古朝鮮の歴史 - 檀君朝鮮2
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 22:52 投稿番号: [48632 / 73791]
投稿者:直子
商(殷)時代からツングース語系諸族の粛慎(しゅくしん)はロシア沿海州から黒龍江省、吉林省を居住領域としていた。不咸山(ふかんさん)とは長白山(白頭山)のこと。
大朝鮮帝国史の筆者は、この粛慎を民族の起源として念頭に置いているように思える。
この本の史学的な評価は別にして、韓国における民族意識の一端を感じさせる内容だといえる。いずれにせよツングース語系諸族の足跡を記した史籍の多い朝鮮半島にあっては、国民の持つ民族意識や祖先の族譜に対する思いが日本人のように希薄ではないのだろう。高句麗史をめぐる中国史か韓国史かの紛争など、その典型だと感じられる。
また、中国人、韓国人、日本人という呼称は国籍名であって民族名ではない。民族の定義は明確ではないが、民族名には自称と他称があり、中華思想に彩られた古代中国王朝の正史では、当該民族の自称名を確認することは難しい。韓族をどのように定義するのか知らないが、朝鮮半島に登場する民族や国家は多彩である。
商の紂王を倒した周の武帝は、紂王の叔父である箕子(きし)を尊敬して臣下とせず,外臣として遼東の朝鮮侯に封じた。これが前漢まで続いた箕氏朝鮮だとする。これは伝承上の国家にすぎず、当時の朝鮮は未開地であった遼寧省周辺の総称だとする説もある。
『檀君朝鮮』三国遺事
天帝「桓因」の子である桓雄は、父の命令により天符印三個を携え、人間社会を治めるため天界から、三危太伯山の頂きにある神檀樹の下に、従者三千名を引き連れ降臨した。その土地を神市と呼んだ。そして、雨師(雨神)、雲師(雲神)、風伯(風神)に命じて、地に自然を作り、農業を興し、善悪、法、道徳等、数々の決まりを作った。
あるとき、桓雄は人間になりたがっている熊と虎に出会った。
桓雄は、両獣に百日間、陽に当たらず、蓬(よもぎ)と大蒜(にんにく)を食べ続ければ人間になれると教えた。虎は数日で退屈に耐えきれず、太陽を求めて洞窟を飛び出したが、熊は21日目に人間の女性に化身した。人間になった熊女は、桓雄に「夫になるものがいないので、子供を産むことができない」と訴えた。その願いを聞いた桓雄は、瞬時に変身して熊女と情を交わし、二人の間に男児が誕生した。この男児に、桓雄は祭壇を支配する統治者という意味をもつ檀君(だんくん)と命名した。これが古朝鮮建国の始祖とされる檀君王倹である。
檀君は即位五十年(紀元前2333年),庚寅の年に平壌を都として「朝鮮」を号した。
治世一千五百年,周王朝の武帝が箕子を朝鮮侯に封じたので,隠退して阿斯達の山神となり、一千九百八歳の長寿を保った。
これは メッセージ 48631 (k_g_y_007_naoko さん)への返信です.
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