Re: デマなのか中傷なのか・・・
投稿者: histograph 投稿日時: 2006/07/09 03:14 投稿番号: [10741 / 41162]
>その侵害行為につき不法行為成立の可能性を肯定すべきである
「可能性を肯定すべきである」というのは、可能性は考えられると言っているにすぎません。しかし、「この場合何人が民事上の請求権を行使しうるかについてはなんらの規程がなく、....結局その権利の行使につき実定法上の根拠を欠くというほかない」ので、死者の人格権としての名誉は民事では、その人の死亡と共に消滅するのです。
そこで、現行の民法の範囲で死者の名誉を守るために、遺族の敬愛追慕の情という一種の人格的法益を保護する、つまり間接的に死者の名誉を保護するというのが、『落日燃ゆ』以降の判決の傾向です。それ以前は、死者は人格権を有しないから名誉毀損は成立しないと判断されていました。あたりまえですが(あなたにとってはあたりまえでないので困るのですが)刑法を民事裁判で持ち出して「準用」する人はいませんから、刑法のいう死者の名誉毀損は民事では適用できません。
もっとも、民法に定めがなくても刑法からの類推は可能ですが、それを実現するための実定法が存在しなければなりません。
> 高裁判決は最終的に、摘示された事実が虚偽であるかどうかを問題にしている。
> これも刑法の規定そのままだな。
「刑法の規定そのまま」ではありませんよ。よく読んでください。高裁判決がいうのは、死亡してから年月を経た場合です。なぜかというと、死者の名誉毀損が不法行為ではなく、遺族の敬愛追慕の情という人格権を侵害したことが問題となっているからです。『落日燃ゆ』や百人斬り競争のように、当事者が死亡して相当の年月した場合に「摘示された事実が虚偽」かどうかが問題になるのであって、最近死亡した場合は、通常の名誉毀損事件と同じく被告が真実性の立証をしなければなりません。(例えば,エイズ・プライバシー訴訟 大阪地裁 元.12.27判決)
>>民事では、刑法と異なり、死後には名誉が存続しないことは疑いないことです。
百人斬り競争訴訟の高裁判決にも明確に書かれていますが「名誉等の人格権は,いわゆる一身専属権であると解すべきところ,人は,その死亡によって権利能力を喪失するものであるから,上記の人格権も同様に消滅」するのです↓お分かりか(^^)
「ところで,原告らは,本件各書籍の記載により,両少尉各固有の名誉が毀損された旨主張する。しかしながら,名誉等の人格権は,いわゆる一身専属権であると解すべきところ,人は,その死亡によって権利能力を喪失するものであるから,上記の人格権も同様に消滅するものであって,刑法230条2項,刑訴法233条,著作権法60条,116条のように,死者の名誉及び著作者の死後におけるその人格的利益について,実定法が,その法的保護の必要性を認めて一定の構成要件を定め,かつ,その告訴権者であるとか著作権法上の請求権を行使し得る者を親定している場合にのみ,その限度で死者の名誉等が一つの法的利益として保護されることになるものと解するのが相当である。
ところで,上記刑法及び著作権法の規定に照らせば,人の名誉等についてはその死後においてもなお守るべきものがあると考える道徳観念がこれらの立法の基底にあることを否定することはできない。しかし,人の尊厳を守り死者をも名誉等の主体と考えることが,死者に権利主体性を認めたり法的人格権を認めることになるものでないことも明らかであって,不法行為法上,死者が生前有していた名誉等の人格権について,その一身専属性を否定するような実定法規が存在するものと認めることはできない上,死者の親族等一定の関係を有する者に対し故人のために何らかの請求権を行使し得べきことを定めた規定が存在するものと認あることもできない。そうすると,死者に対しては,故人がこの世に在るとしたならばその名誉を侵害するような行為がされたとしても,これをもって,不法行為法上当該故人の人格権を侵害する違法行為を構成するものということはできないから,本件各書籍の記載によって両少尉の名誉が毀損されたとする控訴人らの主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。」
出所:http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin/Kousaihanketu9.htm
「可能性を肯定すべきである」というのは、可能性は考えられると言っているにすぎません。しかし、「この場合何人が民事上の請求権を行使しうるかについてはなんらの規程がなく、....結局その権利の行使につき実定法上の根拠を欠くというほかない」ので、死者の人格権としての名誉は民事では、その人の死亡と共に消滅するのです。
そこで、現行の民法の範囲で死者の名誉を守るために、遺族の敬愛追慕の情という一種の人格的法益を保護する、つまり間接的に死者の名誉を保護するというのが、『落日燃ゆ』以降の判決の傾向です。それ以前は、死者は人格権を有しないから名誉毀損は成立しないと判断されていました。あたりまえですが(あなたにとってはあたりまえでないので困るのですが)刑法を民事裁判で持ち出して「準用」する人はいませんから、刑法のいう死者の名誉毀損は民事では適用できません。
もっとも、民法に定めがなくても刑法からの類推は可能ですが、それを実現するための実定法が存在しなければなりません。
> 高裁判決は最終的に、摘示された事実が虚偽であるかどうかを問題にしている。
> これも刑法の規定そのままだな。
「刑法の規定そのまま」ではありませんよ。よく読んでください。高裁判決がいうのは、死亡してから年月を経た場合です。なぜかというと、死者の名誉毀損が不法行為ではなく、遺族の敬愛追慕の情という人格権を侵害したことが問題となっているからです。『落日燃ゆ』や百人斬り競争のように、当事者が死亡して相当の年月した場合に「摘示された事実が虚偽」かどうかが問題になるのであって、最近死亡した場合は、通常の名誉毀損事件と同じく被告が真実性の立証をしなければなりません。(例えば,エイズ・プライバシー訴訟 大阪地裁 元.12.27判決)
>>民事では、刑法と異なり、死後には名誉が存続しないことは疑いないことです。
百人斬り競争訴訟の高裁判決にも明確に書かれていますが「名誉等の人格権は,いわゆる一身専属権であると解すべきところ,人は,その死亡によって権利能力を喪失するものであるから,上記の人格権も同様に消滅」するのです↓お分かりか(^^)
「ところで,原告らは,本件各書籍の記載により,両少尉各固有の名誉が毀損された旨主張する。しかしながら,名誉等の人格権は,いわゆる一身専属権であると解すべきところ,人は,その死亡によって権利能力を喪失するものであるから,上記の人格権も同様に消滅するものであって,刑法230条2項,刑訴法233条,著作権法60条,116条のように,死者の名誉及び著作者の死後におけるその人格的利益について,実定法が,その法的保護の必要性を認めて一定の構成要件を定め,かつ,その告訴権者であるとか著作権法上の請求権を行使し得る者を親定している場合にのみ,その限度で死者の名誉等が一つの法的利益として保護されることになるものと解するのが相当である。
ところで,上記刑法及び著作権法の規定に照らせば,人の名誉等についてはその死後においてもなお守るべきものがあると考える道徳観念がこれらの立法の基底にあることを否定することはできない。しかし,人の尊厳を守り死者をも名誉等の主体と考えることが,死者に権利主体性を認めたり法的人格権を認めることになるものでないことも明らかであって,不法行為法上,死者が生前有していた名誉等の人格権について,その一身専属性を否定するような実定法規が存在するものと認めることはできない上,死者の親族等一定の関係を有する者に対し故人のために何らかの請求権を行使し得べきことを定めた規定が存在するものと認あることもできない。そうすると,死者に対しては,故人がこの世に在るとしたならばその名誉を侵害するような行為がされたとしても,これをもって,不法行為法上当該故人の人格権を侵害する違法行為を構成するものということはできないから,本件各書籍の記載によって両少尉の名誉が毀損されたとする控訴人らの主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。」
出所:http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin/Kousaihanketu9.htm
これは メッセージ 10612 (nmwgip さん)への返信です.