南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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河野は間抜けだけでは  無く

投稿者: istanbulsilk2005 投稿日時: 2005/05/03 17:07 投稿番号: [5200 / 41162]
バイコク

いい加減な人柄が

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/03 17:02 投稿番号: [5199 / 41162]
>こりゃ中国軍の日本軍捕虜収容所じゃないのか?

文章が読めないようですが。
「元・駐軍八十八師司令部だった建物が、伊佐部隊・棚橋部隊の捕虜収容所、占獲集積所になっている」のにどこが中国軍の日本軍捕虜収容所ですか?(笑)


>なんら、証明されていないじゃないか?

「無かったという根拠」が否定されただけで十分ですが?

「いい加減な人柄」がとてもよく出ています。

はて? 矛盾していないのでは?

投稿者: exorcist_lll 投稿日時: 2005/05/03 16:15 投稿番号: [5198 / 41162]
>また、上記HPの回顧談とダーディンの1938年1月9日付けの記事には以下の矛盾もある。

>●新聞記事:
>「中国軍司令部の逃走した南京で日本軍虐殺行為」   ニューヨーク・タイムズ
1938年1月9日   F・ティルマン・ダーディン
>(中略)
>南京を掌握するにあたり、日本軍は、’これまで続いた日中戦争の過程で犯されたいかなる虐殺より’野蛮な虐殺、略奪、強姦に熱中した。

>●回顧談:
>――’上海から南京近郊に到達するまでの過程で’日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという話しは当時あったのですか?
>『いや、それはありませんでした。(中略)虐殺に類することはなにも目撃しなかったし、聞いたこともありません。』



南京攻略戦の前までと、南京攻略戦を区別して述べていますね。
前者では虐殺が無く、後者では酷くあったとのことで、矛盾は無いですね。

南京虐殺は嘘27(補足)嘘吐きダーディン

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/03 15:46 投稿番号: [5197 / 41162]
当時(1930年代)のアメリカの新聞がいかに偏った反日親支の嘘報道を行っていたかということを裏付ける資料がありますので、参考までに紹介しておきます。
著者(ラルフ・タウンゼント)は長年にわたり支那に滞在した米国人外交官です。

―――――――――――――――――――
正しい中国情報が伝わらない理由をいくつか述べたが、これだけではまだまだ危ないと思っている連中が山ほどいる。作家、新聞社、出版社である。こういう連中は寄って鷹って「与太記事」をでっち上げ、いい加減な本を出し、さも「建設的」であるかのような顔をしている。
(9頁)

当然新聞等には最悪の情報等は出せない。中国人読者の気分を害しないよう最大限の注意を払って記事を書いているからである。記事を出すか出さないかを決める責任者は、地元住民との「和」を最重視する。友人や知人がいるからである。だから、たとえ公然の秘密だとしても、不快感を与える記事は出さないのである。
買収事件はどう報じられるか紹介しよう。ある将軍が敵に買収された。その将軍は窮地にある味方を見殺しにして、トラック隊を指揮し、自分が獲得した略奪物資や阿片を持ち逃げした。さて翌日の新聞は「某地区防衛の某将軍の命により兵は20里後退。将軍は再攻撃のため南京の首脳部と協議中」となる。
取材して真実を知っている記者は事実をかけないから「腐りきった○○め。他よりはましだと思っていたのに」と怒り狂う。
(30頁)

  私は卒業後2年間サンフランシスコにいたので、カリフォルニアの人間が中国人と日本人にどういう感情を持っているかがよくわかった。圧倒的に中国よりである。もっとはっきり言えば、圧倒的に反日であった。中国人が嫌いという人も大好きという人も少ない。大多数は無関心なのになぜか反日感情だけは盛んであった。親日家はゼロに近かった。第一の理由は、愛嬌がないことだろう。二番目は、太平洋での日本の動きに対する不安であろう。この不安をカリフォルニアの財界が盛んに煽っている。軍港と陸軍基地の増設を目論んでいるのである。そうなれば地域は活気づく。兵隊が金を落とす。地域経済は万々歳だ。しかし新聞には「造幣して金を落とさせろ」とは言えないから、「適切な防衛」と表現したのであった。事情を知らない者は不安に駆られ、寝る前に日本人が潜んでいないかベットの下を調べたりする。「日本軍特殊部隊メキシコに上陸」という見出しに、カリフォルニアのオレンジ農家は震え上がり、新聞が売れる。とかく新聞社は発行部数を気にする。
(252頁)

さて、復讐事件(福州で日本人教師夫婦が支那の学生秘密結社と支那兵の共謀により殺害されたため、田村総領事が軍艦を盾にして支那当局から遺族のために5万ドルの賠償金を獲得した)から1ヵ月後の上海事変に戻ろう。ご承知の通り、アメリカでは対日批判の嵐が吹き荒れた。ハーバード大学の教授連は日本を無法国家と難じた。聞くところによると、ワシントンの新聞社には「『アジアの狂犬』に宣戦布告せよ」という投書が段ボール箱何杯分も届いたという。婦人倶楽部は日本製品ボイコットを呼びかけた。最大のお得意さんをなくすつもりか?アメリカ製品を中国の2倍も買ってくれる国である。正確な情報が伝わらないからである。アメリカ人を虐殺し、国際義務を無視し続ける国の肩を持っていたのである。
中国の現場で汗を流すアメリカ人は、官民ともにある意味、猿轡をかまされている。彼らの声はアメリカには全く届かない。アメリカの新聞を手にするたびに、口から泡を飛ばす。
「何だこれは!アメリカ人は完全にキチガイにでもなったのか。一人でもいいから現場の中国人と取引してみろ。人の喉を掻ききる血に飢えた海賊だ。日本製品不買運動でキャンキャン吼えるのは直ちに止めて、銃を取って日本軍に加勢したくなるよ」
(274頁)

ラルフ・タウンゼント著『暗黒大陸中国の真実』(原書発行1933年)

南京虐殺は嘘27 嘘吐きダーディン

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/03 15:24 投稿番号: [5196 / 41162]
南京事件を世界に知らせた男
自分の目で大量虐殺を見た米人記者の回顧談
元ニューヨーク・タイムズ記者、ティルマン・ダーティン氏
古森義久(ジャーナリスト)(文藝春秋89.10から)
http://jpn.dyndns.ws/~nanking/dathin.html

(一部抜粋)

予想されなかった虐殺

  ――日本軍はやはり民間人をも無差別に殺したのですか。

  「はい、無差別の殺害といえます。銃で射つのがもっとも多かった。
  銃剣を使う場合もあった。
  とにかくウサギを殺すような感じでの虐殺が行われたのです」
―――――――――――――――――――

 
上記は、南京戦から50年以上が経って述べられたダーディンの回顧談の一部だが、作り話だ。
HPのタイトルが『南京事件を世界に知らせた男』とされているのは、南京事件に関する彼のレポート(記事)が1937年12月18日付ニューヨーク・タイムズに掲載されていたため。
しかし、その記事を読めば分かるのだが、ダーディンは日本軍による民間人虐殺を目撃していない。
見出しとその直後にある要約部分に「婦人への暴行」とか「民間人の殺害」という言葉を挿入しているが、その後にある約5000字におよぶ長文レポートにそれらに関する説明がまったくない。
まるで「東スポ」である。
回顧談のとおり、ダーディンが、本当に南京で日本軍がウサギを殺すように多数の民間人を虐殺したのを目撃したなら、そのような記事には決してならない。
ダーディンの約5000字におよぶ長文レポートは、殆どが伝聞記事で、彼自身の目撃記事は支那人便衣兵の悪行や便衣兵の処刑や戦闘状況など僅かだ。
日本軍による民間人虐殺に関する目撃記事は全然ない。
5人の日本兵がアメリカ大使の私邸から懐中電灯1本を略奪したとか、大学病院で金品が盗まれたことについては具体的に述べているが、日本兵による民間人殺害の具体的なレポートは全然ない。
せいぜい、外国人が通りで民間人の死体を見たことを簡単に述べている程度だ。
本当に日本軍による民間人殺害を目撃していれば、こんな記事は有り得ない。
新聞を売るために「東スポ」と同じように派手な見出しを付けただけだった。

同じ頃、シカゴ・デイリー・ニューズのスティールも、これと酷似した記事を書いたが、それは2人とも、ベイツが安全区委員会として作成したメモに基づいてそれぞれ記事を書いたからだ。(南京事件調査研究会編訳『南京事件資料集 第1巻』105頁)
ベイツなど南京に長期間残った安全区委員会のメンバーは誰も日本軍による市民虐殺を目撃しなかったが、12月15日に早々と船で南京を離れたダーディンやスティールが、日本軍による民間人殺害を目撃する筈がない。
また、ベイツ自身、支那国民党の顧問だった可能性が高く、少なくとも国民党の宣伝に関わっていたことは間違いない。(「南京大学教授ベイツの”化けの皮”」『諸君!』2002年4月号、『正論』2002年4月号)

さて、ダーディンの記事の派手な見出し「民間人も殺害」に関しては、当然世間は相手にしなかった。
自ずと、#4963〜#4965「南京虐殺は嘘10〜12   誰も知らなかった虐殺1〜3」のようなことになる。

ところが、それから8年以上が経った戦後の東京裁判で、日本軍による南京市民大虐殺事件があったことになってしまった。
「東スポ」のように、見出しなど一部にだけ派手に「民間人も殺害」という言葉を入れていたダーディンは、一躍、『南京事件を世界に知らせた男』となった。
自分でも、さぞかし驚いたことだろう。
ダーディンは、1962年のニクソン訪中で北京に同行し、1988年には南京の虐殺館を訪問した。
古森義久氏への回顧談でも、見て来たような嘘を吐きとおすしかなかったのだ。




また、上記HPの回顧談とダーディンの1938年1月9日付けの記事には以下の矛盾もある。


●新聞記事:
「中国軍司令部の逃走した南京で日本軍虐殺行為」   ニューヨーク・タイムズ
1938年1月9日   F・ティルマン・ダーディン
(中略)
南京を掌握するにあたり、日本軍は、’これまで続いた日中戦争の過程で犯されたいかなる虐殺より’野蛮な虐殺、略奪、強姦に熱中した。


●回顧談:
――’上海から南京近郊に到達するまでの過程で’日本軍が中国側の捕虜や民間人を多数殺したという話しは当時あったのですか?
『いや、それはありませんでした。(中略)虐殺に類することはなにも目撃しなかったし、聞いたこともありません。』

勉強しなよ

投稿者: tatematchan 投稿日時: 2005/05/03 12:28 投稿番号: [5195 / 41162]
  恥ずかしいよ。知識がないなら自信満々で断言しない方がいい。

  ホントにね、ラスベガスの原爆博物館に行って「原爆のことがよく分かって勉強になった」って真顔で言ってるアメリカ人見たことあるかな。俺もテレビで見ただけなんだけど。あれぐらい恥ずかしい君は。

  本は食わず嫌いしないで読んだ方がいいよ。表現が客観的じゃなかったりはするけどね。それはそれとして説得力のある部分だけを信用すればいいんだからさ。

同意します

投稿者: fjaouw6 投稿日時: 2005/05/03 09:43 投稿番号: [5194 / 41162]
おっしゃることはまことにそのとおり
一人の死者もでなかったというつもりはありません。
不可抗力、あるいは正統な戦闘行為の延長で、一般市民が犠牲にならない近代戦争はありません
それは落ち度ではないのです。

戦   争   ですから

平時に悪質なプロパガンダが卑劣な意図をもってまきちらされる問題は、
南京で実際におきたことと、まったく無関係だから問題になっているわけです

BBCは間違っていれば謝罪する。

投稿者: bazzy17jp 投稿日時: 2005/05/03 09:01 投稿番号: [5193 / 41162]
BBCは間違っていれば謝罪する。

みせしめ死刑。ベトナムでもUSAがやったな。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm

間違っていれば、謝罪する。南京大虐殺ってなん何年前。   世界の常識です。
http://www.cbsnews.com/stories/2003/03/21/iraq/main545215.shtml?CMP=ILC-SearchSt ories

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>毎度のことながら、いい加減な奴です。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/05/03 08:02 投稿番号: [5192 / 41162]
何を返答しているのだろうか?(笑)

>>捕虜収容所があったのか?なかったのか?を答えたらどうなんでしょうかね?

>ありました。
幕府山の南側に少なくとも2つの捕虜収容所があり7千から1万5千人の捕虜を収容していましたし、その一部は上海の捕虜収容所まで送られていました。(そこまで移送するメリットがあるのはおそらく将校クラスだと思います


それで、BC級裁判で出てきたのかい?
捕虜の収容人数は?
収容期間は?
管理に当たった日本軍部隊は?
収容所所長は誰なんだ?
捕虜処刑人数は何名殺害したのだ?
なんら、証明されていないじゃないか?
(笑)

>資料としては例えば
『さて筆者が目撃した場所はどこであったのか、大きな門の写真を撮ったが、その門の上には「駐軍八十八師司令部」の文字が読みとれる。さらに営門の両側の哨舎のうち、右の構舎には「伊佐部隊・棚橋部隊」、左の哨舎には歩哨の陰になっているが棚○○、捕虜収容所、占獲集積所」という文字が読める。「駐軍八十八師司令郡」の白いレリーフの文字は黒色に塗られていた。その下には横長に「青天白日」のデザインがレリーフになっている

なんの資料じゃ(笑)
こりゃ中国軍の日本軍捕虜収容所じゃないのか?(笑)
日本軍の中国軍捕虜収容所はどこだ?
中国人を捕虜にし、収容した施設だよ。

中国国民党独裁を象徴する「青天白日満地紅旗」(1921年中国で制定。以降「青天白日旗」と呼ぶ。国民党党旗を青天白日旗と呼ぶ)は、中国国旗として定められたものであり、台湾の旗とは認められない。青天白日旗は反台湾の象徴である。
まともなことが書けないのかい?

オウムの30万倍の被害だしてんだぞ!

投稿者: papa0720nikoniko 投稿日時: 2005/05/03 08:00 投稿番号: [5191 / 41162]
ポンキーは歴史教育なんて出来るわけないよね!

小中学生は日本がやってきたことを知ったら卒倒するでしょう。

かつての日本はアジアの民にとっては悪魔だよ。

まー島,オカルト朝廷,奴隷,鎖国近親交配と条件はわるいが。。
それにしてもAHOすぎ

なんだ、、自信がなくなったか?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/05/03 07:40 投稿番号: [5190 / 41162]
>共産党教育は物心つく頃の少年からが基本で男女の区別もありませんから、「少年・少女兵士」が多くいましたし、謀略や市民の煽動が基本戦略ですから、都市・農村を問わず日本軍の残虐さと日本人を陥れる方法を繰り返し市民に指導していましたから、日本軍にとっては少し油断すると市民に紛れ込んだ暗殺者に殺されるわけで「誰が敵か分からない状態」に置かれたわけです

>多分寧国の警備についているときだったと思います。「エンピ」から手紙がまいりました。念入りにエンピと名前の傍らに書き添えてありますが、何しろ漢字ばかりで訳が分かりませんので旅団の通訳の人に読んでもらいますと、「死んでいたはずのところを助けられて、その上、春田大人にわざわざ郷里まで送っていただいて本当に有り難かった。

捉えた捕虜を苦力として雇い、田舎へ還して、手紙までもらったと?
戦闘移動中に中国人が郵便配達まで、してくれたのでしょうか?(笑)
おもしろいですね、当時から中国大陸では郵便事業なるものが存在し、山の奥地までも確実に低料金で配達出来るシステムがあった様です。
これじゃ戦争に負ける訳ですよ、まして敵兵に手紙が届くのですから、驚きです。まともにゃ〜相手できませんよね(笑)
上の二説のどちらがホント?どちらもウソ?(笑)

>また、捕虜といっても「訳も分からず兵士に借り出された農民」もいれば「日本軍への復讐に燃える本物の兵士」もいます。
(一般的な中国人心理としては、「生活や扱いがましになる」なら節操なく日本軍に協力する一方で、煽動すれば容易く復讐心に火がつきます。)

人を殺す、また、殺されるのに、訳も分からん兵士をかりだすか?
それで、農民は兵士に志願したと?(笑)
軍隊もその様な人間に武器を預けるか?
敵か味方か?どちらに鉄砲を向けるか解らん奴に、、馬鹿馬鹿しさもぶっ飛びますね(笑)

南京攻略戦時は国民党軍でしたよね。

国民党の軍服着た偽日本兵写真>bazzy17jp

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/05/03 02:51 投稿番号: [5189 / 41162]
馬鹿もほどほどにしな!
嘘つき中国人!!

You are a liar!!!

中国に最終的な勝利はありません

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/03 01:01 投稿番号: [5188 / 41162]
すでに投稿したと思っていたのがなぜかいえていたので再投稿します

>じゃあ真実だな。

between 250,000 and 300,000 people were killedとあるので、真実ではありません。


>10億人がアクセス

そのほとんどはアクセス可能な中国人・朝鮮人でしょう。
アクセス数と真実は無関係ですし、「事実を明らかにしていけばいくほど中国の捏造が世界的に認識される」わけで、このプロパガンダ戦に中国に最終的な勝利はありません。

オセロ

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/03 00:54 投稿番号: [5187 / 41162]
>「事実を明らかにしていけばいくほど中国の捏造が世界的に認識される」わけで、このプロパガンダ戦に中国に最終的な勝利はありません。

一見、このような記事や、「レイプ・オブ・ナンキン」などが一般に広まるのは「日本を苦境に立たせる」ように見えますが、これはオセロの途中経過のようなものです。

世界中の市民にとって、中国に都合の良い”真実”しか知らない間は騙されたままですが、事実をつき合わせていって「中国が嘘をついている」ことを世界中が認識するほど「黒だと思われていたところがダイナミックに白にひっくり返る」のです。

(それでも「現実に眼をつぶっても中国の言う真実を信じたがる人々」は残るはずですが)

私も、昔は「日本は悪意を持った侵略者」といった認識を持たされていたわけですが、漫画じゃあるまいし莫大なコストやリスクを犯してまでその行動をする動機や当時の状況などを調べれば調べるほど、「戦争で狂っていた」どころか「現在の日本人でも当時の状況に放り込まれたら同じようなことをせざるを得なかっただろう」ということがリアルに理解できるようになりました。

「嘘は必ず矛盾が生じる」わけで、様々な面についての事実を組み立てていくと、矛盾が最も少ない「真実に最も近いもの」が世界中の人々の共通認識となります。

中国のやり口は

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/03 00:03 投稿番号: [5186 / 41162]
中国のやり口は、相手が落ち度を認めたら、「悪かったんだから十倍も百倍もいっしょ」と訳の分からないことを言い出すことです。

(AA会議でも別に「南京大虐殺30万人を認めた」わけではなく、「戦争中アジアの人々に迷惑をかけた」という事実について謝罪しているだけです。)

つまり、国民や国際社会に対し、「自分に都合の悪いことは徹底的に隠蔽」し、「相手に都合の悪いことは十倍も百倍に増幅し、捏造して大声で触れ回る」わけです。

また、中国人は(暗黒大陸中国でも書いているように)「嘘をつくのが文化」と言えますが、「嘘を指摘されない」ための常套手段は、相手が指摘しそうになると先に「あいつは嘘つきだ」と言いふらすことです。

じゃあ真実だな。10億人がアクセス。

投稿者: bazzy17jp 投稿日時: 2005/05/02 23:56 投稿番号: [5185 / 41162]
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm

関係ありません

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/02 23:53 投稿番号: [5184 / 41162]
>間違っていれば、謝罪する。南京大虐殺   世界の常識です。

このリンク先はブッシュの謝罪であって、南京大虐殺疑惑とは関係ありません。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_

投稿者: bazzy17jp 投稿日時: 2005/05/02 23:47 投稿番号: [5183 / 41162]
みせしめ死刑。ベトナムでもUSAがやったな。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm

間違っていれば、謝罪する。南京大虐殺   世界の常識です。
http://www.cbsnews.com/stories/2003/03/21/iraq/main545215.shtml?CMP=ILC-SearchSt ories

日本軍に落ち度がなかったわけでもない

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/02 23:46 投稿番号: [5182 / 41162]
> 南京大虐殺は事実無根の悪質なプロパガンダです。

ちょっと注意が必要だと思うのは、
「ヤクザのやり口」は「相手の落ち度をとことん攻める」ものですが、
「日本軍に落ち度がなかった(全く市民や捕虜の殺害がなかった)というわけでもない」ということです。

一般市民に国民党兵士が便衣兵として紛れ込んだ状況で、便衣兵狩りをすれば「少なからず一般市民も殺害する」事は現実には避けられません。

また、現代社会でも「ゲリラは全員射殺が原則」ですしゲリラの巣は殲滅するのが基本」ですが、当時本当に恐ろしいのは国民党軍より「共産ゲリラ」でした。

共産党教育は物心つく頃の少年からが基本で男女の区別もありませんから、「少年・少女兵士」が多くいましたし、謀略や市民の煽動が基本戦略ですから、都市・農村を問わず日本軍の残虐さと日本人を陥れる方法を繰り返し市民に指導していましたから、日本軍にとっては少し油断すると市民に紛れ込んだ暗殺者に殺されるわけで「誰が敵か分からない状態」に置かれたわけです。

「共産ゲリラの巣」と認定されれば「老若男女を問わず村ごと殲滅」せざるを得ません。
(赤ん坊も、残せば復讐者として育てられるし、「一家心中」の文化を持つ日本人にとっては、「不憫だが家族といっしょに逝く方がまし」といった心理が働いたと思いますから「殺した」はずです。)

また、捕虜といっても「訳も分からず兵士に借り出された農民」もいれば「日本軍への復讐に燃える本物の兵士」もいます。
(一般的な中国人心理としては、「生活や扱いがましになる」なら節操なく日本軍に協力する一方で、煽動すれば容易く復讐心に火がつきます。)

明らかに害がないと思われる敗残兵や一般市民は開放したでしょうが、「日本人居留民や日本軍に害を与える疑い」をもたれた捕虜や便衣兵、共産ゲリラおよび一般市民は実際射殺されたでしょうし、その数は数千人(〜2万人)程度はいただろうと思います。

>>>反日日本人の分類

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/05/02 22:56 投稿番号: [5181 / 41162]
ありがとうございます。
私としては4と5の人たちがもうすこし
すくなくなることをねがっています。

ご活躍期待しております。

>>反日日本人の分類

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/02 22:25 投稿番号: [5180 / 41162]
さらに思い出した反日日本人の分類があるので追加しておきます。




1.電波本を売りまくって荒稼ぎする連中(本多勝一、東史郎、森村誠一、吉田清治、千田 夏光、吉見義明、家永三郎など)


2.裁判が起これば起こるほど仕事が増える弁護士や判事など。


3.洗脳された人達。

「洗脳」、「認罪運動」
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo7.html

中国帰還者連絡会(中帰連)とホラ話「三光」
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo8.html

米軍捕虜19名も洗脳されて嘘の供述書を書いた
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo9.html


4.支那人や朝鮮人が言うことに反論などせず、反省することが善人になることだと勘違いしている単なる馬鹿。


5.学校の先生やテレビや新聞が言っているのだから嘘の筈がないと思い込んでいる未熟な連中。


6.共産革命を夢見る共産主義者(ただし、この連中は1や2や3に分類された連中とダブることが多い)。
日本は残虐な侵略者だったと日本人の脳に刷り込むことによって憲法9条の改正や核武装を阻止し、二度と戦争が出来ない国にしておくことが目的。
チベットや東トルキスタンのように、人民解放軍による開放を受け入れ易い状態にしておくため。


7.強制連行があったことにしておかないと日本に住み難い日本人成りすましの在日朝鮮人と魂を入れ替えられない帰化人。


8.統一教会や創価学会のような朝鮮人教祖を信じている連中。


9.支那で商売をしたいために支那共産党の要人に賄賂をばら撒き、奴らの犬に成り下がっている企業経営者たち(伊藤忠商事の藤野文晤など)。


10.支那依存企業の役員に就職を希望している外務省チャイナスクールや支那に利権を有する政治家たち。

南京虐殺は嘘26 米兵も洗脳され嘘供述書

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/02 22:13 投稿番号: [5179 / 41162]
朝鮮戦争の後半の昭和27年、北朝鮮・中共は、米軍がコレラやペストなどの細菌に感染したハエ、ノミ、ダニを北朝鮮上空から多量に投下した、と非難した。
その後、中共は細菌戦が満洲にまで拡大しているとの宣伝を始めた。
当然、米軍は全面的に否定、この問題の真相は謎となっていた。

しかし、平成10年になりロシアで、ソ連時代の秘密文書が公開され、中共・北朝鮮のでっち上げだったことが判明した。
言い出しっぺは中共で、北朝鮮が追従、ソ連にも米軍を非難するよう求めた。
しかし、捏造のため北朝鮮で死刑囚に細菌を使用したことを知り、ソ連は中共と北鮮に止めるよう勧告していた。
捏造に協力したソ連の要人もいたがソ連共産党から除名された。

洗脳
興味深いのは、この時中共は、細菌戦に従事した、という米空軍捕虜19名の供述書を公開していることだ。
序文で「アメリカは石井部隊から細菌戦を受け継いだ」としている。
供述は微に入り細に入り、具体的に述べられているのが怖い。
フランス人作家が北鮮で供述書に署名した米空軍兵士2名と面会した。一人はおおげさな決まり文句を並べ、供述書の内容は本当だと言った。もう一人は自分の供述はたわごとの寄せ集めで、署名したのは無事に帰国したいためであると語った。

撫順監獄の出来事を彷彿させる話だ。

後日、米国に帰国した捕虜達は供述書の取り消し書というのに署名したが、それは四分の一の人だけだった。残りの人達の洗脳が解けることはなかったのである。

(略)

右の写真は731部隊関係だとしている。
(略)
実はこれは済南事件の時の写真で、場所は済南医院の一室である。支那兵に虐殺された日本人被害者を検死しているところなのだ。

(略)

「悪魔の飽食」は、小説家森村誠一氏が共産党機関紙「赤旗」に昭和56年に連載、同年、光文社より単行本として出版された。
翌57年、「続・悪魔の飽食」出版。これが大きな社会的問題となった。

内容の残虐性はもとより、使用された写真や証言内容に大きな疑問が持たれたのだった。35点中20点の写真がニセ写真だったのだ。結局これらの問題で、単行本は絶版とされた。

しかし、逆に森村氏は、『特定のマスコミが共産党を攻撃し「戦争犯罪を糊塗しようとする」ために集中放火を浴びせ、「言論表現の自由を制約」しようとするものである』と反論。

下里正樹氏
「言論の自由」を旗印として共産党を擁護した森村誠一氏の次の作品は「日本の暗黒   実録・特別高等警察」だった。
前作同様、赤旗の下里記者とコンビを組み、平成元年12月から赤旗で連載されたのだが、一年半後、「スパイ査問事件」にさしかかったとき突然の連載中止となった。
宮本顕治委員長が殺人を犯したという、あれである。
当時国会で浜田幸一氏が「人殺しー!」と叫んで問題になったが、これを愛読していたらしい。しかし「ミヤザワケンジ」と呼んでいたことの方が問題だ。

(略)

東史郎裁判
東さんはこのHPのあちこちに出てくるが、なんともお宝な人である。
昭和62年、東史郎氏は「わが南京プラトーン」を出版。この仕掛人が下里正樹氏である。平成5年に二人は名誉棄損で訴えられるのだが、この時、日共の後ろ盾はなくなっていた。

http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo9.html

南京大虐殺は必要

投稿者: fjaouw6 投稿日時: 2005/05/02 17:30 投稿番号: [5178 / 41162]
南京大虐殺は事実無根の悪質なプロパガンダです。

だれかが、何らかの目的のために、作って、利用したわけです。
実行者と、目的と、共犯者がいます。

目的は、日本が残虐な国で、人類の尊厳を踏みにじった悪逆非道な国家であるということの宣伝
そして
直接効果として、無実の日本軍人をでっちあげリンチ裁判にかけて、処刑していったことと
間接的には、戦勝国の行為を正当化したこと。
長期的には、日本を無力化し、行動を制御すること。    でしょう。


日本は、実は虐殺の加害者ではなく、被害者です。
東京大空襲・広島・長崎は、一般市民の計画的無差別殺人です。数万人が一日にして虐殺されました。
これを正当化するために、南京大虐殺はどうしても必要だったのです。
日本を悪の帝国にしたてあげ、ナチと同じ悪魔にしなければ、この日本人大虐殺を正当化できないのです。

毎度のことながら、ろくに調べもしないで2

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/02 13:09 投稿番号: [5177 / 41162]
>戦陣訓の通達は昭和16年だが、日本軍にその精神は蓄積されていたのだよ。

その根拠は?
「戦陣訓」を発した直接の目的は、ひとつには「日本兵捕虜がたやすく敵を信じて軍事機密をしゃべるのを防止するため」です。

日本人は戦場では敵を殺しますが戦闘が終わったら「ノーサイド」状態で捕虜といえども親しく接しようとします。(今の日本人でもおそらくそうでしょう。)
ロシア人やドイツ人捕虜が松島などの捕虜収容所でどのように扱われていたかを調べればよく分かります。
(日本で「第九」が流行ったのも、「ユーハイムのバームクーヘン」などももともとはドイツ人捕虜と市民の交流の産物です。)

当然、「自分が敵の捕虜になっても同じように扱ってもらえる」と思っていたらそれは「日本だけの慣習」であることを思い知るわけですが
捕虜意識が欠如しており「敵同士でも話し合えば打ち解けて親しくなれる」と考えて「知っている情報を全部しゃべってしまう」ということです。
(これも今の日本人の思考パターンとほとんど変わらないでしょう。)

もうひとつは、「欧米の日本兵への扱いは残虐を極めていたこと」です。
それが「鬼畜米英」であり、「生きて虜囚の辱めをうけず」ということです。
(これはプロパガンダでもなんでもない「掛け値なしのメッセージ」です。)

どんな扱いだったかは、ここの「5:人種蔑視に基づく残虐行為」をお読み下さい。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genbaku-1a.htm


毎度のことながらyominokuni56氏は、ろくに調べもしないで人には資料を要求しますが、
「私が求めた資料」の方は示したためしがありません。

まったく「ひとりよがりで無知な人物」だと断言できます。

毎度のことながら、ろくに調べもしないで1

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/02 13:09 投稿番号: [5176 / 41162]
>>>捕虜収容所も設けずに、逃がしたのかい?
>>南京戦従軍日記などではその具体的な様子を記述しています。
>アンタの作文じゃ信用できませんよ、資料の提出を願います。

一般の敗残兵を収容所送りにせず苦力代わりに使ったりもしていたようです。

『当時帰順してきた敗残兵を5名苦力に使っていました。「ニイ」「ニイ」では区別が付きませんのでひとりひとり名前をつけてやりましたが、凡ておぼえやすい名がいいというので、エンピ、ハイノウ、ザツノウ、ハンゴウ、スイトウと決めました。苦力も大喜び、エンピと呼べばハイと答えるといった具合に、皆よく働きました。ところがいよいよ移動することになりましたので、この5名の苦力も郷里に帰すことになりましたり、餞別など貰って別れを惜しみながら帰っていきました。・・・
大分経ってからです。そうです。多分寧国の警備についているときだったと思います。「エンピ」から手紙がまいりました。念入りにエンピと名前の傍らに書き添えてありますが、何しろ漢字ばかりで訳が分かりませんので旅団の通訳の人に読んでもらいますと、「死んでいたはずのところを助けられて、その上、春田大人にわざわざ郷里まで送っていただいて本当に有り難かった。無事帰りましたので父母も大いに喜んでいます。ご恩は決して忘れません。もし帰国の折は1日でも立ち寄ってください。御礼の真似だけでもしたいから。」という意味のことが書かれてあり最後の方には班員全員一同の姓がずらりと書き並べていかにも真心のこもった手紙でした。』
歩兵第四十五連隊(鹿児島)第十中隊   S上等兵(転戦実話   南京編より)


>捕虜収容所があったのか?なかったのか?を答えたらどうなんでしょうかね?

ありました。
幕府山の南側に少なくとも2つの捕虜収容所があり7千から1万5千人の捕虜を収容していましたし、その一部は上海の捕虜収容所まで送られていました。(そこまで移送するメリットがあるのはおそらく将校クラスだと思います。)

資料としては例えば
『さて筆者が目撃した場所はどこであったのか、大きな門の写真を撮ったが、その門の上には「駐軍八十八師司令部」の文字が読みとれる。さらに営門の両側の哨舎のうち、右の構舎には「伊佐部隊・棚橋部隊」、左の哨舎には歩哨の陰になっているが棚○○、捕虜収容所、占獲集積所」という文字が読める。「駐軍八十八師司令郡」の白いレリーフの文字は黒色に塗られていた。その下には横長に「青天白日」のデザインがレリーフになっている。八十八師といえば、中国軍の中でも蒋介石直轄の精鋭部隊として知られていた。   ところで、八十八師の営門の哨舎に書かれている「伊佐部隊・棚橋部隊」とは、上海で勇戦し感状を受けた第九師団歩兵第七連隊第三大隊の通称である。』
「従軍とは歩くこと」   南京戦史資料集II   p610〜P612

小泉が韓を泥棒呼ばわりしたら。金豚発射。

投稿者: gozz0000 投稿日時: 2005/05/02 07:31 投稿番号: [5175 / 41162]
小泉が韓を泥棒呼ばわりしたら。金豚発射。

http://abcnews.go.com/International/wireStory?id=718761

http://www.cbsnews.com/stories/2005/02/26/tech/main676689.shtml

露は中国と北方領土を売ったのだ。竹島だって、売るだろう。   それがイスラエルだ。

ロシアのフリステンコ産業エネルギー相は十九日、産経新聞など日本人記者団と会見し、日中が競合する東シベリアから太平洋岸に向けた石油パイプライン建設計画について、当面は、エネルギー需要が逼迫(ひっぱく)する中国向け石油が中心となり、中国向け支線が先行建設される可能性が高いと語った。
 
同相によると、パイプラインをまずシベリアのタイシェトからスコボロジノまで建設、鉄道で中国に石油を運ぶほか中国へのパイプラインの支線を建設する可能性が高い。
 
建設資金の調達についても「世界には多くの投資家がおり、融資条件で判断する」と述べ、日本からの資金を当てにしなくてもパイプラインの建設は可能との見方を示した。
 
さらに、プーチン大統領の訪日に向けた準備の中で、日露の長期的エネルギー協力に関する文書は用意しているが、東シベリアのパイプライン建設に関する合意文書の調印は検討されていないことも明らかにした。
 
同相は、二十二日に東京で開かれる貿易経済日露政府間委員会のため訪日する予定。(産経新聞)

南京虐殺は嘘25 中帰連とホラ話「三光」

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/02 04:04 投稿番号: [5174 / 41162]
中国帰還者連絡会(中帰連)
中帰連は昭和32年に結成され、撫順・太原からの帰国戦犯の約半数が加入した。日中友好協会にも団体加入、親中国運動を展開した。それはつまり反日・反米・反韓・反台であった。
(略)
三光
昭和32年、「三光」という本が、衝撃をもって日本人の前に現れた。
内容の過激さゆえ、当初は驚きと同時に疑いをもって見られていたのだが本多勝一氏の朝日新聞連載「中国の旅」で「三光」という語はかなり定着してしまった。
「三光」という言葉は日本語ではない。国民党と中共党がお互いに相手の残虐さを罵るために使ったプロパガンダ用語である。
にもかかわらず「三光」は日本の歴史教科書にまで載るようになった。
(略)
捕虜が敵国で書かされた文章など、一笑に付すのが常識的な対応であろう。
しかし、出版されると内容に疑いをもたれながらも、「三光」はそのえげつなさにベストセラーになり知名度をあげた。
(略)
時期、場所がウソ
(略)
つまり、小田少佐は手記を強要されながらも、3人に累が及ばないよう、日本に帰った人だけを登場させ、時期も3人と関係のない35師団時代にしたのである。

関係者が読めば全く架空のホラ話であることが判るよう、周到な計算のもとに書かれたものと言える。


しかし、時期、場所、部隊構成がデタラメでも行為は事実なのではないか、という見方もある。これを田辺敏雄氏が元78大隊の人に聞き取り調査をした。
(略)
『・・・したがって「三光」は大嘘』だということ。

もっとも、中帰連側ではこの人たちが口裏を合わせ、嘘を言っているというのだが。


ここに初登場した「三光」という言葉は、この後日本において「三光作戦」「三光政策」という言葉になり、日本軍が支那全土で長期的に行なった計画的大量殺戮であった意味合いを持たされていった。教科書や百科事典にも載っており、すでに史実のようになっている。

小田少佐は自分の書いたものが、こんなに出世するとは夢にも思わなかっただろう。

そもそも「三光」は中国語である。
台湾の辞書には三光を『放浪中の中共党軍のスローガンで、民衆から略奪したものを「全部分けよ」「食い尽くせ」「使い尽くせ」と称し』また『1966年以後の中共で農民が人民公社に対し「金を分けよ」「食料を分けよ」「物を分けよ」という反共スローガンを叫んだ』また『中共の上海公安部隊の食料節約の規定』とある。

中共の辞典には『三光とは抗戦時期、敵の傀儡軍隊(汪政権)が抗日民主根拠地で行なった残酷な人民殺害手段』で『国民党反動派軍隊(蒋介石軍)も解放区に向かってこのような非人道的政策を行なった』とある。


今日の、日本は悪逆非道なことばかりしてきた、という日本罪悪史観を作り上げたのは、日本軍がやったと云われる具体的な残虐行為や残虐事件である。
そして、それらの根拠として、撫順戦犯の手記・供述書・証言が最大のネタ元となっている。
これらは、いったい鵜呑みにして良いものなのだろうか。


中帰連とホラ話「三光」
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo8.html

戦争しかない。

投稿者: sensousansei00 投稿日時: 2005/05/02 00:27 投稿番号: [5173 / 41162]
ぐちゃぐちゃいうな。

捕虜収容の記述?理解しているの?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/05/01 22:13 投稿番号: [5172 / 41162]
>>捕虜収容所も設けずに、逃がしたのかい?
>南京戦従軍日記などではその具体的な様子を記述しています。

アンタの作文じゃ信用できませんよ、資料の提出を願います。(笑)

>南京戦の目的は、「国民党軍に対する制裁」であり、「蒋介石の逮捕あるいは撃滅」で、それは日本人に対する略奪・暴行・レイプ・虐殺をやめさせるためにしていることです。

南京攻略戦について、何も、知らないだけのようですね(笑)
一度くらい年表でもご覧いただけると理解できるかと思いますが、、ね。

>投降して武装解除した者についての記述です。

馬鹿言うんじゃないよ。捕虜を雇って荷物を運ばせたりするものか(あほ)


>>釈放するにも、一時的にせよ、「捕虜収容所」なるものがあってもおかしくは無いのだが、、聞いたことも、読んだこともない。

>無知なだけでしょう。
士官に対する尋問や収容者の話はいくつもあります。(あまりにも数が多すぎ軍情報もほとんど持たない「一般兵」は基本的に解放しています。)

アホもここまでくると、相手するもアホらしくなってくるな(笑)
誰が尋問の話を聞いたのだよ?
捕虜収容所があったのか?なかったのか?を答えたらどうなんでしょうかね?
尋問するにも一時的に収容する場所が必要じゃないのか?それとも12月の冬の寒空にヒモで縛って野ざらしにしておいたのか?何万人もの中国軍捕虜を、、
これじゃ虐殺と同じだろう、、違うか?
収容所を示してくださいね。

>>日本軍の戦陣訓には「生きて虜囚の辱めを受けず」とある
>南京戦に戦陣訓を誰か言いましたか?(笑)

ホント馬鹿な奴だよ、戦陣訓の通達は昭和16年だが、日本軍にその精神は蓄積されていたのだよ。それを文書にしたため、鼓舞する道具として纏めただけだよ。
(笑)

で、当然   「傀儡政権」なる言葉の意味すら理解出来ていない様子です。

捕虜収容の記述を知らないだけでは?

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/05/01 09:04 投稿番号: [5171 / 41162]
>捕虜収容所も設けずに、逃がしたのかい?

南京戦従軍日記などではその具体的な様子を記述しています。(故郷に帰れといって路銀をカンパしたり、故郷に向かう途中までつれていったりしています。)



>戦争しに行ったのだね、確か?

戦争の目的は、別に殺し合いや捕虜を取ることではありません。
南京戦の目的は、「国民党軍に対する制裁」であり、「蒋介石の逮捕あるいは撃滅」で、それは日本人に対する略奪・暴行・レイプ・虐殺をやめさせるためにしていることです。
(悲しいことに中国一般市民は「暴力を振るう者に従い、扇動にすぐ乗せられる」サガを持っていますから、扇動者を倒すことが重要です。)


>こういう人達は日本兵が一般人を勝手に雇って

投降して武装解除した者についての記述です。


>釈放するにも、一時的にせよ、「捕虜収容所」なるものがあってもおかしくは無いのだが、、聞いたことも、読んだこともない。

無知なだけでしょう。
士官に対する尋問や収容者の話はいくつもあります。(あまりにも数が多すぎ軍情報もほとんど持たない「一般兵」は基本的に解放しています。)


>日本軍の戦陣訓には「生きて虜囚の辱めを受けず」とある

南京戦に戦陣訓を誰か言いましたか?(笑)

>「汪兆銘政府」は日本の傀儡政権だったのじゃ〜無かったか

それがなにか?
資産が日本に送られず、中国国内で使っているといっているのですが?

北京オリピックでの暴行愛国無罪

投稿者: nzikina007 投稿日時: 2005/05/01 07:32 投稿番号: [5170 / 41162]
日本にいる支那チャンコロー集団は振り込み詐欺等のやり方をマスターしたので北京オリンピック時には大挙帰国し日本からの観光客をターゲットにカードをかっぱらいそれで稼ぎ、婦女子はレイプし後々までも金の振込みをさせれば危険な犯罪から引退してもいつまでも金に困らない。そのような話をする支那人を知っている。北京オリンピックには行かないことが最上の防止策である。
http://www.geocities.jp/tyuugokujinno2/
赤ちゃんを食べるシナ人
http://www.uygur.org/warning/warning.htm
新疆ウイグル自冶区における拷問
http://www.tibethouse.jp/home.html

yominokuni56

投稿者: antimarck 投稿日時: 2005/05/01 07:09 投稿番号: [5169 / 41162]
かわいそうな人

北京オリピックでの暴行愛国無罪

投稿者: nzikina007 投稿日時: 2005/05/01 06:59 投稿番号: [5168 / 41162]
日本にいる支那チャンコロー集団は振り込み詐欺等のやり方をマスターしたので北京オリンピック時には大挙帰国し日本からの観光客をターゲットにカードをかっぱらいそれで稼ぎ、婦女子はレイプし後々までも金の振込みをさせれば危険な犯罪から引退してもいつまでも金に困らない。そのような話をする支那人を知っている。北京オリンピックには行かないことが最上の防止策である。
http://www.geocities.jp/tyuugokujinno2/
赤ちゃんを食べるシナ人
http://www.uygur.org/warning/warning.htm
新疆ウイグル自冶区における拷問
http://www.tibethouse.jp/home.html

北京オリピックでの暴行愛国無罪

投稿者: nzikina007 投稿日時: 2005/05/01 06:58 投稿番号: [5167 / 41162]
日本にいる支那チャンコロー集団は振り込み詐欺等のやり方をマスターしたので北京オリンピック時には大挙帰国し日本からの観光客をターゲットにカードをかっぱらいそれで稼ぎ、婦女子はレイプし後々までも金の振込みをさせれば危険な犯罪から引退してもいつまでも金に困らない。そのような話をする支那人を知っている。北京オリンピックには行かないことが最上の防止策である。
http://www.geocities.jp/tyuugokujinno2/
赤ちゃんを食べるシナ人
http://www.tibethouse.jp/human_rights/index.html
人権チベット
http://www.uygur.org/warning/warning.htm
新疆ウイグル自冶区における拷問
http://www.tibethouse.jp/home.html

実際、逃がしています?(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/05/01 06:53 投稿番号: [5166 / 41162]
いい加減な!

笑うしかないじゃないの?

捕虜収容所も設けずに、逃がしたのかい?

戦争しに行ったのだね、確か?

それとも   戦争ごっこ?   しに行ったのだった?(笑)

>中には「故郷に帰れ」といってるのについてきて進んで雑用をしてくれる中国人も結構いたようです

こういう人達は日本兵が一般人を勝手に雇って(給金を払ったか?は解らんが食事くらいは面倒をみて、自分の荷物を持たせたのだよ、契約では無いだろう、強制しなくとも現場の状況から、”ついて来い”と言われれば、逃げるわけにも行かなかっただろうな(笑)

>国民党政府に(というより中国人に)「捕虜交換」を求める方がナンセンスです。


戦争を理解出来ない貴方が戦争を語ることの不思議を感じますね。
捕虜は交換するための獲得するものではありませんよ。

釈放するにも、一時的にせよ、「捕虜収容所」なるものがあってもおかしくは無いのだが、、聞いたことも、読んだこともない。

日本軍は「捕虜を捕獲しない」と言われていたが、、その通りなのだろうか?

日本軍の戦陣訓には「生きて虜囚の辱めを受けず」とある。
敵兵にもこれを適用したとしても、不思議はないだろうね。

そうなんだろうか?

ベトナム戦争終末には来たベトナム軍と南ベトナム農民(ベトコン)との共同作戦でダナンを陥落させ、約3万人の南ベトナム軍捕虜を獲得した、そして、彼らの出身地と名前を記録させ、国へ返した、その後サイゴン侵攻に当たって、釈放された元南ベトナム軍捕虜の一部はベトコンと共同して抵抗運動を繰り広げ、アメリカ軍を追い出したのだ。

中国軍捕虜を釈放しても、再度、襲いかかってくるだけだよ。
捕虜虐待、捕虜を撮らず、皆殺しが日本軍の作戦の一部であったことが、捕虜収容所などがないことで証明できるだろうな。もっとも捕虜に食べさせる食料など持っていなかったのだから、所詮は無理な話である。
説明が出来ないから、、「捕虜は逃がした、、全部逃がした」としか、いいわけが出来ないのですね(笑)
シベリア抑留云々の前に中国人、連合国兵士、アジアの兵士、捕虜のことも考えましょうね。

>「戦利品」も日本には持ち帰らず、汪兆銘政府に送っています。

なんなんだ?(笑)
「汪兆銘政府」は日本の傀儡政権だったのじゃ〜無かったか(笑)

正しい教育がなんだろう

投稿者: t19094hcs2000 投稿日時: 2005/05/01 06:33 投稿番号: [5165 / 41162]
教育は政治に利用されると、正しい歴史を伝えることはできなくなる。
日中戦争はただの災難、虐殺など戦争つき物、誰にも悪くない、悪いのは自分が弱すぎてほかの国に侵略のチャンスを与えるだけ。

で、根拠は出たのかい?

投稿者: masey2ch 投稿日時: 2005/05/01 04:59 投稿番号: [5164 / 41162]
あったという根拠がサ

訂正:南京虐殺は嘘24 洗脳、認罪学習

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/05/01 00:49 投稿番号: [5163 / 41162]
>>昭和20年8月9日、いきなり満洲国になだれ込んだソ連軍は約60万の日本人をシベリアに強制連行したのだが、その捕虜は24年までに90%が日本に送還された。

>日本兵の捕虜は犠牲を払ったが、ほとんどは帰還できたのですね。90%も帰還できたのですか。

あ、しまった。
#5160に貼り付けたサイトのその部分の記述は間違っていた。
1945年8月に、満州、樺太、択捉、国後、その他から、いなくなった日本の将兵の人数は「105万人」だった。
そのうち帰還したのが「52万人」(厚生省引揚援護局)だったから、約「53万人」の日本人がシベリアなどで殺されたことになる。
失礼した。


●アルハンゲリスキーの解明
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/marxsyugi1.html#前野   徹   「第四の国難」   扶桑社

(抜粋要約)

マリク駐日ソ連大使がモロトフソ連外相に宛てた文書
「1946年12月4日付け政府決定に従い、ソ連からの日本人の本国帰還が緒に就いた。本国帰還該当者105万2,467人」

ビジョン米代表(1947年3月5日付けの対日理事会にて)
「ソ連領内にまだ105万301人の日本人が残留している。」

今立鉄雄『日本しんぶん―日本人捕虜に対するソ連の政策』
「約107万人が終戦後、僅か9ヶ月間にソ連の為、シベリアに送られた。推定ながら、シベリアの野に失った40万人の人々」

ウイリアム・ニンモ(米国の研究者)著『検証ーシベリア抑留』
「確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡・その他は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人がソ連によって殺された」

シーボルト(対日理事会の米代表)
「37万人を超える日本人捕虜がシベリアで殺された。」



したがって、#5160の最初の一文は省略し、出だしは、
―――――――――――――――――――
中共建国の翌年の昭和25年、日ソ友好条約の締結時、一部の捕虜はスターリンから中共にプレゼントされ、撫順に収容された。

いよいよ、後日、彼ら自身に「鬼から人間に戻った」と言わしめる洗脳が始まったわけである。

・・・・・
―――――――――――――――――――
とします。

実際、逃がしています

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/04/30 23:06 投稿番号: [5162 / 41162]
>まさか〜〜あ、捕虜は全部逃がした、、、なんて事は   ないでしょう(笑)

実際、逃がしています。
(中には「故郷に帰れ」といってるのについてきて進んで雑用をしてくれる中国人も結構いたようです。)

国民党政府に(というより中国人に)「捕虜交換」を求める方がナンセンスです。

ちなみに「戦利品」も日本には持ち帰らず、汪兆銘政府に送っています。

>捕虜への洗脳、中国人捕虜はどこへ?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/04/30 22:58 投稿番号: [5161 / 41162]
%も>ソ連軍は約60万の日本人をシベリアに強制連行したのだが、その捕虜は24年までに90%が日本に送還された。


ほうほう!

日本兵の捕虜は犠牲を払ったが、ほとんどは帰還できたのですね。90%も帰還できたのですか。

ところで、中国兵への捕虜はどうなったのでしょうか?
中国大陸であれほどの戦争を勝ち進んで、中国人捕虜の話がまるっきり出ないのは、、何故なのでしょうか?

中国兵捕虜収容所なるものの存在も聞いたことがありませんし、読んだこともありませんが、、、いかがなっておりますでしょうか?

まさか〜〜あ、捕虜は全部逃がした、、、なんて事は   ないでしょう(笑)
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