夢の国「イラン」についていろいろ教えて

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RE: 平成16年ーイスラム暦だと

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2004/01/05 14:09 投稿番号: [734 / 3876]
イスラム暦は、ムハンマドがメッカからメディナに移住(ヒジュラ)した
西暦622年を紀元元年とし、太陽暦より、およそ一年11日短い太陰暦を採用
しているため、平成16年=2004年1月5日は、1424年11月13日となるよう
です。

また、イランは他のイスラム諸国のような上記ヒジュラ太陰暦ではなく、
宗教行事以外はヒジュラ太陽暦を使っているので、今日は1382年のDey 15日
となります。

ただし、どちらのヒジュラ暦でも、元旦(年の最初の日)が異なるので
(イランでは春分の日が元旦)、西暦年の途中で年が変わります。

はじめまして

投稿者: yokabattenjan 投稿日時: 2004/01/05 13:27 投稿番号: [733 / 3876]
イラン。。。興味あります。
・・・というか興味出てきました。
在日イラン人の友人が去年あたりから
かなり増えてきて
色々イランの事を勉強し始めてます。
最近はペルシャ語も・・・

お正月もイラン人が大好きな
パーティーに呼ばれて
あっちこっち忙しかったです。

(イランでもお年玉の習慣があるみたいですね)

イラン地震はやはり話題の中心でした。
それぞれに募金集めをしてました。
ペルシャ語が堪能な知り合いの医者が
もうすぐイランへ行くと言ってました。
募金と医療品を持って。
政府を通さず民間で直接持って行くので
ちゃんと有効に使ってもらえると期待してます。

平成16年 

投稿者: heiseibanzaijp 投稿日時: 2004/01/05 01:31 投稿番号: [732 / 3876]
いよいよ平成16年
イスラム歴だと何年になるのですか???

平成16年

投稿者: heiseibanzaijp 投稿日時: 2004/01/05 01:31 投稿番号: [732 / 3876]
いよいよ平成16年
イスラム歴だと何年になるのですか???

出迎えていただいて

投稿者: rabbit_1k 投稿日時: 2004/01/04 18:18 投稿番号: [731 / 3876]
  ありがとうございます。
地震の起こる前日にドライバーさんと、イランでは地震がたくさん起こっているんだよ、という話をいていて、また、上空を飛行機で飛んでいるときに眺めるイランのあのすごい地形を思い出して、「この国で地震が起こらないわけないよなあ」と思っていたのでした。
  確かにはっきりいってざっとした建て方ですよね。パーレビの頃の古い建物のほうがまだしっかりしてるような印象さえ受けます。入国する直前の“テヘラン上空だあ”というところまで来ると、すさまじく建物が密集していて(空気の汚れも凄いですね)、あそこで地震が起こると、神戸の比ではないかもしれませんね。今回の悲劇を何とか生かしてほしいですね。
  お魚の話。
  アンザリでいただきました。白身の淡白な味のお魚でした。結構塩味がきつくて、「干物なの?」と聞いたくらいでした。でもホントおいしかったです。私は、お魚の形で出てくると思っていたのに、「身」だけが出てきて、どんなお魚を食べたのかわかりませんでしたが、とにかくイランで食べるご飯はどこでもおいしいです。
  ドライバーさんの好意で、アラックの近くの温泉にも連れて行っていただきました。イランで温泉に入れるなんて思っても見なかったので、大変うれしかったです。その前に、温泉があることすら知りませんでしたから。

お帰りなさい!

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2004/01/04 02:18 投稿番号: [730 / 3876]
rabbit 1kさん、お帰りなさ〜い!無事ご帰国嬉しく思います。
イランでのんびりできたようで、良かった良かった!
  イランでは計画を立てて行動しようとすると、思うとおりいかないことの方が多いと思うので、行き当たりばったりで行動する位の大胆さで丁度良いのかもしれません。

  それにしても、ご旅行中に大地震があって驚かれたでしょう?ご無事で何よりでした。

>テヘランの町のあちこちでテントが張られ、救援物資や募金を集めている風景が見られ...

  そうでしたか。
イラン人は、人の痛みを感じる気持ちが強いから、非常事態の時にはサッと行動できるんでしょうね(今まで、私はのんびりした姿の彼らしか見たことがないのですが)
  それにしても被害の大きさには驚かされますね。神戸の地震も冬の早朝に発生した点ではバムと同じだなと思うのですが。今日のNHKニュースでは地震の専門家が調査を始めたと言ってました。やはり建築の方法に問題があるようですね。「バムに限らず、イラン全土で耐震対策がされていないというのが現状なので、このままだとまた同じ問題が繰り返されるのは目に見えている」とイラン人の技師がコメントしていました。
  日本の地震対策法をイランに伝え、同じ悲劇が繰り返されないようになると良いのですが。

  ところで、北の方ではお魚料理召し上がりましたか?私はイランの魚はマズイと思っていたのですが、なんのなんのカスピ海地方の魚はおいしかった〜〜〜!醤油に似た調味料もあって、それを魚にかけて食べた記憶があるのですが、絶品でした。
  rabbit 1kさん!ロムだけでなく是非今後もご登場下さい。楽しみにしています。

訪問客もめっきり・・の件

投稿者: rabbit_1k 投稿日時: 2004/01/04 01:26 投稿番号: [729 / 3876]
  以前チップの件で質問させていただいた者です。ちゃんとロムらせていただいてます。とても参考になります、皆さんの考え方。
  アリサドルはかなり寒いということで諦め、ギランやマザンダランのほうを3日間で1200km車で走ってもらってきました。これといったはっきりとした目標があったわけではなく(つまり、ペルセポリスが見たいとか、イスファハンでエマーム広場に行きたいとかとか言うのではないということ)地方のバザールやイランの田舎の風景を楽しむ旅行にしてもらいました。だから、ドライバーさんの腕次第の内容になり(彼がいろんな人にバザールをどこでやっているか聞きまくってくれたのです)、ホテルも行き当たりばったりで、最初は結構不安だったのですが、親戚のおじさんちの果樹園でオレンジを分けてもらったり、本当によい旅行になりました。カスピ海は確かに「夏に来るところだなあ」と実感しましたが、イランの北部のほうは稲作が多く、またお茶畑が延々と広がる風景なんかもあったりして、こんなイランもあるんだとなんだかほっこりしました。ドライバーさんが無類の買い物好きで、お客はいったいどっちなんだろうというくらい彼は買い物してました、家族にいっぱいお魚やクッキーやオリーブをお土産に。私は3日間で60000リアルくらいしか買わなかったのに。
  ペルシャ語やアラビア語がまったくわからないので、バムで地震が起こったことを翌日くらいにテヘランで知りました。前年に出かけていたので、今回の旅行からははずしていたのです。私はきっと運がよかったのだと思います。だから、大変ショックでいまだに信じられません。地震の翌日、テヘランの町のあちこちでテントが張られ、救援物資や募金を集めている風景が見られ、イスラムの力を大変強く感じ、神戸で震災があったとき大阪や京都の町はこんなにアクションは早くなかったように記憶しているので(私は京都在住)、惨事ではあるのですが、すばらしい国だなと思いました。

And Life Goes On......

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/31 10:31 投稿番号: [728 / 3876]
大晦日を迎えても、バムの人々やテヘランで先が見えずに悶々とした日々を過ごしているであろう
友人のことなどに思いをやると、「さあ、お正月だ」といった気分にはなれませんが、地震の報
をきいてから、あらためてキアロスタミ監督の「そして人生はつづく」をビデオ鑑賞してみました。

このトピを読まれている皆さんはほとんどご存じかもしれませんが、この作品、1990年に起きた
イラン北西地震(ルードバール地震)ー37000人の命を奪ったーの数日後に、監督と息子が、前作
「オリーブの林を抜けて」に主演した少年の安否を尋ねて、大渋滞の中、オンボロ車を駆って訪
ねていくというお話です。

実際に撮影されたのは、地震の2年後ですが、おなじみのハンド・カメラで地震のすさまじさ、
混乱した被災地近辺の様子が、淡々として描き出されています。

苦心の末、目的の村に着いてみると、確かに多くの家屋は崩壊し、無惨な姿をさらしていまし
たが、そこで監督が見いだしたのは、意外にも、被災後の生活をたくましく続けている多くの
村人の姿でした。

崩壊した家の中から、ヤカンや絨毯をひっぱり出そうとしているおばあさん、ワールト・カップ
の中継を見るため、テレビ・アンテナを立てようとする青年と、はしゃぐ子供たち、そんな村人
の姿を見て、監督と共に「それでも人生はつづく・・・」と勇気づけられずにはいられませんでした。

もちろん、バムでは、こんな生やさしい状況ではないこと、容易に想像できます。一刻を争う、
時間との戦いにある人がたくさんいることも。

たしかに、心痛むことが多い、イランですが、バムの人々がこの苦しみを乗り越え、再び歩き
だすことが、一日もはやく訪れること、心より祈っています。

RE:訪問客もめっきり

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2003/12/25 12:29 投稿番号: [727 / 3876]
  ご無沙汰しています。皆様お元気そうで何より(^^ゞ

  fyojizzzzさんが「訪問客もめっきり少なくなり、多くの人にとってはおもしろくもなんともない、個人的ダイアリー化しつつあるイラン・トピですが」などと書かれていますが、案外ロムの人は多いのかもしれません。

  私が時々書込んでるペルシャ語のトピはそれこそ(こちらの比ではなく!)訪問客のほとんどないトピなのですが落ちそうになると誰かがあげているんです。中東カテと違って言語カテは書き込みが多くて浮き沈みが激しいためトピを維持するのが難しいのですが、なぜかまだ生きています。といっても活性化させようと思っているわけではないので、私も気が向いた時にダイアリー的なことを書いているという次第です。Fyojizzzzさんのように内容のあること書いているわけでもありませんし(笑)

  先日わたしはペルシャの神秘家の悪魔(イブリーズ)賛美のレトリックという話を聞いて来ました。これが大変おもしろかったのです。タイトルを見た時にはこちらにご紹介しなかったのですがそれが悔やまれたぐらいです。

  ちょっと時間がないのでご報告できませんが、イランの人達の想像力豊かな詩的・美的表現というのは10世紀には既にあり、それが現在まで綿々と受け継がれている民族なのだなぁと思いました。

  イランあるいはイスラムという枠組みを離れて捉えてみるとさらに広がりが出て面白いかもとも感じました。一歩離れた日本という国にいる私たちにはそういう視点が持ちやすいので、イラン一辺倒ではなく見てみると楽しそうだなと思った次第です。

  それではまたお邪魔しますね。fyojizzzzさん、Sefideさん、nmo03さん、みなさまご家族と共に良い年をお迎えになってください。

RE: 優しい心

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/24 14:23 投稿番号: [726 / 3876]
「チェシメ ショマ カシャンゲ ミビナード」(あなたの目が綺麗に見るのです)って、美しい言葉ですね。
覚えたいけどとても無理だ。

それはともかく、訪問客もめっきり少なくなり、多くの人にとってはおもしろくもなんともない、個人的
ダイアリー化しつつあるイラン・トピですが、sefideさんの来訪によって、すくなくとも個人的にはバラ
の花が一斉に開花したような気分になっています。

で、お話しの、雇用主と使用人の関係、とても興味深いですね。おそらくイランでも、長幼の序というん
でしょうか、年輩者に敬意を払うというような文化はあるんでしょうが(あまり自信なし)、身分の違い
に関しては、人間としてそれほど決定的な差異とはみなされていないのかも知れませんね。

そういえば、以前NHKでやったイスファハンの物語でも、タイル職人の親方と、アフガン難民で靴磨きの少年
とが触れあう場面がありましたが、カメラを前にしてとはいえ、親方が少年を蔑視したり、じゃけんな態度
をとるような様子はまったくうかがえなかったですね。

話しがずれますが、以前どこかで、人と人との物理的距離、例えば、ベンチなどに座る場合、他人がどこ
まで近づいたら不快・不安に感じるかといった国際的調査について
聞いたことがあります。確か、いや、不確かですが、欧米人はその距離がかなり長く、東南アジアの人はか
なり短く、日本人はその中間だったように記憶していますが(あいまい)、この点ではイラン人は、(男女
間は別ですが)かなり短いほうに入るんでしょうね?

この物理的距離感と、精神的なつながり、あるいは精神的な距離感、例えば、他人をどこまで信用するか、
人種や信仰が共通であるか否か、階級や階層、所得水準の同等性、等々がどのように関連しているのか、
sefideさんのお話を聞いて思案してしまいました。

Persepolis-ある幼年期の物語

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/24 01:16 投稿番号: [725 / 3876]
nmo03さん、どうも。
パーティにおけるイラン女性のハデハデな格好や、悩ましいダンスなどについては聞いたことが
ありますが、身近でみたら壮観でしょうね。米国では普段からまわりにも派手な人に事欠かない
のでそれほどでもないかも知れませんが、イラン国内でそんな場面に遭遇したら、目を疑って
しまうかもしれないなー。まあ、男子禁制でしょうから、かなわぬ夢でしょうね。

ところで、タイトルに「ペルセポリス」と書きましたが、これは本のタイトルです。ひょっとす
るとご主人、ご存知かもしれませんが、イラン出身で現在はフランスに住んでいる Marjane Satrapi
という女性が書いた幼年時代の自伝です。もともとフランス語で出版されたようですが、かなり
の反響があり、今年になって英語版もでました。

物語の内容は、進歩的で豊かな家庭の1人娘であった著者が、6歳から14歳まで過ごしたテヘラン
での生活や出来事を漫画形式で綴ったものですが、それはちょうどイランが激動に揺れた時期でも
ありました。パーレビ体制に対する人々の不満、革命の勃発、イスラム体制の成立、イラン・イラク
戦争などが矢継ぎ早に起こり、幼い少女の目を通して、これらの事件が彼女や、両親、身近な人々に
どのような影響を与えたかが語られます。

実はぼく自身、この時期のイランに多少関心をもっているのですが、この本は、少女の身の回りの出
来事を通して、しかもコミック形式で、語られているため、当時のことが生々しく伝わってきました。

結局、自由奔放な彼女は、厳しい制約をもたらしたイスラム共和国体制には適応できず、両親の配慮
で1人、オーストリアにいる親類のもとに移住することになり、メフラバード空港での、悲しくも感
動的な両親との別れのシーンで物語は終わっています。

ぼくにとっては、最良なイラン現代史入門となりましたが、見慣れてくると、絵も味わいがあって、
忘れがたい本となりました。

RE: U.S.A.に移民したイラン人

投稿者: nmo03 投稿日時: 2003/12/22 16:09 投稿番号: [724 / 3876]
そうですね、私達のまわりのイラン系のお友達やその家族には熱狂的、熱心なムスリムはいないです。私達のまわりにはいないだけで探せばいるんでしょうね。イラン人同士の結婚パーティーに参加したことがあるんですがすごく派手でした。参加者のイラン人の女性たちは超ミニスカート、胸元あらわに出したドレスで踊っておりました。リベラルですね。
主人の家族は言葉、食べ物、テレビ、音楽などすべてイランです。米国たるゆえんです。LAなどイラン人街では英語が喋れなくてもペルシャ語で生活できるようです。

ここの来るといろいろイランの知識がつくのでとてもためになってます。

優しい心

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/12/22 02:57 投稿番号: [723 / 3876]
fyojizzzzさん、いつもありがとうございます。映画やイラン関係のイベントにはなかなか参加できない私にとって、fyojizzzzさんの、ポイントを抑えたレスは良い情報源です。

>人と人との関係が、ただ密接というだけでなく、やさしいなーということを強く感じました。自分と他人を隔てる垣根がきわめて低いんだろうなーという印象。とくにこの映画の直後に、インド映画をみたので、その感が一層強まりました。カーストが根強いインドでは、主人
と使用人とでは別世界を生きているかのように、けっして乗り越えられない垣根がそびえている・・・。

  映画の話からそれますが、イランに住んでいた時に感じたことは雇用主と使用人はかなり対等な関係なのではないかということでした。義兄の店で働いていたアルバイトの少年のことを思い出したのですが、必要以上に義兄にへりくだったりしていなかったし、義兄もエテラーム(敬意)を持って接していました。年下だとか、貧しいとか、そんな見方は決してしていなくて、そんなところがいいなあと思ってました。
  革命前、夫の家が豊かだったころ住み込みの使用人を3、4人常に使っていたそうです。そして彼らが年頃になり結婚話がでてくると、住む家を買い与え独立して生計を立てたれるように資金を与えたそうです。使用人だった人たちの写真を私に見せるとき「家族だったんだよ」と夫の家族みんなが口をそろえて言います。中には夫が生まれる前からいて20年位お手伝いしてくれていた人もいてビックリです。夫の父が働いている人をとても大切にしていたらしく「僕ら子ども達が使用人を見下すような態度を取ると叱られたよ。君と彼らのどこに差があるのだ、働いてくれる人に対して失礼だろう、謝れ!ってね」
  そんな環境で育った夫ですから、日本の労働者の立場の低さに最初は随分驚いたようですし不愉快な思いも味わったようです。
  fyojizzzzさんの感じられた「自分と他人を隔てる垣根がきわめて低いんだろうなーという印象」は、私も同感です。
  ところで先日イラン人と結婚した日本人の女性の集まりに参加してきました。
  そこでもイランで感じた「他人を受け入れる優しい心」に触れることができました。
  イラン人のやさしさを好ましく思う、ということは   その人自身の心が優しいからだと思うのです。
  プロフィールにも書いてあるのですが
私の好きな言葉に「チェシメ ショマ カシャンゲ ミビナード」と言うペルシャ語の言葉があります。これは(あなたの目が綺麗に見るのです←つまり   貴方の心が美しいから美しく見えるのだ)という意味なのですが、fyojizzzzさんをはじめイランを愛する人たちには、この言葉がぴったりだと私は思います。

優しい心

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/12/22 02:57 投稿番号: [723 / 3876]
fyojizzzzさん、いつもありがとうございます。映画やイラン関係のイベントにはなかなか参加できない私にとって、fyojizzzzさんの、ポイントを抑えたレスは良い情報源です。

>人と人との関係が、ただ密接というだけでなく、やさしいなーということを強く感じました。自分と他人を隔てる垣根がきわめて低いんだろうなーという印象。とくにこの映画の直後に、インド映画をみたので、その感が一層強まりました。カーストが根強いインドでは、主人
と使用人とでは別世界を生きているかのように、けっして乗り越えられない垣根がそびえている・・・。

  映画の話からそれますが、イランに住んでいた時に感じたことは雇用主と使用人はかなり対等な関係なのではないかということでした。義兄の店で働いていたアルバイトの少年のことを思い出したのですが、必要以上に義兄にへりくだったりしていなかったし、義兄もエテラーム(敬意)を持って接していました。年下だとか、貧しいとか、そんな見方は決してしていなくて、そんなところがいいなあと思ってました。
  革命前、夫の家が豊かだったころ住み込みの使用人を3、4人常に使っていたそうです。そして彼らが年頃になり結婚話がでてくると、住む家を買い与え独立して生計を立てたれるように資金を与えたそうです。使用人だった人たちの写真を私に見せるとき「家族だったんだよ」と夫の家族みんなが口をそろえて言います。中には夫が生まれる前からいて20年位お手伝いしてくれていた人もいてビックリです。夫の父が働いている人をとても大切にしていたらしく「僕ら子ども達が使用人を見下すような態度を取ると叱られたよ。君と彼らのどこに差があるのだ、働いてくれる人に対して失礼だろう、謝れ!ってね」
  そんな環境で育った夫ですから、日本の労働者の立場の低さに最初は随分驚いたようですし不愉快な思いも味わったようです。
  fyojizzzzさんの感じられた「自分と他人を隔てる垣根がきわめて低いんだろうなーという印象」は、私も同感です。
  ところで先日イラン人と結婚した日本人の女性の集まりに参加してきました。
  そこでもイランで感じた「他人を受け入れる優しい心」に触れることができました。
  イラン人のやさしさを好ましく思う、ということは   その人自身の心が優しいからだと思うのです。
  プロフィールにも書いてあるのですが
私の好きな言葉に「チェシメ ショマ カシャンゲ ミビナード」と言うペルシャ語の言葉があります。これは(あなたの目が綺麗に見るのです←つまり   貴方の心が美しいから美しく見えるのだ)という意味なのですが、fyojizzzzさんをはじめイランを愛する人たちには、この言葉がぴったりだと私は思います。

テヘラン朝7時

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/21 23:01 投稿番号: [722 / 3876]
NHKアジア・フィルム・フェスティバルで上映された「テヘラン朝7時」「ストーリー・ビギンズ・アット・
ジ・エンド」そして「5 fiveー小津安二郎に捧げるー」の3本を見てきました。

インド人監督による「ストーリー・・・」とキアロスタミ監督の「5・・・」は別の機会にゆずることにして、ここ
では1日たった今でも余韻を感じているラザヴィアン監督の「テヘラン朝7時」にふれてみたいと思います。

朝7時、テヘランの中心部とおもわれる交差点で、なかなか青に変わらない信号にいらだちをみせている歩
行者数人のアップからドラマははじまります。信号を操作する交通巡査、その巡査に片思いされ、唐突な告
白を聞かされる女優、麻薬の検査を仕事にしている、老いたにせ医者、仕事にうんざりしながらも、どこか
心やさしいバイク・タクシーの運転手。夫に追われながら、必死で逃げようとする女、これらの人々の1日
の断片が、オムニバス風に、時にユーモアたっぷりに、時には、シリアスかつロマンティックに描かれてい
ました。

多くのイラン映画と同様、1つの完結した物語であるとか、なにかはっきりした、具体的なメッセージと
いったものが提示されるわけではなく、見る側次第で、どこをどのように感じるかは、それぞれなのではな
いかな、との印象をもちました。

で、勝手に感じたことの幾つかをあげると、(これも多くのイラン映画にあてはまりますが)登場人物がい
ずれもぼくたちと同じ、普通の、弱さやずるさをしこたま抱えた人間であるということ。スーパーマンはお
ろか、自信や確信に満ちたヒーローは全く不在です。一見、日本とは多くの点で異質と思われがちなイラン
ですが、交差点でイライラを隠せない男たち、女たちも、ぼくたち日本人と同じ生身の、かよわき人間であ
ることに気付きます。共感できます。

これも、イラン旅行でも気付いたことですが、人と人との関係が、ただ密接というだけでなく、やさしいなー
ということを強く感じました。自分と他人を隔てる垣根がきわめて低いんだろうなーという印象。とくに、
この映画の直後に、インド映画をみたので、その感が一層強まりました。カーストが根強いインドでは、主人
と使用人とでは別世界を生きているかのように、けっして乗り越えられない垣根がそびえている・・・。

「テヘラン朝7時」、実はささやかな異文化体験をも期待していたのですが、見終わっての一番の印象は、
「なあーんだ、映画の登場人物、あれは自分だったり、友人であったり、隣の奥さんだったり、したん
だ。」ということ。「東京朝7時」だってかまわない、ということ。

それにしても、オレンジ色に染まったテヘラン市街を見渡している、アフガン人建設労働者のシルエットは、
息を飲むような美しさでした。異境の地、イランで、孤独そのもので、先行きの希望もなにもない、青年、
そんな青年が、小さいながらも、しっかりと両足を鉄骨の屋上に据えて、自然の祝福を体一杯に受けている、
そんな風に感じました。

RE: U.S.A.に移民したイラン人

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/21 16:44 投稿番号: [721 / 3876]
nmo03さん、米国におけるイラン人移民の類型、非常に興味深く読ませてもらいました。

各国の移民グループの中でも、比較的裕福で、高学歴で、しかも社会的立場の高いひとが多いと
聞いていましたが、このように移住することになった経緯などから分類していただくと、その理
由も納得できますね。
なによりも、事実上の「経済難民」や違法滞在者がほとんどいない、ということがおおきな特徴
のようですね。

ところで、これもまた初歩的な質問なんですが、移住することになった大きな要因が、イラン
革命や、その後のイスラム共和国体制への不満や反発
にあるとすれば、米国におけるイランの人々の間では、いわゆる熱狂的、もしくは熱心なムス
リムはむしろ少数派ということになるのでしょうか?   nmo03さんのご主人も、これまでのお話
では、かなり「リベラルな」ムスリム(このような表現が適当かどうかわかりませんが)と
いう印象を受けていますが。

話しは変わりますが、ご主人のご家族、生活の99パーセントがイラン、ということ、想像以上
に「イランどっぷりの生活」ということで驚いていますが、それが可能になるのもまた米国た
るゆえんでしょうか。

U.S.A.に移民したイラン人

投稿者: nmo03 投稿日時: 2003/12/19 01:18 投稿番号: [720 / 3876]
主人にアメリカに移民したイラン人について聞いてみました。これはあくまで主人の感想と私が出会ったイラン系の人たちで統計的うらずけはありませんけど結構おもしろいです。

1.イラン革命前の移民
   少数だがイランでも裕福な人たちに多い。この人たちの子供たちが高学歴で社会的地位が高い。アメリカ社会でがんがん活躍しているようである。

2.イラン革命後の移民   (1)
   大多数は裕福な家庭の人たちが家族ぐるみで移民。同じく高学歴で社会的地位は高い。

3.イラン革命後の移民   (2)
   少数派であるが、Political asylum, Refugee, などぞくに亡命といわれるグループ。このグループは努力して大学の学位をとったりスキルを身につけたりしている。アメリカの中ではミドルクラスに位置してる人たちが多い。

4.イラン革命後の移民   (3)
   かなり少数であるが、宗教的(モスラム以外の宗教)、政治的な事情でイランを離れたグループ。(私はお目にかかったことは無い。)

5.家族の呼び寄せ
   親、子供、兄弟をアメリカによびよせる。

6.留学生
   イランからアメリカに留学するぐらいなのでかなり裕福。私も多々出会った。日本人のように語学留学とかじゃなく、大学学位、修士、博士レベル。私が知ってる人たちは医師をめざしていた。


もっとあるだろうけど私達の知ってる範囲ではざっとこんなもんでしょうか。
違法滞在者はほとんどいないようです。
もともと恵まれた家庭の移民も多いですけど、移民した時は貧しくってもアメリカで大学卒業したり技術を身につけたり努力して今の地位を築き上げてるひとたちも多いです。



U.S.A.に移民したイラン人

投稿者: nmo03 投稿日時: 2003/12/19 01:18 投稿番号: [720 / 3876]
主人にアメリカに移民したイラン人について聞いてみました。これはあくまで主人の感想と私が出会ったイラン系の人たちで統計的うらずけはありませんけど結構おもしろいです。

1.イラン革命前の移民
   少数だがイランでも裕福な人たちに多い。この人たちの子供たちが高学歴で社会的地位が高い。アメリカ社会でがんがん活躍しているようである。

2.イラン革命後の移民   (1)
   大多数は裕福な家庭の人たちが家族ぐるみで移民。同じく高学歴で社会的地位は高い。

3.イラン革命後の移民   (2)
   少数派であるが、Political asylum, Refugee, などぞくに亡命といわれるグループ。このグループは努力して大学の学位をとったりスキルを身につけたりしている。アメリカの中ではミドルクラスに位置してる人たちが多い。

4.イラン革命後の移民   (3)
   かなり少数であるが、宗教的(モスラム以外の宗教)、政治的な事情でイランを離れたグループ。(私はお目にかかったことは無い。)

5.家族の呼び寄せ
   親、子供、兄弟をアメリカによびよせる。

6.留学生
   イランからアメリカに留学するぐらいなのでかなり裕福。私も多々出会った。日本人のように語学留学とかじゃなく、大学学位、修士、博士レベル。私が知ってる人たちは医師をめざしていた。


もっとあるだろうけど私達の知ってる範囲ではざっとこんなもんでしょうか。
違法滞在者はほとんどいないようです。
もともと恵まれた家庭の移民も多いですけど、移民した時は貧しくってもアメリカで大学卒業したり技術を身につけたり努力して今の地位を築き上げてるひとたちも多いです。



アメリカのイラン人の人々

投稿者: nmo03 投稿日時: 2003/12/17 04:28 投稿番号: [719 / 3876]
fyojizzzzさん、
私の知っている範囲でお答えします。

友達の彼女はアメリカンというのは全然たいした意味はないです。ただ、感謝祭というアメリカのビックイベントの日にイラン人の友達を訪れ、ターキーを料理したり、アメリカン的な祝日を祝った、友達の彼女がアメリカンだから、というぐらいの意味です。
主人の友達はほとんど米国在住長いアメリカ国籍をもつイラン生まれの人たちです。その奥さんや彼女はいろんな国籍のほとたちです。ライフスタイル、考え方はかなりアメリカ化しているのは確かですが価値観は人それぞれでしょうね。
私自体、イランについてはほとんど無知なんで、なんともいえないです。すみません。でも主人の家族と接してみて、このトピの過去レスをみて   はぁーなるほどー、と関心しているさまです。

主人の家族を訪れると疲れるというのは彼らは3年前に移住してきて英語をしゃべらないのでコミュニケーションがとりにくいからです。とっても暖かい人たちです。でも主人を通してでないと会話が
成り立たないのは不便です。主人の家族は最近の移住の人たちなので生活すべてが99%イランのようです。アメリカ生活になじむのに3年経ったいまでも大変なようです。

また、のちほどアメリカのイラン人について投稿したいと思います。私の知る限りでは高学歴のイラン人、イラン革命前後の移住の人々、家族関連の移住の人々など、パターンがあるようです。

アメリカのイラン人

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/16 13:15 投稿番号: [718 / 3876]
nmo03さん、こんにちわ。
お忙しい中、お返事ありがとう。

イランのこともよく知っているわけではないですが、アメリカのイラン社会については
まったくわかりませんので、メッセージ毎回、興味深く読んでいます。

ところで、お話の中に、

>その友達もアメリカンイラニアンです。でも彼女はアメリカンです。

という表現がありましたが、どういう意味でしょうか?   イラン系のアメリカ人だが、
ライフスタイルや価値観などが、完全にアメリカ化している、といったことでしょうか?
同じイラン系の人々でも、母国イランに対する見方はやはり様々なんでしょうか、そ
れともステレオ・タイプのような、いくつかのパターンがあるとか?

別の話ですが、「あの家のなかはどっぷりイランでかなり疲れます」と書かれています。
イランのご家庭には旅行者として2,3度伺ったことがあるだけで、お嫁さんという立場と
は全然違いますが、それでもある程度、様子が想像できるような気がします。
nmo03さんは、日本人との違い、どんなところを感じていますか?

ところで、アメリカのイラン人については桜井啓子さんの『現代のイラン』(岩波新書)
に多少、紹介がありました。それによると、在米イラン人の雇用形態では、1990年の統計で、
私企業   66%
公務員   10%
自営業   24%

となっていました。また学歴の高さ・専門職・管理職に着いている割合では、イラン人は
移民グループのなかで、インド系、台湾系に次いで第3位ともありました。移民するこ
とになった経緯などから、やはりイラン国内でもめぐまれた階層にあった人々が多いと
いうことでしょうか。

イランの友人に以前、革命のとき、海外への移住は考えなかったのかと聞いたことが
ありました(彼女は当時未成年ですが)が、移住するつてや手段がなかった、との答え
が返ってきました。

アメリカのイラン人

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/16 13:15 投稿番号: [718 / 3876]
nmo03さん、こんにちわ。
お忙しい中、お返事ありがとう。

イランのこともよく知っているわけではないですが、アメリカのイラン社会については
まったくわかりませんので、メッセージ毎回、興味深く読んでいます。

ところで、お話の中に、

>その友達もアメリカンイラニアンです。でも彼女はアメリカンです。

という表現がありましたが、どういう意味でしょうか?   イラン系のアメリカ人だが、
ライフスタイルや価値観などが、完全にアメリカ化している、といったことでしょうか?
同じイラン系の人々でも、母国イランに対する見方はやはり様々なんでしょうか、そ
れともステレオ・タイプのような、いくつかのパターンがあるとか?

別の話ですが、「あの家のなかはどっぷりイランでかなり疲れます」と書かれています。
イランのご家庭には旅行者として2,3度伺ったことがあるだけで、お嫁さんという立場と
は全然違いますが、それでもある程度、様子が想像できるような気がします。
nmo03さんは、日本人との違い、どんなところを感じていますか?

ところで、アメリカのイラン人については桜井啓子さんの『現代のイラン』(岩波新書)
に多少、紹介がありました。それによると、在米イラン人の雇用形態では、1990年の統計で、
私企業   66%
公務員   10%
自営業   24%

となっていました。また学歴の高さ・専門職・管理職に着いている割合では、イラン人は
移民グループのなかで、インド系、台湾系に次いで第3位ともありました。移民するこ
とになった経緯などから、やはりイラン国内でもめぐまれた階層にあった人々が多いと
いうことでしょうか。

イランの友人に以前、革命のとき、海外への移住は考えなかったのかと聞いたことが
ありました(彼女は当時未成年ですが)が、移住するつてや手段がなかった、との答え
が返ってきました。

エバディ女史の記念講演

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/13 00:37 投稿番号: [717 / 3876]
10日にオスロで開かれたノーベル平和賞授賞式、幸いにもBBCワールドTVでライブ放送を見ることができました。

受賞者、シリン・エバディさん、背の高いノルウェー人に囲まれていたせいか、写真で見たときよりも、ずっと
小柄で、人の良いさそうな中年のご婦人に見えました。外見からはうかがえない強い意志や勇気、行動力は、緒
方貞子さんを連想してしまいました。

授賞式でも、その直前の記者会見時と同様、スカーフはつけていませんでしたね。ご本人が以前から予告して
たことですが。しかも、壇上で、ディプロマを受け取るとき、授与する側の男性(皇室関係者?)と握手までし
ていました。イラン国内では保守派のグループが、彼女の態度を「反イスラム的だ」として弾劾する動きもある、
との記事を読みました。

sharghiさんが前の投稿で、イスラムの寛容性について触れていましたが、記念講演のなかでエバディさんも同様
の趣旨のことを述べていました。ムハンマドの言葉として「そなたは自分の信ずるところを信じればよい、われ
はわが宗教を信じるなり」とおっしゃったとか。

欧米の新聞では、「受賞者、米国を非難」といった具合に、エバディさんがイラクやパレスチナ問題での、
米国による人権無視を告発したことが大きく取り上げられているようですが、ぼくにとっては、それ以上に、
自らの国やイスラムについて触れている部分に興味をひかれました。

「わたしはイラン人です。あのキュロス大王の後裔です。」として、バビロン幽囚にあったユダヤ人を解放し、
被征服民の信仰や文化を尊重した大王のに続く民族として、イランにおける自由や人道主義の伝統を示唆して
いました。

イスラムに関しても、民主主義や自由、男女の平等などとけっして矛盾するものではないとする持論を展開し
ていました。

保守派からは、反イスラム的だと批判され、改革派の一部からは、現体制への批判が生ぬるいと失望をかって
いるエバディさんですが、彼女が授賞講演でしめくくった言葉、「人種、性、信仰、国籍、地位にかかわらず、
すべての人々に、あらゆる人権を付与する」その日を期待したいと願わずにはいられません。

久しぶりです。

投稿者: nmo03 投稿日時: 2003/12/11 11:10 投稿番号: [716 / 3876]
アメリカはHoliday Season に入り、感謝祭やなんだかんだと忙しいです。
勿論、私も主人もクリスマスを祝うことはないのですが、一応アメリカに住んでいるので友達とターキーを料理したりなんかしてました。その友達もアメリカンイラニアンです。でも彼女はアメリカンです。
私達は最近住宅を購入し、家のリモデルを自分たちでやっているので忙しくってなかなか投稿できませんでした。

fyojizzzzさんの御質問の核開発疑惑について主人に聞いてみましたところ、いろいろ思うふしはあるようだけれども
一言で言うと「また、アメリカがオイルをコントロールしたいがためになんだかんだほざいているぜ!   イランが核持ってるからって、だからどうなるってーの!」みたいなことを言っておりました。
私達はいつも新聞やニュースを見ては
また、この国(アメリカ合衆国)は「自分たちは正しいんだ、偉いんだ。」を強調しているね、とあきれている私達です。
なんたって"We are number ONE."
ですから、、。やれやれ。ヨーロピアンの人たちも言ってました。アメリカの報道とヨーロッパの報道は内容が全く違うと、、。

主人もまわりのアメリカンイラニアンの人たちも、「アメリカはまた、何か言ってるよ。」程度で緊迫した様子はないです。でも世界情勢、ことに中東の情報は新聞でチェックします。

週末はいつも主人の家族の所へ行きます。みんなとても親切でかわいがってくれますが、あの家のなかはどっぷりイランでかなり疲れます。

アメリカに住んでるイラン人はほとんど自営業の人が多いですね。頑固なところがあるので会社で働くのは嫌みたいです。イランって日本やアメリカみたいに規則があまりないらしくって、規則にしばられるのが嫌みたいですね。

あっ、主人が帰ってきました。
今夜はイランのスープを作ってくれるみたいです。蟹なべが食べたい。

また、来ます。

Re:ペルシャ発祥の世界宗教

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2003/12/10 13:43 投稿番号: [715 / 3876]
バハイ教徒への迫害問題は初めて聞きました。そんなことがあるのですね。迫害や差別の問題は表面には現われにくかったりしますから第三者にはなかなかわからないのだなと改めて思います。

「右手にコーラン、左手に剣」という言葉の影響もあって、イスラム教は他宗教に厳しい宗教だというイメージを持っていたのですが、いろいろ読んでみると実は当時のキリスト教などよりも他宗教に寛容だったと知ってびっくりしました。時代背景や実際に属している人達の価値観・生活がわからないとわからないことが多いなとこの時も思ったものです。

以前イスファハンに行った時にアルメニア系の教会やゾロアスター教徒の集会所を訪れたのですが、教会内部では女性達がスカーフもかぶらずに観光客の前にも出てきていたので驚きました。教会内部の絵には迫害や受難の事実を思わせるものでしたけれども・・・。

今回の日本人外交官殺害事件も実はアメリカ軍の誤射なのではないかという噂も飛び交っていますね。被弾の状態や事件報告の時間のずれ等々を考えるとそういう噂が出て来るのもわかるような気がします。今後その辺りがどのような調査・発表となるのか注目したいですね。

これだけ情報が飛び交っている今もなかなか事実を知るのは難しいようです。

準ミス・ワールド

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/08 01:37 投稿番号: [714 / 3876]
今年中国で開催されたミス・ワールド世界大会で、
イラン出身のカナダ代表、フフシンジャムさんが
準ミスに選ばれましたね。

このニュース、イラン国内では報道されるのだろうか。

ペルシャ発祥の世界宗教

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/06 14:42 投稿番号: [713 / 3876]
最近、サンフランシスコ・クロニクルという新聞で、イランにおける暗部としてシーア派によるバハイ教徒
への迫害問題が取り上げられていました。

先に、滋賀にあるMIHO美術館についてふれましたが、その場所に身を置いてすぐに感じたことは、インドの
バハイ寺院(Bahai House of Worship)で感じた印象とどこか共通しているなーというものでした。後にな
って考えれば、どちらも宗教施設ないし宗教団体がらみで、「地上の楽園」といった共通の理念をもってい
るということで、余計なものを一切排除した潔癖感や清浄感など、生活臭さがまったくないという点が同じ
なのかなと思いました。

デリーの観光スポットとしてガイドブックにも紹介されているバハイ・ハウスは蓮の花を模したユニークな
礼拝堂(ロータス・テンプルとも呼ばれている)と、それを取り囲む完璧に手入れされた美しい庭園が印象
的でしたが、併設の情報館に入って初めて、バハイ教が19世紀半ばにイラン人、ミルザ・ホセイン・アリと
いう人によって創設されたことを知りました。

後で調べたところによると、バハイ教の信者は日本も含め、世界中に600万人もおり、平和主義、人種・民族
の差別撤廃、男女同権などを理念として活動しているそうです。

よく知られているように、イランではイスラム以外に、キリスト教、ユダヤ教、ゾロアスター教が公認宗教
として、まがりなりにも信仰の自由が認められているようですが、イラン国内の信者数30万人といわれる
バハイ教徒は異端として厳しい弾圧の下にあることが、上掲の新聞で報告されておりました。

バハイ・ハウスはデリー以外にも、世界各地に7(?)個所ほどの礼拝堂があるそうですが、発祥の地イラン
(テヘラン)にも是非、新しく礼拝堂を造りたいとの計画があるそうですが、なかなか当局の許可がおりない、
という話しを聞きました。テヘランに新礼拝堂ができれば、新しい観光名所になること間違いなしだと思うの
ですが。

イラン映画ーディープ・ブレス

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/12/02 01:08 投稿番号: [712 / 3876]
一昨日、東京フィルメックスの上映作品、シャバズィ監督作「ディープ・ブレス」を見てきました。

テヘランの若者2人の友情と、車に乗せたことで知り合った女子学生との愛を軸に物語は展開し、やがて
悲劇的な結末を迎えることになる、という青春映画でした。

映画そのものの評価、好き嫌いは別にして、現在のイラン、とりわけ若者が置かれた状況の描写、という
点ではきわめて興味深い映画でした。以前に比べてイランはずいぶん自由になってきた、とsefideさんも
書いていたと思いますが、この映画をみながら、そのことを感じました。

映画がかもしだす雰囲気も、マフマルバフやマシディ監督などの作品のもつ、いかにも「イラン映画」とい
うゆったりした、どこかほのぼのとしたものではありませんでした。もしスカーフ姿の女性などが画面に現
れなかったら、どこかヨーロッパのどこかの国の作品かな、と勘違いするようなモダーンな感じの映画でした。

来年の2月に大統領選挙が予定されており、若者たちの大量棄権のもと、保守派の圧倒的勝利が予想されて
いるようですが、ある新聞記事では、保守派の論客が、選挙では保守派が勝つだろうが、自由化の流れはな
かなか抑えることはできないだろう、とコメントしていました。

映画の中でも、彼女を乗せた車を警察官に止められ、無免許運転がばれても、彼女の機転で、婚約者である
自分が免許を持っているから、見逃してという願いをすんなり受け入れ、未婚の男女の同乗はまったく問題
にしないシーンなどもあり、取り締まりがずいぶんゆるくなったのかな、という印象をうけました。

ただ、映画そのものは、閉塞された社会状況の中で、行き場のない若者たちのやるせなさと、悲劇におわる
未完の愛、という重いテーマを描いておりました。

ありがとうございます

投稿者: rabbit_1k 投稿日時: 2003/11/30 19:51 投稿番号: [711 / 3876]
本当に助かります。
あれ(トマンとリアル)、頭の中ではわかっているつもりでもホントぐっちゃくちゃになるんですよ。「お前は英語がわからないのか??」ってどなられたことあります、理解するのにあんまり時間がかかったから。トマン→リアル→ドルって頭の中でやっちゃうので。馬鹿でしょ。どうもありがとうございました。

チップの件(補足)

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/11/30 01:01 投稿番号: [710 / 3876]
  すみません。子どもが泣いちゃったから中途半端なレスを送信してしまいました。続きです。

  イランのお金の呼び方にはRls(リアル)とTOMAN(トマン)があります。ややこしいのはお札にはRlsで金額が書かれているのに、実際に買い物するときには○○トマンという言いかたをすること。10リアル=1トマンなので、札に書かれている額から0をひとつ取ったものがトマンになると覚えておくと良いでしょう。
  現在は1ドルが8000リアル(つまり800トマン)前後のようです。
  なので私たちがホテルで支払った1000トマンというのは1ドル少々ということですね。
  今年7月に里帰りした時に、現地の日用品の値段をちょこっとメモしてきましたので、書いておきますね(主婦の買い物メモなのであまり参考にならないかもしれませんが)

  外国タバコ「ウィンストン」1箱=600トマン
  高級イラン米1kg=1200トマン
  牛肉、羊肉   1kg=4500トマン
  魚「ゲセル」1Kg=2700トマン
  トマト      1Kg=   200トマン
  フルーツジュース「サンディス」
         1ヶ=   120トマン
  オシャレ系カフェでは
  カプチーノ    1杯=   600トマン
  アイスクリーム    =   550トマン
  フルーツパフェ    =1100トマン

テヘラン郊外の物価ではこんな感じでした。場所によっても貨幣価値は多少違うかもしれませんが、絶対ガイドブックなどには載らない情報だろうなーと思ったのでレスしてみました。
  ところで、rabbitさんが予定されている観光先、面白そうですね。
私、イランに行くと主に親戚の家を訪ね歩くことが多くて、旅行らしい旅行ってあまりするチャンスが無いので、こちらで皆さんのレスを読ませていただいて、どんな場所なのか想像をめぐらせるのが好きなんです(なんだかワビシイものがありますが...)
  ご旅行後の投稿、楽しみにしてますね!

チップの件(補足)

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/11/30 01:01 投稿番号: [710 / 3876]
  すみません。子どもが泣いちゃったから中途半端なレスを送信してしまいました。続きです。

  イランのお金の呼び方にはRls(リアル)とTOMAN(トマン)があります。ややこしいのはお札にはRlsで金額が書かれているのに、実際に買い物するときには○○トマンという言いかたをすること。10リアル=1トマンなので、札に書かれている額から0をひとつ取ったものがトマンになると覚えておくと良いでしょう。
  現在は1ドルが8000リアル(つまり800トマン)前後のようです。
  なので私たちがホテルで支払った1000トマンというのは1ドル少々ということですね。
  今年7月に里帰りした時に、現地の日用品の値段をちょこっとメモしてきましたので、書いておきますね(主婦の買い物メモなのであまり参考にならないかもしれませんが)

  外国タバコ「ウィンストン」1箱=600トマン
  高級イラン米1kg=1200トマン
  牛肉、羊肉   1kg=4500トマン
  魚「ゲセル」1Kg=2700トマン
  トマト      1Kg=   200トマン
  フルーツジュース「サンディス」
         1ヶ=   120トマン
  オシャレ系カフェでは
  カプチーノ    1杯=   600トマン
  アイスクリーム    =   550トマン
  フルーツパフェ    =1100トマン

テヘラン郊外の物価ではこんな感じでした。場所によっても貨幣価値は多少違うかもしれませんが、絶対ガイドブックなどには載らない情報だろうなーと思ったのでレスしてみました。
  ところで、rabbitさんが予定されている観光先、面白そうですね。
私、イランに行くと主に親戚の家を訪ね歩くことが多くて、旅行らしい旅行ってあまりするチャンスが無いので、こちらで皆さんのレスを読ませていただいて、どんな場所なのか想像をめぐらせるのが好きなんです(なんだかワビシイものがありますが...)
  ご旅行後の投稿、楽しみにしてますね!

参考になるかどうか分かりませんが

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/11/29 23:25 投稿番号: [709 / 3876]
夫いわく「ご旅行する方の懐具合によるでしょう」とのこと。私たち貧乏人夫婦がホテルでお世話になったフロントマンに払ったチップは1000トマン札1枚でした。(オシャレな喫茶店でパフェが食べられる位ですかね)
ガイドさんだったら、もうちょっと払うところかもしれませんね。

お礼

投稿者: rabbit_1k 投稿日時: 2003/11/29 20:10 投稿番号: [708 / 3876]
ありがとうございました。
実際、どういう状況になるのかわかりませんが、参考にさせていただきます。

Re: チップについてーどなたか

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/11/29 17:08 投稿番号: [707 / 3876]
はじめまして

MIHO美術館も、イランも今回実現すれば、複数回訪問になるわけですね。ちょっとうらやましい。

で、チップの件ですが、レスをしはじめたものの、たった一度、10日間の旅行しか経験のないぼくには、
まったく見当がつきません。ペルセポリスの半日観光を、ガイドさんの運転する車でしたときは、前日に
もシラーズ市内を無料で案内してくれており、ガイド氏の熱心な説明にも充分満足したのでかなり多めに
チップを渡しました。(記憶曖昧ですが、料金の20〜30%ぐらい。)

これでは参考にもならないので、手元のガイドブックをみると、『歩き方』は10〜15%、『ロンリープラネット』
のほうは(高級レストランのケースでサービス料以外に)10%ほどとなっていますね。どちらも基本的には
必要ないともありますので、rabbit_1kさんのおっしゃるように気持ちの問題ということなのでしょうね。

蛇足ですが、ロンプラのチップの項には、善意で(しごとではなく)案内などをしてくれた人にも、心付け
を渡すのが普通だが、相手が受け取りを拒否した場合、3度までは申し出を繰り返すべきだ、とありました。

欧米人の読者とちがって、日本人にはわかりやすい習慣ですが。

チップについて教えてください

投稿者: rabbit_1k 投稿日時: 2003/11/29 15:56 投稿番号: [706 / 3876]
  MIHO美術館ってなんか独特のものがありますよね。たまにしか(年に1回くらい)いきませんが、あれしかありませんものね。
  今年の暮れに何とか2度目のイラン旅行ができそうなのですが、アリサドル洞窟とかカスピ海の方とかちょっと一人で思いつきで行くには難しそうな気がしたので、イランの旅行会社に依頼してプログラムを組んでもらいそれで出かけるつもりにしています。まだきちんと決まっていないのですが、少なくとも車は何箇所かで使うことになるでしょうし、もしかするとガイドさんとかもお願いするかもしれないので、彼らにチップってどれくらい渡したらよいのでしょうか。チップの習慣がないのはわかっていますが、でも本当に何も渡さなくてもいいの?日本みたいに。チップは気持ちっていうけれど、あちらの貨幣価値がもうひとつよくわからないので、大変悩んでいます。宜しければアドバイスをいただけませんでしょうか。

アケメネス朝ペルシャ展

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/11/29 13:23 投稿番号: [705 / 3876]
という特別展にひかれて滋賀県信楽にあるMIHO美術館に行ってきました。

ペルシャ展は出品点数が100展前後(数えたわけではないので、適当です。)という小規模なものでしたが、
その他、常設の西・南アジア、中国、日本などの選び抜かれた美術工芸品が、素晴らしいライティング、
展示方法で配置されており、5,6時間もかけて車を飛ばした疲れをいやしてくれるに十分な満足度でした。

イランのテヘランでは、考古学博物館も、有名なガラスや宝石の博物館も、まったく訪れていないので、
ペルシャの美術・工芸品はそれほど見慣れていなかったのですが、展示されていた装飾品や杯などの精巧・
緻密な造りには改めて関心させられました。

アケメネス朝は、日本でいうと大ざっぱには弥生時代にあたる頃ですよね。MIHO美術館内には、弥生時代の
土器なども展示してありましたが、両者を見比べて、彼我の技術、文明度の格差に思わず笑ってしまいまし
た。日本特有の「わび・さび」も貧しさや後進性が生み出した美的意識かな、とペルシャの作品と比較して
感じてしまいました。

アケメネス朝ではないですが、常設部分には、16世紀末ごろの作とされるケルマン州あたりの大カーペット
(メダイヨン・アニマル・カーペットと名付けられています)も展示されていました。動物がモチーフで、
きわめて貴重なものだということです。カーペットのことは何もわかりませんが、図案を追って行くだ
けで数十分もかかってしまいそうな大作でした。

最後に、美術館そのものが、周辺環境も含めて、桃源郷(シャングリア)を意識したというだけあって、なか
なかのものでした。

イラン人の家族関係

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/11/29 12:04 投稿番号: [704 / 3876]
nmo03さん、レスが遅くなりましたが、お話、興味深く読ませてもらいました。

メル友しかイラン人の友人がいないぼくとしては、「へえー、そうなんだ・・・」といって、思わずボタン、
いや、机を叩きたくなりました。

ご主人やお近くのイラン出身の人たち、生活も考え方も、そして食生活も(?)ほとんどアメリカンと
いうのも予想外でした。以前、イラン旅行で出会ったガイドさんが、2人ともアメリカ帰りで、2人とも
異口同音に「アメリカでの生活は肌にあわなかった」と言っていたので、勝手に大きな文化・生活習慣な
どの格差を想像していました。ただ、よくいわれるように、イランジェルスなどのような、疑似イラン社
会を作り、その中で自分たち独自のライフスタイルを守ってきたのかな、と思っていました。当たり前で
すけど、イラン人といっても、やはり多様ですよね。無知ゆえに、ついついステレオ・イメージを描いて
しまいます。

お話しくださったイラン家族の助け合い精神、これは「イラン体験」の希薄なぼくでも実感することがあ
ります。イラン人の友人は40代に踏み入れたばかりの独身女性で
すが、過去に不幸な経験などもあって、経済的には不安定な状況にあり、度々失業状態においやられるの
ですが、生活に困窮するといった感じはあまりありません。5,6人いる兄弟姉妹からの支援があるようで、
つい最近も、兄弟たちからお金を借りてテヘラン大学寮近辺にフラットを買った、という知らせを聞い
て驚いたところです。

ただ、金銭や物的な扶助関係だけでなく、それ以前に、普段からの交流というか、つながりが濃密なん
だなあと感じています。タブリーズに一緒に旅行したとき、夜、ピクニックをすることになり、公園に着
いてみると、なんと、タブリーズ近辺の親類一同、20人ほどが集まっていました。この人は、お兄さん
の義理の弟、とか、この娘は姉の夫の妹の長女とか、紹介されてもまったく□◆△???状態でした。

ところで、話しはまったく変わりますが、イランの核開発疑惑問題、大詰めを迎えつつあるようですが、
ご主人たちは、この問題をどのように見ているのでしょうか?   米国と欧州では立場が違うようですし、
イラン国内でも保守的な支配層と改革派では受けとめ方が同じではないように思えますが。

時間や機会などがあるときで、もちろん結構ですが、ご意見お聞きできたら幸いです。

UP

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/11/26 01:47 投稿番号: [703 / 3876]
しておきますね

あんまり

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2003/11/18 23:50 投稿番号: [702 / 3876]
  書き込みせずにいてすみません。ネット中毒症になる素地があると十分自覚しているのでなるべくネットから離れているよう努力しているものですから(笑)ロムってると書き込みたくもなりますので、なるべくロムもしないようにしているほどです(^^ゞ

  でも興味はあるのでここへ寄る度に過去ログ拝見してから帰っています。ラマザン中のイラン旅行のお話もSefideさんのお元気な近況も、fyojizzzzさんとnmo03さん&御主人のやりとりも読ませていただいています。

  物理的に離れていてもこうしてお話伺えるのが楽しいです。またいろんなお話聞かせてください。

  それではまた

御案内:イラン映画&ペルシャ語劇

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2003/11/18 23:44 投稿番号: [701 / 3876]
1)イラン映画情報

12/13(土)に始まる第5回NHKアジア・フィルム・フェスティバルにて日本・イラン共同製作映画が2本上映されます。

アッバス・キアロスタミ監督作品『5 five 〜小津安二郎に捧げる〜』
アミル・シャハブ・ラザヴィアン監督作品『テヘラン朝7時』

前売り800円、当日研1000円、前売りの3回券1800円

詳細はこちら↓
http://www.nhk.or.jp/sun_asia/

2)ペルシャ語劇@外語祭

11/22(土)13:20-15:00
東京外国語大学   大学会館2階集会室
※中央線武蔵境駅より乗り換え   西武多摩川線多摩駅より徒歩3分

字幕がつきます。

詳細はこちら↓
http://www.tufs.ac.jp/st/club/gaigosai81/

御案内:イラン映画&ペルシャ語劇

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2003/11/18 23:44 投稿番号: [701 / 3876]
1)イラン映画情報

12/13(土)に始まる第5回NHKアジア・フィルム・フェスティバルにて日本・イラン共同製作映画が2本上映されます。

アッバス・キアロスタミ監督作品『5 five 〜小津安二郎に捧げる〜』
アミル・シャハブ・ラザヴィアン監督作品『テヘラン朝7時』

前売り800円、当日研1000円、前売りの3回券1800円

詳細はこちら↓
http://www.nhk.or.jp/sun_asia/

2)ペルシャ語劇@外語祭

11/22(土)13:20-15:00
東京外国語大学   大学会館2階集会室
※中央線武蔵境駅より乗り換え   西武多摩川線多摩駅より徒歩3分

字幕がつきます。

詳細はこちら↓
http://www.tufs.ac.jp/st/club/gaigosai81/
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