竹島

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Re: 竹島問題研究会が韓国側論拠の誤り指摘

投稿者: shakani_seppo 投稿日時: 2006/11/28 16:54 投稿番号: [15205 / 18519]
関連映像
11月25日(土)山陰中央テレビ
TSKスーパーニューススペシャル
鬱陵島で見た!〜竹島・溝は埋まったか〜
http://www.youtube.com/watch?v=F1QmyrNVSa0
http://www.youtube.com/watch?v=vQ6d1mvf0Sg
http://www.youtube.com/watch?v=5NnNiM8dJ2U
http://www.youtube.com/watch?v=7fGaFGCb01Y

竹島問題研究会が韓国側論拠の誤り指摘

投稿者: deatherto 投稿日時: 2006/11/28 15:54 投稿番号: [15204 / 18519]
竹島問題研究会が韓国側論拠の誤り指摘



  島根県が設けた竹島問題研究会の第十一回会合が二十七日、松江市内で開かれ、十一月上旬に竹島(韓国名・独島)の北西九十二キロに位置する韓国・鬱陵島周辺の地形を視察した下條正男座長=拓殖大教授=らが、調査結果を報告。領有権を主張する韓国側の論拠の誤りを指摘した。

  訪韓した委員四人は、十八世紀中期に朝鮮で作成された「鬱陵島図」に着目。鬱陵島の東側に描かれた「所謂(いわゆる)于山島」が、韓国側の主張する独島かどうか、遊覧船で鬱陵島周辺を巡って確認した。

  その結果、島や岩礁、川の位置がほぼ正確に記載してあることが判明。位置的に于山島は独島ではなく、鬱陵島の東側二キロにある南北七百メートルの細長い島の竹嶼(ちくしょ)であると確認できた、とした。

  地図を専門とする舩杉力修委員=島根大助教授=は「地図の正確性から見て、于山島が独島であるはずがない」とし、鬱陵島図に基づいての韓国側の領有権の主張を否定した。

  また、一八八二年に朝鮮王朝が作成させた「鬱陵島外図」の正確性も確認。現在の位置に独島は描かれておらず、下條氏は「当時、韓国側が独島を認識していなかったことが明らかになった」と報告した。

  研究会は二十八日も開き、本年度末に県へ提出する最終報告書の取りまとめ方法を検討する。

('06/11/28 無断転載禁止)
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=334845006

うううむ。

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/11/28 10:15 投稿番号: [15203 / 18519]
于山は倭の松島なり   と公文書に書いたところで、

鬱陵島の近くの于山島を倭では松島と呼ぶと言う意味と、
倭の松島という鬱陵島近傍の小島でない島は于山島のことだ

という二とおりの意味になります。
で、ほとんどの記述は前者の解釈で一貫してます。
だからこそ、地図も于山島を鬱陵島の近傍に書いたのです。

それ以外に論理的解釈は成立しません。
だから、公文書にいくら書いてあっても領土であった証明にならないと思います。
むしろ逆かと。

Re: こういうことですか ?

投稿者: take_8591 投稿日時: 2006/11/28 07:09 投稿番号: [15202 / 18519]
>曖昧かつ不正確な古い記録では何とでも解釈できちゃうからね。

  そうですね。
  例えば、東国文献備考(1770年)に次のとおりです。
   ①興地志に云う
   ②蔚陵、于山皆干山国の地
   ③于山は即ち倭の所謂松島なり

  韓国領有派は、③が「興地志」(1656年)に掲載されていたと主張しています。

  しかし、林羅山が「本朝地理志略」(1643年)で「隠岐の海上に竹島有り」と朝鮮に伝えています(no10197)から、「于山は即ち倭の所謂松島なり」よりも重要な情報である「蔚陵は即ち倭の所謂竹島なり」も「興地志」(1656年)に掲載されていたと推定するのは合理性があります。この比較的重要性は竹島一件が一段落した1770年でも同じです。なぜなら、朝鮮は「竹島は朝鮮領である」との言質を日本から得ていないからです。
  とするならば、東国文献備考(1770年)に「蔚陵は即ち倭の所謂竹島なり」を転記しなかった理由の解明が必要です。この理由が判明するまでは、「于山は即ち倭の所謂松島なり」は「興地志」ではなく安龍福がもたらした情報であるとの仮説を否定することはできません。

  では、安龍福の于山島認識はどの様なものなのでしょうか。
  日本に残る供述調書には「竹島と松島の間は五十里」(2005/05/17付山陰中央新報)とあり、朝鮮に残る供述調書には「独島まで1日の行程」(no12631)とあるそうです。
  出所が分らなくなったのですが、隠州視聴合紀の1里は約2Km(海里?)だそうです。この前提で計算すると50里は100kmとなり、日本に残る供述調書では正確な位置認識を示しています。この正確な位置認識が朝鮮に帰ると「1日の行程」と曖昧なものに変わっています。これは不思議です。

  供述調書は、供述者の証言を記録したものではなく、供述者の証言から得た録取者の印象(伝聞)を記録したものです。この前提を置くと、「蔚陵、于山皆朝鮮国の領地」という安龍福の意味不明の発言を根気よく聞き取とった日本の官吏が「于山は即ち倭の所謂松島なり」との印象を持ったのではないでしょうか。この官吏の印象は、供述調書の共同作成者である安龍福にも伝わったものと推定できます。

  私の仮説は
  最初に日本の官吏が「于山は即ち倭の所謂松島なり」と考え、これが安龍福に伝わり朝鮮に帰ってからの供述となり、東国文献備考に掲載されるに及んだ。
  日朝2つの供述調書からは、于山島なるものが本当に存在すれば、それは松島であるとの日本の認識が認められ、日本の力を借りなければその所在確認ができない朝鮮の認識が認められる。
  というものです。

『水路雑誌』の文章起こし 2

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/11/27 21:38 投稿番号: [15201 / 18519]
資生堂はアネッサという化粧品を販売しておりますが、そのキャッチフレーズは太陽系最強です。
http://www.shiseido.co.jp/anessa/
http://www.youtube.com/watch?v=sdc9mgNSrus
CMでは「パワフルディフェンスで、あらゆる紫外線をカット」というナレーションがありますが、これは我が党にも使えますね。

安倍首相は"自民党系最強"。パワフルディフェンスで、民主党と朝日新聞をカットします。

これからフラッシュを勉強して、自民党の広報CMを自分のHPで作る所存で御座います。

さて、掲題の件ですが、下記に文章起こしをします。

我輩の此に到るや土人の小舎を構へ漁舟を造るを見たり。他の浜岸は小舟と雖も近つく可らさるか如し。東方に一小嶼あり。且奇石怪巖島を環らして星羅せり。我艦航走中此島頂の高度を測りて二千三百九十一尺を得たり。

六月廿九日、我艦隊の該島に赴くや、洋中に於て吉田中尉は正午本艦所在を実測し、北緯三十七度四十八分を得、又午前七時五十分に太陽高度を測りて本艦所在の東経一百三十度三十二分を得たるに據り、正午経度を推算せり。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/hydrograph1883/
(後日転載予定)

※「雖」は音読みで「スイ」、訓読みで「いえど・も」
※「據」は音読みで「キョ」、「コ」で、訓読みは「よ」る

next, coming up
1.国立国会図書館所蔵『水路雑誌』の文章起こし(進行中)
2.最新朝鮮全図を掲載予定
3.国立公文書館所蔵『文鳳堂雑纂』の文章起こし
4.中井養三郎から大韓帝国への編入願いを掲載予定
5.大韓帝国から石島に関する中井氏への回答貸与を掲載予定

あほやね

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/27 19:36 投稿番号: [15200 / 18519]
  苦し紛れに、関係ない方に走ろうとする気持ちは理解してやれるが。

>朝鮮の于山=CHUKDO=倭の松島

  縮尺の怪しげな国絵図の類を、測量を基本とした地図に重ね合わせて何を喜んでいるのか。
  そして、そのことによって、倭の所謂松島は朝鮮の領土であると記した公文書の存在そのものを否定することはできません。残念ながら。

  さて一方で、19世紀後半から20世紀初にかけての韓国の衰亡期に、怪しげな地図が出回ったのは事実だが、それによってもやはり、倭の所謂松島は朝鮮の領土であると記した公文書の存在そのものを否定することはできません。
  ただし、その隙に乗じて日本が獨島を侵略したのだとは云えるかも知れませんが。合法的に侵略したとしてもね。

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法(8)

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/27 19:27 投稿番号: [15199 / 18519]
>倭の所謂松島は朝鮮の領土とする公文書の存在については、
>両国には争いがない。

朝鮮の于山=CHUKDO=倭の松島
ttp://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=68152
ttp://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/thistory/temp/20061127116462314236546400.gif

自国領との思いこみでは、主張は支持されない。

毎度お馴染みヘンポコ論法(8)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/27 18:42 投稿番号: [15198 / 18519]
I wrote:
>最初から領土ならば、新たに権原を取得する必要はない。

ヘンポコ論法その8
>最初から領土だったという思いこみでは、主張は支持されない。

  倭の所謂松島は朝鮮の領土とする公文書の存在については、両国には争いがない。
  よって、被告のヘンポコ論法その8は支持されない。
  また、ヘンポコ論法その1で被告は『韓国が「一度として竹島の権原を取得したことはなく、現在侵略中」』と、あたかも韓国が竹島の権限を新たに取得したと主張しているが如く述べているが、その様な証拠はなく、被告個人の妄想に過ぎないことが明白である。

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法(7)

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/27 17:11 投稿番号: [15197 / 18519]
>最初から領土ならば、新たに権原を取得する必要はない。
最初から領土だったという思いこみでは、主張は支持されない。

毎度お馴染みヘンポコ論法(7)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/27 15:17 投稿番号: [15196 / 18519]
>故に、朝鮮は一度も権原を取得した事実はない。

  こいつ、日本語がわからんのか(笑)

  最初から領土ならば、新たに権原を取得する必要はない。
  ゆえに、権原を取得した事実は何ら必要ない。

  終了

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法(6)

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/27 13:53 投稿番号: [15195 / 18519]
曖昧記録の作為抽出によるurinara解釈による「歴史的権原」たる妄想は、
権原たりえない。
故に、朝鮮は一度も権原を取得した事実はない。

>何故なら、最初から領土だったのだから
自国領との思いこみだけでは、主張は支持されない(クリッパートン)

毎度お馴染みヘンポコ論法(6)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/27 11:26 投稿番号: [15194 / 18519]
>「歴史的権原とやらは権原として成立してない」ってことかな。
曖昧かつ不正確な古い記録では何とでも解釈できちゃうからね。
確実なる権原を立証できない場合に、その曖昧さに付け込んだ
「歴史的権原」なるものをを主張するんだ。
Eritrea Yemen Arbitrationのように。

  元々の争点を歪曲しないように。

  ヘンポコ論法その1
>韓国が「一度として竹島の権原を取得したことはなく、現在侵略中」

  I wrote:
>   朝鮮王朝時代の公文書に日本が松島と呼ぶ島は朝鮮の領土だと明記してあるのだが、なるほど権原を取得したことはない。何故なら、最初から領土だったのだから、日本のように新たに奪った領土ではない以上、権原を取得していなくて当然なのだよ(笑)

  朝鮮王朝にとっては元々領土なのだから、新たに権原を取得する必要はない。
  一方の日本は、元々領土ではないのだから、新たに権原を取得する必要がある。
  両者の立場は全く違うのだよ(笑)

Re: こういうことですか ?

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/27 04:30 投稿番号: [15193 / 18519]
「歴史的権原とやらは権原として成立してない」ってことかな。
曖昧かつ不正確な古い記録では何とでも解釈できちゃうからね。
確実なる権原を立証できない場合に、その曖昧さに付け込んだ
「歴史的権原」なるものをを主張するんだ。
Eritrea Yemen Arbitrationのように。

『水路雑誌』の文章起こし

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/11/27 00:06 投稿番号: [15192 / 18519]
対馬に来る韓国人観光客は、98年は450人しかいなかったのに、現在は年間4万人だそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=t6oPJDW3ECs

さて、掲題の件ですが、下記に文章起こしをします。

此島は洋中の一孤島にして、我隠岐国隠岐島より北東二分一、東一百三十四里、長門国角島より北二分一、東一百八十五里、釜山浦より北西四分三、北二百六十五里の処に在り。全島巖石より成るものの如く、而し樹木蔚然周囲は絶壁多く唯南東面に少しく平坦なる処あり。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/hydrograph1883/
(後日転載予定)

如く(ショ、ジョ、ごと・し)
而し(ジ、ニ、しか・して、しか・も)
蔚然
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%94%9A%E7%84%B6&dtype=0&dname=0ss&stype=0&pagenum=1&index=101665000000

next, coming up
1.国立国会図書館所蔵『水路雑誌』の文章起こし(進行中)
2.最新朝鮮全図を掲載予定
3.国立公文書館所蔵『文鳳堂雑纂』の文章起こし
4.中井養三郎から大韓帝国への編入願いを掲載予定
5.大韓帝国から石島に関する中井氏への回答貸与を掲載予定

こういうことですか ?

投稿者: take_8591 投稿日時: 2006/11/25 21:45 投稿番号: [15191 / 18519]
  henchin_pokoider01さんとAm_I_AHO_1stさんは意見を交換されていますが、その趣旨は次のようなことであると理解してよろしいでしょうか。


  日本では、他人の土地に建物を建てたらその建物は建てた者の所有物となり、地主のものにはなりません。しかし、無断建築物はその土地と一体のものであるとして地主の物となってしまう国もあります。この場合、当該土地を借り受けて(=権原によって)建物を建てないと、その建物は建てた者の所有物になりません。尚、韓国の民法がどちらであるかは知りません。

henchin_pokoider01さんの意見

  鬱陵島は朝鮮の領土である。しかし、このことが直ちにリャンコ島の領有権を取得する原因とはならない。リャンコ島の領有権を主張するには、鬱陵島とは別個に領有の意思と実効支配の事実に関する証拠を提示しなければならない。そして、1905年の島根県編入の時点において、日本には領有の意思と実効支配の事実が存在するのに、朝鮮には領有の意思も実効支配の事実もない。

Am_I_AHO_1stさんの意見

  鬱陵島は朝鮮の領土である。この事実は日朝に争いがない。故に(附合により)リャンコ島は朝鮮の領土である。すると、日本がリャンコ島の領有権を主張するなら、朝鮮がリャンコ島の領有権を放棄したとか、日本に売却したとかの権原によって、日本にその領有権が移転したことの証拠を提示しなければならない。尚、朝鮮によるリャンコ島への行政行為が皆無であるという事実の指摘は、日本の領有権原の主張とはならない。

朝鮮の歴史的権原って

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/25 20:06 投稿番号: [15190 / 18519]
朝鮮人の脳内にしか存在しないという幻(妄想)の
「ひょっこりひょうたん島」のことか?

ttp://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/70000/20060909115778563836188900.gif

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法(4)

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/25 18:01 投稿番号: [15189 / 18519]
>韓国には歴史的権原はあるのだが
それさえ「仮説」であり証明されてないということを
自ら認めたってことだね〜。

ちなみに、eritrea yemenにおいて歴史的権原とやらは、
連続性、遡及、国際法との整合性からすげなく権原とし
て却下されてま〜す。

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法(3)

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/25 17:55 投稿番号: [15188 / 18519]
>そして、当時の于山島は竹島とする仮説はあるが未証明。
領有の意思はspecificでなければならない。
語るに落ちるってとこだな。

毎度お馴染みヘンポコ論法(4)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/25 15:08 投稿番号: [15187 / 18519]
  結局のところ、韓国には歴史的権原はあるのだが、全く関係のない話を持ち出して話を逸らそうとする。
  そして、日本には歴史的権原はない。
  よって、日本領であるためには近代以降の国際法に基づく権原の取得が必要。
  権原の取得について検討が必要なのは日本であり、韓国ではないことが良く分かりました(笑)

毎度お馴染みヘンポコ論法(3)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/25 15:04 投稿番号: [15186 / 18519]
I wrote:
>   朝鮮王朝時代の公文書に日本が松島と呼ぶ島は朝鮮の領土だと明記してあるのだが、なるほど権原を取得したことはない。何故なら、最初から領土だったのだから、日本のように新たに奪った領土ではない以上、権原を取得していなくて当然なのだよ(笑)

ヘンポコ論法その3
>「于山島は、倭の松島」である。
>しかし、当時の于山島はchukdo。
>よって、朝鮮政府の認識は于山島=松島=chukdo。

  正しくは「倭の所謂松島」。ヘンポコ流隠蔽のレトリックなり。
  そして、当時の于山島は竹島とする仮説はあるが未証明。
  未証明の仮説を元に結論を断定することは、当然のことながら出来ない。

  あほやね。

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/25 12:24 投稿番号: [15185 / 18519]
なお、安龍福は、日本人漁師に竹島の所在を教えてもらい
「竹島=松嶋=于山島」との認識だった可能性もあるが、
「浮浪する嘘つきの愚民であり朝鮮政府と無関係な」一般
人の話は国際法上の根拠たりえない。

ttp://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/71000/20060924115908101583304100.gif

Re: 毎度お馴染みヘンポコ論法

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/25 12:05 投稿番号: [15184 / 18519]
「于山島は、倭の松島」である。
しかし、当時の于山島はchukdo。
よって、朝鮮政府の認識は于山島=松島=chukdo。

ttp://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=68152

毎度お馴染みヘンポコ論法(2)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/25 09:27 投稿番号: [15183 / 18519]
  するとヘンポコは何とかの一つ覚えでこう云うだろう「19世紀以来支配的な見解では、未成熟な権原は、合理的な期間内に実効的支配によって 補完されなければならない。」
  19世紀以来支配的な見解とは何か、これも実は新たな領土を取得する際のルールに過ぎず、全く反論になっていないのだが、それに気付かないか気付かないふりをするのがヘンポコのヘンポコたる所以である(笑)

毎度お馴染みヘンポコ論法

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/11/25 09:18 投稿番号: [15182 / 18519]
>韓国が「一度として竹島の権原を取得したことはなく、現在侵略中」

  朝鮮王朝時代の公文書に日本が松島と呼ぶ島は朝鮮の領土だと明記してあるのだが、なるほど権原を取得したことはない。何故なら、最初から領土だったのだから、日本のように新たに奪った領土ではない以上、権原を取得していなくて当然なのだよ(笑)

Re: 『竹島考證』「州」を「洲」に

投稿者: puracyaka0414 投稿日時: 2006/11/25 06:50 投稿番号: [15181 / 18519]
ararenotomo様   レスありがとうございます。

過去ログも見ないで投稿していましたが(膨大過ぎて、とても読めない。)、何人かが私と同じ結論だったようで嬉しく思います。
改めて過去ログを見たところ、例えばVIVA_VIVA_21さんが9248で「雲州美穂関、伯州赤崎浦、石州温泉津などすべてその方角の最寄りの国内地を書いて、その延長に北西の方角に同じく国内地の竹島、松島を記載し、北西は、その両島が国境になるんだと書いているのが正しい読み方になります。
以上、述べてきたように「隠州」に鬱稜島や竹島を含んでも問題はなく、むしろ、この両島が隠州に含まれないとなぜ、わざわざ島の詳細を解説しているのか意味不明になります。」と述べていますが、私の考えと全く同じです。
松江藩の考えはともかくとして、隠州視聴合紀が竹島が当然に隠州に含まれると考えているのはほとんど間違いないのでしょう。

Re: 芹田健太郎氏の日韓領土問題打開策

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/24 21:32 投稿番号: [15180 / 18519]
そうだね。
韓国が「一度として竹島の権原を取得したことはなく、現在侵略中」
という事実を曖昧にしたままでは、駄目でしょう。

それはそうと、

>「韓国内部視察官」として1900年5月鬱陵島に派遣された禹用鼎は、
>鬱陵島附属の島嶼中最も著しい「于山島」が、鬱陵島民の間でソノ
>モノズバリの「石島」と呼ばれていることを知りました。

禹用鼎の鬱島記にソノモノズバリの記述は、にあったんですかな。
回答待ってるんだけど。それとも妄想?

Re: 芹田健太郎氏の日韓領土問題打開策

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/11/24 21:15 投稿番号: [15179 / 18519]
芹田健太郎氏は「日韓間領土問題の大胆な打開策:竹島を「消す」ことが唯一の解決法だ」(中央公論2006年11月号)で、「日本人が韓国人との和解の印に、日本が竹島を韓国に譲渡または放棄し、韓国の竹島に対する主権を認め、同時に、西日本海での魚業資源の保全のため日韓がそれぞれ資源管理を進めることができるように鬱陵島と隠岐諸島を基点として排他的経済水域の境界画定を行う。そして、竹島は自然に戻し、自然保護区として十二カイリの漁業禁止水域を設け、すべての国の科学者に解放する。」という案を示しました。

この提案には正直、私は大変驚きました。

芹田教授は、『日本の領土』(中公叢書, 2002)や『島の領有と経済水域の境界画定』(有信堂, 1999)で竹島問題を論じています。その中で、竹島は古くからの韓国領土であるという韓国の主張は、「今日の竹島が古くから韓国領土であったとする主張は必ずしも充分な歴史的根拠をもつものではない。」「今日の竹島が鬱陵島の属島であると断言することはできまい。」「歴史的には韓国の支配は今日の竹島には一度も及んでいなかった、と推察される。」「竹島が歴史的に韓国に属すべき正当な理由は見出し難い。」等と否定しました。

一方、日本の主張に対しては、「大谷・村川両家は竹島に渡る途中にある松島も経営し、一六六一年頃新たに松島への渡航免許も下された。」「鬱陵島渡航禁止後も今日の竹島への渡航は禁止されることがなく、- - 『竹島図説』には「隠岐国松島」という表現があり、- - 松島が日本領であることが示されている。」「一八八三年の日本人一括引き上げの後も、日本の各地から鬱陵島へ渡航する者は跡を絶たなかったようであり、竹島経営も進められていった。」等と記し、「日本で日本の領土と考え、日本の領土として扱い、他国がそれを争わなければ、それで領有するには充分であった」として、日本による1905年の領土編入措置を認めました。

この様な芹田教授の所論は、外務省HPの「竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土である。」に通じるものがあり、芹田健太郎氏は「竹島日本領派」と目されてきました(Nos.806, 10390, 10391)。その芹田氏が「竹島放棄論」ともいうべき、全く大胆な提案をされたことに、「竹島日本領派」の方々は戸惑いと失望、そしてpuracyaka0414さん(No.15138)のように、激しい怒りを感じられたと思います。

芹田教授は1999年に竹島と尖閣諸島を自然保護区にすることを提案しました。ただし、芹田(2002)では国家の主権主張は凍結し、また「政治は国民と領土を守ることを忘れていないか」(中央公論2004年10月号)では日本・韓国共同の管理下に置く、というものでした。ところが今回の提案では、「日本が竹島を韓国に譲渡または放棄」とまで踏み込みました。しかし、「竹島は我が国固有の領土」という外務省見解を残したまま、ただ単に植民地支配について、「韓国民に対し反省と心からのお詫びの気持ち」で「韓国の竹島に対する主権を認め」るのでは、日本人は勿論、韓国人も釈然としないでしょう。

従って、puracyaka0414さんの指摘「大国である日本は紛争の平和的解決のための制度そのものに対して責任を負わなければなりません。韓国の不法行為を追認するがごとき態度は、結局は「やった者勝ち」の風潮を生むことでしょう。」は当然で、芹田氏はそれに答える責任があると思います。

下條正男氏も「竹島問題と日本の課題」(岩下明裕編『国境・誰がこの線を引いたのか―日本とユーラシア』北大出版会, 2006)で、外務省を次のように批判しています。「韓国側は一九〇〇年の時点で、竹島は韓国領になっていたと主張するのです。(中略)これに対しても、日本の外務省は目ぼしい反論をしていません。日本は一九六五年前後の説を使って、四〇年前の説を繰り返すだけなのです。日本側は韓国側の新たな知見に対抗すべき論拠をもっていないのです。」

もしそうならば、「竹島は我が国固有の領土」とは、もはや言えないでしょう。しかしながら、そこのところは曖昧にして、元禄9(1696)年「竹島一件」落着の際、老中阿部豊後守正武が諭したように、「国家若兵威を以て是に臨まは、何をもとむとしてか得へからさらむ、但無用小島の故を以て、好ミを隣国に失する計の得たるにあらす、- - 其相争ふてやまさらむよりは、各無事ならむにハしかし、」(松浦允任『朝鮮通交大紀』1725, 田中健夫・田代和生校訂, 名著出版, 1978)とするもまた、日本人の良き知恵かもしれません。

Re: 『竹島考證』「州」を「洲」に

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/11/24 20:55 投稿番号: [15178 / 18519]
puracyaka0414さん

『隠州視聴合紀』についてのご意見有難うございます。

私も、「斉藤豊仙は、隠州=隠岐島+松島+竹島と考えていた」に全く同感です。

ただし、この考えは松江藩によって受け入れられなかったと推測します。それについてはNos.10197, 10287, 10308, 10636等を参照して下さい。

puracyaka0414さんが述べられたように、『隠州視聴合紀』「國代紀」の「戌亥間、行二日一夜有松島、又一日程有竹島、(割注:俗言磯竹島。多竹魚海鹿)。此二島無人之地。見高麗如自雲州望隠州。然則日本之乾地以此州爲限矣。」の記事は、当時の日本地誌としては特異です。「松島竹島が隠州外にあるのなら、言及する必要は全くありません」から、私も斉藤豊仙は隠州内として記述したと思います。

樺太島についての、宝暦頃の写本とされる『蝦夷島記』(續々群書類從, 巻9所収)にある次の記事は、参考になるかもしれません。「から戸島とて蝦夷島の三分二程有之島御座候、から戸島へは蝦夷島より海上十里程有之よし、から戸島より北西は高麗のよし申候、是も海上十里程隔申候よし、から戸島も蝦夷の内なり。」

なお、坂田諸遠?が「竹島ハ往昔隠岐國ノ管内ニシテ - -」と述べたのは、『続通信全覧』類輯之部38雑「小笠原島開拓再興一件顛末提要」(雄松堂出版, 1988)で、坂田諸遠「松島異見」では、「松島竹島ノ二島ハ往昔隠岐国ノ管内ニシテ - -」と書いています。

Re: 中井養三郎の「竹島」聞き取り文書見つ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/24 18:14 投稿番号: [15177 / 18519]
中井は農商務省の藤田勘太郎や牧水産局長に面会。
両氏がこれを海軍水路部に照会し、中井が肝付水路部長に面会。

奥原の「竹島及鬱稜島」のp27に書かれている。

Re: 中井養三郎の「竹島」聞き取り文書見つ

投稿者: puracyaka0414 投稿日時: 2006/11/24 17:06 投稿番号: [15176 / 18519]
>韓国政府に対して漁業権を求めたが、韓国政府は竹島を管理した事はないとそれ
>を拒否したことから、日本政府に対して領土の編入と漁業権を求めたとある。

記事に出てくる農商務省とは日本のでしょうか、朝鮮のでしょうか。私は日本の農商務省だと思ってました。
いずれにせよ、朝鮮領と知りつつ領土編入を行ったとする韓国の主張は完全に崩壊です。
早期の全文の公開が望まれるところです。

Re: 中井養三郎の「竹島」聞き取り文書見つ

投稿者: net_browney 投稿日時: 2006/11/24 15:09 投稿番号: [15175 / 18519]
記事をよく読むように、中井氏は、韓国政府に対して漁業権を求めたが、韓国政府は竹島を管理した事はないとそれを拒否したことから、日本政府に対して領土の編入と漁業権を求めたとある。
これは韓国側の主張する、中井が韓国領土と知りながら、漁業権を得るために独島を略奪する算段を働いたとの説とはまったく逆のものであり。
また、中井が独島を韓国領土と考えた論拠についても、領土を示すか地図ではなく、航路を示す海図から漠然と判断したと示すものだ。中井が韓国領土だと明確な確信を持っていたとの韓国の主張もこの点で崩れる

Re: 中井養三郎の「竹島」聞き取り文書見つ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/11/24 12:04 投稿番号: [15174 / 18519]
中井は1903年から竹島で漁をしていたから、その間に大韓帝国の公権力
の発現を一度として目にしたことはないということだな。

そもそも、国際法では中井個人の考えなんて何の証拠にもならんし。

朴炳渉氏か

投稿者: japan_goblin 投稿日時: 2006/11/24 06:55 投稿番号: [15173 / 18519]
朴炳渉氏については、半月城のハンドルネームでネット上で討論していた時から思っていたけど、要するに思考停止状態に陥った人物とのことがわかる。
自分と意見の異なる人間を「極右」だの「軍国主義者」と括り
自分は「正しい歴史認識」だの「歴史を直視する」だの、決まりきった言を述べて、自らの主張を盲信する。
この手の決まりきった単語を並べる人間は、こうした単語に自らの思考を縛りつけ、別の考えを受け入れることをそれを罪悪と受け止める。
日本には良い言葉があるだろ「信仰も鰯の頭から」と、それと同じ状況下に陥っている人物ということだよ

Re: 『半月城通信』の朴炳渉氏

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2006/11/24 06:19 投稿番号: [15172 / 18519]
極右って、もしかしてここで書き込みしている日本人のことかな?と言うか、こいつの書いてる奴って、ほとんど論破されてるはずなんだが・・。こいつは認めてないようだけど。

Re: 『竹島考證』「州」を「洲」に

投稿者: puracyaka0414 投稿日時: 2006/11/24 02:03 投稿番号: [15171 / 18519]
前回(15166)からの続きです。
名古屋大の池内教授は次のように述べています。「隠州視聴合記」には巻頭に付図があり、隠岐国を構成する主要な島前3島と島後1島及び周辺の小島を5つほど描く。こうした描き方からすれば、竹島(鬱陵島)や松島(竹島/独島)が隠岐国外の存在であると認識されていたことは言うまでもない。(「大君外交と武威」から引用)」
しかし、そもそも松島竹島が隠岐国外とするなら、これほど詳しく記述するでしょうか。
この点については池内教授は何も言っていません。それから付属地図ですが、これは明らかに専門家が作ったものではありません。恐らく、斉藤豊仙が自分の体験を元に作った見取り図です。田中さんのサイトhttp://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/wa29091-1667/
で「島前図」を見ることが出来ます。もう一枚は恐らく「島後図」でしょう。「島前図」「島後図」に松島竹島が出ていないのは当然のことで、これらの地図を以て松島竹島が隠岐国外とまでは言えません。また、斉藤豊仙が松島竹島の地図を作製しなかったからといって特段に不審とも思えません。斉藤豊仙は松島竹島に行ったわけではないし、斉藤豊仙が巡ったのは島前島後だけなのです。(島前島後は松江藩預かり。)つまり、池内教授が示した理由では、松島竹島が隠岐国外だとまでは言えません。後年、松島竹島が隠岐国に属するとする資料がいろいろ表れてくることを考え合わせると、隠州視聴合記でも松島竹島が隠岐国に含まれると考えた方がはるかに自然だと思います。

中井養三郎の「竹島」聞き取り文書見つかる

投稿者: deatherto 投稿日時: 2006/11/23 17:42 投稿番号: [15170 / 18519]
中井養三郎の「竹島」聞き取り文書見つかる


竹島(韓国名・独島)が1905年に島根県に編入されるきっかけを作った漁業者・中井養三郎から領土編入の申請の経緯を聞き取った文書が、松江市内で見つかった。中井は竹島を朝鮮領と認識していたが、論拠は領有権を示したものではない海図だった。研究者は領有権を主張する日韓両国にとって第一級の研究材料と評価している。

  文書は、松江の郷土史家・奥原碧雲(1873―1935年)が編入翌年の06年3月、竹島に渡った中井に同行して聞き取った。原稿用紙10枚につづられており、碧雲の三男奥原秀夫さん(94)=同市岡本町=が自宅に残る書斎を整理して見つけた。

  文書によると、中井は海図を見て竹島を朝鮮領と認識し、漁猟権を独占するため竹島の貸し下げを朝鮮政府に請願することを決意。しかし、竹島の所属に明確な証拠はなく、朝鮮人が管理した形跡はないと農商務省幹部から説明され、日本政府に領土編入を申請した。

  当時は日露戦争の最中で「外交上領土編入はその時期にあらず」と内務省から退けられたが、あきらめ切れず外務省幹部に相談すると「岩石編入のごとき小事件。領土編入は大いに利益あり」との援護を受け、竹島編入が実現した、と記載している。

  解読した国立国会図書館の塚本孝参事は「航行の便宜で作られ、領有権を示したものではない海図によって中井が朝鮮領と認識していたことが分かったのは新たな発見」と指摘。竹島問題の貴重な研究材料になるとしている。






http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=334672006

Re: 韓国の国際政治評論家の見方(2)

投稿者: net_browney 投稿日時: 2006/11/23 10:01 投稿番号: [15169 / 18519]
最近の韓国の国会議員にアンケートを取ったら、もっとも友好を結ぶべき国としてあげたのは日本はたったの数人に過ぎなかった。大部分が中国とアメリカに二分されていた。
アメリカとの関係が維持されたら日本は友好でいると考えているのだろう。
何れにしても、韓国はアメリカの方を向くことはあっても、日本との関係はあまり考えることはないと思うよ
まあ、盧武鉉はやりすぎたから、日本やアメリカとの関係回復にそろそろ動きたくなってきた連中が出てきたのは事実でしょうけど

Re: 韓国の国際政治評論家の見方(2)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/11/23 09:26 投稿番号: [15168 / 18519]
  この論考では、韓国の独島領有については実効支配していることは強調していますが、その正当性については何も言及していません。逆に、日本の竹島領有権主張については客観的に事実を紹介しているが、日本の主張を否定する言葉はありません。そして、国際紛争になれば韓国は不利だという認識を明らかにしています。

  ニュー・ライトの人々は、基本的には日本との間に良い協力関係を作っていくことが大事だと考えているらしいので、私は、この論考は、韓国国民の無用の反日感情の昂ぶりを沈静化させようという意図を持っているものと見ます。ただ、そういうことを正面から言っても受け入れられるはずも無いので、やたらに騒ぐと損をする、という言い方をしているものと理解します。


とりあえず。竹島海域での漁業活動の開始

投稿者: net_browney 投稿日時: 2006/11/23 07:12 投稿番号: [15167 / 18519]
韓国は日韓漁業協定を無視して、竹島海域を占有している状態です。しかも明確な日本の領海である対馬近海でも不法操業を繰り返している状況にあり、これは明らかな協定違反と言えるでしょう
これによって日韓漁業協定は無効化したと考えてよく、韓国側漁船を共同管理水域からの締め出しなどの実力行使を行うべきと考えられます
このような主張を口にすれば、必ずハムラビ法典みたいで野蛮だとの意見もありますけど、残念ながら現在の国際社会はそのように成り立っているのであり、条約や協定は相互の力関係で成り立つものです。一方がそれを無視した場合は、もう一方がその事項に関して守る道理はなく、日本側が韓国側の協定破りを非難した上で、もはや無効化したと宣言し、報復を行なってもそれは国際法の上でも何ら問題とはならないでしょう
韓国側に協定を遵守させるためにも、日本側は竹島海域占有を非難の上で、日韓漁業協定の無効化の宣言を行なうべきだと考えます

Re: 『竹島考證』「州」を「洲」に

投稿者: puracyaka0414 投稿日時: 2006/11/23 06:36 投稿番号: [15166 / 18519]
隠州視聴合記の関連部分
① 隠州在北海中故云隠岐島、
② 従是南、至雲州美穂関三十五里、
③ 辰巳至泊州赤碕浦四十里、
④ 未申至石州温泉津五十八里、
⑤ 自子至卯、無可往地、
⑥ 戍亥間行二日一夜有松島、
⑦ 又一日程有竹島、
⑧ 俗言磯竹島   多竹魚海鹿、按神書所謂五十猛歟
⑨ 此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、
⑩ 然則日本之乾地、以此州為限矣

では、⑥〜⑨の目的は何なのでしょうか。これは、松島竹島の説明をすることそのものが目的だとしか解しようがありません。では、隠州の説明をすべき文章の中で、なぜ松島竹島の説明をくどくどしているのでしょうか。不思議だと思いませんか?私の出した結論は次のとおりです。斉藤豊仙は、隠州=隠岐島+松島+竹島と考えていた。だから松島竹島の説明もある程度詳しく行う必要があったというものです。そもそも松島竹島が隠州外にあるのなら、言及する必要は全くありません。何らかの理由で隠州外の松島竹島の説明をする必要があるのなら、松島竹島が隠州外にあることを明記したうえで行うはずです。②〜④が隠州外であることを明記していることに注目して下さい。松島竹島が隠州外だとは一言も書いていません。また、一部反日人士が主張しているように、松島竹島が朝鮮領だというのならその旨記述すればいいことです。しかし朝鮮領だなどとはどこにも書かれていません。さらに、どうして長久保赤水は「見高麗如自雲州望隠州」と隠州視聴合記を引用して松島竹島を日本地図に記載する必要があったのでしょうか。取るに足りない小島を外国領と知りつつ日本地図に記載するというのは、極めて不自然と言うほかありません。赤水だけでなく、坂田諸遠が「竹島ハ往昔隠岐國ノ管内ニシテ - - 隠州視聴合記ヲ閲ルニ - - 日本之乾地以此州為限ト見エ - -」と述べたのも、隠州視聴合記そのものから松島竹島が隠岐國内にあるとしか読みようがないからではないでしょうか。⑨の後段「見高麗如自雲州望隠州」ですが、これは松島竹島が高麗領でないことの裏返しです。伊豆大島から本州島を見て、日本が見えるとはまず言いません。同じことです。⑩の「此州」ですが、①の「隠州」を受けているように見えます。直前にある⑨の「此二島」を受けているのなら、わざわざ島と州を書き分けるでしょうか。また、全体の流れから言って、これは隠州のことを指すのだと思います。
結局のところ、隠州=隠岐島+松島+竹島ですから、もちろん竹島までが日本領ということです。
さらに補足します。隠州視聴合記が成立した1667年は、既に鎖国が完成しています(日本人の海外渡航禁止は1635年)。鎖国完成後に一般の日本人で許可を得て外国に渡った者はたぶん一人もいません。米子商人が外国たる竹島で経済活動を行っていたのであれば、日本史における一大発見でしょう。また、この時期、竹島(鬱陵島)での日本人の活動に対し、朝鮮政府は全く抗議をしていません。つまり、そのほかの状況から見ても、松島竹島が外国領だと当時の日本人が認識する可能性は極めて低いと思われます。
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