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古朝鮮の歴史 - 朝鮮四郡^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 23:59 投稿番号: [48640 / 73791]
投稿者:直子


朝鮮四郡

『漢書』食貨志

  元朔元年(紀元前128年)、彭呉(遼東太守)は穢貊(わいはく)と朝鮮を破り、その地を支配するため滄海郡を置いたが、三年後には廃止した。

  この当時、漢王朝は遼東以遠の辺境を積極的に支配する意志がなかったのだろう。南方で騒乱が生じると滄海郡への兵員派遣を中止して、その兵員を南方にまわし、維持管理が困難となった滄海郡を廃止した。だが、この二十年後、衛氏朝鮮が遼東に攻め込み、漢の統治官である都尉を殺害したことで状況が一変する。


『通典』邊防

  武帝元封三年、遣樓船將軍楊僕從齊浮渤海、兵五萬、左將軍荀&#24408;出遼東、討之。朝鮮人相與殺王右渠来降。遂以朝鮮為真蕃、臨屯、楽浪、玄菟四郡。今悉為東夷之地。昭帝時罷臨屯、真蕃以并楽浪、玄菟。

  元封三年(前108年)、楼船將軍の楊僕は斉から渤海を渡る。兵五万。左將軍の荀&#24408;は遼東を出て、右渠を討つ。朝鮮人は右渠を殺して帰伏。朝鮮を真蕃、臨屯、楽浪、玄菟の四郡となした。今はすべて東夷の地。昭帝の時、臨屯と真蕃を廃し、楽浪と玄菟に併合した。

  武帝は辰国の入貢を阻止し、都尉を殺害した右渠(衛満の孫)の衛氏朝鮮を討滅した。

  今回は漢王朝も本気で遼東地方を植民地として支配するため、朝鮮国を楽浪郡、玄菟国を玄菟郡、臨屯国を臨屯郡、真番国を真番郡に格下げして、統治官を派遣することにした。


『楽浪郡』(らくろうぐん)

  楽浪郡は、朝鮮国の旧領地に配した郡。郡治は朝鮮県の王険城(平壌市大同江の南岸)に置かれたが、その場所については説が多く、いまだに特定されていない。

  北魏の地理書『水経注』では、設置当初の郡治は大同江の北岸に在ったと記しており、朝鮮国の王都だった王険城とは位置が異なることから、1913年に土城里で発見された土城の遺構(大同江の南岸)が郡治址である(否定論もある)として「楽浪土城」と呼ばれる。

  だが、当初から楽浪土城だったとする説と、当初は大同江北岸にあったが、高句麗の圧迫を受け、後漢時代に南岸の楽浪土城に還ったとする説に別れている。

  また、王険城の位置にも疑問があり、朝鮮四郡はいずれも位置が確定されていない。


『朝鮮新報』(2003年5月20日版)

『史記』朝鮮列伝には「武帝は王険城を攻略するため、樓船将軍の楊僕が率いる水軍を河口に向かわせたが、すぐに右渠が城から出撃してきて漢の水軍を撃ち払った」と記されているが、すぐに迎撃するには現在の王険城では河口から離れすぎており、本来の王険城とは位置が異なるとの説も出てきた。


①楽浪郡の設置

  紀元前108年、朝鮮国の旧領に楽浪郡を設置した。

『三国志魏書』穢伝

  自單單大山領以西屬樂浪、自領以東七縣、都尉主之、皆以&#28618;為民。後省都尉、封其渠帥為侯、今不耐&#28618;皆其種也。漢末更屬句麗。

  単々大山領(馬息嶺山脈)より以西は楽浪郡に属す、領(単々大山領)より以東の七県は都尉がこれを統べる、そこは皆、&#28618;を以て民となす。後に都尉を省き、そこの渠師を諸侯として封じた、今の不耐&#28618;侯は皆、その類である。漢末には高句麗に属した。

  楽浪郡の統括範囲は「単々大山領より以西は楽浪郡に属す」とあるが、張鳳台(清朝末の学者)は單單大山領を、次のように比定している。

「単々は、満語の珊延に音近し、即ち長白山である。七県を分かち、楽浪東部都尉を置く。漢時の楽浪は奉天省城の東北二千余里に在り。府治は奉天からわずか千五百里。それ漢時の楽浪郡たること疑いなし」

  だが、上記の穢伝では「山領より以東の七県は皆、&#28618;を民となす」とあり、東部都尉の官府は「&#28618;」の王城の「不耐城」に置かれており、長白山の東では「沃沮」の居住領域となり不合理である。筆者は、&#28618;と朝鮮の境界だったと思われる馬息嶺山脈だと考える。


②二郡の廃止

  紀元前82年、真番郡と臨屯郡が廃止され、楽浪郡と玄菟郡に併合された。

『後漢書』東夷伝&#28618;条

  始元五年(紀元前82年)、臨屯と真番を廃止し、楽浪と玄菟に併せる。・・・<続きは以下をクリックしてください。地図もあります>
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kochosen/kochosen5-kanyongun.htm

Re: 古朝鮮の歴史 - 燕と古朝鮮^^

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 23:53 投稿番号: [48639 / 73791]
歴史上朝鮮が何処にあったかは1393年の李氏朝鮮の成立以降では、今の朝鮮半島であることは事実だが、それ以前すなわち秦はおろか漢・唐…においても朝鮮半島を朝鮮という記述が何処にも(朝鮮にも中国日本にも)無い。楽浪郡などと言って中国の一部としていた記述はある。
遼東半島の一部を朝鮮と呼称していたらしい。よって李氏朝鮮以前の朝鮮は、今の中国地域にある一地名にしかすぎない。
古朝鮮を今の朝鮮半島の三韓以前とする言い方もあるので注意を。

古朝鮮の歴史 - 衛氏朝鮮^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 23:47 投稿番号: [48638 / 73791]
衛氏朝鮮


『史記』朝鮮列伝

  朝鮮王滿者、故燕人也。自始全燕時、嘗略屬真番、朝鮮、為置吏、&#37155;塞。

  朝鮮王の満とは、昔の燕の国民である。燕は全盛期の初めから真番と朝鮮を服属せしめ、統治官を置いて&#37155;(楽浪郡有雲&#37155;)を塞いでいたことがある。

  秦滅燕、屬遼東外徼。漢興、為其遠難守、復修遼東故塞、至&#28031;水為界、屬燕。

  秦が燕を滅ぼし、遼東の外徼(がいげき=異民族)を帰属させた。

  漢王朝が勃興すると、そこが遠方で守るのが難しいので、遼東の故塞(燕の遼東長城)を修復し、&#28031;水(ばいすい)までを国境として、燕に属させた。

  燕王盧綰反、匈奴、滿亡命、聚黨千餘人、&#39755;結蠻夷服而東出塞、渡&#28031;水、居秦故空地上下&#37155;、稍役屬真番、朝鮮蠻夷及故燕、齊亡命者王之、都王險。

  燕王の盧綰(ロワン)が背き、匈奴に亡命すると、髷(まげ)を結い、蛮夷の衣服を着た満は千余の人々を連れて長城を出て東に逃れ、&#28031;水(清川江)を渡り、秦の時代の昔の空地に居を構えて&#37155;(長城)を出入し、真番に軽く属していた朝鮮蛮夷や、その地に暮らす昔の燕や斉からの亡命者らの王となり、王険城(王倹城とも)を都とした。

  紀元前202年、項羽との熾烈な争いに勝利し、漢帝国を建てた劉邦(高祖)だが、やがて猜疑心を募らせるようになり、次々と建国の元勲らを誅殺し、遂には幼少からの親友である燕王の盧綰にも討伐軍を向けた。だが、盧綰は劉邦と戦うことを避け、一族を連れて万余の兵とともに長城の関所付近に退避した。

  紀元前195年、燕に侵入した漢軍は18県51郷邑を平定したが、劉邦崩御の急報が届くと全軍が退却した。そして、劉邦が死んだことで漢王室との和解を断念した盧綰も軍勢を引き連れて長城の外に出て、東胡を滅ぼして強勢となった匈奴王の冒頓単于(ぼくとつぜんう)のもとに亡命した。これを喜んだ冒頓単于は盧綰を東胡王に任じた。

  満が千余の兵を連れて燕を脱出した時期もこの前後だろう。

  髷を結い、蛮夷の服を着るのは東夷の風習であり、司馬遷は満を、燕に仕えていた東夷の武将か、従属していた部族長だと考えたようだ。満については姓も官位も伝わっていない。後に中国の正史には「衛満」と記されるが、満を長城の衛士だと考えたのかもしれない。

  秦時代の昔の空地が、どの地域を指すのかは不明だが、燕の遼東長城の東端は大同江沿岸の「満潘汗」、それを秦が補強したが、前漢は新たな長城を築いており、その東端は清川江沿岸の「&#28031;水県」であることから、おそらく清川江と大同江の狭間を指すのだろう。


『漢書』朝鮮伝

  朝鮮王滿、燕人。自始燕時、嘗略屬真番、朝鮮、為置吏築障。秦滅燕、屬遼東外徼。漢興、為遠難守、復修遼東故塞、至&#28031;水為界、屬燕。燕王盧綰反、入匈奴、滿亡命、聚黨千餘人、椎結蠻夷服而東走出塞、度&#28031;水、居秦故空地上下障、稍役屬真番、朝鮮蠻夷及故燕、齊亡在者王之、都王險。

  内容は史記と同一だが、史記は「&#37155;塞」「上下&#37155;」、注記「地理志では楽浪郡の有雲&#37155;のこと」とあるが、漢書は「築障」「上下障」としている。障は「障壁=長城」であり、筆者も長城のことだと考え、満は長城の関所を出入したとした。

  また、漢書は&#28031;水を「楽浪の&#28031;水県」、史記は「地理志では&#28031;水の東に出れば塞(長城)外、西南に至り、楽浪の西から海に入る」と注記がある。現在の大同江のことである。

  満は、燕の滅亡で遼東郡の統治体制が乱れ、統治者不在となった清川江と大同江の狭間に拠点を置き、そこから長城を出入して、燕に従属していた真番や朝鮮などの蛮夷、および燕や斉の流民(異民族)などを結集して、その王になったのだろう。・・・<続きは以下をクリックしてください>
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kochosen/kochosen4-eisichosen.htm

古朝鮮の歴史 - 燕と古朝鮮^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 23:31 投稿番号: [48637 / 73791]
投稿者:直子

万里長城(燕長城)

  前漢時代に朝鮮四郡を設置されるまでの時代を『古朝鮮』といい、古朝鮮には「檀君朝鮮」「箕子朝鮮」「衛氏朝鮮」という三つの朝鮮があったとされる。通説では衛氏朝鮮以外は伝説上の国家と解されている。ただし、韓国の歴史教科書では歴史上の史実として扱っており、神話だと断じるのは、朝鮮半島の歴史を歪める陰謀だと言われそうだ。

  古朝鮮とは具体的にどの地域にあったのかを考察するには、中原諸国によって構築された長城の歴史、特に朝鮮が何度も登場する遼東長城の歴史を追ってみよう。


『万里の長城』

  春秋時代から戦国時代にかけて中原諸国が各々に土塁の障壁(長城)を築いた。

  これらは隣国からの侵入を防ぐためだが、これとは別に、後世の『万里の長城』の原型となる異民族対策として築かれた長城がある。北方の匈奴に備えた「趙長城」、東胡に備えた「燕長城」、西方の&#27664;(てい)や羌(きょう)に備えた「秦長城」である。

  一説には、鉄器文化を発展させた中原諸国が、古代から中原周辺にいた異民族を辺境の地に追い払い、彼らが故地に復帰できないように長城を築いたのだという。

  構築の理由は別として、この当時の長城は、騎馬で飛び越えられない程度の規模の土壁でしかなく、騎馬戦に長じた胡族に対応するだけのもので、現存する明時代の万里の長城とは位置も構造も規模ともに大きく異なる。


『通典』東夷上

  周封殷之太師之國。太師教以禮義、田蠶、作八條之教、無門&#25142;之閉、而人不為盜。其後四十餘代、至戰國時、朝鮮侯亦僭稱王。始全燕時嘗略屬焉、為置吏、築障塞。秦滅燕、屬遼東外徼。秦遼東郡、今安東府之東地。

  周は殷の太師(箕子のこと)を、この国に封じる。太師は礼儀、農業を教え、八條の教えを作る。門戸を閉めなくても族人は盗みをしない。

  その後、四十余代、戦国時代に至って朝鮮侯も王を僭称。燕は全盛期の初めに(朝鮮を)侵略して属国とし、統治官を置いて障壁(燕長城)を築いた。秦が燕を滅ぼして遼東の外徼(外境=異民族)を帰属させた。秦の遼東郡は、今の安東府の東の地である。

  燕は周王朝の元勲である召公&#22893;(せき)が紀元前11世紀に封じられ、紀元前222年に滅亡するまで約八百年続いた国家。戦国時代には「戦国七雄」の一国とされる大国だが、建国当初から戦国時代までの国情については中国の史籍にも記されていない。

  燕は北方から中原の通路にあたる現在の河北省を領域としたことから、延々と異民族との攻防を繰り返していたため、中原諸国との通交がなく、国情が伝わらなかったと思われる。

  その燕が「朝鮮を属国とした」とあることから、遠隔地の他国を属国にすることは常識的にありえない。従って、燕の近隣にいたものと考える。では、どの辺りにいたのだろう。


『史記』蘇秦列伝

  燕は東に朝鮮、遼東、北に林胡と楼煩、西に雲中と九原、南に呼沱と易水がある。

  燕の本拠は河北省北部、その東に朝鮮と遼東(遼河の東部)があるとすれば、記載順序からすれば、朝鮮は遼東より西側、すなわち遼西(遼河の西部)だとなる。

  本来、遼西地方は胡族(古代トルコ系遊牧民族)の山戎(さんじゅう)が領域としているはずだが、紀元前475年に趙に敗戦して以来、衰弱しており、すでに遼西から追われ、東胡に亡命していたのかもしれない。ただし、林胡・楼煩・東胡は「三胡」と呼ばれるが、燕の北にいたのは東胡であり、林胡と楼煩は黄河を間にして、蒙古自治区側に林胡、山西省側に楼煩がいた。従って、燕の西の間違いだと推察する。

  中国の正史は箕子朝鮮の詳細を伝えておらず、朝鮮は古代の辺境を意味する呼称ではないかとする説もあるが、上記の通典に「そこに長城を築いた」と記されていることから、当時の燕が遼東に設けた「遼東長城」の詳細が分かれば、朝鮮の領域も判明するはず。ただし、歴代王朝が長城の修築増築をしており、長城の東端の位置が時代によって異なることに留意が必要である。・・・<続きは以下をクリック>
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kochosen/kochosen3-chyozho.htm

Re: 古朝鮮の歴史 - 檀君朝鮮^^

投稿者: ebhcduklbt 投稿日時: 2009/02/03 23:24 投稿番号: [48636 / 73791]
12世紀位からしか   文物の無い国なのに、どこに   そんな昔のことが教科書
に乗るほどの伝記が有ったんだろうね?
それよりも   あなたの好きな百済から日本に亡命してきた人間の姓名は
鬼室だとか憶礼や木素とかの苗字なのに   それを滅ぼした新羅の王様は
どうして金さんなんですか?   新羅は人種が違って中国人の国なんですか?

古朝鮮の歴史 - 箕子朝鮮^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 23:23 投稿番号: [48635 / 73791]
投稿者:直子


箕子朝鮮

「箕子」

  姓は子、名は胥余(しょよ)。商王朝最後の紂(ちゅう)王の叔父。官職は太師(後世の宰相)。封国が箕(山西省大原市太谷県)であることから箕子(きし)と呼ばれる。箕子の子を商の王族の姓だとする説もあるが、子箕ではなく箕子とされることから、孔子、老子、荘子、孫子などと同様に一般的な尊称だろう。

  周によって滅ぼされた商王朝の遺民は各地に分散させられるが、箕子を尊敬する周の武王は箕子を臣下とせず、諸侯として朝鮮国に封じたとする伝説がある。これが箕子朝鮮だとされるが、八百年後に到るまで中国の史籍に一切登場しないことから、通説では伝説上の国家だとされる。箕子の時代に遡って、この点を考察してみよう。


「商(殷)」

  国号は商(しょう)。商の漢字は、女性の股を象意する「内」、女性の生殖器を象意する「口」をもって成立しており、おそらく女神信仰をもった民族だったと推測される。

  かつては山東省から江蘇省の辺りにいたと解釈されたが、商文化の伝播経緯から考えて、河北省を拠点として農業を発展させた部族で、領域拡大のため南下し、他部族を服属させたが、帰服した部族を奴隷にせず、開拓入植させる作邑(さくゆう)という画期的な支配制度を採用して強勢になったとする説がある。

  ちなみに、邑(ゆう)というのは四方を城冊で囲んだ領域(村=国)の意味。

  強大となった商族の首領「湯王」は鄭州商城(河南省鄭州市)を築き、夏王朝を滅ぼして亳(河南省偃師市)を都とした。その後、何度か遷都を重ね、盤庚の時代に殷墟(河南省安陽県)に遷都し、滅亡までの約三百年間の都城としたことで殷(いん)王朝とも呼ばれるが、商の人々は殷墟を「大邑商」と呼んでおり、殷の呼称は周王朝によるものと思われる。

  組織体制は大邑・族邑・属邑(小邑)が結びついた連合体で、大邑は王城、族邑は血統単位の集落国家である。商代初期の王城遺構とされる鄭州王城は奈良時代の藤原京を凌ぐ規模があり、大邑内には祭壇、骨角器や陶器の製作所、酒造工場、青銅器の鋳造所などがあった。

  紀元前11世紀頃、周と羌族を中心とする西方の部族に牧野の戦いで大敗し滅亡した。


『新華社通信』2004年7月22日版

「中国の考古学者が商代最初の都城とされる河南省の偃師商城内で、大規模な人工池の遺跡を発見し、商代の帝王の池苑が確かに存在していたことが実証された。『史記』には商の紂王(ちゅうおう)の『酒池肉林』の記載があるが、発見された池は研究の結果、史籍の記載に近く、商代の帝王の娯楽に供された『池苑』であるとされた」


  商の最後の王は紂王(帝辛とも)。「酒池肉林」の故事を残したほど酒色に溺れて王朝を滅亡に導いた元凶とされるが、中国王朝の正史は儒教思想が根底にあり、教祖の孔子が殷の三仁(さんじん)と尊称した箕子らは有徳の賢者とされ、易姓革命は王の徳の衰退によって生じるとする終始五徳論からも、紂王は悪逆非道な不徳の王にされた可能性がある。・・・<続きは以下をクリック>
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kochosen/kochosen2-kisicyosen.htm

古朝鮮の歴史 - 檀君朝鮮3(完)

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 23:08 投稿番号: [48634 / 73791]
投稿者:直子


『三国遺事』

  13世紀末、高麗僧の普覚国尊一然(1206−1289年)が撰した歴史書。

  朝鮮半島では三国史記(1145年)に次いで古い歴史書とされる。高句麗、百済、新羅の三国の遺事を採録したもので、その関連事項については、高麗の中期までの事実を符説している。

  一然は、三国史記の編纂方針に不満を持っており、三国史記からこぼれ落ちた説話などをかき集め整理したものを三国遺事と命名して書き記したようだ。三国史記を日本書紀に例えるなら、三国遺事は古事記に相当するものとされている。

  なぜか一然の生前には刊行されず、弟子の無極(1251−1322)が補録して『無極記』と署名して出版したが、檀君説話から始まって楽浪国・扶余・勃海・靺鞨・黒水女真・三国の説話遺聞を収録しており、檀君伝説はこの書によって初めて紹介されたもので,駕洛国記も現在では本書によってしか窺い知ることができない。荒唐無稽な説話も多いが,新羅時代の社会的記述が多く,また同時代史的な面もあり、当時は存在した史料史籍もかなり用いているはずで、朝鮮古代史研究での最重要史書と評価されている。

  三国遺事が著された当時の高麗は,モンゴル民族の元王朝の圧政下にありながらも民族意識が高揚し,さらに大義名分論が強調された時代であり,このような背景のもとに檀君伝説が形成されたもので、李氏朝鮮王朝の国号採用にも有力な根拠とされた。ちなみに、1961年まで韓国では檀君紀元(西暦に2333年を加算)が使われていた。



『檀君朝鮮』桓檀(がんだん)古記

  一世天皇の倍達桓雄が天下を平定して、都を「神市」に定める。二世居佛理桓雄。三世右耶古桓雄。四世慕土羅桓雄。五世太虞儀桓雄。六世多儀發桓雄。

  六世多儀發桓雄の末弟を大蔯といい、伏犠と号した。伏犠は神市より出て、雨師の職を世襲し、後に青邱、楽浪を経て、陳に移り、燧人氏・有巣氏と並び、西土に号を立てる。

  後裔は、分かれて風山に居住し、風を姓とする。観、任、己、庖、理、似、彭、の八氏となる。今は山西の済水に義族の旧居住地があり、任、宿、須、句、須臾に分かれる。



  唐堯の徳は衰え、虞舜に国を譲る。虞舜は司空の夏禹を登用して成功する。

  檀君王倹は太子の扶婁を遣わし、招いて塗山に会する。虞舜の諸侯は辰韓に四度朝貢した。檀君王倹は、蚩尤の後孫の蚩頭男を番として険讀(けんとく=遼寧省盤山県)に官府(役所)を立て王倹城と称した。檀君王倹は蚩頭男の勇智を称えた。

  庚子の年、遼中(遼寧省瀋道)に十二城を築いた。蚩頭男の子の琅邪は、可汗城を改築し琅邪城と称した。
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kochosen/kochosen1-dankun.htm


これで檀君神話がだいたいわかりました^^

▼我が韓国人の起源はパミール(大笑)

投稿者: fff2252 投稿日時: 2009/02/03 23:02 投稿番号: [48633 / 73791]
>『大朝鮮帝国史』(1994年出版)
  我が民族が住む全世界を朝鮮(チュシン)という。我が民族はパミール高原に源を発して・・・



大爆笑!

真面目に読めないレベルだね!   大笑!



>紀元前37年、卒本扶餘で育った高朱蒙が扶餘を脱出、卒本地方に至って高句麗を建て、続いて北満州一帯を統一した。この時、高句麗建国の功臣である陜父が日本地域に逃げ、最初の国、多婆羅国を日本地域に建てた。


あら?
医学的に遺伝子が異なる事が立証されている、赤の他人の日本人と、最後はきちがいの朝鮮人と、無理やりこじ付けになってるね!!?


大笑!!


馬鹿馬鹿しくて、先進国の人間は、韓国人というきちがいの歴史を読めないね!!

大笑!(涙)

古朝鮮の歴史 - 檀君朝鮮2

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 22:52 投稿番号: [48632 / 73791]
投稿者:直子

  商(殷)時代からツングース語系諸族の粛慎(しゅくしん)はロシア沿海州から黒龍江省、吉林省を居住領域としていた。不咸山(ふかんさん)とは長白山(白頭山)のこと。

  大朝鮮帝国史の筆者は、この粛慎を民族の起源として念頭に置いているように思える。

  この本の史学的な評価は別にして、韓国における民族意識の一端を感じさせる内容だといえる。いずれにせよツングース語系諸族の足跡を記した史籍の多い朝鮮半島にあっては、国民の持つ民族意識や祖先の族譜に対する思いが日本人のように希薄ではないのだろう。高句麗史をめぐる中国史か韓国史かの紛争など、その典型だと感じられる。

  また、中国人、韓国人、日本人という呼称は国籍名であって民族名ではない。民族の定義は明確ではないが、民族名には自称と他称があり、中華思想に彩られた古代中国王朝の正史では、当該民族の自称名を確認することは難しい。韓族をどのように定義するのか知らないが、朝鮮半島に登場する民族や国家は多彩である。

  商の紂王を倒した周の武帝は、紂王の叔父である箕子(きし)を尊敬して臣下とせず,外臣として遼東の朝鮮侯に封じた。これが前漢まで続いた箕氏朝鮮だとする。これは伝承上の国家にすぎず、当時の朝鮮は未開地であった遼寧省周辺の総称だとする説もある。



『檀君朝鮮』三国遺事

  天帝「桓因」の子である桓雄は、父の命令により天符印三個を携え、人間社会を治めるため天界から、三危太伯山の頂きにある神檀樹の下に、従者三千名を引き連れ降臨した。その土地を神市と呼んだ。そして、雨師(雨神)、雲師(雲神)、風伯(風神)に命じて、地に自然を作り、農業を興し、善悪、法、道徳等、数々の決まりを作った。

  あるとき、桓雄は人間になりたがっている熊と虎に出会った。

  桓雄は、両獣に百日間、陽に当たらず、蓬(よもぎ)と大蒜(にんにく)を食べ続ければ人間になれると教えた。虎は数日で退屈に耐えきれず、太陽を求めて洞窟を飛び出したが、熊は21日目に人間の女性に化身した。人間になった熊女は、桓雄に「夫になるものがいないので、子供を産むことができない」と訴えた。その願いを聞いた桓雄は、瞬時に変身して熊女と情を交わし、二人の間に男児が誕生した。この男児に、桓雄は祭壇を支配する統治者という意味をもつ檀君(だんくん)と命名した。これが古朝鮮建国の始祖とされる檀君王倹である。

  檀君は即位五十年(紀元前2333年),庚寅の年に平壌を都として「朝鮮」を号した。

  治世一千五百年,周王朝の武帝が箕子を朝鮮侯に封じたので,隠退して阿斯達の山神となり、一千九百八歳の長寿を保った。

古朝鮮の歴史 - 檀君朝鮮^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 22:47 投稿番号: [48631 / 73791]
投稿者:直子

韓国の教科書ではこのように教えているそうです:


檀君朝鮮

  古代、檀君(だんくん)朝鮮・箕子朝鮮・衛氏朝鮮という三つの朝鮮があったとされる。

  衛氏朝鮮以外は神話上の国家だと解されているが、韓国の歴史教科書では歴史上の史実として扱っており、神話だと断じるのは、朝鮮半島の歴史を歪める陰謀だと言われそうだ。一般には、前漢時代に朝鮮四郡を設置されるまでの時代を『古朝鮮』という。


『大朝鮮帝国史』(1994年出版)

  我が民族が住む全世界を朝鮮(チュシン)という。我が民族はパミール高原に源を発して、バイカル湖を経て、不咸山に移動した。不咸山に到着した我々の先祖は、そこを中心に集団で定着し、文化を発達させていった。紀元前六千年頃には紅山文明、続いて黄河文明を興した。我々の先祖は既に紀元前3898年に倍達国を建て、農耕民族の中華族を制圧し、大帝国を建設した。倍達国は十八代、1565年で終わり、その後に檀君朝鮮が建てられた。

  箕子朝鮮や衛満朝鮮は朝鮮帝国の地方諸侯国にすぎなかった。従って、漢の武帝の衛満朝鮮征伐は中華族と地方政権との闘争であり、中国の史書が固執している漢四郡は、漢の武帝退治に功労が大きかった将軍たちに分封した領地だった。

  檀君朝鮮が脆弱になると、解慕漱の扶餘と東明王の高句麗を共に継承した高豆莫が諸国を合わせて卒本扶餘を興した。扶餘が興るとともに帝国の権威は落ち、地方勢力が成長した。

  紀元前三世紀頃には黄河上流に暮らしていた東胡族の一分岐が匈奴に押されて南下、紀元前57年にソウルに定着して国を建てたのだが、これが新羅である。新羅は以後、馬韓,百済との闘争過程で小白山脈を越えて徐羅伐に移る。

  紀元前37年、卒本扶餘で育った高朱蒙が扶餘を脱出、卒本地方に至って高句麗を建て、続いて北満州一帯を統一した。この時、高句麗建国の功臣である陜父が日本地域に逃げ、最初の国、多婆羅国を日本地域に建てた。

Re: 文明最大要素は言葉と文字

投稿者: akkambeh 投稿日時: 2009/02/03 22:46 投稿番号: [48630 / 73791]
>日本の土器使用は1万1千年前
そうなんですか。

最後の氷河期が終わったのが今から1万年前
それまでは日本海は氷で閉ざされており大陸の日本海沿岸には暖流が流れ込まず非常に寒冷であったことが容易に想像できる。
そのような環境で暖流に洗われる日本列島の太平洋岸に人が住み着くのは極めて自然なこと。
最古の縄文土器が1万1千年前だとすると、日本海は結氷していてまだ開いていなかった。

そのような状況で「大陸のほうが先に住み文明が開いていた」と言う「でまかせ」は、南極大陸の中心のほうが夏に氷の解ける縁辺より文化が進んでいたと言うことと同じこととなる。
このような状況から、寒冷で住みにくい内陸よりも温暖な海岸近くの土地のほうが住みやすいのは自然の理。

人が住めば、それなりの文化が生まれる。ユーラシア大陸東縁で日本が一番進んでいたとは言わないけれども、当時寒冷な内陸だった朝鮮半島のある地域の文化が進んでいたなどとは殆ど可能性が無い。
もし進んだ文化の人々がそのような地域に居れば、寒冷な土地によりも温暖な日本列島(当時のユーラシア大陸の東縁)に移動するの当然のことであろう。

Re: ヒルがイラク大使

投稿者: udagawa_renge 投稿日時: 2009/02/03 22:44 投稿番号: [48629 / 73791]
原爆が中国から100発東京大阪などに降ってきて、アメリカに報復を求めたら「米中平和条約」
があるので報復できませんとクリントンに言われるその日ですね。

それでなくともクリントンはチャイナマネ−疑惑プンプンですし、それはダンナも同じ。
オバマも何かと中国とは縁があるし、極めつけはこの連中は民主党。
米中会談から目が話せませんね。
もし米中平和条約或いはそれに準ずるものの協議が始まったら、
日本はそれなりの対応を余儀なくされます。
利権漁りに目が眩んでいる老害自民党と、日本より中韓を愛する
バカ左翼日本人に危機感を感じる神経が残っているでしょうか?

ミサイル、アーユーレディー!

投稿者: dragonfly_in_hell 投稿日時: 2009/02/03 22:38 投稿番号: [48628 / 73791]
(仮名)金丁歩呑
「撃つニダ!もう撃つしかないニダ!早く運びこむニダ!」
(仮名)朴脳鈍
「いやいや、急がないニダ。偵察衛星に見せるだけだニダ」

「ノドン、テポドン、スカッド、ありらん…アジアの純真を
世界に見せてやる〜。黒いのも赤いのも青ざめるニダ!」

「あんた、それ、古いから…。それに、差別っぽいニダ〜。
だいたい、テポドン2号なんか持ち出して、どこを撃つ?」

「決まっている。ソウルを撃つニダ。火の海にしてやる〜」

「ソウルなら、ろうそくデモをやって火の海にしたニダよ。
しかも、あそこならノドンで間に合うニダ。変えようニダ」

「ノドンなんか撃ったらソウルに落ちて人死にが出るニダ。
それじゃあシャレにならないニダ。全面戦争が始まる…」

「言うことが一貫していないニダ。どこに何を撃つニダ?」

「一貫している。逆徒のソウルにテポドン2号を撃つニダ」

「蛙を調理するために牛刀を使うのか。シナ人が笑うニダ」

「蛙…、そんないいモノ、食ったニダか。どこで食った〜?」

「もののたとえだニダ。正しくは鶏だったニダ。本題に…」

「鶏〜!てめぇ、さてはミョンバクにコロリとやられたな。
ああ、情けない。国家の柱石はみな、食い物に弱いニダ〜」

「食い物の幻でアタマがイッてる場合じゃないニダ。早く
テポドン2号を引っ込めるニダ。取り返しがつかなく…」

「ぶぁかめ〜。ウリは人民を食わせるために、アメリカに
一杯食わせるニダ。テポドン2号は、北に向けて撃つ!」

「北はロシアだ。それとも、アラスカか…。そうだろう?」

「ふふ、テポドン2号の射程を甘く見てはいけないニダ。
ウリナラの鉄槌は北から地球を一周し、ソウルに落とす!」

「おお、すごいニダ!ホルホル〜!ウリナラマンセー!
ところで、照準は確かニダか。イルボンに笑われない?」

「両極方面の軌道計算には苦労した。ちゃんと一周して
半島に戻れば、ソウルに着弾する確率は25%だろう…」

「まあ、ソウル周辺であれば、むしろその方がいいニダ〜」

「燃料が僅かに多いと、平壌に落ちる確率が33%ニダ…」

「アイゴー!それはダメだニダ〜。ただちに撤回するニダ」

「もう遅いニダ。世界を驚かせる確率は100%だニダ!」

「ウリも100%、アイゴーだニダ〜!」

Re: 温家宝が言った英国でよかった

投稿者: diablo_maril101 投稿日時: 2009/02/03 22:17 投稿番号: [48627 / 73791]
中国のトップに鎮座する妖怪共と北の金ブタ&その一族に共通する症状。
「強迫観念」笑)

Re: 物事を真摯に見れなないのはkgyさ

投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2009/02/03 20:55 投稿番号: [48626 / 73791]
>東大寺とかの古い仏教建設なんかシナと違って日本の庶民が自主的に公のために奉仕作業をして作ったってもの♪

国家国民の意識は飛鳥時代の日本人と百済人は既に似ても似つかない民族♪

庶民の公(パブリック)を参考にすると社会学としちゃー当時の日本はシナ朝鮮より遥かに先進国だったゼヨ♪



そうだね、新羅が直経2.2m高さ3.6mのエミレの鐘をやっとのことで鋳造してた同時代に日本では奈良の大仏を鋳造していた。
当時の新羅と日本の技術水準の違いは明らか。




http://inoues.net/korea/korea_keishum.html

Re: ヒルがイラク大使

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 20:47 投稿番号: [48625 / 73791]
最悪のシナリオは

原爆が中国から100発東京大阪などに降ってきて、アメリカに報復を求めたら「米中平和条約」があるので報復出来ませんとクリントンに言われるその日ですね。

これが最悪でかつあり得るシナリオになるかは様子身です。

(ちなみに儂は6カ国協議の行方をちゃんと過去レスで指摘した。最悪ケースになる、拉致は放り捨ててアメリカは援助すると。今やヒルは栄転したぞ、日本・拉致の問題に糞ぶんまけてのイラク大使だぞ。日本アメリカとの蜜月がライス欺瞞演説で終わっているのだとをしっかり理解しろ)

物事を真摯に見れなないのはkgyさん♪

投稿者: nakanokunogata2008 投稿日時: 2009/02/03 20:32 投稿番号: [48624 / 73791]
>もちろん、日本の古き文化も世界に誇れま〜す^^

日本人は朝鮮人ぢゃないから古き文化を大切にするけど世界に誇りません♪
日本人は文化の違いに優劣をつけるよーな朝鮮人みたいな儒教的な序列や差別を好みません♪

ズバリ♪
あなたたちとは違うんです!
日本人は貴方と違って客観的に物事が見れるんです♪

>しかし、チーちゃんが投稿しているように、文化文明の発達に一番欠かせないのは、コミュニケーション

八百万の神々を信じ、乱獲しないとかの調和の文明はシナ朝鮮と違って「自分さえ良ければいい的」な古代思想から脱却したコミュニケーションが発達していた証拠♪

そんでそれは「公」(パブリック)が存在した根拠ゼヨ♪


東大寺とかの古い仏教建設なんかシナと違って日本の庶民が自主的に公のために奉仕作業をして作ったってもの♪

国家国民の意識は飛鳥時代の日本人と百済人は既に似ても似つかない民族♪

庶民の公(パブリック)を参考にすると社会学としちゃー当時の日本はシナ朝鮮より遥かに先進国だったゼヨ♪

>特に日本語は、漢字と平仮名そしてカタカナがあって、とてもいいと思ってます。でも、国際標準語にはなれません。中国語は難しい漢字ばかり^^;   エスペラント語もあまりはやりません^^;

別に国際標準語なんか目指してないゼヨ♪

大切なのは我が軍(読売巨人軍)の原監督が仰ってたように「伝統ってゆー宝物」を守ること♪

だからシナ朝鮮を文化基準にして日本の「やおよろずのかみがみ」の文化を無視して小中華思想を押し付けてくるkgyさんに日本人が嫌悪感を抱くんゼヨ♪

小中華思想の押し売りはマジでウザイ♪

Re: ヒルがイラク大使

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 19:53 投稿番号: [48623 / 73791]
ライス・ヒルの裏切りは日本人に米国不信の底流感情を植え付けた。ヒルが定見なくブッシュ以降の猟官活動で20万トン支援にでたのはまだ個人理由だなと許しても(というのはブッシュからテキサコから最高値で20万トン買えとの指示された、奴も宮遣い)、ライスの巧言令色ぶりは許せない。「日本を見放さないワヨ」と言って1月後にテロ解除してもイケシャシャア。ゴメンの一言。ここがアメリカですね。

私は湾岸戦争1990年8月を思い起こすのです。7月末に駐イラク・アメリカ大使のエイプリルグラスビーが「アメリカはイラククエートの国境紛争には関与しない」とフセイン大統領に「わざわざ」申し出たのです。これで気を良くしたフセインの行動と結果は皆様ご承知。
これはエイプリル自身が(もっと大きな力、父ブッシュと石油資本に)騙されてトリックメッセージをフセインに出したと判断するしかない。フセインがまんまと罠に引っかかったが湾岸戦争。
ライスの「日本を見捨てない」も同じ仕組みの罠だと思う次第です。ライスの妄言を信じたら、そのうちに開かれそうな米中首脳会談の「秘密協定」でいつの間にか核の傘が無くなっていた。ことあれば東京に原爆10個が雨あられ、でもお前には原爆無いのだゾと世界中に嗤われる。朝鮮なんかが大嗤い(だろうな)
そんな懼れを植え付けたのが才媛ライスの日本訪問と彼女の妄言でした。

エイプリルも才媛才女で著名でした、女に嘘を言わすのがアメリカ流か、クリントンも女だね。

Re: 文明最大要素は言葉と文字

投稿者: monjujz 投稿日時: 2009/02/03 19:48 投稿番号: [48622 / 73791]
>どなたかが縄文土器について述べていますが、土器の製作は大陸から伝わったものと考えます。

k_g_yファミリーのトンチンカンさは、おそらく時系列を理解できないことだと言うのがこの一文でわかります。
縄文土器は今のところ世界最古の土器といわれている。これ日本人にとっては常識だと思うんだけど。

で突然長江文明の話しに飛び以下のリンク先を紹介する。
http://www.tscc.tohoku-gakuin.ac.jp/~orc/sympo/20031213.pdf

そもそも長江文明は弥生文化の源流であって、縄文文化とは何も関係ない。
時系列的に滅茶苦茶。

k_g_yファミリーは縄文文化を過少評価しているけど、これを理解できないと古代日本はわからない。
5000年前の日本がどうだったか?その時朝鮮はどうだったか?
まさか檀君朝鮮を信じているわけじゃあないと思うけど。
当時の日本には縄文土器以外にも、世界最古ではないかといわれている漆器がある、それと共に翡翠製の勾玉は当時のハイテクだし、三内丸山遺跡では、直径1m、高さ20mの栗の木を組み合わせた建物を建てる技術がすでにあった。これがどれほどすごいか、創造力を働かしてごらん。

日本ではこの縄文文化と長江文明から逃げてきた倭人とが融合して、弥生文化となる。
一方朝鮮では、南に長江文明がくる。直接中国から来たか、九州経由で来たかは分からない。
北には黄河文明がやってくる。それが箕氏朝鮮。
どちらもの年代もせいぜい紀元前5世紀迄遡れるかどうか。
それまでの朝鮮がどうだったか?中国の歴史書にも載らない未開の地だった、というのは間違いではないと思う。

Re: 弥生時代黎明期には中国では孔子誕生

投稿者: ftdrjbhi 投稿日時: 2009/02/03 19:37 投稿番号: [48621 / 73791]
話が   朝鮮半島ご贔屓話から、本家の中国にいっちまったぜ。

Re: 日本だけがなぜ?

投稿者: inakanokuwanoki 投稿日時: 2009/02/03 19:23 投稿番号: [48620 / 73791]
以前読んだ”日本語大漂流”に出ていました。

筆者も驚いたらしいです。
ナミ、ナギ、なども太平洋のの島に、少しづつ発音の変化はありますが、共通語らしいです。

物事を真摯に客観的に見る大切さ^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 19:17 投稿番号: [48619 / 73791]
投稿者:直子

とっても大切だとおもいます^^

エジプトのツタンカーメンのマスクも素晴らしいですわね^^

ギリシャの神殿も、ローマの宮殿もすばらしいので〜す^^

もちろん、日本の古き文化も世界に誇れま〜す^^

しかし、チーちゃんが投稿しているように、文化文明の発達に一番欠かせないのは、コミュニケーションと文字だとおもいま〜す^^

特に日本語は、漢字と平仮名そしてカタカナがあって、とてもいいと思ってます。でも、国際標準語にはなれません。中国語は難しい漢字ばかり^^;   エスペラント語もあまりはやりません^^;

ドイツやいくつかのヨーロッパの国々の学生は、今でもラテン語が必須になってます。誰も話していないのにね..^^;

Re: 文明最大要素は言葉と文字

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 19:12 投稿番号: [48618 / 73791]
ちなみに鉄器の製造技術が朝鮮から伝わった?

これもまやかしです。理由は日本の鉄器製造は砂鉄を使う「たたら」、これは鉄を溶かすのでなく還元するのです。朝鮮の技術は高温で溶解して解かす。

有名な七支刀、これは百済から献上されたことがはっきりしていますが、製造は溶解、要するに「鋳物」。朝鮮百済では鋳物の剣で戦っていたのだ。同時期の古墳出土の刀では鍛造、たたらからの還元鉄を鍛えたものです。

熱田神宮の草薙の太刀なんかも分析すれば面白いはずですが。

Re: 日本だけがなぜ?

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 19:03 投稿番号: [48617 / 73791]
>イザナギ、イザナミが、南の島で、男、女、の意味だと知ったとき、
親戚見つけたと思ったものだった。<

これ知りません、教えてください。何処の島?

というのはイザナギイザナミは系譜上日本の神々の祖先なのですが、皇室中心の「伊勢神道」では無視され、馬鹿にされていますね(ぐるり回ってこえかける、そこでまぐあいだなんて)。
いま(素人なりに)考えいるのが、イザナギ…あるいは海幸など古事記の源流が原住民(縄文)の神、アマテラスはどこかから来た渡来人の神。

南の島でイザナギという語にであった、最高ですね。

伊勢神道の神様が「熊」でなくてよかった!

Re: いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

投稿者: uuuuiop11 投稿日時: 2009/02/03 19:02 投稿番号: [48616 / 73791]
先ほどBSニュースで
「今年の経済成長率マイナス4%はショックだが、さ来年韓国は世界で一番最初に経済を立て直すだろう」
というのには笑いましたね。なんでいいが、もう日本に援助を頼むのはやめてください。ま、せいぜいがんばって。

Re: 文明最大要素は言葉と文字

投稿者: rewaqwer0147 投稿日時: 2009/02/03 18:58 投稿番号: [48615 / 73791]
縄文式土器に酷似したものがアステカ文明やマヤ文明の発掘場所から出ているのをどう考えているんでしょうかね。古代海洋民族の船は今でも立派に通用するものだと以前本で読んだこともあります。おそらく大和朝廷よりはるかに古くからたたらで鉄を作っていた人たちはその昔シュメール人とともに日本列島に船できたヒッタイト人であっただろうとも書いてありました。とてもじゃないが朝鮮などと一緒にされたら迷惑ですわ。

日米関係は強化される方向に進みます

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 18:57 投稿番号: [48614 / 73791]
投稿者:直子

日米関係の歴史を振り返りますと、たとえば太平洋戦争、日米安保騒動、そして日米貿易摩擦など、その過程で険悪な時期もありましたが、通して考察しますと、大筋で強化されてきたと言えるでしょう。これは、日本人の努力が好意的に評価されてきた結果、米国人一般の対日認識が良い方向へと改善されてきた結果、だと考えます。これは、一朝一夕にできることではありません。

この好評価の最大の要因は、日本の民主主義が欧米先進諸国からも評価されるほど成熟してきたということです。爺に言わせると、太平洋戦争前後や戦後の長い間、一般の米国人は日本人を「イエローモンキー」、「ジャップ」、「エコノミックアニマル」、「ワークホリック」などなど、蔑視してきたそうです。この改善には、米国自身の努力もあります。すなわち、米国人自身による人種差別撤廃運動です。また、日本文化に対しても「フジヤマ」、「ゲイシャ」、「サムライ」、「ハラキリ」、「カブキ」、「スキヤキ」、「テンプラ」、「スシ」、「ローフィッシュ」(生魚臭い)といったイメージしかなかったそうです。でも今日、スシやサシミは米国でも大人気で〜す^^

現在、米国は日本をアジアにあって米国と唯一成熟した価値観を共有する国と認識しはじめてきました。このような米国人一般の評価・認識を得たのは、日本政府と民間が戦後長い間とってきた一貫した政策と努力、そして経済や技術の発展あると思います。米国人は、日本と日本人のたゆまない一貫した努力に対して次第に敬意を払うようになったことにあります。一方、中国や韓国・北朝鮮そして東南アジア諸国が今後米国の真摯な敬意を獲得できかというと、ほど遠いと言わざるを得ません。いえ、これらの国々は、日本を追い越すほどの敬意を近い将来も遠い将来もけっして集められないでしょう。

一方日本にとっても、国際政治、経済そして交流のあらゆる面で米国は最も信頼を置く国であり続けるでしょう。米国に次いで重要な国は、イギリスを含むNATO諸国です。日本の国際政治経済的な舵取りは、米国とNATO諸国とのパイプをいかに太くするか、絆を強化するかにかかっていると考えます。他の国々ではありません。中国やロシアをはじめ、他の国々との関係は、この大きな2つの絆の枠組みの中で対処すべきと考えます。

あー、生意気いちゃったかしら^^;

Re: 温家宝が言った英国でよかった

投稿者: n1j2kai 投稿日時: 2009/02/03 18:53 投稿番号: [48613 / 73791]
>以上は産経記事。別の配信では温は
「これが英国だったので良かった、もし人民代表会議でだったら中国共産党は終わりだ」と喜んでいたと。

独裁国家の首脳者の本音ですね。どこの国の独裁者も元ルーマニアの大統領、チャウシェスクのように自国民に処刑されることを最も恐れているのですから。そのため仮想敵国を作って国民の目をそらし、見せしめに国内の反政府者を公開処刑しているでしょう。

日本だけがなぜ?

投稿者: inakanokuwanoki 投稿日時: 2009/02/03 18:38 投稿番号: [48612 / 73791]
日本が、大陸と異質の文化を持っているのは、明らか。

漢字からひらがな、カタカナ。

なぜ多様な文字が必要だったのか?
海洋国家、海洋民族の性質だと思う。
漢字で表記できない言葉が多ければ、文字を作ります。
あるいは、似たようなもともとの文字があったのかもしれない。
海人族の文字だといわれる、石に刻まれた絵文字などもあるようです。

なぜか朝鮮半島ばかりが文明だったと、いいたい御仁がいるようだが、
海人族は半島人ではない。

日本の遊びに、綾取りがある。
太平洋の島々にもある。
島々の綾取りは、それで海図や星座を表していたというくらい、複雑だったようだ。
過去形なのが悲しい。

イザナギ、イザナミが、南の島で、男、女、の意味だと知ったとき、
親戚見つけたと思ったものだった。

あかの他人がどういおうと、親戚にはなり得ない。

Re: 文明最大要素は言葉と文字

投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2009/02/03 18:38 投稿番号: [48611 / 73791]
>どなたかが縄文土器について述べていますが、土器の製作は大陸から伝わったものと考えます。土器の質は良質の粘土がそこにあるかどうかの問題です。

馬鹿馬鹿しくて話にもならない(笑)。・・・上質の土っていったい何?言語明瞭意味不明もいいところだ。

なら・・・現在でも日本では様々な質の良い焼き物が作られているが、これらは全て大陸から土を取り寄せたのか?寝ぼけるもの大概にしてくれ!

>土器の製作は大陸から伝わったものと考えます。

その根拠を示して欲しいものだな。朝鮮人の妄想的かつ、希望的推測よりもまずは以下の文章を理解し、その著書を読むことから初めては?

>>余談・・・「世界史の中の縄文時代」佐原真・小林達雄著によれば
日本の土器使用は1万1千年前。続いて早い西アジアでも8千年前で日本より3千年も後。それも貯蔵用で、日本のように煮炊きには使われていない。
中国ではさらにみすぼらしく、土器は発見されておらず石器や骨角器も貧弱で、日本のものには太刀打ちできない。

Re: 文明最大要素は言葉と文字

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 18:31 投稿番号: [48610 / 73791]
普段はKGYにはレスしないが

1   長江文明に文字があったとは新説。文字らしき物はあるがこれが文字かどうかはまだ分からない

2   縄文土器が(中国)大陸から伝わったとかの話はあり得ない。最古の縄文土器は14,5000年前、それ以前の土器は今のところ発見されていない(アムール流域での出土例は今後の年代測定を待つ)

kgyさんの小中華思想にウンザリ♪

投稿者: nakanokunogata2008 投稿日時: 2009/02/03 18:06 投稿番号: [48609 / 73791]
大陸の文化がこなくっても日本には「八百万の神」をあがめるオリジナル文化があって今も続いてることを無視して「ヤレ朝鮮の恩恵」だとか何とかにはウンザリぜよ♪

kgyさんの言い方だと「やおよろずの神」は文化ぢゃないって言ってるとしか思えんゼヨ♪

それは大陸や朝鮮だけを文化の基準にした「小中華思想の押し売り」だからゼヨ♪

だからkgyさんのカキコミに日本人が嫌悪感を感じるんだと思いますゼヨ♪

文明最大要素は言葉と文字

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 17:51 投稿番号: [48608 / 73791]
投稿者:チー

どなたかが縄文土器について述べていますが、土器の製作は大陸から伝わったものと考えます。土器の質は良質の粘土がそこにあるかどうかの問題です。確かに模様は鮮やかですが、大陸と比較すると原始的です。銅鏡も鉄器も大陸から伝わっております。その伝播ルートは、いろいろ考えられると思います。ご参考までに、中央アジアや中東の暑く乾燥した地域では、いまだに素朴な素焼きの水がめが使用されています。これはかめの内壁面から水分が浸透して外壁面ににじみ出、その水分が蒸発することによって熱を奪い、かめの中の水を冷たく維持します。これは、生活の知恵です。

参考:長江文明
http://www.tscc.tohoku-gakuin.ac.jp/~orc/sympo/20031213.pdf

素晴らしい模様や文字があります。古代日本は、この楚や呉の影響をかなり受けていると考えます。和服を「呉服」ともいいます^^

Re: いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

投稿者: junbanhoo 投稿日時: 2009/02/03 17:47 投稿番号: [48607 / 73791]
今、政府紙幣発行を検討中ニダ。
バンドラの箱を開けるニダ。
安い人件費を求め製造業は海外に出たニダ。
結果は地方の疲弊、食料自給率、出生率の低下ニダ。
昭和50年頃の物価感覚に戻るニダ。
早い話、3倍位のインフレが来るニダ。

Re: ヒルがイラク大使

投稿者: beauetclair1 投稿日時: 2009/02/03 17:43 投稿番号: [48606 / 73791]
>日米安保は最後にアメリカに裏切られるのではないかと<

この心配はある、アメリカ協調派にもあるし、左巻き左翼も「アメリカに騙されている」と言ってる。ここで左右で意見が揃うとアメリカ離れは路線となって行く事になる。海兵隊のガム移設はカネの話で解決するだろうが、普天間は沖縄住民の話になるのでこちらは解決しないかも知れなし、ライス・ヒルの裏切りの後にヘイコラと力仕事をする気にもなれないだろう(中曽根外相のこと)

アメリカとしては同盟にヒビが入ると騒ぐ。そんな風にして少しづつ離れていくのではないか。10年後にはずいぶん離れるとおもいます。日米が離れると敵対関係になる。そのようになるでしょうね。特にアメリカで黄禍論なんてのがでてくる。
前回のように戦争までは行かないと思うが、敵対=対等に持って行くのが両国の政治家でしょう。

Re: いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

投稿者: nakanokunogata2008 投稿日時: 2009/02/03 17:05 投稿番号: [48605 / 73791]
>なんだかんだ言ってますが、ウォンは3年間ずっと対円下がり基調なんですね!
つまり韓国負けっぱなし!
3年で資産半分以下!

>この分だと夏には3年前の1/3程になる可能性ありませんか?
つまり1円=20ウォン以上!

100年後に韓国があれば♪の話ゼヨ♪

こーいった朝鮮人の自爆も100年後の韓国の歴史教科書には「にっていの経済侵略ニダ♪」って書かれてると思うゼヨ♪

Re: 温家宝が言った英国でよかった

投稿者: asahiga2423 投稿日時: 2009/02/03 17:02 投稿番号: [48604 / 73791]
>中国はこれから共産党の要人が外国で講演する場合、その国の政府に会場を【土足厳禁】にせよと、厳命してくる。


日本の場合は上に追加して、「冷凍ギョーザの講演会場持ち込み禁止」も必要でしょうネ。

Re: いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

投稿者: aburakatabur 投稿日時: 2009/02/03 16:42 投稿番号: [48603 / 73791]
なんだかんだ言ってますが、ウォンは3年間ずっと対円下がり基調なんですね!
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/rate/chart_krw.htm
つまり韓国負けっぱなし!
3年で資産半分以下!

この分だと夏には3年前の1/3程になる可能性ありませんか?
つまり1円=20ウォン以上!

Re: 温家宝が言った英国でよかった

投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2009/02/03 15:59 投稿番号: [48602 / 73791]
>靴がこれだけの武器になるとは誰も思わなかった。

中国共産党の恐ろしさを知らないと見える。

中国はこれから共産党の要人が外国で講演する場合、その国の政府に会場を【土足厳禁】にせよと、厳命してくる。

Re: 史実とロマンの間に

投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2009/02/03 15:46 投稿番号: [48601 / 73791]
ご存知のように歴史の検証は、過去の記録だけに基づものではありません。   発掘調査から確認された考古学的史料と照らし合わせて検証することが不可欠です。

朝鮮人の学者がやっている事と言えば、日本や中国に書かれた僅かばかりの記録から愚にもつかない妄想を繰り広げているだけです(笑)。

日本は、縄文時代には世界最古の土器に見るように、黄河文明以前の中国と比肩しても文化的にもはるかに進んでいたでしょうが、朝鮮半島は単なる僻地でしかなく、発掘資料も殆んどありません。・・・どだい日本や中国と比べるほうが無理なのです(笑)。


余談・・・「世界史の中の縄文時代」佐原真・小林達雄著によれば
日本の土器使用は1万1千年前。続いて早い西アジアでも8千年前で日本より3千年も後。それも貯蔵用で、日本のように煮炊きには使われていない。
中国ではさらにみすぼらしく、土器は発見されておらず石器や骨角器も貧弱で、日本のものには太刀打ちできない。

また「日本史の中の世界一」田中英道著によれば・・・新石器革命を唱えたV・C・チャイルドは土器は「化学的変化を応用した人類最初の大事件である」と述べている。

日本人は縄文土器をあまり評価していないようですが、これはその後の人類の発展を変える程の発明です。その上、縄文土器は煮炊きができるという実用的な土器としてだけではなく、装飾は変化に富み、その模様も芸術の域に達していてる。

日本が文化的に土器を使って煮炊きしていた頃、中国はもちろんのこと朝鮮半島は、葉っぱの上に食物を載せて食べていたわけです(笑)。

古代の中国が常に日本より勝っていたという思い込みは早く止めたようがよさそうですね。

中国が発展できたのは、西アジアや地中海文明から陸路を通じて文明(鉄器やスポークつき車輪・ギリシャの哲学など)が伝播されてきてからです。

日本は、894年の遣唐使の廃止頃には、もう中国の文化を必要としなくなったのは周知のことです。戦国時代にはヨーロッパのどの国よりも軍事的にはもちろんですが、文化的にも優れたものがありました。

江戸時代にいたっては、むしろ中国の方が後進国だったといえるでしょうね。

つまり・・・日本は縄文時代から、常に世界の最先端を走っていたとも言えます。
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