『南京事件―国民党極秘文書から読み解く』
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/21 02:19 投稿番号: [9781 / 41162]
国際宣伝処の処長であった曽虚白は「自伝」のなかで、「われわれは目下の国際宣伝においては中国人みずから決して前面に出るべきではなく、われわれの抗戦の真相と政策を理解してくれる国際友人を探し出して、われわれの代弁者となってもらうことを話し合った」と述べている。これは今も変わらない。今日まで北京政府の政策に協力的な人が「中国の古き良き友人」と呼ばれてきたように、当時も国民党の政策に協力的な外国人がいて、「国際友人」ないしは「われらの良き友」と呼ばれていたことが極秘文書に出てくる。数例を挙げておく。
成都の華西や金陵(南京)などの外国人教授を特約として多数招聘し、教務のほかに当処(国際宣伝処)において英文パンフレットの資料選択と編集や、最終的な審査工作を担当してもらう。編集委員会を設立し、アメリカ人の畢範宇博士をい主事とする。畢範宇博士はわれわれの良き友であり、協力してもらえるので実に助かる。
成都の華西大学、南京の金陵大学などの外国人教授について、極秘文書は名前を挙げていないので具体的に特定することはできないが、プロローグで触れたベイツ博士は金陵大学(英語名は南京大学)の教授であった。ベイツ教授はまた中華民国政府の「顧問」でもあったことが近年判明している。ここに言う「特約」――特別の条件または利益を伴う契約――とは、そのようなことなのであろうか。
極秘文書で「われらの良き友」と呼ばれている畢範宇は、華西大学のアメリカ人教授のいフランク・ウィルソン・プライス博士と判明しているが、彼の名前は極秘文書に4回も出てくる。そのほかにも、重慶キリスト教協進会のアメリカ人費英生、前述したベルギー国籍の神父エドワール・ニート師などの名前が出てくる。
また、董顕光の回想には、「良友」「旧友」「親友」として、W・H・ドナルドやハーレット・アーベンツ、松本重治(同盟通信上海支局長)、ティンパーリ特派員などが出てくる。
P40〜41
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
これは メッセージ 9779 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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