>>いつ『対日宣戦布告』間抜けなこと!
投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/10 00:06 投稿番号: [4514 / 41162]
>>(中華民国は、1941年12月9日、対日宣戦布告をしております。が、この意図はあからさまでしょう)
そもそも、日中間の経緯をご存じ無い?
>是非とも教えて頂きたいものです。
果たして、日中の武力衝突は1937年から本格的に生じております故、改めて1941年に中国が日本に対して「宣戦布告」したとする意図はなんでしょうか?
>宣戦を布告したのでしょうか???
したとされるのであれば、、、
>1938年中華民国維新政府(南京)
>1940年王兆銘の南京政府?、
誰の署名で発せられたのでしょうか?
ご教授願いたいものです。
南京国民党政府です。
1941年12月9日、対日・対独・対伊宣戦布告。
「馬関条約」を含むすべての中日関係条約、協定、契約、条文を廃止する」と宣言。
署名・蒋介石です。
因みに対日宣戦布告国・年月日は以下の通り
1941年
12日8日:米国、英国、豪州、ニュージーランド、カナダ、南ア連邦、コロンビア、エル・サルバドル、コスタリカ、ドミニカ、ニカラグア、ハイチ、グァテマラ、ホンジュラス
12月9日:中華民国、パナマ
12月10日:オランダ、キューバ
12月20日:ベルギー
1942年
5月22日:メキシコ
1943年
1月17日:イラク
7月11日:ノルウェー
12月4日:ボリビア
1945年
2月9日:エクアドル
2月12日:ペルー
2月13日:パラグアイ
2月14日:ベネズエラ
2月22日:ウルグアイ
2月23日:トルコ
2月26日:エジプト
2月26日:シリア
2月27日:レバノン
2月28日:イラン
3月1日 :サウジアラビア
3月27日:アルゼンチン
4月12日:スペイン
4月12日:チリ
5月23日:デンマーク
6月6日 :ブラジル
6月26日:ギリシャ
8月9日:ソビエト連邦、モンゴル
対日宣戦布告政権未承認国
ド・ゴール政権、ユーゴスラビア、ポーランド、エチオピア、チェコスロバキア、イタリア・バドリオ政権
(日本国外務省外交資料館 日本外交年表並主要文書 : 1840-1945)
(日本国外務省外交資料館 外交史料館所蔵外務省記録総目録)
*マイクロフィルム公開されております。
どうでしょう?
如何に「勝ち馬に乗れ」という国が多い事か。
中国にしても。なぜ「1945年12月9日、対日・対独・対伊宣戦布告」なのか?
これにより、中華民国は「連合国」として米英の支援を受けられるからです。
因みに1937年12月閣議決定された「日支新関係調整方針」に基づき、12月22日、いわゆる近衛声明と呼ばれる東亜新秩序建設の声明が発表
① 支那は満州国を承認し、日本は支那の独立主権を尊重する
② 領土の割譲を求めず、賠償を要求しない(在華居留民の権利利益の損害は除く)
③ 治外法権を日本は放棄し、租界地返却を考慮
④ 防共地域以外のすべての地域からの2年以内の撤兵
⑤ 日支防共協定の締結、日本軍の防共駐屯
⑥ 第3国の権益を損なわず=日本のみが経済開発を独占しない
では日本が「対中宣戦布告」をしない場合の「不利益」は何か?
1)港の税関の接収ができず、郵政・金融など占領地行政に不便をきたす
2)親日派の中国人指導者が日本の決意に疑念を抱くため、新政権樹立(王兆銘政権)に熱意が欠ける
3)作戦行動に制約を受け、不徹底となる
4)「九ヶ国条約」(大正11年)違反の抗議を各国から受けることになる
上記①〜⑥、及び1)〜4)
日本が対日宣戦布告しなかった訳が分かりましたか?
それも、中華民国の対日宣戦布告で全て無になってしまいましたが。
そもそも、日中間の経緯をご存じ無い?
>是非とも教えて頂きたいものです。
果たして、日中の武力衝突は1937年から本格的に生じております故、改めて1941年に中国が日本に対して「宣戦布告」したとする意図はなんでしょうか?
>宣戦を布告したのでしょうか???
したとされるのであれば、、、
>1938年中華民国維新政府(南京)
>1940年王兆銘の南京政府?、
誰の署名で発せられたのでしょうか?
ご教授願いたいものです。
南京国民党政府です。
1941年12月9日、対日・対独・対伊宣戦布告。
「馬関条約」を含むすべての中日関係条約、協定、契約、条文を廃止する」と宣言。
署名・蒋介石です。
因みに対日宣戦布告国・年月日は以下の通り
1941年
12日8日:米国、英国、豪州、ニュージーランド、カナダ、南ア連邦、コロンビア、エル・サルバドル、コスタリカ、ドミニカ、ニカラグア、ハイチ、グァテマラ、ホンジュラス
12月9日:中華民国、パナマ
12月10日:オランダ、キューバ
12月20日:ベルギー
1942年
5月22日:メキシコ
1943年
1月17日:イラク
7月11日:ノルウェー
12月4日:ボリビア
1945年
2月9日:エクアドル
2月12日:ペルー
2月13日:パラグアイ
2月14日:ベネズエラ
2月22日:ウルグアイ
2月23日:トルコ
2月26日:エジプト
2月26日:シリア
2月27日:レバノン
2月28日:イラン
3月1日 :サウジアラビア
3月27日:アルゼンチン
4月12日:スペイン
4月12日:チリ
5月23日:デンマーク
6月6日 :ブラジル
6月26日:ギリシャ
8月9日:ソビエト連邦、モンゴル
対日宣戦布告政権未承認国
ド・ゴール政権、ユーゴスラビア、ポーランド、エチオピア、チェコスロバキア、イタリア・バドリオ政権
(日本国外務省外交資料館 日本外交年表並主要文書 : 1840-1945)
(日本国外務省外交資料館 外交史料館所蔵外務省記録総目録)
*マイクロフィルム公開されております。
どうでしょう?
如何に「勝ち馬に乗れ」という国が多い事か。
中国にしても。なぜ「1945年12月9日、対日・対独・対伊宣戦布告」なのか?
これにより、中華民国は「連合国」として米英の支援を受けられるからです。
因みに1937年12月閣議決定された「日支新関係調整方針」に基づき、12月22日、いわゆる近衛声明と呼ばれる東亜新秩序建設の声明が発表
① 支那は満州国を承認し、日本は支那の独立主権を尊重する
② 領土の割譲を求めず、賠償を要求しない(在華居留民の権利利益の損害は除く)
③ 治外法権を日本は放棄し、租界地返却を考慮
④ 防共地域以外のすべての地域からの2年以内の撤兵
⑤ 日支防共協定の締結、日本軍の防共駐屯
⑥ 第3国の権益を損なわず=日本のみが経済開発を独占しない
では日本が「対中宣戦布告」をしない場合の「不利益」は何か?
1)港の税関の接収ができず、郵政・金融など占領地行政に不便をきたす
2)親日派の中国人指導者が日本の決意に疑念を抱くため、新政権樹立(王兆銘政権)に熱意が欠ける
3)作戦行動に制約を受け、不徹底となる
4)「九ヶ国条約」(大正11年)違反の抗議を各国から受けることになる
上記①〜⑥、及び1)〜4)
日本が対日宣戦布告しなかった訳が分かりましたか?
それも、中華民国の対日宣戦布告で全て無になってしまいましたが。
これは メッセージ 4491 (yominokuni56 さん)への返信です.