南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: あしあん君へ

投稿者: asianrobo 投稿日時: 2006/07/09 13:26 投稿番号: [10750 / 41162]
>まずはいち)
あれ
あしあんくんのまねをして
ろーまじよみしただけだよ

「Re:ふかがわ君へ」と言う発言へのレスをしただけですが何か?
そんな事も理解できないんですかねw。

あと、せめてアジアンと読めなかったの(苦笑)。

それに、天皇に全ての戦争責任があるなら、その責任の根拠は何かと言う質問に対して、統帥権干犯問題に関する回答をしてきたから、

天皇陛下の責任については?

と質問しただけですが何か?

あと、人にきちんとした対応を求めるんなら、先ず自分の態度を改めたらどうだい?

Re: ふかがわ君へ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/09 12:46 投稿番号: [10749 / 41162]
>バカテンがはやく軍人の言う事を受け入れて、連合軍に降伏していれば日本に原爆が落とされる事もなかった。


アメリカは、「実験」と「ソ連への脅し」のために何が何でも原爆を投下したかったから、降伏を希望していた日本に降伏をさせなかったのだよ。

日本は1944年から和平に向けて動き出し、1945年3月には仲介者を介して交渉を始めていた。
1946年7月に出された「米戦略爆撃調査報告」によれば、「天皇、枢密院議長、首相、外相、海相は1945年5月に、連合国の条件による敗戦を受け入れることになっても、戦争は終結させなければならないとの結論に達していた」のだ。

米国は日本の和平案に対し意図的に降伏条件を明確にせぬまま攻撃を続けたが、そのような状況下において天皇はポツダム宣言受諾の御聖断を下されたのだ。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=5&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4n13&sid=1143582&mid=7174




>先の戦争責任は全てバカテンが負うべきことは明らかである。


天皇にそのような権力はなく、戦争責任がないのは明らかである。

――――――
  それでは、明治憲法における天皇制とは、法的にはどのように規定されていたのか?

  まず、統治も統帥も天皇が行うものと、明治憲法には定められている。政治も軍事も天皇の権力であるというわけだ。
  なのだが好き勝手ができるわけではなく、明治憲法の第八条に、「天皇は憲法の規定に基づいて統治を行う」と定められている。これは立憲君主制の法治国家において、当前の規定である。
  そして第五十五条に、「国務大臣は天皇を補弼する」、「天皇の詔勅には国務大臣の副書が必要」と定められている。「補弼」というのは耳慣れない言葉だが、要するに「天皇といえども自分勝手に国を動かすことは出来ない。天皇が統治を行う際は、必ず国務大臣の助言や支援を得なければならない」ということだ。
  そして第三条に、「天皇は神聖にして侵すべからず」という規定があり、これは天皇の政治的無責任(無答責)を意味しているものとされている。

  と、条文上の規定は、ざっと以上のようなものだ。(なお、記述の都合上、言葉自体は作者が若干手を加えている。明治憲法の原文は、これとは違う)。

  そして問題は、これらの規定をどう解釈するかにある。
  すなわち、権力と責任の関係である。

  第一に、天皇の政治的無責任を定めた第三条の規定から、天皇は実際に権力をふるうことができない。ふるってしまえば、そこには責任が生じるからである。
  そしてそこに、「天皇は補弼により統治を行う」の第五十五条が加わる。天皇は常に国務大臣の上奏を受け入れなければならないという規定である。

  だから実際に行われるのは、「内閣がすべての決定を行い、それを天皇に上奏し、天皇はそれを裁可する」という形の統治となる。
  その内閣の決定に天皇が関与することはできない。それどころか、たとえ自分の意志に反する場合でも拒絶できないし、天皇自らが代案を立てることもできない。(ただし、意見や感想や質問としての発言ならば問題ない。「平和を望む」という意思表示は、その一例だ)。
  これが、天皇も遵守しなければならない明治憲法の規定なのである。

  したがって、である。
  もうお分かりだろう、天皇の実際の仕事は「単にはんこを押すだけ」となってしまう。しかも、はんこを押すことを拒絶することも、実質的にはできない(「輔弼によりて統治を行う」の規定から)。
  天皇の意志は、臣下が積極的にそれを汲んで従おうとしない限り、実現されない。そして昭和においては、ほとんどそれは実現されなかった。
  これが、明治憲法下の天皇主権の実態だったのである。

「私的レポート・太平洋戦争」より
――――――

更に、昭和天皇の“憲法の師”であった清水澄は、「憲法上の大権行使についてはすべて必ず国務大臣の輔弼を必要とし、輔弼なくして天皇が独断で大権を行使することはできず、敢えてそれを行なうとすれば憲法違反と言わなければならない」と解説していた。



>身内の自慢話でいやみだが、自分の家族が皇室を尊重していたとしても、
>オイラは絶対にバカテンは許さん。

オマエの家族は、みんな草葉の陰で泣いているぞ。
いい加減にしろ。

Re: あしあん君へ

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/09 12:15 投稿番号: [10748 / 41162]
まずはいち)
あれ
あしあんくんのまねをして
ろーまじよみしただけだよ

でのに)
あれあれ
せっかくかいとうしてあげたのに


のいちじでごまかしちゃうんですか?

わたしのかいとうをりょうかいし
さんせいしたのですか?

それとも
そのけんはほっぽりだして、
つぎのしつもんににげだし

きみは
surikaenenchakusitumonma
すりかえねんちゃくしつもんま
ですか?

Re: 虐殺は嘘8 あらあらデリ君 典拠は?

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/09 12:02 投稿番号: [10747 / 41162]
デリ君

典拠は?   典拠のないコピペは、駅裏ピンクチラシと同じ。

もしかして、筆者は明示したくない人物でつか?

Re: 夏淑琴、東中野某名誉毀損裁判

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/09 11:22 投稿番号: [10746 / 41162]
>ずっと前に俺も同じようなことを述べた覚えがある。

だからどこでと聞いている。この件は「覚えがある」では通らない。

東中野は「徹底検証」などで指摘しているのだろうか。彼も指摘していないとすれば盲点だったわけだ。

君のあげる①〜⑨(⑧はオレの意見の剽窃の疑いが濃い)は決定的な証拠ではない。⑧は、相当強力な証拠だ。

Re: あしあん君へ

投稿者: asianrobo 投稿日時: 2006/07/09 08:28 投稿番号: [10745 / 41162]
先ずは一つ。

あしあんて誰?

で、
>天皇の統帥権、これを御旗にして、総理大臣といえどもその配下の陸軍大臣、海軍大臣を選ぶことも辞めさせることもできなかったのだよ。それが、戦争体制さ。
いまでいえば、天皇の権威を利用した「先軍」独裁だな。

その場合、天皇陛下の責任は?

Re: あしあん君へ

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/09 08:11 投稿番号: [10744 / 41162]
>結局、責任ある補弼当事者が正式に上秦した事柄は原則として裁可するのが、立憲君主制の運用上当たり前だったと言う事だよ。

そういう当たり前の運用について記した「天皇機関説」が、軍部によって槍玉にあげられたのだよ。

あしあん君も当時ならば、即
『弁士停止!』だな(笑)。

国体を明徴にせよ、といってな。
軍部によって、明治憲法の「立憲君主制」すら壊されたのだよ。

あしあん君の立場だったら、
戦争時代の日本を擁護せず、命がけで抵抗していなくてはならなかったね。


天皇の統帥権、これを御旗にして、総理大臣といえどもその配下の陸軍大臣、海軍大臣を選ぶことも辞めさせることもできなかったのだよ。それが、戦争体制さ。

いまでいえば、天皇の権威を利用した「先軍」独裁だな。

「ボクって利用されただけだよ」
こんな台詞で責任が回避できるかどうか、という問題だ。

Re: ふかがわ君へ

投稿者: asianrobo 投稿日時: 2006/07/09 07:27 投稿番号: [10743 / 41162]
じゃあ言わせてもらおう。

妄想と、他人のブログからの引用のみでトピを汚すのを止めてもらえないかな。

>旧日本軍は皇軍といわれ、つまり、天皇が統帥する軍隊である。
先の戦争責任は全てバカテンが負うべきことは明らかである。

戦前の日本は立憲君主制、で、明治憲法には以下のの条文が有るが、それを知らないで書いてるのかい?

第55条 第1項 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す

結局、責任ある補弼当事者が正式に上秦した事柄は原則として裁可するのが、立憲君主制の運用上当たり前だったと言う事だよ。

ところで、天皇陛下の戦争責任とは、どのような責任を指しているのかな?

会戦責任?
戦争遂行責任?
終戦責任?
敗戦責任?
法的責任?
政治的責任?
道義的責任?
国内責任?
国外責任?

該当する責任があるのなら、その理由も示してね。

Re: 右翼も認める皇軍の残虐行為

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 07:19 投稿番号: [10742 / 41162]
>ちゃう、ちゃう。
日本人に贖罪意識を刷り込み、反戦主義者を増殖させ、日本を戦争できない国にしておくためのCIAのコントロールに一役買ったのさ。

つまり、アメリカのコントロールのお陰で、日本は短期間に世界第二位の平和な経済大国になれたというわけか。
アメリカには足を向けて寝る事はできないという話じゃな。

Re: デマなのか中傷なのか・・・

投稿者: histograph 投稿日時: 2006/07/09 03:14 投稿番号: [10741 / 41162]
>その侵害行為につき不法行為成立の可能性を肯定すべきである

「可能性を肯定すべきである」というのは、可能性は考えられると言っているにすぎません。しかし、「この場合何人が民事上の請求権を行使しうるかについてはなんらの規程がなく、....結局その権利の行使につき実定法上の根拠を欠くというほかない」ので、死者の人格権としての名誉は民事では、その人の死亡と共に消滅するのです。
そこで、現行の民法の範囲で死者の名誉を守るために、遺族の敬愛追慕の情という一種の人格的法益を保護する、つまり間接的に死者の名誉を保護するというのが、『落日燃ゆ』以降の判決の傾向です。それ以前は、死者は人格権を有しないから名誉毀損は成立しないと判断されていました。あたりまえですが(あなたにとってはあたりまえでないので困るのですが)刑法を民事裁判で持ち出して「準用」する人はいませんから、刑法のいう死者の名誉毀損は民事では適用できません。
もっとも、民法に定めがなくても刑法からの類推は可能ですが、それを実現するための実定法が存在しなければなりません。

>   高裁判決は最終的に、摘示された事実が虚偽であるかどうかを問題にしている。
>   これも刑法の規定そのままだな。

「刑法の規定そのまま」ではありませんよ。よく読んでください。高裁判決がいうのは、死亡してから年月を経た場合です。なぜかというと、死者の名誉毀損が不法行為ではなく、遺族の敬愛追慕の情という人格権を侵害したことが問題となっているからです。『落日燃ゆ』や百人斬り競争のように、当事者が死亡して相当の年月した場合に「摘示された事実が虚偽」かどうかが問題になるのであって、最近死亡した場合は、通常の名誉毀損事件と同じく被告が真実性の立証をしなければなりません。(例えば,エイズ・プライバシー訴訟 大阪地裁 元.12.27判決)

>>民事では、刑法と異なり、死後には名誉が存続しないことは疑いないことです。

百人斬り競争訴訟の高裁判決にも明確に書かれていますが「名誉等の人格権は,いわゆる一身専属権であると解すべきところ,人は,その死亡によって権利能力を喪失するものであるから,上記の人格権も同様に消滅」するのです↓お分かりか(^^)

「ところで,原告らは,本件各書籍の記載により,両少尉各固有の名誉が毀損された旨主張する。しかしながら,名誉等の人格権は,いわゆる一身専属権であると解すべきところ,人は,その死亡によって権利能力を喪失するものであるから,上記の人格権も同様に消滅するものであって,刑法230条2項,刑訴法233条,著作権法60条,116条のように,死者の名誉及び著作者の死後におけるその人格的利益について,実定法が,その法的保護の必要性を認めて一定の構成要件を定め,かつ,その告訴権者であるとか著作権法上の請求権を行使し得る者を親定している場合にのみ,その限度で死者の名誉等が一つの法的利益として保護されることになるものと解するのが相当である。
  ところで,上記刑法及び著作権法の規定に照らせば,人の名誉等についてはその死後においてもなお守るべきものがあると考える道徳観念がこれらの立法の基底にあることを否定することはできない。しかし,人の尊厳を守り死者をも名誉等の主体と考えることが,死者に権利主体性を認めたり法的人格権を認めることになるものでないことも明らかであって,不法行為法上,死者が生前有していた名誉等の人格権について,その一身専属性を否定するような実定法規が存在するものと認めることはできない上,死者の親族等一定の関係を有する者に対し故人のために何らかの請求権を行使し得べきことを定めた規定が存在するものと認あることもできない。そうすると,死者に対しては,故人がこの世に在るとしたならばその名誉を侵害するような行為がされたとしても,これをもって,不法行為法上当該故人の人格権を侵害する違法行為を構成するものということはできないから,本件各書籍の記載によって両少尉の名誉が毀損されたとする控訴人らの主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。」
出所:http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin/Kousaihanketu9.htm

Re: ふかがわ君へ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 02:38 投稿番号: [10740 / 41162]
>それからさ、天皇陛下を愚弄するのはやめてくれよ。俺は、左翼教育をがんがん受けていた方だと思う。それだけに、そうした教育の狂っていることに気が付くと、その反動は大きい。

>そして、ふかがわ君のような人には、いっそうの憎しみが沸いてしまう。左翼教師のことを思い出すからだ。そういうのは、やめてくれ。お願いだから。

やだね!
おいらの親父は広島で被爆し、28年もの間苦しみぬいて59歳で死んだ。
残された家族の悲劇はあんたには分からん

バカテンがはやく軍人の言う事を受け入れて、連合軍に降伏していれば日本に原爆が落とされる事もなかった。

旧日本軍は皇軍といわれ、つまり、天皇が統帥する軍隊である。
先の戦争責任は全てバカテンが負うべきことは明らかである。
くだらん言い訳はおいらには通用しない。又、外国人にも理解不可能であろう。

おいらの親父はバカテンの息子(現在の天皇)にある物を献上し、バカテンに二回皇居によばれバカテンから直接お礼を言われた。
その為か、親父はバカテンやアメリカの悪口は一度も言った事がない。又、原子力の平和利用に賛成していた。

おいらの2人の叔父もバカテンから直接ナントカ勲章をもらっている。

おいらの家族は学習院に通っていたので、皇族に対する親近感は結構あるほうかもしれない。

身内の自慢話でいやみだが、自分の家族が皇室を尊重していたとしても、
オイラは絶対にバカテンは許さん。

どうせオイラの妄想だというやつは、勝手に言ってくれ。

虐殺は嘘8 真人間の証言7、8

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/09 02:21 投稿番号: [10739 / 41162]
東京日々新聞カメラマン   金沢善雄氏の証言

  「戦後、この時、何万人かの虐殺があったといわれていますが、不思議でしようがないのです。私は南京をやたら歩いていますが、虐殺を見たこともなければ聞いたこともありません」「ここ(南京)には1ヶ月ほどいましたが、戦後言われているような事は何も見ていなければ、聞いてもいません。ですから虐殺があったと言われていますが、あり得ないことです。松井大将が絞首刑になったのも不思議でしょうがないのです」




報知新聞カメラマン   二村次郎氏の証言


  ―― 南京虐殺ということが言われていますが。

  「南京にいる間見たことがありません。戦後よく人から聞かれて、当時のことを思い出しますが、どういう虐殺なのか私が聞きたいくらいです。逆に人が書いたものを見たりしています。アウシュビッツのように殺す場所がある訳でもないですからね、私が虐殺の話を聞いたのは、東京裁判の時です」

Re: 右翼も認める皇軍の残虐行為

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/09 02:07 投稿番号: [10738 / 41162]
>>児玉誉士夫は戦後、アメリカの犬になったからね。

>それで正直に皇軍の残虐行為を認めたわけですな。

ちゃう、ちゃう。
日本人に贖罪意識を刷り込み、反戦主義者を増殖させ、日本を戦争できない国にしておくためのCIAのコントロールに一役買ったのさ。

Re: 右翼も認める皇軍の残虐行為

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 02:00 投稿番号: [10737 / 41162]
>児玉誉士夫は戦後、アメリカの犬になったからね。

それで正直に皇軍の残虐行為を認めたわけですな。

ふかがわ君へ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/09 01:59 投稿番号: [10736 / 41162]
いったい何が、君をそうさせているのか分からないけど、君のやっているのは、単純に、子供が、意地になっているのと同じだよ。

君のよって立つスタンスがどこにあるか分からないけど、君のやっているのは、結局、良い方向には、向かうとは思えない。

戦争は、たしかに悲惨だし、日本軍が嫌いな中国人・朝鮮人が多いのは、知っている。でも、君のやっているのは、単純に、憎悪を煽っているだけだと思う。

ふかがわ君の投稿を見て、中国人・朝鮮人が、嫌いになった日本人は、いったい何人いるだろうか。

それからさ、天皇陛下を愚弄するのはやめてくれよ。俺は、左翼教育をがんがん受けていた方だと思う。それだけに、そうした教育の狂っていることに気が付くと、その反動は大きい。

そして、ふかがわ君のような人には、いっそうの憎しみが沸いてしまう。左翼教師のことを思い出すからだ。そういうのは、やめてくれ。お願いだから。

Re: 右翼も認める皇軍の残虐行為

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/09 01:55 投稿番号: [10735 / 41162]
>「右翼の大物」児玉誉士夫の証言
>(児玉誉士夫氏は、1938(昭13)年6月から8月にかけて中国を旅している。以下は、このときの経験に関して氏が戦後に述懐した内容である。)


児玉誉士夫は戦後、アメリカの犬になったからね。

戦後、戦犯の疑いで占領軍に逮捕。
その後釈放されアメリカCIAに協力するようになった。
さらに上海から持ち帰った資金の一部を自由党結成資金として投じた。
これによって児玉は自由民主党に対し影響力を行使できるようになった。
またヤクザを右翼の政治的影響力の下で組織し「関東会」を結成した。

要するに、児玉は右翼と言うよりヤクザ。
悪戯なことでカネを儲け、やばくなると政財界にカネを使って逃れていた。

統一教会
アメリカの犬
韓国利権の亡者

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: sam1220sam 投稿日時: 2006/07/09 01:33 投稿番号: [10734 / 41162]
>これは酷いよ。

本当です・・・
恐れ多くも法で定められたわが国の象徴・・・如何なる思想を抱くのも
結構ですが、「侮蔑」的発言はすなわち国家への侮蔑。

どう扱われるかは存知ませんが、関係機関には一連の書き込みのコピー
と、ふかがわ某のIDは連絡しておきました。

右翼も認める皇軍の残虐行為

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 01:30 投稿番号: [10733 / 41162]
(googleより)
「右翼の大物」児玉誉士夫の証言

(児玉誉士夫氏は、1938(昭13)年6月から8月にかけて中国を旅している。以下は、このときの経験に関して氏が戦後に述懐した内容である。)

  自分は日本を発つ前に外務省情報部長河相達夫氏を訪ねて、外地を旅する必要な援助と注意を受けたが、そのとき河相氏が数枚の写真を見せて「これが天皇の軍隊がすることだろうか」と言って憤慨していたが、それは現地にある日本軍が中国の婦女に暴行を加えている、みるに堪えぬ写真であった。そのとき、ふと、これは中国政府が民衆に抗日思想を宣伝するためのトリックではなかろうかと疑ったが、いろいろなできごとに直面してみると、この写真は真実であることを肯定せざるを得なかった。
  当時大同では、「大同に処女なし」という言葉があったが、この言葉の意味は日本軍の恥辱を意味するものであった。また占領地の寺や廟に行ってみても仏像の首などが無惨にとり毀され、その壁に「何年何月何部隊占領」などと落書きしてあった。人間が神や聖人でないかぎり、どこの軍隊でも戦場では若干の非行はあるとしても、当時、日増しに激化してきた中国の抗日思想の源が満州事変のみではなく、こうした日本軍の常識はずれの行為がさらにそれに拍車をかける結果となったのだと思う。
(略)
  要するに宣戦の詔勅なき戦争、名分の明らかならざる戦い、日支事変は畢竟、王師ではなく、驕兵であったかもしれぬ。自分は戦場を旅し、大陸における実状を知るにおよんで、在支百万の日本軍が聖戦の師であるか、侵略の驕兵なるかの疑問に悩まざるを得なかった。このことは自分のみならず現地を知るものの多数が考えさせられた問題であったと思う。しかし国民のなかの多数の者がそれを自覚し得えたとしても、すでに軍国主義の怒涛が逆巻き、もはや何人の力をもってしてもそれを阻止することは不可能であった。

(大物右翼もあんがい正直ですな。)

例えば

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/09 01:22 投稿番号: [10732 / 41162]
テポドンがとんできたのは、日本政府の対処が悪かったのではなく、北朝鮮が悪い。

これを、日本政府が悪いという連中もいるだろうが、それが違う。

それといっしょで、戦争で日本人を殺したのは、日本政府じゃない。

そう思わされてきただけだ。

日本人を殺したのは、アメリカ人だったし、シナ人だった。

これが正解だ。だたし、アメリカは、少なくとも、今現在は味方だ。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/09 01:18 投稿番号: [10731 / 41162]
>多くの日本人を殺したのは、支那やアメリカなどの敵だよ。

いや、こーひーさんの方が正しい。

日本人が日本人を殺したわけじゃない。

殺したのは、シナ軍だし、アメリカ軍だ。

当時の価値観を

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/07/09 01:16 投稿番号: [10730 / 41162]
今現在の価値観で論じているだけ。それは一個人の意見と言う物。

検証では更々無い。南京大虐殺が有ったか無かったかのトビでっせ、おっさん。

三笠宮の証言

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 01:12 投稿番号: [10729 / 41162]
(googleより)

戦陣訓は、1941(昭和16)年1月に東條陸相の名前で全軍に示達された「戦場の軍人を対象にしたもので皇国軍人が道義昂揚のための具体的な実践要領を示したもの」とされた。戦後明らかになったのだが、作家の島崎藤村が草案をまとめたもので、陸軍は「戦場での人格完成を訴えたもの」という狙いをもっていた。が、その実態は、中国各地でのあまりにも腐敗、残虐化した日本軍の蛮行を知り、陸軍上層部があわてて作成に踏み切ったといわれている。

1946(昭和21)年から始まった、東京裁判で、連合国は、中国各地での日本軍の残虐行為を示していった。強姦や輪姦はあたりまえ!!(スーフリ事件は日本軍の伝統を引き継いだものだったのである)、非戦闘員の無差別殺人に、兵站を軽視する日本軍の傾向が”現地調達”の名のもとでの強盗を引き起こしたなど、具体的な事実は傍聴席にいる者に大きな衝撃を与えた。東條英機、松井石根などの陸軍指導者は言葉を失い、弱々しく「皇軍には戦陣訓があったはずだから、そんなことはない…と思う」とこたえる以外になかった。

今年5月に放送されたNHKラジオ「ラジオ深夜便」にて 三笠宮崇仁親王は日本陸軍の「モラルの低さを」嘆いており、昭和18年に支那派遣軍総司令部参謀として、一年間、中国に赴任。南京をたつ前に総司令部で将校教育をするよういわれ「支那事変に対する日本人の内省」という文書をのこしている。インタビューでは中国共産党軍のモラルの高さを強調。逆に日本軍が婦女暴行を繰り返した「最悪の軍隊」であることを述べられている。 宮さまは南京に赴任しているが、その時「大虐殺」の報告を受けていると思われる。

「第一線の指揮官が、「従来は攻めていくときに、みんなの家を焼いていたので、後ろから見ていても、自軍の第一線がどこまで進んだかわかった。ところが新しい方針が出て、家を焼いてはいけないということになったので、自分の部下がどこまで進んだかわからない」などと話していました。こういったことが結局、反日思想を培ったので、日本軍の従来のやり方を改めなければいけないと、日本政府が新しい方針を出したのです。私はその直後に南京に赴任しました。支那派遣軍総司令官は、中国全土の日本軍を指揮するので、私は参謀として各方面に行きまして、新方針を伝えました。中国人に対する軍規を厳正にしなくてはいけないということを申し上げたわけです」と宮さまは話している。

そして、「戦陣訓」の中の「第八   名を惜しむ」の、

生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ

の一項が、多くの悲劇を生んだことも否定できないと三國一朗が岩波新書「戦中用語集」の中で述べている。降伏という戦場での止むを得ぬ行動への理解の浅さが、はっきりここにあらわれているといえないだろうか。「戦陣訓」の序に「夫れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻めむれば必ず取り、戦えば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威の尊厳を感銘せしむる処なり」とあるのをみれば、当時としても、「戦陣訓」がかなりずれた戦闘認識からの所産だったことがわかろうというものである。(同書より)

映画「大脱走」に見られるように、欧米の兵士は違った。捕虜になっても、いつか逃げ出し、また敵と戦うという考えであった。

日本軍兵士は「戦陣訓」によって、精神的に追い詰められ、無駄な死をえらぶ者が多かったのである。これは「ラストサムライ」のような浮世話とは違う。現実逃避した、無駄な思想であった。事実、戦地では無視され、日本軍による蛮行は続いたのである。「戦陣訓」が生み出したのは何十万という従軍犠牲者だけだったのだ。

(三笠宮の証言も捏造だというバカがいるかもしれんの。)

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/09 01:02 投稿番号: [10728 / 41162]
>バカはお前じゃ。戦時中は天皇陛下の為に死ねといわれ無垢な市民や学生が戦場に送られ、ごく一部の人間は殺人マシンとなり、ほとんどの善良な日本兵はバカテンの為に野垂れ死にし、何十万人という市民も犠牲になっとるじゃろが。


違うだろ。
天皇も、国民も、日本人の生命・財産を守るために、支那やアメリカと戦ったんだろ。
天皇は日本国民の団結のために有効だった。

何十万人という市民を犠牲にしたのも飽くまで米軍だ。
日本は1944年から和平に向けて動き出し、1945年3月には仲介者を介して交渉を始めていた。
1946年7月に出された「米戦略爆撃調査報告」によれば、「天皇、枢密院議長、首相、外相、海相は1945年5月に、連合国の条件による敗戦を受け入れることになっても、戦争は終結させなければならないとの結論に達していた」のだ。

米国は日本の和平案に対し意図的に降伏条件を明確にせぬまま攻撃を続けたが、そのような状況下において天皇はポツダム宣言受諾の御聖断を下されたのだ。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/07/09 00:54 投稿番号: [10727 / 41162]
可笑しなおっさんだね!

綺麗な戦争なんてあるのかい!それなりの犠牲は当然出て来るだろう。

それは、全部天皇陛下の責任だってか!

サヨは自分等の責任は何とも感じないのだろう。それを偽善者と言うんだよ。

又、ここで天皇の責任なんてトビの趣旨から逸脱しているから、アッチ逝きな。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: fusigikurabudoumei 投稿日時: 2006/07/09 00:48 投稿番号: [10726 / 41162]
>戦時中は天皇陛下の為に死ねといわれ

天皇が死ねっていったの?
言ってないんだから天皇関係ないし。ただシンボルにされただけでしょう。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 00:27 投稿番号: [10725 / 41162]
>馬鹿じゃないの?
多くの日本人を殺したのは、支那やアメリカなどの敵だよ。

バカはお前じゃ。戦時中は天皇陛下の為に死ねといわれ無垢な市民や学生が戦場に送られ、ごく一部の人間は殺人マシンとなり、ほとんどの善良な日本兵はバカテンの為に野垂れ死にし、何十万人という市民も犠牲になっとるじゃろが。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/09 00:12 投稿番号: [10724 / 41162]
  >昭和62年(1987年)9月、昭和天皇陛下は宮内庁病院にご入院、手術後、一旦は公務にご復帰されるも昭和63年(1988年)9月、再度病床の身となられ、そのまま昭和64年(1989年)1月、御崩御されている。

貴殿の説明は正しい。
恐らく、平成2年の元長崎市長の狙撃事件の時に1975年のバカテン発言が私が見たTVニュースの中で、事件の背景説明として、取り上げられたものを私が、てっきり長崎で記者会見が行われたと、勘違いしたようです。
この場を借りて、おわびします。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/09 00:03 投稿番号: [10723 / 41162]
>なんだと!   バカテンの為に何人お人よしの日本人が死んだと思うんだ。

馬鹿じゃないの?
多くの日本人を殺したのは、支那やアメリカなどの敵だよ。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/08 23:54 投稿番号: [10722 / 41162]
>なんだと!   バカテンの為に何人お人よしの日本人が死んだと思うんだ。

天皇制度って、危機管理システムみたいなものでしょ。
国がやばくなると、出てくるってやつ。
結局は担ぎ出したのは、皆でしょ。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/08 23:31 投稿番号: [10721 / 41162]
>>1988-1989年頃じゃろ。

>昭和62年(1987年)9月、昭和天皇陛下は宮内庁病院にご入院、手術後、一旦は公務にご復帰されるも昭和63年(1988年)9月、再度病床の身となられ、そのまま昭和64年(1989年)1月、御崩御されている。

言われてみればそのとおりですね。
唐兵の捏造は毎度のことですが、今回の捏造は特に出来が悪かったようですね。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/08 23:17 投稿番号: [10720 / 41162]
  ほほう、

> 1988-1989年頃じゃろ。

  ねぇ・・・
  昭和62年(1987年)9月、昭和天皇陛下は宮内庁病院にご入院、手術後、一旦は公務にご復帰されるも昭和63年(1988年)9月、再度病床の身となられ、そのまま昭和64年(1989年)1月、御崩御されている。
  1989年なんて言っている時点で、当時の世相について何も知らないことがはっきりした。
  馬脚を露わしたな、工作員。

歴史認識の一助に

投稿者: jikokuhyo2000 投稿日時: 2006/07/08 22:53 投稿番号: [10719 / 41162]
http://www.eireinikotaerukai.net/E03Gunka/E03000c.html

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/08 22:48 投稿番号: [10718 / 41162]
>天皇陛下は、国民の象徴だよ。深川君は、日本国民に謝罪しなよ。

なんだと!   バカテンの為に何人お人よしの日本人が死んだと思うんだ。
謝るのは、バカテンじゃろが。と言っても、自分のケツの始末もできずに、恥をかいてあの世に行ってしまったがの。
バカテンを国民の象徴にしたのは日本人ではなくて、アメリカ人なんだよ!
お前は、バカテンの為に本当に死ねるのか?なら、やってみい。

3日で自分の発言を忘れるpipoクン

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/08 22:11 投稿番号: [10717 / 41162]
  自分が何と言ったか、たった3日でもう忘れたらしい。

2006/ 7/ 5 10:29 [ No.10568 / 10715 ]

> 陸軍慰安所第1号として上海郊外の楊家宅に、兵站司令部の管轄する軍経営の陸軍慰安所が開設されたのが、1938年の2月だときているんだけど。

  何だい、この「第1号」というのは。
  1938年の2月に「第1号」が出来ているから、五島氏の滞在中は慰安所が出来ているはずがない。だから

> 五島さんのせいでなく、インタビュアーの創作なんじゃないか?

  と言ったんじゃないのか?

  だから私は、五島氏の滞在中には慰安所が出来ていた可能性が高いということを資料で示し、よって、「インタビュアーの創作」と断定することは出来ない、と述べたのだが?

  もう一度訊くぞ。
  何だい、この「第1号」というのは。

Re: 夏淑琴、東中野某名誉毀損裁判

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/08 22:08 投稿番号: [10716 / 41162]
>了解はいいけど、あなたの場合その(12月13日よりも前だったという前提の)根拠が弱い。

根拠が弱いと感じるのは勝手だが、12月13日に現場に一般民間人が居た根拠はないだろ?
南京市長や支那軍司令長官の避難命令、警察や支那軍による強制退去、12月13日には欧米人2〜3人を除いて全員が安全区に避難した資料はある。
一方、12月13日に安全区以外に一般市民が居た根拠となる資料はない。
夏淑琴事件は12月13日の犯行ではなかったんだよ。


>これはオレの指摘だ。これから出典(ことわり)なしにこれを自分の意見(発見)のように吹聴してはいけない。

嫌だ。
ずっと前に俺も同じようなことを述べた覚えがある。
大したものではないが、俺は多くの人々に広めてほしいと願っている。

夏淑琴事件は12月13日よりも前の犯行である。
有り得ないことではあるが、仮に12月13日の犯行だと仮定しても、近所の連中がそれから避難したなんて話はおかしい。
さー、皆で夏淑琴の嘘を広めよう!



賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬という家主が戸を開けた。
また、夏氏が犯人相手に懇願したり、馬夫人が犯人相手に質問しており、彼らが犯人と会話をしていたのだから犯人は支那人だ。
既にこの時点で夏淑琴の嘘はバレバレ。


婦人が強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれ、赤ん坊は銃剣で刺殺され、他の少女も刺殺され、膣に杖が押し込まれた…などの犯行手口が、「犯人は支那人」であることを更に裏付けている。


戸を開けた者を直ちに撃ち殺す連中の前に別の者が跪いて他の者を殺さないように懇願したというが、そんな連中を相手に悠長に懇願などしてる暇があれば他の者を連れて逃げようとするのがマトモな人間の行動。


8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識し、さらに14日間も経って記憶していたなんて有り得ない。


事件のあと、すぐ向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通って足音が聞こえる都度、布団に隠れ、また、兵士たちが毎日やってきて、家から物を持って行ったのに、4歳の妹も泣き喚いたりせず二人で古シーツの下に隠れていたので発見されなかったなんて有り得ない。


傷を負い、這っていた8歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間も4歳の妹と一緒に生き続けたなんて有り得ない。


そもそも、12月1日には南京市長が全市民に安全地区に移るように命令し、12月8日には支那軍司令長官唐生智が、非戦闘員は全て安全地区に移るように命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、その他資料からも事件があったとされる12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかった。
したがって、この犯行は12月13日よりも前に支那軍または支那人盗賊によって行われたものである。


有り得ないことではあるが、仮に12月13日の犯行だと仮定しても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて話はおかしい。


安全区国際委員会のメンバーのマギーが、この事件の話を聞いて日本軍による犯行だと思ったならば、現場の日本軍(憲兵隊など)に通報しなければならなかったのに通報しなかった。


これでも、当時8歳だった夏淑琴の証言が真実だと言う奴は人間をやめる方が良い。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: kanekarimasita_gomen 投稿日時: 2006/07/08 13:48 投稿番号: [10715 / 41162]
>日にちは覚えていないが
ソースを出せないものをいつまでもしつこく言うものではありません

めずらしく自分の意見を書き込んだかと思えば低俗な書き込み
>このヒットラーより卑劣なバカテンは北朝鮮の金ブタと同じ。
>バカウヨが崇拝するのにふさわしい現人神じゃよ。

こんなことしかかけないから、いつも人の褌で相撲を取ってるのですね
いい加減止めれば?

Re: 夏淑琴、東中野某名誉毀損裁判

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/07/08 11:51 投稿番号: [10714 / 41162]
>なるほど、何を言いたいのか、ようやく理解できたよ。

理解がおそいわりには(というかそれに反比例して)短絡的に結論に飛びつくのがはやいのがあなたの弱点だ。

>俺の場合、夏淑琴事件が起こったのが12月13日よりも前だったという前提だからね。
了解。

了解はいいけど、あなたの場合その(12月13日よりも前だったという前提の)根拠が弱い。

>仮に12月13日に起こったと仮定しても、近所の連中がそれから避難したなんて話はおかしいよね。

これはオレの指摘だ。これから出典(ことわり)なしにこれを自分の意見(発見)のように吹聴してはいけない。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/08 10:42 投稿番号: [10713 / 41162]
>卑劣なバカテン

これは酷いよ。

天皇陛下は、国民の象徴だよ。深川君は、日本国民に謝罪しなよ。

中国人や朝鮮人や左翼は、ほんとに、酷いね。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/08 09:54 投稿番号: [10712 / 41162]
>日にちは覚えていないが、S天皇と皇后が長崎市を訪問した時にも、同じように、(原爆が落とされたのは戦争だからしょうがない。)とバカテンがほざいとるんじゃよ。
本島元長崎市長がテロリストの右翼にピストルで背中を狙撃された少し前の事だから1988-1989年頃じゃろ。

皆からちゃんとソースを問われている返答がこれかね。
この返答では、捏造と言われて仕方ないぞ。
しかし、自分の言葉だと下劣な本性が良く現れているな。

Re: 皇居が長崎にあると思っているバカ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/07/08 08:28 投稿番号: [10711 / 41162]
日にちは覚えていないが、S天皇と皇后が長崎市を訪問した時にも、同じように、(原爆が落とされたのは戦争だからしょうがない。)とバカテンがほざいとるんじゃよ。
本島元長崎市長がテロリストの右翼にピストルで背中を狙撃された少し前の
事だから1988-1989年頃じゃろ。
国民を人間と思っとらんのが、マヌケな奴らにはわからんらしいの。
このヒットラーより卑劣なバカテンは北朝鮮の金ブタと同じ。
バカウヨが崇拝するのにふさわしい現人神じゃよ。
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