竹島
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「竹島一件」後の于山島認識2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/03/09 13:27 投稿番号: [1400 / 18519]
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なお、安龍福は前述のとおり元禄6年に日本へ連れ帰られているが、同人を連れ返った船は松島(今日の竹島)に立ち寄っている。したがって、同人は記録上今日の竹島に赴いた最初の朝鮮人ということになる。
同人はその際今日の竹島を見、その名称(松島)も聞いたと考えるのが自然であるが、そうであれば後に同人が「松島はすなわち于山である」と述べたのは、この時の体験に鬱陵島・于山島があるという朝鮮における伝承を当てはめた結果であると考えられる(注4)。
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塚本説は下條説よりはるかに説得力があります。下條氏は文献考証が恣意的なのか、安龍福の取り調べ時における3、4年前の手柄話をそのまま真実であるかのように採用し、我田引水的な主張を行っているようです。同氏の傾向を如実に示した例といえましょう。これでは学術論文に同氏の主張が引用されないのも無理はありません。
さて「竹島一件」以降、朝鮮政府は日朝間で問題になった鬱陵島を定期的に捜討するようになりました。これは必然的に鬱陵島周辺の関心をよびおこしました。『粛宗実録』40年条によれば 1714年、江原道御使の趙錫命が嶺東地方の海防を論議しましたが、そこで鬱陵島周辺のことがこう記されました。
<浦人の話をくわしく聞いてみると、「平海、蔚珍は鬱陵島からもっとも近い距離にあって、海路が少しもさえぎられることがない。鬱陵島東側から島嶼が続いて倭の境界と接している」ということである>
この一節は日本との国境付近に朝鮮領の島があったことを示唆していると同時に、日本との境界付近まで浦人が行った可能性を語っています。国境付近のその島は名前が記されませんでしたが、これは于山島と考えるのが妥当なところです。もし、そのように『粛宗実録』に記されていたなら、竹島=独島問題に重要な史料になったことは疑いありません。
さて「東国文献備考」に書かれた于山島=松島という認識は、その後の官撰史料でも再確認されました。まず『萬機要覧』(1808)をあげることができます。宋炳基氏はこう記しました。
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「東国文献備考」に続いて19世紀はじめ(1808・純祖8年頃)には王命により『萬機要覧』が編纂された。そしてその軍政編4,海防東海条には『増補文献備考』に載せられた「東国文献備考」蔚珍条の付録記事、すなわち鬱陵島・于山島の位置と沿革、鬱陵島領有権紛糾、安龍福渡日事件等を余すところなく無くそのまま転載している。
これは、于山島は朝鮮領であり、日本側で呼んでいる松島であるという「東国文献備考」の見解を『萬機要覧』でもそのまま継承使用していたことを意味しているのである。『萬機要覧』は国王が座右に置いて参考にする目的で編纂された政務指針書であった(注3)。
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『萬機要覧』にも「輿地志がいうには、鬱陵、于山は皆于山国の地、于山はすなわち倭がいうところの松島である」と書かれ、于山島=松島という認識は朝鮮でも盤石になりました。
(注1)下條正男「竹島問題、金炳烈氏に再反論する」『現代コリア』1999,5月号,P59
(注2)李燦「韓国古地図にみる獨島」(韓国語)『鬱陵島・獨島學術調査研究』韓国史學會,1978,P119
(注3)宋炳基『鬱陵島と獨島』(韓国語)檀国大学校出版部,1999
(注4)塚本孝「竹島領有問題の経緯(第2版)」『調査と情報』第289号、国会図書館,1996
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 1398 (hangetsujoh さん)への返信です.
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>三峯島は竹島ね〜
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/09 13:26 投稿番号: [1399 / 18519]
『有三石列立 次小島 次巌石列立 次中島 中島之西又有小島 皆海水通流』
独島以外の何者でもない。
『乗舟行四昼三夜』
15世紀当時、鬱陵島へは順風で半日、風が悪くても二日あれば足りる。
それが四昼三夜を要するのだから、鬱陵島より遠方である(即ち独島である)ことは明白。
壬辰条に不利な点は何もない。
これは メッセージ 1397 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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「竹島一件」後の于山島認識1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/03/09 13:26 投稿番号: [1398 / 18519]
半月城です。
私が安龍福の個人的な于山島=松島という認識を書いたのは、ある人の「東国文献備考」改竄発言を検証する意味あいもありました。それを具体的にみる前に再度確認すると「東国文献備考」(1770)に于山島と松島の関係がつぎのように記されました。
「輿地志がいうには、鬱陵、于山は皆于山国の地、于山はすなわち倭がいうところの松島である」
「東国文献備考」は官撰史料であるだけに、于山島=松島という認識は当時の朝鮮政府の見解を示すものでした。そのときの松島は現在の竹島=独島をさすだけに、下條氏は于山島=松島の記述にいたく不満なようで、そのためか改竄発言がこうなされました。
<申景濬は、安龍福の供述で成立した「松島は即ち于山島なり」説に従い、あたかも『輿地志』の説のように(「東国文献備考」を)改竄したのである(注1)>
「改竄」とはただならぬ言葉遣いです。そもそも「輿地志」(1656)の実物が現存しない以上、改竄したかどうかは知るすべがありません。すなわち改竄の証明は不可能です。それにもかかわらず、改竄したと言い切るなんて下條氏は研究者失格といわざるをえません。
ここの会議室でも下條氏の説をすっかり信じ切っている人が多いようですが、『太宗実録』の誤読といい、『世宗実録』地理志の曲解といい、下條氏の発言にはあきれるばかりです。このような人の存在が竹島=独島問題をまぎれさせているのではないでしょうか。
「東国文献備考」以降、「輿地志」の于山島=松島という認識は朝鮮の官撰史料ですっかり定着しました。これ以降、鬱陵島=于山島という一島説は消え去りました。それにともない于山島の地図も変化しましたが、それを宋氏はこう記しました。
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鬱陵島に対する地理的知識の拡大は地図作成にも影響を与え、于山島の位置が明確に浮き彫りにされたことも注目にあたいする。従来の地図、たとえば『新増東國輿地勝覧』に載せられた「八道總圖」や「江原道圖」は于山島を内陸側に、鬱陵島をその東側におき、ほとんど同じ大きさとし接近させて描いている。
しかるに鄭尚驥(1679-1752)の「東國地圖」になると、鬱陵島が内陸側に、于山島がその東側に移されただけでなく、距離や大きさが正確に表記されたのを見ることができる(注2)。
これは1694年(粛宗22)に三陟僉使・張漢相が鬱陵島東側300余里(120km)離れたところにある小さな島があるのを確認したことや、安龍福たちが于山島を直接踏査した事実とも関連して考えることができる。
以来、朝鮮後期の地図には、たとえその位置が鬱陵島東南側に下がったりとか一定していないが、于山島あるいは子山島が継続して表示されている。これは鄭尚驥の「東國地圖」に影響を受けたのである。その一方、鬱陵島の他にある島が于山島という認識が継続しているのを意味しているのである(注3)。
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「竹島一件」のおかげで朝鮮では于山島に関する知識が次第に蓄積されてきたようでした。それに「愚民」安龍福の活動が一役かっていることはいうまでもありません。ところで安の「直接踏査」ですが、くだんの下條氏は、安龍福がみたのは于山島でなく隠岐島だったなどと、ここのショービニストが飛びつきそうなことを記しました(注1)。
しかし、ある「竹島日本領派」の研究者は、安龍福と于山島の関係をもっと冷静に分析しました。塚本氏はこう述べました。
(つづく)
これは メッセージ 1338 (hakkoda1297 さん)への返信です.
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三峯島は竹島ね〜
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/09 12:38 投稿番号: [1397 / 18519]
金自周が見たのが、竹島だったらよかったのにね(笑)。高麗大学校申教授は、30余りの人形のようなものを「アシカ」と解釈したんだよね。アシカを「朝鮮人」と見間違えたのね。韓国のアシカって白い衣を着て火も使うのね。ビックリ。
【成宗実録72巻 世宗7年10月丁酉】
兵曹啓 永興人金自周供云 李道觀察使 以三峰島尋覓事 遣自周及宋永老 與前日往還 金興 金漢京 李吾乙亡等 十二人 給麻尚船五隻入送 去九月一六日 於鏡城地瓮仇味 發船向島 同日到宿富寧地青巌 一七日 到宿會寧地加麟串 一八日到宿慶源地末應大 二五日 西距島七八里許到泊 望見則 於島北 有三石列立 次小島 次巌石列立 次中島 中島之西又有小島 皆海水通流 亦海島之間 有如人形 別立者三〇 因疑惧 不得直到 畫島形而來 臣等 謂往年朴宗元 由江原道 發船遭風 不得直到 今漢京等 發船於鏡城瓮仇味 再由此路出入 至畫島形而來 今若更往 可以尋覓 請於明年四月風和時選有文武才者一人入送 從之
【成宗実録72巻 成宗7年10月壬辰条】
永安道観察使李克均馳啓
永興人金自周言往見三峯島
且図其形送自周以進
命問之自周対曰、於鏡城海浜
乗舟行四昼三夜
見島屹然而有人三十余列立
島口有烟気
其人衣白形貌遠不能詳
然其大?乃朝鮮人也
惧見執不能進也
賜襦衣二領
以上のように申教授の主張は根拠が薄弱なようです。やはり金自周がみた島は今日の鬱陵島と見るべきと思われます。
余談ですが、申教授は生粋の韓国人教授として竹島=独島を韓国領とすべく竹島=独島の史料を調査研究しております。そのなかでなぜか三峯島が鬱陵島だったことを示す重要な壬辰条にはまったくふれませんでした。それを公表すると韓国に不利になるので、故意に資料隠しをしたのではないかと疑われます。そうした教授であるだけに読むときは細心の注意が必要です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=1079
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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『大東輿地図』再認識
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/03/08 08:45 投稿番号: [1396 / 18519]
半月城です。
以前、金正浩『大東輿地圖』に于山島は記載されなかったと書いたのですが、実は于山島が記載されている版もあることが判明しました。ちょっとした発見です。塚本氏によれば、国会図書館所蔵の筆彩本(1861頃)第14帖には于山島が描かれているとのことでした(注1)。おそらく最新版なのでしょう。塚本氏はさすが同図書館のプロです。
塚本氏のコピーをみると、于山島は大きさが鬱陵島の1/15くらい、位置は鬱陵島の東に、形はやや人形のように描かれました。一方、鬱陵島の形は楕円に近く描かれており、いずれも実際の踏査は行われなかったようです。
それにしても『大東輿地圖』が日本で大切に所蔵されていたとは意外でした。これは陸軍省あるいは朝鮮総督府あたりから受けついだのでしょうか。
(注1)塚本孝「竹島関係旧鳥取藩文書および絵図(下)」『レファレンス』
1985,5月号,P100、国会図書館の請求記号は 292.1038-Ki 229d<W>
これは メッセージ 1326 (hangetsujoh さん)への返信です.
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再掲 日本の領有主権の証拠
投稿者: tinopure 投稿日時: 2003/03/07 21:45 投稿番号: [1395 / 18519]
これは メッセージ 1392 (wakarannjin さん)への返信です.
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【再掲】竹島問題の解決について(まとめ)
投稿者: nobuo_shoudoshima 投稿日時: 2003/03/07 21:44 投稿番号: [1394 / 18519]
何度書いても一部の絶望的に愚かで理解力の劣る方には理解してもらえないので困っています。(苦笑)
領土紛争の解決について、
外務省のサイトによれば、
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(注:1954年(昭和29年)9月、我が国は本件問題につき国際司法裁判所に提訴することを提案したが、韓国側は右提案を拒否。なお、日韓両国間では国交正常化の際に「紛争の解決に関する交換公文」を締結。)
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とあります。
韓国側とは国際司法裁判所への提訴につき合意が成立していないという事実について記載されています。
国際司法裁判所は紛争当事者双方の合意がなければ裁判ができません。
なお、上記の「紛争の解決に関する交換公文」によると
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両国政府は,別段の合意がある場合を除くほか,両国間の紛争は,まず,外交上の経路を通じて解決するものとし,これにより解決することができなかつた場合は,両国政府が合意する手続に従い,調停によつて解決を図るものとする。
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となっています。
紛争の解決手段として、外交経路で解決できなかった場合には調停によって解決する、とされています。
あくまで領土問題で対立するのであれば、国際司法裁判所で解決を図るのが適当です。
国際司法裁判所ではどのように考慮されるのかということについては、検索の結果、下記の事柄がわかりました。
以下、韓国語サイト
http://user.chollian.net/~zstokdo/t_home/txt_03.htmより引用。
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それさえも我が方の成果なら独島に対する実效的支配を暗黙的にインゾングバッアッダはのであるようだが, なるほどそうかよく見よう. 領有権紛争において実效的支配の認定は両国間の紛争地域が国際司法裁判所にフェブドエあ判決を受ける時有利な場合があるから必要だ. しかし実效敵支配の效果を見ようとすれば二つの要件が充足されなければならない. 一つは版ギョルシ証拠資料採択可否の決定時限になる ‘決定的 期日(critical date)’に属しなければならないというのだ.
現在韓日間にお互いに主張が違うが国際判例や国内多くの国際法学者野の見解では独島問題の決定的期日は日本の主張どおり日本が妻うーん公式抗議を申し立てた 1952年2月 28日になる可能性が高いことでなっている. それならこの以後の実效的支配は領有権判決 の時全然故リョの対象にならないという話だ. 実效的支配の二番目要件は平穏で継続的な支配ではなければならないというのに, 現在私たち警察駐屯の支配が果して平穏な支配に当たるかも論難の対象になる可能性がある.
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まとめると、
国際司法裁判所での審判に重要な要素として、実効的支配の有無がある。
単に「地図に載っていた」「歴史書に記載がある」という程度では無意味である。
そして、過去に朝鮮が竹島を支配していたという証拠は皆無である。
また、実効的支配の効果を満たすには二つの要件がある。
1)証拠資料採択可否の決定時限になる決定的期日(critical date)
2)平穏で継続的な支配
1)については日本が公式抗議を申し立てた1952年2月28日になる可能性が高い。
つまり、それ以降の資料は考慮の対象とはならない。
2)について、警察の駐屯などが平穏で継続的な支配にあたるか疑問。
ということだそうです。
現状では圧倒的に韓国に不利という事実があります。
竹島に警察が駐屯している事実はむしろ韓国側の自爆の可能性もあります。
これは メッセージ 1392 (wakarannjin さん)への返信です.
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違う韓国領派が参加しないかな
投稿者: llllowollll 投稿日時: 2003/03/07 21:43 投稿番号: [1393 / 18519]
さっき、なぜ韓国人は、嫌われるのか?トピで結構まともな韓国人と少し話しました。
こんなのばかりですっかりつまんないので、このトピを盛り上げるためにもまともな韓国領派をリクルートしようと思ったんですけどね(笑
韓国人にもまともなやつはいるって分かったんで、なんとか救えないかなと思ってちょっときっかけ与えたつもりだったけど、無駄だったみたいです
コミュニケーション不能のやつ相手にするのもばかばかしくなってきたね
これは メッセージ 1390 (gt_turbo3000 さん)への返信です.
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>つまり何も答えられない
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 21:38 投稿番号: [1392 / 18519]
俺の投稿の誤りを指摘してからほざけ。
日本側には独島に対する領有主権を伺わせる証拠は皆無である。
何度も投稿しているが、誰一人反論できないな。
出てくるのは下らない質問ばかりなり。(激しく嘲笑)
これは メッセージ 1390 (gt_turbo3000 さん)への返信です.
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>やすっ
投稿者: nobuo_shoudoshima 投稿日時: 2003/03/07 21:34 投稿番号: [1391 / 18519]
で、国際司法裁判所で解決出来ない理由は何でしょ?
これは メッセージ 1389 (wakarannjin さん)への返信です.
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つまり何も答えられない
投稿者: gt_turbo3000 投稿日時: 2003/03/07 21:34 投稿番号: [1390 / 18519]
あなたは私の過去の質問も無視したように、結局何一つとして質問に回答できないようですね。
これだけ詭弁だらけであればそれも当然でしょう。
結局あなたの書き込みは何の根拠もない「ゴミ」であることがよく分かりました。
ありがとうございます。
>下らない質問を繰り返して相手を疲れさすのも日本戦法か。
詭弁を繰り返してみんなをあきれさせていることがあなたの戦法ですか?(嘲笑)
これは メッセージ 1389 (wakarannjin さん)への返信です.
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>>>>>>>>>安
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 21:26 投稿番号: [1389 / 18519]
"the basis of official regulations or under governmental authority"の証拠なら激しく既出だが。
下らない質問を繰り返して相手を疲れさすのも日本戦法か。
これは メッセージ 1388 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1389.html
>>>>>>>>>安
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 21:22 投稿番号: [1388 / 18519]
朝鮮探検隊は、どういう「法律」に基づく行為だったの?
知ったことではなかった朝鮮側の実効的支配の直接的証拠は?一環して領有してたのだから当然あるでしょ。勅令として「石島」を編入したからね〜。その後、「石島」にどういう実効的支配を行ったの?教えて〜ん。
これは メッセージ 1387 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1388.html
>>>>>>>>安
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 21:17 投稿番号: [1387 / 18519]
朝鮮側の証拠は全て統治サイドの直接的証拠である。
むしろ直接的証拠が皆無なのは日本側だろ。
おまえが「過去の間接的推定はいいからさ。」と書けば、直接的証拠が間接的推定に変化するわけはないな。
これは メッセージ 1386 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1387.html
>>>>>>>安
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 21:13 投稿番号: [1386 / 18519]
過去の間接的推定はいいからさ。
知ったことではなかった朝鮮側の実効的支配の直接的証拠は?一環して領有してたのだから当然あるでしょ。勅令として「石島」を編入したからね〜。その後、「石島」にどういう実効的支配を行ったの?教えて〜ん。
これは メッセージ 1385 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1386.html
>>>>>>安
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 21:08 投稿番号: [1385 / 18519]
14〜15世紀の一時期、朝鮮側も刷還政策の影響で、一時的に独島情報が混乱し、鬱陵島于山島一島説を唱えるものまで現れた。
実際に鬱陵島から于山島を展望することは出来るので、刷還政策により鬱陵島を空島にしたことによる一時的な混乱に過ぎない。
しかしそれも15世紀後半の三峯島探査の成果を以て一島説は否定される。しかし朝鮮の史書は正直なので、過去に一島説が在ったことは一応記されているに過ぎない。
これ以降、于山島は揺るぎない朝鮮領土として数百年間に亘り取り扱われて居るわ。
無論、その間他国の領土として取り扱われたことは一度もない。如何なる国に割譲したこともない。
ましてや、こそ泥風情に文句を言われる筋合いではない。
これは メッセージ 1383 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1385.html
底なし沼
投稿者: llllowollll 投稿日時: 2003/03/07 21:04 投稿番号: [1384 / 18519]
これは メッセージ 1382 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1384.html
>>>>>安
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 20:59 投稿番号: [1383 / 18519]
> 無論、日本の1905年島根県編入、公示、土地台帳登録、使用許可命令、賃貸借許可等々は全て無効だ。こそ泥が勝手にやらかしたことであり、朝鮮側の知ったことではない。
知ったことではなかった朝鮮側の実効的支配の直接的証拠は?一環して領有してたのだから当然あるでしょ。勅令として「石島」を編入したからね〜。その後、「石島」にどういう実効的支配を行ったの?教えて〜ん。
これは メッセージ 1382 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1383.html
>>>>安
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 20:54 投稿番号: [1382 / 18519]
無論、日本の1905年島根県編入、公示、土地台帳登録、使用許可命令、賃貸借許可等々は全て無効だ。
こそ泥が勝手にやらかしたことであり、朝鮮側の知ったことではない。
これは メッセージ 1381 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1382.html
>>>安
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 20:48 投稿番号: [1381 / 18519]
日本の1905年島根県編入、公示、土地台帳登録、使用許可命令、賃貸借許可等に該当する「実効的支配の直接的証拠」が韓国にはないということですね。了解しました。
これは メッセージ 1378 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1381.html
>>>wakarannjinさん
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 20:47 投稿番号: [1380 / 18519]
日本側は明治になって松島を見失っている。
1905年の「島根県編入」は新発見の島と勝手に錯覚して為された。
事実日本政府は、国境の島であるにもかかわらず、対岸の大韓帝國政府に対する事前の照会すらしなかったので、江戸時代に松島と呼称された島、即ち朝鮮の于山島であることを気づきもしなかったか、或いは自らの侵略野欲を優先してわざと朝鮮に知られないようこっそり盗もうとした。
そうして、江戸時代に松島と呼称された島とは全く無関係な島として島根県編入は為されたのである。
従って、現在の「竹島」なる呼称は何ら正統性を有せず、断じて認められない。
これは メッセージ 1376 (tydkemvo さん)への返信です.
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ピエロ?
投稿者: llllowollll 投稿日時: 2003/03/07 20:37 投稿番号: [1379 / 18519]
わずかなプライドかも知らんが、これ以上すり減らせてどうする気だ?
本当は自分で言っていることに自分自信すらも納得してないだろう?
もし、万が一本気でそう思っているならちゃんと反論してもいいが、まず自分の胸に問い掛けてくれ。
>正確には「回答不要」な事柄の範疇だが。
>「先占の法的根拠」は日本にも朝鮮に対抗しうる領有主権が在るときのみ必要になる。
>朝鮮は歴史上一貫して独島を領有し、日本は歴史上一貫して領有していない。
これは メッセージ 1378 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1379.html
>>安
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 20:07 投稿番号: [1378 / 18519]
正確には「回答不要」な事柄の範疇だが。
「先占の法的根拠」は日本にも朝鮮に対抗しうる領有主権が在るときのみ必要になる。
朝鮮は歴史上一貫して独島を領有し、日本は歴史上一貫して領有していない。
これは メッセージ 1377 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1378.html
>安
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 18:07 投稿番号: [1377 / 18519]
>なにがわかったつもりだ。
朝鮮には領有主権はあったが、日本には一切無かっただけのこと。
随分と譲歩してあげたのにこれかよ。それで、近代法に基づく実効的支配にいつ切り替えたんだ?切り替えなかったなら、先占の法的根拠は失われんだけど。回答不能なようですね(笑)
これは メッセージ 1370 (wakarannjin さん)への返信です.
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>>wakarannjinさん
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2003/03/07 15:16 投稿番号: [1376 / 18519]
>独島は、松島と呼ばれて居った。
>松島は即ち朝鮮の于山島である。
>于山島には三峯島、可支島などの別称がある。
>1900年には既に独島と呼ばれて居った。
>ただし表記は「石島」とすることもある。
くどいようですが、もう一度確認いたします。
あなたのおっしゃることには
>独島は、松島と呼ばれて居った。
これは独島(日本名:竹島)は、当時は日本では松島と呼ばれていた。
当時の日本側の呼称は松島だったということですね?
そして、
>松島は即ち朝鮮の于山島である。
日本が言う松島(日本名:今でいう竹島)を朝鮮時代、朝鮮側では于山島と呼んでいた。
すなわち独島は于山島であると。
さらに
>于山島には三峯島、可支島などの別称がある。
>1900年には既に独島と呼ばれて居った。
>ただし表記は「石島」とすることもある。
独島=于山島=三峯島=可支島=石島
とおっしゃるのですね。
ここまではあなたの主張としてよろしいですね?
ついでに、あなたは当時の日本では現在の鬱陵島を竹島、現在の竹島のことを松島と呼んでいたという認識もちゃんとおありですね?
とりあえず、ここまで確認させてもらえばけっこうです。
ありがとうございました。
これは メッセージ 1373 (wakarannjin さん)への返信です.
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>独島
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 13:16 投稿番号: [1375 / 18519]
>石島は「ドクド」とは訛がひどいにしても発音し兼ねるんじゃないの?
独島(日本の所謂松島)以外にも、朝鮮沿岸の他の島に類似の例が幾つもある。
全く問題ない。
これは メッセージ 1374 (jaway さん)への返信です.
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独島
投稿者: jaway 投稿日時: 2003/03/07 13:13 投稿番号: [1374 / 18519]
離れ小島と言う一般名称では意味が無いんじゃないの?
石島は「ドクド」とは訛がひどいにしても発音し兼ねるんじゃないの?
これは メッセージ 1373 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1374.html
>wakarannjinさん
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 13:10 投稿番号: [1373 / 18519]
zephendaとの話の経緯を無視しながら、「逃げる」とは誰のことだ。
独島は、松島と呼ばれて居った。
松島は即ち朝鮮の于山島である。
于山島には三峯島、可支島などの別称がある。
1900年には既に独島と呼ばれて居った。ただし表記は「石島」とすることもある。
いずれも現地語で「ドクド」であり、現地採用の吏員には現地読みが許容されていたので全く問題ない。
これは メッセージ 1372 (tydkemvo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1373.html
wakarannjinさん
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2003/03/07 12:56 投稿番号: [1372 / 18519]
wakarannjinさん、逃げないで答えてください。
鬱陵島のことなんか聞いてはいません。
現在の日本名で竹島、韓国名:独島のことを話しましょう。
いいですか、鬱陵島のことではなく、現竹島(韓国名:独島)ですよ。
竹島(韓国名:独島)は韓国では1906年以前、朝鮮時代、当時は何と呼ばれていたのですか?
やはり、この質問には答えられませんか?
これは メッセージ 1365 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1372.html
>>>>>三峯島探査
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 12:18 投稿番号: [1371 / 18519]
お前が出した原典の最後に三峯島探査の記事があるな。
二島説が確立する経緯がハッキリ書いてある。
これは メッセージ 1368 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1371.html
>>>>>>>>>安
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 12:15 投稿番号: [1370 / 18519]
なにがわかったつもりだ。
朝鮮には領有主権はあったが、日本には一切無かっただけのこと。
日本に領有主権が在った証拠は皆無である。
これは メッセージ 1369 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1370.html
>>>>>>>>安龍福
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 10:49 投稿番号: [1369 / 18519]
わかった。わかった。朝鮮探索隊によって「竹島」が発見されたと仮定しよう。未成熟のtitleを有したわけだ。それで、朝鮮はそのtitleを近代法に基づく実効的支配にいつ切り替えたのかね?
これは メッセージ 1366 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1369.html
>>>>三峯島探査
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/07 10:44 投稿番号: [1368 / 18519]
>偶々、鬱陵島にも三つの峯があるってことに過ぎない。
「三峯」という表現て書いたじゃん。それに対して「于山」のこととだと言ったのは、あなたです〜。
寂しくてわざとやってるんだろうけど。
これは メッセージ 1367 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1368.html
>>>三峯島探査
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 10:17 投稿番号: [1367 / 18519]
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-
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯
??空 南峯稍卑 風日芿明則 峯頭樹木 及山根沙渚 歴歴可見 風便則二日可到 一説于山鬱陵 本一島
------------------------------------
-
>実際の鬱陵島は、羅里峯(840m)、聖人峯(984m)、弥勒峯(901m)が並んでるんだって?
それがどうかしたのか。
偶々、鬱陵島にも三つの峯があるってことに過ぎない。
鬱陵島が三峯島なら、「鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 一云三峯」と書くわな、普通。
これは メッセージ 1364 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1367.html
>>>>>>>安龍福
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 10:04 投稿番号: [1366 / 18519]
日本側には、独島の領有主権の存在を伺わせる証拠は一切存在しないのである。
これは メッセージ 1361 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1366.html
>>>>>于山島≠竹島
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/03/07 09:45 投稿番号: [1365 / 18519]
>捏造とは人聞きの悪い・・・
勝手に捏造したのはどちらでしょうか?
お前だ
>話の経緯をもういちど確認しましょう
zephenda が最初に「鬱陵国」なるトンデモな言い分を持ち出し、俺は「そんなものは存在しない」否定した。
それを受けてzephendaは「于山島≠竹島」と言いだしたので、俺は「于山島≠竹島(現鬱陵島)は異論ない」としたのだ。
一度たりとも「于山島≠竹島(現独島)」は出てきておらぬわ。馬鹿
これは メッセージ 1362 (tydkemvo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1365.html
>>三峯島探査
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/06 20:19 投稿番号: [1364 / 18519]
>「亦於海島之間
有如人形列立者三十因疑」とは書いてあるが、
それ丁酉条じゃないの?わざとやってるでしょ。私が書いたのは壬辰条。原文を見つけてないから確信はできんけどね。
>いや、于山島の解説として出てくるんだよ。
ふ〜ん。竹島の頂上には樹木があったんだ。地球の環境破壊が進んだ証拠だね。それとも竹島から鬱陵島を見た記録なのかな?驚異的な視力だね。余計なことも付け足してるし。
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于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯
??空 南峯稍卑 風日芿明則 峯頭樹木 及山根沙渚 歴歴可見 風便則二日可到 一説于山鬱陵 本一島
------------------------------------
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実際の鬱陵島は、羅里峯(840m)、聖人峯(984m)、弥勒峯(901m)が並んでるんだって?
韓国側史料の原文サイトを見つけたよん。
http://www.gbtour.net/Nadri/jpn_dokdoh
これは メッセージ 1356 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1364.html
なんでやねん・・・(^^ゞ
投稿者: tinopure 投稿日時: 2003/03/06 15:28 投稿番号: [1363 / 18519]
おひさしぶり。忙しいから討論には参加できませんが、しっかりROMしています。ところで、
>勿論1905年の「島根県編入」も、朝鮮に対する領土野欲に基づく侵略以外の何者でもなく、当然に領有主権は一切認められない。
なぜ、そういう結論になるのか全く理解できません。
これは メッセージ 1358 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1363.html
>>>>于山島≠竹島
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2003/03/06 14:56 投稿番号: [1362 / 18519]
これは メッセージ 1357 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1362.html
>>>>>>安龍福
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/06 14:42 投稿番号: [1361 / 18519]
>公開の掲示板上でしゃあしゃあとトリミングするとは恐れ入る。
意味がないからね。公開の掲示板上でしゃしゃと安龍福から次々と論旨を変えていくとは、恐れ入る。相手がいないから寂しいのね。
>対して日本側には、独島の領有主権の存在を伺わせる証拠は一切存在しないのである。
ほうほう。朝鮮探検隊は朝鮮の何という法律に基づく行為だったのですか?
これは メッセージ 1360 (wakarannjin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1361.html
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