川が絶滅寸前です!

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有難うございました。

投稿者: akio1527 投稿日時: 2003/08/19 18:13 投稿番号: [1120 / 2229]
皆さん、書き込み有難うございます。
やはり、害魚ですよね。もともといなかったんですものね。
私の住んでいる、名古屋では、川に、鯉、なまず、鮒ぐらいしかいなくなってるもので。バスも、噂には聞きますが、見た事ありません。
子供のころあれだけいた雷魚さえ、見なくなりました。
川自体に、生命感が、ありません。
なんだか、一連のバスバッシングを、見ていると、なんだか、偏っているなと、感じます。
雷魚も、ここまで減っています。バスも、僕の感じる限り昔のように釣れません。子供のころあれだけ釣れなかったナマズ、鯉が、やたら釣れます。そのうちバスもいない川にならないと良いですが。
バスも、ほっときゃ減ると思いますが、それじゃ遅いんでしょうね。

ブラックバス

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/19 12:46 投稿番号: [1119 / 2229]
初めまして。

バス害魚論の前に、豊かな自然の定義が先ですよね。
抽象的で申し訳ないのですが、生物多様性条約の趣旨に沿った自然、つまり、在来生物からなる生態系だと思います。

その上でバス(オオクチバス)の存在を考えると、一部地域では害魚以外の何者でもないと思います。
確か、芦ノ湖では1平方キロあたり13匹で定着し、アメリカでは結氷する湖にも定着していることから、かなり注意が必要な魚種ではないでしょうか。

生物多様性から見ると、閉鎖性水域の地域個体群って、かなり重要です。
つまり、同じ魚種でも、若干の遺伝子特性が異なる、これをどれだけ多く残せるかが重要なのです。

ですから、日本の在来魚と、アメリカ産のバスを比べると、在来魚のほうが大事になります。もちろん、在来魚でも移入種は違いますよ。

簡単ですが、いかがでしょうか。

河畔林の可能性

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/19 10:55 投稿番号: [1118 / 2229]
普段は河原があっても、年に数回、川幅いっぱいに濁流が流れる河川って、結構多いと思います。
その上で。。。

河畔林建設の可能性って、どの程度あるのでしょうか?
植えたばかりでは流されちゃいますよね。つまり、根付くまでをどう保護するべきなのか。
既存の堤防内に植林して、その周りに堤防を作ると(鋼矢板でも良いけど)ボトルネックになり、大変危険です。
既存の堤防の外に植林して、根付いてから林の外側に堤防を築く。。。大事業ですね。
苗木を植えて、後は木々の生命力に賭けるしかないのでしょうか?

具体的に考えた場合、どうも良い案が浮かばないのですが、皆さんはどう思いますか?

蛇足
上流部に放水路を造る場合、開水路のスペースは取り難いし、開削工法でも同様です。
また、多くが水源地のため、開削・非開削を問わず、出水に対して対策を打つのが難しいんじゃないでしょうか(セメントミルクをバンバン注入したら、そりゃ問題でしょう)

イメージがわからないので確認

投稿者: urara8888jp 投稿日時: 2003/08/19 02:13 投稿番号: [1117 / 2229]
qtr3yyさんが仰られた、

>「川が溢れない」ということについて
>は前回提案してますが、上流域から川
>が増水するにしたがって分散するよう
>に放水路を所々に設置すれば、それだ
>け川に溢れる原因の水流が集中しない
>ことになり、それだけ溢れなくなりま
>すよ。

について・・・

スミマセン、ちょっとイメージがわかないのです。
放水路って開水路ですか?それともトンネル河川ですか?
どういうイメージなのでしょうか?
そもそも分散させた水はどこに持っていくのでしょうか?隣の流域ですか?それとも直接海ですか?あるいは一部区間的なバイパス?
「上流域から分散開水路で直接海に」ってことになると人工河川を一本造るイメージになっちゃいますが・・・
いまひとつqtr3yyさんがイメージされてる「放水路」なるものが理解できません。
また、トンネル放水路以外、上流域は急峻で、そうやすやすとは分散河川を造れるような土地はありませんし、守るべき資産も下流域に比べて少ないのですが・・・

よくわかります

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/19 00:04 投稿番号: [1116 / 2229]
いらっしゃいませ。

おっしゃっている〜
>地球が食いつぶされるまで経済は拡大する。それが問題なのです。

まさに、ここに集約されてますね。
これまでのやり方のままでは、あまりにも盲目的で、これから起こることに対して何の解決にもなりませんね。

これからもヨロシクです>^_^<

勘違いしてました

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/18 23:56 投稿番号: [1115 / 2229]
いろいろ行き違いがありました。
これからは応援しますね。

ところで、おっしゃってる「川が溢れない」ということについては前回提案してますが、上流域から川が増水するにしたがって分散するように放水路を所々に設置すれば、それだけ川に溢れる原因の水流が集中しないことになり、それだけ溢れなくなりますよ。

〜よって、これまでのような「強固な堤防」も必要なくなります。

確かに

投稿者: tide56jp 投稿日時: 2003/08/18 23:07 投稿番号: [1114 / 2229]
  環境を守る運動には、多くの問題があります。西表島の問題のきな臭さもその一例です。
  同時に、公共事業としての例えば河川改修などでは、寧ろかなりの部分はうまくいっていると考えています。
  敢えて、誤解を恐れずに云えば、1級河川では、もう殆どの河川整備は満足すべきレベルまで達していると考えています。
  寧ろ問題は、今回の北海道や、水俣の例で見られるように、中小河川、或いは、ほんの小さな沢筋の一本一本の近くで深刻な災害が発生しています。
  そんな地域では、ダムや、景観保護などと言う問題より、速効のある3面張りの水路を整備することの方が優先さああれるべきだし、危険を実感している住民が反対するはずもありません。
  立ち退きでごねるのは、そうしないと満足な補償も得られないと云うごね得を許してきた行政の失政の付けでもありますよ。
  自然保護を食い物にして反対を煽り、問題が大きくなることで、食ってる学者や、有名人や、ジャーナリスト、所謂自然保護活動家の存在を否定しません。

  蛇足で、亡くなった方にはお気の毒ですが、雨の降る日に、川の中州でキャンプするなど狂気の沙汰です。まして危険勧告を無視するなど、弁護のしようもありません。
  私自身、川が30センチほども段を付けて増水してきた状況に出合ったこともありますが、上流域での雷などの豪雨ではそんなことは当たり前にあります。
  川で遊べるのは、せいぜい踝くらい迄の水深の地域です。流れのある川で、水深が膝まであれば間違いなく事故になる危険があります。
  川で遊ぶことと、遊び事ではない川とを見極めることは、それほど簡単なことではありません。
  私の川遊び仲間の知人が、夏休みの、何でもない川遊びのほんの一瞬に間に、小学生の子供を亡くしました。郷愁や、感傷で語れない川の危険を子供達にも教えておくことの必要を痛感しました。

河川改修

投稿者: sino_ikenie 投稿日時: 2003/08/18 14:52 投稿番号: [1113 / 2229]
河川の利用は大和国家が成立した頃には既に行われていたでしょう。
河川の改修と言うのは既に平安京建設時にも行われている事であります。

それでは河川と言うのは、どんな意味を持って存在するのでしょう。
原始時代には扇状地を作る役目を果たしていた事は中学でも習います。
その次は物流です。河川を利用して物資は都へ運ばれました。
次には、都市の汚染物質〔糞尿〕を洗い流す役目も有りました。
そして、都市部では水道水の供給源となって現代では利用されています。
河川は死んではいないのです。

人々は洪水と言う天災を恐れていました。
土地利用と言う観点から農地の耕作が目的だったでしょう。
昔の住居は河川が氾濫しても、その被害を受けない場所にしかなかった。
木津川と言う川は堤防の中にまで農地が広がっています。堤防が築かれる前から農地が有ったのです。
そして、昔ながらの住居地は高台に成った所にしか無いのです。
現代では、農地を売り払い住宅地に成っているので、低地部にも住宅地がある。

河川改修が必要な理由は、都市部の人口増加に伴うものが大きいのです。
とうてい昔では考えられなかった所に住居地を作るために河川改修を行い、有効な土地利用がなされてきたのです。

さて、この事実を踏まえた上で現代の河川を見なければなりません。
日本の人口は増えてはいません、むしろ減少傾向にあります。しかし、新しい宅地開発は
終息を向かえる事は無いのです。それは人々が豊かに成るに連れて個人の住まいを手にする事を
望んでいるからです。もう一つは、これまでの経済発展の構造が打ち破れないと言う現象が起きているからです。
建築需要は経済発展時代には鰻上りであり、建設会社は日本を牛耳る程の力を持つようになりました。
ですから、開発事業は終わらないのです。
河川改修やダム建設は新興住宅の開発の為に現代でも必要とされているのです。

経済の拡大なくして、資本主義には生きる道がないのです。
地球が食いつぶされるまで経済は拡大する。それが問題なのです。

持続可能な社会を作り出す事が現代社会の課題です。

程度の問題でしょう

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/17 01:43 投稿番号: [1112 / 2229]
初めまして。

環境保護関係の訴訟を見ていると、首を傾げざるを得ないものも目にします。
例えば、動物を原告にした訴訟です。
言い方は悪いですが、社会党の牛歩戦術のようなものかと感じています。
つまり、本来の訴訟とは離れたものを含めることによって時間を稼ぎ、かつ「訴訟中なのに開発を続けている」と相手に対しネガティブなイメージを張ることが出来ることが重要なのかと。。。
西表島の訴訟にも、同種の匂いを感じます。

さて、

>   治山治水が成句として成立する自然が常に変わらず有ります。

ここには賛成です(原則としてですが)
しかし、

>   今回水害に遭われたどんな地域の誰もが変わらず、砂防ダムや、堅固な堤防や、洪水を調節するダムの建設を望むに違い有りません。例え3面張りの川であろうと、そのことによって子々孫々生活の安全がかなうなら、それを望まぬはずはありません。

ここはどうでしょう?
「強固な堤防は欲しいが、それによって立ち退くのは嫌だ」なんて話は良く聞きますが。。。
それに、これからダムを作ろうにも、水害の恐れのある地域で建設可能な場所は、ほとんど無いんじゃないでしょうか。

川を溢れさせる工法は、技術的にはもちろん可能ですが、「川が溢れないことを前提に造られた都市」をなんとかしないと難しいですね。
でも、透水性舗装と同じくらい発想は面白いと思います。

私も釣り人の一人です

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/16 19:00 投稿番号: [1111 / 2229]
いらっしゃいませ。
自分も釣りをするので、バス掲示板を覗いたことがあります。

たしか「悪魔の魚」とかいうトピがありましたね。

社会的通念上でも、個人的見解でも「バス害魚論」は在来種に影響を与える限りにおいて正しいと思っています。

アメリカでのバス釣りは在来種の釣りですから、日本でもそれ(在来種の釣り=外来種は除く釣り)は自然なことだと思います。

でも、そういった在来種に影響がなければ、バス釣りもいいと思っています。

だけどこの問題はこれだけではなく、バス釣りをする人でマナーのない人が目立ちますね。
まるで川や池が、自分たちだけのフィールドのように身勝手に振舞っているようなところもあります。

こちらが静かに釣りをしていても、そのポイント近くへルアーを投げ込んでくるし、ひどいのはバスボートで豪快に近寄ってくるのもいます。

一部の人だとは思いますが、バス釣り師が多くなったせいか、目立ちますね。

ところかまわず放流する問題もあるし、バスと聞くとイメージが悪い印象があります。

でもあなたは、そんなバス釣り師ではないと思いますが・・・・。

ここの皆さんへ

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/16 18:38 投稿番号: [1110 / 2229]
今夜7時半より、NHKで『未来への航海』という番組が放送されますが、ここで川が防災だけでは語れないというのが子供たちを通して伝わってくるでしょう。

突然で間に合わないかもしれないけど、ぜひご覧になってみてください。

突然ですが。

投稿者: akio1527 投稿日時: 2003/08/16 15:25 投稿番号: [1109 / 2229]
すべて、よんでないので、申し訳ないのですが、皆様は、バス害魚論を、どうお考えですか。
私自身、バス釣りをします。それにより、川や、ダムにも、関心を持つようになりました。豊かな自然とは、何でしょうか?
色々な生き物(人間も含めて)が、生きて行けないのでしょうか?外来種が、そんなに悪いのでしょうか?
皆様の考えを、お聞かせ下さい。

整理します

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/16 10:44 投稿番号: [1108 / 2229]
ただ今、反省してるところです。

玄倉川の例から、話がだんだん横にそれてきたようなので整理しますね。

自分が言いたかったのは、増水した川の中は危険だということで、その集中した流れを「分散」できればそれだけ川の中の危険性が減らせるだろうということです。

それを日高のワゴン車の救われた面で、「溢れ分散」できればと言う言葉をそのまま引きずったことが事の発端でした。
「溢れ」を外して、「分散」という言葉を強調していれば今回のようなことはなかったと思います。

ですから、ウララさんからも「霞堤」が出てくるようになってしまったようですね。

増水した流れを「分散」すると言う意味においては、玄倉川のような上流域でも今の技術で持ってすれば可能なはずです。

川はもともと支流があり、その流れは本流へと集まるように出来ています。
流量が増え、限界をを越えれば、川は溢れます。
この「溢れ」は、ウララさんがおっしゃるように(地形にもよりますが)下流域で多発しています。

この下流域での洪水を軽減させる意味でも、上流域(山間部でも)からその流れが集中する働きを「分散」していけば、それだけ下流域への負担を弱めることが出来ます。
洪水を減らすことができます。

川の流れが一方向に激流となった姿で、しかもそれがコンクリート護岸のようなのっぺらぼうな岸辺が延々と続く様なところで流された場合はとても助かる見込みはないので、これが途中で流れがいくつか「分散」してあれば本流の流れも弱まり、その流れの方向性もそれだけ多面的になることで、ただ激流に飲み込まれていくというようなこれまでの危険性はなくなるはずです。
しかも岸辺には、河畔林があればベストです。

このような川にすれば、安にスーパー堤防のような過剰な設備に固執する必要はなくなり、河川環境面でも負担が緩和されます。

ヤマさんから突然「ダム」が出てきたのには以外でしたが、この「ダム」の洪水調整という働きにおいても、これまでのように頼る必要もなくなりますね。

床上浸水

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/16 02:58 投稿番号: [1107 / 2229]
浸水しそうな時に、土嚢を作ったり積むのを嫌がるわけではありませんが。。。

マンホールや浄化槽から溢れ出たナニの後始末が大変ですので、平野部でも居住地域は勘弁してもらいたいですね。
その昔なら、御奉行様の命令で堰堤の一部を切って、田畑に水を流すことも出来たでしょうが、現在ではそんな決断を出来る人がいるのでしょうか?いないでしょうね。。。

お騒がせしました

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/16 02:43 投稿番号: [1106 / 2229]
キャンパーのマナーや知識の問題として、玄倉川を挙げるのなら、まだわかります。

あの事故の後に、「なんで助けられなかったのか!」とか、「おまえらが(救助の方法が)下手だからだ!」なんて心無い意見があったと友人から聞いているので、尚更なんですよね。

地元では結構微妙な話題ですので、安易に(不適切に)取り上げられるとカチンと来てしまいました。

>qtr3yyさん
今回は、「河川の環境を守りたい」という基本スタンスは同じなので、なるべくヤンワリと指摘したつもりですが、かえって誤解を生んでしまったようです。
また、途中で私も感情的になってしまったことをお詫びします。

しかし、近代河川工法の弊害を指摘するためなら、何を例に挙げても良いわけではありません。
事例の取り上げ方や、(質問や反論が出た場合の)対応の仕方によって、逆効果になってしまう場合も多々あります。
そこは、理解してもらいたいです。

玄倉川の件

投稿者: urara8888jp 投稿日時: 2003/08/16 01:24 投稿番号: [1105 / 2229]
横から失礼します。

玄倉川の災難は、呆れたキャンパーの非常識が起した悲劇以外のなにものでもないと考えます。
上流ダムの管理者は親切にも警報サイレンを鳴らし、巡回警告を発していたのです。にもかかわらず、それを無視し続けた呆れた親の無責任が招いた結果でしょう。子供を持つ親として、あの時のキャンパーのバカ親どもに怒りを覚えずには居れません。
工法云々以前の問題だと思います・・・


工法について触れるなら、
「川を人為的に溢れさせる遊水地、霞堤などの工法」はもっと下流の拡散型の平野部(水を溢れさせても流れが緩やかで家屋床下浸水・農地被害ぐらいで済むところで有効な工法です。
勾配のきつい中上流部では反って危険が増大します。

ちょっと事実誤認があると思います

投稿者: yamaY2K1 投稿日時: 2003/08/16 00:55 投稿番号: [1104 / 2229]
ここの投稿者は、お互いに実際の現場を対象にしていないので議論がかみ合わないことが多いのが残念です。
で、具体例として出された
「数年前の玄倉川の中州に取り残されたキャンパーが赤ん坊一人残して全員亡くなったのも、雨水を河川に閉じ込める(集中させる)今の治水の考え方の犠牲者であり、溢れ分散させる河川工法であったなら、流されてもそれだけ助かっただろうと思うのです。」
は事実誤認と思いますので発言。
マスコミ報道と私の知る限りの情報では玄倉川の事件と河川工法との関係はないです。件のダムは発電ダムですから、下流の河川改修計画とは関係ない存在です。分散させる河川工法というのはありえないことではないですが、件のダムのために実施する理由はないでしょう。

トホホですね。

投稿者: tide56jp 投稿日時: 2003/08/15 22:22 投稿番号: [1103 / 2229]
  貴方のような専門家を捕まえて、河川管理の蘊蓄をたれるとは。
  お怒り良く解ります。
  でもね、それが自然保護運動なるものの実態なのですよ。
  ま、ちょっと相手が、桁違いでしたね。
  又ご意見を聞かせてください。

重いテーマですね。

投稿者: tide56jp 投稿日時: 2003/08/15 22:15 投稿番号: [1102 / 2229]
  確かに、西表のような特殊な自然資産を抱える地域での特殊性を考慮しない訳にはいかないでしょうね。
  つまり、此の訴訟は、西表ものであって、一般論には出来ないだろうと考えます。或いは、それぞれのケースについて、それぞれの判断がなされるべきなのでしょう。
  然し、それにしても、常にトレードオフされるのは、その地域の住民の生活です。
  好んで危険地帯に住み着いたのではありません。
  有る者は父祖伝来の土地を守り、有る者はなけなしの積み立てを費やして僅かばかりの土地を手に入れ、終の棲家を築いて、ささやかな生活の場を求めました。
  日本が世界のどんな地域とも違うのは、脆くて崩れやすい急峻な脊梁山脈を抱えて、そこに、乾燥地帯では信じられないような大量の降雨が一気に起きる自然環境にあることです。
  治山治水が成句として成立する自然が常に変わらず有ります。
  今回水害に遭われたどんな地域の誰もが変わらず、砂防ダムや、堅固な堤防や、洪水を調節するダムの建設を望むに違い有りません。例え3面張りの川であろうと、そのことによって子々孫々生活の安全がかなうなら、それを望まぬはずはありません。
  金のかかる景観重視工法を取るか、コストの安い、工法で、より多くの地域の施工を優先するか。簡単に決められる問題ではありません。

  川を溢れさせる工法、冗談じゃありません。日本の水害に対する無知としか云いようがありません。
  日本の水害の多くは、土石流災害であり、いったん溢れた川が及ぼす被害は、あらゆるものを破壊し尽くします。
  川には、川によって運ばれる大量の土砂を安全に流下させるという重大な責務があります。それが日本の川です。

つまらん

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/15 21:47 投稿番号: [1101 / 2229]
もう一度書きます。
技術的に可能かどうかなんて、貴方よりはわかっているつもりです。

>>現地がどうであろうと、それでもって近代河川工法の川に雨水を集中させることによる河川内の危険性を否定することはできません。

>このために玄倉川を引き合いに出すことがナンセンスだと書いているのですよ。

現場の写真や模型ではわからないらしいので、一度現場へ足を運ぶことをお勧めします。
現場のすぐ上まで車で行けますし、河原へ降りるのも楽な場所です。
そうそう、夜になると鹿がウジャウジャいますよ(狩猟期間前ならね)

その上で、今回のやり取りのことを考えて下さい。
あまりにもくだらないので、以降のレスは控えます。

そうですね。

投稿者: tide56jp 投稿日時: 2003/08/15 21:36 投稿番号: [1100 / 2229]
  確かに、人が古里を思い、美しい自然を慈しむことを郷愁とするなら,仰るとおりです。
  でも、ここでの一部の投稿にも見られるような、思いこみや、観念論での自然保護運動や、「自然保護活動家」などと称する人々の言動を見聞きするに付け、暗澹たる思いに駆られます。
  郷愁と云うより、感傷と表現すべきであったかも知れません。
  何れにしても、そこには重いテーマがあります。それは次稿に譲ります。

そこの人だけのものか

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/15 19:43 投稿番号: [1099 / 2229]
最近では「世界遺産」として、日本でも登録地がいくつかありますが、これは将来の世代に残していくことを目的とした条約です。

このように、永久的に多くの人たちに残すという責任感があれば、その地域の問題だから(地域外の人は)知らないというような偏狭な視野にならないはずです。

個人的見解として、その地域外の人が加わることはあるべき姿だと思います。

前に多摩川決壊の堰の件で、建設省の徳島工事事務所がそのことを改竄し、吉野川河口堰建設推進に悪用した例を挙げましたが、このようなことを地域外の人が知っていた場合、吉野川地元住民へ知らせてあげるべきでしょう。

ボランティアするのに、地域の内外は関係ないことです。

多様性

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/15 19:25 投稿番号: [1098 / 2229]
ヤマさんが、川に対して「郷愁の対象」とも見ていることに、とても安心しました。

ここの論客の中では、一面的にしか川を捉えられない人がいますが、そういう人たちには早く視野を広げてほしいといいたいです。

そうでないと、川がごく一部の人だけのつまらないものになってしまい、取り返しのつかないことになってしまいます。

よく読んでください

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/15 19:17 投稿番号: [1097 / 2229]
玄倉川の件も、今の工法で流れを分散させることは可能だと言ってるんですが(前回)、難しいですか?

また、三面張りを引き合い出すそちらこそコジツケになってますよ。

今の工法では、(豪雨のとき)川の中が危険ですよと言ってることに、ただ反発しているだけで意味があまりないようです。

もうこれ以上、単なる挙げ足取りにつきあうのは止めにします。

>Re:一部違います

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/15 12:58 投稿番号: [1096 / 2229]
>現地がどうであろうと、それでもって近代河川工法の川に雨水を集中させることによる河川内の危険性を否定することはできません。

このために玄倉川を引き合いに出すことがナンセンスだと書いているのですよ。
No.1093の投稿は、「三面張り河川を否定したいがためのコジツケ」に見えるのです。

そこだけの話なので、タイトルを「一部違います」としているのですが、

>川の仕組みをよく知らないようですね。
>安易に今の工法を擁護しないでください。

と取られちゃねぇ(ため息)

Re:一部違います

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/15 12:01 投稿番号: [1095 / 2229]
>多分現地を知らないで書いているのでしょうが、安易に工法のせいにしないで下さい。

現地がどうであろうと、それでもって近代河川工法の川に雨水を集中させることによる河川内の危険性を否定することはできません。
川の仕組みをよく知らないようですね。
安易に今の工法を擁護しないでください。

また、川から取水するためにトンネルを掘ったりする導水工法もありますから、単純に地形を理由に不可能とはいえません。

一部違います

投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/15 09:54 投稿番号: [1094 / 2229]
>数年前の玄倉川の中州に取り残されたキャンパーが赤ん坊一人残して全員亡くなったのも、雨水を河川に閉じ込める(集中させる)今の治水の考え方の犠牲者であり、溢れ分散させる河川工法であったなら、流されてもそれだけ助かっただろうと思うのです。

玄倉川は、年数の経った(土砂で埋まっている)砂防ダムはありますが、自然の地形として両岸が切り立っています。
とても、「溢れ分散させる河川」ではないし、工法で「溢れ分散させる河川」にするとしたら、山を切り崩す必要があります。

一応、現地の写真と模型のURLです。
http://www.disaster-i.net/
(ページ下側の1999年に写真が載っています)

http://www.d1.dion.ne.jp/~sentaka/
(目次ページ下段の「笹舟のりば Part2」に川の模型があります)

Webで「玄倉川」を検索するだけで、上記URLには辿り着けます。
多分現地を知らないで書いているのでしょうが、安易に工法のせいにしないで下さい。

日高地方に見る

投稿者: qtr3yy 投稿日時: 2003/08/15 01:30 投稿番号: [1093 / 2229]
こんにちは。
いらっしゃいませ。

今回の台風10号の爪跡は、とくに北海道日高地方ではこれまでにないような豪雨だったらしく、その甚大な被害に地元の人たちが驚いてた様子でした。

ワゴン車が川に流されて人が亡くなっていますが、その中にあって助かった人もいました。
後で見るとそのワゴン車は、川から溢れた水に乗って陸の方へ押し上げられた格好です。

これがもし近代河川工法のコンクリート護岸の川であったら、おそらくその河川に集中した大量の流れに一気に飲み込まれるだけで、助かる人もいなかったろうと思いました。
車から抜け出せたとしても、コンクリート護岸では岸辺につかまるところもなく、力尽き死ぬだけです。

近代河川工法は川の外側の周辺住民の防災の役に立ってるとしても、川の中では逆に激流を作り出し、危険を増幅しているのです。
これは前にも触れてますが、釣りをしていてよく感じることでもあります。

近代河川工法の盲点であり、一面的な役割しかないのです。

今回の日高地方のワゴン車の件でもわかるように、川が溢れるということは、その流れの勢いを分散する働きがあるわけで、川の中にあってもその危険性を回避することにもなるのです。

そして川岸に河畔林が備われば、そこに引っかかる可能性もあり、より危険な状態から避けられることになります。

数年前の玄倉川の中州に取り残されたキャンパーが赤ん坊一人残して全員亡くなったのも、雨水を河川に閉じ込める(集中させる)今の治水の考え方の犠牲者であり、溢れ分散させる河川工法であったなら、流されてもそれだけ助かっただろうと思うのです。

そう考えると、これも人災なのか?

燈籠流し。

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/15 01:22 投稿番号: [1092 / 2229]
先日、江戸時代に排水と農業利水のために造られた川での燈籠流しに参加しました。
今年は桟橋が設けられ、川の真ん中で燈籠を流せるように工夫されていました。
戦後間もなく迄は川の水を利用した染物屋が川岸に軒を連ねていたそうです。
しばらくして川で手ぬぐいを染め流す光景も見る事ができなくなりましたが、
近年市民や行政の協力もあり、通年流水の実現や川岸の景観維持に取り組んでいます。
この催しも、川と人々が育んだ古き良き文化の1つとして継承され行く事でしょう。

1級2級。

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/15 01:15 投稿番号: [1091 / 2229]
yasuco_ezoさん、はじめましてこんにちは。
沙流川は2級河川で堤防などの護岸工事が他の河川よりも遅れていた?とか
テレビで言っていたような・・・1級河川との扱われ方の違いがあるのでしょうか?
私の家の近くの川は小さな物ですがいちよう1級河川なので県の管轄となっており、
洪水の恐れが全くないにもかかわらず蛇行していた流れは直線化され、
護岸や川底までもが輸入板チョコのようなブロックで固められた悲惨な状態です。
北海道での洪水被害は少ないですが、どうでもいいような1級河川を弄繰り回し、
何らかの処置が必要とされる2級河川の安全対策が、
文字通り2の次扱いされているとしたら問題だと思いました。

地理的制約を設けない権利主張

投稿者: hiro2232001 投稿日時: 2003/08/13 22:15 投稿番号: [1090 / 2229]
  郷愁や想い、をその地域との地縁のない人間が語るのは不自然か。
  それでも合法的合理的なことなのか。

時と場合によるのでしょうがこんな訴状があるそうです。

西表リゾート開発等差止訴訟の訴状について
(3)地理的制約を設けない権利主張がなぜ可能か
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2032/page017.html

沙流川・・・アイヌの聖地

投稿者: yasuco_ezo 投稿日時: 2003/08/13 18:41 投稿番号: [1089 / 2229]
  北海道に台風が来る事はめったに無い。台風10号が齎した雨は380mm・・・アイヌの聖地で有った二部谷ダムに大量の流木が流れ込んだそうである。

  昔・・・昭和28年頃に大きな被害を出した台風・・・しかし、戦後復興の為森林の伐採が相次ぎ・・被害が増大したそうである。

  一つ消えた沙流川と言うアイヌの聖地

温故知新。

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/13 11:03 投稿番号: [1088 / 2229]
>私としては郷愁と安全は矛盾するものではなく両立できるものだし、
それが今求められている川づくりだと思います。

なるほど・・・確かにそうですね。同感です。
輪中地帯の古い民家の軒下には、洪水時に備えて舟が括りつけられているのを
見た事があります。そうゆう地域独特の文化を保存して行くのは
同時に昔の洪水被害を後世に語り継ぐ事なしには達成できないでしょう。
この前の三陸沖地震の際は、行政からの警報連絡があるまで
非難行動をしなかった市民が殆どだったという報告がありました。
古い集落には、標高数十mの不便な急勾配の傾斜地に形成された物もあります。
先人達の自然の脅威に対する知恵の継承は、今日現場ですら急務なのかもしれません。

川は郷愁の対象であって欲しい

投稿者: yamaY2K1 投稿日時: 2003/08/12 23:31 投稿番号: [1087 / 2229]
tide56jpさんに全く同感ではありますが、しかし、川は郷愁の対象となるような形態であるべきと思います。
そうでなければ川に関わろうとする気がなくなるってもんではないでしょうか。
私としては郷愁と安全は矛盾するものではなく両立できるものだし、それが今求められている川づくりだと思います。
また金が要る・・・ということはありますが。

実は悩んでいます・・・

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/12 21:35 投稿番号: [1086 / 2229]
今年は多分阪神優勝するので、やはりたくさんの人が飛び込むのでしょうか?
この前テレビで飛び込んだ人のその後の追跡調査を放送していたらしいです。
聞いたのですが、ヘドロとばい菌君だらけのとんでもない川なので
実際に飛び込んだ人の中にはその後数日間熱出して寝込んだ人もいるとか。
それを聞いて来年の道頓堀水泳大会に参加しようかしまいか悩んでいます。
はしごや桟橋を設置したり、あるいは体を流すためのシャワー位は
主催側で用意してくれると思いますがそこまで汚いとは思っていなかったので(w)、
気合でどうのとかいう問題ではなく、根性なしかもしれませんが挫けそうです。
主催側としては、川の汚さを体でもって、まさに身にしみてわかってもらう事で
道頓堀を綺麗にしようとか関心を持ってもらうのが狙いのような気がしますが。

また、

投稿者: tide56jp 投稿日時: 2003/08/12 20:13 投稿番号: [1085 / 2229]
  台風で人が亡くなりましたね。
  年中行事のように、毎年繰り返される悲しみを、どんな風にしてでも断ち切れる方法があるとしたら、日本人の叡智を尽くしてそうすべきです。
  ダムも堤防も、砂防ダムも、どうしても必要なのです。
  川を知らない人や、川で遊ぶこともない人が、川の優しさも、同時に川の恐ろしさも知らない人が、川をとやかく言うのは、許せない気がします。
  生活に接する川は、郷愁ではないのです。
  台風が来ると、何時も思います。
  あ、またこれで、今何も知らずに生活している人が亡くなると。そしてそれは何時も的中します。悲しいことです。
  どうか、川を、郷愁や見てくれだけで語らないでください。

溺れる虎

投稿者: hiro2232001 投稿日時: 2003/08/11 22:12 投稿番号: [1084 / 2229]
>>コンクリ張りで草が生えていない川はつかまる物がないのでカエル

  道頓堀に飛び込むと、まさしく這い上がるのが大変らしいですね。
護岸がコンクリですし、着衣泳法だし多分アルコールが入っているだろうし。。

影響あるよ多分。

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/11 21:48 投稿番号: [1083 / 2229]
どんな動植物でもある程度の適応力はあるものの、
人間を除いては気候的な生育限界は必ずあると思います。
温暖化のおかげでその生息分布を広げている水棲動物もいるのでは?

茶色と緑色。

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/11 21:43 投稿番号: [1082 / 2229]
いまどき特にレジャー関連ではたいがいペットボトル入りの飲料水は持参しますから、
大変良いアイデアだと思いました。下手なビート板よりか掴まり易そうだし。
子供に注意を払うのはもちろんですが、流された子供を助けようとして、
子供は助かっても親の方がアレしちゃうてゆうケースも多いような気がします。
子供を助けに行ってるのに自分が溺れてる場合か?て感じもしますが、
最近は方々で着衣泳法の講習会もやっているので緊急蘇生法も含めて
海に囲まれた国土民としての嗜みとして一度は体験しとくのも宜しいかと。

関連し、先日コンクリ3面張りの用水路でたくさんのカエルをレスキューした時に
気が付いたのですが、カエルを人間に置き換えて考える事もできると思いました。
コンクリ張りで草が生えていない川はつかまる物がないのでカエル、人間問わず
流されるままです。川が自然の状態で植生に富み蛇行していれば
運悪く流されたとしても助かる確率は非常に高くなるのではないでしょうか。
2〜3年間前の神奈川県内での川原でのキャンプ流され事件で、
流れの緩い川岸にフワフワと流されてきた幼児が助かった事を思い出しました。

話は変わりますが、本日訳あって大雨後で増水した何本かの大きな河川を
見る機会が(通りがかった橋の上から見ただけ)ありました。
どの河川も同じようにかなり水位が上がっていたのですが、
河川によって水の色が違う事に気が付いたのです。例えば、利根川は
茶色に濁っており普段見る増水した河川の典型的な色と感じましたが、
多摩川は茶色ではなく緑色に近いのです。少し驚きました。
やはり、流域の環境の影響がそうした増水時にはっきり現れると言う事でしょうか。

双子川。

投稿者: xyzpai2 投稿日時: 2003/08/11 21:15 投稿番号: [1081 / 2229]
イイですね。自分だけの秘密の花・・・じゃなくて川をお持ちとは!羨ましい。
私は今のところ、気軽に行けるそうゆうネイティブの川はないです。

そう言えば学生時代に丹沢山系を流れる、川原でバーベキューできそうな
手頃な渓流を適当に地図で探し出し車3〜4台で行ったことがありました。
それはそれは思った以上の素敵な場所でして、流れる水も大変綺麗なので
思わず手ですくって飲んでしまいました私だけ。その後友人曰く
「おい○○、この上流には牧場(か何か)があるから飲まない方がイイよ」
おいおい、飲む前に言っておくれよ。そう言えば少し味が濃かったかニャ?
とは言うものの、腹を壊す事もなく楽しいバーベキューをする事ができました。
残念ながら場所がわからなくなってしまい・・・じっくり探せば思い出すかも。
今は車でだいたいの所は行けますから地図で探して、
自分だけのお気に入りの川を発見したりするのも楽しいでしょう。

因みに私が知っている特別な川とは、この川は植物探索で東北に行った時に
偶然見つけたのですが、自分では勝手に「双子川」なんて呼んでいるもので、
つまり、同じ源流を持ちながら少し流れて全く違う方向へ流れて行き
違う河川になると言う珍しい川なのです。福島県南部にありました。
一時期、揚子江と黄河も源流は同じでは?などと言われた事もあったような
なかったような・・・?南米の、カリブ海へ流れるオリノコ川と
大西洋へそそぐアマゾン川も実は中流域で繋がっているんですよ。
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