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すっかり夜型になりました。

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/08 08:18 投稿番号: [4602 / 49973]
体調的には昼型のほうがいいんですが。時間をかけて元にもどしますか。

ある学者が言ってましたが、「弥生文化の到来]は必ずしも多数の[弥生人]がやってきたことを意味しない。これを借用して、わたしは、[ハンバーグ文化]の繁栄は必ずしも多数のアメリカ人がやってきたことを意味しない、などといっています。

だから弥生系というのは結構あいまいな語です。人種を言うのか、文化をいうのか。
おそらくは双方はある程度はオーバーラップしているとおもいますが。

安本美典は、極東を大きく三つに分け、朝鮮半島南部と西日本(九州は北部のみ)を、古日本語系の勢力範囲としています。残りが古朝鮮語系と古アイヌ系です。アイヌ語系の範囲は、東北日本、北海道、樺太沿海州、ということらしいです。

日本列島南西部(太平洋部)は、インドネシア語系(マレー・ポリネシア系)がかなり古くからいたのではないか、やや遅れて、中国江南地方からビルマ系の言語を持つ人が「弥生文化」を携えてやって来たか、という推測みたいです。

従って日本語は一種のクレオール語(混合語)としています。これは結構当たっているのではないでしょうか。

朝鮮半島にいた倭人も弥生系といっていいのではないかとおもいますが。

人種的には、縄文→弥生自然移行説もあるのですが[松本説]、やはり、アイヌとのdistinction   を考えると、これを完全に支持するのは無理かなとおもいますが。

安本は時代とともに、古日本語、インドネシア語、ビルマ系語、その他が混じり合い弥生期の言語が生じたとしているみたいです。

たしかに、アテルイの軍は数では田村麻呂の軍に圧倒され、ゲリラ的な戦いといわれていますね。田村麻呂の方も兵站の問題もあったでしょうし。

ケルト人に付いては、以前ヘルムという人の「古代ヨーロッパの先住民ケルト人」という本を読んだのですが、よくわからず、「アーサー王伝説」、「ケルト神話と中世騎士物語」[ともに中公新書]を読みましたが、これが私のケルト人についての全知識です。

ベイドンヒルの戦いは
Battle of Badon, Battle of Mount Badon が多いみたいですね。

>弥生系が多そうな九州でも

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/08 07:33 投稿番号: [4601 / 49973]
>弥生系が多そうな九州でもかなりの地域で縄文系と思われる地域があります

ちょっと疑問になったのですが、朝鮮半島南部(三韓地域)にいたと考えられる倭人も、いわゆる弥生系と言うことなんでしょうか?

>隼人が熊襲と親戚かどうかも不明です

系統としては同じでも違う王を戴いていたと言うこともあるかもしれませんね。

>人種的に[倭人」に吸収されてしまうほどの少数だったら、そもそもそれ程激しい抵抗はできないだろうし

この問題は、ひとつには東北地方が当時の交通手段で考えて畿内から非常に遠いということがありますよね。
遠征軍の行動範囲としては、ほとんど行動の限界点だった可能性が高いですし、地理に不案内な朝廷軍は、性急な軍事行動が可能だったとは少々思いがたいものがあります。
道や砦を建設しながらの行軍だったみたいですし。

一方で、蝦夷側は、蝦夷地全体を行動半径の内側にして戦略を立てられるわけだから、ゲリラ的に戦えば、純軍事的には戦えないことはなかったと思いますよ。
(もちろん、指導者であるアテルイは卓越した能力の持ち主ではあったと思いますが)

結局、坂上田村麻呂の蝦夷攻略も、軍事攻略と言うよりは、調略や占領地の経営による懐柔が中心だったみたいですし。

伝えられているとおり、坂上田村麻呂が10万人もの大軍を率いていたとなれば、それは蝦夷地のいかなる集団よりも巨大な人口を持っていたはずで、この軍勢と、それに続いて入ってくる入植者の人口圧力を通じて蝦夷を追い詰めたというのは十分考えられると思います。

ねぶた祭なんかは田村麻呂伝説に起源があるみたいですね。

田村麻呂はアテルイの刑死後、彼の済んでいたところに清水寺(田村麻呂が建立にかかわったとされる)を模した堂を建てたという話ですが、実際に見たことがないのでほんとかどうかは知りません。

>アーサー王伝説の起源のベードンヒルの戦いが6世紀初頭

赤城さん、相変わらず守備範囲が広いですね。
ベードンヒルの戦いは、
Siege of Mount Badon
でしたっけ?

面白いことには、当時の文献には、アーサーと言う名前は出てこないようです。
8〜9世紀ごろにできたアーサー王物語の原型にも、やはりアーサーと言う名前は出てこないらしい。

現在のようなアーサー王物語がまとまったのは12世紀ごろみたいですね。

マーク・トゥエインの小説に
「アーサー王に会った男」
と言うのがあるんですが、私は小学生のころこれがとても好きでした。
内容は、コネチカットの工場技師がちょっとした弾みでアーサー王時代にタイムスリップすると言う他愛もないものでしたが。

ちょートピずれでした。

弥生系が多そうな九州でも

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/08 03:25 投稿番号: [4600 / 49973]
かなりの地域で縄文系と思われる地域があります。熊襲について、「背中まで毛でおおわれていた」という表現が、事実をのべたものか、[野蛮人」の形容として使用したものか、不明ですが。二重構造説をとれば、熊襲がアイヌの親戚ともとれますが、二重構造説に対する批判もありますし。

隼人が熊襲と親戚かどうかも不明です。強い関係を述べるものもありますし、隼人はオーストロネシア系とする人もいますし。オーストロネシアとするとそれ程は毛深くはないはず。

地名で、和名起源とアイヌ語起源のものの多寡の境は多賀城址あたりみたいですから、蝦夷が完全にアイヌかどうかはわからないみたですね。それ以北にはアイヌ起源の地名が多数あるので、アイヌ系の人々が多数住んでいたのは確実でしょうが。人種的に[倭人」に吸収されてしまうほどの少数だったら、そもそもそれ程激しい抵抗はできないだろうし、と思っても、アメリカ・インディアンの例があるから、一概にも言えないか、というところで、いまだ不明です。

アーサー王伝説の起源のベードンヒルの戦いが6世紀初頭で、最初の勝利のあと、アングロサクソンに屈するというのもアテルイに似てますね。

>アーサー王を比定すれば

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/08 02:47 投稿番号: [4599 / 49973]
>アテルイですかね。

あえて言うならそうでしょうね。
アーサー王物語の原型はアングロサクソン時代(8世紀ごろ)に成立したらしいんですが、これは古英語の確立と絡めると面白い研究ができそうなテーマではあります。

>蝦夷がアイヌと同一かどうかはまだ決着はついていないんですよね。

そうなんですか?
この辺は無知なので全然知りません。

>熊襲ファンの話はあまり聞かないけど。

ヤマトタケル伝説の「やられ役」と言うイメージですね。

熊襲の名称を熊本と絡める人がいますが、熊本はもともと隈本だったはずだから(改称は加藤清正による)、この辺は良くわからないところです。

うーん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/08 02:37 投稿番号: [4598 / 49973]
>イギリス人はその歴史を「自分たちの祖先の歴史」とは言わないよね。

まあ言いませんね。
ストーンヘンジなんかは誇ってはいますが。

>その土地に受け継がれた歴史として「自国の歴史」と言っている

それはそうです。

韓国も、自国に刻まれた歴史として百済の文物を誇るのは彼らの自由じゃないかと思うんですよ。

>そこを足がかりに日本に恩を着せるようなことを言っている

こう言うのに対しては、
「何寝ぼけてるんだ」
で十分でしょうね。
こう言うことを言う連中は、面白いことに、現代韓国が現代日本から受けている多大な恩恵のことは一切無視する傾向があります。
まあ、まともに相手にはしてられませんわな。

ところで、百済人って皆殺しにされたわけではないですよね?
たとえ奴隷にされたとしても、混血なり何なりで現代韓国人に痕跡を残してないんですか?

アーサー王を比定すれば

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/08 02:33 投稿番号: [4597 / 49973]
アテルイですかね。

蝦夷がアイヌと同一かどうかはまだ決着はついていないんですよね。

アテルイファンも日本には結構いるし。
熊襲ファンの話はあまり聞かないけど。

イギリスとのケースとは異なるかと

投稿者: sulumeman 投稿日時: 2003/05/08 02:18 投稿番号: [4596 / 49973]
> ストーンヘンジやアーサー王物語はアングロサクソンの歴史じゃないけど、
> 現代のアングロサクソンは自国の歴史として大切にしているし。

うーんでも、イギリス人はその歴史を「自分たちの祖先の歴史」とは言わないよね。
ましてやアングロサクソンが、「我々はアーサー王の血を受け継ぐ者である」なんて絶対言わない。
それが別の人種であり、民族であることをちゃんと認識した上で、
その土地に受け継がれた歴史として「自国の歴史」と言っているかと。

朝鮮の場合は、自分たちが滅ぼした国と自分たちの祖先とを混同し、
そこを足がかりに日本に恩を着せるようなことを言っている。
これは放置できないと思うんですがどうでしょうか?

神宮

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/08 02:18 投稿番号: [4595 / 49973]
>古事記・日本書紀に石上神宮はかならず神宮と記載されてるのに伊勢は五十鈴宮・渡遇宮などと記載されており伊勢が神宮として定着するのは6世紀後半以後

これを理由にして、
「大和朝廷で大規模な政権交代があった」
と主張する人もいますよ。
一番極端なのは、
「百済人の天智朝から新羅人の天武朝に政権が交代したことが、こうした名称変更の理由である」
と言うもの。
この手の説では歴代の天皇はみんな半島人ということになるらしい。
もちろん、この説が成り立つためには、大和国内が国内勢力による統治能力を完全に欠いた状態じゃないといけないので(一方で百済や新羅は強力で安定した状態である必要がある)、これ自体はトンデモ説の類ですが。
ついで言えば、持統天皇は天智天皇の皇女だったはずだから、この時点で上記説は破綻します。

ただ、天皇家と言う存在が、いくつかの異なる系統の家系を、ある段階でひとつに統合したものである可能性はもちろんあると思います。

天武・持統天皇は中国かぶれだったという説もあるので、彼らの意向が、名称の変更とうに大きく影響した可能性はありますね。
「天皇」と言う名称自体、唐の高宗が用いたものからつけたんでしょうし。

マーボーさん、sulumemanさん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/08 02:02 投稿番号: [4594 / 49973]
>古代朝鮮人・古代中国人、日本への渡来人と為ったこれらの二者は、現代韓国人の先祖ではありません

>当事日本に文化をもたらした民族と現在の朝鮮人とは別の民族。

厳密に言えばそうなんだろうけど、個人的には、韓国人が百済の文化や歴史を自国の歴史として誇るのは、まあ別にいいんじゃないかと思いますよ。

ストーンヘンジやアーサー王物語はアングロサクソンの歴史じゃないけど、現代のアングロサクソンは自国の歴史として大切にしているし。

注)ストーンヘンジを製作した民族は不明。一応ケルト人の先祖と言われているが確証はない。また、アーサー王はブリトン人(ケルト人の一派)の王で、彼の業績はブリテン島をアングロサクソンの侵略から守ったこと。

たしかに、
「おまえら日本人に文化を教えてやったんだ感謝しろ云々」
となれば、
「何に言ってのおまえ」
と反発もしますが。

>>アングリさん

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/08 01:45 投稿番号: [4593 / 49973]
>トピの主代行はできる、出来ないよりも私には無理な役だと思います(笑)

まぁ、、韓国人歓迎の韓国軽視論のトピ主が、「怒ったコリアン」さんじゃ〜ね〜
えもいえぬキャスティングで御座いますな。。

しかし、アングリさんは、長い文章を打つのが早いですな〜!!
あれほど次々の乱れ撃ち投稿には、脱帽で御座います。
どっちが日本人だか、判りませぬ。。

>ときとき、新しい王朝ができたり、分裂した国が統一してまもないころは文化も咲いたり、産業もそれなりに発達していたようですが、全体的にの「興」した時期が長続かない一瞬の桜みたいな感じでした。

朝鮮は、中国と日本という大国(っちゅう程でもないが)に挟まれて、不安定でしくはくしちょったから、まぁ、しょうがないでっしゃろ。。(今でも、これは継続中ですな)
満州や女真のように、いつのまにやら、吸収消滅されれんかったのは、半島という地形に割拠しちょった要因が大きいでしょうな、、

しかし、中国の王朝がめまぐるしくかわるわりには、朝鮮の王朝はあまり、変わりませんな。。統一後は、新羅、高麗・朝鮮くらいのもんでしょう。その点では、結構、長続きしてまんがな。。

しかし、李氏朝鮮ちゅうたら、あっしには、平安朝みたいなイメージがあるんやけど、どうなんでしょう??

貴族文化がいくら発達しても、近代社会は、国民全体の力ですからね〜
日本が維新を興すことが出来たのは、戦国時代が、大航海時代と重なっちょったからかも知れませぬ。

それによって、ヨーロッパと同じような時期に、合理主義的な精神を獲得することが出来たんじゃないかと思われます。



ところで、罵倒ネタはもう種切れでっか??(笑

日本の宗教

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/08 00:54 投稿番号: [4592 / 49973]
高床でない神社はないだろう。(寺の多くもその構造は高床になっている)   高床なのは一応大蛇の害を避けるため、とかいわれているが。ま、雨から収穫物を守るためでもあろう。

>日本の首相の接待もドイツやフランスでやり方が違うように、神様の祭り方も土地によって違うでしょう。それがシャ−マニズムだ。
南方、すなわち日本の土俗文化式だな。

よく分からん文章じゃの。
シャーマニズムでは神様の接待の仕方が違う、という文と、南方土着という文は同じことを述べているのか、別のことを述べているのか、わからんぞ。

>>神社そのもののアイデアの発生はまた別。

>仏教が入って来てすたれてしまった半島のシャ−マニズムとは比べられんな。

日本はモンスーン地帯の一種だ。インドにに似ている。が、インドとは違い、大雪の降る北方的環境もある。宗教(特にその発生)が環境と無関係ではないとするとこの条件は無視できん。(なぜ発生といったかというと、アラブとは環境の全く異なるインドネシア、マレーシアでもイスラムはさかえているーー変容されたもんだがな)

縄文初期は日本列島に「素材」が入り始めたころだろうな。縄文中期になると母権的村落共同体が形成され始めた。この頃の記憶が天照大神の岩戸神話、穀物神話、マレビト神話などの南方系の神話の元だ。

弥生時代の水田農耕とともに、父権的社会が出現する。

水田耕作は気候の影響を大いに受けるので、人間にはどうすることも出来ない台風、日照りなどの自然的災害を避けるための自然崇拝が始まる。季節おりおりの祭りなどもここに起源をもつ。ここでの限定された自然崇拝は弥生的。縄文は自然と共棲の思想だろうな。

古墳時代のタカムスビの高天原神話も北方系だけというわけじゃない。父権的、北方ユーラシア的、シャーマニズム的要素はあるが、前述の天照は南方的だ。

日本にシャーマニズムとアニミズムが混在するのはこんな理由からだな。南方はアニミズム。南方の幽霊話の幽霊はかならず何らかの「形、姿」をしている。

これらに対応して日本の古神道も2重構造だ。

神は、海のかなた、死者の国、常世から人間の世界に水平的にあらわれてくる一方で、垂直的にも天から現れてくるし、死者は地下に潜る。

これらの神々が一時的に休む場所が神社のおこり。社稷として固定して行ったのは水田農耕が確立されてからではあろう。

ま、いずれにして日本の原宗教は二重構造をもつ。

日本仏教は土着宗教の影響をうけるとともに、仏教自体のヒンドゥー化的変容をうける。仏教の大乗化は、結局はヒンドゥー化なんじゃが。特に密教はお釈迦様の教えとは似てもつかない。

>Uさん

投稿者: angrykorean386 投稿日時: 2003/05/08 00:29 投稿番号: [4591 / 49973]
まずトピの主代行は
できる、出来ないよりも私には無理な役だと思います(笑)

これからもREGULAR   MEMBERとして頑張りますので宜しくお願いします。

韓国と日本の暦史の認識の差があるのは
当たり前で現代の同じ事件についても認識が違うのもこの認識の差からくるものだと
思います。

暦史は古代から近代まで高校で「暗記」した
知識が殆どですが私だけじゃなくて多くの韓国人は「受難の歴史」として纏めちゃう傾向もあります。

昔受験雑誌で国文学を専攻している大学院生が書いた投稿が記憶に残っています。
「韓国文学を専攻したが、挑戦したい巨峰がない、
イギリスのSHAKESPEAREや独逸のGOETHE、
ロシアのトルストイ、フランスのHUGOみたいな
一生をかけて研究してもたりないほどの文豪がいない。
李相は異常(李相と同じ発音イ・サン)な精神分裂者に過ぎないし、
春園は末期の親日行為で初期の文学までが罵倒されて
まともに評価できない・・」

暦史も同じだと思います。
古くなった用語で「民族重興」という表現がありますが
わが暦史で興したときがあったのかと思います。
ときとき、新しい王朝ができたり、分裂した国が統一してまもないころは文化も咲いたり、
産業もそれなりに発達していたようですが、
全体的にの「興」した時期が長続かない一瞬の桜みたいな感じでした。

おう!ビアンチくん

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/07 23:26 投稿番号: [4589 / 49973]
出雲の新羅経営、説もあるぞ!(唖唖大笑

名称は無いが、神社の起源は、青森県やそうな!
http://www.sakigake.co.jp/kikaku/y2002/kouryuaomori/aomori_04.jsp

アイヌさんも、たいしたもんだで、、

まとめて神宮

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/05/07 22:32 投稿番号: [4587 / 49973]
ははは、神宮という呼称が日本よりも新羅のほうが早かったとちょっとからかった(スマン!)だけだったんだけど、いろいろ返事がきちゃったね(笑
んじゃまとめて、

>しかし、新羅には神社様式の遺構は、はたして残っちょるんかいな?

無しでしょう。あそこは新しいものがはいると既存のものは廃される。

>もし、神社の起源が新羅だったら、何で、「日帝はウリに神社を拝ませたニダ!!」ちゅうて、怒ったりしちょりはるん??

日本の神として定着しちゃったし、起源が半島でもかの地ではすでに廃れたもんだからでしょう。
前にも書いたけど韓国の詩人(小説家だったか?)金達寿が日本の神社あちこち訪れた際、ある巫女が「ここの神は半島の神だよ。日本の神社は全部半島から来た神さまだよ。だから朝鮮人はバカになっちゃった(神様みんな日本に来ちゃったから)んだよ」と言われどうしていいかわからなかったというのがあった。(こないだホンキ−さんとのやりとりで出てきたような...)

>南方の高床式建物がその起源。

日本の首相の接待もドイツやフランスでやり方が違うように、神様の祭り方も土地によって違うでしょう。それがシャ−マニズムだ。
南方、すなわち日本の土俗文化式だな。

>神社そのもののアイデアの発生また別。

仏教が入って来てすたれてしまった半島のシャ−マニズムとは比べられんな。

http://www.ani.gn.to/new_page_72.htm
>こりゃ、すめらみことはシュメールだ、説だな。
ギャハッハハアハハッハッハハハハアッハハハ!!!!!!!!!!
こういうの最高だよな(猛爆
まぁ、新羅のスキタイ文化のように伝播されるという事が不可能ではないよな。


>神宮
1.格式の高い神社
2.やしろ
3.伊勢神宮

と、神宮といえば伊勢神宮ともされるが古事記・日本書紀に石上神宮はかならず神宮と記載されてるのに伊勢は五十鈴宮・渡遇宮などと記載されており伊勢が神宮として定着するのは6世紀後半以後らしい。
まぁ、今になっちゃ関係ないが。


>「神宮」はもともと、周王朝の始祖をまつった廟のことですよね。

それは知らなかった。

>経由ルートまでは知らないけど、新羅にあるというならそこをとおって、その名称は日本に伝わったんじゃないですか?

充分ありえますな。

>ちなみに、伊勢神宮の正式名称は「神宮」です。

上記。

ヨコ>でっち上げの捏造

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/07 22:09 投稿番号: [4586 / 49973]
>を信じるものは少ないし、

それは、始めて知りました。
あっしが知ってる韓国カテは、そういう人は少ないですからねぇ、、

でも、「でっち上げの捏造」とまでは、さすがに思わないんじゃないですか??
あっしが読んだ韓国の教科書も、偏向してるとは思ったけど、「でっち上げの捏造」とまでは思わなかったですよ。

>日本に対する好感を持っている人が多いです。

それも、なんか以外、、、日本では、テレビニュースでも、日の丸燃やしてるとこしか出てきませんからね。(笑
まぁ、普通の当たり前の情景は、ニュースにならんから、流れないのでしょうが、、

>私が心配しているのは強烈な反日感情で日本人を傷つけることが、反対に強烈な嫌韓感情を巻き起こしていることです。

確かにそれは、ありますな。。
でも、普通の日本人は、韓国人は反日ってことは知ってるけど、別に関心無しってのが、圧倒的に多いのではでは??
韓国カテで、罵倒を聞かされてるのは、ごく一部の日本人だけですからね。

尚、「嫌韓」ってのは、最近の言葉だそうで御座います。。
http://home.att.ne.jp/red/dateasia/kako/kan30.htm

>金ワンソプ氏について私の意見がありますが今度書きます。

それは、たのしみですワイ。。またまた、物議をかもしそう、、(笑

>日本に多大な影響を及ぼすほど

投稿者: MAHBOU007 投稿日時: 2003/05/07 21:12 投稿番号: [4585 / 49973]
>絢爛たる文化の持ち主だった。

古代朝鮮人・古代中国人、日本への渡来人と為ったこれらの二者は、現代韓国人の先祖ではありません。

朝鮮半島・中国大陸で起きていた戦乱を嫌って新天地を求めた者達で、あなたの血の中には一滴も入っておりません。

千年経てば全くの別人種、この辺から認識を改めて下さい。

色男クン

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/07 20:46 投稿番号: [4584 / 49973]
>かん黒人→韓国人

  てっきりわざとやったのかと思った。

  色男クンも筆の誤り〜   ♪

訂正

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/07 20:44 投稿番号: [4583 / 49973]
日刊関係→日韓関係

かん黒人→韓国人

失礼いたしました。

Cの旦那へ

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/07 20:39 投稿番号: [4582 / 49973]
>そんなエライ自分達に対するプライドみてぇだよ。でもさ、大昔偉かったんならさ、なんで今はこうなの?って聞くのはタブーなんだってよ。

それは客観的に見ればプライドとは言いませんな。

まあ、韓国人の内面の問題なので、これ以上私にはどうとも言えませんが。

mdklee69さん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/07 20:29 投稿番号: [4581 / 49973]
どうもです。

私のほうは、たしか一度、慰安婦の件でmdklee69さんに横レスを入れたことがあるんですが、あの話は(トピの流れとして)それっきりになったみたいなんで、改めまして、ご挨拶いたします。

>燦爛たる文化の持ち主だったと言うプライドは、私は結構だと思います

もちろんプライドを持つのは悪いことではありません。
韓国が最貧国から現在のような工業国になり得たひとつの大きな要因は、
「プライドと言う形で国民を精神的に統合できたから」
でもあります。

ただ、それならそれで、
日本と言う他者を比較の対象に持ち出すことはありますまい。

「百済の文化水準は高かった」
でいいじゃないですか。
それは事実なんでしょうし。

>これからもっと盛んな交流を望んで
おります。

今は塀の内側の住人になられてしまった盧泰愚元大統領曰く、
日刊関係の望ましい姿は、
「君子の交わりは水のごとくあわし」
だそうです。
私もこれに賛成します。

相手に敬意を払えないと、良い関係は長続きしませんね。

私としては、
「日本文化のいいものはみーんなかん黒人が教えてやったんだ」
というのは、たとえ一部のお馬鹿ちゃんの主張だとしても、やめさせてほしい。
日本文化は日本人の心です。

そんなに突っ込んでほしい?

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/07 13:59 投稿番号: [4580 / 49973]
>これからもっと盛んな交流を望んでおります。

  まあ、たいしてツッコミ所がないけれどもね。

  交流はいいけど、こういう考え方の人たちと交流するというのは、ちょっと・・・

http://members.tripod.co.jp/koreawatcher/docs/tusima2.htm

  日本人にとって、「いい韓国人」とは「アカの他人の韓国人」だよ。

  ストーカー行為にはほとほと疲れたよ。

日本は韓国から何も受け継いではいない

投稿者: sulumeman 投稿日時: 2003/05/07 13:54 投稿番号: [4579 / 49973]
> 唯一の残照は「日本に莫大な影響を与えた」という韓国人にとっては欠かせない
プライドだけだと思います。

当事日本に文化をもたらした民族と現在の朝鮮人とは別の民族。
よって現代韓国人が「我々の祖先が日本に文化をもたらした」というのは大きな間違い。

J Fookerさん、はじめまして。

投稿者: mdklee69 投稿日時: 2003/05/07 13:37 投稿番号: [4578 / 49973]
横から失礼致します。

>それ(百済からの多大な影響)は
事実なんですが、そもそも何でそんな
ことがプライドになるのかが日本人には
ちょっと理解しかねるところですね。

我々の先祖は昔ある時期、日本に多大な
影響を及ぼすほど燦爛たる文化の持ち主
だったと言うプライドは、私は結構だと
思います。
ただ、韓民族の絶対的優越性の話に飛躍
されたり、別の民族を貶すネタにならない
限りとの条件付きですが、、、

断っておきますが、サンキューなんかは
要りませんので、、、(笑)

>ここからわかるのは、
「当時から両者の交流は盛んだった」
と言うことだけだと思うんですが。

これからもっと盛んな交流を望んで
おります。
(ここらで突っ込み入れられそう、、、
いらねーよ、、と
chonkanchigaiyarodomoさん辺りから、、、)

まあ、そういうことなんだよな

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/07 09:15 投稿番号: [4577 / 49973]
>私が心配しているのは強烈な反日感情で日本人を傷つけることが反対に強烈は嫌韓感情を巻き起こしていることです。

  俺達に言わせれば、「韓国人は反日が趣味」としか見えない。

  こういうバカなことばっかりやっていれば「韓国を好きになろう!」と言うこと自体、無理ではないか。
http://members.tripod.co.jp/koreawatcher/docs/tusima2.htm

  韓国では若い人ほど反日だと聞く。
  歴代の政権が反日をイデオロギーとして国を統合しようとしたからだ。

  ところが反日は民族意識の高揚と表裏一体をなし、民族意識は北朝鮮の野蛮な行為の容認と結びつきやすい、ときたもんだ。

  今の韓国の真の悩みは、若い人たちが北朝鮮の真の脅威を知らないところにある。

  どうだい図星だろ?

  反日が行き過ぎた結果、韓国は国内世論の分裂の危機にさらされている。

  自業自得と言えば、それまでだが・・・

  キムワンソプがそうした自国の現状を嘆いて、自国民を罵倒する気持ちが俺にはわかるよ。

>>>>>門外漢の答え

投稿者: chigaigawakaru 投稿日時: 2003/05/07 09:11 投稿番号: [4576 / 49973]
俺が聞いた話だからさ、本当かどうか知らねぇけど・・・

>それ(百済からの多大な影響)は事実なんですが、そもそも何でそんなことがプライドになるのかが日本人にはちょっと理解しかねるところですね。

日本は世界の大国、スーパーパワー。振り返って韓国は冷静にみたらテンで日本に敵わないって一般的には思われてんだってさ(俺の韓国人のダチ公曰く)。だからさ、その強い日本に大昔とはいえ影響を及ぼした自分達は日本以上に偉い!当時の朝鮮(悪意ナシ)からの多大な影響があったからこそ、今の日本があるってことになるんだそうだ。そんなエライ自分達に対するプライドみてぇだよ。でもさ、大昔偉かったんならさ、なんで今はこうなの?って聞くのはタブーなんだってよ。

こりゃ日本人にゃ分り難いよなぁ。

>>>>門外漢の答え

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/07 08:06 投稿番号: [4575 / 49973]
>韓国の近代史は自分の歴史をあまりにも悲惨な場面だけ強調して

これは、独立以降に、
「近代人としての韓国人」
というアイデンティティを創造するためには、ある程度やむをえない部分もあったんでしょう。
「韓国人として強くあらねば」
という考え方自体は、韓国の驚異的な経済成長を支える精神的支柱にもなったと思います。
ただ、うそをついたのはいただけない。
そのウソが、後々与える悪影響は計り知れないほど大きなものです。

>暦史時間の暗記と他のことで苦しんだ中学生の「反乱」が面白く表現されていました

まあ、実際にはみんな適当にごまかしていますよ。
苦手な上に興味もない科目に何時間も時間をかけても効率が悪いだけですから。

>私の時代には原則として全科目でした

90年代前半に受験した韓国人はやはり全科目受験したと言ってました。
ただ、最近はずいぶんと楽になった(科目が絞れるようになったらしい)そうです。

大学は専門教育の場だから、無関係な科目まで一律に勉強させるのはあまり意味がないと思う。
大学のコースワーク自体に教養課程だってあるんだし。

>現代人なら関心がないかも知れません

露骨に言って関心のない人にはどうでも良いことです。

>ブヨなど百済の首都だった城下町に行けば観光客や修学旅行用文化遺産くらい

というと、一応遺跡なんかは残っているんですか。
それは一度見てみたい。

>「日本に莫大な影響を与えた」という韓国人にとっては欠かせないプライド

それ(百済からの多大な影響)は事実なんですが、そもそも何でそんなことがプライドになるのかが日本人にはちょっと理解しかねるところですね。
ここからわかるのは、
「当時から両者の交流は盛んだった」
と言うことだけだと思うんですが。

宮(みや)は

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/07 02:20 投稿番号: [4574 / 49973]
社とおなじいみだよ。

神さんがやってきたときの仮の住まい、休息所。

神宮
1.格式の高い神社
2.やしろ
3.伊勢神宮

そういや、アジア大会をやったプールは社稷プールだったな。漢字をつかわなきゃ意味はわからんだろうな。

>神社系と仏教系

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/07 02:07 投稿番号: [4573 / 49973]
「神宮」はもともと、周王朝の始祖をまつった廟のことですよね。

経由ルートまでは知らないけど、新羅にあるというならそこをとおって、その名称は日本に伝わったんじゃないですか?

ちなみに、伊勢神宮の正式名称は「神宮」です。

神社の構造は南方的

投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/07 01:43 投稿番号: [4572 / 49973]
南方の高床式建物がその起源。

神社そのもののアイデアの発生また別。


http://www.ani.gn.to/new_page_72.htm
こりゃ、すめらみことはシュメールだ、説だな。

そう来ると思ったよ−ん!

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/07 00:47 投稿番号: [4571 / 49973]
あっしも、神無月には八百万神が、出雲に出張するちゅうから、新羅→出雲の渡来ルートもあるんかいなと思っちょったですワイ。。

しかし、新羅には神社様式の遺構は、はたして残っちょるんかいな?

もし、神社の起源が新羅だったら、何で、「日帝はウリに神社を拝ませたニダ!!」ちゅうて、怒ったりしちょりはるん??

神社系と仏教系

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/05/06 23:39 投稿番号: [4570 / 49973]
神宮というのも新羅のほうが倭よりも先だよ−ん!



農林・水産省認定鴨飼い@びあん

>サンキュー

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/06 22:33 投稿番号: [4569 / 49973]
どういたしまして、、
























3級鴨師   @ゆう

ぎく!

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/06 22:29 投稿番号: [4568 / 49973]
あっしもやってしまった!!


>>天智天皇、聖武天皇、後醍醐天皇くらいのもんだよ。

>神武天皇の名前を忘れた人が普通の日本人



(火爆)

>同じく、門外漢の答え

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2003/05/06 22:18 投稿番号: [4567 / 49973]
>日本の古代は百済のパクリ

パクリとはひどいなぁ、、(笑
まぁ、神社系と仏教系があって、仏教文化は殆ど百済からの輸入なんだろなぁ〜

>今のKBSののシナリオ作家は崔インホ氏の小説の影響を、受けたのではないかと思います。

え!KBSってのは、ただのハッタリだったんですけど、やっぱりKBSの大河ドラマでは、斉明天皇は百済王の妹なんっすか??

もしも、百済王の妹だとすると、斉明天皇の母親が、百済で百済王の男子を産んだ後に、日本に来て天皇の娘を産んだケースだと思うけど、、、つまり、吉備姫王が百済人???、、、どうも、ちゃいまんがな、、
http://www.asukanet.gr.jp/yumedono/cont01files/cont01_008kibituhime.htm

>それに数千年の暦史の教科書の内容のほぼ半分をこの情けない時代の
>何とかの政変、とか何何の乱とか5年10年おきの変な事件のオンパレードでした。

あっしも金さんの本で、ちょこっと読んだけど、ありゃ、大変ですねぇ、、挫折、挫折の連続だもん。。で、最後に併合じゃ、確かに情けないだろうな〜
ちなみに、国定教科書では併合の事実は記載されてなくて、ず〜〜っと、抵抗し続けたことになっていますよね。

>暗記中心は日本の暦史教育も同じだと思います。
>123代か124代か天皇のお名前と

戦前は歴代天皇の名前を全部暗記させられたみたいだけど、戦後はほとんど無いよ。、天智天皇、聖武天皇、後醍醐天皇くらいのもんだよ。

>honkytonkさんとUさんのような方は好きだったから暗記しなくても自然に身についたでしょうね。

受験の為に暗記しようと勉強した記憶は、あまり無いですね。
物語を覚えるみたいに、自然と覚えちゃってる。。。ま、専門化じゃないから、小説と混同してる部分も、あるかもしれませんが(笑

>両国の暦史問題は教科書問題よりも、次世代が暦史の正しい認識ができるように教室での指導、授業方法がかわることが大事だと思います。

まぁ、韓国には韓国としての、日本には日本としての歴史があるから、完全に一致する必要は無いですよ。。例えば、angrykorean386さんの住んでおられる、日本海の竹島(笑)なんて、現時点では一致しようがないでしょう。ただし、その違いが、夫々にとって、どの様な意味合いがあるのかは、互いに理解する必要があるでしょうな〜。。

それにしても、angrykorean386さんが帰って来てくれて良かったです。

このトピは、もはや、アングリ・ファンクラブですな、、貴方がいないと、トホホの状態ですわ〜

あっしは隠居しますゆえ、トピ主代行、引き継いでくれはりまっか??

>>>門外漢の答え

投稿者: angrykorean386 投稿日時: 2003/05/06 21:56 投稿番号: [4566 / 49973]
韓国の近代史は自分の歴史をあまりにも悲惨な場面だけ強調して、
これじゃ日本の殖民地になるのは当たり前だという意見もありました。
日本たたきはその反動だと認識しています。
何年か前テレビで見た日本映画では
この暦史時間の暗記と他のことで苦しんだ中学生の
「反乱」が面白く表現されていました。

日本の大学の受験科目の少なさは羨ましいです。
韓国離れで、周りにも受験生がいないので
現在は受験がどうなったか分かりませんが
私の時代には原則として全科目でした。
国語(漢字含む)、英語、数学、物理、化学、
国土地理、人文地理、生物、家庭、家事(家庭と同じような科目)、
国民倫理(哲学的な内容含む)、国史、世界史、
ほかにもあったような気がしますが
国語、英語、数学の重要科目だけ受験できたのは1979年度までで
はげ軍人全斗換の時代にこう変わって私達の時代には大変だったです。

神武天皇の名前を忘れた人が普通の日本人だと思いませんが、現代人なら関心がないかも知れません。

百済の文化遺産は百済は新羅に負けたせいもあるがそんなにないですね。
ブヨなど百済の首都だった城下町に行けば観光客や修学旅行用文化遺産くらいで
つい最近までこの百済地域は手離された状態でした。
唯一の残照は「日本に莫大な影響を与えた」という韓国人にとっては欠かせない
プライドだけだと思います。

angrykorean386さん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/06 21:45 投稿番号: [4565 / 49973]
>本業ともう一つの本業(進学を考えています)のことで忙しくなりそうです。

そうですか。
どちらもうまく行きますように願っております。

>これじゃ日本の研究に負けて彼らの主張だけが正しい暦史として認められる可能性がある

歴史は勝ち負けじゃないんですけどね。
日本と韓国は立場が異なるから、「解釈」や「真実」はどうしても一致しないと思いますよ。
ただ、「事実」は共有できます。
それ以上は、
「他人のことだから他人の勝手」
で良いと思うんですけどね。

>有名な話なので日本でも話題になったと思います。

私が聞いたところだと、これは、東大での韓国語の地位が低いことに反発して話が流れたということでした。
ただ、私は東大にはかかわったことがないので、この話の真偽は知りません。

>なぜ韓国は日本より遅れたのかだけでも凄い研究テーマになる

社会制度や近代化の問題として、
「韓国はなぜ日本に遅れをとったのか?」
を分析するのは、非常に学際的な研究を必要とするテーマです。
ポリティカルエコノミー論で研究されているテーマですが、答えをひとつに求められるようなものではないでしょうね。

ただ、このテーマは善悪・優劣を問題にするアイデオロジーに結びつきやすいので、ちょっと注意が必要ですが。

「比較制度分析」などは有効な分析手法だと思います。

>井戸を掘った人のことは忘れない

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/05/06 21:30 投稿番号: [4564 / 49973]
>などと中国人はいうが、ほんとうかな。

ある程度は当たっていますね。     
だから人間的にカワイイとこがあると思っています。               
それに引換えちょーせん人は、一人立ち出来るまで支援を受けていたことを忘れ、自分は何でもできると錯覚し、世話になったが用済みの人に対して、後ろ足で砂をかける恩知らず。     

W-Cupで協力した日本に対し、自我をむき出した対応。チョンモンジュなどは現代財閥が今日あるは日本企業のお陰であることを忘れ、歪曲された歴史観で日本をたしなめるクズ本を日本で売るなど、南鮮が経済破綻したがモラトリアム宣言せずに、スムーズに経済復興が出来たのも、決済期日直前に日本が500億円の緊急融資をした事を知りながら、感謝の言葉も無い。

ちょーせん人には恩という精神的領域が皆無、あるのは恨=犯の邪な民族。

>勘違いさん

投稿者: angrykorean386 投稿日時: 2003/05/06 21:29 投稿番号: [4563 / 49973]
「冷静な対日批判」といえば、
私も浅知識のものなので
そんなに冷静な論議は出来ない人間だと思います。

しかし、現代の韓国の若者はMDKさんとかjuwanさんのように
日本と日本語を知っている人だけじゃなくて、
日本のことをあまり知らない人もでっち上げの捏造を
信じるものは少ないし、日本に対する好感を持っている人が多いです。

私が心配しているのは強烈な反日感情で日本人を傷つけることが
反対に強烈は嫌韓感情を巻き起こしていることです。
それに金ワンソプ氏みたいな自生的に生まれた
日本語の知らない親日作家がinternetなどで得た偏った情報だけで
韓国を罵倒するのも問題だと思います。

金ワンソプ氏について私の意見がありますが今度書きます。

>>門外漢の答え

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/06 21:21 投稿番号: [4562 / 49973]
>仮説として暦史小説にした感じですが

韓国でこれをやると、
「大まじめにそう主張している」
と受け取られるところがポイントですな。

>日本の古代は百済のパクリ

そもそも韓国内に、百済文化の残照は何か残っているんですかね?
韓国人はよく飛鳥斑鳩に百済を求めて訪れると聞きますが、結局、そこから想像するほかないってこと?

>わが国は何回も改革、開放のチャンスを逃して
>段々世界列強のえさになっていくその情けない姿

当時の人が怠けていたり無能だったりしたことが原因というわけじゃないから、一方的に「情けない」などと評価するのも酷な話だと思いますよ。
結局、それ以前の1000年以上の歴史の積み重ねの結果、西洋型近代化に即応できない社会になっていたわけだし。
(これは良し悪しとは無関係な話です)

ま、たしかに、苦しい時代に国民を食い物にした連中は批判されてしかるべきだとは思いますが。

>暗記中心は日本の暦史教育も同じだと思います

そうなんですが、天皇の名前となると、覚える必要があるのはごく一部です。
神武天皇という名前さえ覚えていない日本人は結構いますよ。
私も一部しか知りません。

>全部覚えなければ名門中学、高校、大学に進学できないから

日本の場合、高校や大学なら、歴史を受験科目にしない方法はいくらでもありますよ。

>JFookerさん

投稿者: angrykorean386 投稿日時: 2003/05/06 21:10 投稿番号: [4561 / 49973]
心配してくださって有難うございます。
疲れてはないが本業ともう一つの本業(進学を考えています)のことで
忙しくなりそうです。

このトピでは本当に色々なことが分かって
韓国人としていい勉強になりました。
韓国に住んでいたときこんな東京駐在員の記事を読んだことがあります。
「日本では韓国(朝鮮)の研究をしている学者が
非常に多いが反対に韓国では「日本研究」が「親日派の弁明」
みたいになりがちで研究する学者が少ない氏研究そのものが
タブーになっている、これじゃ日本の研究に負けて
彼らの主張だけが正しい暦史として認められる可能性がある」
のような記事でした。

一時ソウル大学で「日本語研究所?」みたいなところを
設立しようとしたが
「日本語は学問として価値がない」と
反対意見があって結局設立は泡になりました。
有名な話なので日本でも話題になったと思います。
学問として価値はなんだったでしょうか?
私は日本を良いライバルとして研究しなければならないと
思っていました。
なぜ韓国は日本より遅れたのかだけでも凄い研究テーマになるし、
「価値」はあります。
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