初心者のための日韓議論場

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

巨視的観点から評価すべき日本の植民地史

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/18 07:26 投稿番号: [1140 / 7270]
台湾、朝鮮、満州は、憎むべき「日本の三大植民地」であったといわれている。この戦後の「通説」に疑問を投げかけようなものなら、中国や韓国から激しい抗議を受ける。

日本政府などは「戦後五十年国会決議」以来、過去の「植民地支配」について反省と謝罪の意を表明しつづけている。学校の歴史教科書が「植民地支配」糾弾の記述に満ち溢れていることは周知の通りだが、いったい日本は何について謝らなければならないのだろうか。

本書の第一章は「三大植民地」の総論的検証を行う。「台湾は植民地」との帝国議会での論争から、日韓合邦、満州国建国の真実を論述し、日本帝国と各々の別個の関係を明らかにする。

二章から七章までは、台湾、朝鮮、満州における日本人の一意専心的な経営と、それによる近代化という驚くべき変化について、徹底的に検証する。

日本は果たしてこれらの地域で搾取、略奪を行ったのだろうか。事実はむしろその逆で、日本は本国の税金を注ぎ込み、日本並みの文明開化、殖産興業に心血を注ぎ、なみなみならぬ努力を払っていたのである。そして近代社会という想像に絶する「遺産」を、戦後、各地に残したのだ。

http://the.data-room.info/940_bunken/301_kobunyu/01_shinjitsu/00/003.htm

> 本がとどきました

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/17 16:56 投稿番号: [1139 / 7270]
>新古品という感じでした。

そうですか、私のも案外程度が良かったです。

>御礼。

いやいや、いつもご教授いただくばかりで、少しでもお役に立てたのなら嬉しいです。

本がとどきました

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/17 16:44 投稿番号: [1138 / 7270]
新古品という感じでした。

御礼。

>軟らかい本がありました。

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/17 16:24 投稿番号: [1137 / 7270]
目次を見るだけでも楽しそう・・・

>「大正時代の身の上相談」
http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=30936969

清ク正シキ乙女ノ困惑
アドケナキ少年ノ苦悩
ソロソロオ年頃、ノ憂鬱
アァ青春ノ懊悩
進路ヲ決メルニアタッテノ混迷
縁談、結婚ニ関スル逡巡
結婚シナイカモシレナイ女ノ問題
困ッタ夫ニ対スル妻ノ閉口
妻ニ手コズル夫ノ煩悶
結婚生活ノ危機ニ際シテノ苦悩
昔ノ恋人ニ揺レ動ク心
主義主張ニ生キル人ノ苦悶
"バツイチ"ノ戸惑イ
道ナラヌ恋ノ悶エ
仕事、職場ニマツワル問題
性格ニツイテノ思惑
悩ミナキ人ノ難問
イササカ面目ニ欠ケル悩ミ

なんか、身の上ならぬ、身の下みたいな気もするけど・・・

おっとついお下品なことを・・・聞かなかったことにしてください・・・(〃・_・〃)

文献・・・URL変更

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/17 07:06 投稿番号: [1136 / 7270]
トップ > 文献 > 黄文雄
http://the.data-room.info/940_bunken/301_kobunyu/index.html

トップ > 文献 > 古野直也
http://the.data-room.info/940_bunken/302_furuno_n/index.html

文明国の使命と考えられた植民地主義

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/17 07:02 投稿番号: [1135 / 7270]
黄文雄 > 日本の植民地の真実 > はじめに

日本の「植民地主義」の実像とは
文明国の使命と考えられた植民地主義

  未知の世界に対する好奇心や憧憬は、人類共通のものである。古代のフェニキア人、ギリシャ人、ローマ人だけでなく、遊牧民族も農耕民族も有史以来、新天地への移住を歴史創造の原動力としていた。ことに大航海時代以降の海外殖民は、「近代西欧植民地主義」に発展し、日本人をも含む近世・近代の人類最大の夢となった。

いかなる国であろうと、デンマークやベルギーのような「小国主義」を目指す国であれ、一つや二つの植民地を持つことは国際社会への仲間入りの条件と考えていたし、国家や民族の生存のために必要不可欠な条件となっていた。各国が全国力を傾けて「植民地戦争」を惜しまなかったのはそのためだった。

植民地主義はそもそも、搾取や支配の思想でなく、否定的な価値でもなかった。少なくとも近代的植民地主義は、植民地住民に対しての宗教上の伝導、文明、人道、人権の伝播、経済的発展の促進のための人類の理想と考えられてきた。宗主国はそこに「文明、信仰、先進、進歩」、さらに「理性、禁欲、勇気」という優越的価値を見出していた。その対極に位置づけられていたのが、植民地住民の未開という負の価値である。

http://the.data-room.info/940_bunken/301_kobunyu/01_shinjitsu/00/002.htm

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
文献関係のフォルダ構成を大幅に変更したので、旧URLがそのうち使えなくなると思いますので宜しくお願いします。

「相関図」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/05/17 01:32 投稿番号: [1134 / 7270]
  (矢印がかなりずれてますが、御容赦)
______________________________________


大正デモクラシーと「身の上相談」相関図

     ■■マスメディア(新聞雑誌の普及)■■―――――――――│
      ↓                  ↓           │
■ ■大正デモクラシーの理想■■    ■■理想とのギャップ■■     │
                                 │
   ○   都市型「文化生活」                     │   
                                 │
     ・都市の出現          ・華やかな生活への       │
                →         誘惑と幻滅      │
・ サラリーマン層の       ・下層サラリーマンの      │
        出現    →            生活苦     │
               ・急激な生活の変化による    │
                      お手本喪失    │
                                 │
○ 自由・個性の尊重                       │
                               │
・ 自由恋愛・自由結婚      ・古い価値観との衝突      │
                →                  │  
・ 女性の社会進出        ・自己表現・自己実現      │
                →            の困難     │
・ 生きがい探し         ・差別への憤り         │
                →                  │     
                   ・自由ゆえの責任増大      │
                                 │
○ 科学的合理精神                        │
                               │  
・ 科学的合理精神        ・ノイローゼ・神経症の     │
                →              流行    │
・ 科学崇拝           ・非合理性の抑圧        │
                →                  │
・ 脱伝統。脱しきたり      ・科学コンプレックス      │
                →    ・権威主義           │
                                 │    
         ↓↓            ↓↓           ↓↓↓

  ■   ■   ■   ■   ■   ■大正人ゆえの新たな悩み■   ■   ■   ■   ■   ■  
                 ↓↓↓
         ■■相談すべき経験者が身近にいない■■  
         (明治の庶民は人間いかに生きるべきかなど、
                     考える必要がなかった)   

          ↓                ↓
       ○   文学に走る           ○   宗教に走る
    (白樺派、              │
     ドストエフスキー          │
         トルストイ、etc)        │
          ↓                ↓
       ■   普通の人は   ■        ■普通の人は■
       そんなに才能がない        そんなに悟れない
          ↓     ↓          ↓   ↓
          ■   ■   ※ますます悩む※   ■   ■
          ↓     ↓     ↓     ↓    ↓
        ○○○   公開式「身の上相談」○○○
       ││マスメディア(新聞雑誌の普及)││

│マスメディアが掲げる理想と現実とのギャップに悩む大衆への救済策。│
│つまり「身の上相談」はマスメディアによるアフターケアでもあった。   │
______________________________________

↑これ、オウム事件の前に単行本で出てたんですね・・・「宗教に走る」
   デモクラシーは一般にはむずかしいのかな   (宗男チャンは参議院選に出るっつーし・・・)
  高校の歴史教科書でしたっけ「アテネは衆愚政治におちいり、衰退した〜」
  あ〜ぁ、プラトンの「国家」くらい読んどきゃよかったなぁ(文庫で出てるけど、厚い・

軟らかい本がありました。

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/05/17 01:23 投稿番号: [1133 / 7270]
  ↓「大正時代の身の上相談」

http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=30936969

  ↓視点が面白いです
_____________________________________

  解説   現代の基礎としての大正   小谷野敦

  〜略〜マスコミというものは、どうしても珍奇な現象を追うもので、
まるで現代の女子高生がみんな売春をしているかのように,あるいは現代の夫婦が
みんな浮気をしているかのように、先端的な事例を紹介するものだ。「人生相談」が
面白く、かつ有益なのは、もっと普通の人びとの意識がわかるのみならず、ここが
肝心なのだが、回答者の、あまりラディカルな答えをしてはいけないからである。
  〜略〜
______________________________________

>身動きとれない.

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/16 19:06 投稿番号: [1132 / 7270]
> どうにも,洒落にならんくらいここ暫く忙しいです.

「酒」と「落」で洒落です。

ユスラさんの場合は年がら年中「酒」を(「胃袋」に)「落」してますから、常に「洒落」してます・・・(スベッタ・・・

すみません、別トピでスリップ(すべる)話が出てたもんで・・・m(_ _)m

>黄文雄

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/16 18:58 投稿番号: [1131 / 7270]
> 私も何冊か読みました。

随分と著作の多い人ですからあれこれ迷っていたら、ご本人が「日本の植民地の真実」が今までの著作のまとめ的なもだというのをどこかで聞いて、これを中心に資料とすることにしました。

特に一つの節が丁度いいながさでまとめられていて、引用だけでなく、自分で文章を作る時にも参考になるのではないでしょうか。

身動きとれない.

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/05/16 14:37 投稿番号: [1130 / 7270]
どうにも,洒落にならんくらいここ暫く忙しいです.

今週半ばには復活します.

黄文雄

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2004/05/16 11:54 投稿番号: [1129 / 7270]
私も何冊か読みました。

黄氏が日本贔屓だから日本を良く見てくれている・・・だとしても、面白いです。

台湾の場合は「本省人VS外省人」という対立の図式もあるんで、複雑なモノもあります。

日本の植民地の真実

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/16 07:08 投稿番号: [1128 / 7270]
黄文雄 > 日本の植民地の真実   はじめに
 
日本の「植民地主義」の実像とは 植民地は地獄でなく天国ではなかったか

  戦後日本人の「植民」「植民地」「植民地主義」への非難や糾弾は、じつに想像に絶するものがりだ。これらから連想されるものは、搾取、差別、略奪などである。また「日本の植民地」での日本の軍隊、憲兵、警察といえば、虐殺、放火、婦女暴行と、極悪の限りを尽くしたかのように語られ、ことに今日の韓国では「日本の植民地統治は人類史上最悪だった」と言われている。

では実際はどうだったのであろか。面白いことに、植民地については、一般に悪のイメージばかりが先行して、その実態はあまりよく知られていない。本書はこのような疑問を解くために、植民地や植民地主義の真実を書いたものである。

日本で植民地主義が悪の象徴、諸悪の根源とみなされるようになったのは、戦後になってからである。そのような見方が通説になっただけでなく、それに対する疑問も反論も許されない空気すらある。

・・・・

http://the.data-room.info/940_bunken/02_ka/kohbunyu/00_shinjitsu/001.htm

−−−−−−−−−−−−−−−
黄文雄氏の著作ですが、私としては「大人の教科書」としてとらえています。

韓国の教科書と読み比べてみるとその違いに疑問を抱くと思います。

現在、韓国の教科書もアップできるように準備していますので、しばらくお待ちください。(結構時間がかかりそうですが・・・

しばらくは、『日本の植民地の真実』をアップしていきます。(おそらく一日一回くらい・・・

おそらく

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/13 17:24 投稿番号: [1127 / 7270]
赤城さんのが、ラスイチだったのかも知れませんネ。(笑)

まあ、古書ですから、めぐりめぐって、どこかでお目にかかれると思います。

本当は、自宅配送のアマゾンよりも、近所のコンビニに配送しておいてくれるYahoo!ショッピングの方が、帰宅の遅い自分としては助かるんですけどね。

あれ、そういうことが

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/13 17:21 投稿番号: [1126 / 7270]
あるんですか。

honkyさんのレスをみて、注文したんですが。

アマゾンは新刊は買いますが、古書は今回が初めてです。

あらららら

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/13 17:19 投稿番号: [1125 / 7270]
ワタシはダメでした!(笑)

次のチャンスを待ちます。(涙)

私も注文しました

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/13 17:09 投稿番号: [1124 / 7270]
ありがとうございました。

>同じ著者の

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/13 16:53 投稿番号: [1123 / 7270]
「天津軍〜」は神田の「文華堂」で見つけました。

朝鮮軍司令部はアマゾンで古書で入手しました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4336031940/qid%3D1084434702/249-7985413-1813113

今見たら在庫あるみたいです。

同じ著者の

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/13 16:41 投稿番号: [1122 / 7270]
天津軍司令部(1901−1937)は古本屋で手に入れてもっています。

>再版の予定もない

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/13 16:37 投稿番号: [1121 / 7270]
そうですね。

古本屋や、図書館で必死に探すしかないかなあ…。

この本は出版元にも

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/13 16:32 投稿番号: [1120 / 7270]
もうないそうですね。
再版の予定もないとのことでした。

古書店で探すよりほかないですね。

こりゃ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/13 16:30 投稿番号: [1119 / 7270]
内容の濃そうな本ですねえ。
一度読んでみたい…。

朝鮮軍司令部・・・はじめに

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/13 16:23 投稿番号: [1118 / 7270]
朝鮮軍司令部   はじめに   より
http://the.data-room.info/940_bunken/202_chosengun_shireibu/01_hajimeni/index.html

現代は国際協調の時代である。優しいことが好まれる時代である。この現代の歴史感覚のままに19世紀末に分け入ろうとする者は、歴史の荒々しいダイナミズムに弾きとばされ、歴史の真実を把握することはないだろう。

今から百年前は、世界の列強が植民地の争奪に狂奔した時代なのだ。紳士がチョッキに金時計を隠し、婦人が首を幾重にも宝石で飾るが如く、あるいは豪邸に華麗な庭園があるように、海外領土を持つことが国威を示し、国家の栄光であったのだ。植民地のひとつも持てない国家は、一等国に列することができなかった。国際会議でも演説の順番すら与えられなかった時代だったことを忘れてはいけない。国家たるものは、自国民のみならず、他の民族を支配すべきであり、誰もそのことを疑わなかったのだ。

−−−−−−−−−−−−−−−−

あげついでですが、さわりだけでもどうぞ・・・

写実の東宝、浪漫の東映

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/10 00:53 投稿番号: [1117 / 7270]
というところでしょうか。

203高地は、結構写実を重んじているようでしたが。

先に挙げた笠原の「日本軍閥の野望」の後書きにこういうのがありました。

「映画軍閥が上映されたころ、中国の映画批評は、これを軍国主義的好戦映画であると非難し、私に甚だしくあき足らぬ感をだかせた・・・」

従って、この本は映画の脚本を本の形にしたようです。

反戦映画を好戦映画というような国(中国、おそらくは朝鮮も)とはまともに話ができないという1つの例ですね。

>映画「軍閥」

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/09 21:04 投稿番号: [1116 / 7270]
あの映画、悪くはないんですが、あれだけの長期間の物語を小走りでまとめた感じがしたのと、加えて東條役の小林圭樹がちょっと太っていたのが、違うかなと思いました。

東宝の戦争映画は、東映よりも好きだったりしましたが。

>荒木と真崎

投稿者: nishina3777 投稿日時: 2004/05/09 17:40 投稿番号: [1115 / 7270]
  >一括りにしなければ話が進まない場合もあるし、なかなかむつかしい。

  その通りですが、もっと慎重に分析すればよいのに、安易に「支配層」とか「反動勢力」なんて一括りにして都合のよい「暗黒の戦前」像を創ろうとするから素人目にも矛盾だらけの論述しかできない。特に一橋には勘弁してほしいです。

訂正:>コミンテルンの陰謀?

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/09 16:26 投稿番号: [1114 / 7270]
>このあたりの話を解りやすく説明できれば、社会主義のネイティブな面を
  ↓
このあたりの話を解りやすく説明できれば、社会主義のネガティブな面を

>用語も解ってなかったんだぁ・・(涙)

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/09 09:52 投稿番号: [1113 / 7270]
>>〜個人的な(妄想的)史観として

いやぁ、本当は「私感」くらいのことを「史観」とはお恥ずかしい限りで・・・

>ここでいう「正義」は「茶の間の正義」のことですよね、きっと

世論といえばいいんでしょうか。結局世間が支持しなければなんともならなかったのが「戦前の日本」なんでしようね。このあたりは、北朝鮮なんかとはまるで違うところだと思います。

>英に負けて、「こんちくしょうめ」で英批判のマルクスへ・・・

>米に負けて「いつかみてろよ」で米資本主義批判の共産主義へ・・・

なるほど、これは面白いですね。赤城さんのレスに書きましたが、私なんかが思っていた以上に「マルクス」の影響があったとみていいんでしょうか。

どうも、明治と昭和の間の大正に何か隔絶するものを感じるんです。時代が違うのだから当たり前といえば、当たり前なんでしょうが、そのひとつに「マルクス」がどれくらいの仕切りになっているのか・・・

まあ、これは素人がおいそれと解る話ではないんでしょうが・・・

まあ、ボチボチ調べていけばそのうちなんか解るかもしれないという程度で・・・いこうかなと。

で、戦前の制度を資料化しようなんて思いついてのはこのためもあるんですが・・・

いま、更新がとまってますが(泣き・・・

3>映画「軍閥」と中国

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/09 09:42 投稿番号: [1112 / 7270]
>軍が満州事変を起こし,その権益を取り
返した.そうだ軍は頼りになる.もはや政府なんか誰が頼るもんか,
という空気ができてもおかしくないように思います.

まあ、それで内部分裂をしていれば、その後の勢いは加速されなかったかもしれないが、はからずもイデオロギー的な対立はなくなく、その点では一本化してしまったので、よけいに加速がついてしまった・・・

2.26の歴史的意義としてこんな捉え方も可能かなと・・・思います。

>例えば,今の自衛隊が独断で北朝鮮に潜入し,拉致被害者を救出してきた
としたら,

うわ、危ないなぁ、もう、すぐこういう願望が・・・・

まあ、ここのところは私も同じなんですが、せめて「自衛隊が独断で」を「首相が独断で」くらいにしておきたいところですか・・・(苦笑

>コミンテルンの陰謀?

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/09 09:29 投稿番号: [1111 / 7270]
>それで、何人かの人たちは、本気でコミンテルンが絡んでいたのではないか、と戦後結構熱心にしらべたそうですが、どうもそれはなかった、ということで決着。

ありそうなことですね。それだけ不自然、違和感を覚えることがあるとも受け取れますよね。

で、ここで気を付けなければいけなと思うことは、「共産主義者」や「社会主義者」はこの当時悪しき者たちと認識されていますが、「共産主義」や「社会主義」が悪しき主義だと認識されていたのか・・・ということなんです。

まあ、悪しき者たちの信ずる主義といわれればそれっきりですが・・・

でも、戦前の日本の場合、軍国主義化というよりは、(軍による)社会主義化といった方がいいのでは・・・と思うのですが。このあたりをきちんと学問的に研究した人はいるのでしょうか。どうも、素人の調べられる範囲では限界があり、つっこみきれなくともどかしさを感じます。

このあたりの話を解りやすく説明できれば、社会主義のネイティブな面を徹底的に隠蔽する・・・という戦後の図式の一端が見えてきそうな気がするのですが。

「マルクス」の影響は私なんかが考えているいるよりはるかにこの時代に広く深く浸透していたんじゃないのかなと・・・

妄想のついでにもうひとつ知りたいことがあったのですが・・・

>>マルクス読めたとか・・(発禁本ではなかった?)

>大正デモクラシーと、大正軍縮のころだから結構自由だったのでしょう。

例えば、大正天皇も「マルクス」読めたのかな・・・あるとき漠然と思ったことがありました。

妄想の程度が激しいのでここではこのことについてこれ以上書きませんが・・・

当時どこまでの人たちが読んでいたのか・・・興味があります。

書き込んでる間に

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/05/09 03:00 投稿番号: [1110 / 7270]
  shinkuuboakagiさんの投稿が・・m(_   _)m

  いつもお世話になります。


  >やはり軍閥に批判的なものです

   その反動で「プライド」が作られたのかもしれませんね。(ただの想像です)

   2、3日書き込めませんが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

   おやすみなさい。

用語も解ってなかったんだぁ・・(涙)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/05/09 02:41 投稿番号: [1109 / 7270]
  >〜個人的な(妄想的)史観として

  やっと「〜史観」の意味が(感覚的に)わかりました。
  「〇○さんの歴史観」「○家の歴史観」「〇○地方の歴史観」・・・
  複数あって当り前のものだったとは思い及ばず・・お恥かしい限りです。

  kuuboakagi00 さんのお話にありました「昭和史論争」も存じませんでした。
で、検索かけてこのHP見つけたんですが・・
  私には少し高度過ぎる様で(素養が足りず読みこなせません・・涙)
  ↓honto_gouさんなら全部読まれるかも・・(かなりの量です)

http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium-toc.html#kno6  

  ↓ここはなんとか皆さんのおかげで少し解りました。有難うございます。
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium/korea/japan70_02.html

  >正義は国を滅ぼす

   ここでいう「正義」は「茶の間の正義」のことですよね、きっと。

   「愛で滅びた国はあるが、礼儀で滅びた国は無い」←カート・ヴォネカットがもらった
ファンからの感想文にあったそうです。ヴォネカット自身も気に入った言葉なのか講演で引用してました。
  「礼儀で滅びた国はない」←この「礼儀」がどんな類のものか・・
お隣で礼儀にこだわっててうまく行かなかったのと同じものを指してはいないと思いたいです。

  >社会主義を信奉する

  今読んでいる本の対談にこんなのがありました。
  (直接関係ないんですが、社会主義繋がりということでご勘弁下さい)

______________________________________
  〜略〜
川勝   唯物史観を、なぜ日本の知識人は受け入れたのか。
梅棹   日本の知識人は実証精神をもっていないんです。本だけで勉強しているから、
   かんたんな嘘にだまされる。
川勝   どうでしょうか。薩摩と長州が明治の指導者になりましたが、
   薩摩も長州もイギリスには負けていますね。
梅棹   負けている。薩英戦争、馬関戦争で。
川勝   薩長の連中は、ちょうどアメリカに対して負けた戦後の日本がコンプレックスを
   持った様に、イギリスにコンプレックスを持ったと思いますね。明治初期にイギリス    
   へ行って、その軍事力と経済力を見習って富国強兵政策に乗り出した。ところが、
   その一九世紀のイギリスをトータルに批判した本があります。
梅棹   へえ・・・
川勝   マルクスの「資本論」です。
梅棹   あ、そうですね。
川勝   「資本論」にはイギリスのことしか書いていないと言っていいくらいです。
   マルクスはイギリスの資料を使って、しかもイギリス資本主義は滅びると書いている。
   自分たちが模範にして追いかけているイギリスでさえ、やがては新しい社会主義に
   なるんだという。日本のエリートたちは、ある種のナショナリズムからイギリスの
   文明に憧れつつ、その未来を先取りしようとしてマルクス主義を受けいれたのではな
   いでしょうか。
梅棹   とにかく先取りをしようと思ったんですね。理想社会に早く到達するために、直線    
   的な進化を考えたのでしょう。そのころの日本には、政治や国のかたちというものを、   
   なんとかしなくてはいけないという変革の意欲が渦巻いていた。
   だからこそ唯物史観を受け入れたのですね。けれども、それはおかしなことだと簡単   
   に気がつくはずやと思うんやけどなあ。〜後略〜
______________________________________

  英に負けて、「こんちくしょうめ」で英批判のマルクスへ・・・

  米に負けて「いつかみてろよ」で米資本主義批判の共産主義へ・・・

  資本主義、社会主義のイデオロギー対立はそんなに大昔からのことではありませんが、
「いまにみてろよ」的なのなら、有史以前からありそうな…。
                    以上、「深海魚」の兎亀蝸牛でしたm(_   _)m

  追伸:「軍閥」と「プライド」両方観較べると面白そうです。(どちらも未見ですが・・)

映画「軍閥」追加

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/09 02:27 投稿番号: [1108 / 7270]
部屋を探したところ、「日本軍閥の野望」(笠原良三・青年書館)がみつかりました。

これが、映画の脚本の元本みたいです。(シナリオがさきで、これに基いて書かれたようでもあります)。
副題が、「日本民族の大悲劇を繰り返してはならない」だから、やはり軍閥に批判的なものです。周恩来が文句をいうのがおかしい。

荒木と真崎

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/09 02:19 投稿番号: [1107 / 7270]
世間では俺と真崎の関係をいうが、俺と真崎はそれほどは親しくはないよ。行き来も全然しないし、と荒木。

北一輝と青年将校。
青年将校の間でも年齢による差があるみたいで。

陸士46期の安田優少尉などは陸士34期の西田税などとはほとんど顔見知りでなく(北と西田は師弟関係といってもいいけど)、あのような財閥の寄生虫みたいなやつは維新達成の暁にはぶった切ろう、などと同期の者や期の近いもの達と相談して、漏れ聞いた大蔵大尉(陸士37期)からとめられている。で、青年将校を一括りにすることもできない。

荒木、真崎と青年将校の関係も、西郷と私学校生徒のような師弟関係は全くなかったという者の方がおおい。

一括りにしなければ話が進まない場合もあるし、なかなかむつかしい。

戯れに雑言

投稿者: nishina3777 投稿日時: 2004/05/09 01:30 投稿番号: [1106 / 7270]
  軍部は一枚岩の如く反動的であらねばならず、ブルジョア政党も総じて腐敗していたかのように戦前を描きたいから矛盾を生ずるのでしょう。この二つを「支配層」としてまとめてしまう○楠主義歴史学は無理があります。「皇道派」対「統制派」、「政友会」対「民政党」、「軍部」対「政党」と単純化して戦前の日本政治を見ようとするのは誤りでしょう。

  宇垣一成の日記(1935.4.30)にあるように政党、軍部とも派閥抗争があり離合集散していたのが現実です。
  「維新後、薩長土肥の争より、官僚−政党の争に、次に二大政党の対立になりたりしが、現在は、政党−軍部−官僚−左傾(左翼)−右傾(右翼)、尚進んで政友会の内争、民政党の提携非提携の抗争、軍部内派閥の闘争等と如何にも争が小キザミと成り来れり。」

  単独内閣を目指す「政友会総裁派」、官僚内閣に協力する「民政党主流派」、それらに対立し、軍中央の「宇垣派」と連携を模索する「政友会政民連携派」と「民政党民政連携派」、親軍内閣成立を目指した「荒木・真崎派」、その荒木・真崎を旗印にして、国家社会主義体制を樹立させたい「ファッショ派(政治化した軍人、民間右翼、北一輝影響下の陸軍将校)」、さらにそれを利用して農本的共産主義社会を夢見た「ファッショ派(政治化した軍人、民間右翼、権藤成卿の影響下の海軍将校、血盟団)」、軍官僚による統制された戦争国家を目指した「永田派」などなど・・・

  最終的に、政友会+陸軍荒木・真崎派+右翼   対   民政党+新官僚(内務省)+陸軍永田派+左翼(社会大衆党)といった構図になりますが、前者は全般的に保守的な利権構造を持つフランコ風親軍右翼政権を目指し(下部の青年将校・北一輝らはナチス風国家社会主義政権樹立を目指す)、後者(真崎は永田らのことを国家社会主義者と罵っていた)はソ連風統制国家を目指したといったら言い過ぎだろうか?
  当時の世界的な政治的潮流の「ファシズム」と「コミュニズム」に日本も乗りかけたとしても仕方がないだろう。幸いにもうまくいかなかったが。

  1935年に民政党・統制派・新官僚・社大党は「立憲独裁」のために国策統合機関として「内閣審議会」と「内閣調査局」を設置に成功、危機感を抱いた政友会保守派・皇道派・右翼は天皇機関説批判を展開し平沼内閣樹立を目論んだが、政友会は1936年2月20日の選挙に大敗、6日後の2.26事件では勃発したクーデターを利用して巻き返そうとした荒木・真崎らが逆に影響力を失うという結果に終わった。
  少数野党から最大与党となった民政党や社会大衆党は議会の役割を減ずる立憲独裁にこだわる理由がなくなり、一方軍部革新派は石原莞爾を中心に重要産業5カ年計画を作成、軍中心の統制経済への移行を目指した。ここに共闘してきた軍部革新派と民政党の対立が顕著になった。しかし、国民の反軍気運に乗って躍進していた社会大衆党のトップの中にはこの石原構想に近いものたちがいたことが問題を複雑にする。

>昭和動乱の一因は

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/08 17:57 投稿番号: [1105 / 7270]
>動あれば、反動あり。

なるほど。そうですね。

と、なると、そろそろ...

あ、キリ番だった...

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/05/08 17:56 投稿番号: [1104 / 7270]
ううぅ、初めてっす...

1100レスおめでとうございます

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/08 17:49 投稿番号: [1103 / 7270]
取り急ぎ、ご挨拶まで。

なるほど

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/08 17:46 投稿番号: [1102 / 7270]
それが道理なんでしょうね。

作用反作用の法則ですね。

昭和動乱の一因は

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/08 17:44 投稿番号: [1101 / 7270]
大正時代に軍人を軽んじ、いじめすぎたことだ、と言うことは何度か書いたことがあります。

動あれば、反動あり。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)