実際、逃がしています?(笑)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/05/01 06:53 投稿番号: [5166 / 41162]
いい加減な!
笑うしかないじゃないの?
捕虜収容所も設けずに、逃がしたのかい?
戦争しに行ったのだね、確か?
それとも
戦争ごっこ?
しに行ったのだった?(笑)
>中には「故郷に帰れ」といってるのについてきて進んで雑用をしてくれる中国人も結構いたようです
こういう人達は日本兵が一般人を勝手に雇って(給金を払ったか?は解らんが食事くらいは面倒をみて、自分の荷物を持たせたのだよ、契約では無いだろう、強制しなくとも現場の状況から、”ついて来い”と言われれば、逃げるわけにも行かなかっただろうな(笑)
>国民党政府に(というより中国人に)「捕虜交換」を求める方がナンセンスです。
戦争を理解出来ない貴方が戦争を語ることの不思議を感じますね。
捕虜は交換するための獲得するものではありませんよ。
釈放するにも、一時的にせよ、「捕虜収容所」なるものがあってもおかしくは無いのだが、、聞いたことも、読んだこともない。
日本軍は「捕虜を捕獲しない」と言われていたが、、その通りなのだろうか?
日本軍の戦陣訓には「生きて虜囚の辱めを受けず」とある。
敵兵にもこれを適用したとしても、不思議はないだろうね。
そうなんだろうか?
ベトナム戦争終末には来たベトナム軍と南ベトナム農民(ベトコン)との共同作戦でダナンを陥落させ、約3万人の南ベトナム軍捕虜を獲得した、そして、彼らの出身地と名前を記録させ、国へ返した、その後サイゴン侵攻に当たって、釈放された元南ベトナム軍捕虜の一部はベトコンと共同して抵抗運動を繰り広げ、アメリカ軍を追い出したのだ。
中国軍捕虜を釈放しても、再度、襲いかかってくるだけだよ。
捕虜虐待、捕虜を撮らず、皆殺しが日本軍の作戦の一部であったことが、捕虜収容所などがないことで証明できるだろうな。もっとも捕虜に食べさせる食料など持っていなかったのだから、所詮は無理な話である。
説明が出来ないから、、「捕虜は逃がした、、全部逃がした」としか、いいわけが出来ないのですね(笑)
シベリア抑留云々の前に中国人、連合国兵士、アジアの兵士、捕虜のことも考えましょうね。
>「戦利品」も日本には持ち帰らず、汪兆銘政府に送っています。
なんなんだ?(笑)
「汪兆銘政府」は日本の傀儡政権だったのじゃ〜無かったか(笑)
これは メッセージ 5162 (n_o_i_s_e_m_a_n さん)への返信です.
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