Re: 夏淑琴、東中野某名誉毀損裁判
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/08 22:08 投稿番号: [10716 / 41162]
>了解はいいけど、あなたの場合その(12月13日よりも前だったという前提の)根拠が弱い。
根拠が弱いと感じるのは勝手だが、12月13日に現場に一般民間人が居た根拠はないだろ?
南京市長や支那軍司令長官の避難命令、警察や支那軍による強制退去、12月13日には欧米人2〜3人を除いて全員が安全区に避難した資料はある。
一方、12月13日に安全区以外に一般市民が居た根拠となる資料はない。
夏淑琴事件は12月13日の犯行ではなかったんだよ。
>これはオレの指摘だ。これから出典(ことわり)なしにこれを自分の意見(発見)のように吹聴してはいけない。
嫌だ。
ずっと前に俺も同じようなことを述べた覚えがある。
大したものではないが、俺は多くの人々に広めてほしいと願っている。
夏淑琴事件は12月13日よりも前の犯行である。
有り得ないことではあるが、仮に12月13日の犯行だと仮定しても、近所の連中がそれから避難したなんて話はおかしい。
さー、皆で夏淑琴の嘘を広めよう!
①
賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬という家主が戸を開けた。
また、夏氏が犯人相手に懇願したり、馬夫人が犯人相手に質問しており、彼らが犯人と会話をしていたのだから犯人は支那人だ。
既にこの時点で夏淑琴の嘘はバレバレ。
②
婦人が強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれ、赤ん坊は銃剣で刺殺され、他の少女も刺殺され、膣に杖が押し込まれた…などの犯行手口が、「犯人は支那人」であることを更に裏付けている。
③
戸を開けた者を直ちに撃ち殺す連中の前に別の者が跪いて他の者を殺さないように懇願したというが、そんな連中を相手に悠長に懇願などしてる暇があれば他の者を連れて逃げようとするのがマトモな人間の行動。
④
8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識し、さらに14日間も経って記憶していたなんて有り得ない。
⑤
事件のあと、すぐ向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通って足音が聞こえる都度、布団に隠れ、また、兵士たちが毎日やってきて、家から物を持って行ったのに、4歳の妹も泣き喚いたりせず二人で古シーツの下に隠れていたので発見されなかったなんて有り得ない。
⑥
傷を負い、這っていた8歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間も4歳の妹と一緒に生き続けたなんて有り得ない。
⑦
そもそも、12月1日には南京市長が全市民に安全地区に移るように命令し、12月8日には支那軍司令長官唐生智が、非戦闘員は全て安全地区に移るように命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、その他資料からも事件があったとされる12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかった。
したがって、この犯行は12月13日よりも前に支那軍または支那人盗賊によって行われたものである。
⑧
有り得ないことではあるが、仮に12月13日の犯行だと仮定しても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて話はおかしい。
⑨
安全区国際委員会のメンバーのマギーが、この事件の話を聞いて日本軍による犯行だと思ったならば、現場の日本軍(憲兵隊など)に通報しなければならなかったのに通報しなかった。
これでも、当時8歳だった夏淑琴の証言が真実だと言う奴は人間をやめる方が良い。
根拠が弱いと感じるのは勝手だが、12月13日に現場に一般民間人が居た根拠はないだろ?
南京市長や支那軍司令長官の避難命令、警察や支那軍による強制退去、12月13日には欧米人2〜3人を除いて全員が安全区に避難した資料はある。
一方、12月13日に安全区以外に一般市民が居た根拠となる資料はない。
夏淑琴事件は12月13日の犯行ではなかったんだよ。
>これはオレの指摘だ。これから出典(ことわり)なしにこれを自分の意見(発見)のように吹聴してはいけない。
嫌だ。
ずっと前に俺も同じようなことを述べた覚えがある。
大したものではないが、俺は多くの人々に広めてほしいと願っている。
夏淑琴事件は12月13日よりも前の犯行である。
有り得ないことではあるが、仮に12月13日の犯行だと仮定しても、近所の連中がそれから避難したなんて話はおかしい。
さー、皆で夏淑琴の嘘を広めよう!
①
賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬という家主が戸を開けた。
また、夏氏が犯人相手に懇願したり、馬夫人が犯人相手に質問しており、彼らが犯人と会話をしていたのだから犯人は支那人だ。
既にこの時点で夏淑琴の嘘はバレバレ。
②
婦人が強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれ、赤ん坊は銃剣で刺殺され、他の少女も刺殺され、膣に杖が押し込まれた…などの犯行手口が、「犯人は支那人」であることを更に裏付けている。
③
戸を開けた者を直ちに撃ち殺す連中の前に別の者が跪いて他の者を殺さないように懇願したというが、そんな連中を相手に悠長に懇願などしてる暇があれば他の者を連れて逃げようとするのがマトモな人間の行動。
④
8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識し、さらに14日間も経って記憶していたなんて有り得ない。
⑤
事件のあと、すぐ向かいが日本軍の宿泊所になり、日本兵が家の庭を通って足音が聞こえる都度、布団に隠れ、また、兵士たちが毎日やってきて、家から物を持って行ったのに、4歳の妹も泣き喚いたりせず二人で古シーツの下に隠れていたので発見されなかったなんて有り得ない。
⑥
傷を負い、這っていた8歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間も4歳の妹と一緒に生き続けたなんて有り得ない。
⑦
そもそも、12月1日には南京市長が全市民に安全地区に移るように命令し、12月8日には支那軍司令長官唐生智が、非戦闘員は全て安全地区に移るように命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、その他資料からも事件があったとされる12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかった。
したがって、この犯行は12月13日よりも前に支那軍または支那人盗賊によって行われたものである。
⑧
有り得ないことではあるが、仮に12月13日の犯行だと仮定しても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて話はおかしい。
⑨
安全区国際委員会のメンバーのマギーが、この事件の話を聞いて日本軍による犯行だと思ったならば、現場の日本軍(憲兵隊など)に通報しなければならなかったのに通報しなかった。
これでも、当時8歳だった夏淑琴の証言が真実だと言う奴は人間をやめる方が良い。
これは メッセージ 10714 (monkeybrain132 さん)への返信です.