Re: サンフランシスコ講和条約までの過程
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/03/10 21:36 投稿番号: [17768 / 18519]
まず、isamu832423さんへの批判。1946年1月29日
SCAPIN677では竹島が「朝鮮領」と規定されたことは全くありません。
また、1946年6月22日SWNCC文書はあくまで方針提示でしょう。カイロ宣言あたりからの流れを継続して引き継いでいるのかと想像しますが、原文が見当たりませんね。国会図書館にマイクロフィルムがあるようですが。
次に米国の平和条約草案を並べていらっしゃいますが、これは別途考えたほうがいい性質のものでしょう。なぜなら、これは連合国の正式の承認でもなければ講和や条約でもありません。
この草案はあくまで、内部検討用の試案という性質を有しています。米国国務省の考えと講和へといたる考えの道筋を知る手がかりにはなりますが、それ以上でもそれ以下でもないものと思われます。英国草案も何も変わりません。
ですから、繰り返しますが「どの時点においても、竹島が「朝鮮領」と連合国およびに海外から認定されたことは一度もない」という考えは変わりません。(ここで言う「認定」は言うまでもなく、試案ではなく、どこまでも正式な「認定」です。)
私はisamu832423さんに「まとめにもなっていないし、単なるウソの羅列に過ぎない」と申し上げました。なぜまとめになっていないか。まとめにしてはあまりに乱暴にすぎるからです。また「ウソの羅列」という表現はSCAPINを念頭に置いたのですが、若干穏当さを欠いたところもありそうです。これは、お詫びしましょう。言葉が過ぎたようです。
なお、ご提示のサイトは、お世辞にも、あまりすぐれたサイトであるとは思えません。正直、これに感心なさるというのが不思議です。
これは メッセージ 17760 (isamu832423 さん)への返信です.
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