竹島

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Re: 竹島

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/25 01:50 投稿番号: [16636 / 18519]
>以上から、独島問題は日本側の公式提案に応じることで、棚上げという事で決着している。(韓国とすれば、仲裁の合意や国際司法裁判所に応訴しなければ良いだけで、痛くもかゆくも無い決着といえる。)
したがって、現在も実効支配している韓国領を日本領に覆すことは、過去の歴史文献を引っ張り出したところで何の意味も無く、戦争でもして占領しない限り不可能な話。



全く検討外れだね。
逆に韓国にとっては最大限痛すぎる決着だと思いますよ。政権維持のため、途方も無く大きな爆弾を抱え込んでしまったわけですから。

逆に日本側は現時点で竹島を「不法占拠」されていても痛くも痒くも無い。
その気になれば国連で本格的に運動すれば法廷に引きずりだすのも可能かもしれないが、それより対韓国に対して万能のカードを持っているのも同然なのでこれからも都合よく利用していくでしょうね。

まあこれからも税金使って管理しといてください。


>よく似た経緯の日中間の領土問題である魚釣島は、日本側が灯台を建て実効支配している。仮に、中国が国際司法裁判所に提起し応訴を求めても、日本政府が「領有権問題は存在しない」で応じるわけが無いと思いますが?


これに関しては中国は良く理解していると思うよ。だから絶対に自ら提起することなどあり得ない。もし提訴されたら日本は喜んで応じるでしょう。

残念だけど君の推察は全くの的外れのようですね。

『地学雑誌』の第141巻 & 尖閣の亡霊

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2008/05/24 22:42 投稿番号: [16635 / 18519]
昨日の韓国戦で勝って女子バレーは北京オリンピック決定が決まったので、遠慮することなくキリンカップを見ました。こちらも勝って良かったです。

さて、掲題の件ですが、『地学雑誌』の第141巻の文章起こしを完成させました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/chigakuzasshi/
「この海岸の山中には漂着者の白骨ありと云」として、その夜、探検隊が崖から落ちて怪我をしていますね。尖閣の亡霊なのでしょうか?また尖閣は蚊が多いので、「食事前において鳥類を殺し、その屍体を切断して数ケ所に散布し、蝿軍をこの方面に進行せしめて始めて稍安穏なるを得たり」と記しています。

一九〇〇年五月に古賀辰四郎氏は永康丸をチャーターし、宮島幹之劫理学士(北里研究所技師を経て慶応大学医学部教授)に頼んで久場島(黄尾嶼)の調査をしてもらうことにした。沖縄師範学校教論黒岩恒氏(一八九二年に沖縄に赴任)は校長の命令で同行し、また野村道安八重山島司も一緒に行った。

宮島幹之肋理学士の黄尾嶼での調査は、風土病、伝染病、ハブ、イノシシその他の有害勁物の有無や飲料水の適否などであった。調査の結果、マラリヤ、伝染病はなく、ハブ、イノシシは棲息せず、また飲み水がないことがわかった。宮島理学士は黄尾嶼だけを調べたのである。沖繩にはハブのいる島、いない島がある。どうしてイノシシを重視したのか。じつは西表島や与那国島ではマラリヤで死ぬ者が多く、またマラリヤとイノシシの害で全村全滅したり、他に移住をよぎなくされたことがあっ允からである。

宮島理学士が黄尾嶼で調査をしているあいだに黒岩氏は、永康丸を釣魚瞑に向け、五月十二日午後四時、古賀辰四郎、野村道安氏とともに釣魚嶼に上陸した。古賀氏と野村氏はちょっと上陸しただけで船にもどり、二日後に迎えにくるからといって黄尾嶼に帰った。黒岩氏の釣魚嶼の探検記事には、「教導(伊沢氏)一名、人夫三名」をもって探検隊を組織したとある。教導とは案内役のことである。この伊沢氏というのは伊沢弥喜太氏である。弥喜太氏は釣魚嶼のことを知っていた。「午後尾滝谷に着す、此地古賀氏の設けたる小合一、二あり、屋背屋壁皆卸獅葉を用い」と黒岩氏は書いているが、ここは「秋来りて春に去る」アホウ鳥を捕甕するために設けられたもので、屋根も壁もみなクバの葉でつくられていた。


http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)

next, coming up(竹島資料は休憩中)
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/chigakuzasshi/
次回は「142巻」の文章起こしをします。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/2a13san1108-koga/
『明治四十二年 公文雑算』 画像を縮尺して文章起こし
『尖閣諸島の領土権について』琉球政府声明
『朝鮮半島図』陸地測量部刊(S19)
シリーズ「竹島の車窓から」米子編〜北九州編まで
『琉球国図』
『大日本輿地図』
『韓国地理』
『大韓帝国石島上申書』

今週の尖閣掲示板エンディングテーマ「キリンカップサッカー2008」
全ての情熱を2010年の為に   5月27日(火)「日本vsパラグアイ」
http://www.allfor2010.jp/images/flv/kc0527.swf
ずっとずっと、サッカーが、好きだ。これからも、ずっと。
http://www.kirinholdings.co.jp/csr/sports/soccer/top.html

この写真は500mmレンズで撮影したものだよ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/24 19:10 投稿番号: [16634 / 18519]
http://www.dkbnews.com/bbs/data/dica/1110987941/ul1.jpg
この写真は、韓国の毎日新聞だったかの記者が撮影したもので、
ニコンf2、500mmレンズを使用して40日間くらいねばってやっと
撮影できたもの。
肉眼で見えることを証明するのに、
500mmレンズを使用した理由は記事に書いてませんでした。

Pedra Branca等のICJ判決からみる竹島2

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/24 18:04 投稿番号: [16633 / 18519]
更に竹島に参考となる点を見つけました。

・シンガポールはこの通信設備設置が、公開の元に実施されたと主張。(Singapore says that the installation was carried out openly・・・・)

・マレーシアは、通信設備設置が灯台の本来の目的ではなく軍事目的であること、秘密裏に行われたと抗弁。("has raised serious concerns about Singapore's use of Horsburgh Lighthouse for non-light (and especially military) purposes"・・・, "the installation was undertaken secretly and that it became aware of it only on receipt of Singapore’s Memorial.・・・”

判決では、設置に関するマレーシアの知識の有無はどうでもいい感じ。重要なのはシンガポールの主権者としての活動としている。通信施設設置は、シンガポールが活動に関して何らかの制限を受けていたとする認識とは相反するとした(=何の制限も受けてない)。
The Court is not able to assess the strength of the assertions made on the two sides about Malaysia's knowledge of the installation. What is significant for the Court is that Singapore’s action is an act à titre de souverain. The conduct is inconsistent with Singapore recognizing any limit on its freedom of action.

竹島にあてはめてみれば、何ら制約をうけずに自由に竹島に望楼を建設し、通信施設を設置し、監視活動をしていた日本海軍の活動は、「act à titre de souverain」として認められるということですね。

Pedra Branca等のICJ判決からみる竹島

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/24 16:54 投稿番号: [16632 / 18519]
注目すべきは、以下の点でしょうか。まぁ改めて日本の権原の正当性と共に韓国の主張する権原の不法性が確認できたというところしょう。

・軍事施設の設置も実効支配の証拠として認めている。
  →1905年日本軍による竹島の仮設望楼の建設も実効支配として認められる。

・交換文書によりマレーシア(ジョホール)の原始的権原の委棄を認めるが、
  シンガポールの権原成立とはせず、それ以降の実効支配に基づくものとした。
  →『日本海内竹島他一島地籍編纂方伺』の外一島が竹島だったと仮定しても、
   韓国の権原を証明するには、実効支配の証拠が必要(韓国の権原が成立していない。)

・外交顧問や長官間の書簡を有効としている。
  →ラスク書簡、ラスク書簡を追認し再通告した米大使館の書簡は有効。

国際司法裁判所の新しい判決

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/24 16:43 投稿番号: [16631 / 18519]
シンガポールとマレーシアの間で争われていたPedra Branca/Pulau Batu Puteh, Middle Rocks and South Ledgeについて国際司法裁判所の判決がでました。
http://www.icj-cij.org/docket/files/130/14490.pdf
http://www.icj-cij.org/docket/files/130/14492.pdf

要約すると以下のような感じです。(間違いがあればご指摘を)

<主張>
マレーシアはジョホール国以前から続く原始的権原と権原の継続。シンガポールは18世紀中盤において無主地だと主張しているが、マレーシアは英国が灯台建設のために合法的取得をしたと主張。

<判決>
シンガポール海峡にある全ての島は、原則としてジョホール王国の領域としていた。しかし、ジョホールによるいかなる権力行使もなされておらず、平和的・継続的な実効支配による実効支配を満たすとは判断できない。このため、裁判所は原始的権原をジョホールが保有していたと認める。
次ぎに、1824年から1840年代にこの権原が有効であったかを検証する。1824年3月にイギリスとオランダは植民地の境界画定条約を締結し、ジョホール王国はイギリスの管轄範囲となりラーマン王国、フセイン王国はオランダの支配下となった。フセインは、1824年4月にシンガポールから10マイルにある海峡や島をイギリスの東インド会社に割譲した。最終的に1825年7月の手紙の中で、ラーマンは既にイギリスの支配下にあった領土を彼の兄に寄贈した。それ故、古ジョホール王国の領域が再確認できた。裁判所は、これらのことが原始的権原に変化を及ぼさなかったことを認める。
次ぎに、裁判所は1840年以降にマレーシアの主権が維持されたのか検証する。維持のためには、当事者による管理に関する事実の検証が必要とされる。裁判所は1852年から1952に渡る活動と共に、灯台設置場所選定と建設に関する出来事を調査した。裁判所は1953年6月にシンガポールの植民地長官が、ジョホールの英国外交顧問に書いた手紙に注意を払った。その手紙において、植民地の領海の境界画定の文脈でブランカ/プテ島に関する情報を要求していた。1953年9月の返信においてジョホールの臨時国務長官は「ジョホール政府はその島の所有権に関する請求権をもたない」とした。裁判所はこの返信により1953年においてジョホールが島の主権を有しないことを認める。

最終的に、裁判所は1953年以降の両国の同島に関する活動を検証する。シンガポールには同島の領海内にある難破船の調査を行ったこと及び抗議もなくマレーシアの職員による同島周辺海域での調査をシンガポールが承認及び拒否したという明確な活動を実効支配の権原?として認める。他にもいくつかの具体的な出版物や地図と共に、同島にはためくシンガポール国旗へのマレーシアの無反応、1977年のシンガポールの軍事通信施設の導入、シンガポールによる再開発について、裁判所はシンガポールの主張を支持するものとして考慮する。

Re: 竹島

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/24 15:58 投稿番号: [16630 / 18519]
>日韓会談文書は、日韓ともに公開されているので、一読されることをお勧めします。

  日本では「竹島問題に関する文献資料」は交渉上不利との理由で不開示になっています。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~nikkan/nihonkokai/3ji-kokai/3ji-kaiji3.htm

>以上から、独島問題は日本側の公式提案に応じることで、棚上げという事で決着している。(韓国とすれば、仲裁の合意や国際司法裁判所に応訴しなければ良いだけで、痛くもかゆくも無い決着といえる。)
したがって、現在も実効支配している韓国領を日本領に覆すことは、過去の歴史文献を引っ張り出したところで何の意味も無く、戦争でもして占領しない限り不可能な話。

  法的には、韓国が領有を継続することを日本が黙認したとの解釈で宜しいでしょう。

Re: 写真

投稿者: purachaka 投稿日時: 2008/05/24 14:23 投稿番号: [16629 / 18519]
>>>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)

こういう印象操作をやる御仁がいるので気を付けましょう。
当然ですが、富士山と比べて竹島は圧倒的に見えません。
水平線まで空気が澄み渡るというのは極めてまれなのです。

>>まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。

「dokdo photo」でグーグルで画像検索をかけると、鬱陵島から撮影したと思われる写真は
http://groups.msn.com/_Secure/0WgAoD4Ic!BaAMpS1dRenWhSXLs0Hdnpjcdz*PXN xvTwBUnEKE5ML11DE!6NimBzm59NxhpUu*Q9RdqG Tta!vS5LFY!PHIksE75dI82Z4B1e!ib*nVobnomK v1rFCDE4Hzs7JsTU1mLY/15Jan2007.jpg

http://www.dkbnews.com/bbs/data/dica/1110987941/ul1.jpg

http://toron.pepper.jp/jp/take/image/mieruka1.jpg

の3つしか出てきません。

竹島

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2008/05/24 11:46 投稿番号: [16628 / 18519]
>竹島(韓国名、独島)はどちらの領土のなのでしょうか?

日韓国交前に、論議された案件の一つですね。
日韓会談文書は、日韓ともに公開されているので、一読されることをお勧めします。

韓国公開文書から、独島問題についての会談記録(要旨抜粋)
金部長 -大平外相第 2次会談録(62.11.13)
大平外相は国際司法裁判所に日本が提訴するから、韓国側がこれに応訴するということを国交正常化時に約束してくれと強力に主張し、金部長は韓日会談の懸案ではなく韓国民の感情を硬化させるだけだと反対した。
これに対し大平外相は、本問題の解決が重要だと説明し、他の解決方案がないのかと言ったので、金部長が第3国の調整に任せるのはどうかと示唆すると、大平外相は考えて見るに値する案だと言い、第 3国としてはは米国を指摘し、研究して見ると言った。

本会議開催のための予備交渉
(崔圭夏本部大使訪日接触報告 ) 及び本会議(63.6〜64.3)
嶋外務次官、独島問題国際司法裁判所提訴の問い合わせに対して、韓国側は独島は韓国の領土に間違いなく、対共産系列との関係などから見て、国際司法裁判所に応訴するのは不可能だと答弁。

日本側は独島の領有権に対して、将来結末をつけられる方法だけでも韓国側と合意しようと言った、アビトレーションまたはジョイントユセジ (usage)を提案。
韓国側はこれに、当初韓日会談の議題にないものを、日本が再び引き出したのは問題を複雑化するものと反駁。

独島問題処理に対する日本側の公式提案
(文書題目なし65.1.19)駐日大使→長官紛争解決に対する交換公文書形式
交換公文書内容 = 韓日間の諸紛争は、別途の規定がある場合を除外しては、外交交渉によって解決するようにする。外交交渉によって解決できない紛争は、両国が合意する仲裁の手続きによって解決するようにする。



以上から、独島問題は日本側の公式提案に応じることで、棚上げという事で決着している。(韓国とすれば、仲裁の合意や国際司法裁判所に応訴しなければ良いだけで、痛くもかゆくも無い決着といえる。)
したがって、現在も実効支配している韓国領を日本領に覆すことは、過去の歴史文献を引っ張り出したところで何の意味も無く、戦争でもして占領しない限り不可能な話。

よく似た経緯の日中間の領土問題である魚釣島は、日本側が灯台を建て実効支配している。仮に、中国が国際司法裁判所に提起し応訴を求めても、日本政府が「領有権問題は存在しない」で応じるわけが無いと思いますが?

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/05/24 09:30 投稿番号: [16627 / 18519]
(ararenotomo1さんの文章の引用)

   確かに、どれくらい遠い場合に「望」というのかは相対的なものです。そこで一つの例を挙げます。張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)は、独島を「入山登中峯・・東望海中有一島杳在辰方而其大未満蔚島三分之一不過三百余里」と記し、竹島(chukdo)を「東方五里許有一小島不甚高大海長竹叢生於一面」と書きました。Am_I_AHO_1stさん(Nos.16572, 16576, 16586)やlib_1964_1982さん(No.16577)が述べたたように、ここでは、独島には「望」を用い、2 kmしか離れていない竹島には「望」を用いていないようです。
(引用終わり)

  そう読むべきでしょうか。

東方五里許 有一小島   不甚高大 海長竹叢生於一面 霽雨○捲之日 入山登中峯 則南北兩峯 岌崇相面 此所謂三峯也 西望大關嶺逶&#36836;之状 東望海中有一島 杳在辰方 而其大滿蔚島三分之一 不過三百餘里

   2km離れた竹島(chukdo)に「東方五里許 有一小島」と「有」が用いられているのはそのとおりですが、竹島(独島)については、はたして「望」が用いられているということになりますかね。「東望海中有一島」は「東を望めば海中に一島有り」が自然でしょう。これを「東に海中に一島有るを望む」というようなややこしい読み方をしますか。
  しかし、まあ、遠いところをどう表現するかは今の議論からは重要な問題ではなく、問題は近いところの表現です。

   そもそも張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)のこの当たりの部分は、鬱陵島のここはこんな様子だ、あちらはこんな様子だ、ということを具体的に説明するものです。このような場合、近くにある島(chukdo)については、そこに島が「有る」と表現するのはごく当然なことです。「望」という表現が一般的にどういう距離感のときに用いられるかという議論の参考にはできません。



   次に、

   私が「これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。」と書いたことに対して、ararenotomo1さんは、「張漢相も上記のように、「辰方」(東南東)にも「東望」と書いています。」という御意見ですが、これは、東南東は大きく区分すれば「東」と表現してもおかしくないから、ひいては、東南東にある竹島(独島)を東にあると表現しても不思議ではないという意味ですか。

   これも比較対象にできないですね。上に引用した原文から読めるように、張漢相は山に登って、そこから見える四方の説明をしているのです。まず「南北」には高い峯が続いていると言っています。次に、西に大關嶺(これは朝鮮半島・江原道の高原地帯のこと?)が見え、次に東を見ると東南東の方向に島が見えると言っています。
   地勢を説明するときに、いちいち、東には・・・、東南東には・・・、東南には・・・、南南東には・・・というふうに最初から十二方位で説明するのは、特にそうする必要がある場合は別として、普通はしないでしょう。一般的な感覚では東西南北で説明するのが普通ですね。張漢相もそうしました。そして、竹島(独島)については方向が少し違うために詳しく説明しなければいけないと考えたからこそ、「杳在辰方」(東南東遥か)と具体的な説明を付したのではないですか。つまり、東南東にある島のことを大雑把に「東にある」と表現しているわけではありません。


   他の点については、後日あらためて投稿します。

Re: hide_tama88 さん(横)

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/24 07:42 投稿番号: [16626 / 18519]
>1452年の高麗史地理志に鬱陵島の説明として、「一云、于山、武陵、本二島、
>相距不遠、風日清明、則可望見(于山と武陵の2つの島は、互いの距離がそれ
>ほど遠くないので、空気が澄み切った日には、望み見る事ができると言われて
>いる)」と書かれている。

>鬱陵島から、空気が澄み切った日に望見できる島は竹島しかないので、于山島
>とは竹島のことであると、証明される。

まだこんなこと言っている人がいるのだから驚きです。
上記の文は本土と鬱陵島が「相距不遠、風日清明、則可望見」と言っているだけのことです。
元禄年間の竹島帰属紛争の際、ほぼ同文である東国輿地勝覧を根拠として朝鮮政府は鬱陵島の領有権を主張していますが、于山島については全く言及がありません。
また、大韓地誌も東国輿地勝覧を参考としながら于山島は出てきません。

Re: 写真

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2008/05/24 01:22 投稿番号: [16625 / 18519]
鬱陵島から于山島は、基本的には肉眼では見えません。
それについては、すでに過去に議論がありましたが、可能性は否定しないに
しても(物理的に)、決して行ってすぐに見えるものではない。
その証拠として、某旅行社(韓国)の説明文で、展望台の職員でさえ、于山
島を見たことはないのだ、という記述や、
サイトでごくごく非常にまれに「見た」という記録が出てきますが、せいぜ
い「どこに見えるのかと目を凝らしてみると、あちこちから、あ、見えたぞ、あれだあれだ」という声が上がったというような、じっと見つめて、何かそれっぽく見えるような見えないような、私から言わせれば目の錯覚も含んでいそうな、そういう記事しかネットでは出てきません。
その程度なのです。

また、鬱陵島で、山の高い所に上って(冬は除外せざるを得ません)、竹島が見えるほどに天気が晴明である、という日は実は一年に何十日もありません。もしかしたら十日もないかもしれません。

ネットで流れている写真はほとんどありません。溢れている、という方がいらっしゃいましたが、どこをご覧になったのでしょうか。私も最近はネットで調査はしていませんから、分かりませんが、本当に溢れているのでしょか??もしもそうでなかったら、誤情報を意図的に流したということで判断させていただいてよろしいでしょうか。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/24 00:45 投稿番号: [16624 / 18519]
>現地を検分せずに「わが領土だ」と叫んでも説得力はない。

いえいえ領土は国際法で決まりますから。見えた見えてないっていうのは領土問題とは全く関係なくただの興味の問題です(笑)

ぜひ「見える」と言っている方が確認してもらったほうが助かりますねえ

だって年に数日しかチャンスが無く、たまたまその日に出会えた上でしかも望遠鏡付きの展望台から万が一見えたとしても、過去偶然ウルルン島にたどり着いた韓国人が、たまたま高所に登って、偶然展望が開けた場所に出て、しかも見渡したらたまたま望遠レンズでしか見えない程度の竹島を偶然見付けてしまった奇跡に出会うはずが無いですから(笑)

まあ結論は出ているのですよ。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/24 00:40 投稿番号: [16623 / 18519]
>独島の写真や動画は、HPでも溢れていますね。(笑)

残念ながら鬱陵島から見えた竹島の写真はあなたが紹介してくれた望遠レンズ撮影のもの以外見かけたことがないのですよ。

もし他にもあるというならぜひ紹介してください

少なくともエンコリにもようつべにも見たことが無いんですがねえ

いったいどこで見かけられたんですか?

Re: 写真

投稿者: tachstone 投稿日時: 2008/05/23 23:08 投稿番号: [16622 / 18519]
現地を検分せずに「わが領土だ」と叫んでも説得力はない。

一度は行くべきだ。

かなり強硬に「竹島は日本の領土だ」といっているのがいるが、ぜひ現地確認に行くべきだ。

7月、8月にはウルルン島までは、臨時便の船(二万トン級乗客定員450)が出ている。

夜の11時40分浦項発ウルルン島朝6時着。(片道4500円程度)
ウルルン島午前10時発浦項着午後4時着。


定期便は浦項発10時ウルルン島着1時、ウルルン島発15時時浦項着18時(双胴高速船二万トン乗客定員950)(片道5300円程度)。

この双胴高速船は一度乗ってみる価値がある。

独島観光は

ウルルン島7時30分発、12時30分ウルルン島着(午後は1時発午後6時着)<2007年7月>(3500円程度)

日本人も問題なく乗船できる。

ウルルン島観光は午前と午後二回小型観光バスが出ている(3000円程度)

ウルルン島宿泊葉一泊3000から4000程度である。

人情はこまやか。

去年行ったとき、食堂のおばちゃんで英語がぺらぺらのがいた。

留学していたとか。

大学もソウル大学ではなかったが、漢陽大学出ということだった。

「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は独島

投稿者: ararenotomo1 投稿日時: 2008/05/23 23:02 投稿番号: [16621 / 18519]
しばらく留守にしており、パソコンを開けたら、私が投稿した話題で盛り上がっているのに驚きました。もう私の出る幕ではなさそうですが、最初にresponseを寄せて下さったchaamieyさんにお答えします。

chaamieyさん

早速のcommentを有難うございます。

>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

先ずは字面だけで解釈してみるのも良いのではないかと思っています。

>「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで、相対的なものです。竹島(Liancourt Rocks)ではなくて鬱陵島の隣の竹島(chukdo)の場合でも「望」を用いる可能性はあります。

確かに、どれくらい遠い場合に「望」というのかは相対的なものです。そこで一つの例を挙げます。張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)は、独島を「入山登中峯・・東望海中有一島杳在辰方而其大未満蔚島三分之一不過三百余里」と記し、竹島(chukdo)を「東方五里許有一小島不甚高大海長竹叢生於一面」と書きました。Am_I_AHO_1stさん(Nos.16572, 16576, 16586)やlib_1964_1982さん(No.16577)が述べたたように、ここでは、独島には「望」を用い、2 kmしか離れていない竹島には「望」を用いていないようです。

>これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。

lib_1964_1982さんが詳しく説明されていますが、張漢相も上記のように、「辰方」(東南東)にも「東望」と書いています。なお、竹島(chukdo)は鬱陵島の北東にありますね。dokdo-takeshima.com氏は、先のBevers氏のブログ36番目のコメントで、鬱陵島から北〜北東方向に見た竹島の写真を示しています。
http://dokdo-takeshima.com/jukdonorth.jpg
http://www.dokdo-takeshima.com/jukdo-gwaneumdo-pic.jpg

「前提となる状況」をみると、上の写真のように竹島(chukdo)は鬱陵島すぐ近くの小さな島です。朝鮮の人々が、いくら人が好くても、鬱陵島の目の前にある小島に日本との国境線を引くでしょうか?

さらに、安龍福は鬱陵島から子山=松島=独島を経由して隠岐に渡っています。日本の人々は隠岐から「戌亥(北西)間行二日一夜」に有る松島を経て、「又一日程」の竹島(鬱陵島)へ渡っております。従って朝鮮の人々は、日本との国境線は、鬱陵島北東にある竹島(chukdo)よりはむしろ、鬱陵島から東南東方向に杳かに見える独島の沖にある、と認識していたとするのが自然ではないかと思います。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/05/23 23:00 投稿番号: [16620 / 18519]
なかなかにもりあがっているようなので、私も久しぶりに書き込んでみたいと思います。



ararenotomo1 さんへ

ararenotomo曰く
>>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵ノ東ニ島嶼ヲ相望ム、于(ここ)倭境ト接ス」と読めます。


私にはそのようには読めません。「欝陵ノ東島嶼ヲ相望ミ倭境ト接ス」と読みます。
ararenotomoさんは『于』を『ここ』と読んで欝陵の東にある島嶼を表す代名詞であると解釈されているようですが、大学入試の問題でそのように訳すとバツになってしまうと思います。
『于』は『於』の異体字であって、接している対象が「倭境」であることを示す英語で言うところの前置詞、現代中国語で言うところの介詞に当たる言葉だと思います。
つまり「倭境ト接ス」の「ト」、“adjacent to the border of Japan”の“to”に当たる部分であると解釈すべきではないでしょうか。
ヤフー検索で『接于』を検索するとほぼすべて私の解釈に当てはまっているように思います。

ヤフー検索で『接于』を検索
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%8E%A5%E4%BA%8E+&ei=UTF-8&fr=sfp&x=wrt

また一応『于』を『ここ』と読むと仮定してみましょう。となると「于(ここ)倭境ト接ス」の主語は「于」ですよね。
だとすると「接于倭境」ではなく「于接倭境」の語順であるべきであって、主語であるはずの「于」が述語(動詞)である「接」の後ろにくるのは不自然ではないでしょうか。
『于』を『ここ』と読むのは句調を整えるためであって代名詞として使われているわけではないと思います。

『于』の解説
http://www.rockfield.net/cgi-bin/kanbunjoji/faq.cgi?type=%95\%8E%A6&docfile=joji06.htm&word=


ararenotomo曰く
  >>「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と解釈します。


私にはそのようには解釈出来ません。「欝陵島の東に島嶼が見え、(欝陵島の東は)倭国との国境に接している」と解釈します。
要するに「島嶼相望」で島嶼を望んでいるのは「欝陵之東」からであって、「接于倭境」で倭境と接しているのもやはり「欝陵之東」であるということです。
この解釈では欝陵島の東方の内、欝陵島と「島嶼」の間に国境があるのか「島嶼」と倭国の間に国境があるのかを判別することができません。
例えば「対馬の北にプサンを望み韓国との国境に接している。」という文章を考えてみましょう。
韓国との国境はプサンと韓国との間にあるのではなく対馬とプサンとの間にあると解釈しても何の問題もありませんね。

ただし例えば「欝陵之東島嶼相望其島接于倭境」のように「接于倭境」の主語が「島嶼」であることを明示した語句(ここでは「其島」)が加わるとどうでしょうか。
これなら欝陵島と「島嶼」の間に倭境があるのではなく「島嶼」と倭国の間に倭境があることを判別することができます。
ararenotomoさんはこのような事情をご存知であるからこそ『于』を『ここ=島嶼=竹島』と解釈して、竹島と日本の間に国境があるかのごとく主張していらっしゃるのではないかと私は推察いたします。

Re: 写真

投稿者: nannkurunaisa99 投稿日時: 2008/05/23 22:37 投稿番号: [16619 / 18519]
>>鬱陵島展望台から、晴れた日は良く見えるそうですよ。
>>望遠鏡も完備されているそうですから、
>>何日か粘れば確認出来ると思いますね。(笑)

何時頃から鬱陵島に望遠鏡が有るんでしょうね?

韓国人は余程目が良かったのでしょうか?
望遠鏡無しで見えたんでしょうね。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 20:25 投稿番号: [16618 / 18519]
>>そんなことより実際竹島が肉眼でどのように見えるのか写真や動画を提示してくれませんかね?   そっちの方が確実でしょ。
もっとも、エンコリでもこれに答えてくれた韓国人は一人もいませんでしたがw<<
>そうなんですよねえ、数百年も昔の人が偶然見つける程度に見えるはずだったら、今頃エンコリやようつべは鬱陵島から見た竹島の写真や動画で溢れかえっているはずなんですけどねえ。いやはや、不思議です(笑)<

独島の写真や動画は、HPでも溢れていますね。(笑)

東京から見た富士山や千葉から見た伊豆大島等の写真を撮って、HPで記事を書いて公開しても誰も見ませんよね?   同じ理由で、誰も撮らない、載せないだけの話でしょう。

興味のある人は、観光ツアーで直接独島に行きますからね。

鬱陵島から独島を見たいのであれば、観光をかねて鬱陵島に渡り、ご自分の目で確かめられるのが一番ですね。鬱陵島展望台から、晴れた日は良く見えるそうですよ。
望遠鏡も完備されているそうですから、何日か粘れば確認出来ると思いますね。(笑)

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 14:49 投稿番号: [16617 / 18519]
>そんなことより実際竹島が肉眼でどのように見えるのか写真や動画を提示してくれませんかね?   そっちの方が確実でしょ。
もっとも、エンコリでもこれに答えてくれた韓国人は一人もいませんでしたがw


そうなんですよねえ、数百年も昔の人が偶然見つける程度に見えるはずだったら、今頃エンコリやようつべは鬱陵島から見た竹島の写真や動画で溢れかえっているはずなんですけどねえ。

いやはや、不思議です(笑)

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 14:44 投稿番号: [16616 / 18519]
>>「ウルルン島から竹島は距離が遠いので薄くてほとんど見えない」との主張もあります。このような主張は、「鋸山ロープウエーからは伊豆大島は見えないぞ」と言って、案内のお姉さんに絡むのと、同レベルです。


伊豆大島は91k㎡、竹島は0.23k㎡   面積で300倍以上も違いますね!!
標高も700m以上あったかな?

確かに比較するような存在じゃあないですね(笑)

これじゃあ確かに竹島は見えなくてもしかたないや

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 14:37 投稿番号: [16615 / 18519]
ちと比喩が違ってますな。三原山は標高764mもありますが、片や竹島は100mちょっとw
比較するなら、木更津あたりから熱海にある初島が見えるか? というほうが適正ですな。

そんなことより実際竹島が肉眼でどのように見えるのか写真や動画を提示してくれませんかね?   そっちの方が確実でしょ。
もっとも、エンコリでもこれに答えてくれた韓国人は一人もいませんでしたがw

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 14:25 投稿番号: [16614 / 18519]
>http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Ullundo/Ullun.htm

  上記URLより引用
>「ウルルン島から竹島は距離が遠いので薄くてほとんど見えない」との主張もあります。このような主張は、「鋸山ロープウエーからは伊豆大島は見えないぞ」と言って、案内のお姉さんに絡むのと、同レベルです。

  上手いねえ(笑)

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:52 投稿番号: [16613 / 18519]
>人は時折見えることを知っていれば(社会的に)見えると表現します。


たぶんAHO君には確率なんて概念はなさそうなので理解できないんだと思います。

結論として時折すら見えなかったことが容易に想像つきますので過去見えたものは竹島ではなかったようですね。

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 13:47 投稿番号: [16612 / 18519]
>見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。

  社会的に見えることと、物理的に見えることは元来別の概念です。

  人は時折見えることを知っていれば(社会的に)見えると表現します。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:38 投稿番号: [16611 / 18519]
>東京から何時も富士山が見えるわけでは無い。
千葉の鋸山から大島を見ても、見えるときと見えない時がある。
見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。

そうだねえ、富士山は3000m以上ありますからね。どんなに視力が悪くても1m先の3cmの消しゴムが見えないことはまず無いけど、それでも現実は東京から見えない時が多いからね。

それに比べると鬱陵島から竹島は可能性としては見えるかもしれないけど、昔の人が偶然訪れてその日がたまたま年に数日も無いくらいの天気晴朗、波が全く無く、しかも偶然高所に登って、展望台の無い時代に偶然見晴らしのいい場所を見つけ、見る気も無いのにたまたま竹島を見つけてしまった。

確率計算してみてください。まずありえない話でしょうなあ。

>エクセルでどのように見えるか計算したHPがありました。
参考にどうぞ

計算上見えるかもしれないことを否定してる人なんて居ないと思うけど?
あくまで可能性つまり確率の問題。

当時と比較すると現在は機会数は数万倍に増えているはず。それにも関わらず、実際の目視例はほぼゼロに近い。

数万分の一の機会数でたまたま見えてしまったというのはあまりにも無理がある話しだと思いますよ。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 13:28 投稿番号: [16609 / 18519]
望遠レンズでの撮影は、130kmはなれた慶尚北道蔚珍郡を撮影したものですね。(夕焼けの写真)

独島はそのままの撮影でしょうね。
エクセルでどのように見えるか計算したHPがありました。
参考にどうぞ
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Ullundo/Ullun.htm

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:17 投稿番号: [16608 / 18519]
そうそうその写真くらいしか見たことがないんだよねえ。

しかもそれ望遠レンズじゃないの?(笑)

本当に大雑把でいい加減な計算だけど、波の高さとか考えなくて、最大限見えても1m先の1mm以下のチリ程度にしか見えないはずだしね。

まああらかじめそこにあることが分かっていて、最初からそれを見つけるつもりでしっかりと凝視してみれば、もしかしたら気付くかもしれんが、たまたま訪れ年間数日しか見える可能性が無く、その時にわざわざ高所に登る必要があり、漠然と眺めただけで見つかる可能性はまずゼロといってもいいだろうねえ。
つまり記述の島が竹島である可能性はまず無いでしょうね。

朝鮮から鬱陵島であれば人数の多さ、機会の多さ、鬱陵島の大きさから考えてもしっくりきますね。

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 13:09 投稿番号: [16606 / 18519]
写真見ましたけど、明らかに超望遠で撮影したものですよね。
ほかの写真はレンズ口径書いてあるのにこの写真だけないってw
肉眼じゃどうみえるのかなぁww
某国の人は平気で嘘つくのを散々見てきてるからなぁ。イマイチ信用できないw

Re: 写真

投稿者: maku_mari 投稿日時: 2008/05/23 13:09 投稿番号: [16605 / 18519]
大きく見えるのは望遠だからでしょ。

それぞれの人の捉え方しだいですが、
私は、この写真を見て「思ったより見えづらいのだな」と感じました。

14世紀に見えるという記述があるとして、
その後も、14〜17世紀と
鬱陵島の西に「于山島」を書いた地図を作ってしまうのが
どうにも解せませんが。

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 13:03 投稿番号: [16604 / 18519]
  なるほど、東島と西島が写ってますね。

  欝陵島から望んでも、独島は島々として観測できるわけですか。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 12:56 投稿番号: [16603 / 18519]
>>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)<<
>まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。<

東京から何時も富士山が見えるわけでは無い。
千葉の鋸山から大島を見ても、見えるときと見えない時がある。
見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。


韓国のHPで探してみました。

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000385380

上から4枚目の青く写っている写真。
金鉄丸氏が 2004年 9月 6日鬱陵島内需前村頂上で撮影した独島の姿。

撮影時が夕暮れ時なのか、写真がぼけてはいるが割りと大きく見えますね。

これ位の大きさに見えるなら、年間を通せばかなり見ることが出来たと思われるし、昔から独島の存在は確認出来ていたでしょうね。

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 12:54 投稿番号: [16602 / 18519]
ちょっと前に、鬱陵島を訪問した韓国人記者のブログを見たんですが、
あれだけ独島が見える見えると言っているのに、鬱陵島では実際に見たという
人に一度も会うことがなかったと書いてあったのを思い出しました。
ちょっとurlは失念しましたが、日本や韓国では竹島(独島)が実際に見えるかどうか検証した人はいないんですかね?
本当に見えるのならば、今の時代、動画サイトとかへバンバン投稿されそうなものだと思うのですが、見たことあるのは、あのアヤシイ写真一枚ですからねぇ。

maku_mari さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 12:23 投稿番号: [16601 / 18519]
>鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、
>竹島側からなら、どこでも鬱陵島の200m以上の部分は
>確認できるという理屈になるのでしょうか?

  逆も真なりなので、当然そうなのでしょうし、独島に比べて鬱陵島は遙かに巨大ですから、よく見えるはずですね。
  また、両島間の何れかの地点でも同じ事だと思います。
  「詳聞浦人言 平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」とのことですので、この報告書からは、当時の民間人が欝陵島のみならず独島へも赴き、そこから欝陵島を望めるのだと証言しているようにも読めます。
  そうであれば、現実の独島は東島と西島ならびに無数の岩礁から成りますので、「島嶼」を複数の島々と解釈しても全然違和感がありません。

写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 11:41 投稿番号: [16600 / 18519]
>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)


まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。

韓国人の話を聞くと当たり前のように見えるはずなのにね。不思議だなあ(笑)

現代になってそこに竹島が存在することが分かっている上で明確に見ようと思って、多くの人が訪れているのに滅多に見えないものが、数百年の昔、本当にまれに訪れた人が、しかもその存在すら認知していないのに偶然見えてしまう可能性って、どのくらい天文学的な確率になるんでしょうか?

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/23 05:59 投稿番号: [16599 / 18519]
chaamiey様

>「平海蔚珍は鬱陵島から一番近いところだ。」とあることから、彼の関心の範囲は鬱陵島の域を出ないようです。

賛成です。

平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境   の後に
戊子壬辰 異攘帆穡 漂到高杆境 倭船往來之頻數 可知.
とありますが、倭船往來之頻數していたのは鬱陵島としか読みようがありません。全体の文脈として、接于倭境なのは鬱陵島そのものだと思います。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/22 15:44 投稿番号: [16598 / 18519]
>他人から聞いた、あるいは山に登って確認したなら

鬱稜島の中峰から見たのであれば、
それこそ、竹嶼を「望」としても全く違和感ないですね。
3kmの距離でも「望」を使用してるわけですから。

(1)鬱稜島の高台に登らないと竹島は見えない。
(2)しかし、鬱稜島の高台から見た場合、普通に竹嶼を「望」と表現可。

といことで、「望」をもって竹嶼を排除し、竹島と「断定」することは
不可能となりますね。

まぁ国際法上はno doubtでspecificな証拠が必要なので、
どのみち関係ないんですがね。

Re: hide_tama88 さん(横)

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/22 15:10 投稿番号: [16597 / 18519]
>鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、


1452年の高麗史地理志に鬱陵島の説明として、「一云、于山、武陵、本二島、相距不遠、風日清明、則可望見(于山と武陵の2つの島は、互いの距離がそれほど遠くないので、空気が澄み切った日には、望み見る事ができると言われている)」と書かれている。

鬱陵島から、空気が澄み切った日に望見できる島は竹島しかないので、于山島とは竹島のことであると、証明される。

ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)

海水が冷たくて、大気が暖かいような気象条件によっては、空気の屈折率の影響で、鬱陵島の海岸付近でも竹島が見える可能性がある。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: maku_mari 投稿日時: 2008/05/22 13:28 投稿番号: [16596 / 18519]
)独島から鬱陵島を望んだとの供述を得られた可能性があると見ても良いのではないかと考えています。

鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、
竹島側からなら、どこでも鬱陵島の200m以上の部分は
確認できるという理屈になるのでしょうか?

そういえば、「竹島」から「鬱陵島」を見たという話を聞きませんね。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/22 11:51 投稿番号: [16595 / 18519]
メッセージを消してしまい、失礼しました。

字義の解釈の違いと、いう事になるでしょうか。
私は
「于」は「ここ」でなく、「于山国」(鬱陵島)の意だと思います。

そう読むと
「接于倭境」で「接」の解釈ですが。
私としては、この島嶼を含むにしろ、含まないにしろ、
単に国境であるなら
「于倭境」だけで意味は通じるのですから、
「接」の字をあえて使って、
「まじる」と読むのではないかと思います。
国境は定まっていないという事になるのでしょうか。

「竹島」と考えて
「島嶼相望」を読めば  
「二島が並んでいるのが見える」と解釈すればよいと思いますが。
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