Re: 『竹島考證』「州」を「洲」に
投稿者: puracyaka0414 投稿日時: 2006/11/24 02:03 投稿番号: [15171 / 18519]
前回(15166)からの続きです。
名古屋大の池内教授は次のように述べています。「隠州視聴合記」には巻頭に付図があり、隠岐国を構成する主要な島前3島と島後1島及び周辺の小島を5つほど描く。こうした描き方からすれば、竹島(鬱陵島)や松島(竹島/独島)が隠岐国外の存在であると認識されていたことは言うまでもない。(「大君外交と武威」から引用)」
しかし、そもそも松島竹島が隠岐国外とするなら、これほど詳しく記述するでしょうか。
この点については池内教授は何も言っていません。それから付属地図ですが、これは明らかに専門家が作ったものではありません。恐らく、斉藤豊仙が自分の体験を元に作った見取り図です。田中さんのサイトhttp://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/wa29091-1667/
で「島前図」を見ることが出来ます。もう一枚は恐らく「島後図」でしょう。「島前図」「島後図」に松島竹島が出ていないのは当然のことで、これらの地図を以て松島竹島が隠岐国外とまでは言えません。また、斉藤豊仙が松島竹島の地図を作製しなかったからといって特段に不審とも思えません。斉藤豊仙は松島竹島に行ったわけではないし、斉藤豊仙が巡ったのは島前島後だけなのです。(島前島後は松江藩預かり。)つまり、池内教授が示した理由では、松島竹島が隠岐国外だとまでは言えません。後年、松島竹島が隠岐国に属するとする資料がいろいろ表れてくることを考え合わせると、隠州視聴合記でも松島竹島が隠岐国に含まれると考えた方がはるかに自然だと思います。
これは メッセージ 15166 (puracyaka0414 さん)への返信です.
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