ビックリ台湾!?
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
地震
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/29 10:43 投稿番号: [1897 / 3149]
このスレが埋もれてしまう前に・・・。
台灣東部花蓮を中心に地震が続いていますが、被害などないことを望みます。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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不時の食客
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/24 22:54 投稿番号: [1896 / 3149]
今は故人となった友人(台湾人)は、招待も約束もないのに「この付近に用事があった。ちょうど昼飯時間になったので」と言って拙宅へ昼飯を食いに来た。彼はそれをあたりまえだと思っていた。間もなくわしの家内やお手伝いさんがそんな時慌てるのに気がついて、予告なしに食いに来るのはやめてしまった。
ところがわしが彼を訪問し、辞去するとき、昼飯や晩飯の時間が近くなっていると、「飯を食って行け」と引き止める。そんな約束は無かったからと辞退すると「もう君の分の準備ができているんだから」と言って聞かなかった。彼の生涯それが続いた。
わしの年上の親戚の話では、昔の台湾人の金持ちの間にはそんな風習があって、互いに不時の食客になったものだ・・・とのこと。
あの友人は金持ちではなかったが、先代が金持ちだったそうだ。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: youkilove_99 投稿日時: 2009/06/23 10:46 投稿番号: [1895 / 3149]
こんにちは。
来月の7月に台北に行きます。勉強のつもりで読んでいたら2005年に自分の書き込みが。びっくりでした。
そういえば初台湾は2005年でした。
そのときは行く前に書き込みしてそれっきりでした。
2005年にびっくりしたことを書き込みます。
バイクが多いのにはびっくりしました。交番の前も白バイが1列に駐車してありました。カラフルなマスクはバイクに乗るときのためかなとおもいましたがびっくりです。
夜市に行ったとき日本人の男性と現地の女性のカップルをよく見ました。あきらかに男性は観光で来たというかんじです。
まだこのようなツアーもあるのかなとびっくりしました。
夜市にて、駅に向かう道のまんなかに身障者の青年がお金を入れるかごをもってよこになっていました。切なかったです。
泊まったホテルの団体客とみられるご老人男性に現地の女性がつきそっていました。う〜ん。。。
たしかにコンビニの多さにはびっくりでした。
ホテルから頼んだ1日観光はまったく中途半端で日本語の説明も場所しか言わない程度でした。故宮博物館も説明がなくがっかりだったので旅行会社に電話するとそんなもんですと言われました。他のツアーのガイドさんはよく説明されてましたよ。
道に祭壇があり豚の顔が祭られていたのは台湾らしくよかった。
安いと思ってデパートで買い物したらそんなことはなかった。
鉛筆のような形のサックのついた傘が便利でよかった。壊れたので今度も買います。
思いつくままに書きましたが、今回4年ぶりの台湾はどうかわっているのでしょうか。
初台湾でとても気に入りました。
今回も楽しみです。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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二度あることは…
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/06/19 18:12 投稿番号: [1894 / 3149]
二十日ほど前、損保の後輩から電話があった。「難しい調査を抱えていて、三月近くなっても報告書が書けない。このまま裁判になりそうだが、自分の力不足でみすみす五千万も払うのは情けない」という。
損保の調査部門は各社とも独立した別会社になっていて、親会社の損保に「調査報告書」を売るという形になっている。数十万の小さな件は「あやしいな」と感じつつも損害査定をして報告書を書いてしまうが、数千万になるとそうはいかない。
もちろん、各社には蓄積した経験があり、何冊もの分厚い「偽装事故事例書」があってそうやすやすとは騙されない。なんと、どうやって入手したのか、図書室には英国ロイズ損害保険の「事案書」まであった。もっとも、その原文を読める人はほとんどいなかったが…。
話を聞いているうちに、人の記憶とはありがたいもので、昔読んだ事例書にその一件とよく似た「事故」があったのを思い出した。昭和50年代の建機の「事故」で、電話で聞いた内容と何もかもがそっくりである。その件は最後に相手が「もう、いいです」と言って引き下がったから「事件」にはならなかったが、立派な事案例として記録されたのである。
それを教えてあげた。「そのあたりをもう一度しらべたらどうか」と。
今日、電話があった。弾むような声で「解決しました。相手が『もういいです』と言って横を向きました」と聞いたときはあまりのことにこちらがぶっ倒れそうになった。すぐにお礼に行きたいというのを必死にとめた。
「いいよ、来なくてもいいよ。絶対来るなよ。…それだったらハガキ一枚くれればいいよ。絶対に来るなよ。だけど、○○さん、毎年度の【事例書】ちゃんと読んでるか。俺たちのときはそれを読んだ感想文なんか書かされたんだよ。面倒くさがって短い感想文なんか出すと『書き直せ』なんて言われてな」
いつのまにか後輩への説教になっていた。
これは メッセージ 1893 (unhoo さん)への返信です.
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もう台湾は夏
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/18 11:28 投稿番号: [1893 / 3149]
十月下旬までは毎日が猛暑ときまりけり。
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Re: 第46大樂透(ロト)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/16 01:35 投稿番号: [1892 / 3149]
>しかし、20%課税のち、1.87億元が、國庫に・・・、手元には、7.5億元あまりである。
____________________
その当選者の姓名は公表されないのだろうと思う。もしも公表されたらたいへん、たちまち慈善機関、学術機関から寄付の要請がやってくる。私人からも貰いにくる。
これは メッセージ 1890 (mrt952006 さん)への返信です.
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Re: 南半球はこれから冬になる
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/06/14 12:53 投稿番号: [1891 / 3149]
インフルエンザ=流行性感冒は「A香港型」「Aソ連型」などが昔からあって、冬季には数年に一度の流行があったがこれほど大袈裟には騒がなかったように思う。だが、それはわたしの認識不足で、今のインフルエンザは昔とは違ってその質も違い、最悪、死者数千万も危惧される恐ろしいものなのだろうか。
医者から「運動をしろ」と注意を受けている。もちろん、掛かりつけの医者に抗えるはずもなく、「それでは自転車でも買おう」と思って「ヤフー・ショッピング」を見たが、数が多すぎて選べるものではない。「電動」にするか、一万円で買える中国製にしようか、多段ギヤのロードバイクにしようか、いつまでも結論が出ない。
昨日のテレビで、毎日、尾瀬湿原の「休憩所」まで、観光客に混じって80㎏の荷物を背負って歩く男性を映していたが、「なんの自転車にしようか」などと言っている私には「この、怠け者が!!」と、天上から怒鳴り声を浴びせられるだろう。
これは メッセージ 1889 (unhoo さん)への返信です.
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第46大樂透(ロト)
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/11 13:45 投稿番号: [1890 / 3149]
一昨日(6/9)の晩、第46大樂透(ロト)の開票があり、10回のキャリーオーバーのち、史上最高額の頭奨9.37億元(約27億円相当額)が台南市で購入した男性1人のみに当たった。
しかし、20%課税のち、1.87億元が、國庫に・・・、手元には、7.5億元あまりである。
それにしても、めでたし、めでたし・・・である。
今日は、先週の6/4以来の雨模様です。台灣も本格的な梅雨入りか・・・?
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南半球はこれから冬になる
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/11 10:32 投稿番号: [1889 / 3149]
夏が来たから新型流感は消滅するだろうと思っていたが、南半球はこれから冬に入るので、新型流感が増えることを忘れていた。
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キップの等級詐欺
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/11 03:47 投稿番号: [1888 / 3149]
今から十年も前だが、高雄に住む小学時代の同窓生から「近く金婚式をやるから、大兄が出席してくれたら光栄に存ずる」と言われて承諾した。こんな場合は老妻をつれて出席するのがマナーだが、老妻は病身だから末娘をつれて行くことにした。末娘が言うには高雄までの飛行機キップ代はたいしたものでないから、エコノミークラスでなくツーリストクラスにしようと。これにもOKをあたえた。末娘は松山空港まで行って2人の往復キップを買った。
当日飛行機に乗り込んだら、案内されたところはエコノミーの座席だった。どうしたことかとキップを見たらエコノミーのキップだった。末娘はキップを買うときツーリストの金を払って、出されたキップを見もしないで受け取ったのだ。末娘は空姐に抗議すると言ったが、わしは空姐には何もできない、この失敗を将来の教訓とせよと引きとめた。
これは メッセージ 1887 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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片道切符
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/06/11 00:27 投稿番号: [1887 / 3149]
張さんが所要で台東に行った。飛行機を恐がることもなく、山脈越えの小型機に乗ったのはよいが片道切符しか買わなかった理由がいくら聞いてもわからない。帰りに地元の「店」で帰路の切符を買い、空港のカウンターに差し出したら「これは使えない」とつき返され、泣く泣く別のところで切符を買いなおしたという。いくら台湾の国内航空でも飛行機の切符一枚は安くはなかろう。私の友人(日本人)もそばで呆れて聞いていたが台湾の田舎では「使えない切符」を堂々と売る店があるのか。この完全な詐欺商法の経緯をもう少し詳しく知りたいが本人はもう災難だと諦めて多くを語ろうとしない。
これは メッセージ 1886 (unhoo さん)への返信です.
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煙突を密封
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/10 01:59 投稿番号: [1886 / 3149]
秋吉台のホテルが煙突を密封したために、宿泊客に多数のCO2中毒を出し、死者まで出た。いったいどんな目的で密封したのだ。密封の目的が全く報道されていないが。
これは メッセージ 1885 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 雨雨降れ降れ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/09 17:34 投稿番号: [1885 / 3149]
この前の旱天の慈雨は雨量がすくなかった。
豚流感変じて新型流感、それがどうやら立ち消えになったらしい。
ヤフー掲示板のどのカテもみな沈滞している。台湾カテだけではない。
これは メッセージ 1884 (unhoo さん)への返信です.
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雨雨降れ降れ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/04 15:04 投稿番号: [1884 / 3149]
台北市は今日久しぶりの本降り。衛星雲図では台湾全国が雨雲の中。台湾全域五月中雨がほとんどなかったので、水田の灌漑用水にも困りだしたところだと言う。まさに旱天の慈雨です。
これは メッセージ 1883 (mrt952006 さん)への返信です.
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太魯閣九曲洞歩道
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/01 08:27 投稿番号: [1883 / 3149]
救護員が不會、不會(できない)中文・・・。
タクシーをチャーターして、居留証を持った男性日本人(50歳)の頭部に落石・・・。
友人の彼女(台灣人?)の存在が・・・?
ニュース報道されていました。
請保重(お大事に)。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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「強詞奪理」が正しい。
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/31 00:19 投稿番号: [1882 / 3149]
「強詞奪辞」を手元にある遠東圖書公使司印行、張北海主編『遠東國語辭典』で探したら出ていない。そのかわりに「強詞奪理」と書いてあります。これが正しい。「強詞奪辞」はわしの間違いです。つよい言葉を使って、相手に理屈を言わせないことです。たとえば「俺は国民党の役員だぞ」とか、あるいは声量を上げて、声の大きさで相手を黙らせるのも強詞奪理です。
『遠東國語辭典』にある解釈は、「不合理的狡辯」です。したがって、屁理屈で相手を言い負かすのも強詞奪理です。
これは メッセージ 1881 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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強詞奪辞
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/30 19:18 投稿番号: [1881 / 3149]
「強詞奪辞」とは何ぞや、漢和辞典を何冊か調べたがこの四字熟語は見当たらなかった。「強い詞(言葉)で辞(言葉)を奪う(とって代える)」、つまり、「わざと乱暴な言葉を使う」という意味ではないかと考えたがどうだろうか。「台湾へどかどかと入り込んだ」自暴自棄の敗残兵は恐ろしいものだったに違いない。長きに亘り、かれらの暴圧に耐え抜いた台湾人の辛苦も察して余りある。そこに「面従腹背」という熟語を入れようと思ったが、この言葉には「背信」というニュアンスがあって、この場合は適切ではないようだ。
これは メッセージ 1880 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 訂正
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/29 02:18 投稿番号: [1880 / 3149]
わしが戦闘的なのは言論だけです。戦闘的な言論、それを蒋政権と一緒に台湾へどかどか入り込んだ奴等に学びました。あの時奴等の言論にはあきれ返ったものです。強詞奪辞というやつです。
これは メッセージ 1879 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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訂正
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/28 19:26 投稿番号: [1879 / 3149]
unhoo先生のような戦闘的な反共、反国民党の独立人士は次第に少なくなっていくだろう。
*****************************
これは台湾の将来について根拠のない予断であり、台湾の未来はすべての台湾人と居住する中国人、客家人、山地の先住民が決定するものであることを再確認したうえで上記は取り消します。
これは メッセージ 1878 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 幻の核開発 (續)
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/28 15:58 投稿番号: [1878 / 3149]
「労農紅軍」の行くあてもない逃避行が終わり、僅かに残った一万たらずが延安に辿り着いて一息ついたとき、上海の新聞はこう書きたてた。「共匪も地獄に落ちた。あの黄土でどうして何千もの兵を養えるのか。朽ち果てるのを待つばかりだ」。
だが、その「共匪」と彼らの軍隊が現在、世界のなかでどのような地位を占めているか、だれもが知るとおりだ。今度は二隻の原子力空母まで建造するそうだ。なるほど「勝てば官軍」である。台湾に逃れた国民党の「高級外省人」達とその子供たちも這い蹲るようにして北京詣でを繰り返す。「共匪」はバカではない。絶対にバカではない。北京の古狸たちが満面の笑みを湛え、ときには涙声で彼らを歓待しているのが目に見えるようだ。高級外省人、つまり台湾の支配層を篭絡し、あるいは脅迫して政権を奪い取るのは彼らの至上命題である。「共匪」も必死なのだ。
台湾はどうなるのか。五、六年も前か、台中のプラモデル屋に五星紅旗(昔の台湾では「汚星赤地」と言っていた)が飾ってあったのには飛び上がるほと驚いたが、unhoo先生のような戦闘的な反共、反国民党の独立人士は次第に少なくなっていくだろう。ただ、台湾海峡がある以上、自由で富裕な台湾が簡単に呑み込まれることはないと思う。楽観に過ぎるか。
これは メッセージ 1877 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 幻の核開発 (續)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/26 23:56 投稿番号: [1877 / 3149]
高級外省人が核開発なんかを語っていることは知っていたが、台湾人は何の関心も持たなかった。そもそも台湾人は高級外省人たちの学問能力常識を全く評価していなかったからである。
蒋政権時代、台湾人は中共を敵の敵として、内心で応援していたが、蒋政権が死滅すると高級外省人は掌を反すがごとくに「共匪」の陣営に投じ、共匪に台湾人を威嚇せよと建策し、共匪はそれを100%受け入れた。台湾人にとっては天地がひっくり返ったような急変であった。
やがて共匪は台湾近海にミサイルを何発も撃ち込んで、台湾人を皆殺しするに足る武力があるぞと威嚇した。すると台湾に残留する高級外省人どもは躍りあがってして喜んだ。
台湾人は、蒋政権の核開発閑談のお相手なんかしたことはなく、蒋政権死滅の後も核開発の可否を考えた者はなかった。
これは メッセージ 1876 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 幻の核開発
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/26 01:03 投稿番号: [1876 / 3149]
>台湾にもおそらく「核武装論者」はいるはずで
____________________
それは高級外省人の奴等です。台湾人にとって蒋政権は敵で、共匪は敵の敵だから、共匪がんばれ、共匪がんばれと内心で応援していたものです。国民党政権が死滅すると、高級外省人はすぐ共匪の陣営に帰参して、台湾への圧迫を緩めるな、たくさんのミサイルで台湾を狙えと共匪様に進言しました。
これは メッセージ 1875 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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幻の核開発
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/25 13:13 投稿番号: [1875 / 3149]
北朝鮮が核実験を実施した。「自衛的核抑止力」だそうだが理屈はなんとでもつけられる。これで一番恐怖を覚えたのはもちろん韓国だ。軍事的なパワーバランスが崩れるだけでなく、韓国経済にも打撃を与えるだろう。この国際化の時代に外国からの投資なしにやっていける国はない。朝鮮半島の緊張と不安で外資が引き揚げ、現在の世界的金融不安もあって韓国経済が再び債務超過になる可能性が高い。これを少しでも避けようとまたも莫大な額の「対北宥和政策」をとらなければならない韓国政府の苦悩は深い。あの六カ国協議はなんだったのだろうかと思うが、北は韓日米と、あわよくば中露からも無償援助を引き出す目論見があるのだろう。以前、それで食糧、重油などを勝ち取った「成功体験」があるが、今度はそうもいくまい。ただ、北朝鮮にも生存の権利はあり、もちろんその核開発には反対するが「悪の帝国」だのなんだの中学二年生レベルの議論に与する考えはない。
韓国や台湾もアメリカに隠れて核兵器開発を企てたことがある。これは机上のプランで終わったが、核の製造プランなら一昔前、マニアックなアメリカの学生グループがとっくに完成させた。その工程は精密を極め、使用する各種装置、機械のメーカーの指定、機種の選定までしていたという。
北が核兵器を振りかざして韓国や日本を脅そうとしても大義名分がないし、世界の嘲笑を受けるだけだろう。
日本にも一部に「核開発」を言う人がいるが世間的には相手にされない。実は日本も戦時中に仁科博士を中心に軍部の援助を受けて実験装置などを揃え、手探りでこれに着手している。もちろん、終戦直後に米軍のブルドーザがきれいに潰してしまったが、そのフィルムが残っている。台湾にもおそらく「核武装論者」はいるはずで、たぶん、unhoo先生もその一人ではないかと推量するが、世界は中国と台湾ばかりではないし、台湾はもはや堂々たる富裕なハイテク国家になりつつあるからその必要はまったくないと思う。
これは メッセージ 1874 (unhoo さん)への返信です.
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第一邱永漢大樓
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/25 01:31 投稿番号: [1874 / 3149]
>その書店の一角にコーヒールームがあったことまで思い出したが一階ではないし、時期も違うから裕次郎の喫茶店ではない。
____________________
郵遞區號(郵便番号)10444
台北市中山區中山北路一段152號
第一邱永漢大樓
4F
永漢國際書局
3F
邱永漢日語
2F
記憶せず(コーヒールームかも)
1F
ブティック(店名記憶せず。)
B1
喜樂日本料理
建物は十階建てと記憶する。5階以上はすべて貸しオフィス。
一階のショウインドウに邱永漢が羽織袴を着て、笑顔で立っている漫画像が立てかけてある。その漫画が、実物の邱永漢よりももっと邱永漢に似ているんです。
これは メッセージ 1871 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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邱永漢台湾に帰る
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/25 00:13 投稿番号: [1873 / 3149]
>邱氏によれば、「台湾政府から三顧の礼で迎えられた」という。台湾の国際的地位が急変して「変に臨んで驚かず」などと悲壮なスローガンが見られたのもこの時期だが、蒋政権の恐さを知っている奥さんは懸命に反対したそうだ。「蒋総統万歳と書いた旗を持って丸一日台北市を歩き回らされた」となれば、「話が違う」と、彼も苦々しい思いだったのではないか。
____________________
事前に何度も丁重な帰国要請があったのは、ほんとかも知らんが、台湾に着いたら「蒋総統万歳をやることは絶対必要な手続きだから」と言われて、今更袖をひるがえして日本へ戻るのは惜しい、まして相手は蒋政権だから奥さんが恐れていたことが起こりかねない。それで仕方なく官員の頼みに従ったのであろう。旗を持ってくたびれた邱氏の写真が新聞に出ました。旗は手旗ぐらいのもの。テレビには歩いているさまが映っていただろうが、わしは見なかった。
やがて台湾の新聞は邱氏の台湾開発計画の論文を争って掲載した。邱氏は次々と景気のいい論文を書いた。そのころの邱氏は中国語の文章が書けなかったから、日本語で書いた文章を他人が中国語に翻訳して、新聞に掲載した。訳者の名は出なかったが、翻訳の出来は上々。その文章を読むと、まるで台湾は今にも世界一の金持ち国になれそうだった。そうならなかったところを見ると、邱氏の書いたことは机上の空論が多かったのだろう。
記憶では邱氏の計画に海流発電計画があった。台湾海峡には北へ流れる永久性の潮流がある。その速度はなかなか速い。よってその潮流を利用して発電すれば、台湾は電力に不足を起こすことがない・・・と。
邱氏の日語の著書に、その頃の自分のことを「私はたちまち台湾一有名な人物になった」と書いてあるのは嘘でなかった。
これは メッセージ 1872 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 石原裕次郎
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/24 20:58 投稿番号: [1872 / 3149]
>その年に邱永漢が蒋政権から入国許可を取って…
*******************************
邱氏によれば、事前に何度も丁重な帰国要請があって「台湾政府から三顧の礼で迎えられた」という。台湾の国際的地位が急変して「変に臨んで驚かず」などと悲壮なスローガンが見られたのもこの時期だが、蒋政権の恐さを知っている奥さんは懸命に反対したそうだ。「蒋総統万歳と書いた旗を持って丸一日台北市を歩き回らされた」となれば、「話が違う」と、彼も苦々しい思いだったのではないか。
邱さんと裕次郎がどういう間柄だったのか知らないが、両人とも昭和30年代にはすでに有名人で、雑誌の対談などで知り合ったのだろうか。当時の裕次郎の収入からみれば台北の喫茶店の利益などはたいしたものではなかったはずだが、どういう思惑があったのだろう。邱さんは如才のない商売上手だから家賃をタダにして「日本のスーパースターと交際がある」と台湾人にアピールしたかったのかも知れない。それでビルの付加価値も上がり、大変な宣伝効果にもなっただろう。
これは メッセージ 1870 (unhoo さん)への返信です.
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邱永漢
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/24 15:10 投稿番号: [1871 / 3149]
30年も前、その角地の邱永漢ビルに這入って本を買った覚えがあり、懸命になって記憶を辿ったら本の題名まで思い出した。台湾で買った日本の書籍ということで印象に残っていたのだろう。「もしや」と思って書棚を探したら奇態なことに「永漢書局」の価格シールが貼ってあるその本を見つけ出すことができた。その書店の一角にコーヒールームがあったことまで思い出したが一階ではないし、時期も違うから裕次郎の喫茶店ではない。
邱永漢氏には大量の著作があり、タッチも軽いから読みやすいのだが、東大卒のこの人には昔から「金儲けの神様」というニックネームがある。資産家であるのは間違いないが「神様」は大袈裟だ。
昭和三十年代、新聞に株式のコラムを持っていて、そこで取り上げられた銘柄はその日から必ず急騰したという。「先回り買いはしていない」とは言っていないし、株式市場もまだ「うぶ」な時代だから彼は濡れ手で粟の大儲けだっただろう。今は日本に帰化して、以前、参院選にも立候補したが、若い頃は当時の純真な台湾青年らしく台湾独立運動に身を投じて蒋政権に追われ香港に逃げている。この人は如才もなく人柄もいいのだろうがちょっと自慢癖がある。
これは メッセージ 1870 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 石原裕次郎
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/24 03:20 投稿番号: [1870 / 3149]
>わたしのかすかな記憶だが、昭和40年前後、台北の中山北路に裕次郎経営の喫茶店があったようだ。
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邱永漢が裕次郎を誘って開店させたのであって、時期はニクソンショックで、日本人が大変だ、大変だとさわいでいたころ。ニクソン大統領が「共匪と国交を開くことにした、ドルと黄金とを切り離すことにした」と声明したので、世界中で日本だけが大変だ、大変だとさわぎだした。騒がないと経済のわからない奴とばかにされるので、見栄のために騒いだ奴が多かったという説もある。
ニクソンショックは1971年(昭和46年)、その年に邱永漢が蒋政権から入国許可を取って(そのかわり邱氏は蒋総統万歳と書いた旗を持って丸一日台北市を歩き回らされた)、さっそく中山北路一段と南京西路の角地100坪ぐらいを買って、十階建ての邱永漢第一ビルを建てた。そのビルの一階に石原裕次郎の喫茶店が出来た。開業の日に、わしはちょうどそこを通ったが、店の中に裕次郎と奥さんがいて、夫婦ともに店の作りに満足そうな顔。
ところがその時期、あの場所はまだ賑っていなかった。喫茶店は一年と維持できなかったように記憶する。その後誰が経営者か知らないが高級ブチックに変わり、場所がだんだん賑わって来て今では繁華区になっている。
これは メッセージ 1869 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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石原裕次郎
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/23 21:39 投稿番号: [1869 / 3149]
国立競技場で23回忌がおこなわれ、大手ゼネコンが200トンの鉄骨を使い、10日間の突貫工事で総持寺の本堂を再現するという。もちろん、一晩で「更地」に戻すのだが、こればかりは呆れ果てた愚行というほかはない。わたしのかすかな記憶だが、昭和40年前後、台北の中山北路に裕次郎経営の喫茶店があったようだ。
これは メッセージ 1868 (unhoo さん)への返信です.
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音を立てて物を渡す
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/22 01:06 投稿番号: [1868 / 3149]
これはひとつの習慣、ことによるとエチケットとも言えるかもしれません。たしかに渡したよと印象を強めるためです。わしは日米戦争の4年間を上海に住み、上海で未成年者から青年者になりましたが、上海ではお釣りを出すときに立てる音は現在の台湾よりも、もっと大きな音を立てていたように思います。戦前の台湾はどうだったか、もう覚えていません。
わしは掲示板に書込みをするようになって、これで十年ぐらいになります。当初のころ、カナダに住む日本婦人が、或る華僑の店で買い物をすると、お釣りを投げてよこすが、それは私が日本人だからだろうかという投書がありました。で、わしは「それはおつりを確かに渡したよと印象を強めるためう。その華僑はあなた以外お客に対しても同じように投げるだろうと思う。観察なされ」とレスしておきました。数日たって、その日本婦人は「たしかに彼は誰にでも投げます。安心しました」との返事がありました。
国が変われば習慣も変わります。アメリカに30年以上も住んでいるわしの長女が言っていましたが、アメリカではお金を払うときはこちらの手から相手の手に渡すのがエチケットで、机や台の上に置いて、相手に拾わせるのは無礼だそうです。またわしが以前から気がついていたことは、アメリカで映画のアカデミー賞授与式では、オスカー像を無造作に片手で掴んで差出し、受け取る人も無造作に片手で受け取っています。まるできゅうり一本渡すようなものです。日本ならオスカー像を、両手で恭しく捧げて差出し、受け取る人も両手で押し頂いて深々とお辞儀します。
これは メッセージ 1866 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 日本と台湾
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/05/21 21:17 投稿番号: [1867 / 3149]
現在、桃園國際機場第二タミの入国管理の外籍人エリアは、ひとりひとりのトコロテン方式になっています。成田と同じです。また、CX便での桃園(台北)到着など、第一タミは、ブース別に並びます。
「官」の威厳?台灣は、台灣です。台灣は、日本では、ありません。旅券を戻されたら謝謝(シェイシェイ)、サンキュウなどを言ってあげましょう。今では、移民局の管轄で係官は、ほって、顔を上げてくれます。
これは メッセージ 1866 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 日本と台湾
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/21 21:00 投稿番号: [1866 / 3149]
桃園空港の入国管理では数メートル手前に白線が引かれていて、一人ずつボックスの前に進みパスポートを差し出す。そのボックスも立派な作りで受付のカウンターは高く、中にいる事務官はたいてい女性だが硬い表情を崩さず、しっかりと「官」の威厳を保っている。unhoo先生からは叱られそうだが、台湾もやはり「中国」なんだなぁ、と思う瞬間である。昔、航空券だけで台湾に行くには東京の亜東関係協会に出向いてビザを申請し、数日後にまた取りに行ったものだが、協会の彼らの態度も官僚的で実に横柄だった。パスポートを必ずパタンと放り投げてよこす。だが、これに怒り狂い、「貴様ァ、菊の御紋章が入った護照を投げてよこしたな。勘弁ならねえ、ぶった斬ってやる!」などと言った日本人はまず一人もいなかっただろう。新憲法下の民主日本のパスポートになぜ天皇家の紋章なのか疑問に思っていたが、調べたらそれは天皇家の紋章とは少し違っていた。
これは メッセージ 1865 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 日本と台湾
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/21 19:59 投稿番号: [1865 / 3149]
「どうだ台湾人は親切だろう」に関する討論は
「たいわんでにほんご
2」
というトピの最近のカキコにあります。
これは メッセージ 1864 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 日本と台湾
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/21 19:35 投稿番号: [1864 / 3149]
>やさしい微笑を見せて券を受け取るとビリッと破いてすぐに新しい券を渡してくれたという。近くで待っていたわたしに「日本人はいつも本当に優しい。台湾ではぜったいそんなことはない」と感心しきりだった。
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なるほど、日本人らしい親切さです。
別のトピに、台湾人が日本人の旅行客に何か親切をしてやって「どうだ台湾人は親切だろう」と言ったとの書込みがありました。「こんな台湾人をどう思うか」と聞かれたら返事に困りますな。しかし「どうだ台湾人は親切だろう」と言ったからとて、先ほどの親切が無効になるわけでない。台湾人同志の場合「どうだこの町の者は親切だろう」と言われたら、親近感が湧くと思います。
これは メッセージ 1863 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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日本と台湾
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/21 18:28 投稿番号: [1863 / 3149]
黄金週間も終わり、世界的な不景気とインフルエンザの影響もあってか、成田空港第二ターミナルの出発ロビーはガラガラだった。昔、海外旅行がブームだった頃、第一ターミナルが人とスーツケースでごった返し、歩くのも難渋したのを思いだす。張さんは中華航空の受付で貰った「搭乗券」の座席番号を見て「腰が痛いから奥まで歩けない。もっと前の席にして」とクレームをつけた。このサービス不在の会社も成田空港の日本人女性従業員にかかると「別会社」に変貌する。やさしい微笑を見せて券を受け取るとビリッと破いてすぐに新しい券を渡してくれたという。近くで待っていたわたしに「日本人はいつも本当に優しい。台湾ではぜったいそんなことはない」と感心しきりだった。
張さんの弟は滞在中、昼間の出歩きの疲れもものかわ、夜になると電動自転車を駆って駅前に繰り出していたが三日目あたりでさすがに「台湾の夜とは違う」ことに気が付いたようだ。
これは メッセージ 1862 (unhoo さん)への返信です.
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新型流感台湾に侵入す
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/20 17:25 投稿番号: [1862 / 3149]
「台湾は発生ゼロで乗り越すであろうと」書いたばかりだが、実際は18日に入国した外国人男性(52歳)が新型流感と昨日確定していた。
これは メッセージ 1861 (unhoo さん)への返信です.
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新型流感
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/20 11:08 投稿番号: [1861 / 3149]
豚流感のウイルスが変形したので、新型流感と呼ばれることになり、日本が世界第4位の発生数に達したが、台湾には今の所発生していない。流感は夏が来ると自然に消えるから、日本は今がピークであろうし、台湾は発生ゼロで乗り越すであろうと、医学門外漢のわしは楽観している。
これは メッセージ 1853 (unhoo さん)への返信です.
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天津甘栗
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/18 22:20 投稿番号: [1860 / 3149]
甘栗の殻を剥いて袋詰めにしたのは日本人のアイディアである。10年ほど前、「甘栗むいちゃいました」というネーミングでコンビニに登場し、大変なヒット商品になった。だが、それはすべて中国の工場で中国人が手で剥いたものだ。もちろん、冷えて袋にパックされそれは熱い石で砂糖と一緒に煎った天津甘栗の香ばしい風味はない。その剥いた甘栗はすでに日本人にはすっかりお馴染みで「物珍しさ」などはまったくないのだが、来日も浅く、日本語も解さない大勢の若い男たちが中華街の路上で通行人に立ち塞がり、「中国にはこんな旨い物があるぞ」と言わんばかりに「試食品」を突きつけてくる。ただのサービスだと思ってその一かけらを手にすると猛烈な押し売りが始まり、大声を出して付き纏ってくるが日本では許される商法ではない。たしかに、小袋の剥き甘栗が2000円で売れれば利益は凄まじいだろう。
これは メッセージ 1858 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: オタク
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/17 18:49 投稿番号: [1859 / 3149]
台湾では「宅男」というそうだ。「オタク」は確かに日本の若者文化の一翼を担っていて、秋葉原こそが彼らの「聖地」である。、もちろん「宅男」にとっても憧れの地であり、張さんの弟が来て今日で六日目だが電車を乗り継いでもう二回も出掛けている。朝9時頃出て夜に帰ってくるのだが、あの狭い地域をどう歩いているのだろう。個人的な趣味を脇から良い悪いと批判すべきではないが、漫画と人形に集約された架空の世界に浸ってどういう意味があるのか私にはわからない。
これは メッセージ 1852 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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横浜中華街
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/16 19:37 投稿番号: [1858 / 3149]
相変わらずの賑わいぶりだが以前よりは人出が少なくなった気もする。ひところ、休日などは「押すな、押すな」の騒ぎで歩くのも困難だったが人気が落ちたのか。
中華街で出される料理はほとんど例外なく日本風にアレンジされていて、大陸や台湾では当たり前の「五香」「十三香」で風味付けされたものは絶対に出てこない。何事も変遷するもので、いつ頃からか、ファーストフードよろしくおもてで「肉まん」を売っている店が多くなった。「店先で肉まんを売るのはどうか」と、中華街の有力者間で問題になったこともある。たいしたものでもないのに一個500円は暴利に近いと思うが、それでも薄給の日本の若者には大通りの店でテーブルを囲むのは厳しい。
暴利といえば「甘栗」だ。昔は「天津甘栗」の看板を掲げて石焼胡麻で売っていたが、近頃は袋入りの甘栗を道端で1000円、2000円で売っている。これが「押し売り」に等しく、若い中国人が小さなプラスチックの籠に入れたサンプルの甘栗を配っていて、さすがに暴力沙汰にはならないがそれに手を出したらあとが煩い。それが「中央通り」に何十人もいてこの街のイメージを酷く傷つけている。
これは メッセージ 1857 (unhoo さん)への返信です.
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