用語も解ってなかったんだぁ・・(涙)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/05/09 02:41 投稿番号: [1109 / 7270]
>〜個人的な(妄想的)史観として
やっと「〜史観」の意味が(感覚的に)わかりました。
「〇○さんの歴史観」「○家の歴史観」「〇○地方の歴史観」・・・
複数あって当り前のものだったとは思い及ばず・・お恥かしい限りです。
kuuboakagi00 さんのお話にありました「昭和史論争」も存じませんでした。
で、検索かけてこのHP見つけたんですが・・
私には少し高度過ぎる様で(素養が足りず読みこなせません・・涙)
↓honto_gouさんなら全部読まれるかも・・(かなりの量です)
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium-toc.html#kno6
↓ここはなんとか皆さんのおかげで少し解りました。有難うございます。
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium/korea/japan70_02.html
>正義は国を滅ぼす
ここでいう「正義」は「茶の間の正義」のことですよね、きっと。
「愛で滅びた国はあるが、礼儀で滅びた国は無い」←カート・ヴォネカットがもらった
ファンからの感想文にあったそうです。ヴォネカット自身も気に入った言葉なのか講演で引用してました。
「礼儀で滅びた国はない」←この「礼儀」がどんな類のものか・・
お隣で礼儀にこだわっててうまく行かなかったのと同じものを指してはいないと思いたいです。
>社会主義を信奉する
今読んでいる本の対談にこんなのがありました。
(直接関係ないんですが、社会主義繋がりということでご勘弁下さい)
______________________________________
〜略〜
川勝 唯物史観を、なぜ日本の知識人は受け入れたのか。
梅棹 日本の知識人は実証精神をもっていないんです。本だけで勉強しているから、
かんたんな嘘にだまされる。
川勝 どうでしょうか。薩摩と長州が明治の指導者になりましたが、
薩摩も長州もイギリスには負けていますね。
梅棹 負けている。薩英戦争、馬関戦争で。
川勝 薩長の連中は、ちょうどアメリカに対して負けた戦後の日本がコンプレックスを
持った様に、イギリスにコンプレックスを持ったと思いますね。明治初期にイギリス
へ行って、その軍事力と経済力を見習って富国強兵政策に乗り出した。ところが、
その一九世紀のイギリスをトータルに批判した本があります。
梅棹 へえ・・・
川勝 マルクスの「資本論」です。
梅棹 あ、そうですね。
川勝 「資本論」にはイギリスのことしか書いていないと言っていいくらいです。
マルクスはイギリスの資料を使って、しかもイギリス資本主義は滅びると書いている。
自分たちが模範にして追いかけているイギリスでさえ、やがては新しい社会主義に
なるんだという。日本のエリートたちは、ある種のナショナリズムからイギリスの
文明に憧れつつ、その未来を先取りしようとしてマルクス主義を受けいれたのではな
いでしょうか。
梅棹 とにかく先取りをしようと思ったんですね。理想社会に早く到達するために、直線
的な進化を考えたのでしょう。そのころの日本には、政治や国のかたちというものを、
なんとかしなくてはいけないという変革の意欲が渦巻いていた。
だからこそ唯物史観を受け入れたのですね。けれども、それはおかしなことだと簡単
に気がつくはずやと思うんやけどなあ。〜後略〜
______________________________________
英に負けて、「こんちくしょうめ」で英批判のマルクスへ・・・
米に負けて「いつかみてろよ」で米資本主義批判の共産主義へ・・・
資本主義、社会主義のイデオロギー対立はそんなに大昔からのことではありませんが、
「いまにみてろよ」的なのなら、有史以前からありそうな…。
以上、「深海魚」の兎亀蝸牛でしたm(_ _)m
追伸:「軍閥」と「プライド」両方観較べると面白そうです。(どちらも未見ですが・・)
やっと「〜史観」の意味が(感覚的に)わかりました。
「〇○さんの歴史観」「○家の歴史観」「〇○地方の歴史観」・・・
複数あって当り前のものだったとは思い及ばず・・お恥かしい限りです。
kuuboakagi00 さんのお話にありました「昭和史論争」も存じませんでした。
で、検索かけてこのHP見つけたんですが・・
私には少し高度過ぎる様で(素養が足りず読みこなせません・・涙)
↓honto_gouさんなら全部読まれるかも・・(かなりの量です)
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium-toc.html#kno6
↓ここはなんとか皆さんのおかげで少し解りました。有難うございます。
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium/korea/japan70_02.html
>正義は国を滅ぼす
ここでいう「正義」は「茶の間の正義」のことですよね、きっと。
「愛で滅びた国はあるが、礼儀で滅びた国は無い」←カート・ヴォネカットがもらった
ファンからの感想文にあったそうです。ヴォネカット自身も気に入った言葉なのか講演で引用してました。
「礼儀で滅びた国はない」←この「礼儀」がどんな類のものか・・
お隣で礼儀にこだわっててうまく行かなかったのと同じものを指してはいないと思いたいです。
>社会主義を信奉する
今読んでいる本の対談にこんなのがありました。
(直接関係ないんですが、社会主義繋がりということでご勘弁下さい)
______________________________________
〜略〜
川勝 唯物史観を、なぜ日本の知識人は受け入れたのか。
梅棹 日本の知識人は実証精神をもっていないんです。本だけで勉強しているから、
かんたんな嘘にだまされる。
川勝 どうでしょうか。薩摩と長州が明治の指導者になりましたが、
薩摩も長州もイギリスには負けていますね。
梅棹 負けている。薩英戦争、馬関戦争で。
川勝 薩長の連中は、ちょうどアメリカに対して負けた戦後の日本がコンプレックスを
持った様に、イギリスにコンプレックスを持ったと思いますね。明治初期にイギリス
へ行って、その軍事力と経済力を見習って富国強兵政策に乗り出した。ところが、
その一九世紀のイギリスをトータルに批判した本があります。
梅棹 へえ・・・
川勝 マルクスの「資本論」です。
梅棹 あ、そうですね。
川勝 「資本論」にはイギリスのことしか書いていないと言っていいくらいです。
マルクスはイギリスの資料を使って、しかもイギリス資本主義は滅びると書いている。
自分たちが模範にして追いかけているイギリスでさえ、やがては新しい社会主義に
なるんだという。日本のエリートたちは、ある種のナショナリズムからイギリスの
文明に憧れつつ、その未来を先取りしようとしてマルクス主義を受けいれたのではな
いでしょうか。
梅棹 とにかく先取りをしようと思ったんですね。理想社会に早く到達するために、直線
的な進化を考えたのでしょう。そのころの日本には、政治や国のかたちというものを、
なんとかしなくてはいけないという変革の意欲が渦巻いていた。
だからこそ唯物史観を受け入れたのですね。けれども、それはおかしなことだと簡単
に気がつくはずやと思うんやけどなあ。〜後略〜
______________________________________
英に負けて、「こんちくしょうめ」で英批判のマルクスへ・・・
米に負けて「いつかみてろよ」で米資本主義批判の共産主義へ・・・
資本主義、社会主義のイデオロギー対立はそんなに大昔からのことではありませんが、
「いまにみてろよ」的なのなら、有史以前からありそうな…。
以上、「深海魚」の兎亀蝸牛でしたm(_ _)m
追伸:「軍閥」と「プライド」両方観較べると面白そうです。(どちらも未見ですが・・)
これは メッセージ 1095 (tell_me_honto_gou さん)への返信です.
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