南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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Re: 旅団命令ニヨリ「捕虜ハ全部殺スベシ」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 09:31 投稿番号: [26000 / 41162]
>第十三師団歩兵第百三旅団指揮下の歩兵第六十五聯隊基幹
Y支隊長の日記には、捕虜の処置について
軍司令部と打ち合わせしたこと、そして
その結果、
「皆殺しにせよ」との支持があったことが
記されている。
↑戦時服務規程によると、現実にこのようなことは起こりうることはない、和田罪チョン。
隷下部隊が直属の上級部隊を超えて、司令部と直接連絡を取ることはない、馬鹿な和田罪だな。
総司令部→方面軍司令部→師団司令部→聯隊司令部→大隊司令部→中隊司令部→小隊→分隊
これが命令系統だ、和田罪作りチョン。
報告もこれの逆を行くんだよ、飛び越えることはない、和田罪作りチョン。
特に戦闘中はこの規則は徹底して守られる、和田罪作りチョン。
チャンと要務令を調べることだな、和田罪チョンチョコリン。
特にこのような支隊は、本体との連絡は密に取り、命令を受け取るが、受給部隊を飛び越えて連絡を取ることはない、和田の作り事だな、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 25967 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: mokneybrain123氏
投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2008/09/16 09:26 投稿番号: [25999 / 41162]
お気ににさわったらごめんなさい。でもこれでいいと思います。
ワダ罪君の25907にたいするthirteen_satanさんのコメントに関するコメントです。
>出所の怪しい資料を元にして「一部でこうだからこうに違いない」
典型的な印象操作。
それも手垢にまみれた使い古しのな。
例の資料(銃剣による捕虜刺殺)に関して、トカゲさんが和田君を追い詰めました。貴殿の上記のコメントはそれを踏まえてのものととりました。
これは メッセージ 25944 (thirteen_satan さん)への返信です.
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 07:59 投稿番号: [25998 / 41162]
通常の戦闘以外何も見なかった、和田罪、これ以上罪を犯すな、馬鹿目。
これは メッセージ 25997 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 07:18 投稿番号: [25997 / 41162]
世界中が歴史的事実として認識されている南京虐殺事件をめぐっては、
日本国内に限っては、それを否定するという宣伝が
後をたたない。
これは国内での対立にとどまらず、日本に対する不審感を世界に広げ、
国際的信用を失う要因を作り出している。
否定論が持ち出されるうえでの「争点」は、おもに次の点だろう。
1.犠牲者の数(数万人〜30万人超の諸説あり)が確定できない
2.「事件後、南京の人口が増えた」という説の真偽
3.「ゲリラ(便衣兵)殺害は戦闘行為」という説の真偽
その他
さまざまな否定論・「まぼろし」論は
なにゆえに出てくるのか。
まず、犠牲者の数が
どれくらいなのか
ということだが、
中国側は
公式的には30万人というふうに発表している。
これは
何がベースになっているかというと、東京裁判のときに出た
26〜27万人という犠牲者の数や、当時の埋葬記録を合計すると
27万という数字になることが
ベースになっていると考えられる。
しかし、これには
さまざまな説があり、日本の歴史学の研究者では、
10数万から20万人ぐらいだろうという見解が
圧倒的に多い。
また、虐殺とは何かという定義を
いろいろと細かくしていって、
捕虜を殺したのは一種の「戦闘行為」であり、
「戦闘行為は虐殺ではない」と主張する者もいる。
そうなると
犠牲者数は
さらに少なくなり、数万人になってしまう。
極端な場合、虐殺は一件もなかった
という者もいるが、
これは、まずあり得ない。
現に
そこで、日本側の人間が
その光景の目撃者が記録しており、
これは
リアルタイムで付けられた記録で、
しかも
複数の人間が
その現場を見ているのだ。
また
事件後、南京の人口が増えたという説がある。
これは大抵の否定派の本に書いてあり、それを真に受ける者もいるが、
実は
ここで言うところの「南京の人口」というのは、
南京の一部分の人口のことだというのが実態だ。
戦闘が展開された南京市というのは
非常に広大な領域であり、
その中に
城壁で囲まれた
「南京城区」と言われる部分がある。
普通、我々が
南京としてイメージしているのは、この南京城区だ。
さらに
その中に、国際安全区と呼ばれる難民避難地区があった。
人口が増えたというふうに記録されているのは、この国際安全区なのだ。
つまり、南京全体の人口が
事件の前より増えたというような話ではなく、
多くの人が避難してきたから安全区の人口が増えたというだけのことだ。
これを、南京の人口が事件の前より増えたというふうに
真ん中を省略して
語ってしまって、人口が増えたぐらいだから
虐殺はなかったんだ、
という話に繋げているのだから、うっかりすると
騙されてしまう。
もう一つ、ゲリラ──当時の言い方だと「便衣兵」と言うのだが、
その殺害は「戦闘行為」であるから虐殺ではないんだ、という者もいる。
しかし当時、日本の兵隊たちが
実際にどういうことを見たのか、
この「ゲリラの殺害」が
どういうものであったのか
という実態を、
きちんと史料に基いて把握しなければ、議論にはならないだろう。
今後とも、旧日本軍関係者が残した記録資料を丹念に掘り起こし、
真実を見極めて行きたい
と考えている。
南京で日本兵は
何を見たのか──
大本営発表のみを信じ込む諸氏には
おそらく想像も及ばない
歴史の事実が発見できるに違いない。
ぜひ
ご期待願いたい。
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「日本軍は銃剣を使用しなかった」論
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:48 投稿番号: [25996 / 41162]
結局自説を証明することが出来ないと言うことだな、恥ずかしくないのかね、和田罪作りは。
人の説を解説するより自説を証明することが先決だとみんな思って居るんだろうけどな、和田罪作り。
馬鹿の限界極まれりと言うことだな、和田罪作り。
銃剣術教本によると、
第一条剣術の目的は白兵の使用に習熟せしめ剛健なる気力を養成するにある。
第二条
剣術は常に前項の目的を達成するのみ成らず合わせて胆力を練り耐力の養成に著しく効果あるものなり。
第三条
剣術は実戦に鑑み勇壮果敢敵を圧伏するの気力を持って之を行うべし然れども厳に規律を守り礼譲を重んずるを要す
↑実戦では相手気力で圧伏せよと言うことだな、馬鹿は理解できない様だけどな、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 25995 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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「日本軍は銃剣を使用しなかった」論
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 00:31 投稿番号: [25995 / 41162]
このような
何の根拠もなく、また
常識的にも考えられないような
馬鹿馬鹿しい話を
必死で繰り返すのが、馬鹿ネコと呼ばれる理由だ。
日本軍では、銃剣の使用を禁止するどころか、むしろ奨励しており、
そのための技術である「銃剣術」も
さかんに訓練されていたのだ。
銃剣術の技は、刺突、斬撃、小銃の銃床部分を利用した打撃が基本で、
弾倉部分や銃全体での打撃や
敵の銃剣攻撃をかわす方法、
敵に剣を刺突したままでの発砲などの技術もあった。
もちろん
実践では、敵兵も激しい攻撃を返してくる。
銃身が歪んだり、照準が狂うことも
不思議ではなかった。
捕虜の刺殺は、白兵戦とは
まったく状況が違う。
捕縛されて自由を奪われている
捕虜を刺殺する際には、剣先を
人体の柔らかい急所部にあてがい、一気に突き刺すことで完了する。
もちろん
斬撃も殴打も必要としない。
この程度で、硬い木製の銃床に
全体を支えられている
鉄製の銃身が
「曲がる」
というなら、そもそも
過酷な戦場で
使用される武器としては、とても
役に立つシロモノではない。
むしろ
射撃のほうが、銃全体にかかる衝撃としては
強力だろう。
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馬鹿和田理論の出所は何か?
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:25 投稿番号: [25994 / 41162]
↑頑張って示せ、和田罪作り。
これは メッセージ 25992 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 初年兵の銃剣訓練
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:24 投稿番号: [25993 / 41162]
これは メッセージ 25986 (victor_e_frankl さん)への返信です.
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馬鹿ネコ理論の出所は何か?
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 00:12 投稿番号: [25992 / 41162]
捕虜を刺殺したという証言はウソだ、銃のことを勉強しろ馬鹿目、
こう言って他人をウソつき呼ばわりした馬鹿ネコは、
いったい
何を根拠にして、日本兵は銃剣を使用しなかったなどという
デタラメを
思いついたのだろうか。
いろいろ調べてみたが、どこにも
銃剣で捕虜を刺殺した程度で
頑丈な軍用銃が「曲がって使えなくなる」という話も、
また、それを理由として
日本軍兵士が銃剣使用をやめた
などという記録も見あたらなかった。
ただ、ウィキの解説に、次のような記述があった。
おそらく、馬鹿ネコは
これを
曲解したのではないだろうか。
↓
「銃剣」
着剣し、白兵戦で刺突に使用した小銃は、その衝撃で照準器が
ずれることが多く、照星や照門の微調整をやり直す必要があった。
「三八式歩兵銃」
銃身の細い三八式歩兵銃で白兵戦をした場合、銃身に歪みを生じる
可能性が大きく、命中精度を低下させかねない(中略)実戦における
銃剣は、倒れている敵兵の生死の確認などに使用する程度である。
白兵戦は、文字通り
兵士が激突しての肉弾戦、命懸けの格闘であり、
ただ刺突するだけでなく、銃床や銃身自体も利用して
打ち払い、殴打し、
激しい衝撃が銃にかかることになり、照準を狂わせたり
命中精度を落とす可能性はあった、ということだ。
捕縛した捕虜を刺殺することは、白兵戦とは
まったく状況が異なる。
頑強な銃身が曲がって使い物にならなくなる、などという馬鹿な話はない。
実際、捕虜を刺殺した
という記録や証言は、数多く存在するが、
そのたびに
銃が使えなくなっていた、という記録は
存在しない。
日本軍の小銃には
「菊の御紋」が刻印されていた。
天皇ヘイカから預かった武器を、簡単に
使い物にできなくしたならば、
兵隊としては、重罪に値するものであり、重営倉送りは確実だったろう。
馬鹿ネコは、捕虜を刺殺したという証言は
「ウソ」だと言う。
もしも、この馬鹿ネコ理論が正しければ、
そして
戦場を体験した元日本兵が、もしも
「ウソ」をつくとしたら、
「刺殺した」とは言わずに
「射殺した」と
証言するはずだ。
そのほうが
信憑性が高い
ということになるからだ。
だが、実際には
馬鹿ネコ理論とは
逆だったのだ。
銃剣を使わなかったどころか、日本軍兵士の多くは、
できるだけ
貴重な弾薬を節約するため、
捕虜の「処刑」には、銃剣を
使用していたのだ。
それだけ
弾薬や兵器を
大切にしていた軍隊が
「小銃が曲がって使えなくなる」ようなマネは、するわけがない。
馬鹿ネコ理論が正しければ、
銃剣の装着そのものを
禁じていたはずだろう。
そんなマヌケな記録は、いったい
どこに
あると言うのだろうか。
これは メッセージ 25985 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25992.html
Re: 「日本兵は銃剣を使用しなかった」のな
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:04 投稿番号: [25991 / 41162]
>日本軍式の銃剣術は、槍術を起源とすることもあり、
↑チャンと調べもせずに。白兵戦を考慮して作ったものなんだよ。
当時はこれが世界の主流だった。
>三八式歩兵銃の長さを生かした突き技が
↑銃身の長さは飛距離と精度を高めるため、銃の勉強不足だな、和田罪ちゃん。
>もっとも重要視されて
徹底的に訓練され・・・
↑銃の射撃精度を高め、銃弾の経口を大きくすると、日本人は重い銃となるので、6.5㎜という口径が採用された、もっと勉強せい、和田罪チョン。
後に7.7ミリを採用する様になったが、日本軍の主流は6.5㎜だった。
防衛省の資料室には関係書物が、五万と在るぞ、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 25987 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 「日本兵は銃剣を使用しなかった」のな
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:55 投稿番号: [25990 / 41162]
実銃を使っては訓練をしていない、模擬銃(木銃)を使っていた、馬鹿だね調べもしないで、和田罪ちゃん。
歩兵操典に乗っているからチャンと調べることだな、防衛省戦史資料室にあるぞ、和田罪チョン。
これは メッセージ 25985 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25990.html
Re: 小銃が捕虜を刺殺したぐらいで曲がるの
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:44 投稿番号: [25989 / 41162]
戦闘詳報の正当性を示せないお前が馬鹿なのだ、和田罪ちゃん。
遁走はいつもの銃と銃剣しかないからね、馬鹿目。
これはチャンと計算書まで示したことを、お前は忘れた様だな、健忘正目。
これは メッセージ 25983 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:41 投稿番号: [25988 / 41162]
これは メッセージ 25980 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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「日本兵は銃剣を使用しなかった」のならば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:38 投稿番号: [25987 / 41162]
日本軍式の銃剣術は、槍術を起源とすることもあり、
三八式歩兵銃の長さを生かした突き技が
もっとも重要視されて
徹底的に訓練され・・・・
という
ウィキペディアの解説は
ウソなのかな?
これは メッセージ 25985 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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初年兵の銃剣訓練
投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/09/15 23:36 投稿番号: [25986 / 41162]
「あの時は怖かったなあ。今から思うと可哀想なことをしたもんや。俺たちが銃剣で突き殺したあの若い中国兵の顔が、俺の従兄弟そっくりやったんや」
長谷が殺した相手の顔を覚えていたとは意外だった。私は血まみれになって死んだ相手の様子は覚えていても、顔まで覚えていなかった。
(『初めて人を殺す』井上俊夫
岩波現代文庫)
そうして、こんどは私たちに「肝試し」が命じられました。正確にはこれを「刺突訓練」と呼んでいました。銃剣で、後ろ手にしばられて立たされている中国人を突き刺すのです。目隠しもされていない彼らは、目を開いてこちらをにらみつけているので、こわくてこわくてたまらない。しかし、「かかれっ」と上官の声がかかるのです。私は目が開けられず、目をつむったまま、当てずっぽうに刺すものだから、どこを刺しているのかわかりません。そばで見ている古年兵にどやされ、「突け、抜け」「突け、抜け」と掛け声をかけられる。どのくらい蜂の巣のように刺したかわかりません。しまいに、心臓にスパッと入った。そうしたら「よーし」と言われて「合格」になったのです。こうして、私は「人間を一個の物体として処理する」殺人者に仕立て上げられたのでした。
(『私は「蟻の兵隊」だった』奥村和一・酒井誠
岩波ジュニア新書)
これは メッセージ 25982 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25986.html
「日本兵は銃剣を使用しなかった」のならば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:22 投稿番号: [25985 / 41162]
日本軍兵士には「銃剣道」の訓練が奨励されていた、
というのも
ウソなのかな?
これは メッセージ 25984 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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「日本兵は銃剣を使用しなかった」のならば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:21 投稿番号: [25984 / 41162]
三十年式銃剣は、はたして
どこの国に
輸出されていたのだろうか?
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小銃が捕虜を刺殺したぐらいで曲がるのか
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:19 投稿番号: [25983 / 41162]
バカ猫理論が正しければ、たしかに
多くの証言が否定される。
南京虐殺否定論にとっては、じつに好都合であり、
人を馬鹿呼ばわりできるほどの
有力な根拠となる。
しかし、どこを
どう探しても、日本兵は
銃剣を使用しなかった
などという
可笑しな記録も
証言も
見当たらない。
馬鹿ネコくんは、いったい
何を根拠にして
このような珍論を振りかざし、他人を「ウソつき」呼ばわりするのだろう。
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実証できない和田罪ちゃんでした
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:19 投稿番号: [25982 / 41162]
>見苦しいねぇ。
逃げ口上はいいから、はやく「実物」を見せてごらん。
自分で言っておきながら、証拠も示さないから
みんなに
馬鹿ネコ、バカ猫、捏造屋と言われるんだよ、ばかねこ君。
↑見苦しいと良く分かっている様だね、証拠を見せられないことが、お前のことだぞ、和田罪ちゃん。
チャンと戦闘詳報の全文を示せ、お前が調べたという、和田罪ちゃん。
これは メッセージ 25979 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:16 投稿番号: [25981 / 41162]
お前が言っていた防衛省の資料によると、銃剣の訓練用の銃剣と銃は、各部隊に、別途配付されていた様だな、馬鹿目。
これに漬かって廃棄処分になった銃剣と、銃の返還変換資料もある様だな、お前は調べて入るんだろ、和田罪チャン。
通常銃の訓練は自前の銃を使うけれども、故障が多いので、特別に訓練用の銃が各部隊に支給されていたんだよ、和田罪ちゃんが調べない資料。
これは メッセージ 25974 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25981.html
Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:15 投稿番号: [25980 / 41162]
>寒さで日本兵は立たなかったからだ
馬鹿ネコ理論は、だいたい
その程度だろう。
南京大虐殺で問題視すべきは、捕虜の殺害だけではなく、
一般住民への暴行、とりわけ
数多くの婦女に対する強姦殺人だろう。
なぜ、このような行為が行われ、また
それを防げなかったのだろうか。
当時、日本と同盟を結んでいた友好国ドイツの在中国大使館の報告でも、
日本軍の残虐行為を
くわしく報告している。
当時、ドイツ大使館の書記官が、直接
本国の外務省に報告を送っていた。
この報告は、ベルリンの旧東ドイツ国立公文書館に残されており、
ドイツ統一後に公開されている
(0102在大使館報告「2208日中紛争203〜205」)。
ドイツ本国に送られた大使館の報告によれば、
直接ドイツ人が見聞した日本兵の殺人や強姦の例が多数あげられている。
ドイツ大使館にまで、女性を渡せと日本兵が侵入してきたことまで報告し、
37年12月24日には、「日本兵による民間人に対する行為のもっとも
忌まわしい事実があきらかになった」
「ドイツの政策目標である共産主義拡大防止に明白に対立するものだ」
としている。
38年1月15日の報告では、
「日本軍が占領してから1月以上もたっているのに、女性や少女の連行と、
暴行も同じく続いている。この観点から言えば、日本軍はここ南京において
みずからの恥辱の記念碑をうちたてた」
とまで記録されている。
同年2月10日の報告には、米国人神父が撮影した映画フィルムを同封する
とし、このフィルムは
残虐行為を雄弁にものがたっているから、
「総統にもぜひ、映画をご覧いただきたいと願う」
としている。
このとき同封された解説文は
ベルリンに残されているが、
フィルムは残されておらず、ヒトラーが
実際に、これを見たかどうかは
今となっては
知るすべがない。
当該フィルムは、米国で発見された『マギーの遺言』と題する映画と
おそらく
同じものであったと考えられる。
当時、南京の国際員会委員長は、ドイツ人の
ジョン・H・D・ラーべ
という人物だった。
彼は、38年2月に帰国して報告書を作成している。この報告書には、
日本軍が捕虜を数千単位で処刑したり、集団で略奪や強姦を繰り返した
と記録されており、非戦闘員で殺された者については
「5万から6万人ぐらい」と
述べている。
ラーベが記した非戦闘員犠牲者の数は、彼が居た安全区内
もしくは
周辺市街だけに限ったものだ。
一般住民の被害は、市内よりも
周辺農村部のほうが多かったのであるし、
調査が十分に行われたわけではないので、これらの数字は
最低限のもの
と考えるべきだろう。
一般市民の被害者数を
正確に数えることは
もはや困難なことだ。
問題は、日本軍による一般市民への残虐行為
とくに殺人、強姦が
多出した
という事実だ。
否定派は、その数が「少ない」から
「大虐殺ではない」と主張している。
しかし
それは、ドイツの記録文書をはじめ
第3者のあげる数字も、
まして被害者側のなまなましい証言も
すべて無視するものであって、
まったく根拠に欠けるものだ。
これは メッセージ 25976 (japanese_boy_03 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25980.html
Re: 実証できない和田罪ちゃんでした
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:15 投稿番号: [25979 / 41162]
>銃剣の件より、
見苦しいねぇ。
逃げ口上はいいから、はやく「実物」を見せてごらん。
自分で言っておきながら、証拠も示さないから
みんなに
馬鹿ネコ、バカ猫、捏造屋と言われるんだよ、ばかねこ君。
これは メッセージ 25978 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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実証できない和田罪ちゃんでした
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:11 投稿番号: [25978 / 41162]
>銃剣で捕虜を刺殺した程度で、堅牢な軍用銃が「曲がり」、
「使い物にならなくなる」という証拠は、
いくら探しても、防衛省には
存在していなかった。
捏造屋の馬鹿猫くんが言う、「銃剣使用で小銃が曲がる」という根拠は、
いったい
どこに
あるのだろう?
↑銃剣の件より、お前が示した原本の所在を示してお前が確認した資料の写しを示せ、これでウダウダ言わずに総て解決するのだ、馬鹿もんが。
お前凱之両を示すことが出来ないから、馬鹿、和田罪作り、捏造屋と言われんるんだ、馬鹿目。
これは メッセージ 25973 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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銃剣の使用によって銃が曲がるのであれば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:59 投稿番号: [25977 / 41162]
日本軍兵士は
銃剣を使用しなかった、という
この馬鹿ネコ理論が
正しければ、
なるほど、たしかに
「銃剣で捕虜を刺殺した」という
元兵士たちの証言は、全部
「ウソ」「捏造」だ
という理屈になる。
南京虐殺否定派諸氏は、ぜひとも
証明してみせて欲しい。
しかし、もしも
そうだとすれば
そうでなくとも
貴重な武器弾薬を大切に扱う日本陸軍は
小銃を使えなくする
銃剣の配備そのものを
禁じたはずだ。
実際には、
敗戦まで
大量に「三十年式」の銃剣が生産・配備され、
陸軍の歩兵に
装備され続けた
というのが
実際だ。
兵士に銃剣の装填を禁じた、などという資料も
見当たらない。
馬鹿ネコの主張は、どうやって
説明できるのだろうか。
お手並み拝見したい。
これは メッセージ 25974 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: japanese_boy_03 投稿日時: 2008/09/15 22:58 投稿番号: [25976 / 41162]
>日本軍の小銃は、銃剣を使うと
銃身が曲がって「使い物にならなくなる」
だから
日本軍兵士は
銃剣を使わなかった・・・・
これが、日本軍兵士が捕虜を刺殺したという証言が「ウソ」だとする
馬鹿ネコ理論だ。
はははは〜〜
ニャンコらしい理論ですね。
ニャンコ理論はみんなそんな類のものばかりですよ。
「南京でレイプが無かったのは、寒さで日本兵は立たなかったからだ」と述べていました(笑)
これは メッセージ 25974 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: ニャンコ、恵比寿は遠いか?
投稿者: japanese_boy_03 投稿日時: 2008/09/15 22:54 投稿番号: [25975 / 41162]
>>南京でレイプがなかった理由は、
>↑(^_^;)\(・_・) オイオイ男なら誰でも知っている、暗奔丹。
ところがこのトピでは誰一人として君に賛同した人はいなかったぜ。
それどころか、「寒くても、立つだろ」という意見さえあった。
寒くてできなかったのはニャンコだけで、
強靭な肉体を誇る日本兵ができないわけがないだろ。
だいたいその時の南京入城の写真をみてもわかるが、
冬用の防寒服は着ていないぜ。
つまりそんなに寒くはなかったということだな。
わかったか、あんぽんたん。
これは メッセージ 25972 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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銃が銃剣の使用によって曲がるという証明
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:50 投稿番号: [25974 / 41162]
日本軍の小銃は、銃剣を使うと
銃身が曲がって「使い物にならなくなる」
だから
日本軍兵士は
銃剣を使わなかった・・・・
これが、日本軍兵士が捕虜を刺殺したという証言が「ウソ」だとする
馬鹿ネコ理論だ。
南京虐殺を「ウソ」だと決め付ける根拠が
これだとすれば、
お得意の「実物」とやらが
どこかにあるのだろう。
ぜひとも、一度
「銃身が曲がって使えなくなった小銃」とやらを
見せて欲しいものだ。
あるいは、日本軍が
銃剣使用を禁止したという「命令書」の
「綴」とやらを、ご披露ねがいたいものだ(嘲
これは メッセージ 25973 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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銃が銃剣の使用によって曲がるという証拠
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:44 投稿番号: [25973 / 41162]
>防衛省にあったのか無かったのか、示してみろ、馬鹿目。
>お前の様な捏造屋が多いんだよ、馬鹿目。
銃剣で捕虜を刺殺した程度で、堅牢な軍用銃が「曲がり」、
「使い物にならなくなる」という証拠は、
いくら探しても、防衛省には
存在していなかった。
捏造屋の馬鹿猫くんが言う、「銃剣使用で小銃が曲がる」という根拠は、
いったい
どこに
あるのだろう?
これは メッセージ 25968 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25973.html
Re: ニャンコ、恵比寿は遠いか?
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 22:42 投稿番号: [25972 / 41162]
>おいおい、縮む話を最初にしたのは君だぜ(笑)
南京でレイプがなかった理由は、
↑(^_^;)\(・_・) オイオイ男なら誰でも知っている、暗奔丹。
これは メッセージ 25964 (japanese_boy_03 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25972.html
Re: 旅団命令ニヨリ「捕虜ハ全部殺スベシ」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 22:42 投稿番号: [25971 / 41162]
>八、午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
イ.旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何
ロ.兵器ハ集積ノ上別ニ指示スル迄監視ヲ附シテ置クベシ
ハ.聯隊ハ旅団命令ニ依リ主力ヲ以テ城内ヲ掃蕩中ナリ
貴大隊ノ任務ハ前通リ
↑全文を示せ。
これは メッセージ 25967 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 収蔵資料に拠れば「皆殺セトノコトナリ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 22:41 投稿番号: [25970 / 41162]
>防衛研究所資料室には、南京攻略戦に直接参加した部隊の中で、
上海派遣軍では
第十六師団の歩兵第三十三聯隊と
歩兵第三十八聯隊、
第九師団の歩兵第七聯隊、第三師団歩兵第六十八聯隊の第一、第三大隊、
第十軍では
第百十四師団の歩兵第六十六聯隊第一大隊、
歩兵第百五十聯隊、国崎支隊、歩兵第四十一聯隊の第三大隊、
同第十二中隊の
戦闘詳報などが
所蔵されている。
↑どの綴りに入っているか示せ。
これは メッセージ 25966 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25970.html
Re: 防衛研究所図書館所蔵資料閲覧ノススメ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 22:40 投稿番号: [25969 / 41162]
防衛省図書所蔵邢に在る奴を見たのであれば、どの綴りに入っているか確定しているから、チャンと示せ。
此所に所蔵されているもので書式に合致しないものはないからそのつもりでな、馬鹿目。
これは メッセージ 25962 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25969.html
Re: 南京虐殺否定派には良識のカケラはある
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 22:31 投稿番号: [25968 / 41162]
お前は自分の引用したもの在処を知らない様だな。
防衛省にあったのか無かったのか、示してみろ、馬鹿目。
お前の様な捏造屋が多いんだよ、馬鹿目。
これは メッセージ 25961 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25968.html
旅団命令ニヨリ「捕虜ハ全部殺スベシ」
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:30 投稿番号: [25967 / 41162]
第十三師団歩兵第百三旅団指揮下の歩兵第六十五聯隊基幹
Y支隊長の日記には、捕虜の処置について
軍司令部と打ち合わせしたこと、そして
その結果、
「皆殺しにせよ」との支持があったことが
記されている。
日記は続く。
18日に「捕虜ノ仕末ニテ隊ハ精一杯ナリ、江岸ニ之ヲ視察ス」とあり、
19日には「捕虜仕末ノ為出発延期、午前総出ニテ努力セシム」とある。
(「南京戦史資料集Ⅱ」偕行社、1993年)
日記には、捕虜の「仕末」についての具体的「方法」は記述されていない。
しかし、記述されていないこと自体が
その実態を物語っている。
記述を見れば、軍司令部の指示により
捕虜を殺害したことは明白であり、
それは、他の幹部や兵士の日記と照らし合わせれば
より確実になる。
それらの資料は、いずれも
17〜19日にかけて
部隊総出で大勢の捕虜を揚子江岸で射刺殺したことを記述している。
一つの支隊だけで、少なくとも1万数千人の捕虜を殺害したことが分かる。
第九師団については
史料が乏しいが、入城後の敗残兵剔出で、
歩兵第七聯隊戦闘詳報では6,670、同聯隊長の日記では
6,500を
「処断」したと記されている。
南京に至るあいだの戦闘や入城時に
同師団のその他の部隊が
まったく捕虜を殺していないということは
あり得ないことであり、
総数は膨大なものになったと考えるべきだろう。
第十軍の第百十四師団では、歩兵第六十六聯隊第一大隊の
戦闘詳報が
残されている。
そこでは、12月10日から13日のあいだに
捕虜1,657人を
捕らえたこと、この捕虜を
旅団命令で
14日に
すべて殺したことを、具体的に記述している。
記述によれば、数日間にわたって収容していた捕虜を、上部の命令で
組織的に虐殺したことが
あきらかにされている。
以下に
13日の記事の一部を抜粋してみよう。
八、午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
イ.旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何
ロ.兵器ハ集積ノ上別ニ指示スル迄監視ヲ附シテ置クベシ
ハ.聯隊ハ旅団命令ニ依リ主力ヲ以テ城内ヲ掃蕩中ナリ
貴大隊ノ任務ハ前通リ
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25967.html
収蔵資料に拠れば「皆殺セトノコトナリ」
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:26 投稿番号: [25966 / 41162]
防衛研究所資料室には、南京攻略戦に直接参加した部隊の中で、
上海派遣軍では
第十六師団の歩兵第三十三聯隊と
歩兵第三十八聯隊、
第九師団の歩兵第七聯隊、第三師団歩兵第六十八聯隊の第一、第三大隊、
第十軍では
第百十四師団の歩兵第六十六聯隊第一大隊、
歩兵第百五十聯隊、国崎支隊、歩兵第四十一聯隊の第三大隊、
同第十二中隊の
戦闘詳報などが
所蔵されている。
また、多くの関係将兵の日記も
収蔵されている。
第十六師団長の日記によると、同師団は
12月13日の一日だけで
2万4千〜5千人の捕虜を「片づけた」と記録しており、
同師団の旅団長も「我支隊のみで二万以上の敵は解決した」としている。
また、同師団隷下の歩兵第三十三聯隊の戦闘詳報では、
13日に捕虜2,896を「処断」したと記録されている。
上記の師団長日記が、もしも
誇大な数を記したものと仮定しても、
第十六師団全体では、少なくとも2万人を超す捕虜を殺したと考えられる。
上海派遣軍のなかで、もっとも組織的に捕虜の大量殺害を実行したのは
第十三師団歩兵第百三旅団指揮下の歩兵第六十五聯隊基幹Y支隊だ。
同支隊は、12月14日に幕府山付近で14,777名を捕虜にした。
この人数は、当時の国内の新聞にも報道されており、
同支隊の幹部や兵士の日記にも記録されているものだ。
上海派遣軍の参謀長の12月15日の日記にも
「支隊ノ俘虜東部上元門附近ニ一万五、六千アリ、尚増加ノ見込」
とあることから、14日以降も捕虜は増え続けていたことがわかる。
支隊は、この大量の捕虜を
いったんは収容したが、
隊の兵力の数倍にのぼる数で、その給養にも困惑した。
支隊長の日記によると、14日には
「恰モ発見セシ上元門外ノ学校ニ収容セシ所、一四七七七名ヲ得タリ」
「斯ク多クテハ殺スモ生カスモ困ツタモノナリ」、
15日には「捕虜ノ仕末其他ニテ騎兵少尉ヲ南京ニ派遣シ連絡ス」
「皆殺セトノコトナリ」と
記されている。
確認しておくべきことは、これが
日本軍全体でなく、
一個支隊だけが行なった事実の記録だ
ということだ。
残念ながら、加害者である日本軍は、敗戦にあたって多くの記録、
資料を隠滅してしまったために、ごく一部しか窺い知れないのが実態だ。
日本軍全体での虐殺行為は、推定によらなければならないが、
少なくとも、一個支隊だけで
大量の殺害が行なわれたことは
確かだ。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25966.html
Re: 防衛研究所図書館所蔵資料閲覧ノススメ
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/09/15 22:23 投稿番号: [25965 / 41162]
畝本正巳「証言による『南京戦史』」ね。
都合の良い所しかもって来てないが、
これを堂々と出すと言う事はお前の屑論に都合の悪い証言も無条件でOKなのかね。
やはり化石脳だ(嘲笑)
これは メッセージ 25962 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25965.html
Re: ニャンコ、恵比寿は遠いか?
投稿者: japanese_boy_03 投稿日時: 2008/09/15 22:21 投稿番号: [25964 / 41162]
>>ニャンコはソープ行くカネはあるんだから恵比寿へ行きなさいよ。
>↑お前が行くべきだな縮む経験をしてこい、馬鹿目。
おいおい、縮む話を最初にしたのは君だぜ(笑)
南京でレイプがなかった理由は、
寒いと縮んで生体反応がないということだったな(笑)
それからソープに関しては、君が別トピで詳しくかいていたからな。
常連らしきことはわかった。
そんなカネがあるなら、恵比寿へ行ってこいよ。
いいかい、ネットの世界だけではそれは妄想と同じなんだ。
真実を見てこい。
これは メッセージ 25960 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25964.html
wadatumi_voice21 には良識のカケラはない
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/09/15 22:17 投稿番号: [25963 / 41162]
それでお前はどう考えているのだ。
先にも言ったが笠原説でさえ共産支那では「否定派」だ。
結局自分の屑みたいな主張をしたいが為に印象操作を繰り返しているだけだ。
被害者の人数に触れていない?
それでは共産支那では「否定派」。
お前もさんざんこき下ろした「否定派」だな(嘲笑)
これは メッセージ 25961 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25963.html
防衛研究所図書館所蔵資料閲覧ノススメ
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:10 投稿番号: [25962 / 41162]
軍や師団の幕僚が捕虜の殺害を指示していた
という証言には、次のような例もある。
上海派遣軍の右翼を進んだ独立攻城重砲兵第二大隊第一中隊の中尉は、
12月14日仙鶴門鎮付近で大部隊を捕虜にした際の状況を証言している。
捕虜の数は約一万でしたが、早速軍司令部に報告したところ、
「直ちに銃殺せよ」と言ってきたので拒否しましたら
「では中山門まで連れて来い」と命令されました。
「それも不可能」と断わったら、やっと「歩兵四コ中隊を増援するから
連れて来い」ということになり、私も中山門近くまで同行しました。
(中略)
「直ちに銃殺せよ」とは、一体誰が決定し、誰が命令を下したのか。
当時、私の胸が痛かった印象は、従軍中はもとより今日に至るまで、
私の脳裡から離れません。
(畝本正巳「証言による『南京戦史』(5)」)
師団副官が捕虜を殺せと指示したという歩兵第三十八聯隊副官の
次の証言もある。
聯隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、
彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、
師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」と
電話で伝えられた。(中略)
部隊としては実に驚き、困却しましたが命令やむを得ず、
各大隊に下達しましたが、各大隊からは、その後何ひとつ
報告はありませんでした。
師団が捕虜の処置を決めて指示した史料も残されている。
第十三師団は、10月9日付師団司令部名で「戦闘に関する教示」を出し、
中国人捕虜の扱いについての方針を
次のように示していた。
(前略)捕虜中将校ハ之ヲ射殺スルコトナク武装解除ノ上、
師団司令部ニ護送スルヲ要ス
此等ハ軍ニ於テ情報収集ノミナラズ
宣伝ニ利用スルモノニ付、此ノ点部下各隊ニ徹底セシムルヲ要ス
但シ少数人員ノ捕虜ハ所要ノ尋問ヲ為シタル上適宜処置スルモノトス
(防衛研究所図書館所蔵「第十三師団戦闘詳報別紙及附図」第一号)
武装を解除した後の捕虜を、裁判もなしに
その場で処刑することは
明白な国際法違反であることは言うまでもない。
もちろん、捕虜になる意思を示して自ら降伏してくる敵も同様だ。
しかし、「事変」と称した殺戮の場では、戦時法の適用は無視され
道義的規範は完全に抹殺されたのだ。
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南京虐殺否定派には良識のカケラはあるか
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:09 投稿番号: [25961 / 41162]
政府の公式見解では、被害者の具体的な人数には触れないものの、
「日本軍の南京入城後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があった」
ことは
「否定できない」
として、南京虐殺の事実は
認めている。
もちろん、日本政府のみならず、世界的にも
「南京虐殺」は、隠しがたい歴史的事実として
認識されている。
南京虐殺を否定するのは、日本の
無知な馬鹿ウヨ以外には存在しない。
中国政府が、犠牲者数を「水増し」している
と仮定しても、
それが
南京での残虐行為自体を
否定する根拠には
ならない。
いまさら、南京での虐殺はなかった、強姦はなかった、などと
マヌケな議論をするのは、単なる恥さらしにすぎない。
また
そもそも、その犠牲者の人数が
問題の本質ではない。
現代に生きる
我々が、真剣に考え
議論すべきことは、
なぜ
規律に厳しいはずの
日本軍が、そのような行為を犯したのか、
なぜ
それを
組織として制止できなかったのかを
きちんと検証し、
歴史の教訓とすることこそが
重要なことだと思う。
日本政府の公式見解(外務省ホームページより引用)は、
「過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけ
アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に
認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、
戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいく決意」
である
としている。
そうであるならば、いまさら
日本軍は正しかった、などと開き直り、
日本政府の公式見解さえも否定する言動は、無責任の極みだ。
そもそも、降服した敵の捕虜を
裁判にもかけず無差別に処刑した行為も
非戦闘員を殺害し、婦女を暴行し、あるいは
食料などを強奪した行為が
たとえ
数千件、あるいは
百歩譲って、数百件しかなかったと仮定しても
そうした違法行為が
組織的に行われた事実を
率直に認めるだけの
真摯な態度、良識のカケラぐらいは
日本人として
持ち合わせて欲しい。
と言っても、馬鹿ウヨ諸氏には
無理な注文なのだろうか。
想像力の欠片があるならば、少しは
脳みそを
働かせて考えてほしい。
他国の軍隊が
「自存自衛」を名目にして
日本に大軍を送り込み
自分の住む町に進軍して来て、占領したと想像してみるがいい。
その占領軍兵士の「ごく一部」が、「偶発的」に
一般市民を殺害したり、
女性を強姦した場合に、その侵略国が、「それは戦争だから仕方ない」とか
「命令したわけではない、ごく一部の兵士が
勝手にやったことだ」だとか
だから「国家としての責任はない」、「虐殺とまでは呼べない」、などと
傲慢にも主張したとして、はたして
日本国民は
納得できるだろうか。
武器を持たない一般市民が
たとえ
2〜3人でも殺されれば、
あるいは
罪もない婦女子が陵辱されたならば、国際法にも人道的も
許されざる犯罪行為であり、「一部兵士」を監督できなかった侵略軍の
責任を
厳しく問うことになるではないか。
ましてや
その被害者が、自分の家族や
愛する人であったならば、
それは戦争だから
やむを得ない、と
済ましていられるだろうか。
問題は
被害者数などではない。
旧日本軍兵士の証言や記録に、仮に
誇張などがあったとしても、あるいは
中国政府の発表が、実際の10倍だと仮定しても、事実、残虐行為はあった
のであり、その悲劇を招いた背景を見極め、二度と起きないようにすること
それを考えることこそが、日本人としての責務なのだ
と心から思う。
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