停止された状態だったので、韓国の処置に対して、なんらの対抗処置をとることはできなかった。竹島を占領していた米国は、韓国の処置に対して、なんらの対抗処置を取っておらず、韓国が竹島を領有することを、事実上認めた。

日本は厳重なる抗議を韓国に行なっており、同時に、米国も韓国に厳重に抗議を行なっています。「対抗措置」は、何をすれば「対抗措置」になるのでしょうか。重要なことは抗議を正規に行なっていることであり、李承晩も結局は海洋主権宣言という名前を消して、平和線に変えたことです。海洋主権を李承晩は国際法違反と認め、取り下げたのです。そして国内法によって、その後、日本の船を拿捕していきます。

米国が韓国の竹島領有を事実上も何も、認めたことは一切ありません。明らかに客観性を欠くものです。

>カイロ宣言…

「朝鮮の独立を宣言」などしていません。独立を保障すべくその決意を表明したものでしょう。独立宣言ではありません。「The aforesaid three great powers, mindful of the enslavement of the people of Korea, are determined that in due course Korea shall become free and independent.」

>SCAPIN677

677の意味を分かっていない。どこから朝鮮領という発想が出てくるのか謎。

>SCAPIN1033

1033の意味を分かっていない。どこから朝鮮領という発想が出てくるのか謎。

>マッカーサーラインを引き継ぐ形で、李ラインを設定。

引き継ぎというのは正式に文書でなされるなり、事務的やり取りがあるものです。しかし李ラインは一切ありません。1951年7月の韓国政府の公文では米国にマッカーサーラインの存続を要求していますが、ダレスによって言下に拒否されています。

条約や講和によるものではなく、完全に一方的かつ不法な「海洋主権宣言」を行い、日本および米国(ほかの国もあったかと記憶していますが)から抗議を受けています。結局、海洋主権宣言は「主権」を撤回し、平和線という名で、形を変えていくこととなります。

ちなみに、マッカーサーラインと李ラインは一致しません。李ラインには何の妥当性もないと言うべきでしょう。引き継ぎではありません。自称「引き継ぎ」なのです。しかも、マ・ラインを超えて、いい漁場をしっかり確保した上でのラインでした。

李ラインは、当時の国際法から見ても、いかなる道理から見ても、不法そのものではないでしょうか。

なお、米国の平和条約草案が内部検討用の試案に過ぎないことはさきに書いたとおりですので繰り返しません。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 21:36 投稿番号: [17768 / 18519]
まず、isamu832423さんへの批判。1946年1月29日   SCAPIN677では竹島が「朝鮮領」と規定されたことは全くありません。

また、1946年6月22日SWNCC文書はあくまで方針提示でしょう。カイロ宣言あたりからの流れを継続して引き継いでいるのかと想像しますが、原文が見当たりませんね。国会図書館にマイクロフィルムがあるようですが。

次に米国の平和条約草案を並べていらっしゃいますが、これは別途考えたほうがいい性質のものでしょう。なぜなら、これは連合国の正式の承認でもなければ講和や条約でもありません。

この草案はあくまで、内部検討用の試案という性質を有しています。米国国務省の考えと講和へといたる考えの道筋を知る手がかりにはなりますが、それ以上でもそれ以下でもないものと思われます。英国草案も何も変わりません。

ですから、繰り返しますが「どの時点においても、竹島が「朝鮮領」と連合国およびに海外から認定されたことは一度もない」という考えは変わりません。(ここで言う「認定」は言うまでもなく、試案ではなく、どこまでも正式な「認定」です。)

私はisamu832423さんに「まとめにもなっていないし、単なるウソの羅列に過ぎない」と申し上げました。なぜまとめになっていないか。まとめにしてはあまりに乱暴にすぎるからです。また「ウソの羅列」という表現はSCAPINを念頭に置いたのですが、若干穏当さを欠いたところもありそうです。これは、お詫びしましょう。言葉が過ぎたようです。

なお、ご提示のサイトは、お世辞にも、あまりすぐれたサイトであるとは思えません。正直、これに感心なさるというのが不思議です。

Re: 竹島問題に詳しい訳ではないが

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/10 21:12 投稿番号: [17767 / 18519]
  米国(連合国側)は、日本が帝国主義になる前の領土に戻そうと、思ったのであろう。
  米国は、事情がよくわからないから、最初の頃は朝鮮領としていたのであろう。しかし、シーボルトの意見で日本領とした。しかし、事情を深く理解していたわけではないだろう。
  米国は、竹島が紛争地域になりそうだと気がつき始めたと思う。米国はラスク書簡では、日本領ではないか、というようなことを述べているが、これは日本領と定めるということではないだろう。韓国に、こういう考え方もある、ということを伝えて、相手の要求を断ったということだろう。
  米国の役割は、もともとの状態に戻すということなので、紛争地域であった可能性があるので、明記しなかった、ということだろう。自分たちの仕事ではありません、ということだ。

Re: 竹島問題に詳しい訳ではないが

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/03/10 20:24 投稿番号: [17766 / 18519]
  竹島問題に詳しいかどうかは、関係ありません。ご紹介のWebの情報をどの様に理解するか、という問題です。

  「一万円札1枚・五千円札1枚・千円札1枚・五百円玉1個・百円玉1個・五十円玉1個・十円玉1個・五円玉1個をあげる。」と約束したのだから一円玉1個も寄越せと要求しますか。
  確かに、日本の通貨には、これらに加えて一円玉が存在します。
  だからと言って、「一円玉もあげる」という約束があったとか、「一円玉もあげるかどうかは裁判所で決めて貰う約束だった」とか言えるのでしょうか。

  又、日本は鬱陵島を放棄しない様に決める権限を1%位は持っていたのです。残り99%の権限は連合国が持っています。鬱陵島を日韓どちらに属させるかは、日本と連合国で100%決められるのです。それなのに、どうして、竹島を日韓どちらに属させるかを、裁判所に委ねなければならないのでしょうか。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/10 20:23 投稿番号: [17765 / 18519]
>1950-08における米案の「記載なし」が、竹島を日本領とするものであることは

日本領にしようとするなら、竹島を明記しただろう。明記した草案を作ったこともあったわけだから。
サンフランシスコ講和条約で決定するわけだから、他のところで何を言っていても駄目だろう。
日本と韓国が話し合うべきだろう。決まらないときは、国際司法裁判所だ。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/03/10 19:43 投稿番号: [17764 / 18519]
  1949-11   シーボルト駐日米政治顧問代表は、「竹島に対する日本の領土主張は古く正当であると思われる」と再考を勧告した。
  1949-12   米国案に、「竹島は日本領土」と記される。
  1950-08   米国案に、島名の列挙が無くなり、単に「朝鮮」になり、「竹島」の文言が消える。
  1950-09   オーストラリアの質問に対し、米国は、竹島の日本保持を明言。
  1951-03   米国案は、「日本は、朝鮮、台湾及び○○諸島に対する全ての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定した。
  1951-04   英国案は、日本領を緯経度と地図により定義し、竹島はその外に置かれていた。
  1951-05   ワシントンで米英の協議が行われ、英国案を採用しないことに決める。
  1951-06   米英案に、「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と記される。
  1951-08   ラスク書簡

  [ No.17760 ]紹介のWeb作者は、「竹島については、条約の中に明示されておらず、日・韓いずれのものであるのか、不明である。」と述べています。しかし、敗戦国の領土を曖昧にする必要性はなく、将来への紛争の種を宿す事になるのですから、通常は敗戦国の領土を明瞭にするものと考えます。
  仮に、SF条約で日本の領土が明瞭になっているとするならば、Web作者のいう「記載なし」とは、日本が放棄する領土として「記載なし」と理解しなければなりません。

  次いで、1950-08における米案の「記載なし」が、竹島を日本領とするものであることは、1950-09における米国見解で示されているとおりです。すると、その後に示される「記載なし」が竹島を日本領外に置くとされた事実がないのですから、竹島を日本領とする米国の意思は変更されていないのです。

  更に、日本は、調印後の国会で「竹島が日本領として締結される」と報告しており、米英豪等はこれに異議を唱えていません。平和条約の締結国として、日本と米英豪等は対等です。批准後の日本の意思・解釈が、米英豪等の明示的意思表示が無い状態で修正しなければならない理由はありません。

竹島問題に詳しい訳ではないが

投稿者: isamu832423 投稿日時: 2010/03/10 18:12 投稿番号: [17763 / 18519]
  サンフランシスコ講和条約で、竹島を明記しなかったのは、米国は判断を避けたのであろう。裁判官の役割を拒否したといってもいい。国際司法裁判所で争ってくれ、ということだろう。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2010/03/10 01:50 投稿番号: [17762 / 18519]
http://en.wikisource.org/wiki/Draft_Treaty_of_Peace_With_Japan

よく、「シーボルドの勧告以降、日本の領土を規程する方式から、日本が放棄する範囲を規程する方式に変わった」という解説がよくあるけど、最初は両方式の併用だったことがわかる。そして初期のrenounceの範囲には竹島が含まれていると共に日本の範囲には含まれていない。竹島を放棄する場合、明示する必要があるという認識だったことがわかる。

Re: サンフランシスコ講和条約までの過程

投稿者: antikoreanbrainwashpropaganda 投稿日時: 2010/03/10 00:29 投稿番号: [17761 / 18519]
cccpcameraは在日朝鮮人のサイトだったかと。
結構バイアス入ってますよ。
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