夢の国「イラン」についていろいろ教えて

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イラン関連の本について

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 23:52 投稿番号: [387 / 3876]
イランについて知りたくて、乱読していた時期がありました。下記の一連の本の全ての内容を覚えている訳ではありませんが、参考になる部分はあったと思います。お時間がありましたら、ご一読下さい。

[イランの社会的背景]
①鞭と鎖の帝国ホメイニ師のイラン/高山正之文芸春秋.1988年初版)
②チャドルの下から見たホメイニの国/新藤悦子(新潮社)
③イラン日記   疎外と孤独の民衆/大野盛雄
(NHKブックス.1985年初版)
④イラン革命考察のために/大野盛雄(アジア経済研究所)
⑤物語   イランの歴史   誇り高きペルシアの系譜/宮田律(中央新書.2002年初版)
⑥イラン人の心/岡田恵美子(NHk出版)
⑦緑のイラン/著者名等失念しました。イラン人と結婚された日本人女性の現地滞在記です

[在日イラン人労働者関係]
⑧隣りのイラン人/岡田恵美子(平凡社.1988年初版)
⑨キャバブの香り/西山毅(出版社名失念)

[写真集など]
⑩週刊地球旅行NO.85   バビロンとペルセポリス(講談社.1999年12月2日号)
⑪FARDAあしたー映画「旅の途中で」より/宍戸開写真集(中央法規.2002年初版)
⑫地を這うように   長倉洋海全写真1980?95(新潮社.1996年初版)

[クルド関連]
⑬いちじくの木がたおれぼくの村が消えたークルドの少年の物語ージャミル.シェイクリー著   野木悦子訳   (梨の木舎.2001年初版)
⑭国家と犯罪/船戸与一(小学館.2000年初版)

⑤は出産入院中に読もうかと思ってます。
  この作者さん親切な方で巻末に参考文献を大量に載せてくれています。fyojizzzzさんのように英語が堪能であれば海外の文献も読みたいのですが残念ながら私は日本語しか読解力はありませんので...しかし同室の妊婦さん達から浮いちゃう可能性はあるかもなあ...どうしようかな
  ⑫はイラン革命当時の写真が15ページ程度載っているだけです。長倉氏の写真は船戸の小説に通じるものがあります。亡くなったアフガンのマスード将軍の写真が印象的。
  ⑨の著者は代々木リトルテヘラン時代の知人。強制退去の手続き途中に変死した(恐らく
当局の暴行で殺害されたと思われる)アリジャングさん事件で、夫も私も関係していました。
当時のイラン人達がどういった生活を日本で強いられていたのかを知るのに、良い本です。
⑭はイランだけでなく各国のクルド問題に踏み込んでます。余談になりますが船戸氏のルポを週刊誌で読みサパティスタ運動を知ったのですが、動向に注目していたら日本大使館たてこもりという悲劇が起きてしまい、複雑な気持ちでした。

  fyojizzzzさん「遥かなるクルディスタン」如何でしたか?興味はあったのですが、行けなかったので、よろしければご感想等お聞かせ下さい。

  トルコのクルド人監督ユルマズギュネイ氏の「道」という映画をご存知ですか?投獄中に確か刑務所から指示をだして作りだされた映画、だったと思うのですが、10年くらい前のCBSドキュメントで紹介されていて「名作だ!」とピーターバラカンが絶賛していた記憶があります。これもいつか見れたらいいなあ。

  しかし28兆円!恐るべしギャンブル。
お台場カジノ構想、国民がどーなってもイイという前提で考えるなら、確かに経済効果はあるのかも。石原の考えることは恐ろしい。ブッシュと同レベルでマジに怖いです。

  fyojizzzzさんのお友達の件ですが、話したいことがたくさんあっても状況的にできないのではないかと思います。私もfyojizzzzさんに伝えたいことは多々あるのですが、掲示板では無理でしょうね。

  ところで私は社会生活をしばらく休んでいました。脱お気楽OLの後のワタシ、無い頭を使ってかなり働きまして、脳ミソがオーバーヒートしちゃったんですねー。
  ここの掲示板を読ませて戴いて、気分転換したりしていたのですが、とても投稿する元気がありませんでした。
  最近やっと調子を取り戻しつつあります。
まだ皆さんに言っていなかったけど、このトピ私のためには凄く支えになっていたんですよー。イラン旅行の楽しい話、切実な話、イランから離れて暮らしていると忘れそうな感覚を取り戻させてくれるきっかけを作ってくれていました。ありがとう皆さん。

陣痛がなかなか始まらない。マイったなー、でも今晩はちゃんと眠らないとマズそうなので、このへんで失礼します。

  

   

イラン関連の本について

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 23:52 投稿番号: [387 / 3876]
イランについて知りたくて、乱読していた時期がありました。下記の一連の本の全ての内容を覚えている訳ではありませんが、参考になる部分はあったと思います。お時間がありましたら、ご一読下さい。

[イランの社会的背景]
①鞭と鎖の帝国ホメイニ師のイラン/高山正之文芸春秋.1988年初版)
②チャドルの下から見たホメイニの国/新藤悦子(新潮社)
③イラン日記   疎外と孤独の民衆/大野盛雄
(NHKブックス.1985年初版)
④イラン革命考察のために/大野盛雄(アジア経済研究所)
⑤物語   イランの歴史   誇り高きペルシアの系譜/宮田律(中央新書.2002年初版)
⑥イラン人の心/岡田恵美子(NHk出版)
⑦緑のイラン/著者名等失念しました。イラン人と結婚された日本人女性の現地滞在記です

[在日イラン人労働者関係]
⑧隣りのイラン人/岡田恵美子(平凡社.1988年初版)
⑨キャバブの香り/西山毅(出版社名失念)

[写真集など]
⑩週刊地球旅行NO.85   バビロンとペルセポリス(講談社.1999年12月2日号)
⑪FARDAあしたー映画「旅の途中で」より/宍戸開写真集(中央法規.2002年初版)
⑫地を這うように   長倉洋海全写真1980?95(新潮社.1996年初版)

[クルド関連]
⑬いちじくの木がたおれぼくの村が消えたークルドの少年の物語ージャミル.シェイクリー著   野木悦子訳   (梨の木舎.2001年初版)
⑭国家と犯罪/船戸与一(小学館.2000年初版)

⑤は出産入院中に読もうかと思ってます。
  この作者さん親切な方で巻末に参考文献を大量に載せてくれています。fyojizzzzさんのように英語が堪能であれば海外の文献も読みたいのですが残念ながら私は日本語しか読解力はありませんので...しかし同室の妊婦さん達から浮いちゃう可能性はあるかもなあ...どうしようかな
  ⑫はイラン革命当時の写真が15ページ程度載っているだけです。長倉氏の写真は船戸の小説に通じるものがあります。亡くなったアフガンのマスード将軍の写真が印象的。
  ⑨の著者は代々木リトルテヘラン時代の知人。強制退去の手続き途中に変死した(恐らく
当局の暴行で殺害されたと思われる)アリジャングさん事件で、夫も私も関係していました。
当時のイラン人達がどういった生活を日本で強いられていたのかを知るのに、良い本です。
⑭はイランだけでなく各国のクルド問題に踏み込んでます。余談になりますが船戸氏のルポを週刊誌で読みサパティスタ運動を知ったのですが、動向に注目していたら日本大使館たてこもりという悲劇が起きてしまい、複雑な気持ちでした。

  fyojizzzzさん「遥かなるクルディスタン」如何でしたか?興味はあったのですが、行けなかったので、よろしければご感想等お聞かせ下さい。

  トルコのクルド人監督ユルマズギュネイ氏の「道」という映画をご存知ですか?投獄中に確か刑務所から指示をだして作りだされた映画、だったと思うのですが、10年くらい前のCBSドキュメントで紹介されていて「名作だ!」とピーターバラカンが絶賛していた記憶があります。これもいつか見れたらいいなあ。

  しかし28兆円!恐るべしギャンブル。
お台場カジノ構想、国民がどーなってもイイという前提で考えるなら、確かに経済効果はあるのかも。石原の考えることは恐ろしい。ブッシュと同レベルでマジに怖いです。

  fyojizzzzさんのお友達の件ですが、話したいことがたくさんあっても状況的にできないのではないかと思います。私もfyojizzzzさんに伝えたいことは多々あるのですが、掲示板では無理でしょうね。

  ところで私は社会生活をしばらく休んでいました。脱お気楽OLの後のワタシ、無い頭を使ってかなり働きまして、脳ミソがオーバーヒートしちゃったんですねー。
  ここの掲示板を読ませて戴いて、気分転換したりしていたのですが、とても投稿する元気がありませんでした。
  最近やっと調子を取り戻しつつあります。
まだ皆さんに言っていなかったけど、このトピ私のためには凄く支えになっていたんですよー。イラン旅行の楽しい話、切実な話、イランから離れて暮らしていると忘れそうな感覚を取り戻させてくれるきっかけを作ってくれていました。ありがとう皆さん。

陣痛がなかなか始まらない。マイったなー、でも今晩はちゃんと眠らないとマズそうなので、このへんで失礼します。



   

コウノ鳥さん、まだですか

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/02/02 16:17 投稿番号: [386 / 3876]
あららー、sefideさん、そんな切迫した状態だったとは!

それにしても、決まり言葉でなんですが、「母は強し」ですね、とても陣痛に
苦しんでいる人の言葉とは思えない一連の投稿。いや、「女は強し」でしょうか。

「砂のクロニクル」推薦ありがとうございます。とにかく今は、イランに関する
ものなら、手当たり次第に読んでいきた
い心境なんで、早速、ネット注文しました。

79年のイスラム革命直前までのイラン国内状況については、現統治者の反シャー
プロパガンダもあってか、比較的資料も
見つかるのですが、革命後の批判勢力への対応等については、情報不足に悩んで
いました。

当の友人も、思い出すのがつらそうで、かろうじて、米国発のweb newsである
Iranian Timesなどにたまに掲載される当時のメモリーなどで想像をめぐらして
いました。
旅行者としての楽しい経験と、内から見た閉塞感(そうじゃないイラン人もたく
さんいるかもしれませんが・・・)のギャップがあまりに大きいだけに、かなり
憂鬱になってしまいます。

クルドについても、トルコ・フリークのぼくとしては、ひととおりの知識はもって
いたつもりですが、イランにおけるクルド問題には目が向きませんでした、とい
うより、やはり情報が少なかった。

以前、トルコ映画「遙かなるクルディスタン」を観たのですが、そのとき、売店
に積まれていた勝又郁子著『クルド・国なき民族のいま』を買って、はじめてイ
ランにも厳しいクルド問題があることを知りました。イ・イ戦争中におけるイラ
ン・クルドとイラク・クルドの反国家闘争を媒介にした奇妙な相克関係は壮絶な
ものがあったようですが、やりきれない
ほどのさびしさを感じます。

あららっと。これから入院しようとする人へのことばではないですね。

最後に、
パチンコ、2001年の売上が28兆円ですって。この数字、同年のトヨタ、
日産、ホンダを合わせた売上に匹敵するらしい。
確かに、クルドとは置かれた状況がまったく違うけど、在日韓国・朝鮮人のパ
ワーには圧倒されますね。

母子共に健やかなることを!はやいお帰りを待っています。

3月のイランは

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 09:31 投稿番号: [385 / 3876]
ノールーズの準備をする家族連れで街は大騒ぎです。一年で一番活気づきます。
  町中でバラのようなお香が漂い、ブティックはお客さんで一杯!布屋さんボタン屋さんのあるバザールでは経済観念のシッカリした奥様達が、家族の為に作る洋服の素材を求めて「イン、チャンデ?(おいくら?」と尋ね、まるでバーゲン会場さながらです。
  イランの方って男女ともにミシンが使えて当たり前の世界なんですよねぇ。ワタシ、自慢じゃありませんけど糸かけをテキトーにしてたら家庭科室のミシン全部、作動不能にさせたツワモノなので、洋服を作ってしまうなんて、ヒェーって感じなんですが。

  お年玉制度があるので、日本のポチ袋なぞ持っていたら、役に立つかもしれません。

  ノールーズイブは深夜12時前に家族がハフスィン(Sで始まる七つの品物を並べた、いわば縁起物)を囲み、12時丁度に「サーレノーモバラキ!(新年おめでとう!)と言って、お互いに抱き合って頬にキスをしてました。
  でお年玉配布タイムがあり、お菓子等をつまみはじめていましたね。
  これは夫の実家で私が経験したことなので、その家庭によって違いはあるかもしれません。
 
  13日目のスィズダべダールではピクニックに行き無病息災を願います。
  この時、自家用車のボンネットにサブズを乗せ、揺れで自然に落とすという習慣があって(縁起を担いでるらしい)道路はサブズだらけになってしまいます。おもしろい習慣だなあと思いました。
  その日は民族大移動日なので街は閑散とし山や河は黒山の人だかりになってるハズ。山を登る人人の列を見て芥川の「蜘蛛の糸」を連想しました。
  ドロボーさんの大活躍の日とも言えるかも。

  おみやげに関してはですねぇ、、、
何しろ親戚が多いですから、単価が安く、でもビンボーたらしくなく、かつ軽量なものをと、かなり悩みましたね。
  ナプキンは余程親しくないと(コイツ非常識)と思われる危険性があるかも。
  もし初めてのイラン訪問なのであれば、夫の家族の女性達に対しては、最大限の配慮が必要だと思います。
  歓待されることは間違いないと思いますが、気が回るかどうかをかなり厳しい目でチェックされることは覚悟した方がイイかも。
  ホスピタリティ精神があるということは、相手に対しても無言で同等のことを要求しているわけで
なかなかコワイですよー。
  2回目以降は家族の方から「そんなにお土産に気を使わなくていいわ。アナタさえ来てくれれば」というお許し(?)を得たので、単価を下げましたが、第一回目は下記の通り。
 
  夫の家族はイタリアの革靴を履いたりしていると聞いていたので、お義母様にはDutyfreeでエルメスのスカーフを持参。(これはかなり張り込んだ買い物で辛かった)
  お姉さま方にはゴブラン調の刺繍の入ったリバーシブルの超軽量なバック(高そうに見えて実は1200円)とか、エイボンの特価化粧品、ブランド物のハンカチ。
  子どもたちにはキティちゃん商品。
で、予備としてカワイメ系なシールを10シート位持っていったら、ものすごーく遠い親戚のお子が来たときに少量ずつカットしてあげることができました。
  男性陣には3足1000円の靴下(オイオイ )
デザインのお洒落な100円ライター(ゴメンネ)
  親戚は絵を描く人が多かったので、浮世絵のポストカードブック(これは一枚ずつ切り取れるので便利でした)
  ちょっと重いので大変だけど、ファッション雑誌類は男女かかわらず喜ばれますね(私は何故か空港で荷物検査をされたことが無かったので、たまたまヌードが写っていたけど大丈夫でした)
  ポイントは日本製か欧米系商品かなあ。韓国や中国のものは随分市場に出回っているので、現地に無いものの方がいいでしょうね。
  ゲーマーな友達はプレステのソフトでいらなくなったものとか持って行ったら、換金性もあるせいか喜ばれたと言ってましたねえ。
 
  ノールーズの里帰り、楽しいこと満載ではあるものの普段つきあいのない親戚までたーくさん来るハズだから、お土産は余分に持っていった方がいいかもしれませんね。
  単価を落とすなら、男性陣。これ、大事です。
SUN   PRINCEさんの今後の進退にかかわってくるのは女性達。
  姪っ子とかで、もしご主人に憧れを持って接していた子とかがいたら、ますます要注意。
  初対面の男性は敵にはなりえません。ジョセーがこわいのです(笑)

  ちなみに2回目の訪問からは、女性用の単価を下げたせいか、男性にも
まともなものを持って行ける様になり
ました。

3月のイランは

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 09:31 投稿番号: [385 / 3876]
ノールーズの準備をする家族連れで街は大騒ぎです。一年で一番活気づきます。
  町中でバラのようなお香が漂い、ブティックはお客さんで一杯!布屋さんボタン屋さんのあるバザールでは経済観念のシッカリした奥様達が、家族の為に作る洋服の素材を求めて「イン、チャンデ?(おいくら?」と尋ね、まるでバーゲン会場さながらです。
  イランの方って男女ともにミシンが使えて当たり前の世界なんですよねぇ。ワタシ、自慢じゃありませんけど糸かけをテキトーにしてたら家庭科室のミシン全部、作動不能にさせたツワモノなので、洋服を作ってしまうなんて、ヒェーって感じなんですが。

  お年玉制度があるので、日本のポチ袋なぞ持っていたら、役に立つかもしれません。

  ノールーズイブは深夜12時前に家族がハフスィン(Sで始まる七つの品物を並べた、いわば縁起物)を囲み、12時丁度に「サーレノーモバラキ!(新年おめでとう!)と言って、お互いに抱き合って頬にキスをしてました。
  でお年玉配布タイムがあり、お菓子等をつまみはじめていましたね。
  これは夫の実家で私が経験したことなので、その家庭によって違いはあるかもしれません。

  13日目のスィズダべダールではピクニックに行き無病息災を願います。
  この時、自家用車のボンネットにサブズを乗せ、揺れで自然に落とすという習慣があって(縁起を担いでるらしい)道路はサブズだらけになってしまいます。おもしろい習慣だなあと思いました。
  その日は民族大移動日なので街は閑散とし山や河は黒山の人だかりになってるハズ。山を登る人人の列を見て芥川の「蜘蛛の糸」を連想しました。
  ドロボーさんの大活躍の日とも言えるかも。

  おみやげに関してはですねぇ、、、
何しろ親戚が多いですから、単価が安く、でもビンボーたらしくなく、かつ軽量なものをと、かなり悩みましたね。
  ナプキンは余程親しくないと(コイツ非常識)と思われる危険性があるかも。
  もし初めてのイラン訪問なのであれば、夫の家族の女性達に対しては、最大限の配慮が必要だと思います。
  歓待されることは間違いないと思いますが、気が回るかどうかをかなり厳しい目でチェックされることは覚悟した方がイイかも。
  ホスピタリティ精神があるということは、相手に対しても無言で同等のことを要求しているわけで
なかなかコワイですよー。
  2回目以降は家族の方から「そんなにお土産に気を使わなくていいわ。アナタさえ来てくれれば」というお許し(?)を得たので、単価を下げましたが、第一回目は下記の通り。
 
  夫の家族はイタリアの革靴を履いたりしていると聞いていたので、お義母様にはDutyfreeでエルメスのスカーフを持参。(これはかなり張り込んだ買い物で辛かった)
  お姉さま方にはゴブラン調の刺繍の入ったリバーシブルの超軽量なバック(高そうに見えて実は1200円)とか、エイボンの特価化粧品、ブランド物のハンカチ。
  子どもたちにはキティちゃん商品。
で、予備としてカワイメ系なシールを10シート位持っていったら、ものすごーく遠い親戚のお子が来たときに少量ずつカットしてあげることができました。
  男性陣には3足1000円の靴下(オイオイ )
デザインのお洒落な100円ライター(ゴメンネ)
  親戚は絵を描く人が多かったので、浮世絵のポストカードブック(これは一枚ずつ切り取れるので便利でした)
  ちょっと重いので大変だけど、ファッション雑誌類は男女かかわらず喜ばれますね(私は何故か空港で荷物検査をされたことが無かったので、たまたまヌードが写っていたけど大丈夫でした)
  ポイントは日本製か欧米系商品かなあ。韓国や中国のものは随分市場に出回っているので、現地に無いものの方がいいでしょうね。
  ゲーマーな友達はプレステのソフトでいらなくなったものとか持って行ったら、換金性もあるせいか喜ばれたと言ってましたねえ。
 
  ノールーズの里帰り、楽しいこと満載ではあるものの普段つきあいのない親戚までたーくさん来るハズだから、お土産は余分に持っていった方がいいかもしれませんね。
  単価を落とすなら、男性陣。これ、大事です。
SUN   PRINCEさんの今後の進退にかかわってくるのは女性達。
  姪っ子とかで、もしご主人に憧れを持って接していた子とかがいたら、ますます要注意。
  初対面の男性は敵にはなりえません。ジョセーがこわいのです(笑)

  ちなみに2回目の訪問からは、女性用の単価を下げたせいか、男性にも
まともなものを持って行ける様になり
ました。

眠れないよー

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 07:20 投稿番号: [384 / 3876]
そんなに蹴らないでー、お腹痛くて眠れないしょぉ。
  予定日を過ぎてしまいました。
ワタシが深夜にレスしているのは、一重にこの子の傍若無人な子宮内暴力にあります。
  レス一覧を見るjと、私的掲示板と化していますが
こうでもしていないと、前駆陣痛が襲ってきたり胎動で苦しんだりと、自分が辛くなってしまうのです。

  ある日突然現れなくなったら(ははぁ、入院したな)とご想像下さい。
  帰ってきたときに、皆様の楽しい投稿がガンガン読めますように!

トフィーさん、はじめまして!幡桃って

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 07:11 投稿番号: [383 / 3876]
ペルシャ語で何と言う果物のことですか?
桃というからにはハルボゼではないのだと思いますが,、、もしハルボゼだったら多少まずくても日本で購入できるところを知りたいです。

  イランの食べ物、美味しいですよねぇ。
自分で作ることもありますが、ママンの味には到底及びません。
  時々禁断症状が出るんです。
で、夫と二人「ママンの料理が食べたいよぉ!」とお子様みたいにジタバタし、結局イランに電話してママンを困らせるという...カンペキ子どもです。素直に認めます、ハイ。

  都内のイランレストランって、大体どこの店もメニューがかぶっていて「ママンジュンの味」には出会えなくないですか?
  アブグシュト置いてある店もあるけど、ワタシ的にはイマフタツって感じがしてしまう。
  そうそう食べ方としてはアブグシュトはそのままスープで食べるのが私も好みでした。
  あとコフテりーぜという、トマトスープ肉団子煮込み(その肉団子の中にはナッツやフルーツが入っている)も好きでしたねー。
  夫が寝ているので料理の説明が間違っているかもしれませんが「コフテリーゼ」この名前覚えておいて下さい。きっと損はさせまん(?!)

  イランって...野菜や果物をたっぷり使った、とても賢い食文化の国という側面もありますよね。
  全く食べられなかったという日本人妻の方も
いましたけど、私たちの口には合っていたんでしょうね。食べ物合わないと、辛くて長期滞在できなかったかも。ワタシ、ラッキーでした。

 
 

トフィーさん、はじめまして!幡桃って

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 07:11 投稿番号: [383 / 3876]
ペルシャ語で何と言う果物のことですか?
桃というからにはハルボゼではないのだと思いますが,、、もしハルボゼだったら多少まずくても日本で購入できるところを知りたいです。

  イランの食べ物、美味しいですよねぇ。
自分で作ることもありますが、ママンの味には到底及びません。
  時々禁断症状が出るんです。
で、夫と二人「ママンの料理が食べたいよぉ!」とお子様みたいにジタバタし、結局イランに電話してママンを困らせるという...カンペキ子どもです。素直に認めます、ハイ。

  都内のイランレストランって、大体どこの店もメニューがかぶっていて「ママンジュンの味」には出会えなくないですか?
  アブグシュト置いてある店もあるけど、ワタシ的にはイマフタツって感じがしてしまう。
  そうそう食べ方としてはアブグシュトはそのままスープで食べるのが私も好みでした。
  あとコフテりーぜという、トマトスープ肉団子煮込み(その肉団子の中にはナッツやフルーツが入っている)も好きでしたねー。
  夫が寝ているので料理の説明が間違っているかもしれませんが「コフテリーゼ」この名前覚えておいて下さい。きっと損はさせまん(?!)

  イランって...野菜や果物をたっぷり使った、とても賢い食文化の国という側面もありますよね。
  全く食べられなかったという日本人妻の方も
いましたけど、私たちの口には合っていたんでしょうね。食べ物合わないと、辛くて長期滞在できなかったかも。ワタシ、ラッキーでした。


 

うーン...困ったチャン!

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 01:16 投稿番号: [382 / 3876]
  チャン、チュン、チョン
これを罵声の意味で使っているイラン人もいるだろうし、イタズラっ子が茶目ッ気をこめた挨拶がわりに言っているだけの場合もあると思うんだけどなー。

  私、朝鮮人はしたたかで逞しいと思ってる。
「バカチョン」と呼ばれ、殴りあった人もいたかもしれない。現場を見たことないから知らないけど。
  悔しい気持ちをどう処理するかは、その人次第。

  パチンコ市場を作り上げ、焼肉を日本の食卓に定着させ、新宿、渋谷センター街...といった繁華街に多くの所有権を持ち、かつて祖先を強制連行した日本人を「雇用」する朝鮮人。
  合法的かつ建設的な方法でリベンジしているその姿は、お見事!と思っちゃう。

  hanbeitarouちゃん、アナタはお好きなようになさいませ。「アラシ」の為にお生まれになったのかもしれません(笑)
その道をお究めになるのもご自由です。私は路をふさぐつもりは毛頭ございません。永遠の旅をお続けなさい。
Hoda-hafez!サヨウナラお元気で。

  (ひとりごと)
  パチンコって人生を破壊するきっかけになるよなー。ドーパミン受容体を満たすため、更なる行為依存(ギャンブル等)を重ねるってーのは
薬物中毒等の物質依存と同じで人間を借金地獄へおとしめる訳だしさー。
  パチンコってアッチでも流行ってんのかなあ。
日本で編み出されたギャンブルだとしたら、すっげー怖いよなあ。
  大戦後、日本人がしょげてるときにさーパチンコ台せっせと開発して、それにハマった日本人にカネ貸してやって、さらにパチンコ台にカネ落とさせて、土地買って次の商売はじめちゃうんだから、すごいよ。
  バカチョンなんて言っている方が馬鹿だっつーの。

うーン...困ったチャン!

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/02 01:16 投稿番号: [382 / 3876]
  チャン、チュン、チョン
これを罵声の意味で使っているイラン人もいるだろうし、イタズラっ子が茶目ッ気をこめた挨拶がわりに言っているだけの場合もあると思うんだけどなー。

  私、朝鮮人はしたたかで逞しいと思ってる。
「バカチョン」と呼ばれ、殴りあった人もいたかもしれない。現場を見たことないから知らないけど。
  悔しい気持ちをどう処理するかは、その人次第。

  パチンコ市場を作り上げ、焼肉を日本の食卓に定着させ、新宿、渋谷センター街...といった繁華街に多くの所有権を持ち、かつて祖先を強制連行した日本人を「雇用」する朝鮮人。
  合法的かつ建設的な方法でリベンジしているその姿は、お見事!と思っちゃう。

  hanbeitarouちゃん、アナタはお好きなようになさいませ。「アラシ」の為にお生まれになったのかもしれません(笑)
その道をお究めになるのもご自由です。私は路をふさぐつもりは毛頭ございません。永遠の旅をお続けなさい。
Hoda-hafez!サヨウナラお元気で。

  (ひとりごと)
  パチンコって人生を破壊するきっかけになるよなー。ドーパミン受容体を満たすため、更なる行為依存(ギャンブル等)を重ねるってーのは
薬物中毒等の物質依存と同じで人間を借金地獄へおとしめる訳だしさー。
  パチンコってアッチでも流行ってんのかなあ。
日本で編み出されたギャンブルだとしたら、すっげー怖いよなあ。
  大戦後、日本人がしょげてるときにさーパチンコ台せっせと開発して、それにハマった日本人にカネ貸してやって、さらにパチンコ台にカネ落とさせて、土地買って次の商売はじめちゃうんだから、すごいよ。
  バカチョンなんて言っている方が馬鹿だっつーの。

fyojizzzzさん、こんにちは

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 23:55 投稿番号: [381 / 3876]
  私もイランのカリグラフィ大好きです!
字と言うより創造芸術の域に達している気がしてなりません。
  「私も書いてみたいな」
と、字の上手な夫にねだって葦のペンを日本で購入して挑戦したのですが、いやー難しい!

  美術畑出身なので、芸術的なものには興味があったのですが、イランでは裸像モデルを使うなんてとんでもない話のようで油絵に関してだけは
いささか古典的かなーと感じました。
大学ではどういった指導があるのか分からないのですが、少なくとも義務教育の現場では教科書に掲載された絵を模写したりすることが主体になっていました。
  模写の中でもセンスが磨かれることはあると思いますし、細密画(ミニアチュール)やペルシャじゅうたんの素晴らしさを考えると、体制に難があるだけでイラン人そのものは、芸術性高い人々なのだと思います。
  現地で子どもに絵画指導をして欲しいと言われ
短期間ですが、教えたことがありました。
「赤く見えるリンゴ、その赤の下にある色は見えるかな」
  りんごは赤、レモンは黄色。
そう教わってきた子どもたちにはビックリだったようです。
  他界した私の父は、ヨーロッパをモチーフにすることが多い洋画家でした。
  幼稚園の頃、青空を暗褐色の重暗い空として表現をし、先生に描き直すよう言われたそうです。
  その後、才能を見出され生涯大好きな絵だけで
生きていけた幸せな人でした。
  以前fyojizzzzさんも世界旅行者(社?)さんにおっしゃっていた通り、人の感性は多種多様だと思います。
  ザーヤンデルートを小汚く見るのも一つの見方です。ただ人によっては、そこで積み重ねられてきた人々の哀歓を感じることもあると思います。
  イランを好きになる、ならないを論議すること自体に意味を見出すことが私にはできないしfyojizzzzさんも恐らく、そうなのだと拝察します。
 
  先程書いた、子どもたちのことですが...
その中から、空想上の花や生き物を描く子どもが現れました。
「変かな」と首をかしげて尋ねるその女の子に、
「とても綺麗だと私は思うわ。あなたには、そういう風に見える世界があるのね。楽しいね」と答えました。
  枠にはめることが優先される社会は閉塞的にならざるを得ません。
  その中で製作されるイラン映画。
押さえた表現の中でどうしてここまで人間の機微を描くことができるのだろうか、と改めてイラン人の
感受性の豊かさに驚かざるをえません。

  ところで新潮文庫の「砂のクロニクル(上)(下)」(船戸与一   著)という小説をfyojizzzzさんにはお勧めしたいです。
  万人向けでは無いと思いますが、現地でお会いになったご友人とのエピソードなどから考えますと、参考にはなるかと思います。
  

fyojizzzzさん、こんにちは

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 23:55 投稿番号: [381 / 3876]
  私もイランのカリグラフィ大好きです!
字と言うより創造芸術の域に達している気がしてなりません。
  「私も書いてみたいな」
と、字の上手な夫にねだって葦のペンを日本で購入して挑戦したのですが、いやー難しい!

  美術畑出身なので、芸術的なものには興味があったのですが、イランでは裸像モデルを使うなんてとんでもない話のようで油絵に関してだけは
いささか古典的かなーと感じました。
大学ではどういった指導があるのか分からないのですが、少なくとも義務教育の現場では教科書に掲載された絵を模写したりすることが主体になっていました。
  模写の中でもセンスが磨かれることはあると思いますし、細密画(ミニアチュール)やペルシャじゅうたんの素晴らしさを考えると、体制に難があるだけでイラン人そのものは、芸術性高い人々なのだと思います。
  現地で子どもに絵画指導をして欲しいと言われ
短期間ですが、教えたことがありました。
「赤く見えるリンゴ、その赤の下にある色は見えるかな」
  りんごは赤、レモンは黄色。
そう教わってきた子どもたちにはビックリだったようです。
  他界した私の父は、ヨーロッパをモチーフにすることが多い洋画家でした。
  幼稚園の頃、青空を暗褐色の重暗い空として表現をし、先生に描き直すよう言われたそうです。
  その後、才能を見出され生涯大好きな絵だけで
生きていけた幸せな人でした。
  以前fyojizzzzさんも世界旅行者(社?)さんにおっしゃっていた通り、人の感性は多種多様だと思います。
  ザーヤンデルートを小汚く見るのも一つの見方です。ただ人によっては、そこで積み重ねられてきた人々の哀歓を感じることもあると思います。
  イランを好きになる、ならないを論議すること自体に意味を見出すことが私にはできないしfyojizzzzさんも恐らく、そうなのだと拝察します。

  先程書いた、子どもたちのことですが...
その中から、空想上の花や生き物を描く子どもが現れました。
「変かな」と首をかしげて尋ねるその女の子に、
「とても綺麗だと私は思うわ。あなたには、そういう風に見える世界があるのね。楽しいね」と答えました。
  枠にはめることが優先される社会は閉塞的にならざるを得ません。
  その中で製作されるイラン映画。
押さえた表現の中でどうしてここまで人間の機微を描くことができるのだろうか、と改めてイラン人の
感受性の豊かさに驚かざるをえません。

  ところで新潮文庫の「砂のクロニクル(上)(下)」(船戸与一   著)という小説をfyojizzzzさんにはお勧めしたいです。
  万人向けでは無いと思いますが、現地でお会いになったご友人とのエピソードなどから考えますと、参考にはなるかと思います。
  

はははッ!

投稿者: hanbeitarou 投稿日時: 2003/02/01 23:55 投稿番号: [380 / 3876]
オイ妖怪f3nasa!
まだ、オマエ地球上にいたのか?

気味わりーヤロウだなあ。。

なんか、不気味な悪霊に取り付かれているみてえな気分だなあ。。。

ここは、おまえみてえなバカのくるとこじゃねえんだ。

今すぐ救急車呼んで精神病院に直行しろ!
オマエまじで変だよ??

早く注射打ってもらえよ。

ちょっと待ってくださいhanbeitarouさん

投稿者: f3nasa 投稿日時: 2003/02/01 23:03 投稿番号: [379 / 3876]
もとい、半べそ・エディンム・太郎君。このトピでも他人様の迷惑を省みず、なんだか好き勝手に暴れているようですが、もう少し良識というものを養って下さい。

君に憑依している”エディンム”についてもう一度説明させて頂きますと、

古代シュメール、バビロニアにおいて信じられていた害悪をもたらす死霊の総称。エキンム(Ekimmu)とも呼ばれる。その名は「持ち上げられた者」という意味があり、幽体離脱した者の魂だとも、浮かばれない死者の魂で自分をちゃんと埋葬してくれなかったことを恨んで生者に災いをもたらすものだとも言われている。不和をばらまき、疫病を流行らせ、人間を破滅させることを望んでいて、人間に取り憑き、病気や災いをもたらしたりする。

(中略)

エディンムに憑かれた者は医学的な治療法では効果が無く、力のある神(エアなど)の呪文でのみ退散させられるとされる。

http://home.att.ne.jp/gamma/dug/sinmei/e.htm

……強力な祭神を擁する神社で御祓いを受けることが、真っ当な人間としてやりなおすための唯一の救いの道ですぞ。

ちょっと待ってくださいhanbeitarouさん

投稿者: f3nasa 投稿日時: 2003/02/01 23:03 投稿番号: [379 / 3876]
もとい、半べそ・エディンム・太郎君。このトピでも他人様の迷惑を省みず、なんだか好き勝手に暴れているようですが、もう少し良識というものを養って下さい。

君に憑依している”エディンム”についてもう一度説明させて頂きますと、

古代シュメール、バビロニアにおいて信じられていた害悪をもたらす死霊の総称。エキンム(Ekimmu)とも呼ばれる。その名は「持ち上げられた者」という意味があり、幽体離脱した者の魂だとも、浮かばれない死者の魂で自分をちゃんと埋葬してくれなかったことを恨んで生者に災いをもたらすものだとも言われている。不和をばらまき、疫病を流行らせ、人間を破滅させることを望んでいて、人間に取り憑き、病気や災いをもたらしたりする。

(中略)

エディンムに憑かれた者は医学的な治療法では効果が無く、力のある神(エアなど)の呪文でのみ退散させられるとされる。

http://home.att.ne.jp/gamma/dug/sinmei/e.htm

……強力な祭神を擁する神社で御祓いを受けることが、真っ当な人間としてやりなおすための唯一の救いの道ですぞ。

ちょっと待ってくださいsefide2003jpさん

投稿者: hanbeitarou 投稿日時: 2003/02/01 22:34 投稿番号: [378 / 3876]
ちょっと待ってくださいsefide2003jpさん。

>子供レベルのジョークを飛ばしているイラン人に対し
憤怒を燃やすのは、勿体無い気がします。

といっていますが、大の大人が見ず知らずの人に対して、突然バカにした言葉を浴びせるのが、子供レベルの冗談なんでしょうか??
それに、中には殴り合い(下手すりゃ殺し合い)になったり、突然の無礼にたいして抗議したら
逆にリンチされた日本人の話も聞いた。。といっているのですよ?

これが
>まあ許容範囲の中でのデキゴトに過ぎませんでした
なんですか??
あなたは、神かお釈迦様の生まれ変わりなんですか??

もう少し差別と偏見の恐ろしさってものを考えてみてはいかがですか?

>とっとと忘れて次の楽しみを見つけるのも人生。

といっていますが、心の傷ってのはなかなか消えないものですよ。

いったい、彼らの見ず知らずの人に対する、いきなりの失礼無礼な態度はどこから生まれてくるのか
いまだに不思議でしょうがないのですが?
それとも、例えば日本人が、ただ道を歩いている外人に対して突然、無礼な言葉を浴びせてもそれは、子供のような冗談だから、スグに忘れろ、怒るのがおかしいんだ。。とでもいえるのですか??

>ワンタッチカメラの別名が「バカチョンカメラ」って呼ばれていたこと知ってるかしら。

それは、当然ボクも知っています!
これはボクも非常に腹立たしいことだと思います!
だから、コレを言われた朝鮮人は当然、その言葉を浴びせた日本人に対して怒るべきです!
ヘラヘラ愛想笑いしてやり過ごそうとするのは、ただのバカです!

あなたの言っていることは、このように
朝鮮人が蔑視用語を浴びせられても
ヘラヘラ笑って忘れてしまえといっているのと同じです!

これじゃ、いつまでたっても差別と蔑視は続くだけです!

正直いって、どうしたらいいのかわかりませんが
いいとこだけみて、悪いところは見ないようにしようという態度には納得できません!

>楽しみが増えた!

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/02/01 21:33 投稿番号: [377 / 3876]
すみません。途中でした。

要は、sefideさんのお話を読むのが
楽しみだ、ということです。

楽しみが増えた!

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/02/01 21:29 投稿番号: [376 / 3876]
初めてのイラン旅行から、ようやく半年、イランのことが身近に感じられるようになって間もない
ぼくだから当たり前なんだろうけど、sefideさんのお話、いままで見えなかったり、見ようとしな
かった部分がさりげなく述べられていて思わず何度も読み返してしまいました。

sefideさんがかつて平凡なOLだったとは信じられませんが(そうではなかったでしょう)、それに
しても、文章を読みながら、よーく周りをみているなー、だから自分のこともよくわかるんだ、
なんて勝手に感心してしまいました。きっとご主人とのかかわりを通して、自分や日本社会と、
あるいはイランとも正面から向き合ってきたからかなって、推測しています。

それはそうと、ぼくの短いイラン体験でも、お話に納得する部分がずいぶんありました。

たとえば、イラン人の芸術愛好。まあ、旅行ガイドブックにもそのことは触れられていますが、
10日足らずの短期滞在で、何度もイラン人が芸術に親しんでる場面に遭遇しました。

エスファハンで夕食に招かれた若い夫婦の家、壁に数枚の幻想的な美人画がかけられていました。
思わず見入っていると、コンピューター技師である奥さんが趣味で描いたものだとのこと。とても
素人技には見えなかったのですが。

テヘランの友人の、その従兄は著名な画家とのこと。その家を訪問した折りは、旧作、新作と何枚もの
作品を居間に運び込んでくれて、即席の展覧会場になってしまいました。友人も彼から絵を習っているとのこと。

タブリーズでは、詩人たちの記念館にいきましたが、日本にある多くの文学館とちがって、たくさんの
人が訪れていて、驚きました。売店は詩集を買う人で押し合いへし合いでした。それにしても、
そこで見たカリグラフィは美しかった。

思い出②(夫との出会い)

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 06:19 投稿番号: [375 / 3876]
私は当時渋谷でOLをしていた。仕事は楽で、いかに楽しく遊ぶかに悩むような毎日を過ごしていた。いわゆる三高と呼ばれる彼氏とそろそろ結婚しようかと話し合いはじめた頃、現在の夫と出会ってしまった。

  外国人が賃貸住宅を借り難いのは当時も今も変わりはない。その点を踏まえ、そのガイジンは仲介業の事務所を私の会社の近くで営んでいたのだった。
  (イエローキャブを連れてヘラヘラしているようなオトコだな)彼の整った外見から、私は決め付けた。人を見る目には自信があった、ハズだった。

  「週末は、代々木公園で外国人労働者支援グループの通訳として、イラン人達の労災や賃金不払い問題の相談を受けているんですよ」と彼は言った。遊んでそうな外見からは信じることができなかった。

_既にイラン人の家族連れと友達付き合いがあった私は望むと望まざると彼らの苦労は知っていたし、頼まれれば病院や役所に行ったりすることもあった。
  でもそれは暇を持て余したOLが(人助けをする善人の私)を感じる為の新しいアソビだった。_
 
  そんな欺瞞に満ちた、エセ善人の22の私にとって、哀れむ余地の無い堂々としたそのガイジンは正直言ってオモシロかった。

<注>
あえてガイジンというのは、当時の私にはガイジン(外の人、アウトサイダー)と外国人(外国から来た人)の区別がつかないくらいレベルだったことを明らかにしておきたいからです。
 
  事務所を立ち上げる前は、配管工やバーテンをしていた、と彼は言った。日本人にイジワルをされ言い返すことも出来ないのが悔しくて日本語を必死に覚え、生活するにはせめて平仮名、カタカナの読み書きが必要だと独学で学んだのだと言う。
  彼の事務所にはアイヌ人差別に関する切り抜きがあり、フリカナが振られていた。何でこんなものに興味を持っているんだろう??って私は思った。
  「漢字はなかなか覚えられなくて」と残念そうに言う彼に対し「これは積み重ねだからねえ」と偉そうに私はコメントした気がする。
  でも間もなく私は自分の無知さを知る羽目になる。日本の法律や歴史や時事問題に詳しい彼から、難しい質問をされ、ほとんど答えられなかったからだ。そんなこと考えたこと無かった。
だって知らなくても日本では生きていけるから。

思い出②(夫との出会い)

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 06:19 投稿番号: [375 / 3876]
私は当時渋谷でOLをしていた。仕事は楽で、いかに楽しく遊ぶかに悩むような毎日を過ごしていた。いわゆる三高と呼ばれる彼氏とそろそろ結婚しようかと話し合いはじめた頃、現在の夫と出会ってしまった。

  外国人が賃貸住宅を借り難いのは当時も今も変わりはない。その点を踏まえ、そのガイジンは仲介業の事務所を私の会社の近くで営んでいたのだった。
  (イエローキャブを連れてヘラヘラしているようなオトコだな)彼の整った外見から、私は決め付けた。人を見る目には自信があった、ハズだった。

  「週末は、代々木公園で外国人労働者支援グループの通訳として、イラン人達の労災や賃金不払い問題の相談を受けているんですよ」と彼は言った。遊んでそうな外見からは信じることができなかった。

_既にイラン人の家族連れと友達付き合いがあった私は望むと望まざると彼らの苦労は知っていたし、頼まれれば病院や役所に行ったりすることもあった。
  でもそれは暇を持て余したOLが(人助けをする善人の私)を感じる為の新しいアソビだった。_

  そんな欺瞞に満ちた、エセ善人の22の私にとって、哀れむ余地の無い堂々としたそのガイジンは正直言ってオモシロかった。

<注>
あえてガイジンというのは、当時の私にはガイジン(外の人、アウトサイダー)と外国人(外国から来た人)の区別がつかないくらいレベルだったことを明らかにしておきたいからです。
 
  事務所を立ち上げる前は、配管工やバーテンをしていた、と彼は言った。日本人にイジワルをされ言い返すことも出来ないのが悔しくて日本語を必死に覚え、生活するにはせめて平仮名、カタカナの読み書きが必要だと独学で学んだのだと言う。
  彼の事務所にはアイヌ人差別に関する切り抜きがあり、フリカナが振られていた。何でこんなものに興味を持っているんだろう??って私は思った。
  「漢字はなかなか覚えられなくて」と残念そうに言う彼に対し「これは積み重ねだからねえ」と偉そうに私はコメントした気がする。
  でも間もなく私は自分の無知さを知る羽目になる。日本の法律や歴史や時事問題に詳しい彼から、難しい質問をされ、ほとんど答えられなかったからだ。そんなこと考えたこと無かった。
だって知らなくても日本では生きていけるから。

思い出①(90年頃 代々木)

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 06:05 投稿番号: [374 / 3876]
イランイラク戦争終結後の80年代後半から90年半ばにかけて、イラン人が一気に来日したことは記憶に新しい。
  鋭い目元、太い眉、いささか大きすぎる感もある鼻。ダボダボズボンを履き、大きな声で仲間と喋りながら街を闊歩する姿は目立たないハズが無かった。
  居酒屋、カラオケ、クラブ...日本人の20代、30代の人ならそんな所で遊ぶのが普通かもしれない。でもそんな娯楽の無い国から来たイラン人の楽しみと言えば、週末、公園で家族や友達とカーペットを敷き、キャバブを食らいながら談笑すること。
  その文化をそっくりそのまま代々木公園で再現しただけだった。少なくとも最初は。
そのうち偽造テレカや麻薬の密売を始めたイラン人が現れたことは事実だし、その場を私も見たこともある。だからイラン人みんながイイとは言わない。マスコミに叩かれてもしょうがないことをしていたことを弁護するつもりもない。
でもだからと言って、機動隊を使ってイラン人を一網打尽に狩っていった日本のやり方にはやりきれなさを覚えた。
  毎日厳しい労働条件のもと、肉体労働をしていたイラン人達にとって、日曜日に気のおけない仲間と会うことは大きな楽しみだったはずだし、戦争で疲弊した自国の家族に送金する為に来日したことを考えると入園料のかからない、自然豊かな代々木公園を待ち合わせ場所に選ぶのは、ごく当然のことだったと思う。

思い出①(90年頃 代々木)

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 06:05 投稿番号: [374 / 3876]
イランイラク戦争終結後の80年代後半から90年半ばにかけて、イラン人が一気に来日したことは記憶に新しい。
  鋭い目元、太い眉、いささか大きすぎる感もある鼻。ダボダボズボンを履き、大きな声で仲間と喋りながら街を闊歩する姿は目立たないハズが無かった。
  居酒屋、カラオケ、クラブ...日本人の20代、30代の人ならそんな所で遊ぶのが普通かもしれない。でもそんな娯楽の無い国から来たイラン人の楽しみと言えば、週末、公園で家族や友達とカーペットを敷き、キャバブを食らいながら談笑すること。
  その文化をそっくりそのまま代々木公園で再現しただけだった。少なくとも最初は。
そのうち偽造テレカや麻薬の密売を始めたイラン人が現れたことは事実だし、その場を私も見たこともある。だからイラン人みんながイイとは言わない。マスコミに叩かれてもしょうがないことをしていたことを弁護するつもりもない。
でもだからと言って、機動隊を使ってイラン人を一網打尽に狩っていった日本のやり方にはやりきれなさを覚えた。
  毎日厳しい労働条件のもと、肉体労働をしていたイラン人達にとって、日曜日に気のおけない仲間と会うことは大きな楽しみだったはずだし、戦争で疲弊した自国の家族に送金する為に来日したことを考えると入園料のかからない、自然豊かな代々木公園を待ち合わせ場所に選ぶのは、ごく当然のことだったと思う。

あ.の.ね.hanbeitarouさん

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 01:37 投稿番号: [373 / 3876]
アナタ純粋なのか人間練れてないのか?願わくば前者であって欲しい(笑)
  差別は無くなってないよ、きっと。
ホントに悔しい思いしたんだろうね。でも逆を返せばアナタ今まで苦労してない幸せな人なのかもよー。

  97年から98年にかけてイランに住んでいた時もモンゴル系に対する差別(私から見たらからかいの範囲)はあったよー。
  去年3ヶ月間里帰りしたときもチャン、チュン、チョンとか言ってる人たち、いた、いた!
  彼らには中国、韓国、日本の言葉の発音はメチャクチャ面白いらしくって、それを真似てるというウワサもあるけど、あんまりシツコク言われると私もキレたし、前述した通りペルシャ語で反撃したときもあったけど、まあ許容範囲の中でのデキゴトに過ぎませんでした。

  ところでワンタッチカメラの別名が「バカチョンカメラ」って呼ばれていたこと知ってるかしら。
  そんなの知ってるの30代以上の人だけかなー(笑)
  それの由来ってサ「馬鹿でも朝鮮人でも扱える簡単なカメラ」っていう、もんのすごい差別が込められている訳ですよ。
  あくまでも私見ですが...チャンチュンチョンっていうのはモンゴル系の言葉や顔立ちが異なっていることに対する(異質なモノに対しての好奇心)からなるお子様レベルのジョークに過ぎないけど「バカチョンカメラ」は当時の日本人が抱いていた在日朝鮮人に対する「存在そのもの」を否定するレイシズム思想から発生した言葉なのでは?
  日本の中には、西高東低(欧米に対する妙な畏怖の念と、自分たちがアジア人なのに他の亜細亜各国を蔑む)意識は未だに残っている気がします。
  パキスタンやトルコに旅行をしたアナタは亜細亜のことが好きで現地の人たちと友好的な思い出を作りたかったからこそ、イランで悔しい思いをしたのかもしれませんね(と勝手に推測し自己完結してしまうワタクシ)
  だとしたら亜細亜人を蔑視したりしない素晴らしい日本人の一人であるアナタが子供レベルのジョークを飛ばしているイラン人に対し
憤怒を燃やすのは、勿体無い気がします。

  忘れられないほど悔しかったのかもしれませんけど、4年間怒りを持ち続けたというのは余程社会人として閑を持て余しているんだなあ、ダイジョブかしらん?と要らぬ心配をしたりして。

  嫌な思い出を引きずるのも人生、とっとと忘れて次の楽しみを見つけるのも人生。
  私は後者を選びます。

あ.の.ね.hanbeitarouさん

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/02/01 01:37 投稿番号: [373 / 3876]
アナタ純粋なのか人間練れてないのか?願わくば前者であって欲しい(笑)
  差別は無くなってないよ、きっと。
ホントに悔しい思いしたんだろうね。でも逆を返せばアナタ今まで苦労してない幸せな人なのかもよー。

  97年から98年にかけてイランに住んでいた時もモンゴル系に対する差別(私から見たらからかいの範囲)はあったよー。
  去年3ヶ月間里帰りしたときもチャン、チュン、チョンとか言ってる人たち、いた、いた!
  彼らには中国、韓国、日本の言葉の発音はメチャクチャ面白いらしくって、それを真似てるというウワサもあるけど、あんまりシツコク言われると私もキレたし、前述した通りペルシャ語で反撃したときもあったけど、まあ許容範囲の中でのデキゴトに過ぎませんでした。

  ところでワンタッチカメラの別名が「バカチョンカメラ」って呼ばれていたこと知ってるかしら。
  そんなの知ってるの30代以上の人だけかなー(笑)
  それの由来ってサ「馬鹿でも朝鮮人でも扱える簡単なカメラ」っていう、もんのすごい差別が込められている訳ですよ。
  あくまでも私見ですが...チャンチュンチョンっていうのはモンゴル系の言葉や顔立ちが異なっていることに対する(異質なモノに対しての好奇心)からなるお子様レベルのジョークに過ぎないけど「バカチョンカメラ」は当時の日本人が抱いていた在日朝鮮人に対する「存在そのもの」を否定するレイシズム思想から発生した言葉なのでは?
  日本の中には、西高東低(欧米に対する妙な畏怖の念と、自分たちがアジア人なのに他の亜細亜各国を蔑む)意識は未だに残っている気がします。
  パキスタンやトルコに旅行をしたアナタは亜細亜のことが好きで現地の人たちと友好的な思い出を作りたかったからこそ、イランで悔しい思いをしたのかもしれませんね(と勝手に推測し自己完結してしまうワタクシ)
  だとしたら亜細亜人を蔑視したりしない素晴らしい日本人の一人であるアナタが子供レベルのジョークを飛ばしているイラン人に対し
憤怒を燃やすのは、勿体無い気がします。

  忘れられないほど悔しかったのかもしれませんけど、4年間怒りを持ち続けたというのは余程社会人として閑を持て余しているんだなあ、ダイジョブかしらん?と要らぬ心配をしたりして。

  嫌な思い出を引きずるのも人生、とっとと忘れて次の楽しみを見つけるのも人生。
  私は後者を選びます。

モンゴロイド蔑視はどうなったんですか?

投稿者: hanbeitarou 投稿日時: 2003/01/31 10:51 投稿番号: [372 / 3876]
イランは最悪でした!
4年ぐらい前にパキからトルコに抜けるために訪れたのですが
ものすごいモンゴロイド差別、蔑視でした!
我々モンゴロイドにとっては最低最悪の国で
殴り合いの喧嘩になった日本人男性もかなりいましたが。。。

そのころ、イランのテレビでもやたら中国人を馬鹿にしまくる番組がはやっていて、
イランのガキ(だけでなく大人も)がその番組を真似て
「チャン   チュン   チョン」と
モンゴロイドを見つけると
突然ものすごいバカにした態度をとってくるのです!

ムキになって喧嘩になって、逆にリンチを受けたなんて被害者の話も多くききました。

このトビを見ていると最近は以前のような
モンゴロイド蔑視はなくなったのでしょうか???

差別された側の僕としては非常に興味があるので
事実をご存じのかた、情報ください!

んーこの感性、好きだなー。

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/01/31 05:20 投稿番号: [371 / 3876]
  あなた様のコメントは限りなく同感できるものが多くて、親近感を覚えてしまいます。
  イラン批判をする方に対して「ペルシャ語が少しでも話せれば、現地の人達と違った関わりができる」とおっしゃってましたね。
  その通り!これはイランに限らずどこの国を旅行する時でも言えることだと思います。

  私は夫の家族が教員ばかりという好条件だったお陰もあり、生活に苦労しない程度の会話と読み書きが現地滞在中にできるようになりました。
  でもね、言葉が分かるというのはそれだけディープな関わりができてしまう訳で聞かなくていい悪口なども耳に入っちゃうんですよね。

  「日本で生活したいから結婚したに決まってるよー」「騙されてるとも知らずカワイソウ よね」
  夫と歩いていると、こんな露骨な会話が聞こえてくることがありました。最初は凹んでたときもあったし、引きこもり状態に陥ったことも。

  でも、日本の学校でイジメ体験を乗り越えたワタクシ、こんなことじゃあ負けません!

  乗り合いタクシーの中で、適齢期を過ぎつつある美女二人が   「ジャポ二のオンナなんて、目もオッパイも小っさいし、鼻は低いし、足は象みたいだし」「こーんなイイ女がイランにはいるのに」といった事を夫に聞こえるように囁いてたのです。
  (おいおい、これでもDカップあるんだぞー。そりゃ足は太いかもしんない。でも顔は桜井幸子似だって褒められるんだからなー)と思いながら
「熟れた二つのヘンダワネ(イランスイカ)、重そうですね。美味しそうだけど、食べてくれるお客様いないと腐っちゃいそう」と満面の笑顔を作ってペルシャ語で言ってみました。
  もちろん夫は大慌て!
「失礼!ヨメさん口が悪くって」とか言って謝ってました。それを聞いて運ちゃんはクククと笑いを噛み殺し、   美女たちは美しいマユゲを吊り上げ大きな目をもーっと大きくしてました。

  当時日本人をおちょくったコメディ番組の影響があったからだと思いますが....
  ガキんちょどもが左右の目を指で上げ下げしながら「ババ   チーニー、ママ   ジャポニー
ニニ   ビチャレー」(お父さん中国人、お母さん日本人、赤ちゃんかわいそう、の意味)と言いながら囲んできたことがありました。
  ひるまず私は「タカシーカカシージッシュラーナッシャシー」(たかし、かかし、おしっこチビんなよ、の意味)と歌って二タっと笑い返しました。
  現地のギャグを知っているとわかり、子供たちは
ビックリしてたけど、それから会うと恥ずかしそうに
「サラーム」と挨拶してくれるようになりました。
 
  泣いたりムキになるといじめてくる、という法則は世界共通なのかな。
  でも今の日本では、こんな反撃をする子供がいたら益々窮地に追い込むような陰湿なところがありそう。
  イランの子供は屈折したところが無くて、仲良くなりやすかったですね。

んーこの感性、好きだなー。

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/01/31 05:20 投稿番号: [371 / 3876]
  あなた様のコメントは限りなく同感できるものが多くて、親近感を覚えてしまいます。
  イラン批判をする方に対して「ペルシャ語が少しでも話せれば、現地の人達と違った関わりができる」とおっしゃってましたね。
  その通り!これはイランに限らずどこの国を旅行する時でも言えることだと思います。

  私は夫の家族が教員ばかりという好条件だったお陰もあり、生活に苦労しない程度の会話と読み書きが現地滞在中にできるようになりました。
  でもね、言葉が分かるというのはそれだけディープな関わりができてしまう訳で聞かなくていい悪口なども耳に入っちゃうんですよね。

  「日本で生活したいから結婚したに決まってるよー」「騙されてるとも知らずカワイソウ よね」
  夫と歩いていると、こんな露骨な会話が聞こえてくることがありました。最初は凹んでたときもあったし、引きこもり状態に陥ったことも。

  でも、日本の学校でイジメ体験を乗り越えたワタクシ、こんなことじゃあ負けません!

  乗り合いタクシーの中で、適齢期を過ぎつつある美女二人が   「ジャポ二のオンナなんて、目もオッパイも小っさいし、鼻は低いし、足は象みたいだし」「こーんなイイ女がイランにはいるのに」といった事を夫に聞こえるように囁いてたのです。
  (おいおい、これでもDカップあるんだぞー。そりゃ足は太いかもしんない。でも顔は桜井幸子似だって褒められるんだからなー)と思いながら
「熟れた二つのヘンダワネ(イランスイカ)、重そうですね。美味しそうだけど、食べてくれるお客様いないと腐っちゃいそう」と満面の笑顔を作ってペルシャ語で言ってみました。
  もちろん夫は大慌て!
「失礼!ヨメさん口が悪くって」とか言って謝ってました。それを聞いて運ちゃんはクククと笑いを噛み殺し、   美女たちは美しいマユゲを吊り上げ大きな目をもーっと大きくしてました。

  当時日本人をおちょくったコメディ番組の影響があったからだと思いますが....
  ガキんちょどもが左右の目を指で上げ下げしながら「ババ   チーニー、ママ   ジャポニー
ニニ   ビチャレー」(お父さん中国人、お母さん日本人、赤ちゃんかわいそう、の意味)と言いながら囲んできたことがありました。
  ひるまず私は「タカシーカカシージッシュラーナッシャシー」(たかし、かかし、おしっこチビんなよ、の意味)と歌って二タっと笑い返しました。
  現地のギャグを知っているとわかり、子供たちは
ビックリしてたけど、それから会うと恥ずかしそうに
「サラーム」と挨拶してくれるようになりました。

  泣いたりムキになるといじめてくる、という法則は世界共通なのかな。
  でも今の日本では、こんな反撃をする子供がいたら益々窮地に追い込むような陰湿なところがありそう。
  イランの子供は屈折したところが無くて、仲良くなりやすかったですね。

「はじめまして」を言い忘れました

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/01/31 04:02 投稿番号: [370 / 3876]
イラン好きな方が集まる楽しいトピだなーと前々から読ませて戴いていました。
  近日中にIranian Boyを出産予定のsefideです。よろしくお願いします。
  前駆陣痛で眠れなくて、深夜の投稿となりました。

  私としては、イラン人配偶者を持つ方以外の一般(?)の方がイランに興味を持って下さることがとても嬉しいのです。

  10年ほど前からイランとは関わってますが、イラン人の暖かい家族関係、芸術性、おいしくて健康的な料理、ハマッテます。
  妥協を許さない頑固な民族だなーと思うこともあるし、内外ともに難しい政治問題を抱え政府の対応策に疑問を感じるときもあるけれど、私はイランが大好きです。自分が骨を埋める国だと思ってます。

  ところで、イランの水がミネラルウォーターのようでおいしいとコメントされていらした方がいましたね!私も同感。
  それに硬水だからダイエット効果もあるかも。
1年少々現地に住んでた時便秘がなくなり、油分の多い食事をしていたのに10Kg痩せました。
まーそれだけ贅肉があったってことなんでしょうけど(笑)

モンゴル?チン?笑ってー許してー

投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2003/01/31 03:39 投稿番号: [369 / 3876]
「チンギスハンが襲来してペルシャ帝国をつぶしたんだ!」
「モンゴルめ!サムライオンナめ!」
  夫婦喧嘩と何の関係があるのか?と思うものの
イラン人の夫はこんな時代錯誤のこと口走ることがあります。
  (はァ?)って感じですよね。

  イラン旅行で不快な思いをされた方!
よぉーくワカリマス<島田伸介風
でもね、イラン人の多くは馬鹿が付くほどお人よしで、涙もろくて、日本人を身近に感じてるんですよ。姿形が異なるからこそ、興味を持って囃したてたりするだけで、悪意はないのです。
  「立て板に水」くらいの気持ちで、海外旅行を楽しめる呑気さが大切かなーと、私は思ってるんですけどね。

エラム庭園の動画像

投稿者: bernardsstar 投稿日時: 2003/01/27 22:37 投稿番号: [368 / 3876]
はじめまして、

シーラーズのエマム庭園の動画像を見ることができるサイトを紹介いたします。

http://www.iribnews.com/front_en.ASP?sec=front_en

テヘランの水

投稿者: toffee_nut_latte03 投稿日時: 2003/01/22 13:02 投稿番号: [367 / 3876]
hiroshi 0xさん、
私もテヘランの水、とてもおいしいと思います。
ミネラルウォーターよりおいしいかもと思いました。

fyojizzzzさん、
テヘランは今、雪が降っているようです。
以前、イランの北西部からテヘランに向かう途中、樹氷を見ました。
主人の実家のほうは、雨も多いです。
日本と似た気候ですが、夏はやっぱり暑かったです。

donkame60さん、
西アフリカの旅行記も楽しみにしてます。
1月にはできる、ってもうすぐですよね。
donkame60さんの旅行記は、なかなか情報の少ない所ばかりなので、とても貴重に思えます。
それと、私のHNは長いのでトフィーでけっこうです。ご丁寧にありがとうございました。(^^)

RE:すてきな旅行記ですね!

投稿者: donkame60 投稿日時: 2003/01/22 05:14 投稿番号: [366 / 3876]
toffee nut latte03さん

旅行記を読んでいただきありがとうございます。

大勢の方に読んでいただくと旅行記を書く励みになります。

今から西アフリカに出かけ、HP上の情報の少ないドゴン族などを取材してきます。

1月以内に書き上げますからご期待ください。

すてきな旅行記ですね!

投稿者: toffee_nut_latte03 投稿日時: 2003/01/22 01:32 投稿番号: [365 / 3876]
donkame60さん、こんばんわ。                                                                       旅行記と、とても素敵な写真を拝見しました。                                                                そしてイランだけでなくあちこちと行かれてるのに驚きました。イランだけでも、あれだけ行くのは大変かと思いますが・・・。                                                              私の主人は、イランの北西部出身なので、旅行記に掲載されたアンザリに行きました。                                                      写真を見て、あのカスピ海で泳いだんだわ、私。なんて懐かしい気持ちになりました。                                                                       まだ、イランのところだけしか拝見していないので、これからじっくりと見ようと思います!!

すてきな旅行記ですね!

投稿者: toffee_nut_latte03 投稿日時: 2003/01/22 01:32 投稿番号: [365 / 3876]
donkame60さん、こんばんわ。                                                                       旅行記と、とても素敵な写真を拝見しました。                                                                そしてイランだけでなくあちこちと行かれてるのに驚きました。イランだけでも、あれだけ行くのは大変かと思いますが・・・。                                                              私の主人は、イランの北西部出身なので、旅行記に掲載されたアンザリに行きました。                                                      写真を見て、あのカスピ海で泳いだんだわ、私。なんて懐かしい気持ちになりました。                                                                       まだ、イランのところだけしか拝見していないので、これからじっくりと見ようと思います!!

冬の寒さについて

投稿者: donkame60 投稿日時: 2003/01/21 09:39 投稿番号: [364 / 3876]
今回の旅は天候に恵まれほとんどの日が雲ひとつない快晴でした。
そのせいかどこもひどく寒いということはなく、
1900mの峠を通ったとき周りの山にうっすらと雪が残っていたことと、
朝バスに乗るとき吐く息が白くなった日が1日あったくらいで、
海抜1500mの村を除けば東京より暖かい感じでした。

私は寒がりなのでジャンパーの上にウインドブレーカーを着てカイロをつけていましたが
日中は暑くなってカイロを外す日が多く、特にエスファハーンからテヘランまではカイロなしで過ごせました。

にぎやかになりましたね

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2003/01/20 23:44 投稿番号: [363 / 3876]
ちょっと前まで、トピ落ちを心配するほど閑散としてたのに、急なにぎわいで、
うれしい気分です。

donkame60さん、拡大写真見ました。見とれてしまうほどの美しさですね。あの
感動再び!って感じです。

文章でも写真でも、あまり寒さのことわからなかったのですが(見落としかも
しれませんが)、気温はどうだったんでしょうか?   場所によって大差がある
でしょうが、夏の暑さにはまいったので、冬のイランはどうかなと思ってます。

ペルセポリスで会った英語の上手な少女とメール交換しているのですが、彼女
(マシュハド在住)の推測では、12月末だと雪かもしれないなんて書いて
ありましたが、そんな気配ないですね?

トフィーさん
アブグシュット、ほんとに忘れられない味でした。食べ方は一緒に旅行したイラ
ンの友人から教えてもらったんですが、パンも具(?)もすべてスープに入れて、
ぐちゃぐちゃにつぶして食べました。これが普通の仕方かどうかわかりませんが。
もっとも、その友人は、自分は、まぜないのが好きだといって、全部、別々に
食べていました。そんなのありか?と思いましたが。

写真追加しました。

投稿者: donkame60 投稿日時: 2003/01/20 22:20 投稿番号: [362 / 3876]
fyojizzzさん、orchidsuiteさん

旅行記を読んでいただきありがとうございます。
モスクや風景の写真の一部を大きなサイズので見られるようにしましたので
またご覧になってください。

hiroshi 0kさん

はじめまして
私たちのグループの人たちもサインをしてくれとか、一緒に写真を撮ってくれとか頼まれ
まるで有名人になったような気持ちでした。
それに道ですれ違う若い女性が微笑んでくれますので、
手を振ると向こうも手を振ってくれますので年のことを忘れて微笑んでしまいます。

昨年春にイラン西部に行ったときの旅行記もありますので
一緒にご覧ください。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/4725/index.htm

http://www2.neweb.ne.jp/wd/sadachan/iran.htm

イラン旅行記

投稿者: orchidsuite 投稿日時: 2003/01/20 20:00 投稿番号: [361 / 3876]
ドンカメ60さん

中国のシャングリラを以前問い合わせた者です。

また綺麗な写真が多いですね。
最近とてもイラン行きたくてイラン系の本などにはまっています。

旅行記楽しませていただきます。

良いところですね

投稿者: hiroshi_0x 投稿日時: 2003/01/20 19:01 投稿番号: [360 / 3876]
イラン、良いところですよ。
旅行者にもとても親切ですし、人がとても暖かいですね。
親日的な人もとても多いです。イスファハンには、外国人だけでなくイラン人も観光でたくさん訪れているのですが、イラン人の観光客になんども一緒に写真に入ってほしいとたのまれ、なんだか芸能人になったみたいでした。(^^;;
道に迷っている時なんて労をいとわず案内してくれたりとても助かりました。
バス停でバスを待っていると見ず知らずの人が回数券を無料でくれたりなんてこともありましたよ。
公園では、ピクニックをしている家族ずれにランチを誘われたり楽しかったです。

さらにテヘランの水道水は、そのまま飲めます。ミネラルウォーターを買う必要はありません。しかも水道水なのにミネラルウォーター並に美味しいです。但し建物の中の水より、街頭にある冷水機の水の方が格段に美味しいです。
イスファハンの水もそのまま飲めます。

fyojizzzzさんへ

投稿者: toffee_nut_latte03 投稿日時: 2003/01/20 00:20 投稿番号: [359 / 3876]
fyojizzzzさん、こんばんわ。トフィーと申します。                                                              私もイスハファンへは行ったことがあります。シラーズへはまだ行ったことがないので、今度バラが咲いている時期に行けたらと思っています。   fyojizzzzさんは、アブグシュトがお気に召されましたか。私もアブグシュトが大好きです。                                    イランの方のアブグシュトの食べ方は、まずスープにナンを入れてふやかした感じにして食べ、そのあとに残った具をつぶしてナンにとって食べる食べ方をしていますが、fyojizzzzさんもそのスタイルで食べました?私は、そのままスープっぽく食べるのが好きです。                               あと夏にイランへ行った時に「焼きとうもろこし」を食べました。ただ、日本の醤油ではなく、塩水を海水ぐらいの濃さにした塩味の焼きとうもろこしでした。とってもおいしかったです。                                                                     イランは、果物もおいしいですよね。私は「幡桃」という平べったい桃が大好きです。日本で食べた時は、そんなに甘くもなくあまりおいしくなかったのですが、イランのは非常に甘くジューシーで、もう毎日のように食べてました。                                                    書き込みしているうちにまた食べたくなりました。                                                             もうそれだけでもイランへ行きたいと思う食いしん坊の私です・・・
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