南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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ところで、

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/04 00:19 投稿番号: [9089 / 29399]
日本と中国の間で、戦争になりそうになったら、ここの工作員さん達も、真っ先に、監視しないとね。

日本で何やらかすか分からないからね。

>なんで〜〜日本政府が処理するの?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/04 00:08 投稿番号: [9088 / 29399]
>なんで、日本政府がやるのだろうか?
>あほちゃうの?(笑)


そのとおり。
たしかに、村山富一と河野洋平はアホだ。


【ゆすり・たかりの標的日本】
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/yusuri_takari1.html

・「なぜ、日本政府が中国の遺棄化学兵器の処理を肩代わりすることになったのか?」
  例の村山富市の発言に遡る。戦争責任を口にして村山富市が平成7年、訪中した折、「日中戦争への反省の意思を明確にする」ため、日本政府が責任を持って遺棄科学兵器を処理すると約したのである。
  日本がポツダム宣言を受諾した時点で、中国領土内の遺棄化学兵器の所有権は中国に移っているので、本来、日本に処理義務はない。また、平成三年から日本の調査で日本製だけでなく、ソ連製や中国製も交じっていることがわかっている。
  だが、中国側の「日本軍の毒ガスを吸って死んだ中国人死者は三千人近い」という脚色に押し切られた。これを陰で支えたのは、ほかならぬ村山政権下の河野洋平である。「化学兵器に日本製もソ連製も違いはない。中国製もまとめて責任を持って処理する」と言い切ってしまった。この国益をまるで考えない発言には、さすがワシントンの外交筋も呆れたといいう。この処理には最低5,000億円から1兆円かかると試算されている。
  かように事あるごとに中国は戦争責任を持ち出して、日本から金を引き出そうとする。
  対中国に関しては、1978(昭和53)年、日中平和友好条約を締結した段階で、すべて決着がついている。今更、中国が持ち出してきても、応える筋合いはない。
  だが、たとえそれが事実無根であったとしても、日本が突っぱねない限りは、今後も中国は国策として日本に戦争責任、南京大虐殺、歴史認識などを突きつけ続けるだろう。
  →全て、日本の「歴史認識」がおかしいからである。戦争を仕掛けたのは、「中国」である!

  ・中国が悪いのではない。中国は国益に沿ってうまくやろうとしているだけである。むしろ、その外交手腕を日本は見習うべきかもしれない。それにやすやすと乗ってしまう日本のリーダーがいることのほうが問題なのである。
  →金持ちのボンボンが、「悪がきにゆすられている構図」と全く一緒である。要は「気概」「勇気」がないのである。

毒ガスの保有と使用の違いを学べ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/04 00:04 投稿番号: [9087 / 29399]
>製造元、製造された薬品、容器、などなど、確認取れるモノは山ほどありますよ。
>イペリットガスなどは広島県の大久野島で製造されたモノですから、戦後何十年経っても確定は出来ますよ。

当時は世界中が毒ガス兵器を重要視し、開発、製造、販売、保有をしていた。
支那事変の期間中もイギリスやソ連などは、支那軍に大量の毒ガス兵器を供給していた。
問題は戦闘などで違法毒ガスを使用するかしないかだ。
支那軍は、支那事変で、「1925年のジュネーブ議定書」で禁止された違法毒ガスを使用したので明らかに犯罪だ。

>毒ガス戦

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/03 23:58 投稿番号: [9086 / 29399]
>「積んどく」になっていた手元資料を、少しじっくりと読んでみることにしましょうか。


もったいぶってないで早くしろよ。

その前におまえのHPの【第四部   日中戦争への視点】(「南京事件」を離れた、「日中戦争」全般についてのコンテンツ集)に↓これ追加しておけ。


(1930年、9月11日、国民党軍は、共産党の長沙暴動に対し、飛行機から毒ガス攻撃を行った。)

糟谷領事の報告によれば、
「12日(省政府秘書)、楊宜誠ガ極秘トシテ語ル処ニヨレバ、11日、ニハ飛行機ヲ以テ毒瓦斯ヲ使用シ共匪軍ニ相当ノ打撃ヲ与エタルガ・・・」

9月14日、閻錫山は、「蒋介石が毒ガス弾を使用して、地方人民を惨害しているので、人民を救うため下野して戦争を休止する」と、電報を発し下野。
(児島襄著『日中戦争』)



{敵毒ガスで逆襲}(昭和十二年十二月)十日夜半より早暁にかけて、光華の伊藤部隊正面に大逆襲し来った敵は、城壁を奪回せんと、必死の勢い物凄く手榴弾、機関銃の他、催涙弾を雨注し来たり、我が将兵は直ちに防毒面をつけて応戦、一時は非常な苦戦に陥ったが、肉弾戦を以て之を撃退したのである。
「支那事変戦跡の栞   中巻」陸軍画報社編   国書刊行会刊   p174   南京攻略



支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた「敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査」(内藤裕史編・解説「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒 ガス戦の事例は十三件、細菌戦の事例は二十件であった。
  右の調査は、その年月日、場所、種類、方法、被害、概要を一覧 表で記録している。
  例えば、昭和十二年九月七日、宝山城付近にて中国軍はコレラ菌 を井戸に投入し、このためその井戸水を飲んだ日本軍及び中国人民数十名が罹患している。
  また、昭和十三年七月二十六日、九江においても同様の理由で日本軍百二十九名、中国人民五百名の罹患者を出している。
  また、重慶を脱出した国民党軍の元軍政部防毒処勤務将校の情報をまとめた「支那軍の化学組織系統の概要」(昭和十六年六月二十六 日付、前掲「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、中国における毒ガスの研究及び製造は、「軍政部兵工署理化研究所」において行われていた。
  中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。
  日本軍は中国軍から、大量のソ連製毒ガス兵器を押収している。

「細菌・毒ガス戦/中国が最初の違反者だった」信夫淳平博士
(「昭和史研究會報」中村粲/第39、40)



昭和12年9月2日
中国軍は化学兵器弾を上海派遣軍司令部近くに撃ち込んでいた。
司令官の松井自身、「石鹸水泡のようなものが広がった」のを見ている。
『将軍の真実   南京事件   松井石根人物伝』早瀬利之



昭和13年6月21日の同盟ニュース
「山西の敗敵、妄動しきり   暴虐毒ガスを使用して挑戦」
皇軍が黄河以南作戦のため一部兵力を移動している隙に乗じ、山西の敵大部隊は気勢を挙げ、徐州敗戦の汚辱を一挙に雪ぐべく、手段を選ばざる挑戦に出で、暴戻にも毒ガスを使用し、付近の無辜の民は、この惨禍を蒙るもの多く、正に人道上許し難し・・・



昭和13年6月29日大阪毎日新聞夕刊
「敗敵毒ガス作戦   山西で防毒面多数押収」
ベルギ−製250支那製1万その他約2万の防毒面をわが方において押収せるが支那軍がかかる大量の防毒面をそなへていることは卑劣にも毒ガスによりわが精鋭無敵の皇軍に抗せんとする意図を明白にしてをり、さきにわが進撃を阻むため黄河を決壊せしめ数十万の自国良民の生命財産を奪った敵はここにまた毒ガス使用の戦術を持ちふるに至った(後略)



昭和13年7月22日の同盟ニュース
「暴虐支那軍又も不法   イベリット糜爛性毒ガス使用」
我が森本部隊の息をもつかせぬ猛攻撃に敗退一路を辿る支那軍は、張杏鎮において、又もや不法にも、猛烈爆発式撒毒管によるイベリット糜爛性毒ガスを使用、我が急追をはばまんと・・・



それと、残りの7つも忘れるな。

盧溝橋事件と南京事件の証拠

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/03 23:54 投稿番号: [9085 / 29399]
>安井三吉氏、秦郁彦といった「盧溝橋事件」の一人者たちは、・・・

いつから、そいつらが「盧溝橋事件」の一人者になったんだ?(笑)
秦郁彦の「支那共産党謀略説の否定論」は、『正論』 平成14年8月号で、とっくに小堀桂一郎によって反論・批判されてるんだよ。

>少なくとも「8日」の時点ではまだ打電されておらず、あとになって「起算日」で出されたものである可能性が高い、と見ています。

電文の内容は、『7月7日夜10時、日本は盧溝橋でおいて中国の駐屯軍馮治安部隊に対し攻撃を開始し、馮部隊に長辛店への撤退を要求した。』(中国共産党資料集・第8巻)であったが、実際には7月7日夜10時30分頃に日本軍は2度にわたって銃撃を受け、7月8日3時25分に支那側から3度目の射撃を受け、4時20分に牟田口連隊長が反撃を命令し、5時30分の4度目の銃撃をきっかけに反撃を開始し、7月9日午前4時に停戦の約束がされるまで日本側戦死11人・負傷36人、支那側(推定)戦死30人・負傷約100人を出す戦闘が行われた。
7月8日午前5時30分以降の反撃で、日本軍はたちまち堤防一帯を占拠、蘆溝橋城内の支那軍と対峙したわけだから、通電が7月9日以降に打電されたのなら、日本軍の攻撃開始を何も嘘っぱちの「7月7日の夜10時」にする必要はないし、8日5時30分以降の交戦の様子も述べるだろうし、7月9日午前4時に支那側が蘆溝橋から撤退する協定が成立したのだから、電文の内容から、通電が7月9日以降の打電と考えるには無理がある。
安井三吉と秦郁彦が「盧溝橋事件」の一人者である訳がなく、安井三吉と秦郁彦を「盧溝橋事件」の一人者と言う貴様は嘘吐きだ。


>この「説」を覆したいのであれば、でりちゃんは、「7月8日」時点でこの電報が打電されていた、という確実な証拠を発見することが必要です。ま、無理だろうな。

その7月8日付の電文は、今でも支那各地の記念館や博物館などに掲示されていると、何かで見たか聞いたかしたが、俺の勘違いか?
7月8日付の電文が、支那各地の博物館などに掲示されているのに、「確実な証拠を発見しろ」って何だよ?

つーか、「確実な証拠」を言い出したら、『日本軍が南京で市民を虐殺したという確実な証拠はない』で話が終わってしまうだろ?と言っているのが理解できないのか?
『日本軍による南京市民虐殺はなかった説』を覆したいのであれば、ゆうちゃんは『日本軍は南京で市民を虐殺した、という確実な証拠を発見することが必要です。ま、無理だろうな。

そもそも、確実な証拠って何だろう?
犠牲者名簿か?
命令書か?
公文書か?

●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(田中外相宛西田領事報告など)

●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(被害者側の日本外務省が公式声明)

●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿   △大体あり
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官、ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名)
3.各国政府の認識   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
被害を受けたポーランド   ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ   ○あり(事件の3年後に捕虜収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見)

●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり(全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などがあり○。死亡者は50万人超と言われ、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみが日本に渡された)
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載。
3.政府の認識
被害者側の日本   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
第3国の米国   ○あり

●南京事件
1.支那人犠牲者の名簿   ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.日本の命令書その他公式文書   ×なし
3.政府の認識   ×なし(当時は、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、事件の認識×なし)

これは、どうした?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/03 23:47 投稿番号: [9084 / 29399]
>余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。

おまえ、日本人?
それとも、馬鹿?
おまえのサイトの資料を見ると、『遂に実行するに至らず、後に至つて反対に敵の方からやられた訳です。』とある。
これって、「中国側に先を越されてしまった」という解釈になるのか?
『遂に実行するに至らず、後に至つて』という意味が理解できないのか?
ん?

工作員さん、早く帰ろう。

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/03 23:47 投稿番号: [9083 / 29399]
>なんで、日本政府がやるのだろうか?


工作員さんのプロパ成功しちゃってるから。。。

南京事件捏造の起こった背景

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/03 23:45 投稿番号: [9082 / 29399]
ゆすり

たかり

詐欺


犯罪ばっかし。。。

南京大虐殺の起こった背景

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/06/03 23:30 投稿番号: [9081 / 29399]
平頂山事件のように、日本の裁判所が事実だと認めた虐殺行為が、日本軍のあいだで蔓延していたことは大変重要なことですね
法制度の視点から、被害者・遺族の請求は棄却されましたが、虐殺・毒ガスなどの事実認定された裁判は数多くありますね

>なんで〜〜日本政府が処理するの?

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/03 23:17 投稿番号: [9080 / 29399]
売国奴村山総理が「どこの国のものかを問わず、中国に存在する
すべての毒ガスと毒ガス弾を日本が処理する」と言ったんだよ。

理解できたかな?(笑)

>遺棄毒ガスの件ですか?日本製ですよ

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/03 23:04 投稿番号: [9079 / 29399]
>何をおっしゃりたいのか?意味不明ですな(笑)

そうですね、君が何を言いたいのか意味不明ですね。(笑)

>製造元、製造された薬品、容器、などなど、確認取れるモノは山ほどありますよ。

そう言う事だよ。
日本軍の物とは違う、と言うことだ(笑)
納得したかね。

なんで〜〜日本政府が処理するの?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/03 23:02 投稿番号: [9078 / 29399]
>たしかドラム缶の大きさや表記などから、ソ連製であることが濃厚だ。

そうかい、それじゃ〜処理はソ連(ロシア)か中国政府が処理すべきだろう。

なんで、日本政府がやるのだろうか?

あほちゃうの?(笑)

遺棄毒ガスの件ですか?日本製ですよ

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/03 23:00 投稿番号: [9077 / 29399]
>>
ポツダム宣言
九   日本國軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復歸シ平和的且生産的ノ生活ヲ營ムノ機會ヲ得シメラルベシ

何をおっしゃりたいのか?意味不明ですな(笑)
これが日本軍の毒ガスとなんの関係が、、?

武装解除前に隠匿してるじゃありませんか?
731部隊は敗戦間際に、特別列車をしたて、職員、軍人、医者その他関係者もろとも証拠隠滅を計り、日本国内に帰還していますよ。
毒ガス隠蔽など容易いものじゃなかったのでしょうかね(笑)

中国軍の所有物であれば、日本政府が処理する事はありませんよ。

遺棄毒ガスの件ですか?

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/03 22:54 投稿番号: [9076 / 29399]
  持っていたかどうかと実際に使ったかどうかは全くの別問題ですね。

> 日本軍が中国軍あるいは中国人に毒ガスを販売していたのでしたならば、使用したのは中国人であったかもしれませんがね(笑)

>>
ポツダム宣言
九   日本國軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復歸シ平和的且生産的ノ生活ヲ營ムノ機會ヲ得シメラルベシ
<<

  戦時国際法における武装解除の意味を勉強して出直してくることをお勧めします。
  武装解除の能動主体もね。
  こんな初歩的なことまで説明するのは疲れ過ぎますので。

> 製造元、製造された薬品、容器、などなど、確認取れるモノは山ほどありますよ。
> イペリットガスなどは広島県の大久野島で製造されたモノですから、戦後何十年経っても確定は出来ますよ。
> 検証技術の発達により、より確実に確定出来ます、、其れが現代ですよ。

  そうですねぇ。
  発掘された物証を調査する技術はずっと進んでますから、黒龍江省牡丹江市で発見されたのイペリット入りドラム缶は、直径46〜47センチ・高さ70〜74センチで日本軍の規格のドラム缶直径50センチ・高さ88センチより明らかに小さく、中国軍かソ連軍の物と考える方が妥当、という指摘も可能となる訳です。
(中国毒ガス訴訟控訴審における国側の主張、なお原告を擁護する人達は「BH」の刻印のことには触れても、何故かドラム缶のサイズについては言及を避ける傾向があります)
  いや、この程度のことに最新技術は必要なかったか(笑)
  危険を冒してわざわざ小さなドラム缶に詰め替える意味なんてありませんからね(藁)

  多分貴方は、兵器があれば必ず使ったはずだと言いたいんでしょうね。
  戦時復仇って、知ってます?
  要するに軍隊の違法行為に対する抑止力なんですけど、これを有効に機能させるためには使わなくても持ってなきゃいけない物も多かったんですよ。
  日本軍が毒ガスを「持っていた」ことなんて、秘密でも何でもありません。

>建国以来自国民2億人を殺したシナ政権

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/03 22:09 投稿番号: [9075 / 29399]
>ほんとかい?(笑)

ほんとだ(笑)

>日本人に関係あるのか?

関係ある(笑)

>力になるよ、、(笑)

一緒に中国大使館に向かって、虐殺反対のデモをしようぜ!

>中国人にも教えてあげないと、、、

無駄だ。
日本でも君のように信じたくない、と言って現実逃避している奴がいる。(笑)

>そうそう、教えてあげる、靖国神社公式参拝について、遺族会会長の古賀君がだね、小泉首相の靖国参拝についてだ、、

靖国参拝がアンタの生活に何か関係でもしてるの?(笑)

関係あるな。

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/03 21:58 投稿番号: [9074 / 29399]
>>国共内戦、共産革命、大躍進、文化大革命、満州侵攻、朝鮮戦争、チベット侵略、ベトナム侵略、天安門から、法輪功にいたる共産政権による犠牲者

>日本人に関係あるのか?関係してるとこ教えてくれる、、か?力になるよ、、(笑)

関係あるな。同じ人間が殺されてるんだからな。しかも、現在進行形だ。その擁護をする工作員さん、中国共産党に教えてやれよ。工作員さんも虐殺好きなんだねーー。

>現在では毒ガスメーカーの特定は簡単。

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/03 21:50 投稿番号: [9073 / 29399]
>製造元、製造された薬品、容器、などなど、確認取れるモノは山ほどありますよ。


たしかドラム缶の大きさや表記などから、ソ連製であることが濃厚だ。

阿Qには大陸で会いますが何か?

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/03 11:26 投稿番号: [9072 / 29399]
どうぞ日本大使館までお問い合わせください。
反日暴動が自作自演の捏造だとNETで話題になっているのですが大使館に被害は無かったのでしょうか?と問いかけください。

この馬鹿は日本人の恥  ガハ

投稿者: papa0720nikoniko 投稿日時: 2005/06/03 07:52 投稿番号: [9071 / 29399]
今日も休むなよ   (^ω^)
いいかい?   わかったね?   (^ω^)

ガハ(^ω^)

南京に向かって追撃を命令,第10軍!

投稿者: raelian18 投稿日時: 2005/06/03 07:35 投稿番号: [9070 / 29399]
これと、30万人大虐殺は、どう連動しているの?

あのお、ダメですよ

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/03 06:34 投稿番号: [9069 / 29399]
相手の方は、もうやめる、とおっしゃっているわけです。

大変申訳ないのですが、この段階で「横レス」するのは、マナー違反ではないか、と思いますが・・・(^^;

ご一考ください。

現在では毒ガスメーカーの特定は簡単。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/03 06:30 投稿番号: [9068 / 29399]
>探すべき証拠がはっきりしている状態で、事件から10年しか経過していない時期に見つからなかったものが、半世紀を経過して見つかるのは常識的に考えておかしいだろうと言っているんですよ。


そんなことはないでしょう?

製造元、製造された薬品、容器、などなど、確認取れるモノは山ほどありますよ。
イペリットガスなどは広島県の大久野島で製造されたモノですから、戦後何十年経っても確定は出来ますよ。
検証技術の発達により、より確実に確定出来ます、、其れが現代ですよ。

日本軍が中国軍あるいは中国人に毒ガスを販売していたのでしたならば、使用したのは中国人であったかもしれませんがね(笑)しかし、メーカー名、は確認できますね。
横流しする公務員は現在も後を絶ちませんので、当時もそのような公務員がいたかもしれません、、「国家無答責」ですから、個人の犯罪ですがね(笑)

大嘘吐きの糞チョンmamiyuよぉ

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/03 06:26 投稿番号: [9067 / 29399]
そんなもん無かったんやでぇ

ボケめ



(^ω^)

そうして悪夢の大虐殺へ突き進んだ!

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/03 06:20 投稿番号: [9066 / 29399]
南京大虐殺は、もう二度とくり返さないためにも、その背景や経緯などはとて大切なことですね   良識ある日本人の方は、何度もよく精読されるようすすめます   大虐殺の真実がよく見えてきますね

建国以来自国民2億人を殺したシナ政権

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/03 06:20 投稿番号: [9065 / 29399]
>国共内戦、共産革命、大躍進、文化大革命、満州侵攻、朝鮮戦争、チベット侵略、ベトナム侵略、天安門から、法輪功にいたる共産政権による犠牲者は、総計2億人とも言われている。


ほんとかい?(笑)
それで、これらの事件がアンタの生活に何か関係でもしてるの?

日本人に関係あるのか?

関係してるとこ教えてくれる、、か?

力になるよ、、(笑)

中国人にも教えてあげないと、、、

そうそう、教えてあげる、靖国神社公式参拝について、遺族会会長の古賀君がだね、小泉首相の靖国参拝についてだ、、

外交関係は慎重に、、思いやりを持って行って頂きたい、、なんて言っているようですよ。最新ニュース、、(笑)

随分と様変わりじゃ〜ありませんか?

南京に向かって追撃を命令,第10軍!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/03 06:12 投稿番号: [9064 / 29399]
軍規頽廃した上海派遣軍を南京攻略に動員するのは無理と判断し、再建の方策として予備役、後備役兵の早期招集解除と国内帰還、将校、下士官の短期再教育の徹底を痛感、考慮している最中の11月20日参謀本部に第10軍から「集団は19日朝、全力をもって南京に向かって追撃を命令」という報告が届いた。

参謀本部次長多田駿中将(石原完爾派)は非常に驚き、急を要するので直ちに中止せよ、制令線から後退させよ、と指示を出した。

拡大派の下村第1部長は内心は南京追撃論であったので、本問題は中支方面軍の統帥に任せるべきであると意見を述べた。しかし、多田次長の強い意見に従い、20日夕方、中支方面軍参謀長あてに
「第」10軍の南京追撃は臨命第600号(作戦地区)指示の範囲を免脱している」と打電した。

前後するが、これより先、11月15日第10軍は軍司令官柳川平助中将臨席のもと
に幕僚会議を開き、軍主力をもって独断南京追撃を敢行することをすでに、決定していた。

制令線を設定して奥地に侵攻することを禁じた軍中央の対する、明らかな命令違反である。

11月24日第10軍に続いて、今度は中支那方面軍から「事変解決を速やかならしむる為、現在の敵の頽勢に乗じ、南京を攻略するを要す」とう意見書が参謀本部に届いた。

下村第1部長は多田参謀次長を説得し、中支那方面軍の作戦地域を制限している制令線の撤去を指示した。(大陸指第5号)

それでも多田参謀次長は戦線拡大を深く憂慮し、中支那方面軍参謀に「南京方面へは進撃しないように」電報を打っている。

11月20日天皇に直属する最高戦争指導機関である大本営が設置され、24日には天皇臨席のもとに、参謀本部、陸軍省、軍令部、海軍省の最高首脳が出席して第一回大本営御前会議が開かれた。同会議では参謀本部の下村第一部長の中支那方面軍の作戦計画について参謀本部で起案した原稿を読むかたちで次のように説明している。

「この軍(中支那方面軍)は上海付近の敵を掃滅するを任務とし、かつ同地を南京方面より孤立せしむることを主眼として編組されております関係上、その推進力には相当制限がございますのみならず、目下その前線部隊はその輜重はもとより、砲兵のごとき戦列部隊すらなお遠く後方にあるものすくなくございません。従って一挙直ちに南京に到達し得べしとは考えておりませぬ」、以上は前線からの報告に基づき、中支那方面軍の現状では南京攻略は無理である事を述べたもので、多田参謀次長の承認を得たものであった。が、下村部長は多田参謀次長に無断で原稿にない事を発言したものである。

「この場合中支那方面軍その航空隊をもって海軍航空兵力と協力して南京その他の要地を爆撃し、かつ絶えず、進撃の気勢をしめして敵の戦意を消磨せしむることと存じます。統帥部といたしましては、今後の状況いかんにより該方面軍をして新たなる準備態勢を整え、南京、その他を攻撃せしむる事をも考慮しております」(下村定大将回応答録)

下村部長の発言から海軍航空隊の南京爆撃が陸軍の南京攻略の前哨戦の意味を示すものでることが露呈されている。
下村作戦部長と中支那方面軍司令部とが共謀して参謀本部と命令系統を無視して南京攻略作戦を「下克上」的に進めたのである。

誤解だけ正しておきます

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/03 05:43 投稿番号: [9063 / 29399]
去る方に追い討ちをかけるわけにもいきませんので、「誤解」を正すのみとします。


(その1)
>しかし、未練がましいやっちゃ

>これは一体、誰の発言ですか?
  私は#9026の貴方のタイトルを真似しただけなんですけど。
  もちろん、皮肉を込めてね。


私の「未練がましいやっちゃ」は、私に対して罵倒を繰り返している某トンデモさんに対するもので、あなたに対するものではありません。私は、まともに会話が成立している相手に対しては、決してこのような暴言は吐きません。

一応は「会話」が成立していると思われるあなたからこのような「暴言」をいただきましたので、「警告」の意味で、私はこう書きました。

>しかし、「未練がましいですね」なんて、nさんの本性、だんだん出ちゃっていますね。



(その2)
>それがパル博士の意図を無視した「つまみ食い」
>明らかに虚偽の証言であってもそれを認めようとしない姿勢

???   私の引用は、文脈から見て、何の問題もないと思いますが。



(その3)
>検察側の言う「南京残虐事件」と博士の言う「南京暴行事件」が別のものであるということについては、どうやら合意を得られたようです

私は、そこまでの断定は行っておりません。

>「パル判事の認識と検察側の認識、あるいは判決文の認識が一致していたかどうか」なんてことは、私は問題にしていません

というのは、「その問題は私の関心外」ということですね。「事実認識」に限定すれば、検察側、あるいは判決文と、パル判事の認識が、どこまで違うのか、微妙なところです。



(その4)
>こちらの方は明らかに論点のすり替えであり事実の歪曲ですね。

内容のない「暴言」は、ご遠慮ください。



(その5)

>ティンパーリが国民党政府の手先だったとかベイツが蒋介石の顧問であったとか

「南京事件」定番の議論になりますが、ティンパーリが「国民党顧問」になったのは1939年以降のことでしたし、ベイツが蒋介石の顧問であったというのは、根拠の薄い説です。

http://www.geocities.jp/yu77799/bates1.html

・・・あれあれ、「ティンパーリの方も紹介しようとしたら、渡辺さんのページが消えてしまっていた。



(その6)

>このうち、前回のレスでも登場した「武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告」(中支那派遣軍司令部、1938年11月)を見てみましょうか。

>見ましたよ。
これは要するに、使ってもいいよ、という許可を出したということでしょう。
  実際に使ったなんて一言も書いてないと思うんですけどね。

変だなあ、と思ったら、「橋本群中将回想応答録」の方と勘違いしているようですね。これは、「武漢攻略戦・・・」とは全く別のものです。ここはnさんの単純な勘違いですので、以下のレスには、意味がなくなります。



では、ここまでということで。また機会があれば、議論をしましょうや。

あとはトンデモさんお一人が残ってしまいましたが、ロムの方もご覧の通り、まともな会話が成立しておりませんので、こちらも適当なところで切り上げます。

建国以来自国民2億人を殺したシナ政権

投稿者: hironomiya2003 投稿日時: 2005/06/03 00:24 投稿番号: [9062 / 29399]
週刊新潮今週号、国際教養大学中嶋峯雄学長の、「中華帝国侵略史」前編に書かれた凄まじいその抑圧と膨張と虐殺。

国共内戦、共産革命、大躍進、文化大革命、満州侵攻、朝鮮戦争、チベット侵略、ベトナム侵略、天安門から、法輪功にいたる共産政権による犠牲者は、総計2億人とも言われている。

人類史上に類の無い大虐殺の事実と「正しい歴史認識」を世界に示すべきは、胡錦涛、中華人民共和国政権の最大の責務である。

先ずこちらの桁違いの大虐殺の事実を検証しよう。

本当に支那・朝鮮の工作員は必死ですね

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/03 00:08 投稿番号: [9061 / 29399]
南京大虐殺の捏造工作に失敗する

従軍慰安婦強制連行の捏造工作に失敗する

もう、賢い日本の国民は騙されませんよね


あいかわらず、

糞チョンmamiyuわ、馬鹿おさらしてるで、しかし。。。

ボケめ


(^ω^)

本当に日本の右翼の工作員は必死ですね

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/06/02 23:58 投稿番号: [9060 / 29399]
南京大虐殺の隠蔽工作に失敗する
従軍慰安婦強制連行の隠蔽工作に失敗する

もう、賢い日本の国民は騙されませんよね

右翼の政治詐術

投稿者: hundong1972 投稿日時: 2005/06/02 23:23 投稿番号: [9059 / 29399]
掲示板やブログに多く見られる日本のネット右翼の言説として、靖国神社参拝中止の要求が、中国共産党や左翼勢力に特有な政治的主張であるように歪曲して宣伝している状況がある。この問題は基本的にイデオロギーの立場とは関係ない。簡単な例を上げれば、韓国国内で靖国反対を唱えて最も過激な抗議行動を展開しているのは、韓国の政治地図において座標面の左翼に位置する者ではなく、むしろ右翼にプロットされる勢力や団体であろう。抗議の現場で小指を切断してみたり、国旗を焼却する行為に及んでいるのは韓国の右翼の面々である。日本の右翼が靖国参拝反対の主張を共産主義のイデオロギーとパッケージにして演出し攻撃するのは、そのプロパガンダが世論へのインパクトとして効果があり、靖国参拝反対の議論を矮小化し、少数化、無力化する上で有効であるからだろう。即ち共産党シンパのレッテルを貼ることで、靖国参拝反対の声を上げようとする者の心理に動揺を与え、言論する意欲を萎縮させ、自己抑制を促し、現実的に少数派に追い込んで行く政治手法である。

残念ですね

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/02 23:21 投稿番号: [9058 / 29399]
  こちらの方は明らかに論点のすり替えであり事実の歪曲ですね。
  こういうあからさまな言い逃れは、まさかしないだろうと思っていたので失望しました。

> nさんは、「東京裁判」で挙げられた証拠群が、この世に存在する「すべて」だとでも思っているんでしょうか?

  誰がこんなことを言っていますか。
  もし日中戦争で日本軍が毒ガスを使用したとすれば、その証拠を収集するのは、事件から10年以内しか経過していない東京裁判時点の方が、半世紀を経過した80年代よりずっと容易だったに決まっているじゃないですか。
  隠されていた事実を、例えばティンパーリが国民党政府の手先だったとかベイツが蒋介石の顧問であったとか、こういうその当時では確認しようのなかった事実を発掘するのと、毒ガスの使用という明確な調査対象があって、それを妨害する要因が何一つなかった状況で物証も証言も見つけ出せなかった事実がどうして同列に論じられるんですか?
  探すべき証拠がはっきりしている状態で、事件から10年しか経過していない時期に見つからなかったものが、半世紀を経過して見つかるのは常識的に考えておかしいだろうと言っているんですよ。

> このうち、前回のレスでも登場した「武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告」(中支那派遣軍司令部、1938年11月)を見てみましょうか。

  見ましたよ。
  これは要するに、使ってもいいよ、という許可を出したということでしょう。
  実際に使ったなんて一言も書いてないと思うんですけどね。

>「或る特殊な部隊は瓦斯を使つてもよいか」

  という具申に対して

> 一部に許してやりましたこともあります

  と読むのが一般的な文脈の捉え方ではないんですか?
  どこに実際の使用を命令したなんて文章がありますか。

  色々理屈をつけてくれましたが、私の質問には遂に回答しませんでしたね。

> 少なくとも、何故この問題に限って「当時から」「被害者側」の「証言」が無いのか、疑問に感じなかったんですか?

  多分、疑問に感じていないんでしょう。
  日本軍の戦闘詳報を日本人が個人的に隠し持っていたから分からなかったというなら、中国側の戦闘資料、連合国の調査資料はどうなったんですか?
  アメリカ軍が隠し持っていた、と言うんでしょうね、きっと。

  さて、私の方は今回で終わりにしたいと思います。
  貴方との議論に時間を費やしたのは、貴方を説得することが目的ではなくて、証拠や証言というものの扱いについて題材にするのにちょうど良かったからですから。
  貴方のように宴会の決まり文句なんて言い訳はしませんのでご安心下さい。

>戦争の最中にルールなんか有るか

投稿者: htfgs719 投稿日時: 2005/06/02 23:21 投稿番号: [9057 / 29399]
>何処が悪いねん。
  ですが
  戦争は殺し合いが目的ではないのですね。
  外交交渉の一部と考えたら良いでしょうか。

  戦争は開始より戦後処理の方がずっと難しいことは
  戦後の日本に対する中韓の嫌がらせを見ればよく分かることです。

  ですから細心の注意を払って統制の取れた軍による軍事行動が重要なのです。

そいつわ大嘘吐きの糞チョンmamiyuじゃ

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/02 23:16 投稿番号: [9056 / 29399]
おおボケもんじゃから、真に受けることなかれ

(^ω^)

やれやれ

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/02 23:15 投稿番号: [9055 / 29399]
> しかし、「未練がましいですね」なんて、nさんの本性、だんだん出ちゃっていますね。最初は、面白い話ができる人なのかなあ、って少しは期待したんですけれどね。

  本性、ねぇ……

> しかし、未練がましいやっちゃ

  これは一体、誰の発言ですか?
  私は#9026の貴方のタイトルを真似しただけなんですけど。
  もちろん、皮肉を込めてね。

  英文の提供、ありがとうございました。
  でもこれは検察側がこう言っている、という部分を博士が代弁した方ですね。
  できれば、パル博士自身の言葉の方を載せて欲しかったですね。

> ついでですが、パル判事は、"nanking rape"という言葉と、"nanking atrocities"という言葉を、あまり意識して区別はしていなかったようです。確認したら、講談社版では、両方とも「南京暴行事件」と翻訳されていました。

  これについては私の間違いでした。
  原文を確認していない以上、信用します。
  それがどんな文脈で使われているかは別ですが。

  貴方のHPの趣旨も分かりました。
  この件についてはこれ以上続けても無限ループに陥るだけでしょう。
  パル博士が南京で暴行事件が多発したことを認識していた=パル博士が南京アトローシティズの存在を認識していた、というのが結局貴方の論理であり、それがパル博士の意図を無視した「つまみ食い」であるも、貴方の言う南京アトローシティズが所詮は通常の戦争犯罪の集合体でしかないことも、明らかに虚偽の証言であってもそれを認めようとしない姿勢も今回のご回答で改めて再確認できましたので。

>「パル判事の認識と検察側の認識、あるいは判決文の認識が一致していたかどうか」なんてことは、私は問題にしていません

  検察側の言う「南京残虐事件」と博士の言う「南京暴行事件」が別のものであるということについては、どうやら合意を得られたようですのでこれでよしとします。
  この投稿をご覧の皆さん、分かりましたか?
  「ゆう」氏が「パル博士も南京アトローシティズを認めている」と言っているのは、検察側の主張する(つまり中国の主張する)南京アトローシティズをパル博士が認めているという意味ではありませんので、誤解なさらないように。

シナ人の

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/02 23:11 投稿番号: [9054 / 29399]
虐殺行為には、かないませんな〜
何しろ、歴史が物語っている。

シナ人の残虐な処刑のやり方は。

それは、本当かどうか、

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/02 23:06 投稿番号: [9053 / 29399]
検証する必要があるでしょう。

百科事典に載っていれば、歴史の真実は信じられますって可笑しいんじゃないかい。

ま、黄泉の国一族は単細胞だから、百科事典は正しいと思うんだろうね。

歴史は百科事典から学ぼうってかい。

アホの考える事は、呆れますな〜

強制連行のウソ

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/06/02 22:57 投稿番号: [9052 / 29399]
「ビラのHP」より

No.1 強制連行のウソ

在日韓国・朝鮮人はよく「我々は強制連行されてきた!」と主張します。
しかしそれは事実なのでしょうか?

   1974年の法務省編「在留外国人統計」によれば、昭和20年9月1日以前に日本に上陸したとされる在日韓国・朝鮮人8万3030人のうち、日本政府が朝鮮人の来日を制限していた昭和10年までに渡来したのが44612人で全体の53.7%と半分以上になっています。

昭和11〜15年はまだ民間あっせん業者による自由募集の期間であり、次の16〜19年の中でも、国民徴用令が朝鮮に適用されたのは昭和19(1944)年9月でした。ですので「強制連行」の根拠とされている「徴用」による徴集は同年9月〜12月の4ヵ月間となるので、単純に計算してもこの期間に徴用された者は、昭和16〜19年の48ヶ月間に来日したとされる1万4514人のうち12分の1、つまり1210人(全体の1.46%)ほどに過ぎません。そこに「昭和20年9月1日以前」の679人(0.8%)を加えた概算1889人(2.3%)ほどが、真に徴用の名に値する在日朝鮮人だという事になります。仮に「官あっせん」を徴用の概念の中に入れ、官あっせんが行われていた昭和17年2月〜19年8月の来日者の推計数を全部加えても約1万1300人(14%)ほどです。

  よく誤解されていますが、日本は朝鮮半島を植民地化したのではなく併合したのであり、当時の朝鮮人は日本国籍を持ち権利・義務も日本人と同等でした。つまりこれは国民の義務としての徴集であり、日本人も全く同じ条件であった訳で、強制連行などではありません。(ちなみに当時の帝国議会には、約10名の朝鮮人議員が議席を有し、陸軍では中将にまで昇進した朝鮮人軍人もいました。)

  この推定は、昭和16〜19年間の月間来日数を均等として考えたものですが、実際には関釜連絡船の運航は終戦が近くなるにつれ次第に困難になりつつあったので、昭和19年後半からの来日徴用者は減少しているはずであり、「強制連行」の概念を広く解釈しても、10%を大きく超えるような事は考えられません。

  そしてこれは在日韓国人自体の調査によっても裏付けられています。1988年2月に発刊された「"我々の歴史を取り戻す運動"報告書」(在日本大韓民国青年会中央本部)には、全国千百余人の一世から直接聞きとりした調査結果が収録されています。これによると、渡日の理由として「徴兵・徴用」は13.3%に過ぎず、経済的理由(39.6%)、「結婚・親族との同居」(17.3%)に次いで3番目です。この13.3%のうち、徴兵は0.5%で、残りが徴用ということになります。

  しかし、「渡日年度別に見た渡日理由」によると、徴用は1926〜30年に6 人、1931〜35年に9人、1936〜40年に51人とあります。国民徴用令が公布されたのは1939(昭和14)年7月ですが、これが朝鮮に適用されたのは前述のように1944(昭和19)年9月ですので、この「徴用による渡日」という回答は思い違いによるものと思われます。また1941〜45(昭和16〜20)年の徴兵、徴用と答えたのは76人ですが、この場合も、徴用が実施されていた1944年9月以降終戦までの一年分だけを前期の方法で算出すれば16人、すなわち全体の1.5%にしかなりません。法務省の数字の場合と同様に官あっせんを徴用と考えても(1942年2月以降)59人=5.4%となり、徴兵を加えても5.9%です。


  また、かつて朝鮮人学校で父母の来日動機を調査したところ、「朝鮮では食えないから渡航して来た」という回答がほとんどだったと言われています。

  そして戦後日本はGHQの「全員帰国を達成せよ」という指令もあり、全ての希望者に帰国のための船便を提供するなど、当時の在日朝鮮人の引き揚げに最大限の協力をしています。更に大正時代からの大量の密航者や、朝鮮戦争時に受け入れた大量の難民や密航者もこれに加えると、
今日本国内にいるほとんどの在日韓国・朝鮮人が、徴用とは全く関係の無い、単に職を求めて合法・非合法に来日した人達、またその子孫ばかりであるという事が分かります。



参考資料
法務省編 在留外国人統計 (1974年度版)

参考URL
在日コリアンの来歴
http://didisama.tripod.com/didi/zainiti_raireki.htm
「強制連行」というプロパガンダ用語とイメージ操作
http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A05.html
貴族院
http://plaza2.mbn.or.jp/~duplex/giten/k.htm
中野文庫   朝鮮貴族
http://plaza2.mbn.or.jp/~duplex/giten/kizoku.htm

11月中旬、日本軍は上海全域を制圧した。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/02 21:16 投稿番号: [9051 / 29399]
11月中旬、日本軍は上海全域を制圧した。

上海派遣軍の本来の目的である「日本人居留民保護」はこれで達成された。

約3ヶ月におよんだ上海戦に多大な犠牲を強いられ、心身共に消耗した兵士は、これで本国へ凱旋できるはずであった。

陸軍省の作成した「上海付近の作戦一段落に当たり政府の行う声明案」(10月28日)によれば、「上海戦を制すれば、直ちに軍事行動を停止し、欣然日支の友交をおさむるに吝かならず」と記されていた。(軍令部第1部甲部員/支那事変処理)

陸軍中央部にとっては上海派遣軍の士気低下、軍規の弛緩、不法行為の激発が深刻な問題となっていた。

陸軍省軍務局軍事課長田中新一大佐は「軍規粛正」として所見を書いている。
「軍規頽廃の根元は、召集兵にある。高年次招集者にある。招集の憲兵下士官などに唾棄すべき知能犯的軍規破壊行為がある。”現地依存の給養上の措置”が誤って軍規破壊の第一歩ともなる。

すなわち、地方民から物資購買が徴発化し、掠奪化し、暴行に転化するごときが、それである。、、、補給の停滞から第1線を飢餓欠乏に陥らしめることも軍規破壊のもととなる。

軍規粛正の道はそれらの全局面にわたって施策せられなければならないが、当面緊急の問題は、後方諸機関にある。後方諸機関の混乱は動員編成上並びに指揮系統上の見落としものもちろん起因するが、後方特設部隊の軍紀的乱脈が大問題である。

軍事的無知、無規律、無責任、怠慢などおよそ、国体行動の要素は皆無というべく、これをこのまま放置しておいては全軍規律を動揺せしめることにもなる。問題は制度や機構よりも人事的刷新にある」(田中新一   支那事変記録   その3)

松井石根中支那方面軍司令官が南京を占領して国民政府に代わる新政権樹立する意図を表明してはばからないことに対して田中新一は、「松井大将としては南京攻略を切望す。目的は蒋介石を倒す、、ただし、師団の現状では戦闘能力なかんずく攻撃力に不足するものと,見あり。

軍紀風紀の維持については、憂慮すべきもの多く、その原因の重大なるものは、指揮官各級の威力なきにあるといえる。

軍再建に関する件として、情況上、整理可能なるに従って予後備役の招集解除を行い、できるだけ速やかに平常の体制に移し、兵員の不足は補充兵、新兵をもって充足する。下士官の精違整理を行い、徹底させる短期再教育を行う、将校についても同断、戦地教育の徹底をはかる。」(田中新一   支那事変記録   その4)


陸軍中央において、武藤章とともに拡大派の中心であった田中新一でさえ、軍紀紊乱した上海派遣軍を南京攻略に動員するのは無理と判断し、上海派遣軍の再建の方策として、予後備役兵の早期召集解除と国内帰還、将校・下士官の短期再教育の徹底を痛感していたのである。

予後備役兵の召集解除ということになれば、予備役大将の松井石根司令官の召還も対象となったはずである。(河辺虎四郎少将回想応答録)

参謀本部もこうした軍紀頽廃した将兵からなる上海派遣軍を南京攻略に駆り立てれば軍紀を逸脱した不法行為、残虐行為が激発する可能性を懸念し、上海戦を一段落として派遣軍を整理し、休養を与える必要を考慮していた。

その矢先に、、、参謀本部に「集団は19日朝、全力をもって、、、、、」の報告が第10軍より届く、、、

毒ガス戦

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/02 21:14 投稿番号: [9050 / 29399]
しかし、不思議な発想です。

nさんは、「東京裁判」で挙げられた証拠群が、この世に存在する「すべて」だとでも思っているんでしょうか?   じゃあ、それ以降、歴史家たちがやることは、何にもなくなってしまいますね。


「南京」関係では、論議の高まりとともに、80年代末から90年代にかけて、大量の「新資料」が発掘されました。これらの「新資料」群は、今では、「論議」の定番として定着しています。

あの東中野先生だって、はるばる台湾くんだりまで言って、新資料を発見してきました。正確性の上では大いに問題がある資料ですが、少なくとも、「これまで知られていなかった資料」であることは間違いありません。


個人が保管していた極秘資料の流出、アメリカの大学図書館での調査、ドイツ外務省保管文書、あるいは防衛庁にある「戦闘詳報」群でもいいです。

これまで誰も注目していなかったところから「資料」が発掘された例など、いくらでもあります。


「戦闘詳報」を例に挙げるならば、終戦直後、軍部から「焼却命令」が出されました。

大半が焼却されてしまいましたが、個人がこっそりと隠し持っていた写しが、戦後(もちろん、東京裁判より後)になって、大量に出現してきたわけです。

「東京裁判」に出てこなかった資料は怪しい、なんて、よく言えるなあ。



「毒ガス戦」は、東京裁判では認められなかった。これ自体は、たぶん事実なんでしょう。

しかしだからと言って、「毒ガス戦」自体が存在しなかった、と決め付けることは、できません。

「南京」だって、当時から見ると考えられないくらい大量の資料が出現しています。「毒ガス戦」だって同じこと、というだけの話でしょう。



>毒ガス疑惑に限定しても、これだけの疑問材料があって、後年発掘された資料の真偽に疑問を感じない貴方のセンスの方が私にはとんでもないと思えますけどね。

実際に、どんな資料であるか、どのような出自であるかを何にも調べずに、いきなり「疑問」がある、と断定しちゃうわけですか。これじゃあ、あのでりちゃんのレベルですよ。


例えば、私の手元にある「十五年戦争極秘資料集   第十八集   毒ガス戦関係資料」には、16の資料が掲載されています。

このうち、前回のレスでも登場した「武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告」(中支那派遣軍司令部、1938年11月)を見てみましょうか。


この資料は、「昭和十三年十二月十一日   中支那派遣軍参謀長   河辺正三」から、「陸軍次官   山脇正隆殿」に送付されています。これは、例の「陸支密大日記」に収録されたもののようですね。

どうして東京裁判に提出されなかったのかは私にはわかりませんが、少なくともこの資料の実在を疑う人はいないでしょう。

全部手書きで、80ページにも及ぶ膨大なこの資料、当時の軍司令部が著した、紛れもない一級資料です。


で、Nさんがこの資料に疑問を持つ理由は、一体何なのでしょうか?



まあ、私自身、「毒ガス戦」にはまだとっかかったばかりですので、それほど知識があるわけではありません。でも、「毒ガス戦の実在がどのように証明されているのか」というのは、結構面白いテーマかもしれませんね。

「積んどく」になっていた手元資料を、少しじっくりと読んでみることにしましょうか。
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