循環型完全自給自足の実現

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遺跡発掘型開墾作業

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/08 22:01 投稿番号: [1891 / 1931]
遺跡発掘型開墾作業とは、

できるだけ大地の生き物を傷つけないよう、殺さないようにと、
各種、鎌、クワ、使い、すこしずつ荒地山林などを開墾し、畑に
してゆく作業である。

草や笹を刈り、しばし放置し、落ち葉腐食を取り去り、しばし放置し、
表面に生き物姿ほとんどなきを確認し、いれば、避けつつ、
表土5〜20センチ、堀り、そこを起点にして、周囲の表土を少しづつ
削るようにしながら、探査しつつ、畑にしてゆく。
その作業速度は、かなり遅くなるが、生き物の逃げる時間や確認がしやすく
殺生傷害を普通の開墾作業方法よりも減らすことはできる。


しかし、完璧は、無理。どうやってもうっかり生き物を傷つけてしまう。私たちすべての祖先や私たち自身は、誰かが、どこかでこうしたことをしなければならなかったのだなと思う。
何十年放置された山林状態の鬱蒼とした笹野原の地下茎がひどいと、畑作物は、まともに育てれないと実感。
普通の5年くらい放置し荒れたような、元畑などなら、そんな作業などしないでも表面土壌作業だけで、どうともなりそうだが、何十年放置され、笹一面生い茂る山林では、手の打ちようがないと感じ、仕方なしと感じての作業である。


誰かが、どこかで、これをしていないと自然界の多くの場所では、食べ物すらまともに得られないのだ。
原始の自然なら、そして人口が少ないなら、狩猟採集もできたかもしれない。
だが、すでにそうした自由な原始の自然は、ほとんど残っていない。
残っていても、誰かの所有地となっていて、自由にできない。

そんなことを思いながら、ミミズや小さな生き物を避けつつ、強制!避難させつつ、、、それでも事故が起こり、悩み心持ちつつ、遺跡発掘型開墾作業をした。

一日一㎡として、一年毎日やれば、、、365㎡か。
この面積畑があれば、個人自給自足は余裕で可能になる。

そんなことも考えたりする。

悲しく、だが、いかに平和に作業するかを一生懸命に考え、うまくいったら、嬉しい。
僕は悩みながら、試行錯誤し間違え、避けれない殺生をし、生き物を傷つけながら、考えながら、条件の悪い自然大地からでも個人が自給自足する方法を探し、そうした作業をしている。。。

それをしないで、お金で買った食べ物も、この作業以上に殺生多き過程
から生み出されてきたものなんだと思う。
それなら、その責任は、変わらない。と思うから、この作業をする。
100点満点が無理でも、30点から40点、50点へと向かうことなら可能だと思うから、最終安定平和レベルが高得点になるようにと思いつつ、
なんとかならないかと空を見上げつつ、大地を見つめつつ、心に悩みつつ。。。この作業をする。
いい方法が見つかり、そうした方法を皆でやれば、人類全体の点数があがるかもしれないと期待しつつ、試行錯誤を続けている。

もっといい方法はないだろうか?>ALL

自給生活の献立。

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/06/01 21:13 投稿番号: [1890 / 1931]
水道、ガスなし、電気は太陽光発電であり。
風呂なし、タオルで体を拭くのみ。
石鹸シャンプー洗剤未使用。
洗濯はバケツにて、手足もみ洗い。排水は畑に肥料として散水。
省エネPC利用、LEDヘッドライト利用、蛍光灯ひとつ利用。
稲麦雑穀大豆栽培、雑草野草利用。
ストレッチ。
バケツトイレ。
整理と掃除。ゴミ分別わけ。

そろそろ再スタートし、
まだまだ高見を目指さねば。。。

Re: 野草の栄養分

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/25 07:45 投稿番号: [1889 / 1931]
牧草や野草を工夫して食べてみる。まあ、うまくはないが、それなりに、うまいものもある。

工夫次第でなんとかならないか。。。

野草の栄養分

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/17 18:05 投稿番号: [1888 / 1931]
牛などは、牧草だけで元気に生きている。
ということは、牧草にも栄養がある。

牧草だけでなく、毒のないほとんどの植物には、栄養がある。
いや、栄養はすべての植物にある。
ただ、毒が一緒になっている場合だけ食べれない。
固すぎたりして食べれない。

だが、栄養は、植物総合には、みなあると考えられる。

それを、うまく人間や動物に必要な栄養分の割合に抽出することができれば、
雑草で野草で、森の葉っぱで、生きれる可能性は十分にある。

ふと、そんなことを思った。

無理だろうか?

問題は、味や今までの食習慣や襲い来る禁断症状だな。

人間全体が、特定食物群中毒になっていた。。。なんておちもあったりして。。。

タケノコ

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/12 08:22 投稿番号: [1887 / 1931]
タケノコ

それだけを主食にはできそうにないが、実に手の掛からない食べ物のひとつ。

体に流れる生命エネルギー

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/05/05 12:22 投稿番号: [1886 / 1931]
は、食べ物から生まれるものだけではないみたい。

Re: 食べないで生きる人類的な可能性

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/04/28 21:54 投稿番号: [1885 / 1931]
食べずに生きれる人が、僅かに存在したって、それが誰もがストレスなく気軽に選べる選択肢にならないのなら、あまりこの世界の根本的な希望にはならない。。。かな。。。

特権貴族的な人だけにしか、それが可能ではないとしたら、
差別やいじめに繋がるかもしれないし。。。

もし、食べずに生きるための必要十分条件があれば、教えてくれないか?
神様たち。

自分に無意識に盲目的に従うものにだけその特権を与える、、、とかでは、本当の自由を願う魂たちの希望になんてならないのだが。。。

Re: 食べないで生きる人類的な可能性

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/04/22 14:43 投稿番号: [1884 / 1931]
食べないで生きるための必要条件は何だろう?

ここにも、支配者たちの恣意的支配が関与していたら、、、
ここにも希望がないことになるが。。。

もし、こうすれば、苦しまないで食べないで健康に生きれるという
条件があれば、知っているものがあれば、皆に教え、公開してほしい。

食べないで生きる人類的な可能性

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/04/16 05:28 投稿番号: [1883 / 1931]
誰もが一時的で無理なく耐えれるような苦痛、飢餓感さえ乗り越えれば、あるいは、その苦痛すら生じないようにできる方法がありそれが可能になれば、そして、その後は健康的に問題なく、むしろより精神的にも肉体的にも健康になり、楽しく水だけで、生きて行けることになったら、世界の問題の多くが瞬時に解消してゆく。。。と思う。

食べることは、そうなるとただの趣味、嗜好として存在することになる。

私は、とりあえずは、そうなることは、より良い世界へ向かうためのひとつの大きな希望になると感じる。

http://www.youtube.com/watch?v=pYsywX7hjKo&feature=related

食べないで生きる可能性

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/04/09 20:27 投稿番号: [1882 / 1931]
世界に食べないで生きれた人が少ないが存在したという、今の存在しているという。

もし、それが可能なら、誰でもできるものになれば、自給は、
飛躍的に簡単になるだろう。

そのような可能性もあるのかもしれない。。。

本当に必要なもの

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/04/03 22:03 投稿番号: [1881 / 1931]
何を食べ、何を着て、どこに住むかによって、また何をしたいかによって、
その自給に必要なことは違ってくる。

シンプルにすればするほど、そのためにしなければならないことは少なくなる。

だが、あまりシンプルにしすぎると、必要を十分に満たせなくなる。

何も持たないで心から満足して生きることができれば、それが一番自由度が
高いのかもしれないが、それをすべての人ができるとは思えない。

どのあたりが、いい落とし所であろうか?

安全炊飯器調理

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/03/27 09:04 投稿番号: [1880 / 1931]
昔の炊飯器の多くでは、鍋底の温度が一定以上になると炊飯スイッチが切れる
ようになっている。

これによって、鍋を焦がすとかの危険が少ない。

ガス調理につきものの火災などの心配も激減するはずだ。

そして、炊飯器では、ご飯だけではなく、煮物は問題なくできてしまう。
煮物は、吹きこぼれの可能性があるが、ガス利用よりも安全性は高い。

また、保温することもできる。

都会などで安いアパートで調理場所がなくても、炊飯器ひとつあれば、
最低限の食事は作れる。

最近はやりのマイコン式よりも、昔のタイプのほうがシンプルでいいかも
しれない。

貧乏な人や時間がない人などは、これを利用するといい。
24時間以内にまた炊飯で使えば、洗わないでも繰り返し使えるだろう。

太陽電池で、これを利用すれば、エコ的にも優れてる。

Re: ミミズ

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/03/21 07:41 投稿番号: [1878 / 1931]
どうもです。

ミミズが人間と同じだとは思ってはいないけど、人間と犬や猫にさしたる
大きな違いがあるとも思えなく、ではどの程度の違いなのかが理解できない
わからないのが、もどかしい。

人間と同じ体験能力を持っているとしたら、(まあ、人間にも感受性の高い低など違いはありますが、また五感能力や肉体能力も違いますが)
これは、ちょっと残酷だと感じます。

本当のところを知りたいと思います。

できれば、すべての体験能力のある意識が、殺し合いとか食いあいとか、
しないで楽しく平和に生きて行ける世界になるといいなと思います。

ミミズは確かに畑の土を良くする能力があるようで、
大事に扱うべきだと思います。
しかし、どうしても開墾的作業では、彼らをまったく傷つけないことは
難しかったです。(ミミズたち、ごめん、まあ、ミミズだけでもないんですが)

まあ、とりあえずは、そうした犠牲ができるだけ少なく、かつ、人間も無理なく健康に生きて行ける農法や生き方や食べ物が生み出されることを願っています。

すでに自然農なとはその方法のひとつではありましょう。
完璧ではないですが、かなりましです。

人工栄養を元素から組成することやプランクトンの培養や液耕栽培なども
いいかもしれません。
が、植物やプランクトンに体験能力があるかについても、ちょっと気になるところではあります。

今のとこと植物に対しては、傷つける(収穫する、枝葉を摘み取るなど)
ことにストレスは感じませんが、本当のところどうなのか、知りたいところです。
植物世界全体的な集合意識はあるかもしれません。
それは生態系を司る意識なのかもしれませんが、まあ、それなら、その一部を
いただいても、それを殺したりすることにはならないかもしれません。
また、再生するものであれば、傷つけることにもならないかもしれません。

やっぱり本当のことが知りたいです。

Re: ミミズ

投稿者: gogo3721gogo 投稿日時: 2010/03/15 20:24 投稿番号: [1875 / 1931]
>干からびたミミズが地面や道路の排水溝にたくさん死んでいたりします。

自然界の適者生存の法則から外れたのだと思います。生き続けるのは、地面から深くもぐっていなければならない。でないと踏まれてもアウトですから。

>もしも、ミミズに人間と同様な体験能力があるとしたら、この生態系そのものが、残酷だと感じます。

そうですねぇ   直接的刺激には反応しますが、ミミズは人間と同様ではないと思います。
ミミズは自然環境を維持する役目があるようですから、農地に農薬などを使わずに、増やしたいですね。

ミミズ

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/03/14 07:52 投稿番号: [1874 / 1931]
はい、どうもありがとうございます。

今までの経験から判断すると、ミミズは、植物残渣の腐食したものが多い場所にたくさん増えるようです。

時々、雨の日や異常を感じたような時などには、地面表面を移動することもあるようです。

夏場には、地温の上昇から逃れるためでしょうか、
からからに干からびたミミズが地面や道路の排水溝にたくさん死んでいたり
します。

私は、ミミズが、どんなことを感じ、どんなことを思っている?(そこまで
の能力があるかどうかは分かりませんが)のか、知りたいと思います。

もしも、ミミズに人間と同様な体験能力があるとしたら、この生態系そのものが、残酷だと感じます。

ミミズたちの冥福を祈ります。

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: gogo3721gogo 投稿日時: 2010/03/08 20:16 投稿番号: [1873 / 1931]
>不耕起自然農もいろいろあります・・・

私は、住んでいるマンションの近くに空き地があった頃、そこでアスパラガスや、らっきょう、なすや大根など植えていたのですが、農具がないので小さなシャベルだけ使って、種をまいていました。しかたなく、不耕起になったのです。
そこに草や落ち葉を敷いておくと、みみずが増えていました。みみずがいると収穫が良いようです。
今は、空き地がなくなったので、野菜作りをできませんが、興味があるのでまたいろいろ経験されたことを教えてください。
では、また。

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/03/07 20:25 投稿番号: [1872 / 1931]
どうもありがとうございます。

不耕起自然農もいろいろありますが、そういう学びのための塾のようなところもありますよ。

私は昔あちこちめぐってみたものです。

自然農の試行錯誤は、なかなか面白かったですよ。

結局は、目の前の自然状態に応じて、試しつつ、調べつつ、そこでの事故や発見や苦労などを考慮し、もっとも総合的に平和的で合理的な
方法を選ぼうとしています。

大地や気候天候、植物や虫たちや鳥獣たちの相関する自然状態には、例外や、予想外
のことがありすぎて、この方法がどこでも誰にでもどんな状況でも、
オールマイティに優れているとは
言えないなと感じています。

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: gogo3721gogo 投稿日時: 2010/03/02 19:27 投稿番号: [1871 / 1931]
>その中で、不耕起栽培や自然農にも出会いました。
>そして、また、青汁やプランクトンや人工光合成などにも興味を持っています。
>菜食、ベジタリアンの生活なども試してきました。

yuyu10nen さんが、いろいろ経験されているので、私はすばらしいと思います。

>不耕起栽培は、収穫量を無視すれば、非常に簡単な栽培方法です。
>誰でもできますし、道具もあまり必要としません。
>不耕起栽培は、よりより選択肢のひとつであると思っています。
>ぜひ、試してみてください。

はい。今の私には、田畑がないので、すぐにはできませんが、チャンスがあれば不耕起栽培を行いたいと思います。

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/03/01 21:46 投稿番号: [1870 / 1931]
不耕起栽培は、収穫量を無視すれば、非常に簡単な栽培方法です。
誰でもできますし、道具もあまり必要としません。
ただ、場所の環境に大きく左右されますので、悪い環境の場合は、
何年も、まともな作物が育つまでにかかる可能性もあります。
すでに肥沃で多年草などがあまりないもともと田畑であったような
場所では、すぐにでもそれで収穫が期待できます。

この世界に対して、私は、できるだけ他の意識を合意なく苦しめたり、
傷つけたり、殺したりしないで自給自足的に生きてゆく方法がないかと探しています。

その中で、不耕起栽培や自然農にも出会いました。

そして、また、青汁やプランクトンや人工光合成などにも興味を持っています。

菜食、ベジタリアンの生活なども試してきました。

ですが、、、ミミズの話で思うのは、まだ自分に真実を知る能力、心の目が
十分に備わっていないということです。
ミミズや蟻やプランクトンや細菌やバクテリアや植物や、、、、どこまでに
体験能力があり、意識があるのか、すら、はっきりと分からない。。。
まあ、牛や馬や犬や猫などには、感情もあるし、思考能力すら一部ある
と感じますが、では、ミミズはどうなのか、、プランクトンは、細菌は?
となると、あるような気もするし、あるとしてもそれがどの程度なのか
わからないし、、、彼らが何を望んでいるのかも、それとも一種のロボット
的なものなのかも、断定的には理解できない。。。

となれば、どの程度の生き方が一番いい平和的な生き方であるか、、、という
問題の落とし所もはっきりとつかめない。。。

まあ、せいぜい、より良いのは、こちらかな、、、みたいな比較法を
追求するのが精一杯。。。

しかし、不必要な努力は意味もない。

そこで、そうした真実がわかる能力があるといいなと感じました。

不耕起栽培は、よりより選択肢のひとつであると思っています。
ぜひ、試してみてください。
平和な心で作業できると思います。
私の場合は、そうでした。
そして、その心の状態に価値があるようにも感じています。

誰もが平和的に自給自立自治して自由に生きてゆくことができる生き方に
憧れています。
それが、生まれたものすべての基本的権利となったらいいなと思っています。

少食や不食という生き方もあるようです。
本当に平和に自由に楽しく幸せに生きれる生き方を見つけたいです。

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: gogo3721gogo 投稿日時: 2010/02/24 19:46 投稿番号: [1869 / 1931]
>農業は、自給自足、持続的生活の基本中の基本・・・<

私も、同感です。

>ミミズをぶった切り、虫を圧死させてしまいます。・・・クワでぶった切られたら、たまったもんではないと感じるはずです。・・・人には勧められないな。。。と<

う〜〜ん。これは難題と感じます。私に、答えがありません。
ずいぶん考えましたが、次のような考え方があるのかなぁ。

以前に「宇宙の不思議」   佐治晴夫著   PHP   を読んだことがあります。
***引用開始***
人間の宇宙観:私たちは、宇宙の銀河・太陽系第三惑星に住んでいる。そして、この宇宙原理は何かといえば、「宇宙の一様性」とのことです。
そして、私たちは宇宙のほんの片隅にいるという見方ができる。見方を変えれば、まわりが一様に見えるということは、宇宙の何処に行っても見えるであろう景色をみていることになる。と、いうことは、宇宙の中心にいるのだといっても、誰も非難することはできない。全ての場所が中心であり、中心でないといっても言い過ぎではない。
次に;人間原理;人間の脳が無ければ、宇宙がなぜあるのかなどと考える者の無いので宇宙の姿は認識されず、従って人間とは、宇宙が自分自身を認識するための自分の目として150億光年かけて作った産物だと考えてもよさそう。これが「人間原理」とよばれる考え方。
***引用終了***

私は、佐治さんの見方をしてもよいかな、と自分勝手に考えました。
自分は、宇宙自身が150億光年かけて作った産物として地球上に生まれ、今の時間に自分が居る位置が中心である。同じように、ミミズや虫も宇宙自身が150億光年かけて作った産物として地球上に生まれ、今の時間にミズや虫が居る位置が中心である。その中心の同時刻にミミズが居て、自分が打ち下ろした鍬の刃先が一致しただけのこと。

一方、この地球上において、環境の変化に適応して、生命が誕生した。その生命は、環境に適応しなければ生き続けられないし、子孫も増やせない。適者生存の厳しい掟がある。鍬にぶった切られたミミズは、切られた処を修復できなければ死。修復できれば、生存。ちょっと割り切り過ぎかな?   とも考えますが・・・


>生きるための食べ物を育てる場を作るために、クワを振るう、スコップを使う、、、行為が、他の存在を傷つけてしまう。。。
それがやるせないというか、つらいなと思うのです。<

私は、以前に、詩人だったか?   忘れましたが、新聞をみて覚えていることがあります。それは、蛤を買ってきて、塩水に浸して砂抜きの際、蛤が水を吐き出し飛ばしたのを見て、「よしよし元気に塩吹きをやってくれ」そのうち汁に入れて煮て、食べてやるからな。との内容だったような?
これも、地球上において、人間と蛤の時空が一致しただけのこと。自分が適者生存の厳しい掟を従っただけ。次に空腹が訪れるまで生かしてくれて、蛤さんありがとう、感謝感謝。これは、私の考えですが、単純で乱暴に割り切り過ぎかも?

yuyu10nen   さんが、私より、循環型自給自足について、本質的でふところの奥の深い思索をされていると思います。しかし、本質は、迷路が多くて簡単には、たどり着けない。考えようによっては、どれが正解というのではなく、人それぞれ異なる。哲学や宗教の人生観によって色々な考えでよい?   問題でしょうか?


>農業を否定することもできません。<

私は、自給自足農業が肯定される日が、近い将来にくると、必ず農業が重要になると思っています。


>互いに益になる範囲で、自給や持続可能社会についての情報交換もいたしましょう。<

今私は、作物を作れる田畑がありません。以前は住んでいるマンションの近くに空き地があり、そこでアスパラガスや、らっきょう、なすや大根など植えていました。今は家が建ったので、野菜作りができません。機会があったら、不起耕で自分で食べる野菜作りをしたいと思っています。
よろしくお願いします。

自給生活における水の必要量

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/02/22 22:11 投稿番号: [1868 / 1931]
自給生活における水の必要量

タオル風呂とバケツ洗濯と鍋を食器としてそのまま使う習慣と
ベジタリアン菜食のシンプルな食生活を習慣化させるならば、
生活に必要な水は、実はとほうもなく少なくて済むことが
わかってきた。

よくゴミ袋を入れる青い大きめの蓋のあるポリバケツ(60L〜100L
くらい入るのだろうか)2〜3個に雨水を溜めておくことで、
ほとんど年間、水に困ることがないようだ。
10個以上用意してみたが、ほとんど2〜3個以上は使わない。
といっても、時々降る雨を回収しているからだが。
もっとも、それを農業用水として使うとなるとかなり大量の水が
必要になってくる。
だが、場所や条件、時々の天候にもよるが、
水やりをしないでも作物は、普通の畑ならば育つことが
多い。

このような習慣をつけるとポリタンクやペットボトルに公園などの
公共水道から水をもらってくる生活でも生活が無理なくできてしまう。。。

よく考えると、この習慣は、自由を求める人には、かなり強力な
技法になると気がついた。

私自身が自由を心から愛しているので、自然とこうした習慣を身につけて
きたが、、、これによって、水道を引かなくても暮らせるし、(私はすでに
そうして暮らしているし)旅をするにしても、そのままの習慣で生きてゆけて、
しかも洗濯などのコストがほとんどかからない。
洗濯は、温かい時期には、きえいな川でまとめてやれば気持ちよいし
(当然、洗剤も石鹸も使わない、川の流水だけで生活には十分な程度に
ちゃんときれいになる)、
冬でも無料の枯れ枝や枯れ草を集めて焚き火をしてお湯をわかせば、
お湯だけで洗濯があまり冷たい水のストレスなく(ちょっと手間だが)
できる。

本当に、心から自由を愛する心ある方々は、こうした選択肢も
検討してみておくれ。

この生活は、現代の流行?のいわゆるエコ生活にもつながるだろうし。

(以下は、ひとりごとのようなものです。ピンとこない方や心当たりのない方がたは、あまり気にしないで読み飛ばしてくださいませ)

私においては、今や、エコ世界実現よりも本当の自由のある世界実現のほうが
より大事になったが、両方を満たす方法なら最高だろう。

別に環境保護やエコ世界を否定するわけではないが、
この惑星には、人権や自給自足自治権などの本当の自由のための権利こそが
優先して必要だと私は感じる。
金持ちや特権階級たちだけが享受できるエコな自然環境などは、
私にとっては、糞食らえだ。
また、多くの罪なきものたちが、
奴隷や使用人や家畜や実験動物のように扱われたままで
いかに自然環境だけが良くなっても仕方ないと感じるのだ。

そうは思わないか?

私の考え、価値観は間違っているか?

この惑星の現状においては、
優先すべきは、環境よりも体験意識のほんとうの自由とその権利の実現だ。
ましてや、やらせ、、、で環境を密かにわざと操作し、
悪くし、災害事故、戦争、経済恐慌など、、、を誘導し、皆を窮地に追い込むなどは、
などもってのほかだ。。。

そうだろう?

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/02/22 22:05 投稿番号: [1867 / 1931]
はじめまして。

読んでくれてどうもありがとうございます。

農業は、自給自足、持続的生活の基本中の基本だと、、、ずっと
私は信じてきました。

でも、どうしてもその作業で殺生を避けれません。
ミミズをぶった切り、虫を圧死させてしまいます。

それを言ってしまうと、日常生活でも怪しくなるのですが、
なんだかそうしたことが楽しくありません。
私には、ミミズにどれほごの体験能力があるのかは、まだわかりませんが、
私が、今のままの体験能力を持ったままでクワでぶった切られたら、
たまったもんではないと感じるはずです。

だから、ため息が出ます。
人には勧められないな。。。と。

不耕起栽培も学びました。
試しました。
それになりに、不耕起でも作物が取れることも理解しています。
実際にやりました。
そして、それを食べていました。

しかし、開墾となると、不耕起は厳しい。。。
笹の根や蔓の根がぎっちりと張り巡らされた大地では、、、、。

できるだけ事故のないようにと、配慮しても、どうしても事故が
生じます。

生命感知装置や意識探知装置でもつけて、どこに生き物や意識がいるかを
わかっていれば、避けれるものを。。。
人間には、それができません。
生きるための食べ物を育てる場を作るために、クワを振るう、スコップを使う、、、行為が、他の存在を傷つけてしまう。。。

それがやるせないというか、つらいなと思うのです。
なんとかならないか、、、と思います。

ですが、すべての人間が農業をしないでも生きて行けるようにならない
なら、農業を否定することもできません。

なんとかならないかと思います。

世界には、何も食べないで生きる人や、青汁だけで生きれている人もいる
ようです。
ですが、誰もが負担やストレスなく簡単にそういうふうに生きれるようにはなっていないようです。

なんとかならないか、、、と思います。

変なこだわりを持つ奴だと思うでしょう。
すいません。
思春期ではありませんが、そういう悩む時期なのかもしれません。
当方、現在試行錯誤中です。
気にしないで、自らの信じる良いと思える道を進んでください。

できれば、互いに益になる範囲で、自給や持続可能社会についての情報交換もいたしましょう。

Re: 開墾的自給生活について再検討

投稿者: gogo3721gogo 投稿日時: 2010/02/16 18:34 投稿番号: [1865 / 1931]
はじめまして、よろしくおねがいします。

>実際に試してみて感じたことは、その作業が大変で、かつ、どうしても
大地自然の生き物の命を不本意ながら奪う行為になるということであった。<

私の感想;大自然と共生することの大変さが伝わってきます。
私は、自然エネルギー利用による太陽光発電だとか、水力・風力などありますが、持続可能な社会が、農林業にあると思います。聞いた話ですが、不起耕栽培があるとのことですが、詳しいことは知りません。

現在の私は、農業をしていませんが、チャンスがあれば手がけてみたいと思っています。
実際に、大自然と向き合い共生されているyuyu10nenさんの記録が、私にとって大変参考になります。今後ともよろしくお願いします。

開墾的自給生活について再検討

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/02/16 11:56 投稿番号: [1864 / 1931]
山林や原野を開墾して田畑にして自給自足する、ということが古来ずっと
人間の普通の生き方であったようだが、、、
実際に試してみて感じたことは、その作業が大変で、かつ、どうしても
大地自然の生き物の命を不本意ながら奪う行為になるということであった。

まあ、これはすでに田畑になっている場所で農業的生活をする場合でも
避けることがほとんど難しいのではあるが、
開墾作業となるとさらに難しい。
しかも、大変だ。

そこで思うのは、これを私は他の人に、手放しで勧めれないと感じ始めている。

私が体験したことを、素敵なことであると、とても他の人におすすめできない。。。これが素直に感じたことであった。

では、でも、それではどうやって生きてゆけばいいのか。。。
何をすすめられるのか。。。

人工光合成できればいいが、まだそんな技術は個人では手が届かない。

どうしたらいいか。。。

プランクトン培養、、、野草青汁。。。

人工的な健康に生きれる食べ物が誰でも無制限に手に入るようになるべきではないかと思う。

でなければ、生きる、生まれる、、、ということそのものが、問題だと感じられてくる。

これほどにも、平和的に生きることが難しい世界、肉体、社会というのは、
何かが根本的におかしい世界ではないだろうか・・・

それでも、希望を探し諦めない。

それが大事。

内面世界の自治

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/02/10 15:33 投稿番号: [1863 / 1931]
平和的な自給自足自治の実現には、この世界の大多数の人間においては、実際のところ、自己の内面世界の目標や自治をうまく設定管理できるかどうか、、、が一番大事な問題であると思われる。

しかし、この内面の世界を管理するという領域では、人間個人の持つ生得的な自治能力が、そもそも僅かしか与えられていないという根源的な問題があると感じられる。

人間は、そもそもはじめから自由な状態で平和的に自らの人生を自由に選んで生きる能力や可能性をほとんど与えられていなかった、こなかった可能性がある。

では、何のために、人間は存在を続けるのか?

自給自足自治は、おそらく、真の希望の道へのただの
通過点でしかない。。。。。。かもしれない。

Re: 虫などの体験能力と真実と問い

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/02/04 14:45 投稿番号: [1862 / 1931]
この真実が知りたい。重要なことだ。

この意味の投稿をしようとすると投稿制限があり、投稿できなくなった。

隠す必要があることなのか?

それは、なぜなのだ?

すべての生き物の体験能力についての真実が知りたい。

虫などの体験能力と真実と問い

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/01/28 18:21 投稿番号: [1861 / 1931]
しかし、、、農作業では、
特殊な閉鎖的空間を作らないとどうしても殺生がからむのが、悩み。。。

虫やプランクトンや菌類やウイルスとかには、体験能力や意識があるのだろうか?

それとも何かの細胞の一部のようなものなのだろうか?

また、その体験能力の程度や苦しみや痛みなどを感じる能力はどの程度なのか?

気になる。。。

真実を、教えてくれ。

でないと、この惑星で、将来、本当に平和的な生き方が可能かの希望がどれくらいあるかすら判断できない。

真実を、教えて欲しい。

この真実を知っている意識は、隠さないでその真実を教えてほしい。

もし、そうした微生物や虫たちにも人間と同様な体験能力があるとしたら、
この惑星で、平和的に生きることは、ほとんど不可能だと思われる。
はじめから、そんな設定の世界に、神たちや創造主たちは、人間を魂を
投げ込んだのか?
そうだとしたら、それは良心的な意識がする行為とは思いにくい。

この質問に答えてもらいたい。

無理のない楽しい自給的肉体作業

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/01/22 10:24 投稿番号: [1860 / 1931]
農作業などは、同じ動作が続くことが多いので、どうしてもたくさんの作物を作ろうとすると作業もその分増えるので、体に無理が生じることがある。
慣れないうちは、無理のないように意識的に配慮したほうがいい。

無理のないように、少しずつ体を慣らしながら、またいろいろと違う筋肉や姿勢を工夫して使い分けながら、また、いろいろな作業を組み合わせて、
無理が体の一部に生じないように配慮するといいだろう。

できれば、それが楽しいダンスやスポーツやアートになるといいのだが。。。

朽木の利用と生き物たち

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/01/17 20:58 投稿番号: [1859 / 1931]
山林や原野を開拓するときには、そこに倒木や朽木がある場合が多い。

太い朽木であれば、表面は腐っていても、芯の付近はしっかりしている
こともあるだろうが、朽木が湿気ている場合には、多くの場合に、その朽木
の内部には、生き物が存在するようだ。

しかし、
一年以上、湿気た朽木を雨露の当たらない場所においてゆっくりと乾燥させた場合、朽木の内部には、一年後くらいには、ほとんど、生き物が見当たらなくなるようだ。

おそらくは、卵や幼虫の類は、一年のうちに成虫になり、成虫として生息していたものたちの多くは、乾燥してくると別の住みやすい環境に移動したのであろうと思われる。

よって、山林や原野や、他の場合でも、湿気た朽木は、雨露のあたらない場所を確保して、ゆっくりと一年くらい乾燥させてから、木材として利用するなり、薪として利用するなりするといいと思われる。
細い朽木よりも、太い朽木に、生き物が生息している可能性は高いようだ。
また、完全に腐っている場合は、薪として使うよりも、そのまま朽ちさせてしまって、堆肥化したほうがいいかもしれない。



不用意に湿気た朽木の腐った部分を削り取ると、中に住む生き物を
傷つけてしまうケースが生じた。
急ぎのことならともかく、そうでなければ、できれば、そうした殺生は、避けたいと思った。



まあ、そういう意味では、土の中も似たようなものだが、土は薪として使う
ことはないが、乾燥させると朽木は、薪として利用できる素材になる。。。
ゆっくりと乾燥させ、移動か、羽化してもらい、
できるだけ生き物を生きたままま火あぶりには、したくないものだと思う。

湿気て腐った部分を、削り取ると乾燥しやすくなるし、すぐに木材的利用も
しやすくなるが、急ぎでなければ、まずは、ゆっくり乾燥させたい。

何度かの事故を経てそう思った。

やってみて思うのだが、
こうしたことや木の伐採や畑作りも含めて開墾作業というものは、どうしても殺生を避けることができない行為のようだと感じている。

だから、こうした作業は、あまり人には勧めれないような気がしてきている。

しかし、誰かが、こうした開墾作業をしないならば、現状の土地所有の仕組みがあり、原始のどんぐりの森や野生の食用植物の多くが消えた日本では、まともに自給自足的に生きるための食べ物を得ることはほとんど不可能だ。

輸入すればいいと言う人もいるかもしれないが、それでもやはり外国で、
その開墾作業が必要になるか、すでに昔開墾された大地からのものを
食べることになる。
また、結果的に現地の人の食べ物を、奪う行為にも場合によってはなってしまう危険もある。

野生か、半野生状態の原野や山林を、
100%完璧に平和的に食べ物を自給自足する場にするのは、不可能だと思う。
そもそも、畑にできたとしても、平和レベルは上げれるかもしれないが、自然な状態では、どうしても完璧に平和的にはできないのだ。
閉鎖空間をバイオスフィアのように作り、隔離的生存システムを作る意外は。。。しかし、それも、莫大なお金やエネルギーが必要になる。

やはり、未来へ向けての確かな希望を作るには、人類は、人工栄養やプランクトン培養などを本気で目指したほうがいいのかもしれない。

とりあえず、貧しいものは、無理なく出来る範囲でこうした農作業的な生活を工夫したある程度現状よりは平和的な方法で生きのびながらも、そうした根本的に平和的な選択肢の実現を目指したほうがいいのかもしれないと私は体験しながら、やはり、、、感じ始めているようだ。

もっと平和的で楽しく無理なく自給自足ができる方法があれば、ぜひ教えて欲しいと思う。

人類に、人間として生まれるものに、自由度の高い平和的な自給自足自治的な基本的生存のための選択肢や権利が、生まれることを願っている。
人間に、というか、すべての意識ある、体験能力がある存在に、そうした選択肢や権利が保証されるように私は、願っている。

消し炭の利用

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/01/11 22:16 投稿番号: [1858 / 1931]
消し炭の利用

鉛筆よりも大きめの中身の詰まっている草木を囲炉裏で
燃やし、調理や暖房に利用すると、しばらくして囲炉裏の
下に真っ赤な燃え残りが溜まってくる。
これを放置すれば白っぽい灰になるが、その状態で密閉容器
に移すか、上から土をかぶせたり、金属製や土製の蓋をしたり
すれば、消し炭となる。

これを、土鍋などに入れて火をつけてから、うちわなどで
扇ぐと小型の火鉢のようになり、煙があまり出ない暖房や
調理ができ、移動が簡単にできる便利な使い方が可能である
ことを確かめた。

土鍋と火ばさみがあればいい、調理する場合は、上に金属製の
網か二本の棒を置くと鍋などが乗せれる。
火力はうちわで扇ぐことで調整できる。
このときに、灰が飛び散るので、汚れてもいい服装の
ほうがいいだろう。

この消し炭は、畑の肥料としても有効であり、
土壌の通気性などを良くする効果もあり、
多くの隙間を持つゆえに、植物や微生物にとって
有効に作用するようだ。

燃やした時の煙を蒸留した木酢液も適度に薄めて肥料に使えるようだ。


利用は、通気の良い場所でしたほうがいい。
密閉された場所で利用すると酸欠になり一酸化中毒などの
危険性があるので注意しよう。

また、火災にならないように注意してそばで見張れる状態で
注意して利用したい。


暖房と調理だけなら、これを利用することで草木さえ十分にある
場所なら、その負担コストは0になりうる。

めらめらゆらゆらと赤い色をまたたかせる炭の焼ける様は、
土鍋火鉢に手をかざして、その赤い色を見つめていると、
妙に安心するのは、不思議なものだ。

草も笹も腐った木材も、よく乾燥させると   燃料として使える。
ただし、あまり腐った木材などには、たまに中に虫が冬眠していたり、
幼虫がいたりいするので、よくよく長く乾燥させてから使ったほうがいい
かもしれない。
また、草は、畑の肥料に利用するほうがいいいかもしれない。
囲炉裏の燃やし始めには、麦わらなどは、非常に燃えやすく
便利に使える。
稲わらは、燃えにくい。
(ただし、藁縄をなうには、稲わらでないとうまくゆかない。
、麦わらは、ぽきぽき折れてしまうのでまともに藁にならない。)

植物の種類によって、燃えやすさや火力が違う。
竹や笹は、燃えやすく、火力も強いが、火持ちはあまりよくはない。
短時間の利用には、こうした素材は、便利に使えるだろう。

消し炭を、貯めておくと、いざというときに、長く手間をあまり
かけないで安定した火力を利用できるだろう。

囲炉裏スペース

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2010/01/06 23:02 投稿番号: [1857 / 1931]
焚き火は、風や天気が安定していないと野外ですることには、危険がある。

風は、周囲をシートで囲うことで、天気には、上にもシートをかけて小屋型に
してしまうことで、簡易囲炉裏スペースができる。

竹林などが近くにあれば、それで骨組が作れる。
単管パイプでもできるだろう。
立木なども利用できるかもしれない。

そのスペースは、完璧に密閉しなくても問題ない。
多少の隙間は酸欠や一酸化中毒防止に必要だ。

また、上部に煙抜きとして隙間を空けておくとよい。
でないと、だんだんと煙が立ち込めて、中に居れなくなるだろう。
隙間の開け方は、小屋のタイプによっていろいろだが、ポイントは上部に
作ることと、煙がそちらへ流れて外にちゃんと出てゆくことを確認することだ。そして、しばらく使ってみて煙が充満しないかどうかだ。

このような場所は、大きめに作るとそこで基本的な生活が可能になる。

すでに竹やシートがあり、
必要なものがシートだけなだけなら一万円もあれば、建てれると思う。

ロープは、ビニールハウス用のマイカ線などのハウスバンドが使いやすく
安価で丈夫だと思う。

どちらもホームセンターで買い求めれる。

工夫すれば、お金をあまりかけないで生活場は作れる。

畑などでこれで数年暮らしてみたが、大きなさしせまった問題は感じなかった。

とにかく、安いし建てるのが簡単なので、立て直しやり直しが簡単で、
問題があっても手直ししやすい。
材料や場所さえ準備がされていれば、特別なアクシデントなどがなければ、
一人用の最小限のものなら一人でも一日内で建てれるだろう。

畑や山林で、こうした生活をするのは、案外悪くないし、非常にエコ生活
にもつながる。
経済的負担もかなり低くできる方法なので、必要な人は、とりあえずでも
これでしのげるといいと思う。

人間は、いろいろな意味でこうした囲われた空間がどうしてもある程度快適に暮らすには、必要みたいだ。

めんどくさいね。

移動簡単!単管パイプ小屋

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/30 19:53 投稿番号: [1856 / 1931]
単管パイプとトタン(ガルバニウム)で四畳半の小屋を作ってみました。。

釘は基本的にはほとんど使わない方法です。
(電気引き込み用の木と分電盤用の内張りの板止めにねじくぎをいくらか
使いました。)
組み立て式で、設置解体移動がかなり負担なくできる仕様に
してみました。

値段は、総費用約15万円くらいでした。

10万円以内にしたかったのですが、はじめての経験でしたし、
まあ、電気引き込みできる小屋としてなら、この費用はそう
高いものではないかと思います。
電気引き込み柱を建てると、それだけで7〜8万円はかかりますから。
さらに小屋は、0から別に設置しなければならない場合は、
トタン小屋では、もっとお金がかかってしまいます。
まあ、別に建てる小屋が簡素なテントタイプの小屋なら、10万円でも竹などが
無料で入手できれば、なんとかなったかもしれません。
それなら、ビニールシートとロープだけでなんとかなりますから。
(これもすでに作り、できることは確認しています。ただ、風や雪に
弱い弱点があります。でもつぶれても回復はすぐにできるタイプなのですが。)

このトタン小屋を軸にして前後や左右に竹などでテント小屋を増設すると
囲炉裏のためのスペースなどもでき、物の収容スペースも広がりいいと思います。

この小屋は、地震には、相当強いです。
風が来る逆方向に単管パイプなどのつっぱりを入れると風にも強くなります。
また、パイプを地面打ち込みにすれば、風に強くなりますが、
そうでない方法でもなんとかなりそうです。
私は、打ち込みを少しだけしました。
下部が重たくなるような工夫をすればより安定するでしょう。

隙間が多少できますが、それはビニールシートやシーツ類などで埋めました。
藁束などでも埋めれるかもしれません。


寒い日、
屋根部分に結露が生じましたが、屋根下にシーツを入れることで、結露は下には
落ちないようになりました。

30〜40センチの高床にしてコンパネを置きました。
ここに、安いツーバイフォーの木材を使いましたが、単管パイプでも長ささえ
そろえれれば、使えると思います。
パイプを切るには、専用の切断機を使うのがいいようですが、
私は、少し危ないですが、市販のグラインダーを使いました。
コツがいるので、慣れない人は、専用の切断機をお勧めします。
その床下には、衣装ケースなどに入れて荷物も入れれます。

分電盤などは、内部の単管パイプにL字クランプを使って、板をはって設置しました。
電力計から分電盤までは、PF管を使ってトタン貫通工事になります。
屋根には、太陽電池を設置し、系統連係もできました。
この電気工事の部分は、電気工事士免許がないと個人では工事できませんので、
必要ならば、電気工事店に頼む必要があります。

この小屋は、特殊な電気工事材料以外は、ホームセンターで手に入る素材だけで
作りました。
ホームセンターから軽トラを借りて運べる場所であれば、山奥でもこの小屋は
建てれると思います。

自給自足を願う方の参考に体験談として情報提供しておきます。

笹の薪利用

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/23 15:53 投稿番号: [1855 / 1931]
笹は、次から次へと地上部を切っても毎年生えてくる。
これを、乾燥させるといい薪になる。
個人利用であれば、大きすぎる木は、処理が面倒である。
その点、笹であれば、剪定ばさみでちょきちょき切れるし、
乾燥したら、手でも簡単に折れる。
そして、それを囲炉裏にくべると、よく燃える。
非常に火つきがいい。
そして、すぐに燃え尽きる。
個人利用で、炊事などにちょっと利用するような場合は、
それがまた便利なのだ。
必要なくなれば、新しく笹をくべなければ、すぐに火が消える。
サクッと燃やして、サクッと温まり、あるいは、調理し、
サクッと、消して、次の作業に移れるのだ。

個人の自給自足に、笹の薪は、お勧めかもしれない。
田舎で笹野原でもあれば、それを利用したら、
電気ガス代負担などは、かなり減る。

開墾と生命密度

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/17 20:53 投稿番号: [1854 / 1931]
笹の根っこを取り去る開墾作業を少しずつやっています。

まずは、笹を刈り、そしてしばらくしてから表面の落ち葉を移動させ、
さらにしばらくしてから草木灰を混ぜながら笹の根っこや蔓の根っこや
石などを取り去ってゆく、、、時間のかかることおびただしい。
おまけに、腰がだるくなります。

田畑を持つ家の祖先は、誰かが、こういうことをしてきたんだろうなーと思ったりします。。。
これを長時間するのは大変だと思います。

出来上がった畑で作物を作ることと、笹野原などを開墾して畑化するという作業は、大変度が、かなり違います。

だが、笹野原は、幸いなことにミミズがたまにいるくらいで、生き物の密度が比較的低いようです。たまたまこの場所だけの現象かもしれませんが。
見つけたミミズや生き物は、安全で快適であろうと思う場所に移動して
やります。
すまんと言いながら。。。ミミズさんたち、すいません、この作業をしないと食糧をまともに作れないか、別の形で犠牲がでるのです。

この場所ではないが、場所によっては、生き物の密度が高く、こうした作業がストレスなくできないような場所もあったことを思い出します。
蟻とか、トビムシだとか、幼虫だとか、もう、いっぱいで。。。。
途中で作業を中止してしまいました。

生き物の密度を、平和的に低くしてながら開墾するような方法をできるだけ採用したいと思います。

段階的に少しずつ時間をかければ、それだけ生き物の
密度がより平和的に下がりうると感じます。

できるだけ平和的に生きるための食糧を生産するために必要な方法を
調べることがこの作業の目的です。

誰かもっといい方法があれば、是非教えてください。

お湯バケツ風呂

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/10 21:40 投稿番号: [1853 / 1931]
厳冬期には、さすがにタオル風呂だけでは辛いときがある。

そこで、お湯を薪で沸かし、お湯でタオル風呂をすると気持ちよく体をふきふきできる。

すぐさめるので、またお湯につけて何度が使うと気分爽快。

さらに、バケツのお湯に足を入れると洗いにくい足の裏も指の間も、気持ちよく洗えます。

厳冬期には、この豪華バージョンをお勧めします。

実際に、体験的に、気持ちよいです。

洗濯もお湯でやれば、気持ちよいです。
冷たい水では、やる気出ませんが、お湯なら、愉快です。

薪が有り余り過ぎて、肥料用の草木灰が作りたいので、お湯わかしてみると
なんとも気持ち良いお湯タオル風呂発見の今日この頃、でした。

薪がない、あるいは使えない環境でも、普通に風呂に入るより、普通に洗濯するより、確実に、よりエコで低コストになるでしょう。
慣れていると、いろんな環境での、応用もききます。

電気だけしかない下宿でも、
電気ガマでも、ちゃっかり、お湯、沸かせます。^^えへ。

壁とか、地面とか。。。

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/10 21:30 投稿番号: [1852 / 1931]
にも、太陽電池。

そんな時代になると世界もかわるかもなー。

Re: 土への対処方法7

投稿者: motal2192000 投稿日時: 2009/12/09 18:50 投稿番号: [1851 / 1931]
照らされた屋根は暑くて「痛み」も激しい。
照らされた屋根は暑くて「痛み」も激しい。
照らされた屋根は暑くて「痛み」も激しい。
照らされた屋根は暑くて「痛み」も激しい。
照らされた屋根は暑くて「痛み」も激しい。
照らされた屋根は暑くて「痛み」も激しい。



屋根とは生き物らしい。

「痛み」を感じるのだから。



得意の「誤変換」とは言わせないぞ。


貴君が極めて低能である証拠である。

太陽電池を屋根に設置しましょう。

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/05 05:17 投稿番号: [1850 / 1931]
是非、お家の屋根などに太陽電池の設置を検討してください。
あまったら、系統連係で、近隣の方とクリーン発電電力を分かち合いましょう。

太陽電池の大可能性

投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2009/12/05 04:47 投稿番号: [1849 / 1931]
はい、ありがとうございます。

世界規模で、特に太陽エネルギー密度が高く、長時間日照を受け取れる砂漠などでの大規模発電が、それをうまく受け止めうる蓄電池や揚水ダムなどと合体し世界的に普及するとしたら、
相当な電力がクリーンな方法でまかなえるようになるはずです。

確かに、送電ロスは、距離が離れると大きくなり、その場での利用をしたほうが利用効率はいいですが、電気を高圧にすることで、大陸間での電気の相互提供も可能です。実際に実現しているところもあると聞きます。

また、今後電気自動車などで性能のいい長寿命の充電池が普及し、
大量生産効果で価格も下がってくれば、それを船舶に使い、海上輸送エネルギーに使うことも可能になり、砂漠の
エネルギーで水素を生み出し、それを船とボンベで大洋を超えて運ぶということも可能になるでしょう。

エネルギーさえ十分にあれば、ありとあらゆる輸送エネルギーコストも低く抑えれます。

ただ、そうするには、世界規模でのクリーンエネルギー推進分かち合いの
機運が市民レベルから広がり、互いのエネルギーが悪用されないように、
互いを侵略するために使われないようにするために平和共存の世界規模の価値観の大きな進歩や全世界的な良心的な相互安全保障体制が必要だと思われます。

そして、そうなると、戦争に向けて使われていたエネルギーや人手や時間や
資源などのほとんどが生産的なものを作り出す方向へシフトし、
とほうもない豊かさが実現し、それゆえにもっと自由に生きれるようになり、安全平和が確保され、共存共栄多様性の尊重される世界が
実現可能になってくる可能性があります。

太陽電池だけでなく、風力や波力や地熱や循環利用バイオマスや、、、、も合同でやればよりその実現可能性があります。

そして生活品の生産システムをこのエネルギーを合理的に分かち合って使い稼働させることができれば、私たちのしなければならない仕事は、半分以下、あるいは4分の一以下にもなりえるでしょう。。。。
そして、受ける豊かさは、今の数倍になる可能性をもっています。

週休6日で、実質的な豊かさは今の倍以上、、、というようなことも、そうなると夢ではなくなるかもしれません。

Re: 土への対処方法7

投稿者: dainihonteikokubansai 投稿日時: 2009/11/30 18:30 投稿番号: [1848 / 1931]
ばかmota

電気というのは遠くに送るためにはそれなりの送電線も必要だし
遠いほどロスも大きいのです。
なるべく電気を使う場所の近くで発電するのが効率的です。

それより邪馬台国が九州にあったことを証明しなさい。
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