南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
>ねつ造書の嘘
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/10 00:24 投稿番号: [4515 / 41162]
>デパートやホテルが攻撃された、、?
>ずいぶんと小局地、建造物が破壊された?被害者が出た?、、
>そりゃ〜そうだろうよ!
>戦争しているまっただ中にある建物じゃないか、、バカ言っちゃ〜おもしろいよ!
あなたがいみじくも言われたように。
「100人でも30万人でも、本質は同じ」
であれば。
軍事拠点でもない「シンシアーデパート」「ウィン・オンデパート」が爆撃された事は。
貴殿の仰る「無差別虐殺」であろう。
それをご都合よく否定なさるか?
>>上海在住の外国の領事館員や陸海軍スタッフ達の一致した見解となっている。
>笑うしかないじゃないか、、?
意見の一致を見ただけか、、エ〜〜〜
>抗議文の一つもないのか?
>隣近所の外国人が集まって、意見の一致を見たのか、、?
>なんら、公的性格も持ち合わせていないよね
国家間外交文書(抗議文書等々)は本国政府訓電により達せられる。
・・・それより、次元の低い揚げ足取りは止められた方が宜しかろうかと。
>同時期に南京では同国人への爆撃が強化されている時な〜〜
>そして
彼らの国はこぞって日本政府に抗議文を送り、批難しているぞ〜
>これだからねつ造書は、おもしろいのだよ
貴殿のこの主張は「捏造」と断定するにはまったく根拠が無いと言うしかない。
成程、日本は南京空襲で他国より非難・抗議を受けた。
それは事実だし、事実を捻じ曲げる気は毛頭ない。
だが同時に
「中国軍は、この爆弾は日本軍機から投下されたものである、と宣伝することによって責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
これもまた事実。
抗議の有無は自国人への直接・間接被害の差、空襲回数の差であろうか。
貴殿、何の根拠も示さず「捏造」と決め付けるのは、思考の停止です。
これは メッセージ 4495 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>いつ『対日宣戦布告』間抜けなこと!
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/10 00:06 投稿番号: [4514 / 41162]
>>(中華民国は、1941年12月9日、対日宣戦布告をしております。が、この意図はあからさまでしょう)
そもそも、日中間の経緯をご存じ無い?
>是非とも教えて頂きたいものです。
果たして、日中の武力衝突は1937年から本格的に生じております故、改めて1941年に中国が日本に対して「宣戦布告」したとする意図はなんでしょうか?
>宣戦を布告したのでしょうか???
したとされるのであれば、、、
>1938年中華民国維新政府(南京)
>1940年王兆銘の南京政府?、
誰の署名で発せられたのでしょうか?
ご教授願いたいものです。
南京国民党政府です。
1941年12月9日、対日・対独・対伊宣戦布告。
「馬関条約」を含むすべての中日関係条約、協定、契約、条文を廃止する」と宣言。
署名・蒋介石です。
因みに対日宣戦布告国・年月日は以下の通り
1941年
12日8日:米国、英国、豪州、ニュージーランド、カナダ、南ア連邦、コロンビア、エル・サルバドル、コスタリカ、ドミニカ、ニカラグア、ハイチ、グァテマラ、ホンジュラス
12月9日:中華民国、パナマ
12月10日:オランダ、キューバ
12月20日:ベルギー
1942年
5月22日:メキシコ
1943年
1月17日:イラク
7月11日:ノルウェー
12月4日:ボリビア
1945年
2月9日:エクアドル
2月12日:ペルー
2月13日:パラグアイ
2月14日:ベネズエラ
2月22日:ウルグアイ
2月23日:トルコ
2月26日:エジプト
2月26日:シリア
2月27日:レバノン
2月28日:イラン
3月1日 :サウジアラビア
3月27日:アルゼンチン
4月12日:スペイン
4月12日:チリ
5月23日:デンマーク
6月6日 :ブラジル
6月26日:ギリシャ
8月9日:ソビエト連邦、モンゴル
対日宣戦布告政権未承認国
ド・ゴール政権、ユーゴスラビア、ポーランド、エチオピア、チェコスロバキア、イタリア・バドリオ政権
(日本国外務省外交資料館
日本外交年表並主要文書 : 1840-1945)
(日本国外務省外交資料館
外交史料館所蔵外務省記録総目録)
*マイクロフィルム公開されております。
どうでしょう?
如何に「勝ち馬に乗れ」という国が多い事か。
中国にしても。なぜ「1945年12月9日、対日・対独・対伊宣戦布告」なのか?
これにより、中華民国は「連合国」として米英の支援を受けられるからです。
因みに1937年12月閣議決定された「日支新関係調整方針」に基づき、12月22日、いわゆる近衛声明と呼ばれる東亜新秩序建設の声明が発表
①
支那は満州国を承認し、日本は支那の独立主権を尊重する
②
領土の割譲を求めず、賠償を要求しない(在華居留民の権利利益の損害は除く)
③
治外法権を日本は放棄し、租界地返却を考慮
④
防共地域以外のすべての地域からの2年以内の撤兵
⑤
日支防共協定の締結、日本軍の防共駐屯
⑥
第3国の権益を損なわず=日本のみが経済開発を独占しない
では日本が「対中宣戦布告」をしない場合の「不利益」は何か?
1)港の税関の接収ができず、郵政・金融など占領地行政に不便をきたす
2)親日派の中国人指導者が日本の決意に疑念を抱くため、新政権樹立(王兆銘政権)に熱意が欠ける
3)作戦行動に制約を受け、不徹底となる
4)「九ヶ国条約」(大正11年)違反の抗議を各国から受けることになる
上記①〜⑥、及び1)〜4)
日本が対日宣戦布告しなかった訳が分かりましたか?
それも、中華民国の対日宣戦布告で全て無になってしまいましたが。
これは メッセージ 4491 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>>>横3>横横横>
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/09 22:59 投稿番号: [4513 / 41162]
>100人でも30万人でも虐殺は虐殺ですから、、数の多少ではなく、その本質に興味があるだけです
本質を仰るなら。
ますますその「死因」は絶対条件ですな。
因みに
>5.戦争犯罪による犠牲者
>6.日本軍によって殺された一般市民
>と言うことでしょうか?(笑)
戦争犯罪ということであれば、無差別空爆も含まれます
「南京虐殺」は一般的には「中支那方面軍」による「虐殺」を仰る方が多いが...
非武装都市への無差別空爆は「虐殺」と定義する事に異論はありません。
日本・中国ともに、ですが。
が、何故「南京空襲」をもって「松井石根陸軍大将」が戦犯処刑されねばならないのでしょう。
貴殿は中支那方面軍による、「南京市民虐殺」の確たる論拠を示しておりませんが。
当初貴殿は、その事について主張されておりましたが。
つまる所「100人でも30万人でも」の「死因」です。
お答え願います。
これは メッセージ 4509 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>「1945年12月9日、『対日宣戦布告』<3
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/09 22:48 投稿番号: [4512 / 41162]
1937年
8月上旬
上海・閘北(ざほく)方にて保安隊に儀装した中国中央軍が連夜演習
8月6日
岡本季正上海総領事は在留居留民に対し租界へ退避するように指示
中国中央軍・上海警備司令
張治中は
「徹底的長期抗戦をもって日本軍を殲滅すべく、今や最良の好機である。日本の作戦持久は6ヶ月を越えない」と管区将兵に訓示
8月9日
上海にて陸戦隊西部派遣隊長大山勇夫海軍中尉と斎藤与蔵一等水兵が中国側保安隊よって射殺される事件が発生
第3艦隊司令長官・谷川清中将は、南京政府に対し停戦協定区域内におけ支那軍・同軍事施設の撤去を要求
8月11日以降
中国中央軍、上海に兵力増強。租界地周辺に陣地を構築、兵力は約5万
8月13日
中国中央軍(張治中指揮)総攻撃開始
黄浦江の日本第3(支那方面)艦隊、中国軍陣地に艦砲射撃開始
8月14日
日本海軍陸戦隊(兵力約4000)、中国軍の重包囲化に
中国空軍は上海租借地に対し市街地空爆開始。初戦果を挙げた。
(のちに8月14日は国民政府のもと「空軍節」とされる)
日本陸軍、上海派遣軍を「編成」
日本海軍航空隊(台湾駐留)上海・杭州の中国空軍飛行場を空襲
8月15日
日本海軍航空隊(九州駐留)南京を渡洋爆撃
国民党・蒋介石総統、全国総動員令下令。
大本営を設置、自ら陸海軍総司令に就任
全国を4つの戦区に分ける純然たる全面戦争体制
8月23日
第3、第11師団を主力とする第1軍を上海北方に強行上陸、戦闘に加入
中国第19路軍(中央軍。戦力14〜15個師団)、日本軍を重包囲
9月11日
第9、第13、第101師団、野戦重砲兵1個旅団等を増派
(9月中旬の第19路軍兵力約60万)
10月中旬
日本軍、主戦線を華北より上海へ移動決定
11月4日
第10軍(司令官・柳川平助中将。第6・第18・第114師団、野戦重砲兵第6旅団基幹)杭州湾に上陸
上海付近の第19路軍の側面防御全面的に崩壊
11月11日
第19路軍、退却を開始
日本の南京空襲は「非武装都市への不法爆撃」として米国の対日姿勢を硬化させたが。
その前に「非武装都市」上海へ「不法爆撃」したのは中国空軍であることは、あまり知られていない。
さて。一連の時系列の中で
1.停戦協定にかかわらず、武力挑発を繰り返してきたのはどちらか。
2.対都市戦・市街戦(上海戦)を開始し始めたのはどちらか
3.都市市街地への不法空爆を開始したのは、どちらからか
これは メッセージ 4508 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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この手の人間は、、!
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/09 22:48 投稿番号: [4511 / 41162]
返答に困るとほとんど、この手の人は、
>君の国籍何処?中国?
まさか、日本てことないよなぁー。
と書いてきますね、
ワンパターンの低レベルを証明したようなものですよ。
>君の主張だと日本軍は正当防衛だから宣戦布告などいらなくなるけどな
こういうのを「盗人猛々しい」と昔の日本人は言ったようですよ。
>B)「食料も無く、計画さえなく、7〜8万の餓えた日本軍」が、どうやって食料を入手したのか、示しなさい。
君の言でいけば、7万ー9万人分の食料だ、蒋介石が焼き払った後に、どうやって調達したのか証拠をしめしてみなさい。
知能指数が現れているね。
ここまでがアンタの限界のようだ。
狭い範囲でしか、物事を判断できない、しかもその判断力は極端に少ない。
もっと
マシなねつ造書を買いなさいね。
楽しみにしているから、、またね!
これは メッセージ 4505 (okureteru2005 さん)への返信です.
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>>中華民国軍は、、、?
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/09 22:40 投稿番号: [4510 / 41162]
>中国軍には食料と給料に相当する金品は現地調達するように指令が出されており、中国軍が撤退するときには必ず略奪放火暴行が行なわれました
ほうほう!!
この指令はどこの誰が出したのでしょうか?
また、それが出された年月日は、、?
どのような形式文により出されたものでしょうか?
お答えください。当方も調べてみます、、が、中国語は理解できませんので、その書籍などお知らせください。
>ラーベ氏からは松井大将に対して感謝状が出されたほどです。またラーベ氏は中国軍による中国人への略奪放火が見受けられたと記しています。
このラーベからの感謝状はどのような名目の感謝状でしたでしょうか?
略奪放火が見受けられたと記されたのはいつの、話でしょうか、また、記されたものは日記?新聞記事?なんでしょうか?
>中国軍の略奪放火暴行は中国各地で繰り返されており、統制力を失った軍隊の恐ろしさを示すものとして有名です。
どちらで有名なんでしょうか?
むしろ日本軍の残虐行為が歴然として世界中に知れ渡っておりますがね。
以上、お答えをお待ち致します。
これは メッセージ 4503 (monpa60 さん)への返信です.
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: >>>横3>横横横>
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/09 22:31 投稿番号: [4509 / 41162]
1.戦死者
2.戦死傷者
3.戦闘による巻添えの一般人犠牲者
4.戦時国際法違反による処刑者
5.戦争犯罪による犠牲者
6.日本軍によって殺された一般市民
と言うことでしょうか?(笑)
戦争犯罪ということであれば、無差別空爆も含まれます。
と言うことは日本海軍による、南京爆撃の被害者も含まれると言うことでしょう。
南京虐殺事件の一般市民への略奪、暴行、殺戮でしょうね。
一説よれば、30万人説を言う場合もあり.5万人説を言われる場合もありますね。どちらにしても、正確な数字というものは出ないでしょう。(当方は解りません)
出ないからこそ、ねつ造だ!改ざんだ!とわめいているのではないでしょうかね。
根本は何故このような残虐行為が平然と行われたか、の経緯が、問題じゃないのですかね。
それが後生の教訓として考えなきゃならないことと思っております。
戦争にフェアプレイを臨んでも、意味のないことですが、最低限の
陸戦法規くらいは遵守したいものです。これは兵士個人の問題ではなく「国家」の問題です。国の行為がいい加減ですと、結果もいい加減なものになってしまいます。
と思います。
数に関心お持ちでしたら、、ほかを当たってください、途方は数には興味がございません。
100人でも30万人でも虐殺は虐殺ですから、、数の多少ではなく、その本質に興味があるだけです、、あしからず。
これは メッセージ 4506 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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>「1945年12月9日、『対日宣戦布告』<2
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/09 22:08 投稿番号: [4508 / 41162]
まず。
貴殿のresでは、先に攻撃を仕掛けたのは日本軍側となっておりますが。
時系列で表せば
1937年7月7日
19:30
支那駐屯歩兵旅団第1聯隊第3大隊第8中隊が蘆溝橋付近で、「薄暮の接敵行動と払暁攻撃の為の攻撃陣地構築」の夜間演習を開始
22:40
演習終了を告げる伝令に向って機関銃が誤って30〜40発の空砲を発射
直後、今度は後方(中国側)から数発の実包射撃を受ける
中隊長清水節郎大尉は演習中止を命令、集合ラッパを吹かせる
直後、更に十数発の実包が撃ち込まれるこの時、志水菊次郎二等兵が行方不明になった報告あり(のちに確認された)
清水大尉は大隊長一木清直少佐に報告、大隊長は北京城内の聯隊長牟田口廉也大佐から電話で指示を仰ぎ、
部隊を非常呼集、戦闘準備を整えるとともに、支那側に対し調査・謝罪を要求する交渉を行おうとする
7月8日
03:25
再度にわたる中国側からの射撃を受ける
05:30
牟田口聯隊長は戦闘開始を命令、応戦を開始
7月9日
04:00
中国側が蘆溝橋から撤退する協定が成立
7月11日
18:00
在北京特務機関長・松井太久郎大佐と中国側現地師(団)長との間に停戦協定が調印
7月12日
天津発同盟:中国軍(中央軍)の北上は活発を極め、武器弾薬の輸送も戦時状態を呈しつつあり
7月13日
夜、再度両軍発砲。(原因不明)
7月17日
蒋介石は「蘆溝橋事件は日本側の計画的挑戦行為であり『最後の関頭』の境界である」とする重大な決意を声明
7月20日
夜の閣議で条件付で内地3個師団の動員北支那派遣を決定上奏
7月21日
支那駐屯軍参謀長、事態刺激を避けるため内地動員師団を北支那にいれないよう意見具申
7月22日
陸軍中央部、内地師団と派兵を見合わせ
7月24日
「宮崎水兵失踪事件」発生、日中両軍警戒配備につく
7月25日
天津と北京の中間地点にて軍用電線を修理中の日本軍部隊が、張自忠の部隊から攻撃を受け多数の死傷者を出す「郎坊事件」が発生
7月26日
広安門城壁上からトラックに分乗した日本軍部隊を射撃する「広安門事件」が発生
7月27日
緊急閣議で内地3個師団等の動員派兵を決定、陸軍大臣上奏裁可
第5・第6・第10師団の動員下令と北支那派遣の大命を発令
7月28日
支那駐屯軍、作戦行動を開始
7月29日
通州の中国冀東保安隊が日本軍守備隊を攻撃し在留邦人を大量虐殺する「通州事件」発生
まず。停戦協定後も挑発・実際の襲撃を繰り返していたのはどちらであろうか?
これは メッセージ 4481 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>「1945年12月9日、『対日宣戦布告』
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/09 20:57 投稿番号: [4507 / 41162]
失礼。
タイプミスです。
「1941年12月9日、対日宣戦布告」です。
ここに訂正します。
これは メッセージ 4481 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>>横3>
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/09 20:55 投稿番号: [4506 / 41162]
>>「広島・長崎」のみその「死因」を要求して「南京」の「死因」については「ほおかむり」ですか...
>身近な日本国内の事です。
その死因について、分別方法を教えて頂けますか?
強引に話をそらさないで頂きたい。(苦笑
ここでは「南京」について議論していたのではないですかな?
因みに言えば、広島・長崎の「死者の死因」は「直接・間接的に原爆投下による死者」ですな。
それよりも「南京」の問題点は正にその「死因」なのですよ。
お分かりですか?
1.戦死者
2.戦死傷者
3.戦闘による巻添えの一般人犠牲者
4.戦時国際法違反による処刑者
5.戦争犯罪による犠牲者
「南京」を語る上で最も根幹をなすのは「死因が5.戦争犯罪による犠牲者」の数なのですが?
それを
>現在、当方は南京虐殺者の死因の関し、調査、探求する気力はありません
と、言われるのであれば。
貴殿がこれまで言われてきた「南京」関連での日本・日本軍に関する一切の主張は、意味を成さないものになりますが?
これは メッセージ 4480 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>中華民国軍は宣戦布告無しに空爆
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/09 19:35 投稿番号: [4505 / 41162]
論点をずらすなよ。
①いつ、誰が火蓋を切ったのかを聞いてるのだが?
君、日本語わかるのかな?
君、歴史の事実認識できるのかな。参考資料あげておいたけど。
何でも平気でウソ捏造を連発してるから、頭がおかしくなってるみたいだな。
君の国籍何処?中国?
まさか、日本てことないよなぁー。
盧溝橋での執拗な発砲事件の後も、「7月25日、天津と北京の中間で、軍用電線を修理中の我が部隊が、張自忠の部隊から攻撃を受け多数の死傷者を出す郎坊事件が発生。蘆溝橋付近における支那軍の挑発的態度に変化なく、北平や南苑付近でも各種小事件が発生、26日には広安門城壁上からトラックに分乗した我が部隊を射撃する広安門事件が起こった。」
そして、29日には保安隊を「そそのかし煽った」通州事件
8月9日には上海で海軍将校と水兵の射殺事件。13日の攻撃、
いつ、宣戦布告したのかな?
ヤクザに絡まれたのが日本軍で、絡んだヤクザが中華民国軍だな。
君、頭大丈夫かな、ペテン師君。
君の主張だと日本軍は正当防衛だから宣戦布告などいらなくなるけどな。
②要するに、何も示せない、捏造ということだな。
君はペテン師であることを自ら示してくれた訳だ。
今後、生意気な口をきくなよ、ペテン師めが。
③論点をずらすなよ。
上海から南京までの間で、
A)「沿道の村々を破壊、略奪虐殺しながら南京を目指した」という証拠を示してみなさい。
すごい数の人たちが虐殺されたに違いない。簡単に示せるよな、ペテン師君。
B)「食料も無く、計画さえなく、7〜8万の餓えた日本軍」が、どうやって食料を入手したのか、示しなさい。
君の言でいけば、7万ー9万人分の食料だ、蒋介石が焼き払った後に、どうやって調達したのか証拠をしめしてみなさい。
君の口先三寸の創作捏造は行かんぞ。具体的な物証をつけるんだぞ。
これは メッセージ 4502 (yominokuni56 さん)への返信です.
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東中野は近いうちに盗用で訴訟を受ける
投稿者: nima_nima_dan 投稿日時: 2005/02/09 18:52 投稿番号: [4504 / 41162]
自由主義史観研究会内にあったプロパガンダ写真研究会会員が、東中野修道亜細亜大学教授の著書に対して、無断盗用したことに対して出版社へ抗議中。
近いうちに絶版になる可能性有り。
早いうちに入手すべし。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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>>中華民国軍は宣戦布告
投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/02/09 18:38 投稿番号: [4503 / 41162]
>知らないのだね、これは静野作戦といって、追撃してくる日本軍に食料など物資、を渡さないために、家々に火を放って、逃走する作戦なのだよ。
中国軍には食料と給料に相当する金品は現地調達するように指令が出されており、中国軍が撤退するときには必ず略奪放火暴行が行なわれました。抵抗するものは容赦なく殺害するのが中国軍のやり方であり、中国人は中国軍を極度に恐れて日本軍による治安の回復を希望したのです。なぜならば日本軍は規律の行き届いた軍隊であり、戦闘とは関係ない現地住民に危害を加えることはなかったからです。
>南京で虐殺被害が大きくなったのも、南京市周辺の集落を焼き払ったが為、日本軍は当初は南京城内に入るべき部隊を限定していたが、質的に劣る部隊の宿営地となる家も、食料も無くなってしまったので、南京城内へなだれ込んで、ここでも大量の虐殺事件を起こしたのだよ。
南京の被害は極めて小さく安全区を管理していたラーベ氏からは松井大将に対して感謝状が出されたほどです。またラーベ氏は中国軍による中国人への略奪放火が見受けられたと記しています。南京での市民への残虐行為は中国軍によるものであり、日本軍は中国人から大歓迎されて南京に進駐したのです。中国軍の略奪放火暴行は中国各地で繰り返されており、統制力を失った軍隊の恐ろしさを示すものとして有名です。
これは メッセージ 4502 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>中華民国軍は宣戦布告
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/09 18:15 投稿番号: [4502 / 41162]
バカだね、、
すでに戦闘の火ぶたは切られているのに、、あえてこれから貴方と戦います、、と言うのかい?
陸戦法規には「反撃する場合にも相手国に宣戦布告をしなければならない、、という規定は無い」
当たり前の事じゃないか。
例えばだ、、
ヤクザに絡まれて、一方的に殴られ続けていたが、このままでは命を取られそうに思い、一撃を食らわす、、正当防衛の範囲であるが、、アンタはこの場合にも、「これから反撃します」と言うのかい、、?
言わなきゃ、ならないのかい?
常識ある人間ならば、解りそうなモンだろうよ。
常識あるのかいな!
またまた、常識はずれの事を、、書き込んで、、アンタとてもまともとは思えないよ。笑っちゃうよね、、
>②その広い地域の中で捏造南京虐殺とやらが行われたという、場所、日時、人数、何処から集めてきたのか、虐殺手段、などを明確に示しなさい。
日時、人数,etc
明確に示しなさいだと、、、
可笑しくって、、屁もでんわ!
>B)「食料も無く、計画さえなく、7〜8万の餓えた日本軍」という主張の証拠を示してみなさい。
食料をどれだけ準備出来ていたと証明できるのか?
陸軍参謀本部からの通達には「食料は現地調達を旨とすべし、、」とあるぞ。
>ちなみに、蒋介石軍は焦土作戦とやらで、敗走していった都市、村などをことごとく焼き尽くしてゆき、住民は甚大な被害を被り、将に焦土と化していたことを知らないのかねぇ。長沙の被害は有名だよ。
知らないのだね、、これは静野作戦といって、追撃してくる日本軍に食料など物資、を渡さないために、家々に火を放って、逃走する作戦なのだよ。
南京で虐殺被害が大きくなったのも、南京市周辺の集落を焼き払ったが為、日本軍は当初は南京城内に入るべき部隊を限定していたが、質的に劣る部隊の宿営地となる家も、食料も無くなってしまったので、南京城内へなだれ込んで、ここでも大量の虐殺事件を起こしたのだよ。
わかったか〜〜〜あ〜
あまり馬鹿げた質問はしないようにしましょうね。
これは メッセージ 4496 (okureteru2005 さん)への返信です.
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>>空爆
投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/02/09 18:12 投稿番号: [4501 / 41162]
日本軍の南京占領は整然と行なわれ、市民の被害も無くラーベ氏から松井大将に対して感謝状が出されました。日本軍が事前に市民の避難のための猶予を与えていたからです。しかし中国軍は中国人を人間の盾として使うために避難を許さず、逃げようとする中国人を虐殺するという暴挙を行ないました。また中国軍は退却するに当たり略奪放火を繰り返し何の罪も無い中国人が被害にあいました。このような中国軍による略奪放火暴行強姦は中国各地で行なわれており、日本軍が治安維持を行なうまで不穏な情勢が続きました。
日本軍が南京を占領した後は残略な中国軍がいなくなったことを喜び、中国人は日の丸の旗を振って日本軍の進駐を大歓迎したのです。日本軍進駐後安全になった南京には多くの中国人が戻り再び賑わいを取り戻しました。
これは メッセージ 4494 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>横3>から縦へ
投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/02/09 18:01 投稿番号: [4500 / 41162]
>あははははは、、屁もでんよ
本当だね。南京大虐殺の捏造には中国人もあきれ果てて恥ずかしくなるでしょうな。こんな捏造には屁も出んな。
これは メッセージ 4492 (yominokuni56 さん)への返信です.
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参考:日中戦争の端緒3 第2次上海事件
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/09 17:09 投稿番号: [4499 / 41162]
1937年8月9日
第2次上海事件
事件の経過
(wikipediaから)
事件の発端は1937年8月9日に起こった、海軍中尉・大山勇夫殺害事件である。午後6時半ごろ、彼は上海の紅橋飛行場近くの路上で狙撃され、死亡した。大山は海軍陸戦隊の隊長で、その日も海軍の制服を着ていたため、海軍人を狙った犯行であることは間違いないと思われた。また、同行していた斎藤一等水兵は拉致された。この同じ日、日本と中華民国の間では盧溝橋事件以来続いていた、日華間の緊張を改善させるための閣僚級会談が開かれたが、この事件によって緊張は再び高まり、日本は2個師団を派遣して戦闘が始まった。
8月13日、上海にて日華両軍に戦闘がはじまり、黄浦江の日本艦隊は中国軍陣地に砲撃を加えた。8月14日、中国空軍が日本艦隊を空襲したが、爆弾のほとんどはフランス租界や共同租界に落ち、2000人あまりの死者が出た。その同じ日、日本海軍は中国本土への空襲を始めた(渡洋爆撃)。
こうして両国は互いに宣戦布告しないまま、本格的な戦争へと進んでいった。
===============
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/kindai/kindai-sina2.html国民政府は、英米他の代表の斡旋によって成立した上海事変停戦協定(昭和7年)に違反して、既に昭和11年末ころから非武装地帯の要塞化と軍隊配置を行っていたが、北支事変勃発後、上海方面の支那軍の集中はますます顕著になった。8月に入ると閘北(ざほく)方では保安隊に儀装した中央軍が連夜演習を行い不安は増大していた。
8月6日
岡本季正上海総領事は在留居留民に対し租界へ退避するように指示した。更にこの日上海警備司令
張治中は「徹底的長期抗戦をもって日本軍を殲滅すべく、今や最良の好機である。日本の作戦持久は6ヶ月を越えない」と管区将兵に訓示した。
当時の上海は中共の活動拠点地の一つであり、集結しつつあった支那軍の動きから考えても、まさに火薬庫の観があった。
=====
大山事件
=====
参謀本部では出兵は北支にとどめ、上海・青島には拡大しないよう極力努力していたが、昭和12年8月9日1830
陸戦隊西部派遣隊長大山勇夫海軍中尉と斎藤与蔵一等水兵が支那保安隊よって射殺される事件が発生した。第3艦隊司令長官・谷川清中将は、南京政府に対し停戦協定区域内におけ支那軍・同軍事施設の撤去を要求した。8月10日
閣議で海軍大臣・米内光政大将は、上海方面の状況を説明したのち、真相判明を待って対処したいが、さしあたり陸軍部隊の動員準備を願いたいと発言した。
石原部長は反対したが杉山陸相はこれを諒承、閣議では現地居留民保護を再確認し陸兵派遣の準備を容認した。
8月11日以降
事態は急速に悪化した。支那側は大山事件に対する第3艦隊長官の要求を拒否するどころか、公然と軍隊を上海に増強させ、租界地周辺に陣地を構築するなど挑発的態度を強化、兵力は計5万にも及んだ。対する我が海軍陸戦隊は4千に過ぎず、この夜応急警備についた。
第1次上海事変(昭和7年3月)でも日本軍と激戦を交わした張治中指揮の支那軍は、8月13日
総攻撃を開始、我が陸戦隊は断固応戦するも14日には優勢な支那軍の包囲攻撃を受けるに至った。
=====
上海会戦
=====
8月14日
支那空軍は上海租借地を爆撃。初戦果を挙げた。
一方我が海軍航空隊は台湾から上海杭州の飛行場を空襲、さらに15日からは九州から南京に対する渡洋爆撃が行われた。
これは メッセージ 4491 (yominokuni56 さん)への返信です.
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参考:日中戦争の端緒2 通州事件
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/09 17:08 投稿番号: [4498 / 41162]
1937年7月29日通州事件、保安隊の計画的行動(中国側新資料)
事件の概要 (wikipediaから)
通州とは、北平(現在の北京市)の東約12kmにあった通県(現在の北京市通州区北部)の中心都市である。当時ここには、日本の傀儡政権であった冀東防共自治政府が置かれていたが、1937年7月29日、約3000人の冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が、華北各地の 日本軍留守部隊約110名と婦女子を含む日本人居留民(当時、日本統治下だった朝鮮出身者を含む。)約420名を襲撃し、約230名が虐殺された。通州特務機関は全滅した。事件の原因は、中国では「抗日蜂起」と看做されており日本軍と戦っていた南京政府のデマに呼応した冀東防共自治政府の中国人兵士による不意打ち虐殺だった。その殺害の方法は地獄絵さながらの極めて凄惨なものだった。
影響等
その後日本に対し賠償が行われ事件は解決した。一部で「通州虐殺事件」、「第二の尼港事件」とも言われる。殺され方が極めて残虐であったとされ、日本は対中感情を大きく悪化させた。日本政府は日中戦争(支那事変)を遂行するにあたり、この事件が心理的大きく作用したといわれる。
中国人兵士の残虐性が顕著な虐殺事件で、この約4ヵ月後の南京大虐殺が事実とすればこの通州事件までの中国人兵士による虐殺事件の影響は否定できないであろう。
============================
=
事件は保安隊の計画的行動(中国側新資料)
誤爆原因説では保安隊の反乱やその後の日本人大虐殺は説明し切れず、通州事件の説明はいま一つ釈然とせぬものが残っていたのだ。
ところが近年になって、通州事件は冀東保安隊第1、第2総隊の計画的行動であることが中国側史料によって明らかとなった。
http://www.history.gr.jp/showa/tushu.html
これは メッセージ 4491 (yominokuni56 さん)への返信です.
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参考:日中戦争の端緒1 盧溝橋事件
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/09 17:08 投稿番号: [4497 / 41162]
1937年7月7日盧溝橋事件
事件の経緯
(wikipediaから)
7月7日
22:40頃
永定河に駐屯中の日本軍・支那駐屯歩兵第1連隊第3大隊第8中隊に対し、何者かが竜王廟より複数発の銃撃を行う。同中隊はただちに集合、兵一名が行方不明と判明する。事件発生の報告は、清水節郎中隊長より、豊台の一木直大隊長、北平の牟田口廉也連隊長、北平特務機関の順に伝達される。
23:00頃
行方不明であった兵が帰隊。(野地小隊長の手記によれば、伝令に出たまま行方不明になったとのこと。他に「用便」説あり)
7月8日
03:25
第8中隊が盧溝橋東方2kmの西五里店に撤退を完了、同じく西五里店に移動していた第3大隊と合流する。直後、竜王廟方向より3発の銃撃を受ける。
04:00
特務機関は日華双方の代表からなる軍使を現地に派遣し、不拡大方針の徹底を計る。構成員は、日本側が森田徹中佐・赤藤庄次少佐・桜井徳太郎少佐・寺平輔補佐官、中国側は王冷斎宛平県長・林耕宇冀察政務委員。ただし桜井少佐のみ盧溝橋城の開門交渉の為に先行している。
04:20
一木大隊長が牟田口連隊長に電話にて経過を報告。2度目の銃撃の報にて連隊長は戦闘開始を許可、大隊長は砲撃準備を命令。
05:00頃
特務機関の軍使一向が現地盧溝橋に到着。再度、不拡大方針を説く。これ受けて大隊は砲撃準備を一時中断。
05:30
同大隊、竜王廟方向より銃撃を受け、応戦、発砲者を撃破。
===============
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/kindai/kindai-sina1.html7月11日1800には松井大佐と現地師(団)長との間に停戦協定が調印された。支那側は最初の発砲は支那軍ではない、と主張したが、日本軍側に遺憾の意を表し、責任者を処分すること等を条件に我が軍は蘆溝橋から撤兵した。
7月11日の停戦協定成立後の13日夜には再び射撃を交えることとなった。(日支両陣営の中間地点で拳銃や爆竹を鳴らすものがあった。中共の策謀の可能性が極めて高い)。また支那側は兵力の撤退を行わず、却って兵力を増大し、12日の天津発同盟によれば、支那中央軍の北上は活発を極め、武器弾薬の輸送も戦時状態を呈しつつあった。
7月17日
蒋介石は、蘆溝橋事件は日本側の計画的挑戦行為であり「最後の関頭」の境界である、とする重大な決意を声明。これを受けた我が国は、対日全面戦争を決意したものと判断した。7月25日、天津と北京の中間で、軍用電線を修理中の我が部隊が、張自忠の部隊から攻撃を受け多数の死傷者を出す郎坊事件が発生。蘆溝橋付近における支那軍の挑発的態度に変化なく、北平や南苑付近でも各種小事件が発生、26日には広安門城壁上からトラックに分乗した我が部隊を射撃する広安門事件が起こった。さらには29日安全であるはずの通州で、支那の保安隊が叛乱をおこし、特務機関長細木繁中佐以下日本人居留民260人を惨殺する通州事件が発生した。
ついに支那派遣軍は軍事行動の意見具申を中央に打電、不拡大主義者・作戦部長石原莞爾も事ここに到っては決断せざるを得ず、居留民・権益保護のための動員派兵が決定されたのである。
これは メッセージ 4491 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>中華民国軍は宣戦布告無しで空爆
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/09 17:06 投稿番号: [4496 / 41162]
論点をずらすな。
君が「日本が宣戦布告をしていない」というから、逆に「中華民国は日本に宣戦を布告したのか」と君に説明を求めているだぞ。
論点をずらすな。君が回答するんだよ、君が。
①蒋介石の中華民国が日本に宣戦布告をした日時を示しなさい。
盧溝橋事件での発砲、通州事件での「そそのかし」や煽り、第2次上海事件前の停戦協定無視の非武装地帯の要塞化と軍隊配置、事件の発端となった日本軍将校と兵士の殺害(8月9日)、そして、8月13日の攻撃、14日の航空機による日本艦船攻撃。。。。。
いつ、宣戦布告したのかな?
さて、次に論点を君の言い出したそもそもの捏造原点に戻す。
>南京城内は世田谷区ほどの面積であるが、南京虐殺の戦場となった地域は神奈川、埼玉、東京をあわせた範囲とされているぞ。併せて150万人以上が生活していた。
上海から南京まで約500kmの距離を強行軍で進軍し、沿道の村々を破壊、略奪虐殺しながら南京を目指したのだよ。
食料も無く、計画さえなく、7〜8万の餓えた日本軍が、、想像できるか?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9
oa29ta4n13&sid=1143582&mid=4373それでは君が捏造虚言癖のペテン師でないならば以下に回答してもらおう。
②その広い地域の中で捏造南京虐殺とやらが行われたという、場所、日時、人数、何処から集めてきたのか、虐殺手段、などを明確に示しなさい。
ついでに、その「住民150万人以上」の根拠と、12月の時点で、その広い地域のどの地区に、それぞれ何人くらいが生活していたのかも示してみなさい。
11月初旬に重慶遷都が決定し、焦土作戦で南京も焼き尽くされるとの風評が立ち、かなりの人が南京市を脱出していたんだが。。。。
③君の主張する「沿道の村々を破壊、略奪虐殺しながら南京を目指したのだよ。食料も無く、計画さえなく、7〜8万の餓えた日本軍が、、想像できるか?」という点に関し、
A) 「沿道の村々を破壊、略奪虐殺しながら南京を目指した」という証拠を示してみなさい。
B)「食料も無く、計画さえなく、7〜8万の餓えた日本軍」という主張の証拠を示してみなさい。
ちなみに、蒋介石軍は焦土作戦とやらで、敗走していった都市、村などをことごとく焼き尽くしてゆき、住民は甚大な被害を被り、将に焦土と化していたことを知らないのかねぇ。長沙の被害は有名だよ。
君がいい加減な捏造虚言癖のペテン師であることはsamurai_03_japan氏との論争で明らかだが、せめて、上記の3点ぐらいは、正面から答え、決着をつけなさい。
これは メッセージ 4491 (yominokuni56 さん)への返信です.
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ねつ造書の嘘はこうして、暴こう、、ね。
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/09 06:51 投稿番号: [4495 / 41162]
>まさか、上海への爆撃のことではないよね?
ねつ造書では、おかしな事が起こるものだな?
*国際租界のキャセイホテルとパレスホテルを爆撃
*シンシアーデパートとウィン・オンデパートに被害を与えた。
*上海在住の外国の領事館員や陸海軍スタッフ達の一致した見解となっている。
*これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている
おいおい!!ずいぶんと悠長なことだな、
イタリア製の爆弾と判明したのは何時のことだね?
アメリカの調査団が何時調査したのかね、上海は激戦の最中じゃないか?
調査する必要があったのか?それどころじゃないだろう、(笑)
何のための調査なのだろうね(笑)
デパートやホテルが攻撃された、、?
ずいぶんと小局地、建造物が破壊された?被害者が出た?、、
そりゃ〜そうだろうよ!
戦争しているまっただ中にある建物じゃないか、、バカ言っちゃ〜おもしろいよ!
>上海在住の外国の領事館員や陸海軍スタッフ達の一致した見解となっている。
笑うしかないじゃないか、、?
意見の一致を見ただけか、、エ〜〜〜
抗議文の一つもないのか?
隣近所の外国人が集まって、意見の一致を見たのか、、?
なんら、公的性格も持ち合わせていないよね、、(笑)
同時期に南京では同国人への爆撃が強化されている時な〜〜
そして
彼らの国はこぞって日本政府に抗議文を送り、批難しているぞ〜
これだからねつ造書は、おもしろいのだよ、そこら中穴だらけで、推理小説よりも、、マ〜〜単純だが、ゲームよりはおもしろいね(笑)
次のねつ造文をまた、頼むよ!!
これは メッセージ 4493 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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>>日本軍は宣戦布告無しで空爆撃
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/09 06:48 投稿番号: [4494 / 41162]
>>日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞
ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
>何のこと?
上海戦の時の南京への渡洋爆撃のことか?
まさか、上海への爆撃のことではないよね?
困っちゃうよね。南京爆撃の事も知らずに、、また、中国軍の飛行機乗りはアメリカ人、ロシア人パイロットなど外国人パイロットも多数いたと記憶しているのだがね。
これは後ほど調べて見る価値がありそうだね。
また、日本海軍機は米艦「バネー号」英艦「レディバンド号」をも攻撃しているのだが、、おかしな事を書かれれるものだと、、、おもっておりやすよ!
1937年8月15日
南京渡洋爆撃は第二次上海事変が勃発する前日(8月12日)海軍軍司令部総長から中国派遣の第3艦隊(司令長官長谷川清中将)に対して下された。(大海令第12号)「敵攻撃し来たらば、機を失せず敵航空兵力を撃破すべき」
8月13日
夕方に上海戦の戦端が切られたのを待っていたかのように、同日夜
南京渡洋 が命ぜられたが、翌14日は東シナ海に停滞する台風のため爆撃機が長崎より出撃出来ず、台湾の台北基地を発進できた第3空襲部隊の18機が悪天候をおして杭州と広徳を空襲爆撃をしていた。
だが、、、8月15日の段階では、日本政府は軍中央と「不拡大方針をとり、戦争ではないとして、”北支事変”という呼称をことさらに使い、華北並びに上海での局地戦解決を模索していた。
戦争であるにも関わらず、宣戦布告も警告も発せず、侵略を企てた、軍事独裁政権ファシスト国家日本の崩壊への第一歩となったのである。
夜間空襲の恐怖
8月15日の南京渡洋爆撃は「空前の戦果を収めて帰還」と新聞等に報道されたが、木更津航空隊も虎の子の航空兵力であった96式陸上攻撃機を4機撃墜され6機が被弾による修理のため使用不可となった。
中国側の国防力を軽視しての結果、戦闘機の護衛のない状態での出撃であったこと、悪天候下に白昼低高度の爆撃を試み敢行したことが原因であった。(中国方面軍作戦1)
海軍はその後、中国戦闘機の追撃を受けない夜間空襲に作戦を変更し、昼間に爆撃を行う場合には高度3000m以上からの高々度爆撃に変更した。
南京夜間空襲は連夜のように敢行され、8月27日の場合には午前1時40分、2時20分、4時頃と真夜中から明け方にかけて3回の空襲を数えている(上海新聞「日報」)
夜間空襲のもう一つの恐怖は 日本軍爆撃機が「毒ガス」を散布することである。(ウイルソン文書)
8月29日
南京駐在の米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、5カ国外交代表が、南京空爆に抗議して爆撃行為の停止を求める抗議書を日本政府に提出した。
「いかなる、国の政治首都に、とりわけ戦争状態にない国に対する爆撃に人間性と国際礼譲についての配慮を必要とするような抑制について日本側に適当な配慮を促すべきである。(米国関係資料集)
日本が宣戦布告もしていない中国の南京を爆撃し、非戦闘員を殺害したことは、人間性と国際道義にもとる行為であると、強く非難した。
しかし、国際非難なんのその、とばかり長谷川清第3艦隊司令長官は「南京政府動揺し、奥地に移動の情報あり、さらに、南京を徹底的に空襲の要あり」と指示していた。(中国方面海軍作戦)
連日の夜間爆撃の恐怖に 耐えられなくなった南京住民は脱出し始めた、まず米国、英国、ドイツなどの外国人が何百人と南京から避難していき、ついで8月末日までに裕福な家庭の人々が遠くの親戚や姻戚を尋ねて避難していった。
残留したのは移動の為の交通手段、運賃もなく、尋ねる宛さえない貧しい人達と公務の為離れられない公務員であった。
ジョン_H_D_ラーベ(後の南京区 安全区国際委員会 の委員長)
ラーべ氏によると、「南京の人口は私が7月に出発したときは、約135万人でした。その後、8月中旬の爆撃の後で、その内数十万人が街を離れた。と記している。(南京事件、ラーべ報告書)
これは メッセージ 4493 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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>>支那軍は民衆をわざと狙って爆撃(2)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/02/08 23:51 投稿番号: [4493 / 41162]
>すでに戦争は全面戦争へと突入しているのですよ。
>しかも、発端を切ったのは日本政府じゃないですか?
支那事変は支那が仕掛けて、支那が継続・拡大した戦争だ。
>攻撃されれば、応戦するのが当たり前でしょう。
それは日本が言うセリフだ。
>日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞
ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
何のこと?
上海戦の時の南京への渡洋爆撃のことか?
まさか、上海への爆撃のことではないよね?
―――――――――――――――――――
南京政府の宣伝広報局は上海の国際租界が保護してくれるのにつけ込んで、世界世論の感情を歪曲すべく計算されつくした写真や宣伝活動の材料を、この平和の避難所から次々と生み出した。幾つかの事例はこのような宣伝活動の本質を示すのに十分であろう。
8月15日(原文ママ)に中国軍の飛行機が国際租界のキャセイホテルとパレスホテルを爆撃した時、中国政府の宣伝広報局は、この爆撃は日本軍のものである、というニュースを流した。
ワシントンポストの上海特派員マーク・J・ジンスボーグ氏は、「24時間以内にこの宣伝広報局は重大な訂正を発表し、我々特派員スタッフの完璧なる調査によって、問題の爆撃機は日本軍のものではなく中国軍のものであることが判明した、ということを内外に通告した。」と書いている。
さらにまた8月22日(原文ママ)、中国軍機は国際租界を爆撃し、この時にはシンシアーデパートとウィン・オンデパートに被害を与えた。この時も同様に中国の宣伝広報局は、この爆弾は日本軍機から投下されたものであると発表した。
ニューヨーク・タイムス上海特派員は中国側の検閲を避けて真実を伝えるため、この爆撃に関する特電を上海ではなく香港から発信した。
彼が香港から発信した8月27日(爆撃の5日後)付の特電の一部は次のようである。
「上海の国際租界及び仏特権区域に居住する無力な一般市民を、中国軍が無責任に空爆したり殺害したりするのを防ぐために、武力手段または他の抑止策をとることについて何らかの国際的な合意が必要であるということは、上海在住の外国の領事館員や陸海軍スタッフ達の一致した見解となっている。」
この特電は中国の検閲の不満を漏らして次のようにも述べている。
「中国の検閲官は発信された外電やラジオ通信から前述の事実や意見を削除した。そして場合によっては外電のニュースそのものを変えてしまいさえもした。その目的は、現地の外国人達があたかも心の中で、この爆弾はおそらく日本軍の飛行機から投下されたものかもしれない、と疑っているかのように見せかけるためだったのである。だがしかしこれは明らかに真実ではない。」
さらにまた9月6日付香港発信ニューヨーク・タイムズの特電は、同爆撃について、
「中国軍は、この爆弾は日本軍機から投下されたものである、と宣伝することによって責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著
これは メッセージ 4487 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>横3>から縦へ
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/08 22:29 投稿番号: [4492 / 41162]
あははははは、、
屁もでんよ(笑)
これは メッセージ 4489 (monpa60 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/4492.html
>いつ『対日宣戦布告』間抜けなこと!
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/08 22:28 投稿番号: [4491 / 41162]
>(中華民国は、1941年12月9日、対日宣戦布告をしております。が、この意図はあからさまでしょう)
そもそも、日中間の経緯をご存じ無い?
是非とも教えて頂きたいものです。
果たして、日中の武力衝突は1937年から本格的に生じております故、改めて1941年に中国が日本に対して「宣戦布告」したとする意図はなんでしょうか?
宣戦を布告したのでしょうか???
したとされるのであれば、、、
1938年中華民国維新政府(南京)?1940年王兆銘の南京政府?、
誰の署名で発せられたのでしょうか?
ご教授願いたいものです。
1941年12月には アメリカ、イギリスの対日宣戦布告が発せられ、ワシントンでルーズベルト、チャーチルの戦争指導会議が始まっていますが、、ね。
1941年4月
米国務長官ハル、野村駐米大使との日米交渉開始。
7月
「御前会議
情勢の推移に伴う帝国国策要項」の決定が行われる。
対ソ戦の準備、南方進出のための対英米戦をも辞せず、大本営
関特演を発動。
9月
御前会議「帝国国策遂行要領」を決定
10月をめどに戦争準備を完整することを定める。
11月
御前会議「帝国国策遂行要領を決定、甲乙案による対米交渉、武力発動は12月初旬と決定する。
来栖三郎大使をアメリカに派遣。
大本営
連合艦隊に対米英蘭作戦準備実施を命令。
大本営
陸軍に南方諸地域の攻略準備を命令。
連絡会議
「南方占領地行政実施要領」を決定。
ハル長官
ハルノートを提示
12月
野村大使
日米交渉の打ち切りを通告。
御前会議「対米英蘭開戦を決定」
日本軍マレー半島に上陸、ハワイ真珠湾攻撃(太平洋戦争勃発)
米英両国に宣戦布告を発す、、、
1941年中華民国の宣戦布告、、何か意味があるのでしょうか????
八路軍の百団大戦のことを言っているのか?
ヨ〜〜解らんよ、、(笑)
日本の傀儡政権をアホな司令官が誤爆し、その返り討ちに遭った事件じゃないか。保安隊と保護居留民が哀れな事件であった。味方だと思っていた日本軍に攻撃されれば根は中国人だから反撃くらいはするだろう。(通州事件)
通州事件中国河北省通州で起こった事件、冀東政権保安隊の日本人殺害事件
1937年盧溝橋事件から日中戦争に突入した7月通州は塘沾協定による非武装地帯であったがそれまで駐留を黙認されていた宋哲元の率いる第29軍の小部隊を、日中戦争勃発とともに日本軍が一掃しようとして、誤ってここに所在した日本の傀儡政権である冀東防共自治政府の保安隊を襲撃したため、28日深夜、同保安隊、宋哲元軍の兵士3000人が逆襲し、在留日本人、軍人104人、朝鮮人108人を殺害。30日に日本軍により鎮圧された。
森嶋守人北京領事と池宗黒政務長官の話し合いにより、中国側の正式謝罪、慰謝料をもって解決。
>冀察政務委員会=1935年から1937年(昭和10〜12)
中国国民政府が日本軍の圧力に屈して設立した親日的地方政権である。
委員長
宋哲元=河北、チャハル両省を勢力範囲とし、その直前に日本軍の傀儡として作られた冀東政権(通州事件と関連)とは異なり、一応、国民政府による任命の形式が取られた。しかし、中国共産党排撃を目的としながら事実上は日本軍の中国侵略を援助したもので、抗日運動の進展に押されて、日本と対立する面も生じ、日中戦争が起こると日本は北京を占領し、冀察政務委員会も消滅した。
宋哲元は日本軍政府の援助によって、河北、チャハルの地盤を構築していた。したがって、日本軍との戦いは避けたいと思っていたのだ。
>盧溝橋事件、国民軍のほら宣伝に踊らされた通州日本人居留民虐殺事件、第2次上海事件、という一連の事件の引き金を引き続けたのは誰でしょうかね?
日本政府による日本軍の悪行である。
これは メッセージ 4488 (okureteru2005 さん)への返信です.
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>>支那軍は民衆をわざと狙って爆撃した
投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/02/08 15:09 投稿番号: [4490 / 41162]
>しかも、発端を切ったのは日本政府じゃないですか?攻撃されれば、応戦するのが当たり前でしょう。
停戦の合意を破って攻撃を仕掛けてきたのは中国側でしょう。攻撃されれば日本軍としても応戦せざるを得ません。その後も中国側は停戦の申し出を次々と破棄して攻撃し、武器を持たない居留民の虐殺などを行なったために戦線が拡大したことを理解しなければいけませんね。
>日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞
ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
中国軍による無防備な民間人への攻撃と虐殺が懸念されていたのです。日本軍はこのような無辜の人々を守るために主要都市の防備を行なったのです。日本軍は無差別爆撃を行なっておらず、無差別爆撃を行なったのは連合軍ですね。ドイツへの無差別爆撃と日本への無差別爆撃、及び戦争犯罪にあたる原爆投下などは連合国の行為です。
これは メッセージ 4487 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>>横3>から縦へ
投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/02/08 15:00 投稿番号: [4489 / 41162]
>その証拠となる物を出せと言われるでしょうが、、現在、当方は南京虐殺者の死因の関して、調査、探求する気力はありません、どなたかのご意見を拝聴したい物です。
存在していない南京大虐殺の資料を出すことなどできないでしょう。南京大虐殺そのものが捏造なのだから、資料を出すとしても捏造しなければなりません。それは共産党独裁政権が戦後行なってきた捏造の歴史であり、ウソの上にウソを塗り固めてきた捏造が次々と露呈しているわけです。
これは メッセージ 4486 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>いつ『対日宣戦布告』したのかな?
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/08 12:37 投稿番号: [4488 / 41162]
これは メッセージ 4481 (yominokuni56 さん)への返信です.
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>支那軍は民衆をわざと狙って爆撃した
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/08 06:34 投稿番号: [4487 / 41162]
こういうこじつけは感心しませんな!
すでに戦争は全面戦争へと突入しているのですよ。
しかも、発端を切ったのは日本政府じゃないですか?
攻撃されれば、応戦するのが当たり前でしょう。
この著者はヤクザが一般市民に絡んで金銭を強奪しようとして、反撃にあったことに同情し、ヤクザの肩を持っている様にさえ思えますね。
(笑)
>世界の世論は既に日本を敵視する方向に固まっていて、中国は世界の同情の対象になっていたからである。
そう、、なぜ
日本を世界は敵視していたのでしょうか?
考えれば分かりそうなものですよ。
軍事独裁政権ファシスト日本ですよ。
日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞
ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
石射猪太郎外務省東亜局長が「日本の新聞はもうだめだ!」(10月4日)と記すように日本の新聞だけが無差別都市爆撃の違法性、残虐性を報道せず、「戦果」だけを誇大に報道していた。
日本海軍の爆撃に対する世界の非難が高まる中でイギリスは「都市爆撃に対する国際連盟の対日非難決議 」を提出し、
9月28日「全会一致で採択した」(日本は1933年に国際連盟を脱退)
「日本航空機による支那における無防備都市の空中爆撃の問題を緊急考慮し、かかる爆撃の結果として多数の婦女子を含む無辜の人民に与えられたる生命の損害にたいし深甚なる弔意を現し、世界を通じて恐怖と義憤との念を生ぜしめたるかかる行動に対しては、何ら弁明の余地なき事を宣言し、ここに右行動を厳粛に非難す。(日本外務省「日本外交年表 竝主要文書下)
10月5日
アメリカ大統領ルーズベルトは、シカゴにおいて、侵略国を伝染病に例え、国際社会の健康を守ためには隔離すべきだと「隔離演説」を行った。
「宣戦布告も警告もなく、又、正当な理由もなく婦女子を含む一般市民が、空中からの爆弾によって仮借もなく殺戮されている。戦慄すべき状態が現出している。この様な好戦的傾向が漸次他国に蔓延する恐れがある。彼らは、平和を愛好する国民共同行動によって隔離されるべきである」
(支那事変陸軍作戦)
こうした日本海軍の中国都市への戦略爆撃に国際批判の高まりを憂慮して石射猪太郎は「世界は今や、日本に向かってあらゆる言葉をもって、非難を浴びせている、それは決して驚く所ではないが、憂うべきは日本自体の無反省だ」と日記に記している。
ブリュセルで開催された9カ国条約会議(11月3日〜24日)
国際条約違反国日本に対して制裁措置が検討されたが、日本の中国侵略に対して警告を発しただけで終わった事は、日本軍部の強硬派、海軍軍備拡大主義者の間に「米英あえて恐れるに足らず」とする増長意識が生まれた。
9カ国条約=1922年にワシントン会議において、米、英、仏、伊、オランダ、ベルギー、ポルトガル、中国、日本の9カ国において調印された中国における条約である。
中国の主権と独立とその領土的、行政敵保全の尊重および各国の中国に関する門戸開放、機会均等などを規定、
日本の中国侵略は、この条約に違反するものである。
国際連盟からすでに脱退、ロンドン海軍軍縮会議からも脱退して(36年1月)
国際的孤立を深めていた、世界の非難が経済制裁や武力制裁に及ばない限りは何も聞き入れないという国になってしまっていた。
残念ながら、世界中から厄介者扱いヤクザ者扱いされたようです、今の北朝鮮と同じかな。
これは メッセージ 4485 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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>>横3>から縦へ
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/08 06:15 投稿番号: [4486 / 41162]
>>と書きますと、必ず、貴方は
その証拠となる物を出せと言われるでしょうが、、現在、当方は南京虐殺者の死因の関して、調査、探求する気力はありません、どなたかのご意見を拝聴したい物です。
>yomiさんは証拠もなしに発言してたのね。
こういう短絡思考が馬鹿馬鹿しいといっているのでしょ。
貴方が例え証拠とする書物を出したところで、その信憑性は、、はっきり言ってありません、、と言うことです。
これは メッセージ 4483 (tnkhss さん)への返信です.
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支那軍は民衆をわざと狙って爆撃した
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/02/08 02:49 投稿番号: [4485 / 41162]
―――――――――――――――――――
ニューヨーク・タイムズの特派員も8月30日付の上海特電で次のように述べた。
日本軍は文字通り中国軍によって軍事衝突に追い込まれているが、中国軍は外国人区域と外国権益をこの軍事衝突の中に巻き込もうとしているように思える。
8月13日に上海で戦闘が勃発するや否や、中国は国際租界と仏特権区域及び外国の船舶を爆撃し始めた。戦闘が始まって僅か3日後の8月15日、仏特権区域で発行されている新聞の「上海ジャーナル」は、中国軍の空爆で次の数の死傷者が出たと報じた。
仏特権区域
445,821
国際租界
495,600(概数)
8月14日に中国軍の爆撃機が国際租界のパレスホテル及びキャセイホテルの近くに爆弾を投下した。この付近は極東でも最も有名な簡易宿泊街であり、百人以上が死んだ。
8月16日、中国軍は別の通りを爆撃し、数名の外国人と中国人を死亡させた。
8月23日、中国軍機は再び国際租界を爆撃。上海最大の商業施設シンシアー及びウイン・オンデパートを直撃し、200人以上の死者と200人を負傷させた。ニューヨーク・タイムズの2人の特派員がこの負傷者の中に入っている。
8月30日、中国の爆撃飛行隊が米の大型定期船プレジデント・フーバー号を爆撃。5人の水夫と2人の乗客を負傷させ、その中の1人が数日後に死亡。
このような中国軍の爆撃の及ぼす影響があまりにも深刻であったので、ニューヨーク・タイムズの上海特派員が8月27日付で次のような声明を発した程であった。
「中国軍が無責任な空爆を行って上海の国際租界と仏特権区域の無力な民間人を殺すのを防ぐための、武力手段或いは他の抑制措置をとることに、外国の領事館員及び陸海軍の軍人が合意するならば、何等かの国際的措置をとることを決議しなければならない。」
外国人区域に対する中国軍の度重なる攻撃の目的は一体何なのか?その問いに対しては唯一の答えが可能である。即ち中国は日本に対する外国の干渉を煽り立てようと計画していたのである。日本は自分から攻撃に出るのを厳しく抑えているのに、中国は国際租界を自分自身で攻撃することによって日本に対する国際干渉を引き起こそうと目論んでいる、というのは一見したところ奇妙なことのように思えるかも知れない。
実際、ニューヨーク・タイムズの特派員が8月27日付で報じたように、黄埔上の米、英、仏の戦艦に精密機器を携えて乗船していた外国の陸海軍の観察者たちは次のように証言している。
「日本軍は上海の避難区域の上空に爆撃機を飛ばせたりしないという自らの誓いを堅く守っているのに対し、中国軍はそのような誓いを立てるのを拒んでいる」と。
中国は次のように推論していた。即ち中国軍によるものであれ日本軍によるものであれ、、この戦争の残忍な性質とそれが外国の権益に及ぼす深刻な影響を列強諸国に印象付けるような如何なる行動も、中国に対するよりも寧ろ日本に対する反応を引き起こすであろう、と。何故ならば南京政府が観察していた通り、世界の世論は既に日本を敵視する方向に固まっていて、中国は世界の同情の対象になっていたからである。
K・カール・カワカミ著『シナ大陸の真相』(P189〜P190)
これは メッセージ 4481 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/4485.html
南京の死体の死因は十七通り存在する
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/02/08 02:36 投稿番号: [4484 / 41162]
南京の死体の死因は十七通り存在する
実は日本軍が南京に入る前から市内には多数の死体が存在していた。十一月二十九日の様子を、ドイツのりリー・アベック記者はこう記している。
「もはやどこに行っても、規律の解体と無秩序が支配していた。南京駅に二千人の負傷者を乗せた汽車が到着したが、誰も見向きもしなかった。看護兵も付き添っていなかった。負傷兵たちは二日間も放置された後、その二日間に死んだ者と一緒に降ろされ、駅のホームに並べられた。死骸が空気を汚染し、悪臭を放った。」
十二月七日、中国軍は南京周辺を徹底的に焼き払い、焼け出された市民が難民となって城内に流入、商品流通が麻痺し食料難が加速、一部では暴動が起こった。
支那軍は治安維持のため少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺した。
上海一九三七年十二月八日発「東京日日新開」は次のように報じている。
〆
〆
〆
南京衛戌司令唐生智はどさくさに乗ずる市民の暴動を恐れて七日朝来市内警備を一層厳重にして少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺し、すでにその数、百名に及んでいると支那紙は報じている。
『南京戦史』二七三頁
(略)
表五
南京にあった中国側の「死体」の分類 殺害者 死亡の状態
日中両軍
(略)
上記17ケースのうち、日本軍の不法殺害(戦時国際法違反)による犠牲者にあたるのは、※印をつけた13〜15の3つのケースだけである。ただし13については、中国兵が市民に偽装したため起きた事態であり、違法性は軽減されよう。また15のケースは、公式文書では一切確認されていない。
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2-1-3
これは メッセージ 4480 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/4484.html
>>横3>
投稿者: tnkhss 投稿日時: 2005/02/08 00:04 投稿番号: [4483 / 41162]
>と書きますと、必ず、貴方は
その証拠となる物を出せと言われるでしょうが、、現在、当方は南京虐殺者の死因の関して、調査、探求する気力はありません、どなたかのご意見を拝聴したい物です。
yomiさんは証拠もなしに発言してたのね。
これは メッセージ 4480 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/4483.html
いやいや
投稿者: needmemory64 投稿日時: 2005/02/07 21:04 投稿番号: [4482 / 41162]
中華民国の援助同盟国であるアメリカ合衆国が
東京大空襲や原爆で無差別の日本人大虐殺をしていますから、
中国は間接的に大虐殺していたということですよ。
中華人民共和国はその時には存在しませんでしたがね。
これは メッセージ 4479 (toraneko_yh さん)への返信です.
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「1945年12月9日、『対日宣戦布告』
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 20:57 投稿番号: [4481 / 41162]
ちょっと、困ったものですね?
1945年8月15日には日本は無条件降伏をしていますが、中国は、また新たに戦争をしようとしたのでしょうか?
どこの国の歴史なんでしょうか?(笑)
>再読お願いします。
中華民国(国民党蒋介石政権)が対日宣戦布告したのは「1945年12月9日」です。
その前日には、何が発生したでしょうか?
>1937年半ばの、日中両軍激突以来4年半、なぜ中華民国は対日宣戦布告しなかったのか?
(日本に関して言えば「国家間戦争」{宣戦布告有り}ではなく、「事変」{地域紛争}で終わらせたい、という意向があっての事なのですが)
1937年7月7日
北京郊外の 盧溝橋で日中両軍衝突(全面戦争始まる)
11日停戦協定成立
12日海軍軍司令部「対支作戦計画内案」を作成
28日日本軍、華北で総攻撃を開始
1935年以来、日本は華北侵略を企図し、関東軍支配下の冀東、内蒙古両政権と緩衝的な冀察政権(宋哲元)を成立せしめたが、1937年7月7日北京郊外の豊台駐屯の日本軍が冀察政権の第29軍の駐屯地の近傍にある、北京西郊永定河の盧溝橋付近で夜間演習を実施、その終了時に数発の射撃音があり、たまたま一名の兵士が不在(実際は用便中)であった為、豊台の主力部隊が出動し、兵士は約20分後に発見されたが翌日未明、日本軍は中国軍を攻撃し、永定河左岸を制圧し、9日停戦協定が成立、11日協定に調印、中国軍の永定河左岸駐屯禁止、責任者の処罰、謝罪などを定め、19日細目協定にも調印。
しかしながら、日本軍、日本政府は事件不拡大方針を掲げながら、11日関東軍および
内地3個師団の派兵を声明、これにより、中国軍民の抗日意識が高まり、蒋介石軍の国民政府も態度を硬化させ、華北派兵を企てた。日本陸軍内部の強硬派はこれを好機と捉え27日派兵を決定し、28日総攻撃を開始し、ここに日中戦争が始まった。すべて日本側の企図したことである。
1937年8月
13日
上海で日中軍交戦開始、(第二次上海事変)
15日
近衛文麿首相「南京政府断乎
声明」を出す、
日本海軍機南京を渡洋爆撃する
上海派遣軍を「編組」(司令官
松井石根)
29日
南京駐在の欧米5カ国の外交代表、南京空襲に抗議し、爆撃停止を求める抗議書を日本に提出する 。
南京1937年8月15日
この日午前、南京を離れる最後の在南日本大使館員とその家族、日本人居留民団員が下関の埠頭から汽船で長江を渡り、対岸の浦口から津浦(天津〜浦口)線に乗って青島の向けて出発をした。引き揚げる日本人に対して、中国民衆からの危害を加えられることを懸念した中国国民政府は、特別列車を用意士、護衛兵40名を付け、外交部の係官2名を随行させて不祥事の発生を防いだ。一行が丁寧に浦口駅から送り出されて、三時間ほど過ぎた午後3時頃鳴り響く空襲警報のサイレンのうなりと響き渡る爆撃機の轟音に恐怖と混乱に落ちていった。雨雲の間から次々と現れる日本海軍機20機は低高度から市内各所の爆弾を投下し始めた。
南京を爆撃したのは海軍木更津航空隊の新鋭機=96式陸上攻撃機20機であった、。
午前9時10分長崎の大村基地を発進士、東シナ海を横断し、台風による悪天候をおして南京まで、洋上約600kmを4時間で飛翔「南京渡洋爆撃」を敢行したのである。
「我海軍機長駆南京へ/空軍根拠地を爆撃す/敵に甚大の損害を与える」
「我海軍機は長躯南京を襲撃/午後2時から3回に渡り南京付近支那空軍基地に多大な損害を与えた」(東京朝日新聞)
「世界戦史 空前の渡洋爆撃」(雑誌日の出(新潮社発行)
南京渡洋爆撃は戦時国際法「開戦に関する条約」1907年ハーグで締結、(日本は1912年に批准、公布中国も当事国)
*「締約国は理由を付したる開戦宣言の形式または条件つき開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する明瞭かつ事前の通告無くして、その相互間に戦争を開始すべからざること」と定めている。日本海軍航空隊は宣戦布告も無しに 中国の首都南京をいきなり渡洋爆撃をしたのはこの「開戦に関する条約」に違反した行為であった。
又、条約付属書「陸戦の法規慣例に関する規則」において第25条防守されない都市の攻撃、防守 せざる都市、村落、住宅、建物はいかなる手段によるもこれを攻撃または砲撃することを得ず」
日本海軍機の南京爆撃は非戦闘員を殺傷、非武装地域への爆弾投下をおこなったことで、同法にも抵触している。
上海事変とは戦争とは呼びたくないことの現れで、単に表現を変えただけでしょう。
日本軍の戦傷者数も4万人を数える激戦であった戦いを言葉だけで、判断するものでしょうか、国家間の戦争であることは明らかですよ。
軍隊を自衛隊というお国柄ですから、や
これは メッセージ 4476 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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>>横3>
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 20:22 投稿番号: [4480 / 41162]
>「広島・長崎」のみその「死因」を要求して「南京」の「死因」については「ほおかむり」ですか...
身近な日本国内の事です。
その死因について、分別方法を教えて頂けますか?
広島、長崎の被爆者総数のうち、すべてが原爆の死者では無いでしょう。
その何パーセントに被爆での死因で無い方がいらっしゃるのでしょうか?
私には、とても神のごとく、特定など出来ませんよ。
ただの人間ですからね。
単なる、無理難題、こじつけを、お書きになっていらっしゃるのでは無いでしょうかね。
当方はそのように思います。
でも、広島、長崎に比べれば、証拠となる物は多いのではないでしょうか。
と書きますと、必ず、貴方は
その証拠となる物を出せと言われるでしょうが、、現在、当方は南京虐殺者の死因の関して、調査、探求する気力はありません、どなたかのご意見を拝聴したい物です。
はっきり言って、馬鹿馬鹿しいのですよ。
これは メッセージ 4474 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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これが支那人の本質
投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2005/02/07 18:50 投稿番号: [4479 / 41162]
>東京大虐殺をしませんでしたよ!信じてください。
>。。。。残念だけど
説明不要。
日本のおける反支那感情強化に効果大。
これは メッセージ 4475 (chiyandan2004 さん)への返信です.
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>>宣戦布告無し、
投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/07 18:45 投稿番号: [4478 / 41162]
宣戦布告?
共産党が仕組んだ盧溝橋事件、国民軍のほら宣伝に踊らされた通州日本人居留民虐殺事件、第2次上海事件、という一連の事件の引き金を引き続けたのは誰でしょうかね?
これは メッセージ 4476 (samurai_03_japan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/4478.html
追記
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/07 16:59 投稿番号: [4477 / 41162]
貴殿が引用された、武藤元軍務局長の手記中の「編制・編成」に関する小生の疑問点(貴殿への「編制・編成」に関する質問ですが)
お教え願いますでしょうか?
「方面軍」が「正規軍ではない」とされた貴殿の引用に対する質問です。
これは メッセージ 4476 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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>宣戦布告無し、
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/07 16:49 投稿番号: [4476 / 41162]
>これは全く別の問題ではないでしょうか?
勘違いされないで頂きたいのですが。
小生、宣戦布告無き事を、国際条約に違反していないなど、一言も言ってはおりません。
小生。貴殿が当初主張されていた「中支那方面軍の正当性(正規か否か)」「南京攻撃は天皇陛下の裁可が必要か」について論じていました。
そこで小生は「南京攻略に関しては、必ずしも天皇陛下のご裁可を要しない。「大本営御前会議」「大本営政府連絡会議」で裁可を得る必要は無く、軍部の専管事項で決定できる「戦略達成目標」である」と言いました。
そのresに対して貴殿は「宣戦布告していない」という範囲まで拡大して、「中支那方面軍は正当性はない」と言う方向へ持っていかれようとした。
それに対して小生は「宣戦布告も有無にまで拡大するなら(もはや国家外交戦略範疇の「戦争」に関して論じるならば)「中支那方面軍が正式な方面軍ではない」「南京攻略が天皇陛下の裁可を受けて正式に発令された作戦ではない」は無意味でしょう」と申し上げました。
一方面軍の正当性有無ではなく。
最早国家戦略の段階を論じるのであれば、と言うことです。
*方面軍の正当性に関しては、小生別のresで「編制・編成」に関して申し上げておりますので。
そちらをご参照願います。
>攻められる方も宣戦布告をしなきゃなりませんか?
・・・ご存知無い?
そうですか...ご存じなかったのですね、失礼しました。
「宣戦布告しなければならない」のです。
>宣戦布告が行われていれば、戦闘半ばの12月1日に改めて布告する必要などなかったのですよ
再読お願いします。
中華民国(国民党蒋介石政権)が対日宣戦布告したのは「1945年12月9日」です。
その前日には、何が発生したでしょうか?
1937年半ばの、日中両軍激突以来4年半、なぜ中華民国は対日宣戦布告しなかったのか?
(日本に関して言えば「国家間戦争」{宣戦布告有り}ではなく、「事変」{地域紛争}で終わらせたい、という意向があっての事なのですが)
4年半の間、中華民国が「対日宣戦布告」していなかったのは、中華民国側にも「主権国家間戦争」を日本と行っている事を認めない、と言う国家としての意向があったのですが。
この両点から言えば。
日中両国の「戦争」は。
「1945年12月9日、中華民国の『対日宣戦布告』によって始まった」となるのですが?
これは メッセージ 4467 (yominokuni56 さん)への返信です.
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