神宮
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/05/08 02:18 投稿番号: [4595 / 49973]
>古事記・日本書紀に石上神宮はかならず神宮と記載されてるのに伊勢は五十鈴宮・渡遇宮などと記載されており伊勢が神宮として定着するのは6世紀後半以後
これを理由にして、
「大和朝廷で大規模な政権交代があった」
と主張する人もいますよ。
一番極端なのは、
「百済人の天智朝から新羅人の天武朝に政権が交代したことが、こうした名称変更の理由である」
と言うもの。
この手の説では歴代の天皇はみんな半島人ということになるらしい。
もちろん、この説が成り立つためには、大和国内が国内勢力による統治能力を完全に欠いた状態じゃないといけないので(一方で百済や新羅は強力で安定した状態である必要がある)、これ自体はトンデモ説の類ですが。
ついで言えば、持統天皇は天智天皇の皇女だったはずだから、この時点で上記説は破綻します。
ただ、天皇家と言う存在が、いくつかの異なる系統の家系を、ある段階でひとつに統合したものである可能性はもちろんあると思います。
天武・持統天皇は中国かぶれだったという説もあるので、彼らの意向が、名称の変更とうに大きく影響した可能性はありますね。
「天皇」と言う名称自体、唐の高宗が用いたものからつけたんでしょうし。
これは メッセージ 4587 (bianchi20022002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/4595.html