国際宣伝処の月刊誌にも「虐殺」の文字なし
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/05/27 00:03 投稿番号: [9801 / 41162]
極秘文書のなか
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「外事課工作概況」
もし重要なニュースあるいは緊急ニュースがあって、外へ発表する必要が生じた場合は、随時緊急会見を開くか電話で記者たちに報告した。たとえ深夜であっても、一刻たりとも遅延することはなかった。
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(略)
ところが、中央宣伝部が南京大虐殺の「緊急記者会見」を開いたという記録は、極秘文書のどこにも見当たらない。緊急記者会見の例として挙げられているのは、次の出来事でしかなかった。
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(略)
会見を開いた。例として、孔祥熙院長は中央銀行で記者を接待し、張群副院長は塩業ビルで記者を集めて談話する等……
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さらにもう一つ見ておこう。次は「編集課工作概況」のなかの「英文月刊」の一部である。
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1938年春、徐州会戦前に、本処(国際宣伝処)がまだ漢口にあったとき、英文日刊に載った文章の多くはわが国の抗戦建国精神を表す作品であった。そこでこれらを広く宣伝すべきであると考え、英文の月刊誌を創始しようということになった。それを『戦時中国』と名づけて、第1巻第1期は当年(1938年)4月に出版した。……
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アメリカの新聞記事に少しでも事実があれば、中央宣伝部はそれを根拠に南京大虐殺を宣伝材料にしてもよかった。ところがアメリカの新聞記事が南京大虐殺を報じてから4ヶ月後に創刊された英文の月刊誌、『戦時中国』には、スティール記者やダーディン記者の報じたような、南京大虐殺の記述はなかった。実際それを読んでみると、公式発表にもとづいて「ありのまま」に描くことを方針とする『戦時中国』創刊号は、南京について、「南京は1937年12月12日以後、金と略奪品と女を求めて隈なく歩き回る、日本兵の狩猟場となった」と報告しているだけであり、そこには「虐殺」という文字は見えない。
(略)
もしもアメリカの新聞記事が事実だと訴えたいのであれば、国民党政府としても、中央宣伝部としても、中華民国政府外交部としても、公の場で堂々と、何度も繰り返し、南京大虐殺を世界に訴えたことだろう。外交ルートを通じて日本国政府に抗議したことだろう。ところが、そのようなことは一度もなかった。
国民党政府がアメリカの新聞記事を根拠にして、「南京大虐殺」を世界に向けて公言したのは、国際連盟における顧維鈞の演説が最初で最後であった。このことは、アメリカの新聞に載った「南京大虐殺物語」が虚報であると、中央宣伝部が認識していたからだ、としか言いようがない。
P133〜135
『南京事件――国民党極秘文書から読み解く』東中野修道著
これは メッセージ 9796 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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