南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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国際宣伝処の月刊誌にも「虐殺」の文字なし
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/27 00:03 投稿番号: [9801 / 41162]
極秘文書のなか
――――――
「外事課工作概況」
もし重要なニュースあるいは緊急ニュースがあって、外へ発表する必要が生じた場合は、随時緊急会見を開くか電話で記者たちに報告した。たとえ深夜であっても、一刻たりとも遅延することはなかった。
――――――
(略)
ところが、中央宣伝部が南京大虐殺の「緊急記者会見」を開いたという記録は、極秘文書のどこにも見当たらない。緊急記者会見の例として挙げられているのは、次の出来事でしかなかった。
――――――
(略)
会見を開いた。例として、孔祥熙院長は中央銀行で記者を接待し、張群副院長は塩業ビルで記者を集めて談話する等……
――――――
さらにもう一つ見ておこう。次は「編集課工作概況」のなかの「英文月刊」の一部である。
――――――
1938年春、徐州会戦前に、本処(国際宣伝処)がまだ漢口にあったとき、英文日刊に載った文章の多くはわが国の抗戦建国精神を表す作品であった。そこでこれらを広く宣伝すべきであると考え、英文の月刊誌を創始しようということになった。それを『戦時中国』と名づけて、第1巻第1期は当年(1938年)4月に出版した。……
――――――
アメリカの新聞記事に少しでも事実があれば、中央宣伝部はそれを根拠に南京大虐殺を宣伝材料にしてもよかった。ところがアメリカの新聞記事が南京大虐殺を報じてから4ヶ月後に創刊された英文の月刊誌、『戦時中国』には、スティール記者やダーディン記者の報じたような、南京大虐殺の記述はなかった。実際それを読んでみると、公式発表にもとづいて「ありのまま」に描くことを方針とする『戦時中国』創刊号は、南京について、「南京は1937年12月12日以後、金と略奪品と女を求めて隈なく歩き回る、日本兵の狩猟場となった」と報告しているだけであり、そこには「虐殺」という文字は見えない。
(略)
もしもアメリカの新聞記事が事実だと訴えたいのであれば、国民党政府としても、中央宣伝部としても、中華民国政府外交部としても、公の場で堂々と、何度も繰り返し、南京大虐殺を世界に訴えたことだろう。外交ルートを通じて日本国政府に抗議したことだろう。ところが、そのようなことは一度もなかった。
国民党政府がアメリカの新聞記事を根拠にして、「南京大虐殺」を世界に向けて公言したのは、国際連盟における顧維鈞の演説が最初で最後であった。このことは、アメリカの新聞に載った「南京大虐殺物語」が虚報であると、中央宣伝部が認識していたからだ、としか言いようがない。
P133〜135
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/26 22:32 投稿番号: [9800 / 41162]
これは メッセージ 9636 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: ベイツが特派員たちに渡した宣伝用レポ
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/26 00:36 投稿番号: [9799 / 41162]
>多分、その元になった文書であろう。台湾で、国民党の極秘文書が年数がたったため公開されたという。その中には、南京のことも書かれていたが、日本が虐殺したなどとは一言も書かれていないと言う。
>それを英訳しただけのはずの宣伝文に、虐殺についての文書や写真が加えられているという。それが、ベイツが特派員たちに渡した宣伝用レポートと言うわけではないだろうか?
おそらく、#9783で投稿したことだと思います。
宣伝本の『外人目睹中之日軍暴行』(『戦争とは何か』)では虐殺のことが述べられているのですが、国民党の国際宣伝処の内部文書の説明では、「その宣伝本は、姦淫、放火、掠奪の詳細を記載している」と述べているに止まり、「虐殺」や「殺人」については述べられていません。
これは メッセージ 9797 (fumittiposupemomo さん)への返信です.
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Re: ベイツが特派員たちに渡した宣伝用レポ
投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/05/25 23:14 投稿番号: [9797 / 41162]
多分、その元になった文書であろう。台湾で、国民党の極秘文書が年数がたったため公開されたという。その中には、南京のことも書かれていたが、日本が虐殺したなどとは一言も書かれていないと言う。
それを英訳しただけのはずの宣伝文に、虐殺についての文書や写真が加えられているという。それが、ベイツが特派員たちに渡した宣伝用レポートと言うわけではないだろうか?
これは メッセージ 9796 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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ベイツが特派員たちに渡した宣伝用レポート
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/25 23:04 投稿番号: [9796 / 41162]
そのベイツ教授が上海から「諸友宛て」に送ったという、1938年4月12日付の手紙が残っている。
「その本には、12月15日に南京を離れようとしていたさまざまな特派員に利用してもらおうと、私が同日準備した声明が掲載されています」
その特派員とは、スティール、ダーディン、メンケン、マクダニエル、スミスの諸氏である。ベイツ教授の言う「その本」とは、今日では中央宣伝部が製作した宣伝本であると判明したティンパーリ編『戦争とは何か』である。その本の第1章の前半はベイツ教授が匿名で執筆していた。それが、ベイツ教授の言う「声明」(レポート)であった。ベイツ教授はそれを新聞記者に「利用」してもらおうと、12月15日に南京を離れる新聞記者たちに渡したと言うのである。
(略)
ベイツ教授が特派員たちに渡した「レポート」は、『戦争とは何か』の第1章前半に匿名で収録され、今日に残っている。早速、それを見てみよう。
2日もすると、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行をも含む家庭生活の勝手きわまる妨害などによって、事態の見通しはすっかり暗くなってしまいました。市内を見まわった外国人は、このとき、通りには市民の死体が多数ころがっていたと報告しています。……死亡した市民の大部分は、十三日午後と夜、つまり日本軍が侵入してきたときに射殺されたり、銃剣で突き殺されたりしたものでした。……元中国兵として日本軍によって引き出された数組の男たちは、数珠つなぎにしばりあげられて射殺されました。これらの兵士たちは武器をすてており、軍服さえぬぎすてていたものもいました。……南京で示されているこの身の毛もよだつような状態は……。
ベイツ教授がこれを特派員に渡したのは12月15日であった。したがって、この「レポート」が問題にしているのは(すでに見たアメリカの新聞記事と同じく)12月13日の陥落から3日間の出来事である。そこに書かれていることを挙げてみると、殺人、略奪、婦女暴行、死体、さらに中国兵の摘発、連行、射殺である。南京在住の外国人の記録を比較検討した前項からも分かるように、これは陥落3日間の状況から大きくかけ離れていた。しかも、ベイツ教授は国際委員会の有力なメンバーであった。彼が東京裁判で証言したように、「みずから」南京の日本大使館に渡していたという「市民重大被害報告」のなかには、ベイツ教授が12月15日の「レポート」に記したような「陥落後2日もすると頻発する殺人」という非難は一つも書かれていなかった。
P120〜121
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
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Re: 殺人の目撃はゼロ(ダーディンらの虚報
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/25 01:19 投稿番号: [9795 / 41162]
>ゼロではなく1らしいよ。ヨーロッパ人の牧師が、目撃しているようで、日本兵が止まれと言ったら逃げ出した中国人がいて、それを射殺したという。(これは、軍法的に合法という)
それが#9793で述べたマギー牧師の目撃証言ですね。
彼はアメリカ人です。
しかし、彼の日記によれば実際には目撃しなかったようですし、歩哨の日本兵が誰何したら突然相手が逃げ出したのですから「虐殺」ではありませんし、「殺人」と呼ぶのも相応しくないと思います。
したがって、「殺人の目撃はゼロ」で差し支えないと思います。
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Re: 殺人の目撃はゼロ(ダーディンらの虚報
投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/05/25 00:01 投稿番号: [9794 / 41162]
ゼロではなく1らしいよ。ヨーロッパ人の牧師が、目撃しているようで、日本兵が止まれと言ったら逃げ出した中国人がいて、それを射殺したという。(これは、軍法的に合法という)
これは メッセージ 9793 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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殺人の目撃はゼロ(ダーディンらの虚報)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/24 23:26 投稿番号: [9793 / 41162]
外国人が多くの殺害を目撃したのかどうかを検討するうえで、最も基礎的な根本資料は「市民重大被害報告」であろう。これは、南京在住の外国人からなる国際委員会が、南京の不祥事を日本大使館に届けた市民被害届である。この「市民重大被害報告」がスマイス教授の手で1938年2月に1セットにまとめられ、その約3割(全444件中の123件)が『戦争とは何か』に付録として収録された。その後、それは、蒋介石の軍事委員会に直属する国際問題研究所の監修のもと、徐淑希編『南京安全地帯の記録』(英文)として1939年夏に出版された。したがって今日でも「市民重大被害報告」は『南京安全地帯の記録』のなかに見ることができる。
そこで、『南京安全地帯の記録』にもとづいて、スティール記者やダーディン記者が問題にした南京陥落後3日間をみてみよう。国際委員会が日本大使館に届けた事例のうち、2つを引用しておく。
(略)
ここで注目しておくべきは、この2つの事例を読んでも分かるように、誰がこの事件を目撃し、誰が第一発見者となり、誰が報告し、誰が記録したのかが、記述されていないことである。国際委員会は「これらの事例は、国際委員会の外国人委員または職員により確認済みであります。謹んで提出いたします。ルイス・スマイス」というふうに書いているが、肝心の日本兵が行ったという確証はない。
ともあれ、このうように書かれた「市民重大被害報告」から、3日間の全事件を採り上げてみると、次のようになる(以下は冨沢繁信『南京事件の核心』巻末の「被害事例の日計表」にもとづく。)
12月13日は、殺人ゼロ件、強姦1件、略奪2件、放火ゼロ件、拉致1件、障害1件、侵入ゼロ件であった。
12月14日は、殺人1件、強姦4件、略奪3件、放火ゼロ件、拉致1件、傷害ゼロ件、侵入1件であった。
12月15日は、殺人4件、強姦5件、略奪5件、放火ゼロ件、拉致1件、傷害5件、侵入2件であった。
目撃者が判明している殺人事件はゼロ件であった。スティール記者やダーディン記者が報じた「外国人はたくさんの殺害を目撃した」という表現は事実にもとづいていないことが、はっきりと分かるであろう。
しかし、洩れがあるといけない。そこで念のため「ラーベ日記」「ヴォートリン日記」など当時の記録や「アメリカ関係資料集」に出てくる殺人の記録をすべて収録した冨沢繁信「被害事例の日計表」を見てみたが、当時の日中英独の記録を全部集計しても、12月13日の殺人事件は3件、14日が4件、15日が8件であった。しかし、それでさえも目撃された殺人事件はゼロなのである。
マギー牧師は東京裁判に出廷して、多くの殺人が南京で起きたと証言した。しかし、実際のところ何件の殺人を目撃したのかと問われると、牧師は「ただ僅か一人の事件だけは自分で目撃しました」と証言した。ところが彼は日記に「その殺人が現実に起きたとき、われわれはそれを見ていなかった」と書いている。そうなると、マギー牧師が見たと証言した「一人」の事件ですら疑われてくるのである。
このように3つの視点からアメリカの新聞記事を検証した結果、殺人事件にかんするかぎり、日本軍による市民殺害を裏付ける証拠は当時のどの記録からも見出すことはできない。スティール記者やダーディン記者が、外国人は南京で頻発する市民殺害を目撃したと書いたのは虚報であったとしか言いようがない。
P114〜117
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
(注)
マギーが目撃したこととして証言した一人の殺人事件とは、歩哨の日本兵が一人の支那人に「お前は何者か」と尋ねたら、その支那人が突然逃げ出したので背後から撃ったというのである。
したがって、仮にこれが事実だったとしても、「虐殺」ではない。
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Re: 上海安全地帯と南京安全地帯の違い
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/24 23:08 投稿番号: [9792 / 41162]
>南京大虐殺はシナ人のプロパガンダで認定ですね。
学術的には既に「でっち上げの嘘っぱち」であることが判明しています。
今後、日本は、政治的にも認定し、内外に向けて大いにアピールするべきです。
政治家や、外務省や文部科学省の官僚は、もっと勉強し、真実を強く主張しなければなりません。
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Re: 上海安全地帯と南京安全地帯の違い
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/05/24 22:10 投稿番号: [9791 / 41162]
南京大虐殺はシナ人のプロパガンダで認定ですね。
シナ人は本当に歴史を真摯に振り返る事も出来ない民族で断定されますね。
そんなシナ人が日本の靖国参拝を反省せよとは、全くの内政干渉。
きち外の国、その名はシナ大陸。
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上海安全地帯と南京安全地帯の違い
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/24 00:09 投稿番号: [9790 / 41162]
上海の南市安全地帯、いわゆるジャキーノ地帯は、上海のフランス軍がその中立性を厳重に保障していた。当然のことながら、そこには中国軍の軍事施設などなく、中国兵が上海北部の戦場から南のジャキーノ地帯(中立地帯)に逃げ込もうとしても、フランス軍が実力で阻止していた。
しかし南京の安全地帯は、上海のそれに比べると致命的な欠陥を有していた。
まず第一に、南京の安全地帯には中国の軍隊と軍事施設が存在していた。
第二に、安全地帯の境界が判然としなかった。上海のジャキーノ地帯のように、安全地帯が鉄条網で遮断されることなく、大通りを境界線としていた南京の安全地帯は、道路上のところどころに旗が立ててあるだけであった。これでは、中国兵がいつでもどこからでも、安全地帯に侵入できる。
第三には、上海と違って、南京では安全地帯への出入り口を統制し、中国軍の侵入を阻止するような第三者的な軍事力が存在しなかった。そればかりか、政府機関も市政府も首都警察も南京を撤退し、有力者も早々と疎開して、責任ある者は一人も残っていなかった。上海南市は有力者や市政府の役人も警察も残っていたいたが、南京に残ったのは、ラーベ委員長やベイツ教授の言うように、「貧者の中の貧者」であった。そもそも治安能力すらなかったのである。
第四に、上海南市の国際委員会は、ジャキーノ地帯が「日本軍の全権力の下に」あることを認め、その取り締まりについては委員会の関知するところではないと明言していたが、南京の国際委員会がそう明言したことはなかった。むしろラーベ委員長は12月8日の日記に、「われわれ委員会が安全地帯の行政上の問題や業務を何から何までやらざるを得なくなった今、私は事実上の【市長代理】になったわけだ」と書き記している。南京の安全地帯は日本軍の全権力の下にないと考えていたようだ。
P77
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
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Re: 『外人目睹中之日軍暴行』は対敵宣伝本
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/23 09:35 投稿番号: [9789 / 41162]
青山和夫著
謀略熟練工、京都大学中央図書館にあることが分かりました。
明日にも借りてきます。重慶がなにを画策し、青山は何を謀略していたか、大虐殺を本当に目撃していたのか。楽しみ!
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安全区は支那軍の陣地だった
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/23 00:39 投稿番号: [9788 / 41162]
しかし、国際委員会の創設に参加したイギリス人ビジネスマン、シュイールズ氏は、1938年4月に東京のアメリカ大使館付武官コーヴィル氏が南京に来たとき、上海の南市と違って南京の安全地帯は「本当のところはアメリカ人、ドイツ人、裕福な中国人の財産の保護のため」に設定されたと批判的に述べている。
ともあれ国際委員会は安全地帯について、中国軍と日本軍から承認を得る必要があった。ラーベ委員長は日本に安全地帯を承認してもらうため、アメリカ大使館の無線を経由して上海の日本領事館に電報を打った。その内容をラーベ委員長の11月22日の日記から引用する。
国際委員会は、次の点を国民政府に保証してもらうことを約束する。
①軍事交通局を含むあらゆる軍事施設を「安全地帯」から撤退させ、非武装地帯とし、ピストルを装備した民団警官のみを置く。
また、その場合、
②すべての兵士およびあらゆる身分階級の士官の立ち入りが禁止される。国際委員会は、これらが遵守され、滞りなく遂行されるよう配慮する。
(略)
ところが、国際委員会は、ドイツ製の最新の高射砲など、中国軍の軍事施設のある場所を安全地帯に指定してしまったのである。国際委員会は、中国軍が直ちに軍事施設を撤去すると考えたのであろうか、ラーベ委員長はその撤去の保証を日本軍に約束すると明言している。しかし、そうとはならなかった。これが国際委員会の油断であり、最初の大失態であった。
(略)
「ラーベ日記」から引用
「12月3日。防衛軍の責任者である唐が、軍関係者や軍事施設をすべて撤退させると約束した。それなのに、安全地帯の3ヶ所に新たな塹壕や高射砲台を配置する場が設けられている」
「12月4日。……兵士たちは引き揚げるどころか、新たな塹壕を掘り、軍関係の電話を引いている有様だ」
「12月5日。なんとしても、軍人と軍の施設をすぐに安全地帯から残らず引き揚げる約束をとりつけなければならない……中国軍が安全地帯の中に隠れているというのだ……今日、唐司令官に会った住宅も安全地帯の中だったというのは確かだ」
「12月8日。われわれは全力を挙げて安全地帯を拡張しているが、何度も何度も中国軍がくちばしを入れてくる。未だに引き揚げないだけではない。それを急いでいるようにも見えないのだ。……われわれは皆お互い絶望しかけている。中国軍の司令部には、ほとほと手を焼く。せっかく掲げた安全地帯の旗をまたもや全部持っていかれてしまった。安全地帯は縮小されることになったと言うのだ。大砲や保塁のために予備の場所が要るからだと言う。……日本にかぎつけられたらおしまいだ。おかまいなしに爆撃するだろう。そうなったら安全地帯どころか場合によっては大変な危険地帯となってしまう。……こんな汚い手を使われるとは。」
「12月11日、8時。……いまだに武装した兵士たちが居すわっているのだから。いくら追い出そうとしても無駄だった。これでは、安全地帯は非武装だと日本軍に知らせたくともできないじゃないか」
「12月12日。……これでは安全地帯から軍隊を追い出すことなど、とうてい無理だ」
P72〜79
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
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Re: 『外人目睹中之日軍暴行』は対敵宣伝本
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/22 23:38 投稿番号: [9787 / 41162]
本のご紹介ありがとうございました。
青山和夫の本は読んだことがありませんが、機会があれば読みたいと思います。
これは メッセージ 9786 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: 『外人目睹中之日軍暴行』は対敵宣伝本
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/22 09:38 投稿番号: [9786 / 41162]
青山和夫の本、アマゾンにはなく、東西とも。国会図書館にはあり。次のをみると、謀略の熟練工とあり。日本が謀略にひっかかったといえるかもしれません。
書誌情報 和図書(7/8件目)
請求記号 210.74-A634b
タイトル 謀略熟練工
タイトルよみ ボウリャク ジュクレンコウ
責任表示 青山和夫著
出版地 東京
出版者 妙義出版‖ミョウギ シュッパン
出版年 1957
形態 300p ; 19cm
全国書誌番号 57003932
個人著者標目 青山, 和夫 (1907-) ‖アオヤマ,カズオ
普通件名 日中戦争(1937〜1945) ‖ニッチュウセンソウ(1937-1945)
→: 太平洋戦争(1941〜1945) ‖タイヘイヨウセンソウ(1941-1945)
→: 蘆溝橋事件(1937) ‖ロコウキョウジケン(1937)
→: 南京事件(1937) ‖ナンキンジケン(1937)
普通件名 太平洋戦争(1941〜1945) ‖タイヘイヨウセンソウ(1941-1945)
→: 世界戦争(1939〜1945) ‖セカイセンソウ(1939-1945)
→: 日中戦争(1937〜1945) ‖ニッチュウセンソウ(1937-1945)
→: 太平洋戦争(1941〜1945)
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特攻隊 ‖タイヘイヨウセンソウ(1941-1945)
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トッコウタイ
NDC(6) 210.74
本文の言語コード jpn: 日本語
発行形態コード 0101: 図書
出版国コード JP: 日本国
西暦年 1957
校了日 19950220
最終更新 19950220000000
書誌ID 000000962312
これは メッセージ 9785 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: 『外人目睹中之日軍暴行』は対敵宣伝本
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/22 09:21 投稿番号: [9785 / 41162]
これ読めば、当時の戦略が分かるかも。
>青山和夫.
反戦政略 : 中国からみた日本,戦前・戦中・戦後 / 青山和夫著.
東京 : 三崎書房,1972.
307p : 図版 ; 19cm.
本名: 黒田善次.
[Q1994]
これは メッセージ 9784 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: 『外人目睹中之日軍暴行』は対敵宣伝本
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/22 09:14 投稿番号: [9784 / 41162]
青山和夫、当時重慶政府の対日工作顧問をしていた抗日秘密工作員。中ほどに記載あり。
>野坂参三と蒋介石の接触の、唯一の日本語での言及は、意外なところにあった。青山和夫『反戦戦略』(三崎書房)という、多くの研究者からは疑いの眼で見られている、当時重慶政府の対日工作顧問をしていた秘密工作員青山和夫(本名黒田善治)の戦後の回想である。
そこには、「野坂は延安から蒋介石に手紙を送り、重慶に入りたいと申し込んできた。中共が本当に野坂を信用しているなら、野坂を延安にとどめておくべきはずだが、中共が野坂の重慶おくりだしを工作したのはおかしすぎる。蒋介石も重慶も、野坂の『日本国民に告ぐ』程度の知識では問題にならないので反応を示さなかった。大広報はこの野坂の手紙を知り、『こんな程度なら延安ではよいかも知れないが、重慶では問題にならない』という意味の社説をだし、私の日本史を掲載した」とある(二一四ー二一五頁)。
時期は特定していないが、中国で抗日活動を行った日本人中の野坂参三・鹿地亘に対するライバルを自任する策士青山和夫は、野坂から蒋介石に手紙がきたことは察知したらしい。ただし、蒋介石が野坂に返事を書いたことまでは、知らなかったことになる。
http://homepage3.nifty.com/katote/maonosaka.html
これは メッセージ 9783 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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外国人新聞記者を使っての宣伝活動、検査
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/22 01:50 投稿番号: [9782 / 41162]
◆新聞記者を使っての宣伝活動
極秘文書は「各国新聞記者と連絡して、彼らを使ってわが抗戦宣伝とする」と報告して、次のように記している。
われわれが発表した宣伝文書を外国人記者が発信すれば、最も直接的な効果があるが、しかしそのためには彼らの信頼を得て初めてわれわれの利用できるところとなる。この工作は実に面倒で難しいが、決して疎かにしてはならない。
P45
◆外国人記者にたいする厳格かつ綿密な検査
『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』は次のように記している。
外国人記者たちは、平素は当処(国際宣伝処)が誠心誠意指導にあたっていることから、そうとうに打ち解けた感情を持っている。そのほとんどはわが国に深い同情を寄せてくれているが、しかし新聞記者は何かを耳にすると必ずそれを記録するという気質を持っているので、噂まで取り上げて打電することにもなりかねない。含蓄をこめた表現で、検査者の注意を巧みに逃れることにも長けている。中国駐在記者が発信した電報を各国の新聞が載せれば、極東情報に注目している国際人士はそれを重視するものであるから、厳格に検査する必要がある。妥当性に欠けるものは削除または差し止めにしたうえで、その理由を発信者に説明し、確実に了解を得られるようにして、その誤った観点を糺した。
P53
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
これは メッセージ 9781 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/21 02:19 投稿番号: [9781 / 41162]
国際宣伝処の処長であった曽虚白は「自伝」のなかで、「われわれは目下の国際宣伝においては中国人みずから決して前面に出るべきではなく、われわれの抗戦の真相と政策を理解してくれる国際友人を探し出して、われわれの代弁者となってもらうことを話し合った」と述べている。これは今も変わらない。今日まで北京政府の政策に協力的な人が「中国の古き良き友人」と呼ばれてきたように、当時も国民党の政策に協力的な外国人がいて、「国際友人」ないしは「われらの良き友」と呼ばれていたことが極秘文書に出てくる。数例を挙げておく。
成都の華西や金陵(南京)などの外国人教授を特約として多数招聘し、教務のほかに当処(国際宣伝処)において英文パンフレットの資料選択と編集や、最終的な審査工作を担当してもらう。編集委員会を設立し、アメリカ人の畢範宇博士をい主事とする。畢範宇博士はわれわれの良き友であり、協力してもらえるので実に助かる。
成都の華西大学、南京の金陵大学などの外国人教授について、極秘文書は名前を挙げていないので具体的に特定することはできないが、プロローグで触れたベイツ博士は金陵大学(英語名は南京大学)の教授であった。ベイツ教授はまた中華民国政府の「顧問」でもあったことが近年判明している。ここに言う「特約」――特別の条件または利益を伴う契約――とは、そのようなことなのであろうか。
極秘文書で「われらの良き友」と呼ばれている畢範宇は、華西大学のアメリカ人教授のいフランク・ウィルソン・プライス博士と判明しているが、彼の名前は極秘文書に4回も出てくる。そのほかにも、重慶キリスト教協進会のアメリカ人費英生、前述したベルギー国籍の神父エドワール・ニート師などの名前が出てくる。
また、董顕光の回想には、「良友」「旧友」「親友」として、W・H・ドナルドやハーレット・アーベンツ、松本重治(同盟通信上海支局長)、ティンパーリ特派員などが出てくる。
P40〜41
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
これは メッセージ 9779 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 百人斬り名誉毀損裁判
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/05/20 12:18 投稿番号: [9780 / 41162]
裁判の傍聴等に行かれるのでしたら、
よろしければ、当日の状況等分かる範囲で結構ですので教えて下さい。
これは メッセージ 9763 (amondayojp さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/19 21:53 投稿番号: [9779 / 41162]
>本日発注しました。届いたらまた書きます。
わざわざ御丁寧にありがとうございます。
楽しみにしています。
以下は、東中野氏の新書からの引用です。
――――――
『宣伝工作概要(口頭報告)』
国際宣伝
国際宣伝は、たとえば英語、フランス語、ロシア語で宣伝通信を編集するほか、中国国民出版社の名義で、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語などの言語で、パンフレット71種を編集発刊している。特に宣伝活動と敵対宣伝を重視した。
宣伝活動について、国際諸団体を引率し、国民外交を策動し、各国新聞記者と連絡して、彼らを使ってわが抗戦宣伝とすることは、すべてスムーズに進行している。これらは総裁(蒋介石)の偉大な人格の呼びかけと、将兵の強烈な作戦などの事実を宣伝の根拠として、今日の国際宣伝を勝利の趨勢に導いた。
敵対宣伝については、たとえば総裁の『日本国民に告ぐる書』を印刷し日本へ配送したが、これらはすべて秘密裏に日本へ届けられ、敵の注目を喚起した。また捕虜の厭戦感情を利用して、われわれのために放送劇を作るなどの宣伝は、そうとうな効果を生んだ。最近、国際宣伝機関を強化するため、宣伝委員会を組織し、また外国の駐在公館宣伝特派員戦地宣伝網(国際宣伝資料の収集)等を設立して、工作能率の向上が期待できることとなった。
P36
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
――――――
これは メッセージ 9778 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/19 20:24 投稿番号: [9778 / 41162]
本日発注しました。届いたらまた書きます。
これは メッセージ 9777 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/18 22:59 投稿番号: [9777 / 41162]
>The Nanking Massacre: Fact versus Fiction: A Historian's Quest for the Truth (Paperback)
>by Higashinakano Shudo
>この本を買って、この本とRape of Nanjingに書評を書くことにしました。
素晴らしいです。
頑張ってください。
私も頑張ります。
これは メッセージ 9776 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/18 19:27 投稿番号: [9776 / 41162]
これは メッセージ 9637 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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百人斬り
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/05/18 09:36 投稿番号: [9775 / 41162]
毎日新聞社が認め、当時のカメラマンが証言されているように記事は
浅海元毎日記者の創造である事が判明している。
記事自体は戦闘中の百人斬り競争について述べているのだが、
2人の所属部隊・地位から、又日本刀の性質からもありえないとの実証に対し
百人斬り競争は捕虜の据えもの斬りであると、より悪質なすり替えを行ったのが
朝日新聞社・本多勝一。
>向井は47(昭和22)年4月、東京軍事法廷に召喚されたが、新聞記事は事実ではないと釈放。
東京軍事法廷で記事は事実でないとして釈放されているが、
実態が捕虜の据えもの斬りならますます釈放する筈がないのだが。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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Re: 生体実験経験者談
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/05/18 00:41 投稿番号: [9774 / 41162]
湯浅さんは、こう述べています。
六
世間では加害の事実が聞かれない。恥じて言わないのか?、恐れて言わないのか?否、ほとんどが天皇の命令だった、正しかった、勝つためにはやむをえぬとして、罪の意識を持たないのだ。しかも日常のこととして行われたため、特に記憶に残らない。
http://www.ask.ne.jp/~hankaku/html/hank18.html1942〜1945までの日記があったのでしょうか?もしあれば、日にちを何故入れなかったのでしょうか?つまり、これは、記憶を頼りに書かれたものと考えて良いですよね。
しかし、本人は、記憶に残らないと言っています。これはどういうことなんでしょうか?記憶が後で作られたと言っているような気がしてならないのですが。
これは メッセージ 9740 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 中帰連って何?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/18 00:18 投稿番号: [9773 / 41162]
>彼は、一年ほど、ほぼ毎日中国兵と白兵戦をして、奇跡的に生き残った超人的な兵士であったそうだ。本来なら、戦犯として死刑にされても文句の言えない立場であろう。
一年ほど、ほぼ毎日支那兵と白兵戦をした部隊なんてないと思うが、その真偽については不問としよう。
さて。
どうして、一年ほど、ほぼ毎日支那兵と白兵戦をして、奇跡的に生き残った超人的な兵士だと、戦犯として死刑にされても文句の言えない立場なの?
全く意味不明だ。
>中国に感謝している元日本兵がいてもおかしくは無い。又、彼らが洗脳されていたとしても、かならずしも、彼らの言う事がすべてウソとは限らないであろう。
嘘を信じ込ませるには、たまに事実も織り交ぜなきゃいけないからな。
これは メッセージ 9764 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 百人斬り名誉毀損裁判
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/05/17 22:34 投稿番号: [9772 / 41162]
自爆した上に恥の上塗りをする訳ね。
>>向井少尉はこのとき手足に重傷を負っていた。
>証拠は?
毎日新聞に照会すればよかろう。
>向井は47(昭和22)年4月、東京軍事法廷に召喚されたが、新聞記事は事実ではないと釈放。
百人切り記事は捏造と、東京軍事法廷で認定されてるな。
>負けたら仮病ですか。
仮病の証拠は?
証拠がなくてこんな事を言うのは
「あまり名誉のある行為で無い事は確かですな。」
これは メッセージ 9771 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 百人斬り名誉毀損裁判
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/05/17 22:19 投稿番号: [9771 / 41162]
>向井少尉はこのとき手足に重傷を負っていた。
証拠は?
新聞の写真を見る限り、とても負傷してるようには見えんがのー?
勝ってるときは武勇伝、負けたら仮病ですか。
これが、裁判でどう判断されるか。
とにかく、あまり名誉のある行為で無い事は確かですな。
これは メッセージ 9766 (thirteen_satan さん)への返信です.
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Re: 中帰連って何?
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/05/17 21:23 投稿番号: [9770 / 41162]
>工作員たちは、日々コウリャン飯を食べながら、戦犯には白米飯と豊かな副食を精一杯調え、罵る戦犯には笑顔で応え、病人には高価な貴重薬を惜しげもなく投与しました。その他、衛生・運動・文化・学習などすべてに好い条件を保証されました。
隠された意図目的もなくこんなことをすると思っているのか。日本人はアジャセ・コンプレックスなるものを持っていて、特にこのような待遇に弱いのだ。
>この人道的で暖かい待遇は、私たち戦犯に大きな感動と反省とを呼び起こしました。昔、私たちが犬畜生同様に虐待し、財を奪い、焼き、殺して来たその中国人から、今こうして優遇されている。私たちは、中国人の道義性の高さに感動し、このことをどう理解すべきか、真面目に考え始めました。
シナ共産党の道義性の高さって?
これは メッセージ 9764 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 生体実験経験者談
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/17 21:19 投稿番号: [9769 / 41162]
これは メッセージ 9767 (monkeybrain132 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9769.html
Re: 生体実験経験者談
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/05/17 21:16 投稿番号: [9768 / 41162]
オーケー、了解。
筆者とは、宮崎正弘なわけだ。
これは メッセージ 9761 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
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Re: 生体実験経験者談
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/05/17 21:12 投稿番号: [9767 / 41162]
>筆者も撫順の「収容所址」を見学に行った。
筆者とは、宮崎正弘かいな。
>いずれ「反日陳列館」を一覧する書物を書くつもりである。
これも宮崎正弘?
これは メッセージ 9760 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9767.html
Re: 百人斬り名誉毀損裁判
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/05/17 21:00 投稿番号: [9766 / 41162]
自爆しとるな。
あんたが貼ったリンク先の記述。
>なお毎日新聞は、1969年に発行した『昭和史全記録』(178ページ)で以下のように「百人斬りは事実無根」とこれを否定している。
この記事は当時、前線勇士の武勇伝として華々しく報道され、戦後は南京大虐殺を象徴するものとして非難された。ところがこの記事の百人斬りは事実無根だった。向井少尉はこのとき手足に重傷を負っていた。東日記者に会ったのは南京の手前で、冗談に「花嫁を世話してくれ」と言うと「天晴れ勇士として報道されれば花嫁候補はいくらでも集まる」とこの記事になったという。向井は47(昭和22)年4月、東京軍事法廷に召喚されたが、新聞記事は事実ではないと釈放。2カ月後、再召喚され中国軍事法廷に立たされ「百入斬りの獣行により日本女性の欲心を買わんとしたことは現代人類史上聞いたことがない」と死刑の判決。ふたりは、23年1月28日、南京雨花台刑場で銃殺。
百人切りが捏造であるのが
ますます、世間に知られますわな。
これは メッセージ 9765 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 百人斬り名誉毀損裁判
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/05/17 20:24 投稿番号: [9765 / 41162]
これは メッセージ 9763 (amondayojp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9765.html
中帰連って何?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/05/17 20:03 投稿番号: [9764 / 41162]
(google プログより抜粋)
私たちは、先の日中15年戦争の間、日本軍国主義の積極的な手先となって数多くの非人道的な罪を犯し、敗戦後、中国の「撫順戦犯管理所」(969名)と「太原戦犯管理所」(140名)とに、戦犯として拘留されました。
中国の戦犯管理所では強制労働がないばかりか、有り余る時間が私たち戦犯に与えられました。中国政府の戦犯にたいする方針は「戦犯とても人間である。その人格を尊重せよ」という人道主義の政策であり、管理所の全工作員も個人の恨みを超えて、この政策を忠実に実行されました。工作員たちは、日々コウリャン飯を食べながら、戦犯には白米飯と豊かな副食を精一杯調え、罵る戦犯には笑顔で応え、病人には高価な貴重薬を惜しげもなく投与しました。その他、衛生・運動・文化・学習などすべてに好い条件を保証されました。
この人道的で暖かい待遇は、私たち戦犯に大きな感動と反省とを呼び起こしました。昔、私たちが犬畜生同様に虐待し、財を奪い、焼き、殺して来たその中国人から、今こうして優遇されている。私たちは、中国人の道義性の高さに感動し、このことをどう理解すべきか、真面目に考え始めました。
こうして私たちは真剣に学習するようになり、世界の変化や日本の実状を知り、ものの道理を弁えるようになりました。特に、自己の過去を反省する学習によって、人間の良心を取り戻し、過去の罪を告白して、中国人民に謝罪する認罪運動を巻き起こすことが出来ました。
罪を許されて帰国した私たち千余名は、1957年、中国帰還者連絡会を創立し、現在まで40数年間、一貫してそのたたかいをつづけてまいりました。私たちの活動の出発点は、「認罪」(過去の戦争の非を認めること)であります。私たちは、常にこの認罪の立場に立ちながら、二度と日本に侵略戦争への道を許さず、同時に日中友好、ひいては世界の平和に、いささかでも貢献出来ればと考え、残り少ない人生を共に手を携えて活動しております。
(まあ、話半分としても、確かにどっかのTV番組で日本兵の捕虜は収容所の中国人の看守より、良い食事が与えられていたと報道してたな。
又、世界的に有名な日本の下着メーカーの創業者も中国で捕虜になり、毎日マージャンをして遊んでいたとNHKのTV番組で話していた。
彼は、一年ほど、ほぼ毎日中国兵と白兵戦をして、奇跡的に生き残った超人的な兵士であったそうだ。本来なら、戦犯として死刑にされても文句の言えない立場であろう。
中国に感謝している元日本兵がいてもおかしくは無い。又、彼らが洗脳されていたとしても、かならずしも、彼らの言う事がすべてウソとは限らないであろう。)
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9764.html
百人斬り名誉毀損裁判
投稿者: amondayojp 投稿日時: 2006/05/17 18:42 投稿番号: [9763 / 41162]
近づいて来ました
>
「百人斬り訴訟」次回弁論(5月24日)
☆
判決
☆
〔日時〕
5月24日(木)午後1時10分〜
〔法廷〕
東京高等裁判所第818号法廷
〔問い合わせ先〕百人斬り訴訟を支援する会
東京都千代田区平河町2の16の5の302(高池法律事務所内)電話 03-3263-6041
※傍聴券の抽選が行われます。来られた方が全員傍聴出来るとは限りませんのでご注意下さい。
よ〜めんのブログ(百人斬り名誉毀損訴訟裁判応援ページ)
http://youmenipip.exblog.jp/2030246 >
ちなみに現在までの裁判状況ですが、日本側遺族に不利な状況になっています。
(一審は遺族側が敗訴し、朝日新聞の本多勝一側が勝訴してしまいました~~;)
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9763.html
Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
投稿者: astalavista519jp 投稿日時: 2006/05/17 17:18 投稿番号: [9762 / 41162]
歴史が残ってる、証拠が残ってる、
嘘なんか必要ありません。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9762.html
Re: 生体実験経験者談
投稿者: ooo_ooo_ooo 投稿日時: 2006/05/17 14:39 投稿番号: [9761 / 41162]
先の引用サイト、最後の>をとって開いてください。
これは メッセージ 9760 (ooo_ooo_ooo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/9761.html
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