台湾

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

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aki_fumikaさんへ

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2004/07/29 10:51 投稿番号: [3519 / 16409]
本当はお隣に書くべきなのだが、最近妙なものが沢山登場して煩いので。

ゴタク民のやった愛国教育は一種の愚民化教育。
13億の阿Qを作ったとでも言ったら良いか。

その下地は文化大革命で知識階級を撲滅して、天安門事件で批判するものを撲滅して、僅かに残ったものは法輪功とか、反逆分子とか、ポルノサイトを運営していたとかで、ブタ箱へぶち込んでしまう。

中国でも実質的に共産主義が崩壊して、市場経済=資本主義を取り入れざるを得なくなって、黙って取り入れると共産党の存在理由がなくなってしまう。
それで苦肉の策でやりだしたのは愛国教育。

愛国教育とは古来からの中華・攘夷教育。
残念ながら、中華・攘夷教育でお前達は世界一偉いと教育しても、豊かになったのはほんの一部だけ。
それで豊かにならないのは、外国と外国人が悪いと言うスリカエ。
取り合えず台湾、日本、米国が悪い。

ゴタク民天子の威光を誇示する為にやたら軍拡に走り、演習で大々的に誇示しているが、誇示する相手は台湾と言うより、自国民。

留学生は愚か、オモチャで遊んでいるガキまで、俺達は偉い偉い、悪いのは日本と日本人と大騒ぎ。ごく一部を除き勉強なんかする気はなさそう。

変だと思っていた事が重慶のブーイング・日本選手に対する襲撃(大事には至らなかったが)事件で実証された。

13億の超武装阿Q集団とのお付き合い、厄介な事になる。
日本はアメリカと共同で、軍事力の強化に励む事になりそうだが。

極貧層の対策が旨く行かない限り、オリンピックの前後に何かが起きる。

>呉三連基金会へ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/29 02:06 投稿番号: [3518 / 16409]
ヨロシク!

1.僕が「代理人」を引き受けたのが1993年ですので、それ以降の「日本で出版された台湾関係書籍」は概ね取り揃えています。

2.日本時代の書籍も相当量所蔵していますが、国家図書館などとは「較ぶべくも無い」ので、SALES POINTにはなりませんね。

3.一般書架以外に「三田文庫」があります。日本史、戦記、沖縄関係などを中心に全部で600冊強だったかな。これのSALES POINTは、台湾関係の記述がある箇所全部にステッカーを付けていることです。

4.図書の大半は当然のことながら、中文図書ですが、これの「特色」は不知道です。

5.Horseさん辺りからご要望のある「休日開館」の可能性も打診してみて下さい。ビルの構造上(空調設備などの関係)から、不可能かも知れませんが。

呉三連基金会へ

投稿者: kusunokisk 投稿日時: 2004/07/29 01:20 投稿番号: [3517 / 16409]
ワタクシ、30日〜4日まで台北に滞在いたします。滞在中に呉三連基金会を訪ねるつもりです。その前に達ちゃんと会って、場合によっては2人で行きます。写真なんかも撮っちゃいます。
前回行ったのは、おそらく1993年だと思われます。そのころは本棚ガラガラでしたけど…。
実はコレ、mitaさんへの個人メールみたいなものなのですが、こっちに書いたほうが面白いかなと思って、書いてしまいました。次回の書き込みは、台北から呉三連基金会訪問の印象としようと思います。では。

>聞き取りの哀切

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/28 23:37 投稿番号: [3516 / 16409]
「口述歴史」にしても、民族学にしても、「聞き取り調査」は難しいと思います。

僕なんかだと、相手の記憶が間違っていたりすると、「欧吉桑、りい講不対」とか言って「お説教」をするでしょうから、とてもその任に堪えません。

>台湾放送協会

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/28 22:35 投稿番号: [3515 / 16409]
色々な「オタクさん」がいるものですねぇ!

便利になった反面、一度間違った情報がインプットされるとそれが一般に流布してしまう(活字だけの時よりも遥かに速いスピードで)・・・恐ろしいことです。

ところで、台北放送局の「最後」の連絡
*台湾放送協会常務理事佐々波外七から東亜放送協議会小倉博あて至急電報

『タイワンホウソウケウカイハ一一ツキ一ヒセイシキセツシウセラレタルニツキツウチス」ジ   ヨムリジ   サザ   ナミソト七』

出典:『台湾放送協会』放送文化研究所20世紀放送史編集室、1998年

注:この本も呉三連台湾史料基金会に納本済みと記憶しています。

聞き取りの哀切

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/28 21:59 投稿番号: [3514 / 16409]
以前、東京にいた頃、蒋介石の陸軍士官学校での籍について、陸軍士官学校の卒業生の間を回って聞き取りをしたことがあります(以前、少し書きましたが)。あの時も、それは大変でした。。。まあ、結論は、精確なところは分からない、ということなのですが。。。それこそ、書類上、記録上と、実際、現実との違いや、記憶違い、思いこみ、それに記憶の変容などで、諸説紛々。。。

また、戦時中のモノですと、警察当局が接収、押収したが、戦後持ち主に返却せず、戦時中の当局よりの著作を計画している人々にそれら資料を閲覧させ、元の持ち主には紛失した、無い、などと警察がいまだに言っていたり。。。

軍のモノでも、似たような状況。。。防衛庁にあるのは分かっているが、出さない。そして紛失だという。。。

まあ、いろいろ、です。
いまだに日本では、その筋の方々の力が働いているということをまざまざと見せつけられたこともありました。。。


ただ、台湾での聞き取りは、総じて面白いモノが多かったです。久々に日本語を話す、といって昔のことを事細かに、それも軍事機密まで話してくれた老人もおりました。上海や香港で、日本軍の通訳にあたっていたという人たちのお話が一番興味深いモノでした。

ま、中には、某日本大企業の上海支社に勤務して、情報収集にあたっていた、という、スパイもどきのじーさんまでおりましたが。。。

台湾放送協会

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/28 21:41 投稿番号: [3513 / 16409]
以下のHPに台湾放送協会のデータあり。

http://homepage1.nifty.com/OkaLab/DXing/Toua.html

いやはや、インターネット時代とはいえ、いろいろなデータを出しているものです。。。

mitaさん,へ

投稿者: horse_224 投稿日時: 2004/07/28 20:00 投稿番号: [3512 / 16409]
  本日は終日「つなぎ」を着て、現場作業でした。   先程汗臭い身体を抱えて帰社しましたところ、mitaさんからのテープが届いておりました。   有難うございます。   大事に使わせていただきます。

  国民読本も週末辺り購入したいと思っております。(例の件の様子伺いも兼ねて。)

  取り急ぎ御礼まで。

比以前好多

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/28 18:26 投稿番号: [3511 / 16409]
資料来源の明記などについては、私が駐在していた80年代に比べると、90年代後半以降は随分と改善されて来ていると思います。私が所蔵している本を例にとりますと、

1.『走過両個時代的人−台籍日本兵』中央研究院台湾史研究所、1997年、
「口述歴史」ですが、証言者の記憶違いと思われるような部分などについては「補注」を付しています。勿論、不満意なところもありますが、大半は「軍隊用語」知識不足に起因するものであり、やむを得ない面もあります。これは日本でも「ひどい」もので、先日毎日新聞?が在日韓国人の「幹部候補生として徴兵された」という発言をそのまま掲載したようで、唖然としました。

2.『認識台湾(歴史編)』
写真などの來源については一応全て明記しています。

3.呉三連台湾史料基金会の「二二八シリーズ」
写真については○○撮影、古い写真は××先生提供・・・と明記しています。
****
私が駐在していた頃は、「総督府は台湾語を禁止した」というのが殆ど無批判に受け入れられており、私所蔵の公学校用教科書『台湾教科用書漢文読本』を見せると皆唖然としていました。

>>少し解説

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/28 15:29 投稿番号: [3510 / 16409]
まさに、国民党政権下での教育の賜物。。。「日本統治時代を日本人による台湾人差別抑圧の時代」と位置づけることで、「国民党の台湾人圧殺」をひとまずどこかに置いて、「国民党支配の正統性」を主張する、国民党の教育から出た、正真正銘のステレオタイプ的思考ですね、呂秀蓮の論法というか、騙法は。。。

いままでの呂の一連の日本統治時代に対する発言や文章に貫かれているのが、「日本人による台湾人差別抑圧」です。その内容はあまりに幼稚、稚拙なので、笑うしかないようなモノなのですが。。。ま、ご本人のキャパシティ、能力、知力の限界なのでしょうから、あまり言っても、仕方ない(改善の余地がない)ので、あんなもんだと、諦めて、相手にしないのが賢明なんでしょうけど、ね。。。

ただ、教育の影響というのは恐ろしいモノで、以前にも書きましたが、すでに、台湾では60代にして、こうした国民党政権下の教育の影響を受けております(大体の場合、60代の記憶はすでに変容、改変しております)。

聞き取り調査をしても、事実とは異なる、後で作られた記憶(後年の教育や社会情勢により、記憶を改変してしまった)を語る人が多いですよ。
これは、韓国でも同じ。
また、日本でも、激戦地にいった兵隊や中国大陸にいた兵隊にも見られますね。

聞き取りが100%正しいわけではないが、記録にない事実や実際の生活が知られるので、行うわけですが、その内容を整理していく過程では、よほどの冷静さが必要ですね。よく、小説家で、そうした聞き取りを元に小説を書いているのがおりますが、だいぶ、手抜きをしているなぁ、というのが、意外とベストセラーだったりして。。。(第二次大戦、韓国、中国、台湾関連に、まま、あります。。。)

一次資料にあたる、さらには、資料来源(出典)の明示、その上で、広範な知識と視野が研究者には求められるわけですが、なぜか、最近、ダメですねえ。。。

台湾のTVニュースを見ていていつも気になるのが(20年近く見ていますが)、地図が出ないこと。事件が単発的に、細切れにしか理解できないことが多いということ。こうしたことひとつ取っても、国民の理解力を貧弱化させている原因のひとつがTVニュースにある、つまり、媒体にあること、そのことを上の人間が理解していないという、これまた情けない実態なんです。この点については日本の媒体は優れているのですが。。。

李登輝前総統やそのご親戚などの、資料の理解の仕方は、地理的分布で物事を捉えるということ(私はやや古いなぁ、と感じているのですが)。まさに、日本統治下での日本的教育の影響でしょうが、地形的、地理的にデータを読み取っていく手法は、なかなか興味深い考えを生みます。なんか、台湾蝶の生息分布図的な捉え方で、いろいろ読み解いていくんですよ。。。
しかし、それでいてステレオタイプ的思考に陥らないのが李登輝前総統の優れた点ですね。

時代が違えば、受けた教育も違う。そう考えてしまうには、あまりに、溝が深すぎるのが台湾の70代と60代以下の溝。。。

やはり、国民党政権下というのは、「本物を知らない」教育で、台湾人を欺いてきたのでしょうし、そのツケが、今、こうして、呂の一連の浅薄な発言や文章となって出ているのでせうね。(特異例ではないのが、怖いですが。。。)

日本人による台湾関連HPについて

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/28 15:00 投稿番号: [3509 / 16409]
最近、日本人研究者(大学で教鞭をとっている人、学生、一般の方など)による、台湾関連のサイトやHPを見ることが多くなってきて、痛切に感じたことがあります。
これは、早急に改善せねばならぬ深刻な問題なのですが。。。

その主要なモノは、「資料来源(出典)」を明らかにしないこと。さらに、台湾人研究者による資料(年譜、図版、グラフなど)を「まるごと日本語に移し替えただけ」で、「さも自分が調査し作成したかのような」書き方をしている人が多数いた、という、深刻な、それこそ、研究者のモラルを疑いたくなるような問題です。

私は、某学会に25年近く入っておりましたが(最近、あまりの学会運営のバカさ加減に呆れてやめた)、そこでは、まず、誤訳は袋だたきに遭う、それに、出典が不明確だったり、孫引きだったり、上述のような行為をしたら、即刻相手にされなくなるだけでなく、批判非難ごーごー、となり、研究者生命が危うくなる、という、東大系の流れを汲むモノでした。


まあ、台湾関連で私が最近見つけた、問題のある、サイトの例として、某大学で教鞭を執っておられる某氏のHPで出されてある、政治関係の年譜や派閥系統図のオリジナルは台湾の新聞。また、某女史の台湾に於ける日本語教育のHPでの年譜は、そのオリジナルが台湾人研究者になるモノ、など、一目瞭然なモノばかり。。。HPで公開しているのだから、論文の抜き刷りと同じで、少なくとも、出典は明示して、先輩の研究者に対する礼節だけは守っていただきたいものです。

大学というところは、飯の種になると思われるようなおいしいネタにはそれこそアリのようにたかる、そんな職場です。台湾研究が穴場なら、そこに群がるモラルの低いのもいて、ま、当たり前なんでしょうが、あまりに、ひどい現状にただただ嘆き呆れるばかり、です。。。

学会の自浄作用を期待しても無理なほど、これはひどい。大体、大学で、教師はそうした学習研究のモラルを学生に説いていないような感じさえ受けます。教師からして、そうした恥ずべき行いをしているのがいるのですから。

日本の学会関係者、研究者は、視野が狭い、キャパが小さいのが多いのは事実ですが、優秀な頭脳が多く集まっていることも事実。そうした中で、モラルが崩壊していくと、大学崩壊だけではなく、学生、ひいては社会の崩壊にまで派生する深刻な問題となります。どうか、自重を。。。

>少し解説

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/28 00:17 投稿番号: [3508 / 16409]
1.初期は日本語・台湾語チャンポンで教えています。『台湾教科用書国民読本』、これはまず日本語の本文があり、その後に要点を台湾語(カタカナ表記)で説明しています。現存するのはさほど多くなく、貴重な本ですが、私も1冊持っています。
⇒南天書局が昨年?復刻版を出したようです。

2.その後『台湾教科用書漢文読本』というのができています。これは公学校で台湾語(文言文)を教えるためのものです。昭和一桁まで使用されたと記憶しています(選択科目として)。

3.最後の武力抗争である西来庵(タバニ)事件があったのが大正四年(1915年)。

4.いずれにせよ、「1917年に日本政府が台湾歌曲を厳禁云々」はまさに「黒白講」に属する妄言でしょう(余りにも馬鹿馬鹿しくて『台湾総督府公文類纂』を調べてみる気もしない)。

5.日本人に対する台湾語学習奨励は伊澤修二の時代から始まっています。師範学校では義務でした(学生が真面目に勉強したかどうかは別にして)。警察も(選択ではなく)義務だったと思います。法院の資料を見ると、相当早い段階から「通訳」が日本人になっていたように記憶しています。『台日新辞書』の「序」にあるように、台湾人で日本語を解する者が増えるに従い、「近時内地人の台湾語を学習する者年を追ふて減少する傾あり」ということになったわけです。

6.前にもHorseさん宛に書きましたように、所謂「皇民化運動」は昭和12年(1937年)です。小林総督就任の昭和11年とする意見もありますが。

またまた付け足し

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/27 21:59 投稿番号: [3507 / 16409]
歌が政治に利用されるということは、哀しいものです。
テレサテンの「君いつ帰る」について以前書いたとおり、いかようにも、こじつけ、ねじ曲げはできるもの。

歌が人口に膾炙し、人の心に染み入るのは、その内容が政治的だから、ではないでしょうね。。。もっと、人の心に迫る何かがあるからではないでしょうか?


どうも、副次的なモノと本質を見間違った解釈をしている、と、そう思わざるを得ませんね。。。
そうした政治的解釈を施す方々の心の質、というものが、問われるような気がいたします。

少し解説

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/27 20:28 投稿番号: [3506 / 16409]
Mitaさんのお話にあった「日本政府早在民国六年時、就厳令禁唱台湾歌曲」の部分ですが、民国6年=1917年。
日本が台湾を殖民地として支配し始めた、いわば、初期の時期ですね。この時期、台湾人の抗日運動というものが台湾にありました。日本も、かなり強硬な手段に打って出たようです。

学校では、1912年頃に、日本語教育の場に於いての母語の使用禁止、というものがあります。ただ、日本語教育の場、という限定的な場所(学校)でのお話ですね。
(ここあたりについては、「台日大辞典」についてきた、オリジナルの辞書にはない、後付の解説に詳しくありました)

その後、植民地支配が安定してくると(植民地支配中期)、「台日新辞書」に書かれてあるように、日本人に台湾語の習得を奨励するような時期もあったわけです(昭和6年前後ですから、1931年頃)。

で、「雨夜花」は伝唱年代が1933年。ちょうど、この時期、1932年から35年あたりが、台湾歌曲(歌謡)の黄金時代、最盛期にあたるわけです。

その後、大陸での日本軍の暴挙により、日本や台湾では、軍事色が濃くなり(植民地支配後期)、軍歌に染められていくわけですが。。。これについては、「雨夜花」についての台湾のサイト、HPに詳しく事情が載っております。

ですから、時系列で考えていくと、「雨夜花」が、日本の統治下での台湾人の哀切たる情を歌っている、というような解釈は、むつかしい、ということになります。

かなり後になり、そうした辛い時代になって、そうした心情で歌った人はいるかもしれませんが、それは時系列からして、後にくること、ですね。。。

ここあたりは、私ではなく、Yabe老師がお詳しいので、私に間違いがあれば、即訂正され、きつーいお叱りをいただくこととなりますが。。。

drindomitableさんへ

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/27 14:26 投稿番号: [3505 / 16409]
呂秀蓮と客家委員会なんか、まあ、いろいろな資料がありますが、一番端的に分かりやすく、そのものずばり、で書いていたのが下のサイト。

http://taiwanfut.ld.infoseek.co.jp/tsusin/tsusin32.html

呂秀蓮と客家のキーワードでぐぐると結構いろいろでてきますが、なんか、美化してんなぁー(笑)というのが多くて。。。

まあ、前回、今回の総統選で客家票をどう確保するかが、最大の問題だったことが、さまざまな上記キーワードでひけるサイト、HPには出てきますので(数値つきで)、お暇なら見てみてください。

台湾では、分かりやすく言えば、台湾人票、客家人票、あと、軍人(OBも含む)票をどうするか、という、策が総統選には必要なのです。
陳水扁現総統は台湾人ですが、どーしても客家の票田を確保しなければ当選しなかったわけで、その意味で、呂秀蓮、ということになったのでせう、ね。ここあたり、詳しく分析しているサイトもあります。

李遠哲は、政治家でも政治屋でもないので、まあ、当時人気はあったにせよ、その後の政治局面を乗り切っていけるか?というと無理だったでしょうし、あちこち(国民党、民進党、新、親党など)からいぢめられておりましたから。。。それが表面化したのが3年位前かな?ちょっと忘れましたが。。。


drindomitableさんの印象、「やたら化粧の濃い、そこらにいる目立ちたがり屋のおばさん」、これは、かなり当たっています。。。
まあ、通夜の席に、黒のスーツ姿で来るのはいいが、中に派手な青緑のとっくりセーター、さらには、金の首輪(ネックレスと言わないところがミソ)、それにあの化粧でありんすから。。。ま、書いてあるモノ、講演で言うこと、それら皆に共通しているのは、すべて「中途半端」ということですね。
ま、「これで十分」と書かれた方がおりましたが、その「十分」が、世間一般では「不十分」なだけ、ちょっと、スタンダードが違ってる?ってな感じです、ね。。。

今、Mitaさんや、Yabeさんが触れておられる、歌のお話も、掘り下げて詳しく精査していくと、「呂秀蓮の論法の危うさ」、より正確に言えば、「騙」に近い部分が出てきますよ。。。

ただ、台湾では、ね、あの呂秀蓮の鼻、ああいうのが、お金持ちの鼻、といって、結構好かれるんです(蓮霧鼻だったかな?忘れましたが。。。。ちょっと漢字間違ってるかも知れませんが。。。ま、あるフルーツに似た鼻、ということです)。

Re:ちょっと付け足し(呂秀蓮など)

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2004/07/26 21:20 投稿番号: [3504 / 16409]
呂女史のことでいろいろご解説いただきありがとうございます。
4年前の総統選挙の時に呂女史をテレビで初めて拝見したのですが、その時の第一印象は「やたら化粧の濃い、そこらにいる目立ちたがり屋のおばさん」といった感じでした。とはいえ人を見た目で見るのもどうかとも思いましたが、いままでの行動やこの掲示板での人物評から第一印象は必ずしも外れではなかったと思った次第です。
ところでakiさんの書き込みの中に陳再選のために票田確保の手段として呂は必要だったとありましたが、特定の団体や業界に顔が利くとか、ある地域でとても人気があるからということなのでしょうか。それから4年前の総統選挙のときに副総統候補に選ばれたのには何か特別ないきさつがあったのでしょうか。中央研究院長の李遠哲博士を民進党の総統候補にしようとして断られたという話は聞いたことがありますが・・・。

>珍しい冊子

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/26 21:14 投稿番号: [3503 / 16409]
私も教会ローマ字で書かれた基督教関係冊子は数冊所蔵しています。例えば;

KI−TOK−KAU   SAM   KONG−LENG『基督教三綱領』昭和5年、この本は中央研究院台湾史研究所研究員の翁佳音(Ang   Ka−Im)君から貰ったものです。

因みに著者は福音使金森通倫師、「軍事おたく」石破防衛庁長官の母方祖父と聞いております。

付け足し(くどい?)

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 21:07 投稿番号: [3502 / 16409]
つひでに付け足し。
その「真道問答」、価格は、NT$1.50となっております。

訂正

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 20:54 投稿番号: [3501 / 16409]
やれやれ。。。
明国(誤)
民国(正)

これはとんでもない間違いですね。。。(笑)

Chin-To Bun-Tap

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 20:52 投稿番号: [3500 / 16409]
Mitaさん、家の書棚から珍しい冊子が出てきました。どうも、以前、長老教会の牧師さんから頂いたモノのような、記憶です。


CHIN-TO BUN-TAP「真道問答」1962年、明国51年12月1日発行、台湾教会公報社(台南神学院付設)
教会ローマ字です(本文36頁たらずの小冊子です)。どうも、つい10年位前までは在庫があちらこちらにあったようですが。。。

そのうちスキャンしてご希望の方に配布いたします。

呂秀蓮女史

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/26 20:29 投稿番号: [3499 / 16409]
1.私が「80年代の文章」と書いたのは「推定」です。私所蔵のテープ『台湾的歌*』(台湾文藝雑誌社)付録の小冊子から引用しました。奥付がなく制作年代は不明ですが、駐在中に入手したものと思われますので、「80年代」と書いた次第です。
*撰文/呂秀蓮、編曲/林二、演唱/邱垂貞(主唱)・・・、ナレーション/呂秀蓮

2.こんな文章もあります。
・・・日本政府早在民国六年時、就厳令禁唱台湾歌曲・・・
長生きはするものですねぇ。初めて知りました。

3.やはり出てます『雨夜風』。
「雨夜風」以淪落風塵女子為名、暗喩被異族統治的台湾人命運;
まぁ、周先生がYabeさんに言われた「打ち明け話」は、日本俗語講「それを言っては『身も蓋も無い』」ではありますが。。。

業務連絡と付け足し

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 20:26 投稿番号: [3498 / 16409]
付け足し
黄さん=黄昭堂さん、ね。。。


業務連絡
お隣の一件では、皆々様のご協力を得、感謝感謝です。さらには、私の未熟のいたすところの、いつものキレキレ。。。まことにお恥ずかしい次第。。。とはいへ、いまだに、1匹余計なるモノ、出没いたしさうらへども、ああ、あなややこしや。。。です。(どーにかならないものかと、頭の痛いこの数ヶ月です、ね。。。)

ちょっと付け足し(呂秀蓮など)

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 17:16 投稿番号: [3497 / 16409]
半年ほど前頃、書いた記憶がありますが。。。呂秀蓮で、思い出したので。。。

なぜ、辜寛敏氏がああまで、呂秀蓮を副総統候補とすることに難色を示したか。。。確かに陳水扁を再選させるためには、票田確保の手段として呂は必要だったが、台湾の将来という観点から見たらどうだろう?やはり、辜寛敏氏と同じ意見となるのではないだろうか?

呂の後先を見ないスタンドプレーと、論理性のない、滅茶苦茶な国内外での言動は決して台湾の将来、換言すれば、台湾の独立にプラスに働きはしないだろうということです。
これは、何も呂に限ったことではなく、民進党内部にある、「反日感情」を持っている党幹部、議員たちに共通して言えることです。(この話題については何度か書いておりますので、大体のことはお分かりだと思いますが。。。)
彼ら世代は、国民党政権下で、台湾独立運動が抑圧、弾圧されていた時代です(第4世代くらいに属するのでしょうか。。。第一世代を日本の統治下、とすると、第二世代は、日本の敗戦前後、第三世代は、蒋介石政権下での二二八、そして、その後の世代に呂などの民進党幹部は属することになります)。
彼らは確かに、蒋介石、蒋経国、国民党の恐怖政治に反対し、民主主義を求めてきたはずなのですが、その現状は?となると、何度もこれも書いてきたとおり民主主義などからはほど遠いものです。
確実に、国民党政権下での教育の影響をまともに受けている、まさに、その呪縛から逃れられず、国民党政権下の教育そのままの言動、行動を繰り返しているわけです。
(魚釣島の一件で書いた通り、ま、そんなものです)

ちょうど、李登輝前総統が何度も繰り返し講演の中で述べているように、「アイデンティティ」の定まらない世代、ということになります。不確定世代、ということでしょうか?

口では、民主主義、台湾独立などと言っている割には。。。という、民進党の悪いところをそのまま体現しているのが、呂であり、張であり、余であり、丘であり、ということになるのですが、それより若い世代は?となると、何をそこまで真似をしなくともというくらい、凝りに凝り固まった権威主義。。。ま、反日感情もなぜか強いんですね。。。(以前書いた、国民党の国代おばば、独身、若いつばめと同棲していた、あの、おばば、と何ら変わらない反日感情なんですよ。。。ちょうど、世代としては共通しています。。。)

ま、李登輝前総統のおっしゃる、個々人のアイデンティティの確立が、国の礎であるというような内容のお話は、実感として分かりますね。国民党政権下の低劣悪辣な教育の呪縛から脱さない限り、台湾の独立国家としての途は、いまだ、遠い、とつくづく実感。


つひでに。
某サイトで、「台湾新生国家論(だったかな?)」、黄さんのエッセーが出ていますが、あれを読んでも、まだまだツメがかなり甘いなあ、としか感じられず、あの程度の論では、現実世界では対処できないだろうと、やや困って読んでおりますが。。。
過去の清算と未来への展望、恨み節なしの、きちんとしたものを出していただきたいな、と切に希望いたします。。。

私なんかは、いままで李登輝前総統の講演内容を要約して紹介してきたつもりでおりますが、李登輝前総統の今までの発言や講演で、十分であるかと思います。
後は、国家論の構築でありませうが。。。
これは、新憲法と深くリンクしてくるところなので、どのような理想国家形態を台湾が希求するのか?という、それこそ、李前総統にこれから、講演や著書の中で述べて頂きたいこと、なのですが。。。


痴れた馬のいななきなんぞで、慌てずとも、理想の灯火を希求する若者はきっと出てきますよ、台湾からは。。。
そのためには、呂世代の政治屋の総退陣が是非とも必要なところ。。。ここあたり、辜寛敏氏が蔡英文を推していたことが、なかなか、ことの核心に迫っているのかもしれません、ね。。。(微笑)

>呂秀蓮と日本

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 15:36 投稿番号: [3496 / 16409]
ちょっと、記憶の彼方から思い出してみたのですが、薄い記憶ですみません。。。

呂秀蓮の留学問題、あたりの、トラウマが尾を引いているのかもしれません、ね、反日感情については。。。

それに、そうそう、しゃべっているときね、自分が中心の時は機嫌がいいですよ、あの人。。。

まあ、台湾では、4年間で呂秀蓮に慣れてしまったというのが、本当のところでしょ。
それこそ、4年前の副総統就任前後の、台湾国内各地の婦人会での、呂副総統への反発や非難はすごかったですよ。

しかし、なんで、ああも、敵を作るかなあ、あのおばはん。。。

でも、kusunokiskさん、よく、あのおばはんの、高慢ちきというか、自惚れの強さ、ご理解しておられますね。。。

呂秀蓮と日本

投稿者: kusunokisk 投稿日時: 2004/07/26 15:25 投稿番号: [3495 / 16409]
レスくださったみなさん、どうもありがとうございます。よろしくお願いします。

さて、私は呂秀蓮女史と2度ほどお会いしたことがあります。一度はまだ副総統以前、下関条約締結100周年の年、彼女が大勢の台湾人を引き連れてきて、下関の春帆楼で記念行事をしたとき。その次は3年ほど前、台北市内のホテルで食事をしながら話しました。2人きりじゃありません。こちらには連れが何人かおり、呂秀蓮女史にはSPがけっこう付いてました。二度とも彼女は、しゃべりまくっていました。こちらが言葉をさしはさむのは、ときどきだけ。彼女は話しているとゴキゲンで、魅力的ともいう人はいうような濃い笑顔を浮かべていました。日本との関係は大切だ、とか日本人はいいこともしたといったリップサービスも怠りません。さほど強い「反日感情」の持ち主だとは、とても思えません。食事もごちそうしてくれて、会ってくれてるんですからね。ようするに、関心がないんだと思います。「さも知っているような書き方」というのも、意識的な知ったかぶりではなくて、これぐらい知ってりゃ十分とでも思ってるんじゃないでしょうか。

呂秀蓮女史

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2004/07/26 13:40 投稿番号: [3494 / 16409]
こんにちは。

さきにMitaさんが紹介された「童謡」の話は80年代に呂秀蓮女史が書かれたものにあったとのことでしたが、彼女が「反日感情」の持ち主であったことは全く知りませんでした。「童謡」のあとに書かれている文章から見ると日本のことをろくに知らずにさも知っているかのような書き方をしているような印象を受けます。akiさんが彼女を「知ったかぶり」といっているのはそのことにも関係しているのではないかと思います。以前に総統周辺の女性スキャンダルをもらしたとか、言動に関していろいろいわれているようですが、自身の言動についての慎重さに欠けるために「揚げ足を取られる」ということが彼女の欠点なのでしょう。いいかえれば政治家として「脇が甘すぎる」ということなのでしょう。

Horseさんへ

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 13:27 投稿番号: [3493 / 16409]
まずは、お隣の一件。かなりキレておりました。かなり不適切な表現がありまして。。。申し訳なく。(これ、実際、反省。。。)
その後、多少は、ご常連の皆様がフォローしてくださって、助かりましたが。。。あのまま言ったら、キレキレ、だったでせうねえ。。。


で、そのアンケートなんですが。。。先週の台湾のTVニュースでもやっておりました。。。年代かな?



うーむ、きゃぴギャルを見たいのでしたら、週末夜のプールサイドのバカ騒ぎパーティに参加かな?円山のクラブ(あの古く薄汚くなったとこ、ね)のプールとか。。。
あと、陽明山の○○○○クラブ?

さー○な

投稿者: horse_224 投稿日時: 2004/07/26 13:14 投稿番号: [3492 / 16409]
  こういった片手落ちの報道は腹が立ちます。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040725-00000001-scn-int

  アンケート結果に間違いはないでしょうし、現実を直視すれば、もっと高い数字が出てもおかしくないわけですが、この記事をこの部分で切ってしまうということは、特定の意図があると思わざるを得ません。

  台湾であろうと中国であろうと、庶民が戦争を望まないのは当然で、それを条件に改憲や独立の質問をすれば、斯様なアンケート結果が出るのは当然のことでしょう。(別に「さー○な」が行ったアンケートではないのですが。。)

  この記事を見た日本の方々が、変な誤解をしないように願いたいものです。

  自由時報辺りが、軍事的なエッセンスを加味せずに、「中国との統一を望みますか?」「現憲法は現台湾に適していると思いますか?」といったアンケートをやってくれれば良いのですが。。。

  軍事的脅威は現実に存在するので、無視する必要はありませんが、あんな質問では、どうも庶民の本音が、外部に誤解されるような気がします。。。


AKIさんへ
>金門<
  金門の件、社員に聞いたら、確かに以前にもあったそうです。   それにしても、テレビをつけていきなり「金門」「ドッカーン」「はんなんぐぅお」はビックリしました。


>ぷーる<
  残念な事に、「ぎゃる」は殆どいませんでしたが、なかなか良かったですよ。   休日ビジターなので500元と高めでしたが、サウナ、ジャグジー、打たせ湯?などもあり、結構満足しました。   肝心の水泳は300Mで力尽きましたが。。。

  聞くところによると、日本人も結構来ているようです。   場所は士林なのですが、AKIさんも行った事があるかも。


  ところでお隣ですが、話の流れは別として、「どこか名もないがっこ」は言い過ぎです。   日本国民の過半数はそんなもんです。(もちろん私も。。。)

呂秀蓮など

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/26 12:33 投稿番号: [3491 / 16409]
どうも、私は、呂秀蓮の知ったかぶりについては、悪い癖だな、と思って長きにわたって見ておりますが。。。

確かに、ここにも何度も書きましたが、台湾に於ける女性の地位の向上に尽くしたという功績は認めますし、それなりに頑張ってこられたとは思います。

ただ、副総統として、となると、お話はまるで別。副総統として、なら、この度の原住民の問題など、ああした、「わざわざ誤解させるような、わざわざ相手に揚げ足を取られるような稚拙な事は言わぬもの」です。
まあ、原住民の問題については、確かに、呂副総統に同情する部分多々ありますが、ね。。。(なんせ白を黒だと言って騒いでいるのは一部の原住民を煽動している政治屋たちなのですから。。。)

ただ、呂秀蓮にせよ、馬英九にせよ、政治家として見た場合、ああまであからさまに「反日感情」を表に出してよいものか?と。。。逆に、その国の政治の程度が知れるというものですし、国や首都を代表するに相応しい言動か、行動か、もう少し、襟を正してみる必要があると思いますね。

その点では、つっぱりはするが、中身のない、浅はかさだけが目立つわけです。
ヒステリックにぎゃーぎゃー騒ぐので、4年前の就任当時など、台湾のあちこちの婦人会で、非難ごーごー、だったわけですし、ね。。。呂副総統に関しては。。。
まあ、知ったかぶりと、学の薄さだけは、止めるべきですね。


かれらと比較して、確かにまだ脆弱な部分はありますが、陳水扁総統は、随分成長しました。

まあ、呂副総統にしろ、馬台北市長にしろ、「反日感情」のあることに批判はいたしませんが、かれらが育った「国民党政権下の負の遺産」からのアウフヘーベンというか、超克を、せずに、ただ、のーのーと、そうした、駄々をこねているのなら、幼稚な政治屋さんだ、ということでしょ。
ま、国民党命(これは、プラスの意味でもマイナスの意味でも、ということで、結局、国民党から抜けられないということですが、ね。。。)、なら、別ですが。。。(大笑)

台湾消滅が近づく

投稿者: koism2000 投稿日時: 2004/07/26 08:46 投稿番号: [3490 / 16409]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040725-00000094-kyodo-bus_all

台湾も天然ガス田開発へ   中国の動きを意識か

  【台北25日共同】25日付の台湾紙、自由時報は、台湾の中国石油公司が、台湾海峡の中台中間線から約40キロ台湾側の海域にある天然ガス田の開発に近く着手する予定と報じた。
  埋蔵量45億−100億立方メートルと見積もられているガス田は32年前に発見され、7年前に開発計画が提起されたが、コストの問題などから実行に移されなかった。
  中国石油は開発技術の進歩でコストが下がったため再度、開発を検討することにしたと説明しているが、中国が東シナ海の日中中間線付近の中国側海域で天然ガス田開発を始めたことに触発された面もありそうだ。
  同紙によると、台湾南部・高雄の西方100キロに位置するガス田の開発経費は100億台湾元(約320億円)。(共同通信)
[7月25日20時43分更新]

台湾海峡なら中国本土から一斉攻撃を受けることになる。
http://www.chinaiiss.org/data/img/display.asp?id=44

帽子に草葉

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/07/26 07:40 投稿番号: [3489 / 16409]
>「日本人は玄関に草葉を活け、懐に子犬を抱くのを好み、そして彼らは畳に寝ており、便所は通常寝室の隣にある」
======

「スペインの女性は帽子に草葉を挿し、子犬を狎れなれして、トイレが近いスイートに横たわる」
大清帝国の頃、こんなスペインの女性を羨ましげに眺めたかも。。。

mitaさんへ

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/07/26 06:57 投稿番号: [3488 / 16409]
そんな童謡があったとは知りませんでした。。。
ところで・・・
独り善がりに陥る傾向が、今の台湾には結構いるようで、例えば、『雨夜花』の歌詞を、日本統治下の台湾人の心情描写だ、と決め付けているのと同じようなもの。。。
周添旺先生は
「好きな酒家の子がいてね・・・それを唄にした、だけのこと・・・」
と、いつか北海岸の「五龍宮」から帰る途中で、大好きな落花生をむきむき食べながら言っていました。

wulikuoさんへ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/26 06:29 投稿番号: [3487 / 16409]
私の投稿を注意して読んで頂いているようで、真に有り難う御座います。ご参加頂いて嬉しく思います。

呂秀蓮さんはその文章の中で以下の如く述べています(意訳)。なお、私の意図は呂さんの「反日感情」をあげつらうものではありません。念のため。

「日本人は玄関に草葉を活け、懐に子犬を抱くのを好み、そして彼らは畳に寝ており、便所は通常寝室の隣にある」⇒這首童謡、無疑地、是対大和文化的嘲●。

陳金田編『台湾童謡』大立出版社、1982年、を調べて見ましたが、流石に(当然のことながら)載っていないようです。

横すみません

投稿者: wulikuo 投稿日時: 2004/07/26 03:31 投稿番号: [3486 / 16409]
>呂秀蓮さんは「人(ラン)」と書いていますが、何度か読み返してみると「ラヌ([口自])⇒一人称複数、即ち我々の意」のほうが合っているようにも思えます。

「人(ラァン)」は、「普通の人々」とも解釈できます。「伊」は、『イ』と読めば単数、『インム』と読めば複数の三人称を指します。ですがこの歌、歌詞を見るだけでは、(子供達が)軽蔑する相手を嘲笑う内容しかなく、「日本人」を特定することはありませんが…。

この童謡について、私(30歳台湾人)も聞いたことがありません。個人的に、私のお父さんの代(もしくはそれ以前)の童謡ではないかと思うます。

補足

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/26 00:10 投稿番号: [3485 / 16409]
呂秀蓮さんは「人(ラン)」と書いていますが、何度か読み返してみると「ラヌ([口自])⇒一人称複数、即ち我々の意」のほうが合っているようにも思えます。

なお、この歌は私は聞いたことはありません。

Yabe老師はご存知ですか?

drindomitableさんへ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/25 23:30 投稿番号: [3484 / 16409]
私は台湾とは30年以上に亘るお付き合いで、その間には「不愉快且つ悲しい」思い出も多々あります。でも大病を患ったせいでしょうか、年をとったせいでしょうか、それらについては出来るだけ封印するようにしております。

ところで本題に入ります。

1.阿本仔(アアプンナア)とは日本人のことです。阿は接頭語、親しみの意味があります。仔は接頭語、軽蔑の意味もあります。
例:ホアナア(番仔*)⇒「毛唐」、キェンツァラア(警察仔)⇒「ポリ公」・・・
*これは今でも使われています。例:マッチ⇒番仔火、灯油⇒番仔油・・・

2.歌詞は概ね以下のような意味です。ご想像とは逆で、人は台湾人、伊(彼)日本人を指します。なお、クンは[目困]です。

「台湾人は花を挿すが、日本人は草を挿す。台湾人は赤ん坊を抱くが、日本人は犬を抱く。台湾人はベッドに寝るが、日本人は便所のそばに寝る。」

Mitaさんへ

投稿者: drindomitable 投稿日時: 2004/07/25 22:51 投稿番号: [3483 / 16409]
お暑うございます。

阿本仔を揶揄する「童謡」のことについてですが、阿本仔とは何のことを指しているのでしょうか。また「童謡」の内容についてもあわせて教えていただきたいのですが、「異文化の衝突」とありましたので、人は日本人、伊は日本統治時代の台湾人のことを指しているのではと想像しているのですが、いかがでしょうか。

ところで、台湾の若手研究者の方々がこの掲示板に関心を持っておられるということをうかがいましたが、この掲示板に書き込みをしている一人として嬉しく思います。

閑話休題

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/25 18:37 投稿番号: [3482 / 16409]
日本時代に阿本仔を揶揄するこんな「童謡」があったそうです(80年代の呂秀蓮女史の文章より孫引き)。

『人挿花、伊挿草。人抱嬰、伊抱狗。人クン新眠床、伊クン屎学仔口。』

いずれにせよ、異文化の衝突というのは真に「鬱陶しい」ものです。

今しばらく

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/07/25 16:49 投稿番号: [3481 / 16409]
大家好。。。
今しばらく忙しいことが。。。
そのうちにまたね。。。

各位朋友

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/07/25 01:51 投稿番号: [3480 / 16409]
昨日、中央研究院台湾史研究所研究員ほか計3名の台湾人若手研究者来訪、この掲示板を見せたところ、非常に興味を示していました。

お隣の掲示板は荒れているようですが、こちらでは虚しい「罵詈雑言」や「中傷誹謗」はご免蒙りたいものです。「仲好しクラブ」、「余りにもサロン的」等等の批判はあるかも知れませんが。。。
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