安全区は支那軍の陣地だった
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/23 00:39 投稿番号: [9788 / 41162]
しかし、国際委員会の創設に参加したイギリス人ビジネスマン、シュイールズ氏は、1938年4月に東京のアメリカ大使館付武官コーヴィル氏が南京に来たとき、上海の南市と違って南京の安全地帯は「本当のところはアメリカ人、ドイツ人、裕福な中国人の財産の保護のため」に設定されたと批判的に述べている。
ともあれ国際委員会は安全地帯について、中国軍と日本軍から承認を得る必要があった。ラーベ委員長は日本に安全地帯を承認してもらうため、アメリカ大使館の無線を経由して上海の日本領事館に電報を打った。その内容をラーベ委員長の11月22日の日記から引用する。
国際委員会は、次の点を国民政府に保証してもらうことを約束する。
①軍事交通局を含むあらゆる軍事施設を「安全地帯」から撤退させ、非武装地帯とし、ピストルを装備した民団警官のみを置く。
また、その場合、
②すべての兵士およびあらゆる身分階級の士官の立ち入りが禁止される。国際委員会は、これらが遵守され、滞りなく遂行されるよう配慮する。
(略)
ところが、国際委員会は、ドイツ製の最新の高射砲など、中国軍の軍事施設のある場所を安全地帯に指定してしまったのである。国際委員会は、中国軍が直ちに軍事施設を撤去すると考えたのであろうか、ラーベ委員長はその撤去の保証を日本軍に約束すると明言している。しかし、そうとはならなかった。これが国際委員会の油断であり、最初の大失態であった。
(略)
「ラーベ日記」から引用
「12月3日。防衛軍の責任者である唐が、軍関係者や軍事施設をすべて撤退させると約束した。それなのに、安全地帯の3ヶ所に新たな塹壕や高射砲台を配置する場が設けられている」
「12月4日。……兵士たちは引き揚げるどころか、新たな塹壕を掘り、軍関係の電話を引いている有様だ」
「12月5日。なんとしても、軍人と軍の施設をすぐに安全地帯から残らず引き揚げる約束をとりつけなければならない……中国軍が安全地帯の中に隠れているというのだ……今日、唐司令官に会った住宅も安全地帯の中だったというのは確かだ」
「12月8日。われわれは全力を挙げて安全地帯を拡張しているが、何度も何度も中国軍がくちばしを入れてくる。未だに引き揚げないだけではない。それを急いでいるようにも見えないのだ。……われわれは皆お互い絶望しかけている。中国軍の司令部には、ほとほと手を焼く。せっかく掲げた安全地帯の旗をまたもや全部持っていかれてしまった。安全地帯は縮小されることになったと言うのだ。大砲や保塁のために予備の場所が要るからだと言う。……日本にかぎつけられたらおしまいだ。おかまいなしに爆撃するだろう。そうなったら安全地帯どころか場合によっては大変な危険地帯となってしまう。……こんな汚い手を使われるとは。」
「12月11日、8時。……いまだに武装した兵士たちが居すわっているのだから。いくら追い出そうとしても無駄だった。これでは、安全地帯は非武装だと日本軍に知らせたくともできないじゃないか」
「12月12日。……これでは安全地帯から軍隊を追い出すことなど、とうてい無理だ」
P72〜79
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
ともあれ国際委員会は安全地帯について、中国軍と日本軍から承認を得る必要があった。ラーベ委員長は日本に安全地帯を承認してもらうため、アメリカ大使館の無線を経由して上海の日本領事館に電報を打った。その内容をラーベ委員長の11月22日の日記から引用する。
国際委員会は、次の点を国民政府に保証してもらうことを約束する。
①軍事交通局を含むあらゆる軍事施設を「安全地帯」から撤退させ、非武装地帯とし、ピストルを装備した民団警官のみを置く。
また、その場合、
②すべての兵士およびあらゆる身分階級の士官の立ち入りが禁止される。国際委員会は、これらが遵守され、滞りなく遂行されるよう配慮する。
(略)
ところが、国際委員会は、ドイツ製の最新の高射砲など、中国軍の軍事施設のある場所を安全地帯に指定してしまったのである。国際委員会は、中国軍が直ちに軍事施設を撤去すると考えたのであろうか、ラーベ委員長はその撤去の保証を日本軍に約束すると明言している。しかし、そうとはならなかった。これが国際委員会の油断であり、最初の大失態であった。
(略)
「ラーベ日記」から引用
「12月3日。防衛軍の責任者である唐が、軍関係者や軍事施設をすべて撤退させると約束した。それなのに、安全地帯の3ヶ所に新たな塹壕や高射砲台を配置する場が設けられている」
「12月4日。……兵士たちは引き揚げるどころか、新たな塹壕を掘り、軍関係の電話を引いている有様だ」
「12月5日。なんとしても、軍人と軍の施設をすぐに安全地帯から残らず引き揚げる約束をとりつけなければならない……中国軍が安全地帯の中に隠れているというのだ……今日、唐司令官に会った住宅も安全地帯の中だったというのは確かだ」
「12月8日。われわれは全力を挙げて安全地帯を拡張しているが、何度も何度も中国軍がくちばしを入れてくる。未だに引き揚げないだけではない。それを急いでいるようにも見えないのだ。……われわれは皆お互い絶望しかけている。中国軍の司令部には、ほとほと手を焼く。せっかく掲げた安全地帯の旗をまたもや全部持っていかれてしまった。安全地帯は縮小されることになったと言うのだ。大砲や保塁のために予備の場所が要るからだと言う。……日本にかぎつけられたらおしまいだ。おかまいなしに爆撃するだろう。そうなったら安全地帯どころか場合によっては大変な危険地帯となってしまう。……こんな汚い手を使われるとは。」
「12月11日、8時。……いまだに武装した兵士たちが居すわっているのだから。いくら追い出そうとしても無駄だった。これでは、安全地帯は非武装だと日本軍に知らせたくともできないじゃないか」
「12月12日。……これでは安全地帯から軍隊を追い出すことなど、とうてい無理だ」
P72〜79
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
これは メッセージ 9783 (deliciousicecoffee さん)への返信です.