程度の問題でしょう
投稿者: ko19_68 投稿日時: 2003/08/17 01:43 投稿番号: [1112 / 2229]
初めまして。
環境保護関係の訴訟を見ていると、首を傾げざるを得ないものも目にします。
例えば、動物を原告にした訴訟です。
言い方は悪いですが、社会党の牛歩戦術のようなものかと感じています。
つまり、本来の訴訟とは離れたものを含めることによって時間を稼ぎ、かつ「訴訟中なのに開発を続けている」と相手に対しネガティブなイメージを張ることが出来ることが重要なのかと。。。
西表島の訴訟にも、同種の匂いを感じます。
さて、
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治山治水が成句として成立する自然が常に変わらず有ります。
ここには賛成です(原則としてですが)
しかし、
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今回水害に遭われたどんな地域の誰もが変わらず、砂防ダムや、堅固な堤防や、洪水を調節するダムの建設を望むに違い有りません。例え3面張りの川であろうと、そのことによって子々孫々生活の安全がかなうなら、それを望まぬはずはありません。
ここはどうでしょう?
「強固な堤防は欲しいが、それによって立ち退くのは嫌だ」なんて話は良く聞きますが。。。
それに、これからダムを作ろうにも、水害の恐れのある地域で建設可能な場所は、ほとんど無いんじゃないでしょうか。
川を溢れさせる工法は、技術的にはもちろん可能ですが、「川が溢れないことを前提に造られた都市」をなんとかしないと難しいですね。
でも、透水性舗装と同じくらい発想は面白いと思います。
これは メッセージ 1102 (tide56jp さん)への返信です.
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