南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 南京事件の謝罪文

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 14:26 投稿番号: [38520 / 41162]
>実にその通り、中国人が起こした南京事件は中国政府の謝罪文も存在するから、否定のしようが無い、>

南京大虐殺も日本政府の謝罪文が存在するから、否定のしようが無い!

日本国外務省声明:

1.日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。

2.しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

3.日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいく決意です。

Re: 南京事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 14:19 投稿番号: [38519 / 41162]
実にその通り、中国人が起こした南京事件は中国政府の謝罪文も存在するから、否定のしようが無い、嘘吐くな。

南京事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 14:11 投稿番号: [38518 / 41162]
>南京事件は証拠が無いにも不拘、唐変木はあったという

南京事件はありましたけど(大笑い):


南京事件(なんきんじけん)は、1927年3月、蒋介石の国民革命軍の第2軍と第6軍を主力とする江右軍(総指揮・程潜)[が南京を占領した際に起きた日本を含む外国領事館と居留民に対する襲撃事件。共産党が煽動して発生させた。

(wikipedia引用)

Re: アウシュビッツのうそ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 13:54 投稿番号: [38517 / 41162]
「アウシュビッツの嘘」は禁止されているが、唐変木は証拠を信用しない、方や南京事件は証拠が無いにも不拘、唐変木はあったという、ダブルスタンダードを行使する、二枚舌の嘘吐き野郎としか言えない、嘘吐くな。

アウシュビッツのうそ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 13:20 投稿番号: [38516 / 41162]
- QUOTE -

極右や歴史修正主義の立場から、アウシュヴィッツに象徴されるナチズム犯罪をなかったことにする、あるいは他の政体下で引き起こされた犯罪と相対化しようと試みる動きが存在するが、ホロコーストをナチスの犯罪とする認知はドイツ国民に広く浸透しており、ドイツ国内において「アウシュビッツの嘘」は禁止されている。

- UNQUOTE -

Re: 悪法治安維持法

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2012/02/02 12:37 投稿番号: [38515 / 41162]
>歴代の政府は治安維持法が人道に反する悪法であったこともいまだに認めようとしない。

単に運用法に問題があった、と言う話であって治安維持法と同系との法律は日本の破防法を始め現在進行形で世界各国にありますけど。

ちなみにアメリカにもアメリカ愛国者法とかありますが。

>「戦争犯罪人と人道に反する罪に時効はない」という国際法に基づき

日本はこんなあほな条約に批准していないから関係ないがな。
だいたい厳密に適応されて困るのは連合国のほうだと思うが・・・。

>今も戦犯を追及し、犠牲者に謝罪し賠償している。

してません。
あくまで当時の法律に違反した分の損害賠償をしているだけですが。ちなみに個人賠償であり日本と違って国家レベルでの賠償や謝罪はやれ東西に分かれていたから、やれ、昔のことだから覚えていないとかで徹底して踏み倒す期満々ですが。

それどころかポーランド辺りには「ガタガタぬかす前に戦後置いていったドイツ人資産、場合によってはもって行った領土を返してもらおうか」とか恫喝していりますけど。

さすが神君カエサルの時代から負けが多いドイツ系がたかだか一回くらい負けたぐらいで本気で謝罪とか反省をする気はないらしい。

狂え、狂え、fukagawatohei (大笑

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/02 12:25 投稿番号: [38514 / 41162]
引用したウイキペディアに突っ込みを入れられて、「有名な人が書いた」と言い逃れるかと思えば、嘘に嘘を重ねてその嘘同士が矛盾を来たすノータリンである。精神が歪みに歪んだ狂人である。

誰もまともには相手にしない。永久に。

狂え、狂え、fukagawatohei!!

狂ったままの陰気な人生に、死ぬまでどっぷり漬かっているがいい    (笑

もう、誰も、困らない    (大笑

Re: 悪法治安維持法

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 11:53 投稿番号: [38513 / 41162]
悪法も法なり【あくほうもほうなり】
一般的には「悪法もまた法なり」の言い回しで用いられる表現。悪法だとしても、法である以上は遵守するべきである、といった意味合いで用いられる。

Re: 悪法治安維持法

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 11:48 投稿番号: [38512 / 41162]
ローマ時代より悪法も法なり、従うのが市民の努め、嘘吐く馬鹿な唐変木。

悪法治安維持法

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 11:27 投稿番号: [38511 / 41162]
>唐変木は治安維持法を理解していない...云々

良く理解してますよ。

- QUOTE -

治安維持法犠牲者は、戦前の天皇制の下で主権在民を唱え、戦争に反対したことを理由に、弾圧され多大の犠牲を受けた。治安維持法が制定された一九二五年から廃止されるまでの二十年間に、逮捕者数十万人、送検された人七万五千人、拷問により虐殺され、また獄死した人を合わせると約二千人にも上る。

治安維持法は日本がポツダム宣言を受諾したことにより、人道に反する悪法として廃止され、この法律によって処罰された人々は無罪とされた。

しかし、歴代の政府は治安維持法が人道に反する悪法であったこともいまだに認めようとしない。

ドイツは、「戦争犯罪人と人道に反する罪に時効はない」という国際法に基づき、今も戦犯を追及し、犠牲者に謝罪し賠償している。

- UNQUOTE -

米国も認めた日本の政策

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 11:15 投稿番号: [38510 / 41162]
有田グルー会談より抜粋昭和十五年

日本の世界平和の為の日米協力に関する希望及び日本は東亞に於ける安定勢力なりとの理想は米国政府は之を了承米国は勿論平和的手段に依り且凡ての関係国の権益を尊重しつつ世界の何れの地域に於いても秩序、正義及び安定を齎すが如き政策に対して同情するものなり。斯く如き政策は各国を完全独立ならしめ他国との間に自由に通商其の他の健全なる諸関係を樹立せしむるものにして強力を以て他国を経済的又は政治的に支配せんとする政策とは正反対のものなり。

Re: 大阪のバカウヨ芸人の狂気

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 11:13 投稿番号: [38509 / 41162]
反論も出来ない嘘吐き野郎、唐変木でした。

大阪のバカウヨ芸人の狂気

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 11:11 投稿番号: [38508 / 41162]
- QUOTE -

東京では絶対仕事をしない

上岡龍太郎と同じく大の東京嫌いのため、全国ネット(東京キー局)の番組での出演は非常に少ない(なお、上岡は1987年から2000年の引退まで全国ネット番組には出演していた)。

かつて『たかOO胸いっぱい』(関西テレビ)の全国ネット化をキー局のフジテレビから打診され、また『たかOOのそこまで言って委員会』(読売テレビ)もキー局の日本テレビからゴールデンタイムでの全国ネット化を熱望されたが、たかOOが「関東には絶対流さない」「関東で放送されるくらいなら辞退する」と言い(『そこまで言って委員会』の宮崎哲弥も同様に埼玉・千葉・神奈川では辞めないにしても、東京で放送したら辞めると宣言している)、在京キー局(関東)ではネットされていない(全国ネットではない)現状である。

東京の番組に出演しないのは、1992年10月より半年間、たかOOが東京の放送局でテレビ・ラジオ合わせて3本のレギュラー番組(『テレビ近未来研究所』・『M10』(いずれもテレビ番組)・『そこまで言うか! 熱血!正義の60分』(ラジオ番組))を持った際の番組スタッフとの確執が決定的な理由とされる。

この時たかOOは、自分のやり方を否定する東京キー局や地方局のルールが気に入らず、プロデューサーやディレクターを殴り、恫喝し、時には土下座させ、ついには本番中に帰るなどのトラブルを起こした。

また、ラジオ番組ではストレスなのか、生放送中に倒れて救急車で運ばれるということもあった。

それ以前にも東京のテレビに出演した際に、暴力沙汰を起こし収録途中で幾度も帰っている。

- UNQUOTE -

Re: 戦中の言論弾圧と治安維持法

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 10:59 投稿番号: [38507 / 41162]
馬鹿唐変木は治安維持法を理解していない、嘘吐くなよ。

海軍図書館にある書籍

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 10:58 投稿番号: [38506 / 41162]
海軍艦政本部総務部第三課図書目録より抜粋

労働と労働組合   カージノエフ著   改造社

労農露西亜労働   安部磯雄・堺利彦   共著   文化農学主張所

労働の世界     田邊忠雄   法曹閣書院

労働弁護論     細川喜六    同人社

労働組合運動    大阪市社会部   弘文堂

労働組合と労働争議   河内嗣郎   弘文堂

労働運動及び無産者政治運動   長谷川良信   大東出版社

闘争の後を訪ねて   石浜智行   同人社

各国無産政党発達史   細川三千雄   社会思想社

階級戦の先頭を行く   加藤勘十   前衛書房

実に民主的言論の自由があったんだね、日本軍には。

戦中の言論弾圧と治安維持法

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 10:55 投稿番号: [38505 / 41162]
>言論弾圧じゃないよ其れは、治安維持法を知らない君の無知から来るものだね>

バカニャンコは屁理屈ばかりだねぇ〜。

横浜事件

神奈川県警察部特高課(当時)による戦争中の大規模な言論弾圧事件の総称。

「共産主義を宣伝した」などとして、雑誌編集者や新聞記者など60人以上が治安維持法違反容疑で逮捕され、拷問によって4人が獄死、1人が保釈直後に死亡。

雑誌「改造」「中央公論」は廃刊になった。

30人以上が起訴され、ほとんどが終戦直後に執行猶予付き有罪判決を受けた。

Re: 戦中の言論弾圧

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 10:42 投稿番号: [38504 / 41162]
日本軍将校及び兵士が購読していても処罰されない書籍

改造

持論及び思想

思想と教育

教育と新思潮

枚挙に遑なし共産主義

デモクラシー講和

現代社会問題と思想

Re: 南京大虐殺日本政府の見解

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 10:37 投稿番号: [38503 / 41162]
ホロコーストは特定出来ないけど、資料が無い南京虐殺は特定出来るとする、脳死君と同じでね、嘘吐くな。

Re: 戦中の言論弾圧

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 10:36 投稿番号: [38502 / 41162]
言論弾圧じゃないよ其れは、治安維持法を知らない君の無知から来るものだね、脳死君と同じか、嘘吐くな。

戦中の言論弾圧

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 10:30 投稿番号: [38501 / 41162]
>戦前、戦中、戦後のどの時代に於いても言論の自由は保たれていた

ニャンコチャンってなんでいつもウソばかりつくのかなぁ〜、
まあ〜、一種の病気だろ〜ね。

- QUOTE -

2005年03月10日
戦中の言論弾圧「横浜事件」   東京高裁も再審開始を決定

60人以上とも、80余名ともされる多数の雑誌編集者たちが、戦時下、治安維持法違反の罪に問われ、検挙・投獄され拷問をうけた最大の言論弾圧事件「横浜事件」が、一歩前進した。

10日東京高裁は、有罪判決を受けた元被告5人の遺族が裁判のやり直しを申し立てた第3次再審請求に対し、横浜地裁は再審開始を認める決定を下していたが、それを不服とする検察側の即時抗告を棄却、再審開始決定を是認できるとする決定をした。

東京高裁・中川武隆裁判長は、「元被告らは取り調べ中、拷問を受け、やむなく虚偽の疑いのある自白をした」と認定、当時の有罪判決には事実誤認があると判断した。地裁に続いて再審開始決定が維持されたことで、元被告らの名誉回復にむけて大きな一歩を踏み出した。

検察側は高裁の決定に不服がある場合、最高裁に特別抗告できる。その場合判断は最高裁にゆだねられるが、高裁決定が確定すれば横浜地裁で再審公判が開始されることになる。

「横浜事件」とは戦時下最大の言論弾圧である。研究者やジャーナリスト・編集者など、戦争遂行に非協力的な良心的知識人が、当時の権力の中枢から激しう攻撃にさらされた言論・思想弾圧事件である。

特別高等警察(特高)は、当時非合法とされた共産党「再建の謀議」をしたとして、彼らを治安維持法「目的遂行罪」違反に問い、逮捕しては激しい拷問を加えた。拷問は凄惨を極め、逮捕された人々のうち4名が獄死、1人は出獄直後に亡くなった。

- UNQUOTE -

Re: 南京大虐殺日本政府の見解

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 10:19 投稿番号: [38500 / 41162]
>被害を特定出来ないと言うことだよ

ほんじゃ〜、ホロコーストの被害を特定できるのか、バカにゃんこちゃんは?

Re: 言論後進国日本

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 10:00 投稿番号: [38499 / 41162]
日本に於ける言論は世界で一番自由なんだよ、嘘吐くな。

戦前、戦中、戦後のどの時代に於いても言論の自由は保たれていた、嘘吐く脳無し唐変木。

但し、国家転覆の策謀に関する言論は許されていない、戦後は良いようだね、嘘吐く脳無し唐変木。

Re: 南京大虐殺日本政府の見解

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/02 09:57 投稿番号: [38498 / 41162]
被害を特定出来ないと言うことだよ、ね、嘘吐く君。

其れを特定する根拠を示せないのが君等の主張なんだよ、嘘吐く君。

言論後進国日本

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 09:52 投稿番号: [38497 / 41162]
2009-03-31

中国、ドイツ、日本で上映を予定していた中国、ドイツ、フランス合作の「ジョン・ラーベ」が、日本での公開を断念したことが明らかになった。

この中国版「シンドラーのリスト」は、国際的視点で南京大虐殺という歴史的事件を正面から描いていることから、日本での上映は全面的に禁止され、日本の映画配給会社も映画を見ることさえ断ったという。

日本国内で批判の声を浴びているのが、「ジョン・ラーベ」で朝香宮鳩彦親王役を演じた香川照之さんだ。「この役は多くの人の批判を招くと思うが、自分がこの役を演じて経験したことはとても意義がある」と香川さん。

また日本国内で上映されないことについては、「日本で南京をテーマとした映画は普通上映できないし、日本人も撮影しない。しかしこの映画が少しでも中国の人たちの苦しみを取り除いてくれるよう望んでいます」と話す。

映画に出てくる朝香宮鳩彦親王は裕仁天皇の叔父にあたる。南京大虐殺で重大な責任を負っていたが、戦後は皇族の身分で軍事法廷に出なくて済んだ。このような非常に敏感な役を、香川さんという日本でもよく知られている俳優が演じたことで、不快感を示す日本の右翼の人も多い。

「ジョン・ラーベ」は4月2日からドイツ、4月28日からは中国、11月にはベルギー、フランス、イタリア、スペインでも上映されることになっている。しかし日本はこの映画に対して沈黙あるいは拒絶の態度をとっていたため、「ジョン・ラーベ」は日本での上映をあきらめざるを得なかった。

南京大虐殺日本政府の見解

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 09:27 投稿番号: [38496 / 41162]
1.日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。

2.しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

3.日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいく決意です。

(日本国外務省ホームページより引用)

大阪のバカウヨ芸人自業自得

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/02 08:39 投稿番号: [38495 / 41162]
歌手、タレントのT(62)が初期の食道がんで休養に入ることを31日深夜、公式HP上で発表した。関係者によると、昨年末に体調不良を感じて今年に入ってから検査を受けたところ、30日にがんであることが判明。テレビ各局には病状を伝え、休養に向けた調整に入っている。冠番組を複数かかえる“なにわの視聴率男”の休養だけに、波紋が大きく広がることは必至。このまま電撃引退の可能性もある。

(さんざん社会に害毒を流していた南京確信犯キチガイ芸人の
末路は哀れだなぁ〜、因果応報とはこのことだ。)

歴史修正主義を犯罪としている国などない

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/02/02 00:24 投稿番号: [38494 / 41162]
●>歴史修正主義は、国際社会、特に先進的民主主義国家においてはそれ自体が罰すべき犯罪であると位置づけられている。

またまた論文気取りで、でたらめをおっしゃるのはやめましょうね。
中国や北朝鮮のような左翼全体主義、あるいは韓国のような右翼セミ全体主義国家ならばいざ知らず、先進的民主主義国家においてはそのような国などひとつも存在しません。
こう申しあげると、サヨさんたちはすぐドイツをはじめとする欧州の数か国におけるホロコースト否定禁止法をお挙げになると思いますけれども、ホロコースト否定禁止法で処罰の対象となっているのは「ナチスによるユダヤ人等絶滅政策」という、動かしがたい国家犯罪事実の否定であって、「歴史修正主義【それ自体】を【犯罪として】罰する」などというものでは絶対にないのですよ。
結論先にありきの自分勝手な妄想に陶酔なさるまえに、少しは謙虚な目でお勉強なさってみてください。



●>歴史は、新たな史料の発見などによって「修正」されるのは当然のこと

でしたら、なぜ「南京虐殺マボロシ論などを声高に唱える輩を野放しにしている」などと、ご自分の気に入らない相手の言論や学問研究の自由を封殺するようなことをおっしゃるのでしょうか?
現に一時期あれほどヒートアップした、いわゆる“従軍慰安婦”問題などは、結果的にすべての訴訟で原告敗訴が確定し、今ではその記述がほぼすべての歴史教科書から姿を消すなど、私たち否定派ですら拍子抜けするほどの勢いで決着を見ました。
その原動力となったのは、まさにあなたのおっしゃる「新たな史料の発見」や、在野の学者たちを中心とした地道な研究の進展です。

そのことは、いわゆる南京事件についてもあてはまることです。
日本軍の南京進攻戦において、中国や国内の“捏造派”が喧伝するような、意図的かつ組織的な虐殺など存在しなかったと主張している人々は、いずれもそれなりに信憑性のある史料を用い、科学的かつ公正な検証を積み重ねてそれぞれの結論を導いているのです。

もちろん、それらをどう評価するかは別問題です。
であればなおのこと、それらについては開かれた学術的な議論の場において正々堂々と論を戦わせて決着を図るべきであって、相手の研究そのものを「歴史修正主義」だとか、「純然たる歴史学ではな」いだとか、「特定の政治思想を基底に」しているなどといった感情論で頭ごなしに封殺することは民主主義からもっとも遠いところにある醜悪な行為です。
現にあなたも“南京大虐殺”とやらについては、いまだにその全容が解明されていない、つまり今後もまだまだ検証を続ける余地があるということをお認めになっていらっしゃるわけですよね?
でしたら、なぜ「歴史修正主義者」という罵倒で、否定派・懐疑派との議論を忌避されるのでしょうか?
“虐殺”が間違いなく存在したというご主張に自信がおありなら、相手の言論を入り口で封殺する必要など、これっぽっちもないはずです。



your Steffi

フランスが他国間の歴史的真実を追究??

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/02/02 00:16 投稿番号: [38493 / 41162]
●>フランスの上院が「アルメニア人虐殺」を否定することを禁止する法案を   賛成多数で可決したのだ。(中略)南京虐殺マボロシ論などを声高に唱える輩を野放しにしている何処かの国の現状とは、あまりにも大きな格差だと言える。

ではあなたは、もし日本の国会において、「朝鮮戦争は北朝鮮が韓国に対して仕掛けた侵略戦争である」という“歴史認識”を、日本人が否定することを禁ずる法律が成立したとしても、そういう立法行為自体は否定なさらないわけですね?

対象となった個別の事件についての理非を問題にしているのではありません。
どのような事案であれ、歴史認識をめぐる他の主権国家同士の論争に、当事国でも利害関係国でもない第三国が介入して、自国民に、いっぽうの側に立った歴史認識を刑事罰で強制するということが果たして民主主義国家として健全な姿だとお思いになるのですか、ということをお訊きしているのです。
もちろん、どのような法律であろうとも、立法府における正当な手続きを経て成立した以上、従うのが民主主義という考え方もあるでしょう。
けれども、有権者がみなそんなことを言い始めて、議会の多数派を恃んで自分たちの気に入らない主張を封殺する法律を次々と生み出していったら、民主主義の基本理念である言論・出版・思想・信条・学問・研究の自由はいったいどうなりますか?
それこそ「民主主義のパラドックス」に陥って、とんでもないファシズム社会になってしまうことは明らかでしょう。
だからこそ、民主主義の限界も欠陥も正しく認識している健全な国家は、少なくとも法律で特定の歴史観を国民に拘束するようなことはしていないのですよ。



●>他の先進諸国では歴史認識に対し、いかに厳格に対峙しているのかを物語っている。

いっぱしの評論家顔をなさって、あまりにコミカルなことをおっしゃらないでいただけますか?(笑)
すでにどなたかがご指摘になっていらしたとおり、今回のフランス議会の立法措置は、現在の政権与党を含む同国の複数の政党が次の総選挙に向けて、国内のアルメニア系住民の支持基盤を固めるために行なったきわめて政治的なデモンストレーションであるということは、すでに世界各国のメディアが公然と報道しているとおりです。
つまりフランスは、1世紀近くも前に自国とは縁もゆかりもない地で起こった事件をめぐる他国間の歴史認識論争のみならず、それに関する自国民の言論の自由すらをも国内の政争の具としたわけです。

間違ってもフランス議会がアルメニアとトルコとの間に立って公正中立な審判役を買って出たとか、他国間の歴史的真実の追究をボランティアで行なったとかというお話ではぜんぜんないのですよ。
それを、「歴史認識に対し、いかに厳格に対峙しているのかを物語っている」だの、「『アルメニア人虐殺』否定論は、歴史修正主義と認識される」だのと真顔でおっしゃったのは、私の知るかぎりwadatumi_voice21さん、あなただけです。



(つづく)

Re: 初等教育?防衛庁資料?

投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/02/01 14:46 投稿番号: [38492 / 41162]
【山本武利『日本兵捕虜は何をしゃべったか』文藝春秋】
アメリカ国立公文書館で原資料を読破した著者が、独自の史観に基づいて開設した著書なんだよね。

原資料の方は重要だが、この人のキャプションは私的な史観でしかないですね。

事実と憶測の境界は、どの程度明確なのでしょう。

Re: 初等教育?防衛庁資料?

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2012/02/01 09:10 投稿番号: [38491 / 41162]
>秦氏は、このように、検閲は厳重だった、とは書くのですが、
では、南京事件を証言する元兵士の日記は、
「その検閲体制を、どのようにくぐりぬけたのか」、
という点になると、全く説明していないと思います。
南京大虐殺に関しては、内容が内容です。
普通の日記ならまだしも、虐殺証言が「たくさん出てくる」
ことには、首をかしげざるを得ません。

これはいい点(ポイント)ですね。もちろん検閲をくぐりぬけた日記もあるでしょうが。

><<旧日本軍は下級兵士にまで日記をつけることを奨励したらしい>>
というのは、どこでわかるのですか?

たとえば以下で。

>日本兵捕虜の言のよれば、軍隊でも日記付けは強制された。軍曹がその付け方を一週間に一度教えていた。戦地のブーゲンビルに着いても、やめてよいとは言われなかった。書く内容の制限や検閲もとりたてて受けなかったらしい。ただ出陣の際に、下士官が日記の回収を行なったケースもあるが、多くの兵士は提出せず、ひそかに所持していた。(山本武利『日本兵捕虜は何をしゃべったか』文藝春秋、35ページ)

Re: 初等教育?防衛庁資料?

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/01/31 19:04 投稿番号: [38490 / 41162]
秦郁彦『南京事件』中公新書には、検閲についての記事もあります。

私ホームページのレジュメでは、以下のページの最後の方に書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/hata.nannkinnjikenn.tyuukousinnsyo.html

*****
検閲
    従軍記者のレポートは、出先陸軍報道部の検閲を受け、本社のデスクでチェックされ、
    紙面に載っても、内務省図書課(憲兵が常駐)の検閲にひっかかれば、報道禁止、責任者処分。

    検閲行政の総本山は内務省。
    安寧秩序を乱し、または風俗を害する」出版物の発行や販売を差し止める権限を持つ。

    日中戦争突入後は、外務省、陸海軍、税関と連携して、水も漏らさぬ警戒網がしかれた。

     海外からの輸入刊行物で輸入禁止処分を受けたもの。

     我軍が無辜の民に残虐なる行為を為せる如く曲説するもの」
     「我軍が国際法違反の戦闘手段を行使セルせる如く曲説するもの」
        昭和13年1月、25件。2月109件。3月79件。(「出版警察法」内務省警保局図書課)(p22)

     南京事件関連の報道は輸入禁止。

     海外特派員による、欧米新聞の報道を転載紹介する記事もカットされた。

     出征兵士たちの家郷への通信は、所属部隊と野戦郵便局の厳重なチェック網にひっかかった。

     帰還兵たちの略奪品の持ち帰りを防ぐために、憲兵が乗船場で荷物検査。
******

秦氏は、このように、検閲は厳重だった、とは書くのですが、

では、南京事件を証言する元兵士の日記は、
「その検閲体制を、どのようにくぐりぬけたのか」、

という点になると、全く説明していないと思います。

南京大虐殺に関しては、内容が内容です。

普通の日記ならまだしも、虐殺証言が「たくさん出てくる」
ことには、首をかしげざるを得ません。

<<旧日本軍は下級兵士にまで日記をつけることを奨励したらしい>>
というのは、どこでわかるのですか?

Re: 初等教育?防衛庁資料?

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2012/01/31 17:30 投稿番号: [38489 / 41162]
井家又一なる人物の教育程度はどうなんでしょうか。教育程度と軍隊での階級は必ずしも相関しないのではないでしょうか。つまり階級が低くても教育程度が低いとは限らない。

しかし、初等教育程度であれだけの達筆(変体仮名等の使用も含め)なら、よほどの理由がないかぎりちょっとおかしいですね。

それから、あの達筆と文法的に変則な表現はそぐわないですね。そして「ている」と「てゐる」の問題。

余談ですが、旧日本軍は下級兵士にまで日記をつけることを奨励したらしいから、旧日本軍兵士の日記なるものがたくさん出てきてもそのこと自体はおかしくないでしょうね。

Re: 初等教育?防衛庁資料?

投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/31 14:44 投稿番号: [38488 / 41162]
その方に言ってあげてください。

「南京事件の歴史認識は、旧石器時代の捏造事件のように、ごく少数の限られた史料に依拠しているわけではありません。
数多の史料の中で、個々の史料が偽書であることが解明されたとしても、その史料を排除すればいいだけのことで、歴史認識全体を左右するような性格の問題にはなりえないと」

この言い草自体が、ニュートラルに事実を探求する姿勢ではなく、結論ありきの史料探しを意味しますよってね。

「ごく少数の限られた史料に依拠しているわけではありません。」というのであれば、その根拠と共に依拠する多くの史料を裏付けと共に提示して、その方の肯定する歴史認識を結論付けていなければ、「歴史認識全体を左右するような性格の問題にはなりえない」などとは論理的に帰結しないということですね。

論理的弁証が出来ない部分を憶測や推測で埋めるというのは、証明に値しません。
論理的弁証を補足するものが確証となる物証や裏付けの取れた証言です。
逆に、確証となる物証や裏付けの取れた証言から事実を導き出すのに必要なものが論理的な弁証なわけです。

nannkainosima さんの取り組んでいることは史料の裏取りなわけですから、その取り組みで疑義を持たれた史料を「排除すればいいだけ」とし、「他に幾らでも歴史認識を裏付ける史料がある」と言ってのけるのでしたら、nannkainosima さんの取り組み以上の裏付けをとった確定的な多くの史料を提示して弁証する必要があるわけです。

それが出来なければ、「それらしき史料は多くあるけれど、真贋不明で事実の特定にい至らない、故にそれらの史料で導き出した歴史認識は不確かなものでしかない。」という結論にしかなりません。

あなたの意見に物申した人のそれは、反論いも値しない観念的な言い訳のしか過ぎません。

初等教育?防衛庁資料?

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/01/31 09:37 投稿番号: [38487 / 41162]
「井家又一日記はニセモノ」という私の意見に対し、反論がありました。
それに対する私の反論を、書いておきます。

***
    <<おそらく初等教育しか受けていない市井の人間の公開を前提としない日記にまで、
      文法のお手本のような記述を求めることには無理がある>>

元兵士手書き「井家又一日記」は、

捕虜335人を殺害したと証言する、異常な日の個人日記の一部です。長文です。

井家又一日記は、
「著名日本人の日常手書き手紙」に比べても、さらに非常に達筆流麗な文字です。

比べてみてください。日本の著名人では、誰ひとりとして、井家又一ほどの達筆はいません。

     昭和10年平凡社『手紙講座』から、1890年から1893年までに生まれた人、1885年から1899年までに生まれた人、と、
     年代別の手書き文字もUPしました。http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/nenndaibetutegakimoji.html

     最終的には、昭和10年刊・平凡社『手紙講座』
     http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/tegamikouzazenn.html

     の170人、全部の手書き文字例をUPする予定です。
        (手書きの画像画面から戻るには、パソコン上段のタスクバー?の「←」で戻る必要あり)

それほど文字を書く人なのに、

「本日新聞記者に自分は支那売店に立っている時」、とか「眺めらされる」とか、
文法的に違和感があるのは奇妙だと思います。

日本人は普段は使わなかった、変体がなや画数の多い「大字」と呼ばれる漢数字を使い、

言葉の使い方も、おかしな点が目立ちます。

旧かな遣いでは「ゐる」のはずなのに、現代かな遣い「いる」が出てきます。

戦前の軍では使われなかった「捕獲」という新しい用語が使われています。

「おそらく初等教育しか受けていない市井の人間の、公開を予定していない日記」
という認識は、おかしいのではないでしょうか。


******
<<偕行社『南京戦史資料集』に収録されている史料も、日記だけではなく、
軍の作戦命令、通牒、訓示、作戦経過概要、戦時旬報、戦闘詳報など多岐にわたります
(これら軍関係の史料は防衛庁防衛研究所に所蔵されていたものが中心です)。

  南京事件の歴史認識は、旧石器時代の捏造事件のように、ごく少数の限られた史料に依拠しているわけではありません。
数多の史料の中で、個々の史料が偽書であることが解明されたとしても、その史料を排除すればいいだけのことで、
歴史認識全体を左右するような性格の問題にはなりえないと   >>


防衛庁防衛研究所のものは、戦後に米軍に押収されたものが、防衛庁に返還された、マイクロ化されて変換された、
という経緯だったと、歴史科学協議会編『歴史科学入門』三省堂の藤原彰氏の文p186にあります。

井家又一日記は、秦郁彦氏が元兵士だと名乗る人たちから手渡されたものだ、ということになっています。
参:秦郁彦『南京事件』経過レジュメ  
  http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/hata.nannkinnjikenn.tyuukousinnsyo10.htm l

秦氏は米国経験の長い中道穏健派、ということになっていますが、
私は、日記を手にして何とも思わなかった秦氏にも、疑問を感じています。

私は、米国は、原爆投下に際して、欧米では大量に出回っていたティンパーリーの南京大虐殺報道が、
参:http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/hata.nannkinnjikenn.tyuukousinnsyo.html

免罪符になると考えた、そういう面もあると思っています。

つまり、米国にも、南京大虐殺宣伝報道に、加担する動機はあると考えています。

要するに、米国から返還された防衛庁史料も、必ずしも安心するわけにはいかない、という立場です。

***マイクロフィルムで返還されたのでは、紙質が確認できない。本当に当時のものかどうか、
確認のしようがないではありませんか。

防衛庁に米国の息のかかった人がいれば、策略は大成功、
という可能性も、ないわけではないでしょう。

スパイ大作戦や推理小説なみに、あらゆる可能性を考えれば、何でもあり得る。
おかしな部分が存在する以上は、その疑問を追及\xA4

◆検証 南京大虐殺捏造の背景⑤

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/01/31 00:41 投稿番号: [38486 / 41162]
●「南京大虐殺」はなかった(当たり前であるが)

  今まで見てきたように、日本軍の進出は内戦の終結、平和の確立、共栄圏の建設を目的としたものであって、決して破壊や虐殺を目的としたものではありませんでした。これは、国土の焦土化や、民衆の殺戮を平気で行なっていた中国軍とは、きわめて対照的です。
  日本には、もともとサムライの時代から、民衆の虐殺や焦土化の思想はなかったのです。日中戦争は北京の近くで始まりましたが、北京は無傷でした。武漢三鎮も無傷のまま。他の都市も全部無傷です。日本軍は、都市を破壊する気も、住民を虐殺する気もさらさらなかったのです。
  日本軍は、都市に近づくときには必ず自由都市(オープン・シティ)宣言をしました。降伏するなら、都市を破壊することもしないし、住民の安全を保証するということです。歴史ある都市を戦場にし破壊していけないからです。
  日本軍は圧倒的に強かったので、たいていの都市では、中国軍はたいした抵抗をすることもないまま逃げ去り、都市は明け渡されました。しかし南京で、中国軍は珍しく若干の抵抗をみせました。
  南京防衛軍司令官の唐生智が「俺に頑張らせてくれ」と言ったので、蒋介石も「頑張れ」と言ったのです。彼が最後まで頑張れば、ある程度、中国軍の統制もとれたでしょうが、この司令官は情けないことに、途中で逃げ出してしまいました。
  司令官を失なった中国兵たちは、自分たちも逃げようとしました。けれども彼らの多くは、逃げる味方の兵隊を後ろから撃つ「督戦隊」に殺されました。また中国兵の中には、逃げれば督戦隊に殺されるし、残れば日本軍に捕まるということで、民間人を殺し、その着物をはぎ取って着る者たちもいました。
  こうした民間人に化けた中国兵は、それがばれたときに日本兵によって殺されることもありました。そのようなことはありましたが、南京で、日本軍による住民の大量虐殺というようなことは決してなかったのです。


中国は、かつて日本軍は南京で三〇万人の住民を虐殺したと、宣伝しています。しかし、これは中国共産党が流したでっち上げです。なぜなら、もし南京大虐殺があったなら、南京の安全地区にいた外国人は必ず、そのことを世界に発信したはずです。けれどもそのようなことはありませんでした。
  また、日本が南京に入る前にいた南京の人口は約二〇万人でした。これはいろいろな調査で一致している数字です。二〇万人の都市で、三〇万人を虐殺するのは不可能です。
  また、日本が南京を占領したあと、逃げていた市民たちが戻ってきて、一ヶ月後には人口二五万人になっています。これは南京学会が緻密に調査して出した、信頼できる数字です。また大虐殺が行なわれた都市に、住民が戻ってくるわけがありません。
  また南京大虐殺の「証拠写真」と言われるものも、今日ではすべて全く関係のない写真か、捏造によるものであることが、明らかになっています。東中野修道著『南京事件「証拠写真」を検証する』などに、詳しく書かれています。
  何年か前、中国系アメリカ人のアイリス・チャンが、英語で『ザ・レイプ・オブ・南京』という本を出し、アメリカでハードカバーで約五〇万部も売りました。これは日本軍が南京で三〇万人虐殺という蛮行を行なったと宣伝する本で、アメリカ人にウソをばらまいたものです。
  しかしそののち、彼女が書いたことや、そこに使った写真があまりにインチキであることが、多くの批判書によって明らかになりました。そうした中、彼女は二〇〇四年の暮れに、ピストル自殺しています。
  その理由として、『ロンドン・エコノミスト』はその記事の中で、彼女は自分が書いたことがあまりにインチキと批判されたため、それが「南京虐殺はなかった」と主張している人たちに有利に働いて、それを気に病んだのではないだろうかと推定しています。

   
                以上『日中戦争の真実』より引用

◆検証 南京大虐殺捏造の背景④

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/01/31 00:40 投稿番号: [38485 / 41162]
共栄圏をつくろうとした日本

  一九三七年から始まった日中戦争でしたが、日本はすでに一九四〇年には、すでに中国の華北と、華中の一部を支配下におき、その統治を親日政権である汪兆銘(おうちょうめい)の南京政府にゆだねていました。
  日中戦争は八年間続いたと一般にいわれますが、実際には日中の戦闘は一年半あまりで終結し、あとは日本軍はそれ以上領地を広げようとせず、占領地域でのインフラ建設や、経済建設に集中したのです。
  その支配地域では、経済、財政、物価、治安が安定し、民衆の生活は他と比べると天国と地獄ほどの差がありました。鉄道もつくられ、人々や物資の移動が容易になりました。よく「日本軍は一方的に略奪と破壊をした」かのように語られることがありますが、実際は全く逆だったのです。
  だからこそ、汪兆銘の南京政府や、そのもとにいる多くの中国人は日本を支持し、日本と共同して、その地域の発展のために働いたのでした。
  汪兆銘の南京政府が支配する地域では、戦前にも増して平和と繁栄を謳歌していました。その象徴が上海です。日中戦争中ですら、そのダンスホールや映画館はどこも満員という活況を呈していました。
  ロシアから逃げてきたユダヤ人たちの居住区も、この上海に設けられ、彼らはそこで安全に暮らしていました。
  一方、蒋介石や毛沢東が支配していた地域は、悲惨でした。ただでさえ彼らの軍隊が入ってきたので食糧が不足したばかりか、略奪、搾取が横行したため、たちまち住民は地獄の生活へと転落したのです。
  もっとも蒋介石は、日本人のような規律ある生活習慣を目指した「新生活運動」を実施し、中国兵の乱れた規律を正そうと努力はしましたが、それでもなかなか実を結ぶことはできませんでした。
  日中戦争中、アメリカがいわゆる「援蒋ルート」を通して、重慶にいる蒋介石軍に様々な物資を送り届けていたことは、よく知られています。兵器、弾薬、医薬品、食糧などですが、しかし山を越え、川を越えているうちに、重慶まで届いた物資は多くても当初の何分の一かに減っていました。
  それらの地域を支配する匪賊や、他の武装勢力に、通行料として一部物資を渡していたからです。当時、日本の支配地域以外の中国大陸には、匪賊が約二〇〇〇万人もいたといいます。それは中国軍の約一〇倍に相当します。彼らは略奪で生計をたてていたのです。
  また無事に重慶に届いた物資も、国民党幹部のポケットに入ってしまい、他の者には行き渡りませんでした。このように当時の蒋介石の政府が、米国の支援を食い物にしていたことは有名です。
  このように、日本の支配地域と、そうでない地域とでは中国民衆の生活に格段の差があったのです。日本はすでに日中戦争のさなかから、中国を近代的民主国家として自立させ、アジアの同胞として共に相携えて共栄圏をつくるために、非常な努力を積んでいたからです。
  しかしその望みも、やがて日本が日米戦争で敗戦を迎えたことにより、挫折しました。
  そのとき、日本は中国につくった工場や施設、インフラなどを破壊することなく、すべて正確な資産リストを添えて、中国の未来のためにそのまま置いてきました。それらは戦後の中国経済の発展の基礎となったものです。
  日本が去ったとき、中国では再び「国共内戦」、すなわち国民党軍と共産軍の内戦が勃発しました。これは実質的に、日本が残した遺産の奪い合いでした。そしてこの内戦での死者は、日中戦争中の死者よりも多かったのです。
  またこの国共内戦に共産軍が勝利し、中国を統一したとき、共産党はかつて自分たちがなした中国民衆への殺戮、略奪、搾取などを、すべて日本軍の悪行と宣伝して若者たちに教える教育を始めました。
  以前、私がこれら中国の歴史を「レムナント誌」に掲載したとき、ある日本人は「こんなことがあったなんて知りませんでした。一般に世間で言われていることと何と違うでしょう」と言いました。しかし、日本に留学しているある中国人クリスチャンが手紙をくれたのですが、こう書いていました。
  「先生は中国に関し真実を書いています。がんばってください」
  中国人も、知っている人は知っているのです。

◆検証 南京大虐殺捏造の背景③

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/01/31 00:39 投稿番号: [38484 / 41162]
もともと、中国の内戦に巻き込まれたかたちで、中国内部に足を踏み入れた日本軍でした。しかし踏み入れた以上、日本は、そこが共産主義国家になってしまうのを防ぐため、多大な尽力をなしました。またそこに、欧米の侵略や搾取の餌食とならない自立した民主的国家が誕生するよう、手を差し伸べたのです。
  日本は中国を「自分の領土」とするために戦っていたのではありません。日本は中国の「領土保全」をかかげ、誰からも侵略されない、中国人による中国人のための安定した国家がそこに誕生することを目指したのです。そして日本と手をたずさえて、アジアを共産主義から守る防波堤になること、そこに一大経済圏が生まれることを目指しました。
  ですから、日中戦争(支那事変)が始まった年である一九三七年、一〇月に、当時のローマ法王、平和主義者として知られるピオ一一世(在位1922-39)は、この日本の行動に理解を示し、全世界のカトリック教徒に対して日本軍への協力を呼びかけました。法王は、
  「日本の行動は、侵略ではない。日本は中国(支那)を守ろうとしているのである。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」
  といった内容の声明を出しています。

この声明は当時の日本でも報道されました(「東京朝日新聞」夕刊、昭和一二年一〇月一六日および一七日)。新聞は、
  「これこそは、わが国の対支那政策の根本を諒解(りょうかい)するものであり、知己(ちき。事情をよく理解している人)の言葉として、百万の援兵にも比すべきである。英米諸国における認識不足の反日論を相殺して、なお余りあるというべきである」
  と歓迎の意を表しています。ローマ法王がこのように日本の行動に賛意を表してくれたことは、欧米の誤解や反日主義に悩まされてきた日本にとって、非常にうれしいことでした。
  けれども、そのピオ一一世も、やがて一九三九年には世を去ってしまいます。そのため欧米の反日主義や、日米戦争勃発を防ぐまでには至らなかったのです。

◆検証 南京大虐殺捏造の背景②

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/01/31 00:39 投稿番号: [38483 / 41162]
本当の人民解放軍は日本軍だった

また中国軍と日本軍の性格を大ざっぱにみるなら、次のように言うことができます。
  中国軍が通った地は至る所、はげたかの大軍が通ったように略奪されました。さらに彼らは占領地域を去るとき、日本軍に何も残さないようにするため、「焦土(しょうど)作戦」を取りました。
  つまり退却のたびに、道路や工場、橋、潅漑施設、その他の施設を次々に破壊したのです。そのため中国軍が通るところすべてが荒廃していきました。彼らの行動の特徴は、略奪と破壊だったのです。
  それによって中国経済は破壊され、農業も工業も壊滅的被害を受け、人民は苦しむばかりとなっていました。とくに悲惨だったのは、民衆の大半を占める農民たちでした。
  一方、そのあとにやって来た日本軍は、当初から農民たちの救済と、中国経済の再建に取り組んだのです。日本軍が占領した地域は、中国本土の人口の約四〇%、また耕地面積の五四%に及びましたが、日本はすぐにその地域での農業再建、道路や潅漑施設の復興、工場の再建などに取り組みました。
  日本は中国の住民の救済、治安維持、戦災復興などに取り組んだので、それまで軍隊とは匪賊にすぎないと思っていた中国民衆は驚き、日本軍を熱烈に歓迎しました。統率がとれ、略奪や悪事を働かず、民衆を救う軍隊というものを、彼らは生まれて初めて見たからです。
  本当の「人民解放軍」は中国軍ではなく、日本軍だったのです。
  日本が占領地域でとくに力を入れたのは、農民の救済でした。日本政府はすでに一九三八年に中国での農業復興の計画を発表し、実行に移しています。それは日本・満州・支那(中国)の三国が相携えて、互助関係を築くことを目的としたものでした。
  それにより、日本の占領地域での農業は飛躍的に増大しました。日本人技術者が中国農民に、日本の農業技術を提供していったからです。もちろん戦時下のため、悪戦苦闘はありましたが、それでも日本の努力は多くのところで実を結んでいました。

農業だけでなく、軽工業、重工業などの再建にも取り組みました。日本はまた中国に鉄道を敷き、病院を建てました。疫病の多かった中国の衛生事情の改善にも努めました。さらに、絶望視されていた中国の製糸業を復興させたのも、日本の対中国投資によるものです。
  日本は、満州や、朝鮮、台湾などで行なっていた近代化建設事業を、中国でも、すでに日中戦争のさなかから始めていたのです。それによって占領地域のインフラ整備、産業の復興が行なわれました。
  日本政府の推計によると、一九三八年から終戦の四五年までの日本の対中国投資の累計は、約四七億円にも達していました。当時の日本の国家予算は約二〇億円ですから、どれだけ巨額かわかるでしょう。
  これは戦争に使ったお金ではありません。中国の国土と経済の復興に使ったお金なのです。このように、中国軍が各地を焦土化し、同胞を虫けらのように殺していたときに、日本は中国民衆の救済と、中国の近代化のために働き続けていました。
  中国人民の本当の敵は、日本軍ではなく、中国軍だったのです。中国軍は、蒋介石の国民党軍も、毛沢東の共産軍も、その頭の中にあったのは中国人民のことではなく、権力奪取のみでした。しかし日本は、なんとか中国を救おうと奔走していたのです。
  ですから、中国の老人でこの時代のことを体験した人々の中には、親日的な人々が大勢います。ふだんは中国政府の叫ぶ反日イデオロギーの中で大きな声では発言できませんが、彼らは当時の日本人が中国人にしてくれたことを知っているのです。戦後、日本人が中国大陸から引き揚げてくるとき、多くの日本人が帰りそこなって、そこに取り残されました(いわゆる中国残留孤児)。しかしそのとき、残留日本人を助けてくれた中国人たちがかなりいました。そうした中国人の多くは、戦時中の中国兵がいかに残虐非道であったかよく知っています。

◆検証 南京大虐殺捏造の背景①

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2012/01/31 00:38 投稿番号: [38482 / 41162]
中国民衆を虫けらのように殺した中国軍

中国軍と、日本軍の間には、大きな質的差異がありました。それは、中国軍は同胞である中国民衆を行く先々で強奪し、また大量殺害したのに対し、日本軍は行く先々で彼らを救済しようとしたことです。
  中国では伝統的に、民衆とは、戦乱で虫けらのように殺される存在であり、少なくとも権力者から愛護を受ける対象とはなっていませんでした。梁啓超は、中国の民衆を「戮民」(りくみん   殺戮される民)と呼んでいます。
  たとえば、「国共合作」により共産軍と組んで日本との戦いを始めた蒋介石の軍隊は、一九三八年、日本軍の進撃の道をはばもうと、黄河の堤防を爆破しました。このとき、大雨が降ったこともあって一一の都市と、四千の村が水没し、水死者一〇〇万人、その他の被害者六〇〇万人という大惨事となりました。
  しかも、それだけでは終わりませんでした。この人為的水害の結果、黄河の水路が変わり、周辺に大飢饉が広がったのです。そして、被災地で食糧不足に悩んだ中国軍部隊は、民衆から食糧の強奪を始めたため、飢饉はさらに深刻化しました。その惨状をみた当時のアメリカ人記者は、
  「道ばたには凍死者と餓死者があふれ、飢えた人々は屍肉を食べていた」
  と報じています。中国側はまた、事件直後から、堤防決壊を日本軍のしわざとして宣伝もしていました。しかし中国側のこの自作自演は、のちに外国人記者に見破られています。
  この堤防決壊のとき、日本軍兵士は一人も死にませんでした。それはただ、中国人を大量殺戮しただけで終わったのです。
  堤防決壊の直後、日本軍は堤防の修復作業を行なっただけでなく、被災した民衆の救助と、防疫作業を行ないました。日本軍は、中国軍から虫けらのように扱われた中国民衆を、必死になって救済したのです。
  こうした中国軍の性格は、蒋介石の軍だけでなく、毛沢東の共産軍でも同様でした。いや、共産軍はもっとひどいものでした。共産軍は、民衆から「共匪」(きょうひ)すなわち共産主義の匪賊と呼ばれていました。それは彼らが行く先々で、民衆に略奪、殺人、強姦を働いたからです。
  中国の軍隊は、共産軍でも国民党軍でも、基本的に軍隊というより、ルンペンを寄せ集めたような集団にすぎなかったのです。彼らが軍隊に入ったのは、占領地区で略奪が出来るため、食いっぱぐれがなかったからです。
  ですから中国の司令官は、ある土地を占領すると、最低一週間は兵士たちの好きなように略奪や強姦をさせました。また、そうしないと司令官が殺されてしまったからです。
  日中戦争における戦闘は、たいていの場合、日本軍が攻めると中国軍が撤退し敗走する、という形で進みました。ですから、激戦地を除けば、中国側が宣伝するほど日本軍に殺された中国兵の死者は多くはありませんでした。
  むしろ中国兵の死者の多くは、中国人が中国人を殺したものでした。中国の軍隊というのは、兵士たちの後ろに「督戦隊」(とくせんたい)がいたのです。督戦隊とは、後ろで「敵を殺せ、殺せ」と叫びながら兵士たちを戦わせ、逃げる兵士がいると、その兵士を撃ち殺す中国兵です。
  つまり中国兵が中国兵を殺したのです。中国史家・黄文雄氏によれば、日中戦争時の死傷者は、日本軍によって殺された中国兵よりも、そうやって督戦隊に殺された中国兵たちのほうが多かったくらいだといいます。
  また、中国兵は負傷すると、置き去りにされました。ある戦場で、中国兵の一団が塹壕(ざんごう)の中で戦死していました。それを発見した日本兵たちは、思わず涙を流したといいます。なぜなら彼らの足には、逃亡防止のための鉄の鎖がつけられていたからです。
  日本軍と中国軍とでは、質の上でそれほどの差があったのです。

Re: 歴史修正主義への日本と世界の認識(3

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2012/01/30 11:13 投稿番号: [38481 / 41162]
>「日本が   過去の歴史に正直に取り組んでいない
ことは、日本自身にとって大きな危害となっている」

そういうこと言うアメリカの御仁にはインディアンとか日独に対する無差別爆撃とか原爆とかベトナム戦争とでいってやればいいのでは?顔を真っ赤にしてくれるでしょうよ。

ちなみにアメリカの外交官や軍人は日本に赴任なりしたときは靖国神社には参拝しておりますけど。

>、「戦争犯罪人に敬意を表することは道徳的に
破綻している。   この習わしをやめなければならない」

ですから先に上記のお話をしてやればいいのでは?

>「ドイツのヒムラー、ゲーリングらの墓に花輪を置くに等しい」

とうのドイツ人曰く「戦争犯罪人と言う言葉を使うな!彼らは無実の罪で罰せられた人々だからだ!!」といっておりますけどね。
連中の言う反省は「ヒトラーとのその極少数が間違っただけで俺らは一切合財悪くない」ですし。

>「戦後ドイツは正しい選択をした。一方、日本は歴史の健忘症を
積極的に   促進させている――」  

だからインディアンとか以下略のお話をしてやればよろしかろう。
まぁ、連中は歴史の健忘症しているからキューバなどに侵攻しているのだろうけど。

ちなみに当時のアメリカのアジア担当の外交官曰く「日本の中国大陸でやっていることは南米におけるアメリカのやっていることと同じ=国益や安全保障のためです」とし「そういうダブルスタンダードしていると日本はわれわれを信用しなくなるどころか最悪戦争になりますよ」と何度も何度も言われているのだが。

>ドイツと   日本とでは
大きく   隔たっていることを   実感せずにはいられない。

つまり日本もドイツのように「国家補償とか難癖つけて踏み倒せ、個人賠償それっておいしいの?」とかすればよかったと。
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