南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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アジア女性基金は存続させるべき

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/25 11:54 投稿番号: [4256 / 41162]
民間募金のはずが政府のカネ無しでは運営できない状態だったり。
慰安婦側が、正式な国家補償を求めて受け取りを拒否したり。
慰安婦認定基準が公表されていなかったり。
2万人(笑)もの『自称慰安婦』が名乗り出たり、と
問題山積のアジア女性基金であるが。

一方で、慰安婦側を
「とりあえずカネくれ」派と「正式な国家補償を」派に
分断させ弱体化させているというメリットがある。
逆に言えば、廃止すれば、再び慰安婦問題を活性化させるだろう。

いい加減な慰安婦人的基準を厳格にした上で、
慰安婦が死に絶えるまでは存続させるべきだ。

しかし日本はすでに賠償済みで責任無し

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/25 11:34 投稿番号: [4255 / 41162]
サンフランシスコ講和条約、および
それに基づく各国との国交正常化交渉・平和条約で
すでに日本は謝罪も賠償も済ませている。
(北朝鮮については意見が分かれる。アホな小泉が不必要な謝罪・賠償したりしないか心配だが)

また近年、自称『従軍慰安婦』が日本国内で訴訟してるが、
最終的にはすべて敗訴している。
今後も負け続けるであろう。

法律上は、日本は何ら問題を背負ってはいない。

軍による慰安婦連行は、わずかだがあった

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/25 11:17 投稿番号: [4254 / 41162]
有名なスマラン慰安所(インドネシア)での事件は事実だ。
またアンボンでは1945年3月に、軍が現地警察を使い
女性を慰安婦として徴集している。

わずかだが、軍による慰安婦強制連行があったのは事実である。

ただし、シナ・朝鮮人慰安婦が軍に強制連行されたというのは、
真っ赤なウソだ。
彼女たちは、親に売られ、
あるいは女衒(ぜげん=斡旋業者、多くは朝鮮人)にだまされて
売春婦にされたに過ぎない。
その客がたまたま日本軍だったわけだ。軍は徴集していない。

徳田弐ん之介殿

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/24 00:46 投稿番号: [4253 / 41162]
>そーか…君はちゃんと両方の文献に目を通して来ているのか…
>その上で精々10人と結論付けたか…
>それならば、最早何も言うまい。

分かってくれてありがとう。


>常に中道に身を置き、公正・公平に物事を捉えるという心構えを忘れなければ、
>君なら或いは真実に辿り着けるかもしれないな…

励ましてくれてありがとう。
今後も頑張ります。


>ただ如何なるものであっても、その真実を探求するということは、
>決して楽な道ではないという事を肝に銘じておいた方が良いよ…

御意。


>既に半世紀以上も前のことだけに、俺なんかは懐疑的になり過ぎて、
>正直どちらも信用出来かねなくなって来ているぐらいだ…

GHQ、支那共産党、日教組や朝日新聞などの反日左翼の嘘宣伝が脳内に刷り込まれてしまったのかも知れません。
焦らず、共に真実を探求していきましょう。
先入観を棄て、大局観を大事にするほうが真実が見え易いと思います。


>え?優に3週間以上も死体を放っておいた事実があったとゆーのかい?
>ラーベの日記の日付は、果たしてその事実を見た日からそー日を置いたものではないのか?

当初は1日平均で約200体ぐらい埋葬していましたが、それでも何万体にも及ぶ敵の遺棄死体は、数ヶ月間埋葬されずに残っていたのです。
敵の遺棄死体が多くあった下関地区というのは、市民が避難していた安全区から離れた場所で激戦になった所です。
ですから、埋葬記録には、女子供の死体は殆どありませんでした。


>それは南京陥落当時も変わってはおらず、その中に死体が30万も転がっていたとゆー話は、
>その面積から考えても信憑性に欠けると言われているらしい。

信憑性に欠けるどころか絶対に嘘です。


>そりゃそーと、何であの政治→軍事のボードに“南京大虐殺”のトピがあるんだい?
>軍事作戦絡みだからとゆー理由なのかな?

私も理由はよく知りませんが、軍事カテには歴史認識問題に関するトピがたくさんあります。
戦争の歴史を検証するということかもしれません。


>まー俺も軍事トピの存在は知ってはいたが、
>兵器オタク(特にWWⅡモノ)だった俺としては、嵌るのが面倒でなるべく覗かないよーにしていたんだ。

靖国神社のすぐ横にある「遊就館」へ行ったことありますか?
私は玄関ホールにだだけ行ったことがあるのですが、「零戦」の他、ノモンハン、フィリピンなどの砲撃戦に参加後、沖縄で玉砕した野戦重砲兵第一連隊の「九六式15センチ榴弾砲」が展示されております。
玄関ホールだけなら、ただで見学することができます。

美味冷珈琲殿

投稿者: dirty_masa 投稿日時: 2004/12/23 20:59 投稿番号: [4252 / 41162]
私は徳田弐ん之介と申す者だ。

余のHNを見忘れたか?


さて、
>そうでもないですよ。私も3年ぐらい前までは、漠然と「あったらしい」という認識でいました。私は主に軍事カテで投稿をしており、〜〜ただ、私は1930年代から1940年代に支那事変や大東亜戦争について書かれたいろんな本を読んでいるうちに気が付いたのです。日本人、欧米人、支那人を問わず、当時リアルタイムで書かれていた本に、南京での日本軍の暴行や虐殺なんて全く出てこないのです。
>ですから、日本軍による南京の一般市民虐殺は0人〜せいぜい10人ぐらいです。

そーか…君はちゃんと両方の文献に目を通して来ているのか…
その上で精々10人と結論付けたか…
それならば、最早何も言うまい。

常に中道に身を置き、公正・公平に物事を捉えるという心構えを忘れなければ、
君なら或いは真実に辿り着けるかもしれないな…

ただ如何なるものであっても、その真実を探求するということは、
決して楽な道ではないという事を肝に銘じておいた方が良いよ…

既に半世紀以上も前のことだけに、俺なんかは懐疑的になり過ぎて、
正直どちらも信用出来かねなくなって来ているぐらいだ…

>>おいおい!そんなに長く死体を放っておくわけないだろ〜って思わずツッコミ入れたくなっちまったよ。
>それは違います。死体はたくさんありました。
『南京の真実』P291   ラーベ日記   2月15日
委員会の報告には公開できないものがいくつかあるのだが、いちばんショックを受けたのは、紅卍字会が埋葬していない死体があと三万もあるということだ。今まで毎日200人も埋葬してきたのに。

え?優に3週間以上も死体を放っておいた事実があったとゆーのかい?

ラーベの日記の日付は、果たしてその事実を見た日からそー日を置いたものではないのか?
が多少気になるところではあるが、実際は南京陥落の1937年12月13日後も周辺での戦闘自体は続行したのだろーから、
信憑性はあるだろー。

ただ俺が言いたかったのは、
飽くまで南京市城内に死体が長期間放置されていたとゆーよーな事実が本当にあったのかとゆー事だったんだ。

序でに書いておくが、中国の都市は三国志を見てもわかるとーり周囲に城壁が張り巡らされていた。
それは南京陥落当時も変わってはおらず、その中に死体が30万も転がっていたとゆー話は、
その面積から考えても信憑性に欠けると言われているらしい。


そりゃそーと、何であの政治→軍事のボードに“南京大虐殺”のトピがあるんだい?

軍事作戦絡みだからとゆー理由なのかな?

まー俺も軍事トピの存在は知ってはいたが、
兵器オタク(特にWWⅡモノ)だった俺としては、嵌るのが面倒でなるべく覗かないよーにしていたんだ。
この間チラ見したら、大和とか〜(まーあれに関しては、当時既に過去の遺物と化していたモノだから、あまり興味ないけどね…)

ご参考

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/21 21:00 投稿番号: [4251 / 41162]
ゴーマニズム宣言より一部抜粋9
2004/ 8/15 19:04
メッセージ: 2562

投稿者: kurunsupot
*大虐殺宣伝屋は誰か?

実は戦後しばらくの間、「南京虐殺」は忘れられた存在だった。「大宅壮一文庫・雑誌記事索引総目録」を検索すると、占領下の昭和21年にティンパーリーの文が1回載っただけで、その後年10年間該当する記事がない。そして昭和31年に吉本隆明らが「多くの文学者が戦時下の言論活動の総括をしていない」と批判、「戦争責任論争」として一時話題になった時期に4件だけ「南京虐殺」が登場する。ちなみにそのうちの1件が先に紹介した「今井記者のニセ手記」である。そしてその後は昭和46年のー月まで14年近くもの間、1件の該当記事もない。
戦後すっかり風潮が変わり、「日本軍国主義」を告発することが正義とされる世の中になったのに、昭和31年の一時期を除けば25年もの間、「南京大虐殺」をほとんど誰も語っていなかったのだ。本当に「大虐殺」があったのなら、このような現象はありえない。

もしこのまま時が流れ、冷静に事実の検証が行なわれていれば、「南京虐殺」は『私は貝になりたい』のように、不正な戦犯裁判による占領下日本の悲劇の一つとして歴史に残っていたかも知れないのだ。ところが現実には未だに南京で大虐殺があったということが常識になっている。しかも東京裁判ですら認定できなかった「犠牲者30万人、計画的・組織的虐殺」が事実として宣伝されている。なぜそんなことが起きたのだろうか。

大宅壮一文庫によると、25年近くほとんど誰も語っていなかった「南京虐殺」の記事が、昭和46(1971)年一年間で突然12件も登場する。70年代からコトは始まったのだ。戦後四半世紀も経ってから、日本人が自ら「東京裁判」をもう一度やるような行為を始め、忘れられていた「南京」に強引に光を当て、さらに膨らませた「大虐殺」として日本国中に自ら流布した、それが今日の問題の根源なのだ。
ではその日本人とは誰か?
「朝日新聞」である。

既に稲垣武氏、片岡正巳氏、井沢元彦氏ら多くの人が指摘し、一部は朝日新聞も認めているように、70年代前半、朝日新聞は報道機関としての立場を外れ、完全に中国に偏向していた。常軌を逸して中国に肩入れした広岡知男社長から「たとえ事実でも中国に都合の悪いことは書くな」という趣旨の命令が出され、現実に実行されていたのである。これは裏を返せば「たとえウソでも中国に都合のいいことを書け」と言っているようなもので、実際にそのような記事も書かれていた。70年安保を前に、佐藤.ニクソン会談で沖縄返還・日米安保強化の声明が出された際、中国政府はこれを「日本軍国主義の復活だ、日本は未だ中国の戦争被害者に謝罪していない」と猛烈に非難した。日本の「軍国主義化」など実際にはありえないことは明白で、これはその後も事あるごとに繰り返される中国の反日プロパガンダにすぎなかったのだが、朝日新聞はこれを直輸入して記事にし、大宣伝し始めたのである。

当時の中国は文化大革命の真っただ中、「日本は世界征服の陰謀の第一歩として中国を侵略した」というトンデモない内容の反日偽書『田中上秦文』を『毛沢東語録』とともに大量頒布し、ありとあらゆる「日本軍の蛮行」を捏造しまくり、「その悪鬼・日本から我々を救って下さったのは毛沢東主席だ」という大宣伝を行なって国内をまとめていた。その一環として「南京大虐殺」も使われていたのだが、朝日はそんなプロパガンダを直輸入し、検証もせずに大宣伝したのだ。そして反戦・反権力ブームの当時の世相がそれを後押しし、他のマスコミも追随した。それが、戦後消えていた「南京虐殺」が突然大々的にマスコミに登場した理由なのである。

服部弐ん蔵殿

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/21 20:59 投稿番号: [4250 / 41162]
>服部弐ん蔵、推参!!

ほ〜〜。
私も『影の軍団』シリーズは大好きでした。
再放送も何度かやっていたので、よく観たものです。


>俺が初めてこの件に付いての文献に目を通したのは、彼是もー10年以上も前(もっと前か?)になるわけだけど、
>あの当時は南京大虐殺は歴史の常識扱いされてて、今みたいに否定資料が街中に溢れてるなんて事はなかったんだ。

今でも勉強しない多くの日本人は常識だと思い込んでいます。
反対に、南京大虐殺というのは、東京裁判までは全く存在すら知られていませんでした。
東京裁判で、でっち上げられたのですが、冷静に考えれば馬鹿げた話なので、その後約25年間は全く話題にもならず、忘れ去られようとしていました。
再び話題になったのは、1970年代になってからです。

【次レス参照】


>僕が最初に見た資料は、肯定文献だった。
>れに引き換え、君が見たそれは否定文献だった…と。

そうでもないですよ。
私も3年ぐらい前までは、漠然と「あったらしい」という認識でいました。
私は主に軍事カテで投稿をしており、軍事カテでは、「南京虐殺はでっち上げと確信している」が最多投稿トピなのですが、私は見ることもありませんでした。
ただ、私は1930年代から1940年代に支那事変や大東亜戦争について書かれたいろんな本を読んでいるうちに気が付いたのです。
日本人、欧米人、支那人を問わず、当時リアルタイムで書かれていた本に、南京での日本軍の暴行や虐殺なんて全く出てこないのです。
上海戦や重慶爆撃や沖縄戦における民間人犠牲者に関する記述はあっても、南京戦における民間人犠牲者については話題にもなっていなかったのです。
ちなみに、南京戦以後の蒋介石や毛沢東の声明や日記を見ても「南京大虐殺」の認識は全くありません。


>ただ、日本人が否定し始めたりなんかするから言うんじゃないかとゆー彼らの言い分もわからんでもないとゆーことなんだ。

それは大きな勘違いです。
こっちが1歩退けば、2歩、3歩と圧して来るのが支那人や朝鮮人です。
完全に否定して相手にしなければ、奴らは一時的に大騒ぎはしますが、すぐに諦めます。


>おいおい!そんなに長く死体を放っておくわけないだろ〜って思わずツッコミ入れたくなっちまったよ。

それは違います。
死体はたくさんありました。

『南京の真実』P291   ラーベ日記   2月15日
  委員会の報告には公開できないものがいくつかあるのだが、いちばんショックを受けたのは、紅卍字会が埋葬していない死体があと三万もあるということだ。今まで毎日200人も埋葬してきたのに。そのほとんどは下関にある。この数は下関に殺到したものの、船が無かったために揚子江を渡れなかった最後の中国軍部隊が全滅したということを物語っている。
(ラーベ:安全区国際委員会委員長・ジーメンス支那支社長)


>まー俺としては、その出来るだけ正確な数をはっきりさせて欲しーと思ってるだけなんだ。
>にかく、奴らのゆーよーなベラボーな数じゃないってことだけは確かだ!
>何せ白髪三千丈の大袈裟な国だからな〜。

ですから、日本軍による南京の一般市民虐殺は0人〜せいぜい10人ぐらいです。

拝復、美味冷珈琲殿。

投稿者: dirty_masa 投稿日時: 2004/12/21 00:34 投稿番号: [4249 / 41162]
我が身、既に鉄也、
我が心、既に空也…

服部弐ん蔵、推参!!

チャ〜ラ〜チャララ〜チャララ〜♪
チャ〜ラ〜チャララ〜チャララ〜♪


わわっ、暫らく見ないうちにこのヒット数の多さ!
とても全部見切れないわ!!

>極東近現代史については2年ぐらい前から、南京事件については1年ぐらい前から勉強しています。

ふ〜ん…そー言えば気付いたことがあるんだけど、
俺が初めてこの件に付いての文献に目を通したのは、彼是もー10年以上も前(もっと前か?)になるわけだけど、
あの当時は南京大虐殺は歴史の常識扱いされてて、今みたいに否定資料が街中に溢れてるなんて事はなかったんだ。

人の思想形成・知識習得にも、刷り込み作用(インプリンティング)は働くと思うよ。

僕が最初に見た資料は、肯定文献だった。
れに引き換え、君が見たそれは否定文献だった…と。

おまけに、自分は日本人だ。
俺だって、本当はこんな事でいつまでも中国人にどーのこーの言われたくはない。
ただ、日本人が否定し始めたりなんかするから言うんじゃないかとゆー彼らの言い分もわからんでもないとゆーことなんだ。

因みに俺が嘗て見た記述の一例は、
「好い女は上官が独り占めしてしまって面白くないから、見つけ次第斬り殺してしまった…」などの蛮行の数々だ。

また、最近見掛けた否定派の証言の一つに、
「陥落から3週間後に飛行機で降り立ったが、死体は一体もなかった。だから、虐殺はなかったと思う。」
って、おいおい!そんなに長く死体を放っておくわけないだろ〜って思わずツッコミ入れたくなっちまったよ。

悪臭が漂うし、第一不衛生だよ!
実際は、速やかに処分されたことだろーな…碌にカウントもせずに…。

まー俺としては、その出来るだけ正確な数をはっきりさせて欲しーと思ってるだけなんだ。

にかく、奴らのゆーよーなベラボーな数じゃないってことだけは確かだ!
何せ白髪三千丈の大袈裟な国だからな〜。

数千人の一般人処刑などあり得ない

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/20 22:51 投稿番号: [4248 / 41162]
>だが、安全区では戦闘が行われていない。
>戦闘による犠牲者は発生していない。
>つまり、スマイス報告の項目について、
>『冲突(衝突)』=『戦争(による犠牲)』
>=『日本兵による暴行で死んだ者』
>ということ。

いくら何でも、そりゃないよ。
例えば、支那軍の徴発・徴兵は、苛酷なものだった。
日本軍との戦闘が始まる前に、徴発などのトラブルで死んだり連れて行かれたことも十分に考えられる。
―――――――――――――――――――
  軍隊の行動や戦争のやり方からだけでも、農民がどのような反応を示したかは想像に難くない。彼等は自らを守って生き延びようと努力したのである。彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(注1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。河南省では、当局の無関心、無能力、穀物のトン積、さらには投機のために、1942年から43年にかけて起こった飢饉(注2)が大いに悪化したので、日本人が1944年にこの省に再び(注3)侵入した時、彼らにとっては事はことのほかに容易だった。彼らが前進してくるにつれて、農民は国民党の軍隊を襲撃し、武装解除し、時にはこれにリンチを加えたのである。

(注1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。

(注2)未確認の数字であるが、この飢饉のために凡そ200万の死者を出したといわれる。

(注3)戦争の初期に、彼等は1度ここを占領したことがある。

『中国革命の起源   1915−1945』ルシアン・ビアンコ著
―――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――
私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。

『抗日戦回想録』   郭沫若自伝
―――――――――――――――――――


>あと、裁判無しでの一般人処刑を正当化できる国際法規は存在しない。

だから、一般人の処刑など全然していない。
処刑した便衣兵の中に、もしかしたら一般人も含まれていたかも知れないが。


>便衣兵『容疑者』の処刑ついて。
>「真実は分からないが、哀れな犠牲者が多少含まれているとしても、致し方のないことだろう」
>(第9師団水谷上等兵の日記)

そのとおり。
一般人が多少含まれていても、致し方のないことだ。
安全区に潜入した多数の便衣兵は本当に許せない。


>新しい情報が無い限り、お互いに返信は不要だね。

どうぞ、ご自由に。

殺したのは毛沢東。

投稿者: rubyfurash2 投稿日時: 2004/12/20 18:56 投稿番号: [4247 / 41162]
ポルポトと同じ。

自国の人民を2000万人殺した。

南京大虐殺は日本軍に擦り付けた、

民度の低い支那人は反日教育で信じている。

なんセ、未だに個人のHPを認めない一党独裁国家だから。

映像資料について気づいたこと

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/20 18:46 投稿番号: [4246 / 41162]
「南京陥落は1937年12月13日であり、次の映像はその直後からの映像である。」
とあるが。
実際には鑑札配布は1月初旬であり、正月の映像とあいまって、
陥落から少し経った映像のように思われる。

また撮影されたころ(あるいは少し前)、
下関(シャーカン)において捕虜の大量処刑があったのは事実。
映像には写されていないけどね。

まあ、このフィルムは
陥落後の南京が平穏であったことを証明している。

したがって、このような平穏な状況でのスマイスの言う『戦争での死者』が
戦闘に巻き込まれた死者でありえるのか。
また、このような平穏な状況で便衣兵「と思われる者」を
裁判無しで処刑する必要があったのか。
深刻な疑問を呈することとなったわけだが。

30万というのはデマ

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/20 18:03 投稿番号: [4245 / 41162]
30万というのはデマだよ。
そんなことを言い出すシナ人は許してはいけない。
まあ、シナ人は蛮族だし根っからのウソつきだから
「正しい歴史認識」を期待するだけ無理なような気もするが。
日本政府は、反論だけでもきちんと行うべきだ。

一方で、日本人はシナ人なんかと違う。
きちんとした歴史認識が可能だから。
「南京では何もなかった」などというウソをついてはいけない。

まあ、どちらにしろ日本は、日中共同声明(1972)において
謝罪も賠償も完全に済ませてるんだけどね。

チベットでの悪逆極まりない振る舞いや、
日本に対する国際法違反の無差別爆撃は、
もっともっと糾弾されていいと思うね。

>数千人の一般人処刑を正当化できる?

投稿者: asdll58 投稿日時: 2004/12/20 09:49 投稿番号: [4244 / 41162]
>スマイス報告より
『日本兵の暴行による死者』2,200人
『日本兵による行方不明者』4,400人
あわせて数千人の一般人が、裁判無しに処刑されている。

スマイス報告が即正しいとは限らないだろう。それに、便衣兵処刑の巻き添えを食ったやつは、べつに好き好んで処刑したわけではなかろう。

かりにスマイス報告が正しいとして、

チャイナによるチベット人民百万単位の虐殺は?東京大空襲、広島長崎原爆による日本市民数十万万単位の虐殺は?その他多くの日本軍以外による虐殺は?なぜとりたてて南京なのか?

チベット人民虐殺、東京大空襲、広島長崎原爆は、致し方なかった?

それなら、南京便衣兵処刑の巻き添えも致し方なかったと言えるだろう。規模としては二桁も三桁も少ない。

無辜の南京市民20万、30万大虐殺というのは根も葉もないデマだったのか。もし、そうなら、単なるデマではすまされまい。

朝日放送を見よ!

投稿者: asahinaruto 投稿日時: 2004/12/20 09:16 投稿番号: [4243 / 41162]
世界最大の捕虜収容所。

>>落目の「南京大虐殺」から「毒ガス」

投稿者: asdll58 投稿日時: 2004/12/20 09:10 投稿番号: [4242 / 41162]
>特に中国軍は武器が不足していたので日本軍の武器をほしがり、日本軍が日本に持ち帰ることを許しませんでした。毒ガス問題はとんでもない責任転嫁です。謝罪しなければならないのはいい加減な処理をした中国側です。

なるほど。一考の余地あるようですね。

南京陥落当時の映像資料

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2004/12/20 08:59 投稿番号: [4241 / 41162]
中国人は南京陥落当時の映像資料が残っていることさえ知らされていないのではないかと思い、動画資料を載せることにした。
ちなみに南京陥落は1937年12月13日であり、次の映像はその直後からの映像である。

進攻経緯。工兵が爆破した正面門である中山門。北口の和平門。最後に残った邑江門。揚子江岸。空爆された飛行機格納庫。特に邑江門では城外の蒋介石軍が自軍を場内に残したまま城門を閉ざしたため、残された蒋介石軍は城壁を登って軍服や装備を脱ぎ捨て、民衆に扮装して逃げた。
http://www.dela-grante.net/michelin/up/so/No_0713.wmv
 
福利を受けるための鑑札配布と病院の様子
http://www.dela-grante.net/michelin/up/so/No_0712.wmv
 
難民非難区の様子とインフラの復旧風景
http://www.dela-grante.net/michelin/up/so/No_0710.wmv
 
南京での正月の準備と初日の出
http://www.dela-grante.net/michelin/up/so/No_0711.wmv

数千人の一般人処刑を正当化できる?

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/20 06:26 投稿番号: [4240 / 41162]
>安全区にはまだ多数の便衣兵が潜んでいた。

だが、安全区では戦闘が行われていない。
戦闘による犠牲者は発生していない。
つまり、スマイス報告の項目について、
『冲突(衝突)』=『戦争(による犠牲)』
=『日本兵による暴行で死んだ者』
ということ。

あと、裁判無しでの一般人処刑を正当化できる国際法規は存在しない。
便衣兵の論議にすり替えてもムダだ。

便衣兵『容疑者』の処刑ついて。
「真実は分からないが、哀れな犠牲者が多少含まれているとしても、致し方のないことだろう」
(第9師団水谷上等兵の日記)

スマイス報告より
『日本兵の暴行による死者』2,200人
『日本兵による行方不明者』4,400人
あわせて数千人の一般人が、裁判無しに処刑されている。


あとは堂々巡りだね。
新しい情報が無い限り、お互いに返信は不要だね。

便衣兵と誤まった処刑が南京大虐殺?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/19 23:10 投稿番号: [4239 / 41162]
>12月13日以降、日本軍はほぼ完全に南京を勢力下においた。

軍事作戦においてはそうかもしれないが、安全区にはまだ多数の便衣兵が潜んでいた。

>また、南京においてシナ軍による大量殺害があったとする記録も皆無。

そうだろうな。
そもそも、南京において市民が大量殺害された記録なんてない。
支那軍も日本軍も市民の大量殺害をしなかったのだろう。
戦闘が始まってから1ヵ月後に南京の人口が20万人から25万人に増えたのだから当然だ。
支那事変の期間中、支那軍は各地で市民を大量殺害していたが、南京において殺害した市民の数は少なかったようだ。
ただ、参考までに述べておくが、支那兵が市民から服を奪い取るために市民を殺したり、支那軍の撹乱工作隊が安全区に潜んで掠奪・強姦をして日本軍の仕業にしていた記録ならある。


>一方で、日本軍によって
>捕虜「と思われる者」の大量殺害が行われたのは事実。

投降兵・捕虜の殺害は、米国、ソ連、、支那、英国など各国が行った一般的な行為であり、米軍やソ連軍などのほうが日本軍より遥かに悪質で大量だった。

(参考)
―――――――――――――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。

しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。

故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。

「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」   (オッペンハイム)
―――――――――――――――――――


>そして、13日を境に市民の死者・行方不明者が急増してる。

市民ではなく便衣兵だ。
女、子供を殺したり、女、子供が行方不明になった訳ではない。
処刑されたり連れて行かれた者たちは、便衣兵と見なされた者だけだ。
ハーグ陸戦規則によって、ゲリラ(便衣隊)はその場で殺しても、捕まえてから殺しても正当である。
戦場においてゲリラから狙われるほど恐ろしいものはない。
制圧したと思って村や町に入ると、建物の陰から鉄砲の弾が飛んでくる。
敵兵を探しても、いるのは善良そうな顔をした人々だけ…。
あるいは、少年少女だと思って油断していると突然懐から拳銃が出てきて撃ち殺されたりする。
このようなことが繰り返されると、たちまち兵士は神経がおかしくなる。
周囲にいる人が全てゲリラに思えてくる。
ベトナム戦争の時、多くのアメリカ人兵士が戦場神経症になったのは、そのせいである。
祖国に帰還しても後遺症が続き、正常な市民生活が送れない身体になったという悲惨な例は数え切れない。
しかも、ゲリラ戦は自国の民間人も不幸に巻き込む。
相手国の軍隊にしてみれば、誰が敵か区別が出来ないから、少しでも疑いがあれば殺すしかない。
99%以上は、便衣隊(ゲリラ)が悪いと言っても過言ではない。


>『冲突(衝突)』=『戦争(による犠牲)』=『日本兵による暴行で死んだ者』
>という解釈は、当たり前なのだが。

いくら言い張っても普通の人はそのような解釈をしないだろう。

>結局、数千人が誤って処刑されたことになる。

数千人という人数の根拠は?
頭が坊主のものとか、ひたいに帽子の跡があって日に焼けているものとか、兵士と分かる者を摘出して処刑した。
それを怠れば、こちらがやられる可能性があったのだからやむを得ない。
ところで、「南京大虐殺」って、便衣兵と誤まって便衣兵でない者を処刑したことだったのか?

日本が誤って処刑した一般人は数千人

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/19 18:12 投稿番号: [4238 / 41162]
12月13日以降、日本軍はほぼ完全に南京を勢力下においた。
また、南京においてシナ軍による大量殺害があったとする記録も皆無。

一方で、日本軍によって
捕虜「と思われる者」の大量殺害が行われたのは事実。
そして、13日を境に市民の死者・行方不明者が急増してる。

『冲突(衝突)』=『戦争(による犠牲)』=『日本兵による暴行で死んだ者』
という解釈は、当たり前なのだが。
結局、数千人が誤って処刑されたことになる。


misakikazejpというのはオークションで使っているネーム。
「ニックネームの選択」の時に間違って押してしまったようで、スマン。
今後も間違って押すかもしれないが、気にしないでくれ。

平気で嘘をつく中国人

投稿者: china_nante_damena_kuni 投稿日時: 2004/12/19 12:34 投稿番号: [4237 / 41162]
南京大虐殺などありません。
中国共産党が、日本人に贖罪意識をうえつけて、ODAという経済援助を獲得するために、ついている嘘です。

台湾に行けば、ちょっと年のいった人なら、南京での出来事はね国民党の連中がやったことだと知っています。

日本軍は、南京城内で乱暴狼藉を働く中国軍を追い払ったのです。
戦後捏造された偽りの歴史を信じてはなりません。
悪いのは中国人です。

スマイス調査、便衣兵の責任>4233、4324

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/19 11:37 投稿番号: [4236 / 41162]
misakikazejp氏宛

>一般人の死亡原因について、
>『冲突』=『戦争』であり、
>『事故』は、戦闘の巻き添えによる不慮の死である。
>そして、戦場における一般人の死因は、
>兵士によって意図的に殺されるか、
>それとも戦闘に巻き込まれるか、どちらかである。
>よって『冲突』=『戦争』=『日本兵による暴行で死んだ者』
>ということになるよ。


スマイス調査の市部調査において使用された調査票には、死亡状況の原因が、『事故』と『冲突』の二種類になっている。

○『事故』=『軍事行動』=『砲撃、爆撃、戦場における銃撃』である。

○『冲突』=『砲撃や爆撃などの軍事行動以外の【戦争】』である。

×『冲突』=『戦争』=『日本兵による暴行で死んだ者』は、悪質な改竄・歪曲である。

支那事変全般に目を向けても、支那人犠牲者の大半が支那軍によって殺されているのに、死亡原因の『戦争』を『日本兵による暴行で死んだ者』とするのは、あまりにも強引で悪質な改竄・歪曲である。
日支両軍が衝突した12月12日の夜には、市民の全員がすでに安全区に非難していたのだから、日本兵による暴行で死んだ者などいなかった。



manifest1destiny氏宛

>ちなみに、リンク先の国際法テキストからの引用文は、
>「捕虜や便衣兵の処刑は、状況により許容しうる」としてるだけ。
>無実の一般人殺害について免責されるとは、
>一言も書いていないよ。

だから、私は、日本軍の1%ぐらいの責任を容認しているよ。
当時の日本軍は補給に余裕がなかったので、南京で大量に投降者が発生したとき、非常な困難に陥った。
彼らを収容する施設を作ったり、食事を与えることが難しかった。
支那兵がいったん投降しておきながら、隙を見て日本兵に攻撃を加えようとした兵士を殺すことは勿論あった。
南京では大量の投降兵が出たが、それを監督する日本兵が少ないため、不穏な動きを起こした投降兵に発砲するということは多かった。
このような場合、捕虜(正確には投降兵だが)であっても、殺すのは当時の常識から見て合法的なものだった。
ハーグ陸戦規則によって、ゲリラ(便衣隊)はその場で殺しても、捕まえてから殺しても正当である。
戦場においてゲリラから狙われるほど恐ろしいものはない。
制圧したと思って村や町に入ると、建物の陰から鉄砲の弾が飛んでくる。
敵兵を探しても、いるのは善良そうな顔をした人々だけ…。
あるいは、少年少女だと思って油断していると突然懐から拳銃が出てきて撃ち殺されたりする。
このようなことが繰り返されると、たちまち兵士は神経がおかしくなる。
周囲にいる人が全てゲリラに思えてくる。
ベトナム戦争の時、多くのアメリカ人兵士が戦場神経症になったのは、そのせいである。
祖国に帰還しても後遺症が続き、正常な市民生活が送れない身体になったという悲惨な例は数え切れない。
しかも、ゲリラ戦は自国の民間人も不幸に巻き込む。
相手国の軍隊にしてみれば、誰が敵か区別が出来ないから、少しでも疑いがあれば殺すしかない。
99%以上は、便衣隊(ゲリラ)が悪いと言っても過言ではない。

今日のサンプロ、石原都知事。

投稿者: chotomindna 投稿日時: 2004/12/19 11:10 投稿番号: [4235 / 41162]
中国人が「日本軍が2000万人を殺したと言うが、殺したのは、毛沢東と蒋介石だ」。

「問題山積の中国はガス抜きのために日本を悪者にする以外に道はない」と。

中華丼は益々、日本人いや世界の嫌われ者に猛進中。藁。

国際法について確認

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/19 10:23 投稿番号: [4234 / 41162]
キミが教えたリンク先には、
http://nankinrein.hp.infoseek.co.jp/page010.html
「99%以上は便衣隊が悪い」という文言は一言も書いていないよ。
「(日本軍)より多くの責任が発生」とは書いてあるけどね。
(しかも、その点については、HP作者の独自解釈だ。)

つまりキミは、国際法について
独自の解釈論を展開したということだね。

ちなみに、リンク先の国際法テキストからの引用文は、
「捕虜や便衣兵の処刑は、状況により許容しうる」としてるだけ。
無実の一般人殺害について免責されるとは、
一言も書いていないよ。

スマイス報告の項目について確認

投稿者: misakikazejp 投稿日時: 2004/12/19 09:52 投稿番号: [4233 / 41162]
一般人の死亡原因について、

『冲突』=『戦争』であり、
『事故』は、戦闘の巻き添えによる不慮の死である。

そして、戦場における一般人の死因は、
兵士によって意図的に殺されるか、
それとも戦闘に巻き込まれるか、どちらかである。

よって『冲突』=『戦争』=『日本兵による暴行で死んだ者』
ということになるよ。

>>99%以上は便衣隊が悪い

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/18 22:55 投稿番号: [4232 / 41162]
>もっと悪いのは、南京防衛司令官だぞ。
>中国兵を完全に放置して、先に逃げた
>こいつが最悪。

12月12日、部下を置き去りにして自分の手勢だけを連れて船で逃げ出した南京防衛司令官の唐生智が悪いと言うなら、日本の和平案を蹴って南京攻防戦を決断したのに、唐生智に防衛を押し付け、12月7日に早々と漢口へ逃げ出した蒋介石のほうがもっと悪いかもね。

たしかにそうなのだが、俺が、「99%以上は、便衣隊(ゲリラ)が悪い」と言ったのは、日本軍と便衣隊との責任の比率だよ。
俺にレスしないで、反日左翼クンたちに言ってやってね。

>江の傭兵

投稿者: monpa60 投稿日時: 2004/12/18 18:57 投稿番号: [4231 / 41162]
>その処理を外国の分までまとめて(ソビエトの分も含んで)「一切   引き受けましょう。!」と言ったんだよ。

好意を示せば好意で報いてくれるという発想が日本にはあったようです。しかし、共産党独裁政権との付き合いでは、好意は好意とは受け取られず、服従と解釈されてしまうようです。北朝鮮や共産中国との付き合いで日本は多くのことを学んだと思われるので、今後は好意の安売りは行なわず、原則に忠実な外交をしてくれるものと思います。好意でやっている毒ガスの処理はいつでも止められるものであり、中国が感謝の替わりに反日で報いるのであれば中止することになるでしょう。

江の傭兵

投稿者: georgia3085091 投稿日時: 2004/12/18 17:29 投稿番号: [4230 / 41162]
その処理を外国の分までまとめて(ソビエトの分も含んで)

「一切   引き受けましょう。!」

と言ったんだよ。

騙されて持ち上げられて・・その気になって・・

言うのは簡単だがそのツケ(資金)は税金だろうが・・

まさに「亡国の政治家」


馬鹿が・・



ついこのあいだも中国に呼び付けられて・・

ホイホイと出かけていったけどな・・


そいつの名は・・江の傭兵

>落目の「南京大虐殺」から「毒ガス」へ!

投稿者: monpa60 投稿日時: 2004/12/18 17:16 投稿番号: [4229 / 41162]
>日本からのODAを引き出すための中国の”恐喝道具”は、これまでの「南京大虐殺」から「毒ガス問題」へシフトしつつあるという。

毒ガスもすでに破綻しています。なぜなら、日本軍は終戦と同時に現地で武装解除され、武器弾薬全てをソ連軍と中国軍に引き渡しているからです。それ以降に起こったことは日本には何の責任も無く、全て武器を接収したソ連軍と中国軍の責任となります。特に中国軍は武器が不足していたので日本軍の武器をほしがり、日本軍が日本に持ち帰ることを許しませんでした。毒ガス問題はとんでもない責任転嫁です。謝罪しなければならないのはいい加減な処理をした中国側です。

>99%以上は便衣隊が悪い

投稿者: yume215 投稿日時: 2004/12/18 14:33 投稿番号: [4228 / 41162]
もっと悪いのは、南京防衛司令官だぞ。

中国兵を完全に放置して、先に逃げた
こいつが最悪。

開城も投降も撤退後退も、何も指示せず
真っ先に逃げたこいつの責任だな。

だから南京に入場した日本軍の1個小隊が
突然1個師団の中国軍と遭遇するという
事態がおきるんだ。

北京大虐殺。

投稿者: ji_had_radennn 投稿日時: 2004/12/18 10:47 投稿番号: [4227 / 41162]
思えば俺が小学校の頃や。
中国人留学生が今より少しだけマトモやった頃や。
オトンに連れられて留学生支援のパーテーに行った頃や。
夜遅くなって家に帰ったらTVで「天安門事件」のニースが流れていた。
オトンはビックリしてた。
戦車で人を挽いてたぞ。

それから江沢民の反日が活発になった。

最近は特にメチャクソ悪いチャンコロの留学生が多いから、オトンは共和国留学生の支援をやめた。
勿論、韓国の留学生の支援もやめてる。

オトンは韓国の酒も中国の酒も飲まなくなった。
中国人が飲んでも死なないけど、日本人が飲むと死ぬんとちゃうか!

オトンも俺も台湾製の紹興酒をレモンで飲んでいる。

最低の国!中華人民共和国!

チャンコロは台湾人の爪の垢でも煎じて飲め!

虐殺がなかったことは明白になった

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/18 10:46 投稿番号: [4226 / 41162]
>リンク先においても、
>「便衣兵行為を行った結果として、民間人に犠牲が出た場合、当然ですが国際法上違法な手段をとされる行為を行った側に、より多くの責任が発生する事になります。」
>とはあるが、処罰した側の責任を否定していない。
>つまり、日本にも非はあったとしているわけだ。

「責任の99%が支那軍にあり、日本軍にも1%の責任はあった」と言うなら、それで結構。
そこまで理解してもらえば十分。


>また以前にも指摘した通り、
>『入城式』というセレモニーを急ぐあまり無茶な残党狩りをやり、
>捕虜の扱いに余裕がなくなったのも事実。
>松井司令官は、周囲の「時期尚早」の声を押し切って
>『入城式』を行った。
>さらに、命令無視の進軍・補給線の無確保、
>司令官の命令を無視した捕虜殺害などある。

まあ、これも、日本軍が完璧に100%正しいと言えない一因なのかも知れない。


>>全く「虐殺」や「殺害」が出てきませんね。
>>これも大虐殺がなかった証拠になりますね。

>あと、内容が読めていなかったり反論にもなっていない部分については、
>今後返信をつけるつもりはないので。

結局、日本軍が虐殺目的で南京の一般市民を殺害した事実がなかったことは明白だよね。
日本軍による虐殺目的の南京市民殺害がなかったことが明らかになると、便衣兵や投降兵の処刑や略奪・強姦を話題にするのは止めるべき。
そんなのは、戦争ではよくあることであり、南京戦に限ったことではない。
投降兵や捕虜の虐殺などに関しては、むしろソ連やアメリカなどのほうが遥かに大量で悪質だったし、略奪・強姦に関しても日本軍は他国の軍隊と比べれば遥かにマシだった。

>こんなん発行しまっせ

投稿者: asahinaruto 投稿日時: 2004/12/18 10:31 投稿番号: [4225 / 41162]
発行すれば事実になるのか?

利益誘導で共産党独裁幹部に上手く利用されているだけ。

と思うと哀れさを感じる。


検索すれども、立命館大学に池尾靖志名誉教授も池尾靖志も存在しません!

http://www.ritsumei.ac.jp/records/cgi-bin/rcl.cgi?lng=J&swd=&cls=0&itm=&rc1=1&rc2=3&rc3=0&rs1=*%CE%A9%CC%BF%B4%DB%C2%E7%B3%D8*&rs2=*%B7%D0%BA%D1%B3%D8%C9%F4*&rs3=


http://www.ritsumei.ac.jp/records/cgi-bin/ssl.cgi

99%以上は便衣隊が悪い

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/18 10:26 投稿番号: [4224 / 41162]
まず確認しておきますが、#4208の

>スマイス報告は、一般人の犠牲者について
>「日本兵による暴行で死んだ者」、さらに
>「日本兵による拉致で行方不明になった者」という項目を立てて
>統計しています。

が間違いであったことは理解して頂いたのですね?


>つまり、拉致されて帰還しない者も含め
>無実の一般人数千人が処刑されたということになる。

当時の日本軍は補給に余裕がなかったので、南京で大量に投降者が発生したとき、非常な困難に陥った。
彼らを収容する施設を作ったり、食事を与えることが難しかった。
支那兵がいったん投降しておきながら、隙を見て日本兵に攻撃を加えようとした兵士を殺すことは勿論あった。
南京では大量の投降兵が出たが、それを監督する日本兵が少ないため、不穏な動きを起こした投降兵に発砲するということは多かった。
このような場合、捕虜(正確には投降兵だが)であっても、殺すのは当時の常識から見て合法的なものだった。
ハーグ陸戦規則によって、ゲリラ(便衣隊)はその場で殺しても、捕まえてから殺しても正当である。
戦場においてゲリラから狙われるほど恐ろしいものはない。
制圧したと思って村や町に入ると、建物の陰から鉄砲の弾が飛んでくる。
敵兵を探しても、いるのは善良そうな顔をした人々だけ…。
あるいは、少年少女だと思って油断していると突然懐から拳銃が出てきて撃ち殺されたりする。
このようなことが繰り返されると、たちまち兵士は神経がおかしくなる。
周囲にいる人が全てゲリラに思えてくる。
ベトナム戦争の時、多くのアメリカ人兵士が戦場神経症になったのは、そのせいである。
祖国に帰還しても後遺症が続き、正常な市民生活が送れない身体になったという悲惨な例は数え切れない。
しかも、ゲリラ戦は自国の民間人も不幸に巻き込む。
相手国の軍隊にしてみれば、誰が敵か区別が出来ないから、少しでも疑いがあれば殺すしかない。
99%以上は、便衣隊(ゲリラ)が悪いと言っても過言ではない。

国際法違反は支那

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/12/18 10:05 投稿番号: [4223 / 41162]
>>便衣兵の処刑は虐殺ではありません。

>虐殺です。

違います。

虐殺派の方々は、便衣兵(ゲリラ兵)の処刑について、正規の軍事裁判が行われなかったから国際法違反であるという主張をよくされます。議論の余地がないほど明白な国際法違反なのか、はたまた解釈の余地があるグレーゾーンなのかについて考えてみましょう。

  国際法違反論の代表として「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房の第9章があります。同書は南京事件調査研究会の編集で、第9章「国際法の解釈で事件を正当化できるか」の書き手は吉田裕一橋大学教授です。しかしながら吉田教授は日本近現代史専攻で国際法の専門家ではないようです。

  そこで国際法の専門家による違法論を探したのですがみつける事はできませんでした。南京関係の研究書籍で、国際法の専門家の意見として「違法論」が引用されているものもないようなので、現時点では専門家による「違法論」はないと考えられます。

http://nankinrein.hp.infoseek.co.jp/page022.html


>分からないから殺してしまえ、ということですか。これはもちろん明らかな国際法違反です。

違います。

”故意に”文民との区別をつけない戦闘者には、ハーグ陸戦法規上も、ジュネーブ条約(1949年)上も、そして第一追加議定書(1977年)上も、捕虜となる資格は付与されない。
文民との区別は、今も昔も戦闘員が遵守すべき厳格な義務なのである。

1977年の第一追加議定書の規定をもってして、「ゲリラにも交戦資格があたえられるようになった」というのは多少の誤解を招く言葉である。
この規定、すなわち第四四条3を検証する。

「第四四条3   戦闘員は、文民たる住民を敵対行為の影響から保護することを促進するため、攻撃に従事している間又は攻撃に先立つ軍事行動に従事している間は、自己を文民たる住民から識別することができるようにする義務を負う。
もつとも、武装した戦闘員は、武力紛争において”敵対行為の性質のため文民たる住民から自己を識別させることができない状況があることが認められる”ので、当該状況において次のときに、武器を公然と携行するすることを条件として戦闘員としての地位を保持するものとする。
(a)   交戦に従事している間
(b)   参加することとなる攻撃の開始に先立つ軍事展開に従事しているときにおいて敵に目撃されている間
  この3の要件に合致する行為は、第三十七条1(c)の意味における背信行為とはみなされない」

上の後段がゲリラに該当する部分なのであるが、無条件に即ち”故意に”そして”全く”文民との区別をつけないことを認めているわけではない。あくまで、文民との区別義務を前提とし(この原則は1969年の万国国際会議においても、それを受け継いだかたちの第一追加議定書においても、しっかりと確認されている)、しかし、”敵対行為の性質のため文民たる住民から自己を識別させることができない状況があることが認められる”(ゲリラ戦術はこれに該当する)ので、その場合には義務が緩和され(しかし、この義務から全く離脱してよいと言っているわけでは決してない)、公然武器携行とa)、b)の三要件を備える場合でよいとされているのである。ちなみに、日中戦争当時の便衣隊が、この緩和された規定にさえ当てはまらないのは明らかである。
しかも、この交戦資格の条件緩和については、それこそ激烈なる議論が交されたのであり、引いては、多くの国が第一追加議定書を批准しないという結果に陥ってしまった一因となったのである。
そして、この条件緩和は、このことにより文民に多少の被害が及ぶことを容認したものであること、第44条3の条文には暖昧な部分が多々あること、また、ハーグ法の領域に大幅に踏み込んでおり飛躍的な発展が認められる反面、その実行性に大いなる疑問が持たれているということ、を付言しておこう。


「南京」では、多くの兵士が軍服を脱ぎ捨てて便衣を装い、難民区へ紛れ込んでいったのであるが、正に「全民抗戦」・「人民の大海戦術」そのものの手法ではないか。
退却時・敗走時に便衣兵となる作戦は、当時の中国軍では一般的な戦法であり、上海から南京にいたる追撃戦においても、日本軍はこの種の便衣兵に相当の被害を受けており、松井司令官がこれに注意するようわざわざ訓示を出していた。
そのような状況で、南京入場直後に、大量に捨てられていた軍服を見た日本軍が、どういうことを考え行動するか、また、どう対処しなければなたなかったか、簡単に想像がつくであろう。

お前さんが

投稿者: hinekurwmono 投稿日時: 2004/12/17 21:55 投稿番号: [4222 / 41162]
通州事件の記念碑を是非造って貰いたい。

南京大虐殺記念館が日本のODAで、又拡大される様だ。

彼の国の価値観は日本悪しで、固まっている。

何の歴史の検証もなしに、南京大虐殺等の酷い事を、日本人がやったと教育にも刷り込んでいます。

それを、反日日本人が信用して懺悔を繰り返しています。

中国人に騙されて居る事を好い加減、目を覚ましても良いと思いますがね。

蒋介石+毛沢東=6000万人の大虐殺

投稿者: trewqjkh 投稿日時: 2004/12/17 21:45 投稿番号: [4221 / 41162]
1935年のジョージ・ブロンソン・レーのアジアン・リポートによれば、
蒋介石の国民党軍は1928年から35年の7年間だけで、
1,000万を超える支那民衆を大虐殺している。

蒋介石は自分たちの1000万の大虐殺を日本軍に擦り付けるために、
戦争終結後の東京裁判で「南京大虐殺」を捏造した。



    『満洲国出現の合理性』(ジョージ・ブロンソン・レー/日本国際協会)

     ※変転する支那大陸の情勢を克明に取材報道していた上海発行の
      月間英文雑誌「極東評論」The Far Eastern Revierの社長兼主筆の
      ジョージ・ブロンソン・レーが、1935年にニューヨーク及びロンドン
      で出版したアジア・リポートの邦訳。   ジョージ・ブロンソン・レーは
      32年も中国に駐在した当代髄一の名ジャーナリスト。
      九ヶ国条約、国際法、満洲の歴史などあらゆる論点から満洲国建国の
      正統性を立証している名著。



『建国以来歴代政治運動史実報告』と題する中国共産党の内部文献が外部に漏れた。
党幹部向けのマル秘文書である。
これが毛沢東の建国以来、文革までの殺戮数は2,600万人であったと報告している。

しかし、この2,600万人は極めて控えめな数字で、アメリカ上院安全委員会が
1971年8月に出した調査報告書では、「合計5,000万人を殺害している」
と報告している。

これに文化大革命の犠牲者を加えれば、途方もない大虐殺になる。

落目の「南京大虐殺」から「毒ガス」へ!

投稿者: tanoshii_kuni04 投稿日時: 2004/12/17 00:34 投稿番号: [4220 / 41162]
日本からのODAを引き出すための中国の”恐喝道具”は、
これまでの「南京大虐殺」から「毒ガス問題」へシフトしつつあるという。

「南京大虐殺」は学術調査が進んでその虚構性が次第に明らかとなり、
もはや政治宣伝として使いものにならなくなった為らしい。
このままでは、かっての「従軍慰安婦問題」の二の舞になりかねないという焦りもある。
(従軍慰安婦問題は1990年代半ばにその虚構性が判明、破綻した経緯がある)

抽象論でゴマカシが利きやすい「靖国参拝問題」での攻撃を継続しつつ、
これからは、『毒ガス』に重点を置くようだ。




   ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

      <日本からの支援によって中国経済がどう変化したか>
 
                      水間   政憲   (正論2月号   平成16年)


・1984年、ゼロであった輸出銀行直接借款が、85年には1013億7600万円もの巨額援助として支出されている。その結果、1985年の中国経済は財政、外貨準備高がプラスに転じた。マネーサプライも23.2%となり、安定したのである。

・その後も財政はマイナス圧力が強く、慢性的インフレ傾向にあり、日本からの金融支援の継続が是が非でも必要であった。すなわち情報戦としての歴史認識報道の継続も必要となる。

・中国では1984年以降、毎年軍事費が二桁の上昇を続けた。これで軍の近代化を推し進め、とうとう有人衛星の打ち上げにも成功した。それは、総額6兆円を超える日本からの援助なくしてありえないことである。

・そのうちに反日キャンペーンは「南京大虐殺」から「毒ガス」へ変わっていく。ODAを絞る取る道具としての「南京大虐殺」は、学術調査などが進むにつれて、実態が明らかになった。政治宣伝として使えなくなった。

・当時、日本軍は、ポツダム宣言の条件にしたがって中国及び旧満州で、すべての兵器や物資を武装解除して、中国国民党軍、ソ連軍に引渡しているのである。
「毒ガス」に関しても日本の責任は無い。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/oda1.html#松本良夫

通州事件の慰霊碑を造るべきだ

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/15 23:11 投稿番号: [4219 / 41162]
通州は北京のすぐそばにある。地下鉄一本で行ける。
なんで日本の指導者も観光客も、
シナを訪問した時に通州に立ち寄らないんだろうね。

もしキミがシナへ旅行する機会があったら、
必ず通州に立ち寄ってくれ。

国際法解釈について

投稿者: manifest1destiny 投稿日時: 2004/12/15 23:04 投稿番号: [4218 / 41162]
捕らえた者が真に『便衣兵』なら裁判無しでも処刑して構わなかろう。
しかし、捕らえた者が『一般人』ならば、処刑は国際法に違反する。
彼らには、無実の罪で処刑される前に、正当な裁判が必要であった。

リンク先においても、
「便衣兵行為を行った結果として、民間人に犠牲が出た場合、当然ですが国際法上違法な手段をとされる行為を行った側に、より多くの責任が発生する事になります。」
とはあるが、処罰した側の責任を否定していない。
つまり、日本にも非はあったとしているわけだ。

また以前にも指摘した通り、
『入城式』というセレモニーを急ぐあまり無茶な残党狩りをやり、
捕虜の扱いに余裕がなくなったのも事実。
松井司令官は、周囲の「時期尚早」の声を押し切って
『入城式』を行った。
さらに、命令無視の進軍・補給線の無確保、
司令官の命令を無視した捕虜殺害などある。

『戦数理論』を持ち出せる「やむを得ざる状況」だったのか。
とてもそうは思えないのだがね。

あと、内容が読めていなかったり反論にもなっていない部分については、
今後返信をつけるつもりはないので。

>全く「虐殺」や「殺害」が出てきませんね。
>これも大虐殺がなかった証拠になりますね。

そうかい、

投稿者: hinekurwmono 投稿日時: 2004/12/15 22:18 投稿番号: [4217 / 41162]
じゃあ〜一方的に日本が悪いってのかい。通州事件等さまざまな、虐殺を大陸は日本人にやって来ただろう。

本当に反日自虐日本人には呆れるね〜

戦争となれば、多少の間違いはあるだろう。

貴方の意見は本と情けないと思いますね。
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