南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 南京大虐殺は捏造と認めたほうが賢い

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 23:18 投稿番号: [10360 / 41162]
『南京事件   国民党極秘文書から読み解く』
東中野修道著

という本を読んで勉強してみてください。

南京大虐殺の証拠

投稿者: wq_pq243 投稿日時: 2006/06/30 23:17 投稿番号: [10359 / 41162]
>ではまず南京大虐殺の証拠を出して頂きましょう。


はい、どうぞ

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/17/ekoi_0422.html

<我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています…   >

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/06/30 23:09 投稿番号: [10358 / 41162]
そうですね。南京の証拠の写真も、ねつ造の意志が有れば作れる物ばかりですよね。それとか、この写真で何故断定するの?と言う写真とか。
南京を攻めた部隊の人間で、生き残って帰ってきた人たち、戦後、千数百人全員が連絡を取り合ったけれど、全く、虐殺などの事実はなかったと言われています。最近、公開された国民党(宣伝部)の極秘文書でも、南京虐殺がプロパガンタで、実際にはなかったことが分かっています。南京虐殺を宣伝した担当部門の、記録でですよ。

Re: また中国の捏造だ! >唐平

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 23:02 投稿番号: [10357 / 41162]
>間違っているとは言ってないでしょ。

間違っていないと判れば、それで結構。
アメリカ人捕虜を生体解剖によって8人も虐殺したことを認めれば、誰も処刑されずに済むわけないからね。
今後は1回の説明で理解できるようになってください。


>ほかにああだこうだという反証があったとしても「被告全員が終始一貫無実を主張したからといって(それだけで)そく事実無根だとはいえない」ということ自体は変わりません。

当然、アメリカ人捕虜を生体解剖によって8人も虐殺した決定的な証拠が他にあれば、たとえ容疑者(被告人)が自白しなくても絞首刑が確定して絞首刑が執行されました。
絞首刑が執行されず、2年後に再審・減刑されたということは、碌な証拠が何もなく冤罪だったことが判明した何よりの証拠なのです。
こんな簡単なことを何度も繰り返し説明させないで下さい。


>ところで主犯とされた石山教授は自殺に際して罪は自分にあるというような遺書を残しているらしいですね。

ハァ?
遺書?
初めて知りました。
その遺書の内容を詳しく教えてください。
現物はどこかに残っているのでしょうか?
遺書というのは重要な証拠物ですので是非お答え下さい。



>これは、「被告30人全員が実際終始一貫断固として無罪を主張した」ことに対する反証になりますね。そのような遺書はなかったとかでたらめだったとかあれは自殺ではなかったというならその詮議をしなければ。だからまずそのようなことを主張しているソースをお願いしますと言っているのです。どこかで見たが忘れた。自分で調べろじゃねえ。


インターネットで検索すれば分かると丁寧に教えてあげたのに、君はインターネットの使い方を知らないようだね。
どうして俺が君のために何度も時間をかけて検索をしてやらなければならないのかな?
忙しいから、もういい加減、俺にまとわり付くのはやめてくれないかな?


翌、昭和21年7月13日、GHQは突然、九州大学に車で乗りつけ、石山を戦犯容疑で逮捕した。九大関係の逮捕者は5名であった。石山はGHQから厳しい尋問を受けた。しかし、彼は生体解剖の事実を決して認めようとはしなかった。5日後、石山は独房で自死した。
http://www1.ocn.ne.jp/~sho1948y/kaibou.htm


21年7月13日GHQにより関係者が戦犯容疑で逮捕される
石山、容疑を認めないまま福岡刑務所土手町刑務支所にて自殺
http://www.kimiaki.net/9daijiken.htm


1948年   昭和23年、九州大学生態解剖事件の軍事裁判が、横浜で開かれました。この事件
は、捕虜になったアメリカのB29爆撃機の搭乗員8人を軍事医学の実験といって、九州大学医
学部で生体解剖したとされる事件で、実験に関与した関係者30人が起訴されました。起訴さ
れた被告全員は無罪を主張しましたが、軍事裁判では5人に死刑、4人に無期懲役の判決言
い渡されました。
http://www.geocities.jp/taatyan2/page096.html

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/06/30 22:55 投稿番号: [10356 / 41162]
子供の論理だな。
相変わらず基礎知識なしの強弁。
ある意味見事とは言えるが、
自らの愚かさを晒していると自覚しなさい。

>証拠を出しなさいよ

ではまず南京大虐殺の証拠を出して頂きましょう。
当然あったのですから出せますよね。
掛け値なく証明できる証拠をお願いします。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き爺修道

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/06/30 22:51 投稿番号: [10355 / 41162]
>そのような論争は良く行われるのですが、盗人ではない善良な民間人が市長や司令官の命令に逆らって南京を脱出もせず安全区にも避難せず危険な場所に居残った事実などありません。

そういう断言は、東中野くんとか   deliciousicecoffee   くんがしているだけで、何の根拠もないんだな。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: wq_pq243 投稿日時: 2006/06/30 22:48 投稿番号: [10354 / 41162]
>嘘吐き婆だから言ってやってんだよ。


嘘吐きはあんた!
すべて、あんたの推測でしょ。
嘘吐きである証拠なんてなにもないじゃん。
証拠を出しなさいよ
はぁ?
出せない?
だったら偉そうなことはいわないの!


南京大虐殺を嘘だと言い張ることは被害者を二重に苦しめることになります。
非人道的行為はやめなさい。

南京事件国民党極秘文書から読み解く

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/06/30 22:17 投稿番号: [10353 / 41162]
注文したのが、やっと届いて、読みました。せっかくきちんと書いているのに、物静かすぎて、説得力に欠ける気がします。南京肯定派の先生への中傷が、でたらめであることが分かります。

Re: 逃げるな!答えろよ、唐兵

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 22:10 投稿番号: [10352 / 41162]
>当然この事件の資料は米軍やアメリカのアーカイブスには保存されていると思いますが、貴方の為に調べる義務はありませんので、あしからず。

あ、そう。
では、マービン・ワトキンス機長の与太話の他には全く証拠がなく、石山教授は生体解剖を決して認めず、起訴された30人全員が無罪を主張し、2年後に再審・減刑が認められ、結局は誰も処刑されることがなかったことから、これは完全な冤罪事件だったということで決着だな。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 22:07 投稿番号: [10351 / 41162]
>何十年も前のことなのだから嘘吐きだなんていえるわけないでしょ。

言えるよ。
嘘吐きは古今東西いつでもどこにでも居るからな。


>お年寄りの被害者にむちうつようなことはやめなさい。

被害者だったら俺だって何も言わないよ。
嘘吐き婆だから言ってやってんだよ。
殺された家族たちは犯人たちと支那語で話していたんだから犯人は支那人なんだよ。
それに、市長や司令官から避難命令が出されて皆が避難したのに、どうして夏淑琴と家族だけ避難しなかったんだ?
ん?
答えてみろ、馬鹿女。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 21:50 投稿番号: [10350 / 41162]
>>だとすると、やっぱり夏淑琴は嘘吐きだということになるでしょ。

>どうして?私は、「家族10人ぐらいで居残っていた例」は他に知らないけれど、だからといってそれはあり得ないとはいえないでしょうと言っているのです。数人の民間人が居残っていた例はあるようだからというのです。

夏淑琴は、10人以上の家族が南京を脱出もせず、安全区にも避難せず、市長や司令官の命令に逆らって危険な場所に居残っていたと証言しているのだから、この時点で夏淑琴は嘘吐きとなります。
また、盗人などの特殊な者は別として、12月13日まで南京の危険な場所に数人の民間人が居残っていた例もありません。


>あちこちに(財産監視のために?)民間人が少数居残っていたケースが日本軍の日誌かなにかに記されていたのじゃなかったかな。だからあったようですと言ったのです。あなた自身もこの件に関する論争に加わったのじゃなかったかな。

そのような論争は良く行われるのですが、盗人ではない善良な民間人が市長や司令官の命令に逆らって南京を脱出もせず安全区にも避難せず危険な場所に居残った事実などありません。

Re: 南京再検証に関する質問主意書

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 21:35 投稿番号: [10349 / 41162]
>誠に適切な質問内容ですね。

そう思います。


>左系のマスコミから、政府がその場凌ぎのごまかし答弁を
>閣議決定したと報道されていましたが、
>政府サイトにはまだ掲載されていないようですね。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_shitsumon.htm


そうみたいですね。
詳細な答弁は未だに公表されていませんね。

私としては、以下に示す「三」の質問に対する答弁に注目しております。
―――――――
三   それにもかかわらず「非戦闘員の殺害は否定できない事実」という政府見解や、日本軍は市民や捕虜を殺害して国際的な非難を浴びたという教科書記述はいったい何を根拠としているのか。市民虐殺と捕虜虐殺があったと明確に記載されている、南京陥落当時の、既に検証された記録をご教示いただきたい。
―――――――

この場合、最初に河村たかしの質問の前提を否定できない限り、日本軍による市民虐殺とそれに対する国際的な非難の根拠は皆無です。
すなわち、宣伝工作だったアメリカの新聞報道と、ティンパーリ編『戦争とは何か』が、宣伝ではなかったと反論できない限り、根拠はなくなってしまいます。
しかし、これらは虚偽報道と戦争プロパガンダであったことが判明してしまいました。

このような時、ネット掲示板では馬鹿な反日クンが顧維鈞の演説やスマイス調査のことなどを言い出すのですが、これらは「国際的な非難を浴びた」根拠には到底なり得ません。
もともと、日本軍による市民虐殺は全くありませんでしたし、それに対する非難についても自ずと戦時プロパガンダ(宣伝工作)以外にはありませんでしたので、「三」の質問に対する政府の答弁に特に注目しています。

さよーなら(つくる会)

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/06/30 19:45 投稿番号: [10348 / 41162]
つくる会元理事勝岡某は語る:
7月12日号SAPIOより抜粋

これまで、つくる会に尽力してきた方々には、結果として会の分裂になってしまったことに対し、心から申し訳ないと思っている。
しかし、私はもう、つくる会は、歴史的使命を終えたと思う。

大姑(西尾氏)と小姑(藤岡氏)からいびり倒されてしまう、こんな組織は、組織の体を成していないのである。

理事会は、今日決まった決定が明日になると、もうひっくり返っているという有様である。
日本人らしく、己を捨てて、意見の対立はあっても最終的には会長に帰一しようという謙虚な姿勢が決定的に欠けている。
この組織には、もう未来はないということを、私は理事の末席を汚しつつ、痛感せざるを得なかった。

(なんじゃこりゃ、南京否定派の寄り合い所帯は、もと共産党員の藤岡某に乗っ取られ、壊滅状態か。
自分で、日本人らしくないことを、認めている連中が、日本の歴史教科書を作るとは、マヌケな話ですな。)

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: sekaiheiwanoinori1973 投稿日時: 2006/06/30 13:49 投稿番号: [10347 / 41162]
世界人類が平和でありますように    我們祈祷世界人類的和平    MAY   PEACE   PREVAIL   ON   EARTH

Re: 南京大虐殺は捏造と認めたほうが賢い

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/06/30 13:13 投稿番号: [10346 / 41162]
極秘文書の作成は、国民党宣伝部です。宣伝文書を出すのが仕事でしたが、今回の文書は、その元ともなる、本物の記録です。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2006/06/30 13:10 投稿番号: [10345 / 41162]
>>だとすると、やっぱり夏淑琴は嘘吐きだということになるでしょ。


>何十年も前のことなのだから嘘吐きだなんていえるわけないでしょ。
お年寄りの被害者にむちうつようなことはやめなさい。
日本人の恥です。

年寄りが何を言っても許せと言うことですね。でも、裁判にまで訴えられて、そうも行かないでしょう。

【写真検証:002】

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/06/30 13:01 投稿番号: [10344 / 41162]
002:上海南駅空爆
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-002.htm

①東中野氏
赤ん坊   ”やらせ”

②pipopipo555jp君
長いからリンク先参照
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=one;no=237;id=imgbord#at op

③yuukokujinmu2006
こんな話を良く思いつくものだと関心しました。
肯定派の必死さが伝わってきます。

以下抜粋
1、黒服の男は、プラットフォームA(5)から
2、赤ん坊を運んだ(6)(7)(8)のあと、
3、プラットフォームBに赤ん坊をおいて、プラットフォームAに引き返しました。
4、そのときに、赤ん坊一人のショット(4=P72の写真A)が撮られました。

これを一般的に「やらせ」と言います。

Re: 日本人に対して厳しい人間的評価

投稿者: dokudami177 投稿日時: 2006/06/30 12:16 投稿番号: [10343 / 41162]
さらに中国人も韓国人も自国民が日本で犯罪を犯しまくってる事も知らないんじゃないのかな

Re: 日本人に対して厳しい人間的評価

投稿者: dokudami177 投稿日時: 2006/06/30 12:09 投稿番号: [10342 / 41162]
>日本人は自分達の歴史を知らないとアジアの国民から言われます。

どこの国も自分達に都合の悪い事はそうでしょう。
中国人はチベット大虐殺や文化大革命で3000万人以上の死者を出したこと知りませんし
韓国人はベトナム戦争で韓国軍が行った虐殺を知りません
また歴史を知らないので、大統領が竹島は日露戦争の時に無理やり日本領にした
等と言う始末ですしね

Re: 日本人に対して厳しい人間的評価

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/06/30 11:58 投稿番号: [10341 / 41162]
>日本人は自分達の歴史を知らないとアジアの国民から言われます。

一般の日本人は自分たちの歴史を知らない、無関心だということはいえると思います。しかし、いわゆるアジアの一般国民の歴史認識も相当いいかげんだと思いますよ。直接何人かのシナ人等と話をして思ったことだけど。

>自分の国家の歴史に無関心なことが、その人間の人間性を問われることだという意識が日本の特に若者にはありません。

上に同じ。

>日本の文化や歴史に無関心な日本人に対する厳しい人間評価がアジアではされるのだという意識さえない日本人の海外交流は何かしら恐ろしい誤解の増幅が待っているような気がします。

上に同じ。日本人があのようないい加減な歴史、文化認識の「アジア人」に「厳しい人間評価」をされた日にはたまったもんじゃないですね。

Re: 横レスにて失礼(石山教授の自殺)

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/06/30 11:50 投稿番号: [10340 / 41162]
横レスありがとうございます。グーぐるで調べるとこのような記事が散見されますね。しかし、コーヒーさんが主張する「被告全員が終始一貫無実を主張した」とか、「石山教授の自殺は怪しい」とかいう記事はまだ目にしたことがありません。コーヒーさんはソースを忘れた自分で調べろと言っているがそれじゃ主張に信憑性がないですね。

横レスにて失礼(石山教授の自殺)

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/06/30 11:29 投稿番号: [10339 / 41162]
(極東国際軍事裁判記録より)

1946年7月12日
GHQは元九州大学総長荒川文六、医学部外科部長石山福次郎教授、解剖学平光伍一教授、石山外科平尾健一元助教授、石山外科鳥巣太郎助教授 の5人を戦犯容疑者として引き渡すべしと命令した。
容疑の内容は米空軍捕虜に対し医学部の一部職員と西部軍指令部との共同謀議のもとに、九大の解剖台の上で生体解剖を行なったこと。
石山教授は7月17日に福岡刑務所内で自殺した。

Re: また中国の捏造だ! >唐平

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/06/30 11:11 投稿番号: [10338 / 41162]
>被告30人が無罪を主張したということが間違っていると言うなら、どう間違っているのかを指摘してください。

間違っているとは言ってないでしょ。どう正しいか、どう間違っているのか吟味するためにも被告30人全員が最後まで無罪を主張したという資料(ソース)をお願いしますと言ったのです。

そして、仮に被告30人全員が実際終始一貫断固として無罪を主張したとしても(それだけで)即無実だとは言い切れないだろうというのです。ほかにああだこうだという反証があったとしても「被告全員が終始一貫無実を主張したからといって(それだけで)そく事実無根だとはいえない」ということ自体は変わりません。

ところで主犯とされた石山教授は自殺に際して罪は自分にあるというような遺書を残しているらしいですね。これは、「被告30人全員が実際終始一貫断固として無罪を主張した」ことに対する反証になりますね。そのような遺書はなかったとかでたらめだったとかあれは自殺ではなかったというならその詮議をしなければ。だからまずそのようなことを主張しているソースをお願いしますと言っているのです。どこかで見たが忘れた。自分で調べろじゃねえ。

Re: 南京大虐殺は捏造と認めたほうが賢い

投稿者: awkgrepls 投稿日時: 2006/06/30 10:39 投稿番号: [10337 / 41162]
返事が遅くなってすみません。

>真実なら、極秘文書にも、そのことが載っていなければなりません。当時国民党軍は逃げましたが、南京在住の欧米人に資料をもらって、発表したのですが、その写真などが、嘘だったことを知っていたとしか考えられないでしょ。そうでなければ、何故、本当の記録の方に、それを入れなかったのでしょう。

わからないことがあります。

極秘文書とは、
  (1)誰が作成したものか?
  (2)どういう性質の文書か?(役人が作ったレポートなど)
「本当の記録」について。
  (1)誰が作成したものか?
  (2)どういう性質の文書か?

以上教えてください。

Re: 逃げるな!答えろよ、唐兵

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/06/30 10:06 投稿番号: [10336 / 41162]
>しかし、ブログとか紹介のみとか他人の褌でしか相撲を取れないのかね。

うーん、おっしゃる通り。フンドシを買う金が無いもんでのー。トホホ!

Re: 逃げるな!答えろよ、唐兵

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/06/30 09:14 投稿番号: [10335 / 41162]
>ご貴殿の反論はいつも同じで、何か偏執的ですな。

誰かが偏執的に同じ事を貼り付けるのが原因なのが明白だが。
しかし、ブログとか紹介のみとか他人の褌でしか相撲を取れないのかね。

Re: 逃げるな!答えろよ、唐兵

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/06/30 08:56 投稿番号: [10334 / 41162]
>そうではなく、オマエが読んでオマエが答えろよ!
マービン・ワトキンス機長の証言を裏付けるものは皆無だろ。
全く辻褄が合わない。

いや、結構です。私は生体実験には全く興味がありませんが、貴殿が生体実験に異常な反応を示すので、ご参考までに、この事件をお知らせしたまでです。

当然この事件の資料は米軍やアメリカのアーカイブスには保存されていると思いますが、貴方の為に調べる義務はありませんので、あしからず。

ご貴殿の反論はいつも同じで、何か偏執的ですな。
少し、頭を冷やしてください。

日本人に対して厳しい人間的評価

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/06/30 08:49 投稿番号: [10333 / 41162]
  日本人は自分達の歴史を知らないとアジアの国民から言われます。自分の国家の歴史に無関心なことが、その人間の人間性を問われることだという意識が日本の特に若者にはありません。日本の文化や歴史に無関心な日本人に対する厳しい人間評価がアジアではされるのだという意識さえない日本人の海外交流は何かしら恐ろしい誤解の増幅が待っているような気がします。

  現在問題になっている「日本人拉致問題」とは比べ物にならない一方的な日本人に対する殺傷・拉致事件である「李承晩ライン」の歴史など、日本人は忘れてしまっているのでしょう。中国大陸で第二次世界大戦中に、日本の100万人を超える軍隊がどのような残虐・卑劣な行いをしてきたかも、日本の若者は知りません。目の前で両親や子供や友人を日本人に殺された記憶のある中国人が、まだたくさん中国には生き残っています。一生忘れることができない、耐えがたい苦しみと悲しみを日本人から受けた中国人が、中国を訪れる日本人の目の前にいるという事実は現在の日本人には考えられないでしょう。

東洋鬼②

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/06/30 08:43 投稿番号: [10332 / 41162]
  不安と焦燥のあまり、食べるものも食べられず、勿論与えられもしなかった。

  老人、子供、婦人と、血の気を失い、下をうつむいて、歩ませられるがままに、力ない歩みを運んでいる姿は、一歩一歩刑場に近づいているのである。突然「パンパン」とすさまじい発砲が静寂を破った。厳重な警戒の中を逃亡したのである。一斉に緊張した警戒兵は、一人も逃さじと執拗な警戒に入った。一列に並んでいる農民の列は、部落の端から端まで長く続いた。死の歩みを続けてきた先頭は部落の東端で停止し、その列の中から男だけを選んで五、六人一列横隊に並ばせ、男といっても老人組が多かった。第一期検閲が終ったばかりの初年兵にとっては初陣であり、銃剣術の刺突訓線もいよいよ本日は、真物を実験台にできるというわけである。

  好機至れりで、功名心をいやが上にもかりたたせ、さあ初年兵から、かかれっ、とばかり古年次兵が叫んだ。私は教育係をしていた関係上、初年兵の手前何事にも模範たるべきと、このことにも躊躇することを恥じた。黒いよれよれの中国服で身を固めた、壮年者であり、純然たる農民であった。銃剣を構え、突撃の態勢を整え、私は夢中で一人を突き刺した、ブスッウという鈍い音が体に伝わってきた、悪魔は私に魅力を感じたのか蛮勇が振いたった。第二列、第三列と、農民の多くが鮮血を大地に吸い込ませ、恨み深く解放の礎となっていった。

  今度は、老幼婦女子を生き埋めするときが来た。中国の井戸は入口が直径五・六十糎もあろうか、人が飛び込む余裕はあった。

  井戸には囲いはなく、穴の付近にいってやや慢頭型の丸みをし、穴から井戸を覗くと段々巾広く、内部の直径は一米五・六十糎はあり、深さは十米以上もあった。

  井戸の入口に向い合った私ともう一人の兵隊は、押し込め役だった。井戸の中へ飛び込むのを恐れて、穴の向い側に飛び越すのを防ぐため二人が向い合った。最後のときが来た。農民の第一人目は井戸の傍らに歩み寄せられた。小隊長は小高い一角に立って、民衆に向い、この世の最後のはなむけの言葉をおくった。

  お前達もいよいよ最後のときがきた、再びこの世に生まれてくるときは、決してこのような思想をもってきてはいけない。お前たちの冥福を祈る、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、さあ開始、入れろ、の号令一下、私は夢中で第一人目を押し入れた、次から次へと夢中で押し入れた、老母も、老爺も、三才の男子も、五才の女子も、三十五・六才の婦人が、乳呑み子を抱いたまま、深い深い井戸の中へ落ちていった。

  落ちてゆく人々が積み重なってもがく、苦悶のうめき声がかすかに井戸の上の空気をふるわしていた。

  押し込み役を、何人か交代して詰め込んだ人の数は百人を越えたのではなかろうか。

  八分目の辺まで詰め終ったとき、こんどは上から土や石を詰め込み、ギュウ、ギュウ、踏みつけ、土慢頭のように穴は完全に塞がった。苦悶の身動きなどをする間もなく、体と体は密着し、箱に詰められた冷凍魚のようになって窒息死し、大地と同化した。

  なお井戸の中に入れきれず、残ったものは、捕獲縄で一人一人をまるめ、約十人ぐらいを纏め、薪の束のようにし、その束いくつかの真中に箱詰めのダイナマイトを仕掛け、爆破をかけた。爆音とともに飛散した赤い人肉が、火薬の臭いと入り混って大地に散乱した。

  春秋の村祭りも、仲秋節も、胡弓の響きも、人の声も、伝統や習慣の一切が消えていった。続いて悪魔の火は放たれ、家々は焼かれていった。日本侵略軍の蛮行は各小隊、中隊毎に連隊作戦としてこの地区に行われたのである。

(ふるや えいいち   中国帰還者連絡会賛助会員)

【略歴】
  本籍・神奈川県
  私は農村の商家に生まれ、補修学校を卒業、家事に従事。
  1939年中国に侵略。北支派遣、前田治郎部隊、見城部隊、森田部隊、小田隊、に入隊。1940年連隊作戦に参加、河南省に於いて私が上等兵のときおこなった罪業です。

東洋鬼①

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2006/06/30 08:42 投稿番号: [10331 / 41162]
東洋鬼

古屋栄一


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■故・古屋栄一氏は中帰連の賛助会員であり、戦犯勾留の体験はない。

  1940年4月、河南の春はのどかな日本の内地とさほど違わぬ気候であった。中原会戦が5月1日行動開始であったから4月初旬のことである。今度の作戦は中原作戦の下準備、つまり足ならしであるという噂がたち、二年兵の上等兵であった私は、初年兵教育の第一期が終了し、功名心に殺気立っていたころである。部隊は新郷を出発し、湯蔭県に集合、部隊編成を行った後、共辺地区の赤化部落の掃討に向った。貨車の中には鋸が満載され、勿論この鋸は中国製のもので、各部隊の駐屯地周辺の部落から集めたものである。

  一体なんの討伐だろうと、現地に着くまでは、われわれ兵隊にはその真相は掴めず、擲弾筒手であった私は榴弾が股の辺に当たり、砂地の行軍には困難した。平和な部落の夕暮れも、急にざわめきたって来たかのように、不穏な空気をかもしていた。大した抵抗もなく大部隊は滑り込むように現地に到着した。疲労と、空腹に、たまりかねたわれわれは、農民の家になだれ込み宿営準備にとりかかった。アンペラ、鍋、鶏、豚、小麦粉、油と、飢えた動物のように家の中を探しまわりかき集めた。大部隊が平和な部落になだれこんだので一概にして農民の大切な食糧はなめつくされ、逃げ遅れた老幼婦女子だけが、日本軍の威圧の前にはどうすることもできず、部落の一ヵ所に集められた。昨夜までは人の笑い声もし、すべての営みが平和に行われていたこの部落も、今宵はなんという運命の違いであろう。

  いくばくもない運命の最後を予想しながら、東洋鬼(日本軍)のなすがままに、おののきふるえていたのである。この地区は砂地地帯で、穀物には不適のため、限りなく続く棗(なつめ)と落花生が農民の生活の支柱であった。主食である粟や小麦は他の地方へいって交換していたのであろう。棗の木は直径三・四十糎(センチ)はざらにあり、3・40年を経ているものであろう。部隊はいよいよ明日から戦闘開始だ。一帯に続く棗林を伐採すべしの命令が下がった。

  鋸は二人に一丁ずつ分配され、伐採作業は威勢よく始められた。伐り倒した本数を分隊毎に報告、伐採作業は二日ぐらい続き、原野と変り果てた面積は広大に及んだ。これほど極悪非道の罪悪はあるまい、穀物なら一年経てばとれるものを、棗の木に限ってはそんなたやすいものではない。農民が精魂込めて育て上げた、30年40年の汗と血の結晶である。伐り倒されたくやしさに、老いた農民は、泣いて泣いて、泣きとおしたことであろう。なんのために、善良なる農民をこれまでして苦しめねばならなかったのであろうか。

  この辺一帯は共産地区であるということが原因であった。先ずそこに、人間が住めないようにするために、食糧の根本を絶滅することに作戦の意図があったのである。

  鈍い昼間の太陽が陰惨な光を投げ、部落一帯は静寂そのものであった。日本侵略軍の首謀はそれでもあきたらず、人間の一切を抹殺すべしと恐るべき命令を下した。身の毛がよだち、身ぶるいを覚え、老人も、婦人も、子供も、赤子も、消えてゆくことなのである。その追いつめられた人々の心理に反して、侵略者共の心は躍っていたのである。

  初年兵の初陣に遅れをとらせまじと、私は蛮勇を振いただして、人間性の一片すらもなかった。部落の一カ所に封じ込められた老幼婦女子の群は、厳重な警戒の中に何日かをすごし、いよいよ兵隊の誘導に従って一列に、腰を曲げながら歩いている老人夫婦、三才、五才、十才と入り混じる子供達の姿、中年の婦人が乳呑み子を自分の服の下に入れて、抱いてゆく姿、警戒兵は一米間隔ぐらいに、銃剣を突きつけて、逃亡を防ぎながら部落の東端に向って進んでいた。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: wq_pq243 投稿日時: 2006/06/30 08:33 投稿番号: [10330 / 41162]
>だとすると、やっぱり夏淑琴は嘘吐きだということになるでしょ。


何十年も前のことなのだから嘘吐きだなんていえるわけないでしょ。
お年寄りの被害者にむちうつようなことはやめなさい。
日本人の恥です。

Re: 東中野某名誉既存裁判 嘘吐き婆夏淑琴

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/06/30 08:23 投稿番号: [10329 / 41162]
>>「家族10人ぐらいで居残っていた例」は知らないという意味です。居残っていた例は、1〜3人あるいは4,5人くらいじゃないかと思います。

>だとすると、やっぱり夏淑琴は嘘吐きだということになるでしょ。

どうして?私は、「家族10人ぐらいで居残っていた例」は他に知らないけれど、だからといってそれはあり得ないとはいえないでしょうと言っているのです。数人の民間人が居残っていた例はあるようだからというのです。

>ところで、1937年12月13日になっても安全区に避難せず南京の危険な場所に1〜3人あるいは4,5人くらいの南京市民が居残っていた例があるなら教えてください。
1937年12月13日になると、泥棒などは別として善良な南京市民は全員が南京を脱出、若しくは安全区に避難していたはずです。

「はず」ですけど、あちこちに(財産監視のために?)民間人が少数居残っていたケースが日本軍の日誌かなにかに記されていたのじゃなかったかな。だからあったようですと言ったのです。あなた自身もこの件に関する論争に加わったのじゃなかったかな。

Re: 南京再検証に関する質問主意書

投稿者: kisikaisei2004 投稿日時: 2006/06/30 06:52 投稿番号: [10328 / 41162]
誠に適切な質問内容ですね。

左系のマスコミから、政府がその場凌ぎのごまかし答弁を
閣議決定したと報道されていましたが、
政府サイトにはまだ掲載されていないようですね。

http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_shitsumon.htm

南京再検証に関する質問主意書

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/06/30 01:29 投稿番号: [10327 / 41162]
質問本文情報

平成十八年六月十三日提出
質問第三三五号

いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書

提出者    河村たかし

―――――――
いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書

  歩兵第一〇一旅団指令部伍長であった私の亡父、河村誧男(かねお)は、昭和二〇年八月一六日に武装解除されていた南京に到着し、南京市郊外の棲霞寺に翌二一年の一月まで滞在、同年三月に帰国した。同寺には司令部の約二五〇人が滞在していたが、彼の地で大変手厚く遇され、生き永らえることが出来たと感謝していた。
  そこで、戦後五〇年となる一〇年前、当時の戦友たちは、当時の南京市民のもてなしへの感謝の気持ちとして、寄付金を募り、南京市に一千本の桜を寄付し、体調の悪い父に代わり母が訪中した。その母も昨年一〇月亡くなった。
  彼の地において大虐殺が行われていたのであれば、そのわずか八年後にこのような心温まる交流が実在しえるとは思えない。そこで、いわゆる南京大虐殺事件について再検証すべきではないかと思うに至った。
  植樹一〇年目の今年、私も三名の元日本兵とともに南京市を訪れ、改めて感謝の思いを伝えてきたが、同時に南京事件記念館も訪問した。このように深いご縁のある者として、正しい相互理解をふまえた真の日中友好を促進したいとの思いから以下の通り質問する。

一   日本政府の南京大虐殺に関する正式見解は聞いたことが無い、という石原慎太郎東京都知事の批判に答えて、沼田外務報道官は平成一一年五月一四日の記者会見で、南京大虐殺については「非戦闘員の殺害あるいは略奪行為があったことは否定できない事実」(平成一一年五月一五日付け朝日新聞)と述べた。
  また、子供たちが学ぶ歴史教科書を見ると、ほとんどの教科書が南京虐殺を記載しており、教科書によっては二〇万人虐殺という記述もあるが、これらは、当然日本政府の見解とみなされるが、そう理解してよいか。
二   今日までの間に研究が進み、新たな史料が発掘されている。例えば、先月、亜細亜大学の東中野修道教授が出された『南京事件   −   国民党極秘文書から読み解く』は、戦争相手国であった中国国民党政府の中央宣伝部の極秘文書をもとに南京事件を解明している。同書には、これまで長い間南京大虐殺の動かぬ証拠と見なされてきた市民虐殺の告発本、ティンパーリ編『戦争とは何か』は、国民党中央宣伝部の制作した宣伝本だったことが、国民党の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝工作概況』の中に明記されていること、また、極秘文書の『中央宣伝部国際宣伝工作概況』(一九四一年)によれば、戦争相手国だった中国国民党政府は日本軍の市民虐殺と捕虜虐殺を指摘すらしておらず、むしろ否定していることが示されている。さらに、毎日のように開かれていた国民党中央宣伝部の記者会見でも南京大虐殺は話題にすら上っておらず、従って、アメリカ合衆国政府はもとより、国民党中央宣伝部でさえ南京大虐殺を極秘文書のなかで非難していないことが示され、そもそも、南京大虐殺の源流となったのは、虚偽の新聞報道であり、戦争プロパガンダ本のティンパーリ編『戦争とは何か』であったと喝破されている。
  このような新たな研究成果を、政府は把握し歴史の再検証作業を行っているか否か。
三   それにもかかわらず「非戦闘員の殺害は否定できない事実」という政府見解や、日本軍は市民や捕虜を殺害して国際的な非難を浴びたという教科書記述はいったい何を根拠としているのか。市民虐殺と捕虜虐殺があったと明確に記載されている、南京陥落当時の、既に検証された記録をご教示いただきたい。
四   旧日本軍兵士の聞き取り調査等により、南京大虐殺を行ったという証言を得たことはあるか。また、南京市民において、親族が虐殺されたといった類の証言ないし証言録を政府は取得したことがあるか。
五   政府見解は再考の余地が無いと考えるか否か。
六   前述の東中野教授の著書、『南京事件「証拠写真」を検証する』では、南京大虐殺の証拠写真として通用するものは一枚も無かったとの研究成果がまとめられているが、中国政府は南京事件記念館にそれらの写真を展示している。そのことに対して日本政府はどのように考えているのか。またどのように対処しているのかご教示いただきたい。
七   南京事件記念館を利用した反日感情増大政策は、日中友好に対する重大な悪影響をもたらすと考えるが、日本政府としてはこの悪影響を取り除くべきと考えるが、どのような努力をしているのか。

  右質問する。
―――――――

【写真検証:021】

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/06/30 01:17 投稿番号: [10326 / 41162]
021:殺された南京近郊の農民
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-021-5.htm

①東中野氏
日本兵が加害者だとどうして分かる?

②pipopipo555jp君
南京地区から写真を流出させることは
日本軍の占領下では非合法でありスパイ行為であった。。。。
以下省略

③yuukokujinmu2006
マギーが人から聞いた話と写真の信憑性を一緒にしないで下さい。
日本兵が加害者だと分かる証拠は?

Re: 【写真検証:029〜034】

投稿者: dannnagananda 投稿日時: 2006/06/30 00:58 投稿番号: [10325 / 41162]
>当時出回っていたエロ写真に強姦のキャプションをつけたもの

32と33なんかいかにもそうですね

【写真検証:029〜034】

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/06/30 00:52 投稿番号: [10324 / 41162]
029:強姦された婦女
030:輪姦後悲痛な表情をする女性
031:獣兵に蹂躙された婦女
032:獣兵に輪姦されたA
033:獣兵に輪姦されたB
034:日本軍に輪姦されたあと湧
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-029-34.htm

①東中野氏
当時出回っていたエロ写真に強姦のキャプションをつけたもの

②pipopipo555jp君
長いのでリンク先参照

③yuukokujinmu2006
沢井中尉が言った話と写真の信憑性を一緒にしないで下さい。
日本兵が加害者だと分かる証拠は?

【写真検証:038】

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/06/30 00:29 投稿番号: [10323 / 41162]
038:刑に臨む前
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-038-40.htm

①東中野氏
足を縛られた男性は2人の兵士に囲まれているが、
何の刑の執行前なのか、いつ、どこで誰が
撮影したのかが不明では、信憑性がない。

②pipopipo555jp君
果たしてこれが釈放前にみえますか?

③yuukokujinmu2006
何の刑の執行前なのか?
いつ?
どこ?
誰が撮影?
東中野氏のコメントを良く読んで反論して下さい。

【写真検証:041と042】

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/06/30 00:10 投稿番号: [10322 / 41162]
041:晋省で日本軍に強迫され蹂躙された婦女
042:同上
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-041-2.htm

①東中野氏
女性がどのように蹂躙されたのか、
男性は本当に日本兵であったのか、証明する手立てが無い。

②pipopipo555jp君
え?どのように蹂躙されたのかだって?
日本人かどうかに疑問を持つならともかく、
そんなことが先に立つ無神経さが気になる・・・のだけど。  

③yuukokujinmu2006
感情が先になってますね
女性がどのように蹂躙されたのか?
男性は本当に日本兵であったのか?
証明して下さい。

中国軍の自画像である日本軍の略奪

投稿者: anchi0011 投稿日時: 2006/06/29 23:55 投稿番号: [10321 / 41162]
虐殺とは中国伝統文化の一つで、今まで行った中国の内戦では欠かすことのできない中国軍の習慣である。

中国政府が創作した日本軍の「大虐殺」「三光作戦」「万人坑」などは、すべて日本ではなく中国文化が反映されたものである。

虐殺した中国人の死体を大量に投げ捨てたとされる「万人坑」などは、古代より中国の武将らが自らの戦功を記念して作った「京観」から来るものだ。

日中戦争当時中国軍には従軍カメラマンが少なく、その「戦記」が語るものほとんどが伝聞だ。

日本軍の「暴行」とされるものは、中国の文人が中国史の知識をもって類推して創出したものがほとんどなのだ。

そのことは中国人経験を嫌というほど味わされてきた台湾人がもっともよく知っている。

残念なのは日本軍暴行譚について、中国虐殺文化史との比較研究に取り組む学者が、中国にはいないことだ。

青春出版社
著作:黄 文雄

黄 文雄(コウ・ブンユウ、1938年 - )は、台湾高雄州岡山郡(現在の高雄県岡山鎮)出身の評論家。台湾で政治活動を行う同姓同名の人物と、生年・政治的な主張が似ている為、混同される事も多いが別人である。1964年に留学のため来日した。早稲田大学商学部卒。明治大学大学院文学研究科博士前期課程修了。拓殖大学日本文化研究所客員教授。台湾独立建国連盟日本本部委員長。維新政党・新風講師。

特色

日本植民地時代を肯定的に叙述しており、また中国大陸進出も侵略戦争とは規定していない。むしろ中国国民党と中国共産党の内戦に引き込まれた陰謀説を採用している。台湾のみならず、韓国、朝鮮までも日本植民地支配を近代化へのステップであったとしている。満州は中国ではなく、独立国であるという説を唱えている。彼の説は、右派文化人、とりわけ「新しい歴史教科書をつくる会」の執筆者に引用されている。
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