南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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( ´∀`)アハハ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/01 23:59 投稿番号: [9040 / 29399]
>「軍事」トピでも、「右翼」アンノさんや「中道」jaさんにコテンパンのご様子。盤面の石が全部死んでいるのにまだ投了しない、というのは、いくら何でもみっともないです。

( ´∀`)アハハ

大嘘吐きの糞チョンmamiyuよぉ

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/01 23:49 投稿番号: [9039 / 29399]
“嘘吐きわ中国人のはじまり”じゃぞ

おまい、“中国人”になってもよいんかのぉ?

“中国人”わ、つまり支那人じゃぞ。。。

朝鮮人とわ、大して変わらんのか、ん?


ところでのぉ…

蒋介石が“南京には大虐殺などありはしない。…   ”と言っておったそうじゃぞ。

(^ω^)


蒋介石の悔恨の涙

2005/ 5/30 0:33   メッセージ: 5816 / 5832   投稿者:heinz_bar

東京裁判とは何か、七烈士五十三回忌に当たって   興亜観音を守る会   会長   田中正明

  最後に私は、蒋介石総統の前に進み出て、御礼の挨拶をした後「私は総統閣下にお目にかかったことがございます」と申し上げました。
  すると「いつ?どこで?・・・・」とたずねられた。
  「昭和11(1936)年2月に、松井石根閣下と2人で、南京でお目にかかりました」
  その時「松井石根」という名を耳にされた瞬間、蒋介石の顔色がさっと変わりました。
  目を真っ赤にし、涙ぐんで 「松井閣下には誠に申し訳ないことをしました」手が震え、涙で目を潤ませて、こう言われるのです。
  「南京には大虐殺などありはしない。ここにいる何応欽将軍も軍事報告の中でちゃんとそのことを記録しているはずです。
   私も当時大虐殺などという報告を耳にしたことはない。・・・・松井閣下は冤罪で処刑されたのです・・・・」
といいながら涙しつつ私の手を2度3度握り締めるのです。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7154/15-2.html

未練がましいぞ、とっとと消えろよ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/01 23:49 投稿番号: [9038 / 29399]
>表から見えないような「陰謀」が行われ、またそれが効果を挙げた、という決定的な証拠は存在しない、というのがその結論。

それを言ったら、『日本軍が南京で市民を虐殺したという決定的な証拠は存在しない、というのがその結論。』で話が終わってしまうだろ?
違うか?

そもそも、決定的な証拠って何?
犠牲者名簿か?
命令書か?
公文書か?

●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(田中外相宛西田領事報告など)

●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(被害者側の日本外務省が公式声明)

●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿   △大体あり
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官、ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名)
3.各国政府の認識   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
被害を受けたポーランド   ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ   ○あり(事件の3年後に捕虜収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見)

●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり(全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などがあり○。死亡者は50万人超と言われ、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみが日本に渡された)
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載。
3.政府の認識
被害者側の日本   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
第3国の米国   ○あり

●南京事件
1.支那人犠牲者の名簿   ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.日本の命令書その他公式文書   ×なし
3.政府の認識   ×なし(当時は、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、事件の認識×なし)



>例えば「盧溝橋事件   中国共産党陰謀説」について、私は、こんなコンテンツを作成しました。

毎度、都合の良い編集、ご苦労。
―――――――――――――――――――
  中国共産党は早くも7月8日、延安から全国へ次の電報を打った。
  「7月7日夜10時、日本は盧溝橋でおいて中国の駐屯軍馮治安部隊に対し攻撃を開始し、(略)」
(日本国際問題研究所『中国共産党資料集・第8巻』)
 
  日本軍が応戦したのは翌日の朝なのに、夜10時と特定されていること、しかも日中両軍の司令部すら事態の真相をうかんでいない時点で早手回しにこうした電報を打ったことは、最初の一発から共産党のシナリオができていたことを推測させるに十分な証拠である。

  事件そのものはささいな摩擦にすぎず、直ちに停戦協定が結ばれ、局地解決がはかられた。ところが、コミンテルンは、次のような秘密司令を発していた。

①あくまで局地解決を避け、日支の全面衝突に導かねばならない
②右目的の貫徹のため、あらゆる手段を利用すべく、局地解決や日本への譲歩によって支那の解放運動を裏切る要人は抹殺してもよい
③下層民衆階級に工作し、彼らに行動を起こさせ、国民政府として戦争の開始のやむなきに立ち至らしめねばならない
④党は対日ボイコットを全支那に拡大し、日本を援助する第三国に対してはボイコットをもって威嚇せよ
⑤党は国民政府軍下級幹部、下士官、兵並びに大衆を獲得し、国民党を凌駕する党勢に達しなければならない

  この資料は1939年10月に興亜院政務部が発行した『コミュンテルン並びに蘇聯邦の対支政策に関する基本資料』という文献に収録されているものである。
(略)
  その後の事態は、まさにこのコミンテルンの司令文書の通り絵に描いたように進行した。

(略)

  一方でスターリンは、1937年12月、駐ソ中国大使に「蒋介石委員長に伝えて欲しい」として、次のように述べた。
  「戦争を続けるにあたって、人民の反政府行為をなくそうとするには、委員長は少なくとも四百五十万人を銃殺しなければならない。そうしなければこの坑戦を勝利に結びつけることはできないと思う」(サンケイ新聞社『蒋介石秘録12・日中全面戦争』)

(以下略)

藤岡信勝   産経新聞2004年12月18日

南京事件は現代国際政治の問題

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/06/01 23:44 投稿番号: [9037 / 29399]
南京事件は現代国際政治の問題    藤岡   信勝    「史」10年7月号

アングロサクソンは戦略に秀でたものがある。
東京裁判において、南京事件の虐殺人数は広島・長崎の原爆犠牲者30万人とのバランスを考えて同程度の人数がでっち挙げられたという一説もある。
話は異なるが、三菱自動車セクハラ訴訟は、例のニューヨークのビルを日本企業が買い取った報復の一端だとも聞く。
ここで日本人も忘れてはならない事がある。非戦闘員の殺傷という無差別爆撃だ。
東京大空襲(なんと1平方メートル(換算で)当たり3個の焼夷弾が落とされたそうだ)では一夜にして十万人の一般住人が死亡した。
さらに日本の北から南まで60万人が無差別爆撃によって亡くなっている。
スペインのゲルニカどころの話ではない。
原爆に関してサルトルは、日本人が白色人種であったら落とさなかっただろうと言ったそうだ。
彼らは日本人を人間と思っていなかった節がある。
・・・・・
97年11月6日のモスクワ放送は、ロシア革命(1917)から70年間にソ連で6200万人が殺され、うち4000万人が強制収容所で死んだこと、同じように中国で3500万人(主として毛沢東の文化大革命)、ポル・ポトが200万人を虐殺したと伝えた。
そしてナチス・ドイツの2100万人、日本の600万人は共産主義国の「犠牲者の数とは全く比較にならない」と論じた。
中国人も他国のことを言う前に、自国の犯した、同胞3500万人殺害という数を少しは反省したらどんなものか。
以下本文より
【中国系アメリカ人、アイリス・チャンの「レイプ・オブ・南京」がアメリカでベストセラーになっている。
「南京事件」での日本軍の蛮行を描いた著作だが、内容は今までに書かれたありとあらゆるデマの集大成といってよい。
例えば、文中に挿入されている「揚子江にうち捨てられた南京市民」という写真は、市民ではなく兵士であったということが、当時の作戦に参加したもと日本軍兵士の証言などから明らかになっている。
「引き立てられる中国人女性達。彼女らの多くは従軍慰安婦にさせられた」と説明されている写真は、当時の日本の雑誌に掲載されたもので、日本軍が「宣撫工作」の一環として中国農村で農作帰りの女性達を警備する光景を撮影したものだ。
「南京を焼き尽くした日本軍の戦車」という写真に写っている戦車は、南京陥落以後に生産が開始された型式で、虚偽であることは明らか。
「南京事件は」本来、歴史教育のテーマではなく、現代国際政治の問題。
歴史とすれば、全体の中で特別取り上げるほどの出来事ではない。
なぜ取り上げられるのかといえば、世界遺産に広島の原爆ドームが登録されたことに対する反応ではないか。
登録に対し、アメリカは反対した。
結局登録はされたが、それに対する「埋め合わせ」的な反応が深層に存在し「レイプ・オブ・南京」がベストセラーになるような社会現象が生まれてきているのではないか。】

>逃げまとう子供も老人も殺された大虐殺

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/01 23:44 投稿番号: [9036 / 29399]
>日本人の残虐性は信じられません
>いったいどれほどの南京の市民が犠牲になったことか
>それを思うと涙を流さない人はいないでしょう

いつ見たんだい?

1976年4月5日、天安門広場でみたのかい?

逃げまとう子供も老人も殺された大虐殺

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/06/01 23:37 投稿番号: [9035 / 29399]
日本人の残虐性は信じられません
いったいどれほどの南京の市民が犠牲になったことか
それを思うと涙を流さない人はいないでしょう

日本語も理解できない「ゆう」

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/01 22:50 投稿番号: [9034 / 29399]
>余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。

おまえ、日本人?
それとも、馬鹿?
おまえのサイトの資料を見ると、『遂に実行するに至らず、後に至つて反対に敵の方からやられた訳です。』とある。
これって、「中国側に先を越されてしまった」という解釈になるのか?
『遂に実行するに至らず、後に至つて』という意味が理解できないのか?
ん?

忙しいでしょうから簡単に!

投稿者: sdt0088 投稿日時: 2005/06/01 22:00 投稿番号: [9033 / 29399]
そうでしたか。


『家内に宛てた日記の如き手紙』ですね。


”凄い”と”驚嘆”は、撤回します。

ついでに、(別に)には、いらないです。

>悲劇の南京大虐殺は何故起こったか

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/01 20:46 投稿番号: [9032 / 29399]
>二度と繰り返さないためにもとても重要なことです

そうですね、朝日の南京大虐殺捏造報道を、2度と繰り返さないことが重要ですね。

毒ガス使用の証拠について

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/01 20:45 投稿番号: [9031 / 29399]
  それから毒ガスについてですが。
  見事に日本側の文献資料ばかりですね。

>>後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。
>
> という文章は、無茶だと思いますよ。

  もしかして意図的に引用部を切ってますか?

> 「日本軍の毒ガス使用」問題が「東京裁判時点でその論議がなされていなかった」のではなく、検察側(連合国側)は日本(軍)を毒ガス使用の罪で訴追しようとしたが、証拠がなく断念せざるをえなかったというのが事実です。

  この部分を省略したら、何のことだか分からないじゃないですか。

  いいですか、連合国は日本軍を毒ガス使用の戦争犯罪で訴追しようとしたんです。
  東京裁判の時点で、「日本軍が毒ガスを使用したことが明らか」だと連合国は言っていたんですよ。
  「後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになった」のでないことは明白じゃないですか。
  それなのに連合国は証拠を提出できなかったんですよ。
  毒ガスを使用したことが事実なら、使用した戦場における連合国による現場検証資料、交戦相手の証言、地元住民の証言が何故出てこなかったんですか?
  日本の悪事ならあること無いこと言いたい放題だった東京裁判の法廷で。

> 日本の生物化学戦という戦争犯罪が敗戦直後に免責されたことを明らかにし

  はぁ?
  毒ガスの使用は訴因に挙がってますよ。
  「敗戦直後に免責された」のに、なんで東京裁判の訴因に挙げられているんですか?
  生物兵器と化学兵器の区別が分かっていないんじゃないんですかね、この人は。
  それとも、一旦訴因に挙げたものの、軍から圧力が掛かって実質的な追求を取り止めた、という意味ですか?
  これなら少しは納得できますが、同時に東京裁判というものが如何にいい加減な代物だったのかという証拠にもなりますね。

> という発言、nさんは本当に「歴史研究」というものに興味を持っているのかなと疑ってしまう、とんでもない文章です。

  証拠が時間経過に従い毀損していくのは当たり前です。
  物証も記憶も劣化していくものですし、証言も文献も傍証を得るのが年々困難になって行きます。
  証言や文献には立証が必要ないという、どこかの新聞記者みたいなスタンスに立つなら別ですが。
  古代史をやっているんじゃないんですよ。
  日記などというプライベートな資料ならともかく、戦場の現場検証や関係者の証言集めは、可能な限り早期に実施するのが当然です。
  毒ガス疑惑に限定しても、これだけの疑問材料があって、後年発掘された資料の真偽に疑問を感じない貴方のセンスの方が私にはとんでもないと思えますけどね。
  少なくとも、何故この問題に限って「当時から」「被害者側」の「証言」が無いのか、疑問に感じなかったんですか?

未練がましいですね

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/01 20:43 投稿番号: [9030 / 29399]
> 話も煮詰まったようですし、そろそろ去ろうと思いますので、ご了解を。

  じゃなかったんですか?

> 一旦撤退するとのことでしたので、言葉を換えて説明するのは止めておきます。

  とお断りしているでしょう。それなのに

> 人が、「わからない」と言っている文章を、そのまま貼り付けてどうしようというんでしょうね。私を納得させる気がないのでしたら、レスは不要です。

  とはどういうことでしょうね。言いがかりにしか聞こえませんが。
  続ける気があるなら、最初からそう言えばいいんですよ。

  パル博士は南京大虐殺など認めていません。(講談社学術文庫の中では南京残虐事件と表現されています。)
  検察側の主張から、明らかに虚偽と分かるものを取り除いてもなお証拠の量は圧倒的であり、また、弁護側も南京において残虐行為があったことは否定していないから、南京事件(訳文を見る限り、パル博士自身はこう表現しています)はあったと認められるが、検察側の主張を100%信頼することはできないし、弁護側はその規模が誇張されておりまた中国兵の犯罪行為が日本兵に転嫁されていると主張している――これがパル博士の認識ですよ。
  検察側の主張とともに、弁護側の主張も否定していません。
  松井大将に対する訴因についての分析の中でも、日本軍に戦争犯罪があった、と言っているだけです。
  南京で発生した残虐行為がアトローシティと名づけられるほど大規模なものであり、その全てが(大部分が、でも構いません)日本軍の仕業であった、なんて言っていないんですけどね。
  それをまるで、検察側主張を全面的に認めたような書き方をするのは「つまみ食い」であり不誠実だ、と言っているんです。
  それとも貴方の辞書では、いわゆる南京アトローシティは規模も実行犯も関係なく、南京における継続的な残虐事件の発生を意味しているんですか?
  もしそうなら、辞書の改訂をお勧めします。

  続ける気があると分かっていれば、こうしてちゃんと説明してあげましたのに。
  嘘はいけませんね、嘘は。

妄想全開じゃのぉ糞チョンmamiyuよぉ

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/01 18:44 投稿番号: [9029 / 29399]
節操無く、あちこちで恥じお晒しおって

ボケめ


(^ω^)

マギー牧師は

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 18:36 投稿番号: [9028 / 29399]
「日記」というものをつけていたわけです。東京裁判でも、その「日記」を参考にしながら証言をしていたようですね。

別に、「記憶力に驚嘆」する必要はありません。

フラッシュバック?

投稿者: sdt0088 投稿日時: 2005/06/01 11:48 投稿番号: [9027 / 29399]
凄い記憶力に驚嘆。(M証言)を読んで。


パル判事の自己矛盾?

しかし、未練がましいやっちゃ

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:52 投稿番号: [9026 / 29399]
1.あなたは、ご自身の「便所の落書き」レベルの「まとめ」を、私のページに載せろ、と強要した。

2.私は、編集権に基き、その「まとめ」をボツにした。

これで、話は終わりました。


「編集者」と「持込人」との関係は、これでお終いです。自分の愚にもつかない文章が採用されなかったからと言って、「トンデモ」だの「誤魔化し」だの「ダブスタ」だの、悔し紛れの悪口を言いまくるのは、一般には見苦しい行動である、とみなされます(^^)


で、あなたの「オリジナルティがあって、面白くて、内容は正確で、可能な限り誰もが納得できる」文章、どこかに売り込んでみましたか?   まさか、私にだけ売り込んでお終い、というわけではないんでしょ?

もしこれでお終いならば、この「売り込み」は、私の悪口を言いたいがためだけの、単なる「いやがらせ」だった、ということになりますね。



あなたの私に対する最初のレスは、M8784の、これでしたね。

>だったら、早くオマエのHPに追加しておけ。

それ以下は、あなたお得意の、単なる「論点拡散」作戦。

Aで負けてもBがある。Bで負けてもCがある。こんなものにおつきあいしたらどうなるか、私はもう身にしみております。

私は毎回、それなりに力を入れたレスを続けたのに、あなたのやったことは、どうでもいい一行レスと、何の論拠もないいい加減な思い込み宣言と、レスを水増しするだけが目的の大量コピペ。議論にも何にもなりゃしない。


「無視」されるのがご不満でしたら、もう少し、まともな議論ができるようになってください。

「軍事」トピでも、「右翼」アンノさんや「中道」jaさんにコテンパンのご様子。盤面の石が全部死んでいるのにまだ投了しない、というのは、いくら何でもみっともないです。

その悔しさを、私にぶつけられても困るんですけど。


あいにくと私は、こんな議論しかできない方のお相手をするほど、人間ができておりませんので(^^)

http://www.geocities.jp/yu77799/owarai.html



例えば「盧溝橋事件   中国共産党陰謀説」について、私は、こんなコンテンツを作成しました。

http://www.geocities.jp/yu77799/rokoukyou/inbou1.html

中国共産党が事件の拡大を望んでいたのは事実だけど、表から見えないような「陰謀」が行われ、またそれが効果を挙げた、という決定的な証拠は存在しない、というのがその結論。

この中身を一切無視して、何の論証もなしに、

>支那共産党は盧溝橋事件を<起こし>、即座に「日本軍侵略開始」と宣伝した。

なんて便所の落書きのような一行文を私のページに載せろ、と言われても、私は苦笑いするしかありません。

じゃあ私も、あなたの文章に続けて、「ただし、今日に至るまで、「中国共産党の陰謀があった」という決定的証拠は発見されていない」という一文を追加するように、要求しちゃおう、っと。


念のためにもう一度質問しますけど、あなた、便所の落書きレベルのあの「まとめ」、まだ、「オリジナルティがあって、面白くて、内容は正確で、可能な限り誰もが納得できる」文章だって、信じちゃっていますか?(^^)

毒ガス戦の研究史

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:48 投稿番号: [9025 / 29399]
とりあえずは、吉見義明氏「毒ガス戦と日本軍」の前書きの引用から始めてみましょう。「毒ガス戦」の研究史、こんな感じであるようです。


>この間、日本軍の毒ガス戦は日本国内でも海外でも意外なほど知られていなかった。なぜなら、第二次世界大戦後もそれが意図的に隠蔽されてきたからである。かくいう私自身も、日中戦争や第二次世界大戦で日本軍も毒ガスを使用しなかったという説をある時まで信じていた。

>このような認識が大きく変わりはじめたのは1984年であった。この年に日本軍の毒ガス戦の実態を明らかにする重要な基本資料があいついで公表されたからである。

>この新しい研究を最初に開始したのは立教大学の粟屋憲太郎教授であった。彼は、1983年に東京・池袋で開かれた東京裁判を問うシンポジウムで、日本の生物化学戦という戦争犯罪が敗戦直後に免責されたことを明らかにし、ついで、アメリカ国立公文書館NARAで、陸軍習志野学校「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」という、証拠書類として採用されなかった毒ガス戦に関する決定的な記録を発見した。

>ついで、慶応大学の松村高夫教授を中心とするグループが、八月十五日の「毎日新聞」に、加茂部隊編「きい弾射撃に因る皮膚障害並に一般臨床的症状観察」と題する、びらん性ガス(イペリット・ルイサイト)を用いた人体実験の極秘報告書を公表した。これは、当時大学院生であった児島俊郎長岡大学助教授が古本屋で発見したもので、関東軍による大規模な毒ガス人体実験の記録であった。

>さらにこの年には、中支那派遣軍司令部が作成した「武漢攻略戦間に於ける化学戦実施報告」という一大毒ガス戦の詳細な報告を、私自身が見つけることになった。

>その後、私は粟屋教授とともに研究を進め、翌年に共同で「毒ガス戦の真実」を執筆し、1989年に「毒ガス戦関係資料」を編纂した。また、松野誠也氏とともに、1997年に「毒ガス戦関係資料Ⅱ」を刊行した。この間、多くの資料が発掘され、日本軍の毒ガス戦の解明は大幅に進んだ。



このうち「毒ガス戦関係資料Ⅱ」は私は未入手ですし、他の入手した文献(えらく金がかかっています)もまだ読み込んでいない。吉見氏の文が正確であるという断定は避けますが、少なくとも、

>後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。

という文章は、無茶だと思いますよ。


しかし、

>証拠は普通、歳月が経過すればするほど収集が難しくなるものです。

>90年代以降になって資料が発掘された、という主張が、どれだけ不自然なものであるかを。(ゴメン、「80年代」の間違いだった・・・「ゆう」)

という発言、nさんは本当に「歴史研究」というものに興味を持っているのかなと疑ってしまう、とんでもない文章です。「南京」関係だけでも、「南京戦史資料集」「幕府山事件関係資料」「ラーベ日記」などが、いつ発掘されたのか、ご存知ないわけではないんでしょう?   要は、世間の注目を背景に、熱心な研究者が登場した、というだけの話です。


ついでですけれど、橋本群中将などは、しっかりと「毒ガス使用」を認めていますね。

>山西の山の中で匪賊をやつつける時に山地帯でどうにも作戦が思ふやうに行きませんので一部に許してやりましたこともあります。

http://www.geocities.jp/yu77799/siryoushuu/hasimoto.html

「匪賊」というのは、「共産ゲリラ」のことでしょうか。中将は、毒ガス使用がごく小規模にとどまったかのように応答していますが、皇族相手の会話でもあり、額面通りには受取れません。

余談ですが、実は日本側も「黄河決壊作戦」を考えていたが、中国側に先を越されてしまった、という話は、私はここで初めて知りました。でりちゃん、これも、追加しておけ(笑)。

結局、わかりません(^^;

投稿者: yu77799 投稿日時: 2005/06/01 06:46 投稿番号: [9024 / 29399]
おわかりになると思いますが、私は別に、nさんの言うことを頭から否定しようとしているわけではないんですよね。何とか理解してあげようと、それなりに一生懸命読んでいます。でも、この私にもわからないんですから、私ほど熱心な読者ではないロムの皆さんには、絶対にわからないと思います(^^)


パル判事は、こう書いたわけですよね?

>いずれにしても、本官がすでに考察したように、証拠にたいして悪くいうことのできることがらをすべて考慮に入れても、南京における日本兵の行動は凶暴であり、かつペイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない。事態に顕著な改善が見えたのは、ようやく二月六日あるいは七日すぎてからである。


これがどうして、その正反対の意味に化けるのか。

>少なくとも私は「パル判事が「南京アトローシティ」の存在を認識していた」ことを否定します。

さっぱりわからん。

>南京における日本兵の行動は凶暴であり、・・・残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない

って、「南京ではとんでもないことが起きた」という最低限の「事実認識」は間違いなく持っていた、ということですよね。「パル判事と検察側の認識の温度差」ということは、また別の議論になります。


私には、こういう論理のアクロバットにしか見えないんですけれどね。

1.パル判事は、Aと言った。
2.そのAを消しゴムで消して、
3.パル判事は、Aを否定した、という結論を出す。


  >例えばベイツの証言自体に詳細な検証を加えた痕跡はありません。

今話題になっているのは、「パル判事がどのような認識を持っていたか」ということ。「パル判事がどのようなプロセスでその認識に至ったか」ということではありません。

「パル判事の認識が違う」という話に持ってくるのであれば、まあ、それはそれで一つの「議論」です。でも「プロセス」の話をいくら書いても、「パル判事はそのような認識は持っていなかった」という話にはなりません。



>少なくとも、検察側の主張も報道記事も、割り引いて考える必要がある、と考えていたことだけは間違いないようですよ。

ま、本当に「少なくとも」です。割り引いて考えても、「南京アトローシティ」は存在した、と考えていただけの話でしたよね。


いずれにしても、「パル判事のアトローシティ認識は間違っている」というのであればともかく、「パル判事はアトローシティを認識していなかった」というのは、おそらく過去誰も唱えたことがない、新説です。でも、誰も理解できないのでは、その「新説」には何の意味もありません。


だいたい、人がわからないと言っているのに、

>もう一度貼り付けましょうか?

は、ないでしょう。

人が、「わからない」と言っている文章を、そのまま貼り付けてどうしようというんでしょうね。私を納得させる気がないのでしたら、レスは不要です。


私ももう、このやりとりに飽きました。最初はnさんに、少しは期待したんだけどなあ。結局、期待外れだったようです。

>私もそこまで暇じゃないんで。

って、nさんには他にどんな「やること」があるのかよくわかりませんが、「暇じゃない」ことだけはお互いに共通しているようですので、空しいやりとりはここまでにしましょう。このように話がさっぱり進まないレスしかできないのでしたら、どうぞこれ以上のレスは、ご遠慮ください。お互い時間の無駄だと思いますので。

一応、「毒ガス」戦の方にもレスをつけておきます。

日本兵に銃剣を突き刺され苦しむ

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/01 06:03 投稿番号: [9023 / 29399]
虐殺された多くの無抵抗な老婆や幼い子供が可哀想でなりません
あーなんということでしょう
こういうことが日常化していたんでしょうね

南京大虐殺の背景 百科事典によると

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/01 06:01 投稿番号: [9022 / 29399]
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(南京大虐殺について抜粋)

「事件の背景として、南京の前にも、日本軍は移動中に上海、蘇州、無錫、嘉興、杭州、紹興、常州のような場所でも捕虜や市民への虐殺・略奪を続けていたとされ、日本軍兵士・将校の従軍日記や回想録から、進軍中にそれらが常態化していたのではないかと疑われている。」

他の百科事典もたいてい同様の記述である

悲劇の南京大虐殺は何故起こったか

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/01 05:43 投稿番号: [9021 / 29399]
二度と繰り返さないためにもとても重要なことです

おぅい、糞チョンmamiyuよぉ。。。

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/01 00:09 投稿番号: [9020 / 29399]
ほほほほほほ

けつが丸出しじゃぞ

最近わ、papa0720nikoわどうしたんかのぉ、ん?

特攻隊にけんかお売っとるんか、

泣かされるから、やめとけ


ボケめ


(^ω^)   あぼ〜ん

おい基地外バエ

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/05/31 23:42 投稿番号: [9019 / 29399]
ボケ(^ω^)にそそのかされんな。
ワシわ   麻実湯先生とわ   別人じゃ。

だから、もうつきまとわないでくれる?

>南京大虐殺 隠蔽工作に必死の皆様

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/05/31 23:33 投稿番号: [9018 / 29399]
基地外ウヨ=在日だよ

必死はお前だろう馬鹿チョンmamiyu

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/05/31 23:31 投稿番号: [9017 / 29399]
無知でプロパガンダを繰り返す、
能無しの馬鹿チョン!
悪魔の共産主義の手下に落ちぶれた哀れな馬鹿チョン!!
脳みそ洗ってこい!!

■「南京事件」反論本

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/05/31 23:21 投稿番号: [9016 / 29399]
産経新聞・2000.10.21   ■「南京事件」反論本   英文併記


「米国の議論に一石」

【資料映像:001021「南京事件」反論本】
米国人読者を意識し、日本語と英語を併記して南京事件を論述した
『再審「南京大虐殺」−世界に訴える日本の冤罪』

※ 抜   粋(全文下記HP)

  中国側が三十万人虐殺があったと主張している昭和十二年の「南京事件」について、事件を立証する証拠がないことを日本語・英語併記で論述した『再審「南京大虐殺」−世界に訴える日本の冤罪(えんざい)』が、十月末に明成社から刊行される。著者は竹本忠雄・筑波大名誉教授、大原康男・国学院大教授ら。南京事件について英文で反論した本の出版は初めてで、著者らは「米国での議論に一石を投じられれば」と期待している。(鵜野光博)

  同書は竹本、大原両氏のほか、椛島有三・日本会議事務総長、伊藤哲夫・日本政策研究センター代表らが執筆・編集し、在日米軍の関係者らの協力を得て英訳文を作成した。英題は「The   Alleged   NANKING   MASSACRE(論証なき主張   南京大虐殺)」。

  内容は南京事件を一つの“殺人事件”とみなした刑事訴訟のスタイルで論述を展開。「犠牲者は三十万人以上」「虐殺は日本軍が組織的計画的に行った」などとする中国政府の『中国版   対日戦争史録』(中国国際戦略研究基金編さん、一九九五年)を“起訴状”とし、虐殺があったと主張する側が「犯罪の立証」という責任を果たしているか否かを再検証する「法廷ミステリー的手法」(大原教授)を取っている。

  そして中国側の主張が埋葬記録などから立証されないことを示し、逆に南京陥落後に秩序が回復したことを示す資料など反証を提出。想定読者である米国人に「一人の『陪審員』になったと仮定して、本件を公正中立な立場で再審理していただきたく、衷心より要望する」と呼びかけている。

  南京事件をめぐっては、一九九七年に中国系アメリカ人、アイリス・チャン女史の著書『ザ・レイプ・オブ・南京』が米国でベストセラーとなり、南京事件をナチス・ドイツのホロコーストと同列に論じる議論が米国で横行するきっかけとなった。

  同書は数多くの事実誤認と“にせ写真”の使用が日本人研究者により指摘されたが、英訳と米国での反論本の出版が困難であったことから、今回の『再審「南京大虐殺」』が米国人に向けた最初の反論となる。

  竹本名誉教授は「カリフォルニア州議会で日本軍の“戦争犯罪”に賠償を求める決議が出るなど、米国を舞台にした反日包囲網の広がりに危機感を抱いている。対日批判激化の折に、米国人の良識に訴えたい」。大原教授は「南京事件が『なかった』ことを一〇〇%立証するのは困難だが、挙証責任を『あった』と主張する側に投げ返すことで議論の土俵を作り直した。日本人にも南京事件を今までと違う視点で読み直してほしい」と話している。

http://www.meiseisha.com/katarogu/nankin/sankei121000.htm

南京大虐殺 隠蔽工作に必死の皆様

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/05/31 23:20 投稿番号: [9015 / 29399]
そろそろ無駄な工作はやめて素直に歴史に向き合いましょう!
否定派は一部の基地外ウヨだけですよ。基地外ウヨになりたいですか?

中支那方面軍の作戦地域は蘇州、嘉興

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/05/31 21:48 投稿番号: [9014 / 29399]
石原完爾の後任の参謀本部第一部長には武藤明と同じ拡大派の下村定少将が第四部長から任命された。

中国軍の抵抗は頑強で、上海派遣軍は三個師団半の増援を得たにも関わらず、戦線はなお膠着し、苦戦は続いた。

十一月八日までに戦死戦傷者は四万人以上となる。それに、戦病者も増え、指揮官の大部分、兵士の過半数も補充で入れ替わるという状況であった。

戦局の打開を苦慮した武藤章作戦課長は、杭州湾に一軍を上陸させて、背後から中国軍を攻撃する作戦を考案し、下村第一部長の内諾を得て、北支方面軍に飛び、華北から上海への兵力抽出を説得した。その結果、杭州湾上陸のための第十軍(軍司令官柳川平助中将、第6・第十八・第百十四師団と第五師団の国崎支隊)が編成され、併せて第十六師団を華北から転用し、上海派遣軍に増派することとなった。

十一月五日第十軍が杭州湾に上陸し、敵の背後を突いたため、中国軍は動揺し、十一月十三日に第十六師団が長江岸の白茆口(上海北西約七十五キロ)に上陸すると、中国軍の撤退と潰走が始まり、総崩れとなって、上陸攻略戦は一段落を遂げた。

十一月七日   上海派遣軍と第十軍とを併せて指揮するために中支那方面軍の「編合」が発令され、松井石根大将が方面軍司令官を兼任するように命令された。

「編合」は天皇の命ずる正式の軍の編成である戦闘序列ではなく、仮の編成である。方面軍の任務も「上海付近の敵の掃討」に限定されていた。参謀本部は「中支那方面軍の作戦地域は蘇州、嘉興を連ぬる以東とす。」と制令線を指示し、上海で決着をつける作戦を明示した。」

中支那方面軍司令部は上海派遣軍と第十軍との作戦を一時的に統一指揮するだけのものとされていた。普通、一般の方面軍の編成と異なり、兵器部、経理部、軍医部、法務部(法務官が派遣され、軍法会議により軍刑法違反を取りしまる)など無く。

つまり、それ以上の奥地へ対する作戦を指揮する場合に必要な”兵站基地、機関”を持っていなかったのである。法務部がないということは軍隊の軍規風紀を取り締まるべく正式機関を備えていなかったということである(軍務局長武藤章回想録)

参謀長には第三部長であった塚田功少将、参謀副長には作戦課長であった武藤章大佐が就任した。いずれも拡大派であり、武藤は自ら志願したとされ、東京を出発するときから南京攻略を考えていたと思われた。

反対

投稿者: fjaouw6 投稿日時: 2005/05/31 20:31 投稿番号: [9013 / 29399]
話し合いを公開するならインターネットでいいじゃん。
政府なんかにまかせて、変な操作加えられたらどうする。
お子様は困るな。

歴史の教科書は重要

投稿者: miraisatoru21 投稿日時: 2005/05/31 12:12 投稿番号: [9010 / 29399]
一番いいのは、歴史の教科書の話し合い。
日本・中国・韓国の歴史の先生たちが話し合いをすること、
話し合いの内容を「公開する」場所を、政府がつくることです。

南京大虐殺の宣伝に忙しいピースボート

投稿者: hirosan_uk 投稿日時: 2005/05/31 11:40 投稿番号: [9009 / 29399]
現在就航中のピースボートは7月にニューヨークに向かい、
「紛争予防の国際会議」にも参加する。

しかし、ピースボートのいう「紛争予防」とは、

1)日本軍の慰安婦問題を世界に言いふらし、
2)中国の「南京大虐殺」宣伝活動に全面的に協力し、
3)「憲法9条」がなくなれば日本は軍国主義になる危険な国だ、

と騒ぎ立てることをいう。そして極めつけは、反核団体であるにもかかわらず、

4)中国の核と、北朝鮮の核を、何1つ批判しない、

という欺瞞団体である。

詳しくはこちら↓
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1063875

>南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

投稿者: filthymacnasty2 投稿日時: 2005/05/31 10:53 投稿番号: [9008 / 29399]
ここには戦時中の戦意高揚の宣伝に過ぎなかったことが分かっている野田巌少尉、向井敏明少尉の「百人斬り競争」や、田中軍吉大尉の「三百人斬り」などを、いかにも事実ででもあるかのように論じている者が複数いるようだな
彼らは「南京軍事法廷」の出鱈目な「判決文」や、当時の戦意高揚宣伝の「新聞記事」などに書かれていることが事実である(若しくは事実であるかもしれない)という前提の下に、いろいろ傍証的な肉付けをして論を進めているようだが、元々前提としているものが出鱈目であり虚報であることが分かっているわけだがら、これほど虚しい作業はない

どうせ貴重な時間を使うのなら、「南京虐殺30万人」とか「日中戦争の犠牲者3500万人」とかいう途方もないプロパガンダが、なぜ未だに中国人に信じられているのか(それも日本やアメリカなど自由に情報が得られる国に在住している一部中国人にも信じられているのか)、そのメカニズムを解明することに専念した方が、はるかに時間の有効活用だと思うが
そうすれば、国際政治の裏面で「国益」を賭けて熾烈な鍔迫り合いを演じている各国の「情報宣伝機関」の活動の実態も少しは分かるようになろうというものだ
「大きな嘘ほど人は信じる」と公言していたゲッペルズのような優秀な「情報宣伝員」は、いい材料を見つけると、尾鰭を付け膨らまし、巧妙な捏造をスパイスのように効かせ、やがてとんでもない話を作り上げて、それを様々なテクニックで大衆に信じ込ませることに成功したが、この手法こそ古今東西変わらぬディスインフォメーションの王道といえよう

「従軍慰安婦強制連行」も、ほぼ同工異曲のディスインフォメーションといえる

毎日新聞ですか

投稿者: wkwdb654 投稿日時: 2005/05/31 07:52 投稿番号: [9007 / 29399]
私は読売新聞なもので。

資料提供ありがとうございます。反日デモ騒動の頃の新聞では「韓国側が3国共同に慎重」と載ってたんですが、韓国は方向転換したのでしょうか。

一番最新目にしたのは、29日の白石隆氏が論説を述べられている中で、触れられていましたね。

本当に時間がかかっても良いので、真実が解明され、それが日本に良い結果をもたらすことを望みます。そうすれば、素人レベルで泥かけ論争せずに済むのですから。

ただ当然、興味ある歴史問題として関心を持って勉強するのはとてもよいことと思いますが。

知るわけなかろう

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/05/31 01:02 投稿番号: [9006 / 29399]
何故かと云えば…

ヤツは馬鹿ちょんの“糞チョンmamiyu”じゃからのぉ。。。

ほほほほほほほほほほほほほほほほっほっ


(^ω^)


横レス、御免

>南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

投稿者: rangkhan 投稿日時: 2005/05/31 00:59 投稿番号: [9005 / 29399]
いづれも実際に起こった現実だと思います。「大」虐殺なのか「強制」連行かは別としてです。
しかし、中共や日本国内の一部左派勢力がその事実を歪めてるのもまた事実では?メディアで教えるってどういう意味ですか?学校では「事実」を教えるべきでしょう。日本でも中国でも韓国でもです。
教育において日本が過去の事実に真正面から向かってこなかったのは指摘されている通りかと思います。過去の軍事行動で他国に苦しみを与えたことを日本では自由に話せました。その為、教育でこの問題から逃げてきた傾向があります。しかし、この姿勢が自国の政策で歴史を歪曲する中国・韓国の教育に対して批判ができない日本の立場を作ってしまったは残念です。再度お聞きしますがメディアで教えるって何ですか?自国の検定前教科書を他国にリークしても他国で行われている誤った教育を日本国民に知らせようともしなかったメディアがあることは周知の事実です。
中国韓国の教育は事実に基づく教育ではありません。一方は他国に武力で侵略と虐殺を行い、無数の自国民を死に追いやった歴史事実には触れず、他方では自国の失政や無策な治世の歴史にも触れず、日本軍による被害を誇大化したり、あるいはでっち上げた事例をもって自国民を教育してきました。彼らが絶えず口にする「歴史の歪曲」です。
日本も中国も韓国も立証できる現実のデータを用いて学校で教育すべきです。
因みに教育者のイデオロギーで生徒の意思によらず謝罪旅行をさせる広島の高校の行動には戦慄さえ覚えます。
あれでは党への忠誠心を植えつけるための教育を行う中共となんら変わらない。
日本でもそんな教育が許されているとは。。。
最後になりますが中国政府や韓国政府が事有る毎に繰り返す「アジアとわが国人民(国民)」の表現に常に違和感を覚えています。中国が(ましてや韓国などが)アジアを代表するかのごとく発言するのを聞く度に不快感を禁じえません。タイ・ベトナム・フィリピン・インドネシアそしてその他のアジア各国でも同様に感じていると思います。

「日中韓3国共通歴史教材委員会」

投稿者: vakacho 投稿日時: 2005/05/31 00:37 投稿番号: [9004 / 29399]
「日中韓3国共通歴史教材委員会」
この団体による「未来をひらく歴史」が3国共通歴史教材と呼ばれるものです。
http://www.koubunken.co.jp/0350/0341.html
日本側代表の一人、俵義文のHP
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/index.html

バックにある団体「子どもと教科書全国ネット21」の活動をみても
明らかに「左・自虐的」で偏向しており、
中共・韓国の政治的意図に従順な歴史教材のような気がしてなりません。
つくる会以上の活動ぶりはかなり痛々しいです。

両方見て冷静に考えてみるべきですね。
・新しい歴史教科書をつくる会(問題の教科書、英訳、中訳、韓訳あり)
http://www.tsukurukai.com/
・つくる会   英訳で教科書説明   中韓記者ら100人に(映像)
http://www.videonews.com/asx/fccj/051005_tsukurukai_300.asx

木刀ってこわいんですけどねぇ

投稿者: okirakudouji 投稿日時: 2005/05/31 00:05 投稿番号: [9003 / 29399]
>日本刀がどれだけ重たいか知ってるんか?鉄やぞ、てつ   木刀違うんじゃボケ

実用的な日本刀の重量なら1kg前後、野球のバットくらいなもんでしょうねぇ。樫の木の木刀と同じくらいな重さですよ。鉄は重いという先入観があるんでしょうけど、実際に日本刀は持ったことないんでしょうねぇ、きっと。

だいたい木刀は日本刀振り回す練習用の道具ですから、日本刀と極端に重さが違っちゃあ話にならないのは常識でわかりそうなもんですけどねぇ。木刀も竹刀も同じですか。

それと撲殺するなら日本刀より木刀の方が道具としては上なんですけどご存じでしたかねぇ工作員さん。

(同じ重量なら木の方が鉄より強度がある:http://www.wood.co.jp/mame/ganryushima.htm)

>日本刀がどれだけ重たいか知ってるんか?

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/05/31 00:02 投稿番号: [9002 / 29399]
>鉄やぞ、てつ   木刀違うんじゃボケ

砂鉄を木炭で加熱還元した玉鋼(たまはがね)って言うんだよ(笑)

陸軍軍刀

第二次大戦中に刀剣を兵器として実戦に使ったのは日本陸軍だけだった。
実は弥生時代にまでさかのぼっても日本には白兵戦の伝統はないのである。実戦においては弓、鉄砲、槍、投石など遠戦兵器が当然であった。鉄砲もないのに戦うことを「無鉄砲」という(のかな)。
江戸から続く平和の中で日本刀は根拠のない優戦兵器の神話に包まれていった。日本刀で斬り結んでいたのは幕末の新撰組だがあれは町中のテロだったからの話で、戦争では新撰組も鉄砲で戦った。

明治時代、軍の近代化を進める中で、当時の欧米各国は白兵重視であり、それを手本とし見習ったわけである。陸軍は明治42年の「歩兵操典」で白兵主義を打ち出したが、これが日本軍の火力を軽視する伝統を作ってしまったといわれる。しかし第一次大戦を境に欧米各国は白兵主義と手を切る方向に向かった。
対して日本は、満州事変の後、他の兵器の刷新に先駆け、なんと刀の改良を行った。サーベル型の軍刀を廃止し、古式に則った日本刀タイプに改めたのだが実用的にはサーベル型におとる面が多かった。

明治廃刀令から満州事変まで日本刀の新作注文はほとんどなかった。満州事変以後またも日本刀の需要が増え、支那事変では手作りの日本刀の生産が追いつかず野鍛冶までが刀鍛冶に転向する風潮となった。軍属や従軍記者までが軍刀を下げたのだ。

そもそも日本刀は実戦兵器としての性能に疑問がある。たった一撃で目釘が折れたり、鍔元がぐらつく、刀身が曲がる、といったことが頻繁に起きていた。日本刀の構造的欠陥である。青竜刀のように刀身と柄を一体型にしなければ使用に耐えられるわけがないのだ。

だが日本刀神話は根強く、当時の日本人で「百人斬った」という新聞記事に疑問を持つ人はいなかった。(それ以前に、銃弾うなる真ん中で刀を振り回す将校の図に疑問は湧かなかったのだろうか)

そして、その神話は現在でもまだ生き続けていて、日本軍の残虐行為と言われている作り話の中で軍刀はかかせないアイテムなのだ。

http://www.asahi-net.or.jp/~KU3N-KYM/heiki6/gunpaku/gunpak.html

作り話(笑)



>というわけで、日本軍による百人斬りの競い合いは、狂気の沙汰どころじゃありませんね   もしその現場に居合わせたら誰もが腰を抜かして動けなくなったでしょう   赤ん坊やお年寄りの返り血が、そこら中で雨のように降り注いでいたことでしょうね

「発掘された」証拠と日本軍毒ガス疑惑

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/05/30 23:49 投稿番号: [9001 / 29399]
  本人が撤退してしまったので、これは「ゆう」氏に対する反論ではなく、事件から相当の年月が経過した後に新たに発見された証拠に関する一般的な議論です。

  まず「ゆう」氏の発言から。

> 「日本軍の毒ガス使用」問題が注目されて、資料が発掘され、その実態が明らかになってきたのは、90年代以降のことです。
>
> だから、「東京裁判」時点でその論議がなされていなかったことをことさらに取り上げても、それは、何の意味もないことだと思いますよ(^^)

  多分、論点の歪曲ではなく、単なる誤解なんでしょう。
  #8895に引用したパル博士の発言をもう一度繰り返します。

> 戦争の法規および慣習に違反したと称せられる行為は、起訴状付属書D中十五項にわけてあげられている。これを要約すれば以下のようである

> 第9項(毒ガスの使用)は検察側によって訴追を放棄されたものとしてかたづけてよいであろう。この訴追を裏づけるような証拠はなんら審理中提出されなかったのである。

「日本軍の毒ガス使用」問題が「東京裁判時点でその論議がなされていなかった」のではなく、検察側(連合国側)は日本(軍)を毒ガス使用の罪で訴追しようとしたが、証拠がなく断念せざるをえなかったというのが事実です。
  後年になって資料が発掘され、日本軍が毒ガスを使用したことが明らかになったのではありません。

  証拠は普通、歳月が経過すればするほど収集が難しくなるものです。
  アウシュビッツのように外部と隔絶された施設ならば、後年の調査によって初めて実態が明らかになるということもあるでしょうが、それも調査が遅れれば遅れるほど、事実の究明は困難になるのが普通です。
  戦勝国の犯罪行為ならば、戦争終結後の正当化工作で事実が隠蔽されることも多いでしょうが、敗戦国の犯罪行為で、しかもその犯罪行為の証拠を積極的に探したにも関わらず、その証拠が後年にならなければ見つからなかったというのは不自然です。
  連合国は終戦直後の時点で、日本軍が毒ガスを使用したことを証明しようとしたにも関わらず、その証拠を見つけることができず、連合国側にとって証拠の捏造が極めて容易であった東京裁判の法廷においてさえ、訴追を事実上断念せざるを得なかったのです。

  以上を踏まえた上で、もう一度考えてみましょう。

> 「日本軍の毒ガス使用」問題が注目されて、資料が発掘され、その実態が明らかになってきたのは、90年代以降のことです。

  90年代以降になって資料が発掘された、という主張が、どれだけ不自然なものであるかを。
  もしこれが本当なら、一旦は東京裁判で訴因としたが、その後何らかの理由で連合国側が日本軍の毒ガス使用の事実隠蔽に動いた、ということです。

  一体どんな理由があったというのでしょうね。

  これが正当化工作によって隠されていた戦勝国(中国)の毒ガス使用の実態が、後年の資料発掘によって明らかになった、というのなら理解できるのですが。

  理屈に合わない経緯で「発掘」された資料は、疑ってかかるのが当たり前の研究態度でしょうね。

これのことかな?

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/05/30 23:44 投稿番号: [9000 / 29399]
>
日中韓外相会談:
3国による歴史共同研究に町村外相が難色

  アジア欧州会議(ASEM)外相会議の会場で7日に行われた日中韓3国の外相会談で、中国の李肇星外相が3国による歴史共同研究を提案した。韓国の潘基文(バンギムン)外交通商相は賛同したが、町村信孝外相は、歴史共同研究は既に日韓で行っており、中国側には日中間でも行うよう提案していることを理由に難色を示した。3国になると、「対日批判」で足並みをそろえることの多い中韓両国に対し、日本が1対2と不利になるためとみられる。

  韓国側の説明によると、会談での中国側の提案に対し、潘外交通商相は、5日に最終報告書が出たばかりの日韓歴史共同研究委員会の活動を通じて「日韓両国の歴史認識の共通点と違いを確認することができた」と評価。その上で、3国による歴史共同研究を「望ましい」と応じた。韓国側代表団メンバーは取材に「日本が消極的な姿勢だったので話はまとまらなかった」と語った。

  日韓両国は01年に日本の中学校歴史教科書検定が外交問題となった際、歴史の共同研究を行うことで合意、両国の専門家が3年間にわたり研究してきた。日本が朝鮮半島を植民地支配した近代の日韓関係を巡っては見解が対立したままで、最終報告書ではそれぞれの立場を併記する形となったが、両国は今後も共同研究を続ける方向で調整している。

  一方、中国に対しては町村外相が4月の日中外相会談で、両国間の共同研究を提案している。【澤田克己】
毎日新聞   2005年5月7日   20時40分
<

二国間共同研究については中国が拒否したようですが。

馬鹿ちょんmamiyuでは!

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/05/30 23:43 投稿番号: [8999 / 29399]
こう言う議論は100年早い!
無知識でプロパガンダやるな!
yominokuni56と双璧の2大馬鹿だな!!
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