竹島

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Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:52 投稿番号: [16613 / 18519]
>人は時折見えることを知っていれば(社会的に)見えると表現します。


たぶんAHO君には確率なんて概念はなさそうなので理解できないんだと思います。

結論として時折すら見えなかったことが容易に想像つきますので過去見えたものは竹島ではなかったようですね。

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 13:47 投稿番号: [16612 / 18519]
>見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。

  社会的に見えることと、物理的に見えることは元来別の概念です。

  人は時折見えることを知っていれば(社会的に)見えると表現します。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:38 投稿番号: [16611 / 18519]
>東京から何時も富士山が見えるわけでは無い。
千葉の鋸山から大島を見ても、見えるときと見えない時がある。
見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。

そうだねえ、富士山は3000m以上ありますからね。どんなに視力が悪くても1m先の3cmの消しゴムが見えないことはまず無いけど、それでも現実は東京から見えない時が多いからね。

それに比べると鬱陵島から竹島は可能性としては見えるかもしれないけど、昔の人が偶然訪れてその日がたまたま年に数日も無いくらいの天気晴朗、波が全く無く、しかも偶然高所に登って、展望台の無い時代に偶然見晴らしのいい場所を見つけ、見る気も無いのにたまたま竹島を見つけてしまった。

確率計算してみてください。まずありえない話でしょうなあ。

>エクセルでどのように見えるか計算したHPがありました。
参考にどうぞ

計算上見えるかもしれないことを否定してる人なんて居ないと思うけど?
あくまで可能性つまり確率の問題。

当時と比較すると現在は機会数は数万倍に増えているはず。それにも関わらず、実際の目視例はほぼゼロに近い。

数万分の一の機会数でたまたま見えてしまったというのはあまりにも無理がある話しだと思いますよ。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 13:28 投稿番号: [16609 / 18519]
望遠レンズでの撮影は、130kmはなれた慶尚北道蔚珍郡を撮影したものですね。(夕焼けの写真)

独島はそのままの撮影でしょうね。
エクセルでどのように見えるか計算したHPがありました。
参考にどうぞ
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Ullundo/Ullun.htm

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:17 投稿番号: [16608 / 18519]
そうそうその写真くらいしか見たことがないんだよねえ。

しかもそれ望遠レンズじゃないの?(笑)

本当に大雑把でいい加減な計算だけど、波の高さとか考えなくて、最大限見えても1m先の1mm以下のチリ程度にしか見えないはずだしね。

まああらかじめそこにあることが分かっていて、最初からそれを見つけるつもりでしっかりと凝視してみれば、もしかしたら気付くかもしれんが、たまたま訪れ年間数日しか見える可能性が無く、その時にわざわざ高所に登る必要があり、漠然と眺めただけで見つかる可能性はまずゼロといってもいいだろうねえ。
つまり記述の島が竹島である可能性はまず無いでしょうね。

朝鮮から鬱陵島であれば人数の多さ、機会の多さ、鬱陵島の大きさから考えてもしっくりきますね。

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 13:09 投稿番号: [16606 / 18519]
写真見ましたけど、明らかに超望遠で撮影したものですよね。
ほかの写真はレンズ口径書いてあるのにこの写真だけないってw
肉眼じゃどうみえるのかなぁww
某国の人は平気で嘘つくのを散々見てきてるからなぁ。イマイチ信用できないw

Re: 写真

投稿者: maku_mari 投稿日時: 2008/05/23 13:09 投稿番号: [16605 / 18519]
大きく見えるのは望遠だからでしょ。

それぞれの人の捉え方しだいですが、
私は、この写真を見て「思ったより見えづらいのだな」と感じました。

14世紀に見えるという記述があるとして、
その後も、14〜17世紀と
鬱陵島の西に「于山島」を書いた地図を作ってしまうのが
どうにも解せませんが。

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 13:03 投稿番号: [16604 / 18519]
  なるほど、東島と西島が写ってますね。

  欝陵島から望んでも、独島は島々として観測できるわけですか。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 12:56 投稿番号: [16603 / 18519]
>>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)<<
>まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。<

東京から何時も富士山が見えるわけでは無い。
千葉の鋸山から大島を見ても、見えるときと見えない時がある。
見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。


韓国のHPで探してみました。

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000385380

上から4枚目の青く写っている写真。
金鉄丸氏が 2004年 9月 6日鬱陵島内需前村頂上で撮影した独島の姿。

撮影時が夕暮れ時なのか、写真がぼけてはいるが割りと大きく見えますね。

これ位の大きさに見えるなら、年間を通せばかなり見ることが出来たと思われるし、昔から独島の存在は確認出来ていたでしょうね。

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 12:54 投稿番号: [16602 / 18519]
ちょっと前に、鬱陵島を訪問した韓国人記者のブログを見たんですが、
あれだけ独島が見える見えると言っているのに、鬱陵島では実際に見たという
人に一度も会うことがなかったと書いてあったのを思い出しました。
ちょっとurlは失念しましたが、日本や韓国では竹島(独島)が実際に見えるかどうか検証した人はいないんですかね?
本当に見えるのならば、今の時代、動画サイトとかへバンバン投稿されそうなものだと思うのですが、見たことあるのは、あのアヤシイ写真一枚ですからねぇ。

maku_mari さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 12:23 投稿番号: [16601 / 18519]
>鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、
>竹島側からなら、どこでも鬱陵島の200m以上の部分は
>確認できるという理屈になるのでしょうか?

  逆も真なりなので、当然そうなのでしょうし、独島に比べて鬱陵島は遙かに巨大ですから、よく見えるはずですね。
  また、両島間の何れかの地点でも同じ事だと思います。
  「詳聞浦人言 平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」とのことですので、この報告書からは、当時の民間人が欝陵島のみならず独島へも赴き、そこから欝陵島を望めるのだと証言しているようにも読めます。
  そうであれば、現実の独島は東島と西島ならびに無数の岩礁から成りますので、「島嶼」を複数の島々と解釈しても全然違和感がありません。

写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 11:41 投稿番号: [16600 / 18519]
>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)


まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。

韓国人の話を聞くと当たり前のように見えるはずなのにね。不思議だなあ(笑)

現代になってそこに竹島が存在することが分かっている上で明確に見ようと思って、多くの人が訪れているのに滅多に見えないものが、数百年の昔、本当にまれに訪れた人が、しかもその存在すら認知していないのに偶然見えてしまう可能性って、どのくらい天文学的な確率になるんでしょうか?

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/23 05:59 投稿番号: [16599 / 18519]
chaamiey様

>「平海蔚珍は鬱陵島から一番近いところだ。」とあることから、彼の関心の範囲は鬱陵島の域を出ないようです。

賛成です。

平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境   の後に
戊子壬辰 異攘帆穡 漂到高杆境 倭船往來之頻數 可知.
とありますが、倭船往來之頻數していたのは鬱陵島としか読みようがありません。全体の文脈として、接于倭境なのは鬱陵島そのものだと思います。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/22 15:44 投稿番号: [16598 / 18519]
>他人から聞いた、あるいは山に登って確認したなら

鬱稜島の中峰から見たのであれば、
それこそ、竹嶼を「望」としても全く違和感ないですね。
3kmの距離でも「望」を使用してるわけですから。

(1)鬱稜島の高台に登らないと竹島は見えない。
(2)しかし、鬱稜島の高台から見た場合、普通に竹嶼を「望」と表現可。

といことで、「望」をもって竹嶼を排除し、竹島と「断定」することは
不可能となりますね。

まぁ国際法上はno doubtでspecificな証拠が必要なので、
どのみち関係ないんですがね。

Re: hide_tama88 さん(横)

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/22 15:10 投稿番号: [16597 / 18519]
>鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、


1452年の高麗史地理志に鬱陵島の説明として、「一云、于山、武陵、本二島、相距不遠、風日清明、則可望見(于山と武陵の2つの島は、互いの距離がそれほど遠くないので、空気が澄み切った日には、望み見る事ができると言われている)」と書かれている。

鬱陵島から、空気が澄み切った日に望見できる島は竹島しかないので、于山島とは竹島のことであると、証明される。

ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)

海水が冷たくて、大気が暖かいような気象条件によっては、空気の屈折率の影響で、鬱陵島の海岸付近でも竹島が見える可能性がある。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: maku_mari 投稿日時: 2008/05/22 13:28 投稿番号: [16596 / 18519]
)独島から鬱陵島を望んだとの供述を得られた可能性があると見ても良いのではないかと考えています。

鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、
竹島側からなら、どこでも鬱陵島の200m以上の部分は
確認できるという理屈になるのでしょうか?

そういえば、「竹島」から「鬱陵島」を見たという話を聞きませんね。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/22 11:51 投稿番号: [16595 / 18519]
メッセージを消してしまい、失礼しました。

字義の解釈の違いと、いう事になるでしょうか。
私は
「于」は「ここ」でなく、「于山国」(鬱陵島)の意だと思います。

そう読むと
「接于倭境」で「接」の解釈ですが。
私としては、この島嶼を含むにしろ、含まないにしろ、
単に国境であるなら
「于倭境」だけで意味は通じるのですから、
「接」の字をあえて使って、
「まじる」と読むのではないかと思います。
国境は定まっていないという事になるのでしょうか。

「竹島」と考えて
「島嶼相望」を読めば  
「二島が並んでいるのが見える」と解釈すればよいと思いますが。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 11:45 投稿番号: [16594 / 18519]
  文章の内容によって採用すべき字義は異なるのですから、字義だけを部分的に取り出して論ずる意味がないことはご理解いただけると思います。
  総合的に論ずれば宜しいわけですね。

  あとは各々の切り口で様々な見解は有り得るでしょう。
  様々な仮説を立てて検討してみるのも宜しいのではないですか。
  当方は、あくまで可能性ですが、「鬱陵之東 島嶼相望」の「相」は、民間人から聞き取り調査をした結果、鬱陵島から独島(日本名竹島、以下同様)を望むだけでなく、独島から鬱陵島を望んだとの供述を得られた可能性があると見ても良いのではないかと考えています。

hide_tama88 さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:43 投稿番号: [16591 / 18519]
  整理した書き方でなくて申し訳ありませんが、取り敢えずは、以上の説明で宜しいですか。

  普通に解読すれば#16589で示した結論に達するはずですので、それ以前の投稿は、その基本認識下で為されたものとご理解ください。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:22 投稿番号: [16590 / 18519]
  まず第一に「聞いて文章に残した」ことは趙錫命の報告書に、その様に書いてあるので間違い有りません。

  それから趙錫命の報告書自体は、欝陵を倭境と書いてあると解読できるので、当然ここでの島嶼は欝陵島近傍の小島ではなく、必然的に遠くの独島(日本名竹島)でなければなりません。
  これが当方の見解です。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:11 投稿番号: [16589 / 18519]
  個人的な意見ですが、結局趙錫命の報告からは、「島嶼」は独島(日本名竹島)として差し支えなく、「倭境」に接するのは欝陵と読み取れると結論して宜しいでしょう。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/22 10:06 投稿番号: [16588 / 18519]
本人が確認したのではないとすると、
am_i_aho_1stさんは
「それ以前の上陸者が、高所に登って
「竹島」を確認し、存在を知っており
それを御史趙錫命が、聞いて文章に残した。」と仰るのでしょうか。

それがどうして、この文章から分るのでしょう?
他人から聞いた、あるいは山に登って確認したなら
それを記載しないと、文意が伝わらないですから
報告書として成り立たないと思えますが。
「見える」と書いてあるなら、普通にいつでも見えるものが
そこにあると解釈するのが適当だと思いますけど?
特定の条件下で見えるのなら、それを記載するでしょう。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:03 投稿番号: [16587 / 18519]
  家鴨と兎さん
>問題は「接」の訳し方かと思います。「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」は「鬱陵之東、島嶼を相望み、倭境に接す」という程度でよろしいのではないでしょうか。

>島嶼は、普通でよめば竹島に読めます。ただ「接す」をどう解釈するか。「近い」と考えるべきか倭境に「接している[連なる]」と考えるべきか。ちょっと悩みます。

  概ね同感です。
  ここでは于山島は登場しませんが、仮にここでの島嶼が于山島としても、朝鮮時代の絵図の中には于山島を大于山と小于山に分けて描くものもありますから、島嶼の意味が単独の島であっても、複数の島々であっても違和感はありません。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 09:09 投稿番号: [16586 / 18519]
>当時の欝陵島には島民はいないのですから、自分で確認するしか
ないと思いますがね。

  ここでも根本的に思い違いをされているようですね。
  当時の欝陵島には島民はいませんが、空島政策で定住者がいないだけの話で、漁民や薬草採取のため渡ることは事実上黙認されていたのですが。
  推論の前提となる事実関係に根本的な思い違いがあるようですので、残念ながら貴方のご見解を検討すべき理由はないようです。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/22 01:49 投稿番号: [16585 / 18519]
>『望』の字は単に見ると言う意味ではなくて、ない物や見えない所を見ようとす
>る意を含んでいます(詳しくは「漢字源」等を参照ください)。一般には遠くの
>ものは見え難いので、見え難い遠方を見るという意味で使われます。近くのもの
>に『望』をあまり使う事は無いでしょう。このため、chukdoと解釈することは、
>ちょっと苦しいかと思います。

いいえ、辞書的な解説はともかく、現実には殆ど単に見る、見える、眺める程度の意味です。
朝鮮水路誌には「北東東側に於て竹嶼を南南西1 1/4西凡そ2 3/4里に望む」とありますし、軍艦天城の報告には「航走二十里、即ち松島を距る凡そ二里の處に達し、該島の中部を正南に望む。」とあります。
鬱陵島からわずか二里(約3.6km)で鬱陵島が「見えがたく」なるはずはありません。

>『島嶼』とは、『しま、島々』のことを意味します(詳しくは「広辞苑」等を
>参照ください)。漢語には、同じような意味の漢字2つを組み合わせて作られ
>た単語が有ります。島嶼もその類です。これは、『島』や『嶼』と解釈するの
>であって、『島』と『嶼』の両方があるという意味に解釈する必要はありませ
>ん。もちろん、両方ある場合も、島嶼といいます。
>一つの島なのか群島なのか判定が難しい場合や、区別する必要が無いときに島
>嶼と言います。このため、現・竹島を島嶼と言わないとする解釈は成り立たな
>いでしょう。

鬱陵島からLiancourt Rocksはめったに見えないのですから、海岸付近からでも見える竹嶼他をここでいう「島嶼」に比定するのが自然な読み方です。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: narumaku61 投稿日時: 2008/05/22 00:48 投稿番号: [16584 / 18519]
>ない物や見えない所を見ようとする意を含んでいます。

「望」の字は、意識して見る事を言うので、
あまり距離云々は関係ないと思いますよ。

初めから遠くを見るという意味を含んでいるなら、
「遠望」なんて言葉は必要ない訳で・・。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/21 23:45 投稿番号: [16583 / 18519]
>近くのものに『望』をあまり使う事は無いでしょう。
>このため、chukdoと解釈することは、ちょっと苦しいかと思います。

鬱陵島の東、「3km程度」のところに停泊して三仙岩を「望み見た」
らしいですよ。

成宗 72卷, 7年10月27日 丁酉
二十五日西距島七八里許, 到泊望見, 則於島北有三石列立

他にも、こういのがあるね。

成宗 19卷, 3年6月12日 丁丑
向東南, 望見武陵島, 可十五里, 復遇大風, 船纜絶, 漂流大洋中, 不知東西者七晝夜。

成宗 68卷, 7年6月22日 癸巳
又於乙未五月, 漢京等六人向此島, 距七八里許, 望見阻風, 竟不得達。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/05/21 23:29 投稿番号: [16582 / 18519]
puracyaka2007さん、

  朝鮮半島から見て鬱陵島の向こう側には竹島(chukdo)、観音島、その他の岩、そして遠くに竹島(Liancourt Rocks)があるわけなので、強引に読むなら読めないこともないかと思いました。そのことを強調したいわけではありません。



lib_1964_1982さん、

  「眼前に望む」、「遥かに望む」、「望」の使い方もいろいろあるようで、そこに込められた距離感はやはり場合によりけりでしょう。

  方角についてですが、「欝陵之東島嶼相望接于倭境」という情報のもとをたどれば、それは現地鬱陵島の状況を良く知っている者から出たはずですね。そして、その人物が竹島(Liancourt Rocks)の存在を知っていたと仮定しての話ですが、竹島のことを説明するときに「鬱陵島の東にある」とは言わないと思います。












  これは メッセージ 16571 puracyaka2007 さん及びメッセージ 16577 lib_1964_1982さんに対する返信です。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2008/05/21 22:10 投稿番号: [16581 / 18519]
「詳聞浦人言 平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」の解釈ですが、これは、構造としては以下の対応関係ではないでしょうか。

平海蔚珍(半島:西)―   鬱陵島   ←船路無少礙
島嶼相望(島嶼:東)―   鬱陵島   ←接于倭境

つまり話題の中心は鬱陵島。それに関して一番近い西の蔚珍を示し、逆に一番東側の島嶼についても示した形かと。

問題は「接」の訳し方かと思います。「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」は「鬱陵之東、島嶼を相望み、倭境に接す」という程度でよろしいのではないでしょうか。

島嶼は、普通でよめば竹島に読めます。ただ「接す」をどう解釈するか。「近い」と考えるべきか倭境に「接している[連なる]」と考えるべきか。ちょっと悩みます。

まぁ、どちらでも大した問題ではないと思いますが。

官有地拝借御願 in 1895

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2008/05/21 20:41 投稿番号: [16580 / 18519]
私はサッカーと野球がスポーツの中で一番好きなのですが、ハラハラする心理状態にさせるスポーツは、断然バレーですね。昨日の第二セットはハラハラ・ドキドキ凄かったです。今週末は今週末でキリンカップサッカーがありますね。
http://tv.yahoo.co.jp/vhf/fukuoka/2008052419.html?g=0&c=0
同日女子バレーの日本vsタイがありますが、済みません、サッカー見ます(笑)。そこで今週の尖閣掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、古賀辰四郎の『官有地拝借御願』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kanyuchi1895.html
1895年6月10日付けで野村靖内務大臣に提出した『官有地拝借御願』には、「バカ鳥」という鳥の名前が出てきますが、これは現在のアホウドリです。で、古賀は競争、乱獲ということになると繁殖保護も難しく採算も取れなくなるから、官有財産管理規則第七条二項の規定によって、全島を自分に貸してほしいと述べています。

あれ?これって、日韓で問題になっている"とある島"の領有とパターンが似通っていますね。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)

next, coming up(竹島資料は休憩中)
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/chigakuzasshi/
次回は「141巻」の文章起こしをします。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/2a13san1108-koga/
『明治四十二年 公文雑算』 画像を縮尺して文章起こし
『尖閣諸島の領土権について』琉球政府声明
『朝鮮半島図』陸地測量部刊(S19)
シリーズ「竹島の車窓から」米子編〜北九州編まで
『琉球国図』
『大日本輿地図』
『官有地拝借御願』(本日アップロード完了!)
『韓国地理』
『大韓帝国石島上申書』

今週の尖閣掲示板エンディングテーマ「キリンカップサッカー2008」
全ては2010年の歓喜の為に   「日本vsコートジボアール」
http://www.allfor2010.jp/images/flv/kc0524.swf
全ての情熱を2010年の為に   「日本vsパラグアイ」
http://www.allfor2010.jp/images/flv/kc0527.swf
ずっとずっと、サッカーが、好きだ。これからも、ずっと。
http://www.kirinholdings.co.jp/csr/sports/soccer/top.html

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/21 17:39 投稿番号: [16579 / 18519]
「相」の字を普通に漢和辞典でお調べになれば、意味として
最初に並んでいるという解釈が出ていると思いますけど。

当時の欝陵島には島民はいないのですから、自分で確認するしか
ないと思いますがね。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: lib_1964_1982 投稿日時: 2008/05/21 15:51 投稿番号: [16577 / 18519]
chaamieyさんは書きました。
>「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで…

  『望』の字は単に見ると言う意味ではなくて、ない物や見えない所を見ようとする意を含んでいます(詳しくは「漢字源」等を参照ください)。一般には遠くのものは見え難いので、見え難い遠方を見るという意味で使われます。近くのものに『望』をあまり使う事は無いでしょう。このため、chukdoと解釈することは、ちょっと苦しいかと思います。

puracyaka2007は書きました。
>しかし、島嶼とは明らかに複数の島を指します。

  『島嶼』とは、『しま、島々』のことを意味します(詳しくは「広辞苑」等を参照ください)。漢語には、同じような意味の漢字2つを組み合わせて作られた単語が有ります。島嶼もその類です。これは、『島』や『嶼』と解釈するのであって、『島』と『嶼』の両方があるという意味に解釈する必要はありません。もちろん、両方ある場合も、島嶼といいます。
  一つの島なのか群島なのか判定が難しい場合や、区別する必要が無いときに島嶼と言います。このため、現・竹島を島嶼と言わないとする解釈は成り立たないでしょう。

chaamieyさんは書きました。
>   これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。
hide_tama88さんは書きました。
>既に他の方が述べられている様に方位も東では「竹島」とは思えませんね。

  ウルルン島から見た場合、現・竹島はおよそ110°程度の方向にあるので、4方位では『東』、8方位では『南東』、16方位では『東南東』になります。このため、『東』『南東』『東南東』どの表示も可能です。『東は竹島の方向ではない』との主張は、まったく誤りです。
  蛇足ですが、この説明だけで分らない人のために補足します。『東の空の初日の出』と言うような表現をする人は多いでしょう。でも、初日の出の方向は、ウルルン島から見た竹島の方角よりも、さらに南です。初日の出と同じような方角を東と表現することは、ごく普通のことです。

  ararenotomo1さんは書きました。
>「欝陵之東島嶼相望」についてはGerry Beversさんの解釈が正しいと思います。「望」は「遠くをみる」の意味がありますから、この島嶼は遠くのLiancourt Rocksでしょう。
   Am_I_AHO_1stさん、同様、この見解を支持します。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/21 15:46 投稿番号: [16576 / 18519]
  投稿を拝見しましたが、幾つか思い違いがあるようです。

>まず、「相」は同格の意味ではありません。
普通は、「島」と「嶼」が並んであるとしか読めません。
現実に欝陵島から、竹島を見て、複数の島が確認はできません。

  そうですか。
  「欝陵之東島嶼相望接于倭境」をどう読めば、「島」と「嶼」が並んであると読めるのでしょうか。詳しく解説していただけますか。

>既に他の方が述べられている様に方位も東では「竹島」とは思えませんね。

  他の方がどの様に述べられたかは存じませんし、興味も御座いません。

>また、御史なのですから、普通は「趙錫命」が自身で確認した事を
記載すると思うのですが、鬱陵島の高所までいって、「竹島」を
眺めたとは思えませんね。

  趙錫命が自身で確認したとは思いませんし、普通は自身で確認したこと以外も書くと思いますが。
  それに、欝陵島は周囲が急峻な地形ですので、「普通は」高台で暮らしますので、わざわざ高台に登る必要はありません。
  特に近傍の竹島などは、「普通は」見下ろすような格好になりますから、遠くを望み見る表現は著しく不自然ですので、考慮する必要を感じないのですが。
  従って、当方の望み見たのは独島であったとする見解を変更する必要はないと思われます。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: illegaloccupation1954 投稿日時: 2008/05/21 14:01 投稿番号: [16575 / 18519]
>私もcommentを送りましたが、掲示されなかったので、ここに書きます。

送ればいいじゃない。きちんと送れば掲示されるよ。
それとも、嘘をついているのか。

あのブログでは投稿した文章を一旦保留にして、Blog主が表示を選別して留保する機能はついていない。
またBlog管理者が、投稿された文書を削除したときは、きちんと"削除された”旨が記録として残る。

どうもこのお方、嘘をついていて印象操作を計っているとしか思えないな。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/21 14:01 投稿番号: [16574 / 18519]
am_i_aho_1stさんの様な解釈はできないと思いますけど。

まず、「相」は同格の意味ではありません。
普通は、「島」と「嶼」が並んであるとしか読めません。
現実に欝陵島から、竹島を見て、複数の島が確認はできません。

既に他の方が述べられている様に方位も東では「竹島」とは思えませんね。

また、御史なのですから、普通は「趙錫命」が自身で確認した事を
記載すると思うのですが、鬱陵島の高所までいって、「竹島」を
眺めたとは思えませんね。

竹島めぐり韓国教員団体

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/05/21 13:27 投稿番号: [16573 / 18519]
はい、バカがやっとります。

内政干渉でもあります。
ttp://sankei.jp.msn.com/photos/politics/policy/080521/plc0805211205007-p1.htm

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/21 09:48 投稿番号: [16572 / 18519]
  ararenotomo1さん
>「欝陵之東島嶼相望」についてはGerry Beversさんの解釈が正しいと思います。「望」は「遠くをみる」の意味がありますから、この島嶼は遠くのLiancourt Rocksでしょう。

  この見解を支持します。
  凡そ距離を表す場合、「望」ならば容易に距離を測定できない遠距離と解釈して差し支え有りません。
  ただし、欝陵島の近傍には竹島(日本名:竹嶼)もありますが、これは「相」と云う同格を表す表現があることから、全く排除して差し支え有りません。余程漢字の意味を知らない人でもなければ、このような主張はしないでしょう。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/21 00:20 投稿番号: [16571 / 18519]
>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島
>(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう
>読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

chaamieyさんこんにちわ。
島嶼=Liancourt Rocksでしょうか。
仮に「欝陵之東一島相望接于倭境」ならば一島=Liancourt Rocksという解釈は成り立つかもしれません。しかし、島嶼とは明らかに複数の島を指します。鬱陵島からLiancourt Rocksはかなり気象条件が良く、かつ高所からでないと見えませんし、見えた場合でも複数の島と認識することはまずあり得ないでしょう。
鬱陵島の東海岸には竹嶼を筆頭にいくつかの小島がありますから、これならば島嶼という表現はぴったりです。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/05/20 22:00 投稿番号: [16570 / 18519]
「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

  これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。

  「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで、相対的なものです。竹島(Liancourt Rocks)ではなくて鬱陵島の隣の竹島(chukdo)の場合でも「望」を用いる可能性はあります。

  趙錫命は朝鮮本土にいて江原道の海防を論じています。朝鮮半島から鬱陵島まで140km、その鬱陵島から竹島(Liancourt Rocks)までさらに90km。上の簡潔な文章は、「望」の字以外に、そのように遠く離れた島のことを含めて記述しているように見えるものはありません。

平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境

「平海蔚珍は鬱陵島から一番近いところだ。」とあることから、彼の関心の範囲は鬱陵島の域を出ないようです。

  鬱陵島の東の島とは、隣接する竹島(chukdo)を指すと見るのが妥当でしょう。私は「欝陵島の東に島が見えるが、その島(chukdo)の先は倭である」という意味だと考えます。

「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝鮮領

投稿者: ararenotomo1 投稿日時: 2008/05/19 23:11 投稿番号: [16569 / 18519]
1714年の江原道御史趙錫命の上記報告にある「接于倭境」を、Gerry Bevers氏は自己のブログで“that (an island) links to (or is on) the border of Japan”と英訳し、この島を日本領としました。これは、直ちにdokdo-takeshima.com氏によって、「接」はこの場合“being near, bordering or adjacent to”と訳すべきで、この島は日本領ではない、と反論され、Bevers氏は沈黙してしまいました。
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/05/1714-july-22-island-east-of-ulleungdo.ht ml

私もcommentを送りましたが、掲示されなかったので、ここに書きます。


Gerry Beversさん

大変興味深い韓国資料の紹介に感謝しています。
I thank for your introducing very interesting Korean articles.

“the 1714 passage”について、「欝陵之東島嶼相望接于倭境」を“Visible to the east of Ulleung is an island that links to (or is on) the border of Japan.”と訳したのは、一部は正しく、一部は間違っていると思います。

I think 「欝陵之東島嶼相望」“visible to the east of Ulleung is an island” is correct, but “that links to (or is on) the border of Japan” is incorrect. 「接于倭境」 does not mean “links to (or is on) the border of Japan”. The character 「接」 means to “connect”, “join”, or “touch”. But I think 「接于倭境」 should be translated as “adjacent to the border of Japan”, as dokdo-takeshima.com says.

林羅山『本朝地理志略』(1643)の「陸奥國」条に、「蝦夷島」は「與匈奴相接」と書かれています。この記述をGerry Beversさんのように解釈すれば、「蝦夷島」に「匈奴」があるということになりますが、事実は違います。「蝦夷島」の先が「匈奴」です。

If 「蝦夷島與匈奴相接」 described in “Mutsu Province” of “Brief Summary of Japanese Geography” by HAYASHI Razan is translated as “Ezo Island(蝦夷島) links to (or is on) Kyoudo(匈奴)”, it means “Kyoudo” extends up to “Ezo Island”. That is not the case. “Kyoudo” is beyond “Ezo Island”.

「欝陵之東島嶼相望」についてはGerry Beversさんの解釈が正しいと思います。「望」は「遠くをみる」の意味がありますから、この島嶼は遠くのLiancourt Rocksでしょう。

「欝陵之東島嶼相望」“visible to the east of Ulleung is an island” is generally right. 「望」 means to “see in the distance”. Therefore, I am sure the island visible to the far east of Ulleung is Liancourt Rocks.

「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵ノ東ニ島嶼ヲ相望ム、于(ここ)倭境ト接ス」と読めます。「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と解釈します。

My Japanese English for 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」 is as follows:
“To the far east of Ulleung we can see an island, which is adjacent to the border of Japan”.

The passage in 1714 is evidence that Koreans have recognized Liancourt Rocks as Korean territory.
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