Re: 開墾的自給生活について再検討
投稿者: gogo3721gogo 投稿日時: 2010/02/24 19:46 投稿番号: [1869 / 1931]
>農業は、自給自足、持続的生活の基本中の基本・・・<
私も、同感です。
>ミミズをぶった切り、虫を圧死させてしまいます。・・・クワでぶった切られたら、たまったもんではないと感じるはずです。・・・人には勧められないな。。。と<
う〜〜ん。これは難題と感じます。私に、答えがありません。
ずいぶん考えましたが、次のような考え方があるのかなぁ。
以前に「宇宙の不思議」 佐治晴夫著 PHP を読んだことがあります。
***引用開始***
人間の宇宙観:私たちは、宇宙の銀河・太陽系第三惑星に住んでいる。そして、この宇宙原理は何かといえば、「宇宙の一様性」とのことです。
そして、私たちは宇宙のほんの片隅にいるという見方ができる。見方を変えれば、まわりが一様に見えるということは、宇宙の何処に行っても見えるであろう景色をみていることになる。と、いうことは、宇宙の中心にいるのだといっても、誰も非難することはできない。全ての場所が中心であり、中心でないといっても言い過ぎではない。
次に;人間原理;人間の脳が無ければ、宇宙がなぜあるのかなどと考える者の無いので宇宙の姿は認識されず、従って人間とは、宇宙が自分自身を認識するための自分の目として150億光年かけて作った産物だと考えてもよさそう。これが「人間原理」とよばれる考え方。
***引用終了***
私は、佐治さんの見方をしてもよいかな、と自分勝手に考えました。
自分は、宇宙自身が150億光年かけて作った産物として地球上に生まれ、今の時間に自分が居る位置が中心である。同じように、ミミズや虫も宇宙自身が150億光年かけて作った産物として地球上に生まれ、今の時間にミズや虫が居る位置が中心である。その中心の同時刻にミミズが居て、自分が打ち下ろした鍬の刃先が一致しただけのこと。
一方、この地球上において、環境の変化に適応して、生命が誕生した。その生命は、環境に適応しなければ生き続けられないし、子孫も増やせない。適者生存の厳しい掟がある。鍬にぶった切られたミミズは、切られた処を修復できなければ死。修復できれば、生存。ちょっと割り切り過ぎかな? とも考えますが・・・
>生きるための食べ物を育てる場を作るために、クワを振るう、スコップを使う、、、行為が、他の存在を傷つけてしまう。。。
それがやるせないというか、つらいなと思うのです。<
私は、以前に、詩人だったか? 忘れましたが、新聞をみて覚えていることがあります。それは、蛤を買ってきて、塩水に浸して砂抜きの際、蛤が水を吐き出し飛ばしたのを見て、「よしよし元気に塩吹きをやってくれ」そのうち汁に入れて煮て、食べてやるからな。との内容だったような?
これも、地球上において、人間と蛤の時空が一致しただけのこと。自分が適者生存の厳しい掟を従っただけ。次に空腹が訪れるまで生かしてくれて、蛤さんありがとう、感謝感謝。これは、私の考えですが、単純で乱暴に割り切り過ぎかも?
yuyu10nen さんが、私より、循環型自給自足について、本質的でふところの奥の深い思索をされていると思います。しかし、本質は、迷路が多くて簡単には、たどり着けない。考えようによっては、どれが正解というのではなく、人それぞれ異なる。哲学や宗教の人生観によって色々な考えでよい? 問題でしょうか?
>農業を否定することもできません。<
私は、自給自足農業が肯定される日が、近い将来にくると、必ず農業が重要になると思っています。
>互いに益になる範囲で、自給や持続可能社会についての情報交換もいたしましょう。<
今私は、作物を作れる田畑がありません。以前は住んでいるマンションの近くに空き地があり、そこでアスパラガスや、らっきょう、なすや大根など植えていました。今は家が建ったので、野菜作りができません。機会があったら、不起耕で自分で食べる野菜作りをしたいと思っています。
よろしくお願いします。
私も、同感です。
>ミミズをぶった切り、虫を圧死させてしまいます。・・・クワでぶった切られたら、たまったもんではないと感じるはずです。・・・人には勧められないな。。。と<
う〜〜ん。これは難題と感じます。私に、答えがありません。
ずいぶん考えましたが、次のような考え方があるのかなぁ。
以前に「宇宙の不思議」 佐治晴夫著 PHP を読んだことがあります。
***引用開始***
人間の宇宙観:私たちは、宇宙の銀河・太陽系第三惑星に住んでいる。そして、この宇宙原理は何かといえば、「宇宙の一様性」とのことです。
そして、私たちは宇宙のほんの片隅にいるという見方ができる。見方を変えれば、まわりが一様に見えるということは、宇宙の何処に行っても見えるであろう景色をみていることになる。と、いうことは、宇宙の中心にいるのだといっても、誰も非難することはできない。全ての場所が中心であり、中心でないといっても言い過ぎではない。
次に;人間原理;人間の脳が無ければ、宇宙がなぜあるのかなどと考える者の無いので宇宙の姿は認識されず、従って人間とは、宇宙が自分自身を認識するための自分の目として150億光年かけて作った産物だと考えてもよさそう。これが「人間原理」とよばれる考え方。
***引用終了***
私は、佐治さんの見方をしてもよいかな、と自分勝手に考えました。
自分は、宇宙自身が150億光年かけて作った産物として地球上に生まれ、今の時間に自分が居る位置が中心である。同じように、ミミズや虫も宇宙自身が150億光年かけて作った産物として地球上に生まれ、今の時間にミズや虫が居る位置が中心である。その中心の同時刻にミミズが居て、自分が打ち下ろした鍬の刃先が一致しただけのこと。
一方、この地球上において、環境の変化に適応して、生命が誕生した。その生命は、環境に適応しなければ生き続けられないし、子孫も増やせない。適者生存の厳しい掟がある。鍬にぶった切られたミミズは、切られた処を修復できなければ死。修復できれば、生存。ちょっと割り切り過ぎかな? とも考えますが・・・
>生きるための食べ物を育てる場を作るために、クワを振るう、スコップを使う、、、行為が、他の存在を傷つけてしまう。。。
それがやるせないというか、つらいなと思うのです。<
私は、以前に、詩人だったか? 忘れましたが、新聞をみて覚えていることがあります。それは、蛤を買ってきて、塩水に浸して砂抜きの際、蛤が水を吐き出し飛ばしたのを見て、「よしよし元気に塩吹きをやってくれ」そのうち汁に入れて煮て、食べてやるからな。との内容だったような?
これも、地球上において、人間と蛤の時空が一致しただけのこと。自分が適者生存の厳しい掟を従っただけ。次に空腹が訪れるまで生かしてくれて、蛤さんありがとう、感謝感謝。これは、私の考えですが、単純で乱暴に割り切り過ぎかも?
yuyu10nen さんが、私より、循環型自給自足について、本質的でふところの奥の深い思索をされていると思います。しかし、本質は、迷路が多くて簡単には、たどり着けない。考えようによっては、どれが正解というのではなく、人それぞれ異なる。哲学や宗教の人生観によって色々な考えでよい? 問題でしょうか?
>農業を否定することもできません。<
私は、自給自足農業が肯定される日が、近い将来にくると、必ず農業が重要になると思っています。
>互いに益になる範囲で、自給や持続可能社会についての情報交換もいたしましょう。<
今私は、作物を作れる田畑がありません。以前は住んでいるマンションの近くに空き地があり、そこでアスパラガスや、らっきょう、なすや大根など植えていました。今は家が建ったので、野菜作りができません。機会があったら、不起耕で自分で食べる野菜作りをしたいと思っています。
よろしくお願いします。
これは メッセージ 1867 (yuyu10nen さん)への返信です.
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